【南画】文人画を語るスレ【南画以外】 [無断転載禁止]©2ch.net

1山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/05/19(木) 21:13:10.51
東洋の伝統文化である、文人画について語りましょう。
対象は教養を反映した写意画全般。

対象となる人物
@中国(系)の文人
 王維や米芾、徐渭、八大山人、揚州八怪、趙之謙、呉昌碩、王一亭、斉白石。
 彼らに師事あるいは影響された若狭成業、西晴雲、藤原楞山、宅野田夫といった
 日本人、日本で活躍する馬驍、李庚。父が中国人の卓吾。
 潘天寿の来日時に影響を受けて画も始めた書家の殿村藍田など。

18山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/05/21(土) 22:49:20.44
>>16
上方落語『岸駒の虎』は、偉そうなので有名だった岸駒と山陽が出て来ます。
岸駒は絵が、山陽は書が取り上げられる。

マクリも含めて死ぬほど贋作が多いので、私は山陽だけは猫またぎの如くしていますね。
戦前は、あれや東郷平八郎の「皇国興廃」で家一軒立ったといいますから。
後者は今なら10万や20万で買えるでしょう。
山陽は生前からよく似た書を書いた豆腐屋(山陽の弟子)もいれば、贋作を書いていた
書画商が「山陽は私の号です」と開き直った例もあり、非常に紛らわしい。

山陽以外の頼一族でもそれなりにしたものが、今は10万円しない。5万以下の書幅多し。
書幅などまず書かなかったせいか、山陽の母の書画は見たことがありませんが。
しかし、南画自体の値が下がったのは、故人の作品購入に限って言えばいいことです。

19わたしはダリ?名無しさん?2016/05/21(土) 23:15:47.55
頼山陽に関しては中村真一郎「頼山陽とその時代」っていう本が面白かったですよ。
頼山陽の生い立ちや家族について詳細に書かれています、他にも関係のある同時代の文人や詩人がたくさん出てきます。

「家一軒立った」っていう言葉は文人書画の評価でよく耳にしますね。そういう時代もあったんだな〜。
明治以降の西欧を模倣した近代化と、特に第二次大戦後の占領改革とアメリカ文化の怒涛のような流入で
文人画に価値を置く文化はほとんど洗い流されてしまった気がしてならないです。(´・ω・`)

20山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/05/21(土) 23:40:37.42
どうもありがとうございます。
中村真一郎先生とはまたなつかしいお名前。
『頼山陽とその時代』はずいぶん一瞥したきりなので、また読んでみたいと思われます。

戦前から日本文化のアメリカ化は言われていましたね。
また、戦後の南画家自身が(幸松春浦のように)南画の近代化という「結果的に見ればあまり
意味のない行為」(※)に熱中し、逆に寿命を縮めてしまったこともあります。
漢詩文と書から離れるべきではありませんでした。
自作の画賛がなくとも、少なくとも教養と書の応用は要ります。
河村虹外など、色紙にまでわざわざ画賛を書いていますが。

(※)昨年度の頼山陽史跡資料館の新作南画展での評。

21わたしはダリ?名無しさん?2016/05/22(日) 20:59:59.38
失礼します
南画に関心があるのですが、お勧めの書籍などあれば教えていただけないでしょうか?
また、ネットで検索して読画塾というサイトを見つけたのですが、ここの評判はどうなので
しょうか? よろしくお願いします。

22山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/05/22(日) 21:38:29.41
よそ様の評判は存じませんが(刊行物の画人の選択はいいと思います)。
南画について包括的にとなると難しいですね。
人によって誰の絵を好きになるか、違いがあると思います。
私は上に挙げた中で(かつ近代で)は河村虹外が好きですが。

とりあえず「森琴石」というこれもいい南画家の名前で検索すると出て来る
サイトが、割と幅広く同時代の南画家について紹介しています。
伝記については渡辺崋山などは専門の伝記がありますし、古典ながら『本朝
画人伝』という著作もあります。
写意画の実践では斉白石の弟子で張大千とも親交のあった藤原楞山の『水墨
画法』が好きですね。中国の写意画の歴史についても説かれています。
あとは図録の積み重ねでしょう。
地方の博物館で出ている、地方画家の特別展の図録は面白い。

