古事記以前の書物について [無断転載禁止]©2ch.net

1日本@名無史さん2017/08/31(木) 16:49:17.24
ウエツフミ、豊国文字など本当の日本の歴史について
詳しいかたいますか?
時系列が難しすぎて混乱しています。
だれか教えてください。

269日本@名無史さん2018/09/02(日) 11:22:35.36
>>265
日本の名称の由来は、現在につづく?大和朝廷や天皇家に大和を追い出され、追撃につぐ追撃を受けたプレ大和王朝勢力(端的に、長脛彦=大彦ら)が行く先々で一時的な定住化して国を立てて、
日立国(鹿島神宮や香取神宮は出雲神族らが建てたのを大和朝廷側が横領)、アラハバキの国、日ノ本の国、、、
と場所を変え名を変えて次第に東北地方に退却、、、(最終的には津軽(日ノ本の国)に落ち着いたとか?津軽を日ノ本中央と言ったのは日ノ本国の首都だったから。後々に伊達政宗を日ノ本将軍と言ったのも東北が日ノ本国だった名残から。)

270日本@名無史さん2018/09/02(日) 11:28:10.19
>>269
説得力アリ

271日本@名無史さん2018/09/02(日) 11:30:24.88
>>269
日ノ本(ヒのもと)国(東北地方/蝦夷(大和朝廷側が蔑んで蝦夷エミシと呼んだ。(元々は親戚、同族なのに)))を大和朝廷側が横領して
国の名にしたのが日本。


ヒの元。、、、少しひねって考えると、ホアカリ/火明命(ニギハヤヒ)の長男、カゴヤマの直系子孫、、、本家の矜持を「ヒ(火/日)の本」に込めたのではなかったか?

272日本@名無史さん2018/09/02(日) 12:14:36.33
>>271
大和朝廷(大倭国)と日ノ本国(蝦夷)が多賀の関のラインを国境に長らく安定安定していたところに、
聖武天皇が奈良に大仏(ビルシャナ仏)を建立するにあたり
莫大な銅や金などの鉱物資源が大倭国領域に不足します。
宇佐族(旧出雲王国時代から重要な勢力。宗像家も多分、宇佐族)が八幡神の神託の形を借りて(交易の有った東北地方/日ノ本国の情報を元に)東北に金ほかが有る!と(いわば仲間(日ノ本国は元の大和王朝(磯城王朝))の敵に情報を売った)
宇佐族(九州の豊国勢力。豊媛(トヨ)と豊彦(卑弥呼=豊玉媛命と物部イニエ王(崇神)の御子。大和入りして後は、豊来入媛(三輪山麓の檜原神社で宇佐族の月読神信仰を広めて稚日女命と称えられた。)。豊来入彦)。)もいわゆる神武東征に帯同して参画。
大和入りをするも大王家(異母兄)に疎まれ排斥されて東に逃避。東海地域に定住化。東海地域に「豊」の地名が多くある理由がそれ。

排斥され大和から逃避なさった豊来入媛は丹波に後には伊勢の椿大神社(猿田彦大神)の宇治土公家(大和の登美家(出雲神(カモ)族)の分家で出雲神族の信仰、幸之神の内、特に猿田彦大神を信奉して後にはサルメ家とよばれた)に助けを求めて匿われる。
豊来(城)入媛命(=豊鋤入媛/稚日女命(高天ヶ原で陰部をヒで突いて死亡した織日女神))は宇佐女(宇佐族出身の女)とよばれたていたところ、
それでは正体がわかってしまう恐れがあるため
ウズメと改名させた上、祭神の后神である等のお伽噺まで創作して庇護に努めていたところ
異母兄の大和の新大王、イクメ大王が放った刺客に憐れ暗殺されてしまいました。
その場所は境内の椿岸神社であるという。
遺体は月読神の信奉者らによって大和に運ばれ、ホノケ山陵(古墳)が築かれそこに葬られたという。

