なぜ鎌倉時代室町時代は地味で人気がないのか2代目©2ch.net

ヨーロッパの中世史は人気があるが、日本の中世史は人気がないのはなぜなのか?

前スレ
なぜ鎌倉時代、室町時代は地味で人気がないのか [無断転載禁止]©2ch.net
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207日本@名無史さん2017/06/12(月) 22:17:27.87
北条の大きな内紛って聞かないからすごい

208日本@名無史さん2017/06/15(木) 23:38:14.51
>>198
あったぞ

209日本@名無史さん2017/06/16(金) 01:03:57.87
1333(鎌倉幕府滅亡)〜1600(関ヶ原) 動乱
1600〜1867(大政奉還) 平和
1867〜1945(終戦) 戦乱
1945〜現在 平和

このままいけばあと10年くらいで戦乱来るかもな

210日本@名無史さん2017/06/16(金) 01:06:04.82
>>208
そうなのか
ありがと
調べてみよう

211日本@名無史さん2017/06/16(金) 06:39:40.80
>>209
1000年後の時代劇はヒトラーとか北朝鮮が題材になるんだろな

212日本@名無史さん2017/06/16(金) 21:51:24.68
>>209
それが三度目の大戦か。
20世紀と21世紀は暇しなさそうだな。

213日本@名無史さん2017/06/17(土) 05:15:22.57
>>209
もうくるんじゃないか?トランプ・安倍ちゃん・刈り上げ。

214日本@名無史さん2017/06/17(土) 12:01:47.50
>>192
対外戦争である元寇が、歴史の授業で
「神風が吹いたから勝った」という結論で終わらされているからね

西国武士が中心となって自力で撃退した史実が広まれば
もっとメジャーな時代になると思う

215日本@名無史さん2017/06/18(日) 11:24:25.66
>>208
主人公は政子だけど。

216日本@名無史さん2017/06/18(日) 17:28:46.69
>>192
> あまり、劇的なスペクタクルが無いからぢゃないかな?
これは全くの逆だな
源平合戦から大坂の陣までがスペクタルでないのなら
日本史にスペクタルなんてないだろ

217日本@名無史さん2017/06/20(火) 12:52:58.52
NHKの時代劇(大河じゃなく金曜・土曜のやつ)は大抵 田沼時代(安永・天明)か文化文政期だろ。
史上最も「スペクタクル」の無い時代だ。  おっと、浅間山噴火があるかw(←これは東宝特撮の範疇か)

それと>216
スレ主さんではない俺が言うのもなんだが、スレタイの時代は源平合戦後〜戦国前(どこからを戦国というかこのスレでも散々議論されてきたが)を指している。


スペクタクルの無い江戸時代が無茶苦茶 ドラマ化されているのにスペクタクルの宝庫である鎌倉〜信長以前の戦国が
ドラマや映画の舞台にならないのか、不思議っちゃあ不思議

>>215
「草燃える」のクレジットでは石坂浩二(頼朝)が最初でラストが岩下志麻(マサコ)だったな。
まあ、ドラマ原作のうち、ひとつが『北条政子』だったな。 草燃えるはDVD化されていないので残念だが、
非常に面白かった。 北条時政(金田龍之介) 比企能員(佐藤慶) 梶原景時(江原真二郎) 土御門通親(中谷昇)ら名優が
バンバン出まくって鎌倉初期の政争をパノラミックに描いていた。 承久の乱はしょぼかったが。

218日本@名無史さん2017/06/20(火) 13:09:56.54
草燃える
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%89%E7%87%83%E3%81%88%E3%82%8B#.E4.B8.BB.E4.BA.BA.E5.85.AC

おっと、DVDは総集編はあるんdな。>>217一部訂正。 本編はNHKにマスターテープが残っておらず、数話が欠落して全編DVD化が永遠に不可能なんだな。
総集編では美輪ちゃまが完全にカットされているようだ(ウィキより)
「華の乱」「太平記」「草燃える」これらは架空の人物や架空の設定が多く、それらが巧くドラマを盛り上げていた。(華の乱はつまらんかったが)
鎌倉・室町も脚本家と予算次第で面白いドラマは出来るんだがな。(←これ言ったら もはや「日本史板」でなくなるなw)