23山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/05/22(日) 22:18:30.81
近代デジタルライブラリーにある『現今名家書画鑑』も参考になると思います。

余談ながら、田近竹邨門下の宮瀬泉城のマクリが安値で買えました。
複数の理由により、多分後援会の人の旧蔵品だろうと思います。
どういう経緯で今ここにあるのか、想像しながら見るのも楽しい。
美術館での鑑賞にはない、自分で適当な物を漁るからこその楽しみですね。

24わたしはダリ?名無しさん?2016/05/22(日) 22:31:52.04
詳しく教えていだだきありがとうございます!
まずは本朝画人伝と水墨画法を見てみようと思います。

文人画は結構地方の美術館で特別展が行われていますね

25わたしはダリ?名無しさん?2016/05/25(水) 16:56:59.63
賛が読めないと本当には楽しめないよね…なんとな〜く意味は読み取れるんだけど

26山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/05/25(水) 18:32:40.30
富岡鉄斎は、まず賛を読んで欲しいと言いましたからね。
無い南画もありますが、あった方がよい。
今でも自賛をつけて南画を描いてらっしゃる方々には、頭が下がります。
四条派だと南画を連想させる画風の作品や画賛つきの物もあるのは、呉春から
して蕪村の弟子なのである意味当然か。

購入した軸の画賛に付せられた文章を読むと、一門の末永い繁栄を祈った当主
の依頼に応じて謹んで描いたというものがあり、はたして当主に漢文が読めた
ら売られただろうかと、少し寂しく思ったことがあります。

為書がついている物は大事にした方がいいと言って、それだけは旧家から買い
取らなかったた古物商の話も聞いたことがありますね。

27わたしはダリ?名無しさん?2016/05/31(火) 18:48:04.19
文人画と南画って同じだろ?
違うの?

28山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/06/01(水) 20:28:33.54
>>27
仰るとおりなのですが、過去には南画と文人画は違うという文章も読んだことがあります。
根拠を明確にされていなかったのですが、おそらく所謂南画様式の絵画とそれ以外のものを
区別されたものでしょう。

江戸時代の時点で松花堂や琳派も南画に含める見解が出ているので、必ずしも様式を問題と
しなくてもよいのですが、近年では例えば英文学を専攻した人物が水彩画を描いていた場合
でも「文人画家」と言っている場合もあり、流石にそれも含めて南画と言うのは難しいので、
それらも含めて「文人画」としたものです。

>>3でいうところのDですね。

29山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/06/02(木) 22:49:23.73
そういえば、湯川秀樹夫妻やその親も軸装するような絵をたしなんでいたようです。
たまに見ても安いですが、教養人にはああいう心得があったというのがいい時代。
夏目漱石や芥川龍之介も描いていますし、永井荷風も岡不崩(狩野派ですが)に師事していました。
畑耕一の絵なども、相当こなれたものです。
永井瓢斎のような人は、もうマスコミには出て来ないでしょうね。
梨園でも、昭和の後半まではまだ書画の心得が見られる。

30わたしはダリ?名無しさん?2016/06/03(金) 22:17:51.37
漱石は絵画も書も有名ですよね。
水上勉が自己流でなかなか味のある画を描いてるのをよく見かける。
川端は文人を任じているのに、思いのほか豪快な書はやるけど、画は描いてませんね。
そういえば、文芸評論家の江藤淳が作家の書の頒布会にたまたま行って見たところ、
「窓が開いていて、風が吹き込んでくるな」と感じたのは漱石と谷崎の書で、
最悪なのが森鴎外で、惨憺たるものでいやらしい、とまで評していました。(あくまで書の話です)
書には人格が現れますからね、見ていて面白いですよ。

31わたしはダリ?名無しさん?2016/06/03(金) 22:21:17.60
江戸の文人画家なら、池大雅や浦上玉堂の書なども評価が高いですね。

32山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/06/03(金) 23:02:07.46
>水上勉が自己流でなかなか味のある画を描いてるのをよく見かける。
確かに。それで思い出しましたが、非専門で書・画と言えば中川一政も面白いです。