いわゆる、、、、
卑弥呼の後継、トヨ媛女王=豊媛命=豊来(城)入媛命=豊鋤入媛命(キキ神話)=稚日女命/稚日霎貴命(月読神を奉じて檜原神社で祭祀を行う)=ウサメ=ウズメ=天ウズメ命

273日本@名無史さん2018/09/02(日) 13:44:22.32
アラハバキが謎だよなー

274日本@名無史さん2018/09/02(日) 14:15:57.69
アラハバキ国は日高見国(北東北・北海道)の北にある国だから樺太。
アラハバキー荒覇吐ーアララトーカラフト

275日本@名無史さん2018/09/03(月) 08:01:05.49
そっちまで追われたんだろう。

276日本@名無史さん2018/09/03(月) 09:05:05.05
まず一枚岩ではなかったんだと思うよ
ヤマト勢力=卑弥呼の後継者

神武天皇=いろんな知識技術とともに渡来したユダヤ人勢力

日ノ本の国=ナガスネヒコ

国が出始め台頭したのが卑弥呼の勢力、その後神武天皇の勢力が台頭してきて、まとめるために卑弥呼の後継者を正妻として貰い、卑弥呼勢力と神武勢力が合体した
しかし古事記に書いてある通り神武天皇の九州での子供は殺された
卑弥呼の後継者の子が二代目天皇になった
この時点でヤマト勢力が神武天皇勢力を逆に食った形になる

日ノ本の勢力とも最終的には似た感じでタベテしまおうとしたんだろう、しかし天武天皇が国号を日本と定めたのは、日ノ本の勢力が食い勝ったからだろう
その後暗殺も行われ天武天皇の勢力は消え去る
天智天皇の勢力に戻る
天智天皇の勢力はケイタイ天皇の勢力
ケイタイ天皇の勢力は神武天皇の九州での子孫
宇佐神宮の本当にお祭りさらていた神様は、八幡様ではなく、宗像三女神だよ
ユダヤ人が崇拝する海の女神様
ユダヤ人が崇拝する海の神様(住吉三神)の嫁
八幡神社は勢力ある神社を乗っ取って作った神社、八幡様を崇めろと押し付けられた神社

277日本@名無史さん2018/09/03(月) 09:41:10.51
なんだか痛いのが湧いてきたな。

278日本@名無史さん2018/09/03(月) 10:05:28.89
ユダヤ一神教がなんだって?
多神教とは相いれない

279日本@名無史さん2018/09/03(月) 10:44:06.80
気になる材料を羅列してみると、


渡来系弥生人骨は朝鮮人骨とは一致せず、オロチ、ギリヤークなどの沿海州の
北方民族にかなり近寄った数値を示す人骨。

弥生土器が始まったのは最古水田・菜畑遺跡より50年以上前の山陰あたりで、
その土器は同期する沿海州南部の土器と特徴が一致している。

最古水田はイネの粒種、耕作用農具、炊飯器から考えて、明らかに朝鮮南部の影響で
始まっているのに、その人々はなぜか朝鮮土器を一つも作っていない。


複合的に考えて、まず沿海州あたりから渡来人の渡来があり、渡来後に朝鮮南部から
稲作をパクってきただけのように考えざるを得ない。

280日本@名無史さん2018/09/17(月) 14:20:33.84
古いといえば、「東大寺山鉄剣」があるね。金象嵌の。
中平○年
184年から189年の後漢の年号。
もしもこれが今発掘されたら大騒ぎだろうに、何故か無視されてるという。

281日本@名無史さん2018/10/04(木) 19:14:59.43
鉄剣タロー

282日本@名無史さん2018/10/04(木) 19:55:25.13
長江下流域に龍が伝わったのは約5000年前。



「遼河文明」から伝播したと思われる、約5000年前の長江下流域・良渚(りょうしょ)遺跡の玉龍も、
角と耳がありイノシシの顔だ。

http://www.seibutsushi.net/blog/2012/01/1238.html


.