219日本@名無史さん2017/06/20(火) 13:39:43.64
時代劇も全滅状態だし江戸時代人気はどんどん下がっていっている状態じゃないのか

220日本@名無史さん2017/06/20(火) 20:35:38.63
>>217
源義経 国広富之 源頼家 郷ひろみ 源実朝 篠田三郎 阿野全成 伊藤孝雄
北条義時 松平健 三浦義村 藤岡弘 和田義盛 伊吹吾郎
北条泰子 真野響子 牧の方 大谷直子 静御前 友里千賀子

221日本@名無史さん2017/06/22(木) 20:48:33.03
受験勉強レベルだし語れるほどじゃないけど戦国時代よりも鎌倉時代の合戦の方が好き

222日本@名無史さん2017/06/23(金) 22:11:18.41
鎌倉公方は反抗的なのに
将軍の偏諱は受ける情けなさ

223日本@名無史さん2017/06/25(日) 16:30:09.05
草燃えるは、永井路子の原作がよかったんだろうな。
合戦ではなく、陰謀や謀略がメインでおもしろさをアピールできたのは、
個性豊かな海千山千の東国御家人を演じる役者が揃っていたからだろう。

224日本@名無史さん2017/06/25(日) 16:41:08.79
>>217
承久の乱の合戦の描写とかはたしかにしょぼかったが、
尼御台、執権を囲んでの”御前会議”の描写とかは見ごたえがあった。
乱の勝敗が政略で決まったことを印象付けることに成功したといえる。

225日本@名無史さん2017/07/28(金) 22:39:33.78
地味か

226日本@名無史さん2017/08/03(木) 19:08:41.69
>>47
>>48
>>56

ちょっと認識が半世紀前で止まってない?
この時代も基本的に戦国時代と同じく主体は徴兵された百姓で武士同士の戦いなんてほとんどないよ

227日本@名無史さん2017/08/17(木) 17:06:01.63
余談だが、俺が早くに買って推奨した袖珍本、
『応仁の乱』と『観応の擾乱』が二冊とも
そろってベスト・セラーになったゼッ!
いづれも、中公新書だから、実質的には野球新聞でしかない
読売新聞社の儲けになるんだけど、俺はあんな低俗新聞社の回し者なんかぢやあ
断じて無えのサッ!!!!!

分かったナッ!

! 

228日本@名無史さん2017/08/17(木) 23:29:41.15
>>227
ホモ好きのナッちゃん懐かしいね
今どこでどうしてるんだろう…

229日本@名無史さん2017/10/08(日) 13:39:57.25
承久の乱で天子様が敗北したのは

当時の京都人→怨霊の仕業(つまり後白河帝のせい)
当時の東国人→悪法が蔓延ったから(例、日蓮聖人)

様々な認識がある

230日本@名無史さん2017/10/08(日) 13:46:14.56
太平記だと観応の擾乱は天狗(怨霊)の仕業

応仁の乱も何故こんな戦争になったのか理解できないと当事者たちが日記に書いている
おそらく応仁の時代の人達は天狗の仕業だと思ってたんだろう

231日本@名無史さん2017/10/08(日) 13:59:59.60
明応の政変の当事者、細川政元は魔法修行者として有名
山伏として妖術を使い、天狗になりたかったのだと伝えられる
中世日本は目に見えない妖怪変化が暗躍する魔法の国でもあった

それが崩れるのがキリスト教の伝来であった
政治を左右する妖怪変化や魔法の概念は織田信長と豊臣秀吉の政権で遠ざけられ、徳川幕府の頃には遠い過去の迷信となった

近世の到来である
中世はおどろおどろしく怪しく現代人の感覚で理解するのが難しい

更に明治の廃仏毀釈で魔法の伝承が絶えて(修験道弾圧)、室町時代は庶民に理解できるものでは無くなった

232日本@名無史さん2017/11/11(土) 13:09:39.98
南北朝をドラマにしづらいのは後醍醐のせいだ
あの時代を面白く描くためには、後醍醐を魅力的に描かなきゃどうしようもない
尊氏と正成が何故あれだけ後醍醐に個人的入れ込んだのを上手く物語にできたなら、メジャーな成功作になるだろうな
つまり、後醍醐のカリスマ性を表現できればいいのだが、これが難しい

233日本@名無史さん2017/12/03(日) 21:50:44.82
後醍醐天皇を持ち出すと右寄りのキチガイが皇室の正統性をどうたら言い出すし、
楠木正成が出れば左巻きのキチガイが第二次大戦の特攻隊を正当化するのかと騒ぐ。
南北朝時代は近現代の思想に絡めてくるバカさえいなければドラマとして面白いのにねぇ。

234日本@名無史さん2017/12/03(日) 22:15:34.25
>>229
>>230
>>231

今のアフリカや中東の人たちもこんなグダグダな世界になったのは
怨霊のせいだとでも思っているのだろうか?

