関ヶ原で西軍が勝つにはどうすればよかったんや

1日本@名無史さん2017/10/09(月) 19:27:44.75
多分これについてはよく議論されてるんやろうけど、話したくなったw

一つ一つの出来事を詳しく書いていってほしい

239日本@名無史さん2018/11/15(木) 02:03:19.83
>>238
226では「秀吉が存命中に」とあるね。

240日本@名無史さん2018/11/15(木) 02:05:28.59
>>236
>>237
232をもう一度声に出して読んでみよう。

241日本@名無史さん2018/11/15(木) 06:15:05.47
>>240
そもそも232が幼稚すぎて

242日本@名無史さん2018/11/15(木) 07:51:59.37
>>241
ちゃんと読めてないのにどうしてそんなこと言えるのかな?
幼稚とか批評するのは、説得力のある反論ができないからみたいに見えるよ。

243日本@名無史さん2018/11/15(木) 12:49:35.55
まず、任命の件。
秀吉存命中ということは、対外戦争中ということ。豊臣姓の外征将軍を征夷大将軍に任命することは道理にかなう。
しかも秀吉の意思であれば、何の障害もないよね。

244日本@名無史さん2018/11/15(木) 23:34:51.03
次に将軍の権威の件。
仮に加藤清正が将軍になり、その後歴史通りに関ヶ原が展開したとしよう。
清正は東軍だし、将軍を罷免するわけにはいかない。
そうなれば、家康は豊臣政権の大老として主君秀頼の名のもとに戦後処理をするしかない。
家康が諸大名を臣下にするのは、個別に行うしかなく、そんな状況で九州にいる将軍清正を倒すには何年かかるやら。
さらに秀頼を滅ぼすとなると、時間がかかりすぎて家康の寿命が尽きるだろう。
実力を伴わない将軍に従うものは少ないが、権威のない実力者に従う者もそう多くないのだよ。

245日本@名無史さん2018/11/15(木) 23:57:53.94
そうはならなかったけどな

246日本@名無史さん2018/11/17(土) 13:02:41.54
加藤清正は秀吉在世中は豊臣子飼いの一大名に過ぎないし、出自的に無理だろ。
家康は任官された時点では400万石の石高と内大臣の官職をもっていたし、
家系図を新田家傍流に書き換えて任官されるように土台を入念に準備している。

247日本@名無史さん2018/11/17(土) 13:08:28.64
家康を征夷大将軍させない、秀吉が在世中に意図していたなら、
足利義昭にそのまま任官を続けさせることで、名誉職にさせていたはず。

248日本@名無史さん2018/11/17(土) 23:33:07.14
>>246
加藤清正と福島正則は豊臣姓で秀吉と血縁関係もあるから、少なくも秀吉存命中には問題なく征夷大将軍になれる。
外征将軍だしね。
初代征夷大将軍坂上田村麻呂の出自は東漢氏で、それほど貴種というわけではないね。

249日本@名無史さん2018/11/17(土) 23:41:31.53
>>247
なるほど、そういう手もあるかもね。
ただ、足利義昭は秀吉より先に死んでしまったんだよね。
空席になった将軍職が名誉職であり続けるかどうかは微妙かもしれない。

250日本@名無史さん2018/11/18(日) 02:21:29.29
>初代征夷大将軍坂上田村麻呂の出自は東漢氏で、それほど貴種というわけではないね。

少なくとも朝廷の直臣であり、豊臣の陪臣である福島や加藤と同列ではないし、
近衛府勤務からスタートしていて、天皇に対する信任に至っては別格。
そんなゴリ押しで朝廷相手に紛糾するぐらいなら足利家をそのまま継続させて将軍家とした方が効率が良い。

251日本@名無史さん2018/11/18(日) 19:26:30.86
>>226
秀頼は豊臣家なんだから関白にはなれても武士の頂点である征夷大将軍はなれないんじゃないかな? 宇喜多や加藤や福島は血統の面から不安要素が多いし

252日本@名無史さん2018/11/18(日) 19:30:20.81
>>229
そもそも家康に将軍任官を豊臣は後押ししてたやろ

253日本@名無史さん2018/11/18(日) 23:36:34.79
四の五の言わずに三成が単体で東軍蹴散らせば良かったんだよ

254日本@名無史さん2018/11/19(月) 14:51:52.08
>>250
東漢氏は渡来系でもともと蘇我氏の陪臣のような氏族だった。
同じ源氏とはいえ源頼朝の陪臣(御家人)だった足利氏が将軍になったわけだから、摂関家である豊臣姓の加藤、福島が将軍になるのがそんなに無理とは思えないな。
小早川秀秋も関白になれると自他ともに思っていたわけでしょ?