283日本@名無史さん2018/10/08(月) 10:40:23.16
近デジPDFダウンローダー
https://signal9.exblog.jp/19119897/

(旧・近代デジタルライブラリ―)国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/

284日本@名無史さん2018/10/08(月) 10:41:19.82

285日本@名無史さん2018/10/08(月) 11:41:55.44
日本の最古水田と同期する中国の稲作遺構から出土するイネは、
中粒種と短粒種が約半々の割合で混交したもの。

ところが、日本の最古水田から出土した日本最古のイネの現物は短粒種のみ。

そして、日本の最古水田と同期する中国の稲作遺構から出土する耕作用農具は、
石耜という石刃のスキと、石鋤という日本には存在しない石刃の除草用農具と、
石犂という石刃の牛耕用の農具、この3つだけ。

ところが、日本の最古水田から出土した日本最古の耕作用農具は、
木製のエブリという地をならす農具と、木製のクワだけ。

石刃が伝わっていない上に、同期する中国と同じ耕作用農具が一つも
伝わっていないのだ。

それどころか、同期する中国には存在しない耕作用農具が日本最古の
耕作用農具として日本の最古水田には伝わってしまっている。

オール木製で。

しかも、鬲や鼎といった、三足や耳の付いた同期する中国系炊飯器も
日本の最古水田には一切伝わっていない。

日本稲作が中国から伝わったというような話は、太陽が西から昇って東に沈むと
言っているのと同じレヴェルの話である。

ちなみに、スキという耕作用農具が伝わったのは、最古水田から200年以上も
経ってからの事で、やはり木製であった。

石犂は5C頃に鉄刃のものが朝鮮経由で伝わるが、石鋤に至っては、木製でさえ
永遠に日本に伝わる事はなかったのである。

286日本@名無史さん2018/10/08(月) 12:10:27.28
山形明郷先生講演会 (邪馬台国は日本になかった)
https://www.youtube.com/watch?v=l4swAYIl7lc&list=PLhHaAGez8wyjHeZpC6k4a3V2j2EtWvO-k

287日本@名無史さん2018/10/08(月) 18:03:39.69
推古天皇の頃につくられた天皇記は、完成当時は大王記という名称だったことが有力だな

288日本@名無史さん2018/10/08(月) 18:58:47.32
最古級に古いのはなんなの?