235日本@名無史さん2017/12/03(日) 23:38:47.61
思ってるだろうな

236日本@名無史さん2017/12/05(火) 18:18:22.78
>>235
おそらくソマリアやアフガンの人は、なぜ戦争をしているのか
そもそも戦争の発端となった出来事ですら忘れているのだろうな。

237日本@名無史さん2017/12/09(土) 15:48:22.77
歴史新書の『南朝研究の最前線』を読んだが、最近の学説では、後醍醐天皇の政策が室町幕府に継承されてる点から再評価する感じらしい

238日本@名無史さん2017/12/09(土) 21:43:11.50
なぜか足利義持に興味を持ってしまった
偉大なオヤジに対する反発に共感してしまったかな?

2391 ◆h5dmSuta9. 2017/12/09(土) 22:13:26.67
ウゼー

2401 ◆sSg2uEZcSs 2017/12/09(土) 22:14:26.16
アラシ

241日本@名無史さん2017/12/26(火) 21:58:09.13
>>238
義持は良くも悪くもお坊ちゃんだからね
物心ついた時に幕府が安定していたのなんて足利将軍では義持くらい

242日本@名無史さん2017/12/30(土) 12:26:13.95
安達景盛の妻で、安達義景や松下禅尼の母である人物は、武藤頼佐の娘のようですが、少弐氏や大友氏の先祖にあたる武藤氏との関係ってわかる方いらっしゃいますか。

243日本@名無史さん2018/01/12(金) 22:16:13.75
この時代を描いた人気マンガかできれば状況が変わるかも。

244日本@名無史さん2018/01/12(金) 22:43:54.67
わが本陣は、花の御所の四つ足門と定めたり!

245日本@名無史さん2018/01/28(日) 14:40:08.27
守護、地頭の概念がわかりにくい
荘園制もあるし
室町時代は、なんか欲望まみれた時代に見えるんで、嫌がる人多いんじゃなかろうか?
歴史家によれば応仁の乱を境に日本の仕組みが変わったというから?

246日本@名無史さん2018/01/28(日) 18:15:26.11
何も変わっておりません。 徳富蘇峰の妄想です。

247日本@名無史さん2018/01/30(火) 14:21:59.70
日本史より謎な金儲けできる方法とか
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』

L7I5E

248日本@名無史さん2018/02/21(水) 22:33:04.86
>>1
内容は普通に面白いぜ
けど室町は室町が政府と呼べず足利がヘゲモニー+内乱誘導者で江戸時代の歴史観で否定されてきた
鎌倉も評価が分かれる感じなんだけど、これ明治の大馬鹿の天皇史観のせいで否定史観に塗り替えられた

そういうゴタゴタでマイナーだ。中身は普通に面白いけどね

249日本@名無史さん2018/02/21(水) 22:53:16.84
前章平安編
平安京に映るまでの日本は対外政治都合ではなく、疫病で混乱を極めたが、関東開拓で諸氏問題を解決し
平安+大仏でなんとか下かのように見えた

しかし9世紀は世界的に大厄災がおきた時代で、日本では「南海トラフ」が破局的なダメージを与えたことで
天皇家が物質国力の衰退と精神の限界を起こして天皇家が崩壊した。その直後将門公が出生して
あの時点すでに物理と精神で天皇家がイカれてたからこそ、将門公の関東分離主義がおきた