>最悪なのが森鴎外で、惨憺たるものでいやらしい、とまで評していました。(あくまで書の話です)
乃木希典の書、木島桜谷の画、望月金鳳の画も酷評されているのを読んだことがありますが、これはまた格別ですね。
こういうのは相手に価値がないというだけではなく、評価している人間自身の鏡として、評価しているのがどのよう
な人間であるか、当時がどのような時代であったかを考えてみるのも面白いと思います。

水上勉といえば、少年期に寺にいた頃に服部二柳を見たとか。
父の五老の画はしばしば目にするのですが、二柳は未だ実見の機会がありません。
死因自体は世間一般では珍しくないですが、餅を喉につめて死んだ有名人は、この人ぐらいではないでしょうか。

>>31
私は、鈴木鵞湖が好きですね。購入時、画もさることながら書に惚れこみました。
文人の書にありがちな、中身も書体も読みにくいものでないのもいい。
書家の書を嫌った良寛も「まあいい」ぐらいは言うでしょう。

33山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/06/03(金) 23:19:46.71
木島桜谷は円山派の絵師ですが、情緒性という点では写意的なところもあると思います。
一方で、筆遣いが抜群に上手い。
夏目漱石に酷評された『寒月』は、竹の一本一本に存在感がありすぎ、それまでの東洋
画の竹に見られたような清明な感じがなく、しつこいくらいに迫って来るのが気持ち悪
いだの不愉快だのと言われたのかと、勝手に考えております。
情緒性という点では、もっと後の作品の方が自然でいいですね。
今ではほぼ無名な長井雲坪は、誰か知らない時点でも漱石がずいぶん褒めた由。
山水に人物を描きたがらないという、中国の複数の先人と同じことをした人。

34わたしはダリ?名無しさん?2016/06/05(日) 17:35:23.51
田能村竹田の本物って市場にあるの?
鑑定団でも贋作ばっか。たまに本物が1000万円。

35山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/06/05(日) 22:13:34.21
以前鑑定団に出演していらした先生のお知り合いは、かなり上手いが後から
落款を切り取って竹田の落款を捺した画を、竹田の作でないと知りつつも大
事にして鑑賞していらしたということです。
私も出来はいいのに端を切り取られて著名人の落款を入れられた画幅を所有
していますが、そういう物だけに気軽に掛けられて重宝しております。

市場だの本物だの銅臭のする話は抜きにして、見ていい物はいいのです。
見て悪ければ先に行き、良ければ立ち止まるだけでいいではありませんか。

本物が目の前にあって、購入するお金がある時に悩むべきことです。
あるかないかを今言われたところで意味はなく、機会やお金がないなら悩む
だけ損ではありませんか。

36わたしはダリ?名無しさん?2016/06/05(日) 22:34:39.06
見てるだけだけど
良スレだね
山野野衾氏に感謝!

37わたしはダリ?名無しさん?2016/06/06(月) 20:30:59.15
川端康成も言ってましたね。
「自分は好きか嫌いか、いいか悪いか」で判断すると。
それであのコレクションを形成したのだから凄いのだけど。

38わたしはダリ?名無しさん?2016/06/06(月) 20:32:45.30
ええと確かもう一つの判断基準が、「自分に合うか合わないか」だったと思う。

39山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/06/06(月) 22:34:10.53
南画というものは、少なくとも上手い南画というものは個性的で人を選ぶ物です。
私は非凡という点では河村虹外や服部五老を、安心させてくれるという点では菅原白龍や
森琴石や村瀬秋石を愛します。
後者の作品に当たると、子供の時を思い出すことが多い。
子供の時に見た風景を写生したというよりは、子供の時を今思い出した場合の心象風景に
合致するところがあります。
実景は必ずしも美しくないですが、実景以上に理想化された風景が展開されます。
前者は前者で安心ばかりではないが、やはり自分の中を写している気になる。
前者は奇才の、後者は人徳のなすところでしょう。

好きなものと嫌いなものは、その人の鏡ですね。
偉人の嫌いなもの、必ずしも無価値ではない。

40山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/06/06(月) 22:54:41.23
今更ですが、木島桜谷は渡辺南岳系の円山派の影響も受けているものの、師の師である
鈴木百年は四条派や南画の影響が強い人であったようですね。
百年や師の今尾景年の絵を見ていると、あまりそういう気はしないのですが。