289日本@名無史さん2018/10/08(月) 19:40:41.65
山海経

290日本@名無史さん2018/11/06(火) 13:28:49.31
>>287

天皇記は完成時は大王記で、国記は完成時は国記だったのかな


帝紀や帝皇日嗣、旧辞は同じような内容だったのか




各豪族がまとめた書物も発見されると面白いのにな

291日本@名無史さん2018/11/06(火) 13:51:11.34
気になる材料を羅列してみると、


渡来系弥生人骨はコンピュータ形質解析で朝鮮人骨とは一致せず、オロチ、
ギリヤークなどの沿海州の北方民族にかなり近寄った数値を示す人骨。

弥生土器が始まったのは最古水田・菜畑遺跡より50年以上前の山陰あたりで、
その土器は同期する沿海州南部の土器と特徴が一致している。

最古水田はイネの粒種、耕作用農具、炊飯器から考えて、明らかに朝鮮南部の影響で
始まっているのに、その人々はなぜか朝鮮土器を一つも作っていない。


複合的に考えて、まず沿海州あたりから渡来人の渡来があり、渡来後に朝鮮南部から
稲作をパクってきただけのように考えざるを得ない。

292日本@名無史さん2018/11/06(火) 23:02:09.51
というか天皇記の本来の名称が帝紀で
国記が、おそらく旧辞の事だったんだろう

それらは失ったオリジナルとは別に
写本で流布されてきて
両者を合わして古事記が作られた

帝紀と旧辞が推古朝の時代に書かれたものだから、
古事記も推古朝の時代で終わる

そして、蘇我家の文書だから、(当時の)近代は
蘇我家の輝かしい歴史を中心に描かれてた

乙巳の変以後は
蘇我馬子や蝦夷のシーンごと
蘇我家がらみの話をカットしたから
終盤の記述がほとんど無くなってしまった

藤原氏ににらまれない様に
こっそり写本してきたから
古事記が表舞台で語られる事も無かった

……全部、つじつま合うよ

293日本@名無史さん2018/11/06(火) 23:04:16.36
ようは、「まったくの謎とされてきた文書が
実は自分らがよく知ってるアレでした」ってパターンだよ

294日本@名無史さん2018/11/07(水) 01:45:47.71
>>292

古事記は当時の人たちには認知されてなかったのか?
写本を引継いでたのは反藤原氏の人かい?

295日本@名無史さん2018/11/07(水) 05:10:51.66
というか、旧辞も古事も当て字で「くに」と読ませてたのかもね
で、国記の読みも「くに(のしるし)」で

「在らず」と「在らぬ」みたいに、「じ」を「に」の発音にして

帝紀も天皇記もあるいは大王記でも
「すめらみこと」か「すめらき」とするなら
読みそのものは同じになる

そうすると、タイトルの違いは
あくまで表記方法の違いになる

>>294
そこはちょっとわからない

知ってたけど藤原氏のおめこぼしだったのか
あるいは、本当に完全に隠れてたのか

296日本@名無史さん2018/11/07(水) 05:23:11.23
https://kanji.jitenon.jp/kanjie/2479.html
この「爾」は音読みが「じ」と「に」なんで
「じ」と「に」は比較的、近い音と見ていいかも

297日本@名無史さん2018/11/07(水) 05:37:43.91
>>295
>知ってたけど藤原氏のおめこぼしだったのか

そんなもん干したらあかん

298日本@名無史さん2018/11/07(水) 07:29:28.58
日本書紀は宮中で勉強会とかやっていたけど、古事記は顧みられていなかった。
偽書との疑いもあった。
晴れて古文献と認められたのは、作者の太安万侶の墓が見つかって実在の人物であることが確認された昭和の末期だ。
新聞にデカデカと報道されていた。

299日本@名無史さん2018/11/07(水) 08:37:14.11
クニツフミには何が書かれていたか気になる

300日本@名無史さん2018/11/07(水) 08:54:43.32
日本が1600年前の古墳期にようやく竪穴式住居から抜け出したのに対し、
中国では8000年前にはすでに高床式住居が登場し、早くも竪穴式住居から抜け出していた。

その時代差、約6500年。

その後、中国では6000年前に木骨泥墻が登場し、早くも土壁の住居の時代に入り、
4000年前にはすでに戸建ての時代である。

商周より前の3500年前の王朝では宮殿建築なるものが花開き、2800年前には
瓦が登場し、早くも瓦屋根の戸建ての時代に入るのである。

縄文弥生を通して、日本にはこれら中国の住居が一切伝わっていない。

中国から渡来人があったなんてあり得ないのである。

301日本@名無史さん2018/11/07(水) 15:59:43.83
>>298
へーへーへー

302日本@名無史さん2018/11/11(日) 02:00:06.97
寺や神社に未発見の古い書物無いかねぇ

303日本@名無史さん2018/11/12(月) 14:22:19.43
明治維新の焚書はすごかったらしい。
高良宮では一週間も古書を焼き続けたとか。

304日本@名無史さん2018/11/12(月) 15:35:34.59
日本の最古水田と同期する中国の稲作遺構から出土するイネは、
中粒種と短粒種が約半々の割合で混交したもの。

ところが、日本の最古水田から出土した日本最古のイネの現物は短粒種のみ。

そして、日本の最古水田と同期する中国の稲作遺構から出土する耕作用農具は、
石耜という石刃のスキと、石鋤という日本には存在しない石刃の除草用農具と、
石犂という石刃の牛耕用の農具、この3つだけ。