255日本@名無史さん2018/11/19(月) 14:53:09.34
>>251
豊臣政権当時、武家の棟梁は武家関白だよ。

256日本@名無史さん2018/11/19(月) 20:44:17.66
>東漢氏は渡来系でもともと蘇我氏の陪臣のような氏族だった。

田村麻呂自身は近衛府から出仕して紛れもない直臣だし、天皇の信任は歴史的にも稀に見る厚さ。
加藤や福島なんか当時の天皇からすればどこの馬の骨か分からぬ上に、秀吉の子分に過ぎない。
秀吉がゴリ押ししたとしてもそのせめぎあいの姿を諸大名に晒し、時間を浪費するだけだろ。



>同じ源氏とはいえ源頼朝の陪臣(御家人)だった足利氏が将軍になったわけだから、

源氏の分家筋だし、全国の武家を二分する一方の指導者だろ

>摂関家である豊臣姓の加藤、福島が将軍になるのがそんなに無理とは思えないな

加藤や福島が豊臣本家を乗っ取る形で諸大名に号令する立場になり、家系図も源氏なりそれなりの家に書き換えればなれるかも。

257日本@名無史さん2018/11/19(月) 20:46:43.28
豊臣の家臣内ですら内輪もめするような加藤や福島が
征夷大将軍を名乗るだけの統率力には値しないだろ。
足利のような確かな血筋でもないし。

258日本@名無史さん2018/11/19(月) 21:22:50.90
>>256
坂上田村麻呂のときの桓武天皇と、秀吉が関白になって以降の天皇じゃ持ってる権力が全然違う。
せめぎあいになんぞならんよ。
実際、秀吉は臣下を内大臣やら大納言にもしている。

あと、足利が源氏の分家筋なら、加藤福島小早川も豊臣の分家筋。
豊臣は摂関家で武家の棟梁だから、わざわざ源氏になどなる必要はない。
あなたは、源氏や将軍を特別視しすぎなんじゃね?

259日本@名無史さん2018/11/19(月) 21:24:45.53
>>257
足利も実に盛大に内輪もめしてたよな。

260日本@名無史さん2018/11/19(月) 22:18:03.68
>>255
だよなぁ…
征夷大将軍ガーという議論は、滑稽以外の何物でもないw

261日本@名無史さん2018/11/19(月) 22:19:19.03
>>255
秀吉が五摂家に取り入ったから関白になれたわけだからあくまで貴族の官位じゃん? 武士の頂点は征夷大将軍だと思うんだけど

262日本@名無史さん2018/11/19(月) 22:20:29.55
>>257
文治派vs武断派の熱い内部抗争

263日本@名無史さん2018/11/19(月) 22:21:46.27
>>253
関ヶ原での三成って細川と黒田に入れ代わり立ち代わり攻め込まれても頑張って持ちこたえてたよな

264日本@名無史さん2018/11/20(火) 12:42:18.72
>>261
豊臣姓を下賜されて武家関白家となったよ。
武家関白は貴族の官位ではなく、武家の棟梁として認知されているから、秀吉は将軍を置かなかったわけだ。
自分の意のままに動かせる傀儡将軍が必要なら鎌倉幕府みたいに摂関なり親王なりを据えれば済むことだけど、そんなものは必要無かった。

265日本@名無史さん2018/11/20(火) 12:50:38.44
>>257
鎌倉幕府四代将軍は摂家の非嫡子で、しかも3歳の幼児だったから、摂家分家筋も統率力も天皇の信任も全く問題にならないということだな。

266日本@名無史さん2018/11/20(火) 18:15:00.32
>>264
なるほも あと気になったのは豊臣姓を下賜されたのは太政大臣になってからだと思ったんだけど違ったかな?