桜谷は1938年に62歳で帰泉してしまいました。
山元春挙は1933年、63歳。竹内栖鳳は1942年、78歳。橋本関雪は1945年、61歳。
小室翠雲は1945年、70歳。元妻の野口小宸熕演_の三日後に没。
姫島竹亭、荒木十畝、好みは分かれますが中村不折もこの頃に没。

松林桂月や川合玉堂は生き残りましたが、上述の面子が戦後焼け野原になった日本に
作品を残してくれていれば、と思わずにはいられません。惜しいことでした。

41わたしはダリ?名無しさん?2016/06/07(火) 22:02:23.90
絵画からはやや外れますが、
「詩は詩仏 書は米庵に 狂歌俺 芸者お勝に料理八百善」(蜀山人)
と讃えられた大窪詩仏などはどうですか?今や誰も言及する人もいないですけど。
江戸時代はスターだったそうですが。

42山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/06/08(水) 17:17:23.90
>>41
私は好きですね。柏木如亭も。

しかし、比較的近年(2009年)に出た『漢詩鑑賞事典』には二人の作は掲載されていません。
なんとなく同じような傾向の詩ばかり選ばれているように感じるのは、個人が選んだ以上は
必然と言うべきでしょうか。
詩人も日本では大津皇子・菅原道真と来て、その次がいきなり南北朝時代の禅僧二名。
中古に厳しいあたり、『万葉集』ばかりもてはやされて古今・新古今が蔑ろにされるが如し。

おそらく、故事の引用や修辞に熱心で中身に乏しい(『宋史』日本伝にもそうした記述があり
ます)という理由でしょうが、それらも立派な取り柄であり、特徴です。
また「和臭」があるというのをマイナス要素とされていますが、これもどうでしょうか。

43山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/06/08(水) 17:24:56.07
中国へ渡った経験もあった安田老山は、元羽黒の山伏であった菅原白龍の絵を見て「和臭があ
る」と言ったところ、「確かに私は羽州の出ですから和臭があって当然ですが、貴方はどちら
のお生まれですか」と言い返され、返答に窮したという話があります。
村松梢風がこの逸話を紹介した上で老山の絵をけちょんけちょんにしているのには、私も一部
同意する点がありますが、妥当な評価という以上に、梢風自身の属した社会・世代の影響もあ
っての評価であったのでしょう。

そういう意味では本書を編纂された石川先生の御意見も一意見として尊重されるべきでしょう
が、軽さとか和臭があるのもいいくらいじゃないと、漢詩は衰退すると思います。
廃刊になる前の『山陽風雅』も読んだことがありますが、評文がいちいち真面目臭いというか
堅苦しいというか、これじゃ亡んでも仕方が無いと思いました。

44わたしはダリ?名無しさん?2016/06/11(土) 12:28:58.35
公募展に出品するのに何故賞歴が必要なんだよ!

45わたしはダリ?名無しさん?2016/06/12(日) 07:13:49.72
↑審査員(主催者)に情報を与える様なもんだろう!

46わたしはダリ?名無しさん?2016/06/24(金) 08:04:12.33
age

47山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/07/04(月) 21:15:10.62
しばらく書き込みがないのでとりあえず。
観音図というのは中世以来の古典的な画題ですが、南画から狩野派まで信仰
と鑑賞の両面から描かれており、しかも描き手によって表現が変化している
ので、なかなか興味深い存在ですね。

南画家が描いた場合、白抜きを残し、渇筆で簡略に衣を描いたものが多いで
すが、その素っ気無さが逆に脱俗の味わいを生じていていい。
上手い人が描かないと駄目なやり方ですが、上手い人が描いていても今日は
省みられないのが、なんとももったいないことです。