ところが、日本の最古水田から出土した日本最古の耕作用農具は、
木製のエブリという地をならす農具と、木製のクワだけ。

石刃が伝わっていない上に、同期する中国と同じ耕作用農具が一つも
伝わっていないのだ。

それどころか、同期する中国には存在しない耕作用農具が日本最古の
耕作用農具として日本の最古水田には伝わってしまっている。

オール木製で。

しかも、鬲や鼎といった、三足や耳の付いた同期する中国系炊飯器も
日本の最古水田には一切伝わっていない。

日本稲作が中国から伝わったというような話は、太陽が西から昇って東に沈むと
言っているのと同じレヴェルの話である。

ちなみに、スキという耕作用農具が伝わったのは、最古水田から200年以上も
経ってからの事で、やはり木製であった。

石犂は5C頃に鉄刃のものが朝鮮経由で伝わるが、石鋤に至っては、木製でさえ
永遠に日本に伝わる事はなかったのである。

305日本@名無史さん2018/11/12(月) 22:51:56.39
>>303

そんなことあったの?

306日本@名無史さん2018/11/13(火) 00:11:50.12
旧体制を封じ込めるついでに、日本の古代史も封じ込めた。
神仏分離の後、全国の神社の祭神はアマテラスなど限られた神に宗旨替えされ、もとの伝承は多くが失われた。
廃仏毀釈で、仏教美術も破壊した。
今日残っているのは、わずかな残りカス。
そうしてできたのが明治以降の国家体制だよ。

307日本@名無史さん2018/11/13(火) 00:21:40.84
江戸時代より古い神社の由緒書きの祭神はほとんどが後世の押し付けだもんな
式内社のほとんどは国津神が御祭神

308日本@名無史さん2018/11/13(火) 00:36:55.40
新選組が降臨してるのか?w

309日本@名無史さん2018/11/13(火) 08:30:55.21
維新とは、日本の歴史を棄却して新たな歴史を創作することだよ。
そして皇紀2600年とかいう、考古学的にあり得ない万世一系大和説が誕生する。
邪馬台国畿内説はその亡霊。

310日本@名無史さん2018/11/13(火) 08:55:47.93
>>309

>歴史を棄却

何語だよwww

311日本@名無史さん2018/11/13(火) 09:25:28.21
古事記以前には聖徳太子が編纂させていた先代くじほんぎってのがある
ネットで現代語訳が簡単に読めるよ

先代くじほんぎの情報元は、6氏族(天皇家、物部氏、蘇我氏、大伴氏、あとわからん)には氏族専用の文字と古事記のようなものを持っていた
これを全てヤマト朝廷に無理やり提出させた
どうせ読めないだろうと思って、しぶしぶ提出したら、聖徳太子の部下のハタノカワカツという者が全ての文字が読めたので、先代くじほんぎにまとめた

古事記はこの先代くじほんぎをさらに簡潔に、分かりやすくまとめた直した物だよ

あまりに神話がややこしくて、無駄な部分はガンガン省略されてる
神武天皇が男4兄弟でプラス姉もしくは妹がいたのをお前らは知ってるか?
知らないだろ?
そうやって無駄に話が長くなる部分はガンガンカットされて、より分かりやすくなった最終版が古事記だよ

参考資料として、先代くじほんぎやら、コシコデンを読むのはいいが、真に重要なのは古事記の方だって事を知っておかなければならないよ

312日本@名無史さん2018/11/13(火) 09:31:48.10
>>306
古事記や世界の神話を読み解くと同じ神様を崇めているのがわかるよ
名前が違うだけで同じ神様ってのはとても多い
国津神といっても、結局は名前違うだけの同じ神様だよ
統合されたとしても、さほどの問題は無い
大きな流れを知らないから、重大な問題に見えるだけ
名前が違うのは、国が違うため言葉が違うからだったり、派閥が違うけらだったりするだけ
そもそも神様は人間に名を名乗らない