天皇家はそれ以後も呪詛気筒と狂気を極めるが10世紀沈静化しつつある中、将門公の孫の千葉氏が悪徳領主両国一家(そこそこの領主なある意味で藤原に次ぐ関東有利家)を処刑する
このとき従来でいけば放免か粛清だが、きゅうきょくてきに今千葉氏を失えば、天皇関東領の喪失不可避であり
千葉氏はどうりの正義もある故討てず放免した。そしてここから武士団領が形成される。
以後11世紀坂東武士団は、関東勢力図の拡大の中、天皇の関東天領を守るための傭兵の機能をなした。
最大の驚異千葉氏こそこの武士団の時代において天皇知行の10-20%にあたる千葉県領の守護者存在でもあったという
そして11世紀後半武士団は東北征伐で活躍し、この11世紀で将門公の敵であった、源家とじょうりく氏が衰退して巨大勢力となる

結果これは源平討伐で平次も源氏も疲弊させて滅ぼし、一見坂東武士の天下の中、坂東武士の子分の地頭ないし地方役人に過ぎなかった
執権北条(自分で身分の低さわ自認)が暗躍粛清して支配者となる。この執権の暗躍と台東はスターリズムなどの政争に似てる

そして平安天皇家の領地を保守してるのが千葉氏である矛盾があったように
また執権の知行も坂東武士団の千葉氏が中心となって保全してた。天皇領は北条が政府として接収運営してた。

250日本@名無史さん2018/02/21(水) 22:53:49.62
ところがこの執権台東の過程で坂東武士との抗争があり、元寇まで政権は維持したが、元寇勝利直後坂東武士団が政権を取り戻す
しかし坂東武士が推挙した平なんとかが恐怖政治に走り執権が逆襲して、崩壊までの「後鎌倉時代」を迎える。
しかし知行拡大で天皇領接収を繰り返したことが遠因で後醍醐が乱を起こす。

一旦鎌倉は転覆されるも、坂東武士+執権+後醍醐が仲直り+同盟を結び政治主導権をとり、対足利戦争は前半所詮南朝が押し返す。
しかしここで若い千葉氏の私兵が出兵で略奪を行ったなど
千葉氏の若さに目をつけそこを執拗につくことで千葉氏を南朝同盟から切り崩す
これで兵力以上に歳入が弱体化した南朝は自然的に足利に敗北した

そしてその足利は明らかに私物化のためのへげモニズムで傀儡室町符を作り上げた。
そして独裁、私物化政治は国内諸侯の猜疑が大きすぎて、実は足利政権の主流管領はマイナー武士を登用してる有様だった
(そもそも畠山なんかは坂東武士だったが、同名手の武士を討って切り崩していった)

でこの足利政権は実質全国に認められてない独裁朝だからこそ、有力諸侯は最初から懐疑で「足利が私物化と領土拡大を行うなら自分もやる」で室町は公然と領土紛争と有力者の抗争が頻発した。
そして足利はそれで相手をうち自分の領土と影響力をふやすために、わざとそういった騒乱を収集させず内乱誘導してた

そこまで足利が馬鹿だった上で全国統一政府と呼べない状況の仲、関東、九州で騒乱が起こる。
この二戦は千葉氏と同名者の弱体化で地方政権すら弱体化させてしまう。
そんな仲収集じゃなく抗争を狙ったおおばか室町政府は応仁を起こす。究極的に応仁の乱は表面的に10年で終わったが
実60年連続的な抗争を招き、室町有力諸侯が絶滅状態に陥り、政府機能停止状態となる

そしてその頃はほうじょうはやぐもや今川などの地方振興せいりょくが切り盛りして所詮前戦国時代にエスカレーとする

251日本@名無史さん2018/02/21(水) 23:14:07.76
結果として、鎌倉室町時代はその前の8世紀からの平安期を無視して語れない。
そして千葉氏+坂東武士団は続領主(下請け企業)でありながらプラチナムゲームズのような下請けなのに巨大な企業の構造をしてた

とくに重要なキーマンが千葉氏であったのだが、江戸史感、明治史観の仲で千葉氏はマイナーな辺境領主として忘却されがち
これが実は政治の全容を理解不可能な状況を作ってる

@平安南海トラフその他天災で天皇大和は物理経済的都合と精神病で機能停止状態になる
A将門公の戦いを得た後、60年その敵じょうりく氏が関東提督になるも悪徳領主で有名でれを千葉氏が討つ。そして東日本の独立武士団状態が公認され11-12世紀の後期平安時代たる
坂東武士団時代を迎える