48わたしはダリ?名無しさん?2016/07/04(月) 21:22:49.92
南画じゃないですけど、白隠の観音図なんかは
絶妙な味わいがあって面白いですよね

49山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/07/05(火) 02:54:50.03
>絶妙な味わいがあって面白い
仰るとおりです。
ああいう絵を生み出せたことは、世界に誇っていいと思います。
ただ、工芸画にもなっているような観音図は、禅画としてはやや達者過ぎ、
料理で言えば「美味過ぎる」ものなのかもしれません。
食べるのが大変で、味わう余裕がなかなかありません。
それがまた凄いのですが。

南画家の、少なくとも上手い南画家の描いた観音図は、もっと描こうという
精神をよく抑制しているものだと思います。
描き込めるからこその省略。
私も南画とは言えないまでも水墨画は描きますが、欲のせいで入れなくても
いい筆を入れてよく失敗します。
白隠は、あれだけ書き込んで欲による余分と思えるところがないのも偉い。
本人は、下手なのは焼いただけだ、と笑うかもしれませんが。

50山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/07/07(木) 19:40:36.26
広島市の頼山陽史跡資料館で開催中の現代水墨画展は日曜日までですが、図録
で南画についても触れられていますね。
見本はただで読めますし、お立ち寄りの際にご覧になるのもよいかと。

小室翠雲(谷文晁の孫弟子)が衰退した南画人気回復のために岩絵具ではなく
水墨の南画を一般に普及しようと努力していたこと、翠雲の亡くなった戦後を
矢野橋村、河野秋邨、松林桂月らがあがいていたことに触れられています。

51わたしはダリ?名無しさん?2016/07/28(木) 23:45:24.25
田中一村の奄美時代の花鳥画に南画の山水画的要素を感じます。
一般的には若いころ南画と決別したと言われているようですが、かなりの求道者的気迫を感じます
本人としては南画と決別したというより当時の南画会と決別したのではないでしょうか?
南画=水墨画という風潮が定着してしまい。そこから外れた南画家が宙に浮いた感がなんとも残念です。

52山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/07/30(土) 22:58:06.80
>>51
南画というのは自由な絵画です。
決別も影響の内で(決別後も松林桂月門下名義で出展しているようですが)、
どこかに彼という画家を形成するところがあったのかもしれませんね。
私は彼の絵画は少々見たばかりで、断言出来ませんが。

画風から山口華楊を連想してしまった私は、多分単純にして俗に過ぎるのでしょう。
兄の山口玲熙の絵は所有しておりますが、塗り絵的な日本画は嫌いなものの、この世代
まではまだ筆致が感じられていいと思えます。

>南画=水墨画という風潮が定着してしまい
>>50で御説明申し上げたように、この風潮は南画を「描く」面から普及させる為
に努力された結果ですが、「観る」側を狭めているというのなら残念。
いきなり気韻とか言わず、「可愛い」からでもいいですから、自由な南画の世界
が知られたらと思います。

もっとも、定型から外れた「可愛い」絵画というものは南画家に限らず、都会の
趣味人や流派以上に独学した地方絵師にも往々に見られるもの。
いわゆる南画家の作品でなくても、そういう物は面白いですね。
コトバンクにすら掲載されていないような人達ですが。

53わたしはダリ?名無しさん?2016/07/30(土) 23:58:20.96
型にはまった「つくね芋山水」なんて飽きてくるんじゃないですか?

54山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/07/31(日) 09:02:13.10
>>53
南画というのは面白いもので、同じ南画の形式で描いていても、つまらない
ものはつまらなく、上手いものは実に上手いものです。
上手いものは見ていて茶が美味くなる。

しかし、南画の山というのも没骨や線描、シュン法や点法により、また同じ法
でも筆致の違いにより、また構図の取り方により個性が出て来るものです。
少なくとも、漫然と描いたものでなければ飽きは来ません。
貴方の御発言はフェノロサたちの言葉を借りられただけで、貴方の実際の鑑賞
に基づくものではないのではありませんか。

明治初期はとにかく南画がもてはやされた時期で、内容を問わない南画の流行
に対する北画復興の意味・意義があったのでしょうが、あの時代だからこその
発言という点も考えないといけません。
実際、明治末から大正にかけてまた南画は評価されています。
その後は漢学衰退と軌を一にし(新聞から漢詩の投稿欄が消えるのが大正時代)、
水墨画という形を強調することで生き残りを図って現代に至っていますが。