エクソシストで退治されてる悪魔も神様だよ
エクソシストがやたら名を明かせとしつこくいってるでしょ?
神様は名乗らないからだよ
エクソシストは八幡さまのオリジナルの女神のいなんな

313日本@名無史さん2018/11/13(火) 10:16:15.21
エクソシストは女神イナンナ(八幡様のオリジナルの女神)の派閥
その他のキリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教、神道の最高神はスサノオノミコトだよ
この2つの派閥しかないし、対立してる
だからエクソシストは対立派閥の神様を悪魔と呼ぶんだよ

神話ってのは全て繋がっている
縄文神話(簡単に解読できる文字として残ってない、メソポタミア神話の特徴持った像が残ってる)
→メソポタミア神話(粘土盤に文字が残っているので大量の読める資料がある)
→エジプト神話(パピルスに記録したが、パピルスが腐ってほとんど読めない)とギリシア神話→ゾロアスター教(拝火教)→ミトラ教

ミトラ教からキリスト教、ユダヤ教、イスラム教が発生した
ミトラ教はローマカトリックに迫害されて、チベットで密教となった
そして仏教になった

314日本@名無史さん2018/11/13(火) 13:11:41.64
神道はゾロアスター教やユダヤ教を理解している人が定めていったんだよ
縄文神話から始まり、弥生時代に逆輸入した形だ

315日本@名無史さん2018/11/13(火) 14:16:52.88
気になる材料を羅列してみると、


渡来系弥生人骨はコンピュータ形質解析で朝鮮人骨とは一致せず、オロチ、
ギリヤークなどの沿海州の北方民族にかなり近寄った数値を示す人骨。

弥生土器が始まったのは最古水田・菜畑遺跡より50年以上前の山陰あたりで、
その土器は同期する沿海州南部の土器と特徴が一致している。

最古水田はイネの粒種、耕作用農具、炊飯器から考えて、明らかに朝鮮南部の影響で
始まっているのに、その人々はなぜか朝鮮土器を一つも作っていない。


複合的に考えて、まず沿海州あたりから渡来人の渡来があり、渡来後に朝鮮南部から
稲作をパクってきただけのように考えざるを得ない。

316日本@名無史さん2018/11/16(金) 07:33:04.78
>>298
>晴れて古文献と認められたのは、作者の太安万侶の墓が見つかって
>実在の人物であることが確認された昭和の末期
これは違うでしょ
太安万侶は続日本紀にも記載されていて
そもそも存在に対する疑いはなかった

317学術2018/11/16(金) 08:43:01.75
書物だけに的を張るより、民族伝承、考古学の発掘品など、
生活空間や存在立体が思い描けるのもよいでしょう

318日本@名無史さん2018/11/16(金) 13:27:17.24
◆ペテン師・佐藤洋一郎がなぜダメなのか


経年変化や環境変化で短期間のうちに著しく頻度を変えてしまう遺伝子の調査において、
佐藤洋一郎が調査に使ったイネの調査サンプルは、

日本のイネの調査サンプルが稲作が伝わってから800年以上も経ってしまった鍵・唐古遺跡の炭化米、
朝鮮半島のイネの調査サンプルにおいてはいつの時代のイネを使ったのかさえ全く公表していない。

このように調査サンプルから疑わしい、欠陥ありありの、お遊び程度でやったペテン調査での捏造である。

この場合、BC10Cの稲作開始時の最古水田である菜畑遺跡の炭化米とそれ以前の朝鮮の炭化米で
比較調査しない限り、まともな調査結果など得られるはずがない。

ちなみに佐藤洋一郎はこの件で京大考古学陣に全面否定されている。
日本稲作が長江・江南から伝わったなんて言ってる頭のおかしな考古学者など一人もおりません。

319日本@名無史さん2018/11/16(金) 13:34:23.52
的を張る?

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