Bきゅうきょくてきに平安末期の源平抗争以前に衰退した源家は坂東武士団の子分、傭兵的傘下に収まる
その上で天皇が半平次抗争を展開して頼朝は交戦参戦を主張しただけであり、究極的に平次討伐は決定権をもつ坂東武士団領主の寄り合いで決定された
そしてその決定権は実質千葉氏と上総氏(いとこであり、登場上総が上の立場で中央政治との交渉役、代表は上総)が決定した
しかし上総氏は決戦には反対したため粛清、このどたどたで千葉氏が千葉県領土を統一に近い状態にする。

C平次討伐と欧州征伐は物質的、指揮官的な面で千葉氏の役職地位が重要で巨大な事を意味する
これは坂東武士団の中核たる国力があること、それ以上に欧州征伐までは元々天皇の千葉県天領(10万石以上)からの歳入資金が中心となって戦争をしてた。
物理的に千葉氏と天領の財産でしか戦争できず、千葉氏は間接的に頼朝のスポンサー、養父にあたる地元最強最大領主だから重要な人物、有力者だった

252日本@名無史さん2018/02/21(水) 23:16:05.57
D実質北条クーデターで北条が鎌倉を手動し、もとは支配権を三浦氏と争った。しかし三浦氏は奇襲され滅亡
その上で最大領主+最大兵力+最大石高の千葉氏を最有力地域領主として傘下におくことが北条支配のからくりだった

とくに物理的な石高の強さと人工兵力で鎌倉政府は千葉氏千葉国と関東埼玉方面を勢力下において兵力+食料をキープしつつ
天皇天領を掌握して税にあてるのが政治経済を運営するためのシステムだった。
そして抗争があって、鎌倉時代は天皇を廃したあとは執権VS坂東武士の対立構造が出来上がる

E坂東武士と千葉氏を明確に味方にできず、予想外の裏切りもあって鎌倉は敗れる。
しかし坂東武士+北条+後醍醐の同名で南朝は一時成立するが千葉氏切り崩しで南朝せいけんが崩壊する。

F足利にとって厄介な敵+味方であったのは大内と千葉氏であったのは確かだが、関東+太宰府は千葉氏の影響が大きかった。
その東西千葉氏の崩壊で関東+九州政権が機能不全状態になることが室町幕府崩壊の遠因になった



鎌倉ー室町は反天皇の武士団社会という社会秩序と坂東武士なくして歴史学が成り立たない。
しかし徳川は地元有力者の坂東武士を排除して関東を安堵した(鎌倉、室町は在地有力者が多すぎて崩壊した)
明治政府は卑屈な天皇史観で卑怯な天皇を浮かび上がらせる坂東武士と千葉氏を忘却する

これで歴史学が機能しなくなる

253日本@名無史さん2018/02/26(月) 02:27:36.75
固有名詞をすっ飛ばすと、平安から鎌倉時代への以降は
大統領=天皇家 首相=藤原氏 地方軍閥=武士
みたいなものなのかね

大統領のポスト争いに軍閥が介入するようになって、軍閥が大幅に自治権を持つようになったのが鎌倉時代
北条軍閥が大統領のポストまでコントロールするようになり、それを嫌った大統領が北条軍閥を排除しようとして成功したが、今度は足利軍閥が取って代わる
足利軍閥は政府とより近いポジションを取ったが、他軍閥を統制する力が不足していた
こういう感じか

254日本@名無史さん2018/05/09(水) 09:51:46.35
あげ

255日本@名無史さん2018/05/13(日) 10:42:50.39
戦国時代の始まりは応仁の乱から明応の政変へとシフトされてきたが、
俺は逆だと思う。 鎌倉幕府の滅亡から、ではないか?
つまり、室町時代(1336−1573)全部が戦国なのだ。
戦国の原因が守護大名の登場・進化だからね。 義満〜義教時代を
「室町の平和」と呼ぶ学者もいるが、どうなんだろうか。 ただの小康状態に過ぎない。
「徳川の平和」と意味が全く違う。

256日本@名無史さん2018/05/21(月) 04:28:56.68
鎌倉の街が地味すぎる
室町は何処か分からない

257日本@名無史さん2018/05/22(火) 20:51:16.09
中世ヨーロッパは商業ルネサンス12世紀ルネサンス十字軍レコンキスタ大航海時代と
ビッグイベント盛りだくさんだけど中世の日本はひたすら停滞してて地味だから

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