55山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/07/31(日) 09:26:20.68
また、これは何も私が言い出したことではありませんが、南画は定型や水墨
で欠けた詳細や色彩のイメージを、漢文の賛で補完することで作品を完成さ
せて来た経緯があります。
つまり、描く側は漢文の賛が書けて、見る側も漢文の賛が読めることが望ま
しいのです。
南画の定型を批判する人々には、漢学の素養が欠けていた人もいることを疑
ってもいいでしょう。

田中一村の絵は、そういう意味では南画から生じても彼の絵ですね。
画賛が必要には思われません。
狩野派などでも画賛があって違和感なかったことを思うと、やはり近代の絵。

56わたしはダリ?名無しさん?2016/08/01(月) 20:57:09.08
>南画を「描く」面から普及させる為 に努力された結果ですが、「観る」側を狭めているというのなら残念。

この辺は難しいところですかね・・・
展覧会でより多くの人に画家たちの技量を見てもらうためには「観る」ということを
怠ってはならないでしょうし、「観る」側にはそれなりの素養はあってほしい。
(しかしこれを望むのは難しい)
いくら技量がある画家たちの展覧会でも同じような山水画ばかりだと観る側は疲れる。
芸術論が違うフェロノサから見れば批判の対象だったでしょう・・

南画=地味で過去の遺産的なイメージが強いので華やかな南画もあるんだと
これは現代の作家さんに頑張って頂きたい。

明治生まれの江戸系の先生二人に手ほどきを受けたことがありますが、キレッキレの運筆は
衝撃的でしたね・・・二人とも岩絵の具を使うので南画から離れたようですが・・
一人は翠雲先生の弟子だったので、それは離れるか・・・・

57山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/08/01(月) 22:09:57.45
>明治生まれの江戸系の先生二人に手ほどきを受けたことがありますが、キレッキレの運筆は
それは羨ましい。いや、実に羨ましい!
私は日本画か水墨画を習おうと思ったら運筆の出来る日本人の先生が見当たらなかったので、
中国人の水墨画の先生に師事することにしました。
あとで文晁系の上手い先生が地元にいらっしゃったことを知りましたが。
その先生は雅号持ちですが、どうも雅号を使わない世代から不味くなった気がします。

中国の伝統文化は失われたと言われがちですが、こと運筆を生かした画法という点では日本
よりよほど伝統が生きているのではないでしょうか。

岩絵具を使う南画もおおいにありなので、描くのも見るのも広まって欲しいですね。

58わたしはダリ?名無しさん?2016/08/03(水) 00:01:53.68
文晁系の先生がご健在とは驚きです!!

昔、何かの説明で「平野五岳・帆足杏雨が政府の依頼で日本の伝統文化として
南画を万博に出展した。」との記憶があり、調べますと確かに耶馬渓の図を出展しておりました。

美術史では印象派は浮世絵の影響を受け云々とよく目にします。万博の際に彼らが足しげく日本のパビリオンへ
通ったことも何かで読んだ若しくは聞いた記憶があります。
ずーっと疑問に思っているのですが、印象派の筆遣いは浮世絵の影響とは言い難いし(版画だし)、彼らが目にした当時の肉筆の絵となれば
五岳と杏雨になる。ならば筆遣いは南画の影響では??と思っておりますが、確証がない。


新南画は後期印象派の影響を受け・・云々と言われますが・・・

その辺の歴史的認識で何か詳しく書いてある書物などありますでしょうか?
不勉強で・・・

59山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/08/03(水) 20:28:53.72
いえいえ。貴方も文晁系でしょう。
谷文晁−田崎草雲−小室翠雲−その弟子
私の知っている先生は
谷文晁−佐竹永海−佐竹永湖−福田浩湖−以下略
2008年に亡くなられた佐々木鉄心先生は
谷文晁−渡辺崋山−福田半香−以下略

春木南湖の家は代々描いていましたが、それも1990年の南江没で終わりましたね。
平野五岳・帆足杏雨は穏やかな画風で私は大好きですが、豊後南画も同じ頃終わってしまった。

「南画は印象派よりも印象的である」と主張して描いたのが、今村紫江(1880〜1916)。
彼や交流のあった速水御舟らに関する書籍に記述があるのではないでしょうか。
詳しい書籍は、私も不勉強で申し訳ないのですが存じません。

翠雲の水墨画振興はあくまで間口を拡げるためのもので、本人が水墨画しか描かなくなっていた
というわけではなさそうです。弟子もまた然り。

60山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/08/04(木) 17:42:39.52
本日、古書肆にて『服部二柳伝説』なる俗な題名の書籍を購入致しました。
この二柳という人は、父の五老とはまた別な意味で面白い南画家だと思います。
著者は南画に関して(基本的な「知識」はあっても)鑑賞面での造詣がないらしく、
それが面白いと同時に、物足りなくもあります。
ただ、現代の普通の人が価値を感じる力が二柳の南画にはあるのだと再確認さ
せられました。

しかし、作者が二柳を超個性的とし、父の五老を「正統派」としている点、これ
は頂けません。五老も十分おかしい人物であることは、絵から分かります。
初めて絵を見た時の感想が、「この人おかしいな」でしたから。
少なくとも、河村虹外と同じくらいにはエキセントリックです。

分かりにくい「変」というものは、ある意味分かりやすい「変」より根が深い。
田中柏陰もこの仲間でしょう。
「変」を形にしてとりえに出来るのですから、南画とはいいものです。

南画家ではありませんが、岩井昇山も変な人ですね。
絵を見て変だと思いましたが、実際伝記からも変人であった様です。

61わたしはダリ?名無しさん?2016/08/07(日) 00:47:14.95
トリビアの泉

62山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2016/09/17(土) 22:21:30.99
昨日の日経新聞に、会津八一が秋艸道人の号で自賛した絵が掲載されており、
三絶の人と言われていました。画賛は漢文ではなく和歌でしたが。
没したのは昭和31年ですが、「○○道人」と名乗っても格好がつく人間になり
たいものです。山人、漁人もまた然り。

彼は戒名も秋艸でしたが、空也や鈴木正三なども自称でしたね。
しかし彼らがいるからこそ、戒名などそうそう自称するものではないと、却
って自重したいところです。

63山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2017/03/18(土) 22:49:05.02
>>21
今更ですが、戦前に新井洞厳・小室翠雲・松林桂月それぞれ描いた同名の書籍
『南画の描き方』を入手し、読み比べてみました。
知名度の面では、そして相手が強過ぎるので画力の面でも新井が他二者に譲る
ものがあると思いましたが、一番最初に出た新井の本が一番読み易いですね。
新井・松林は木炭可、小室はぶっつけ本番で墨で描け派。
それぞれ微妙に主張が異なっており、自分に合ったものを探すのが面白いので
はないかと思われます。

画幅では森琴石の門人の作を入手しましたが、やはり線がしっかりしていますね。
「墨と筆で描く必然性」というものが、今の南画家の作品にも欲しいものです。
銅臭のする話をすると、当世の南画だけに、例によって例の如く安かったです。
琴石の作品ですら廉価になりました。喜ぶべきや、嘆くべきや。

64山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2017/03/18(土) 22:54:58.71
×それぞれ描いた
○それぞれが書いた
失礼。三人が同名で別々の時期に書いた別々の本です。
収録されている絵画には、今は無いものも多いでしょうね。

とある南画家についての古い新聞記事で「戦災後は○○の作品をあまり見ない」
という文章を読んで、悲しくなりました。
あれだけ都市部を執拗に焼かれていれば当たり前です。

65山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ 2017/03/19(日) 20:34:01.80
×新井洞厳
○新井洞巌
でした。Wikipediaでも洞厳になっている。師は夏目漱石の褒めた長井雲坪、
奥原晴湖の褒めた菅原白竜、名人高森砕巌の三人。

ついでですが、円山派に南画味を加えた森寛斎の弟子で、その弟子に南画家
もいる巌島虹石もよく厳島虹石にされています。花園大学の出版物とか。

66わたしはダリ?名無しさん?2017/12/24(日) 22:11:29.19
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67わたしはダリ?名無しさん?2018/04/22(日) 17:03:59.37
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68わたしはダリ?名無しさん?2018/05/17(木) 19:11:31.39
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