267日本@名無史さん2018/11/20(火) 18:20:06.39
坂上田村麻呂は長年失敗してきた奥州平定に成功したし、天皇の近臣として厚い信頼を寄せられた。
頼朝や尊氏は源氏の血筋で、しかも多くの武家従えていた。
福島や加藤は豊臣の配下としては猛将かもしれないが、それまで叙任された征夷大将軍
としては豊臣家配下として同僚といさかい起こしている程度の人物で小物過ぎるし、
血筋も頼朝や尊氏に比べ不確か、大名としても二〇万石程度と小身、
少なくとも利家のように仲の悪い三成と清正を丸め込んでまとめる度量ぐらいは必要。


268日本@名無史さん2018/11/20(火) 19:47:13.91
>>265
ある程度支える武力があればな
鎌倉には北条がいたから将軍が雑魚でも倒れなかった
しかし豊臣にはそんな勢力はないんでね
徳川が絶対服従なら話は別だけど

269日本@名無史さん2018/11/20(火) 20:58:47.73
>>268
秀吉に武力が無いとか不思議なことを言う人だね(笑)

270日本@名無史さん2018/11/21(水) 00:43:56.00
加藤、福島の征夷大将軍に成れるか問題点とかw
こんな続くから逆に信憑性あるのかな

271日本@名無史さん2018/11/21(水) 21:19:44.43
>>269
秀吉亡き後の秀頼にないっていう話だろ。関ヶ原の時秀吉は存命だったのか?
ちなみに加藤福島が将軍になったら将軍の権威にひれ伏す連中連れて東軍についてしまうわw

272日本@名無史さん2018/11/22(木) 11:36:48.39
>>271
一番初め>>226に「秀吉存命中に」とあるよ。もはや、君に説得力ある意見を
求めるのは無理のようだね。
秀吉存命中に、朝鮮出兵時の司令官を征夷大将軍に叙任することが可能だというのは、もはや議論の余地が無いと思う。
「将軍ガー」君の蒸し返しに答えるのはこれで終わりにする。さようなら。

問題は、その場合でも関ヶ原(のようなもの)が起きて、徳川の世が訪れるかどうかということ。
俺自身は、それについての考えは固まっていないが、最終的に徳川の世になったとしても、そのプロセスは史実とは違った様相を呈するのではないかと思う。
賢明な諸兄のご意見を賜りたい。

273日本@名無史さん2018/11/22(木) 20:41:18.24
つうかだなあ、太閤が自ら乗り出して、隣国の征服作戦に邁進しているその期間に、
何が悲しくて、部下にわざわざ征夷大将軍になってもらおうとするんだよ('A`)
そんなわけわからんことをして、唐入りの作戦遂行に、何かプラスにでもなることがあるのか?

274日本@名無史さん2018/11/22(木) 22:35:30.32
天皇を北京に移して秀次を明の関白に、宇喜田秀家を日本の関白にするという
秀吉のアジア構想が実現すれば、家康の征夷大将軍もありえるかもな

275日本@名無史さん2018/11/22(木) 23:10:46.69
諸国大名を腕力で黙らせて
最終的には帝の認定を貰う
これが長らく日本の最終的秩序だな

276日本@名無史さん2018/11/23(金) 03:53:09.42
唐入りしたことがすべての元凶だな
朝鮮の冬の寒さに耐えきらず凍死者だしてるようじゃ華北も占領できん
戦力以前にそうしたことがダメ

277日本@名無史さん2018/11/24(土) 03:53:14.43
>>276
満州は関係ないでしょ
戦とは兵站で決まるもの、当時に三成より優れた人はいない

278日本@名無史さん2018/12/12(水) 18:46:37.51
家康の将軍就任は、秀頼家臣から家康家臣に鞍替えしたかった諸大名に口実を与えた訳で、
将軍職を長生きしそうな別の奴にくれとくのは面白い嫌がらせ。

清正とか武張った奴に与えるより、ひょうげ者に与えて、将軍職の権威を落としておく方がいいと思うが。

しかし、将軍職は口実であって、その前の事実としての権力交代を防がないとな。

279日本@名無史さん2018/12/13(木) 12:46:45.52
>>278
古織将軍ですか(笑)
それはそれで面白いですね。
ただ、あまり小者だと、将軍ごと担がれてしまうリスクがありますね。
そこそこ力があり、できれば秀吉と血縁のある豊臣姓のものが最適かなとは思います。

280日本@名無史さん2018/12/28(金) 23:20:01.00
結城秀康と徳川秀忠や本田正信と大久保長安など徳川内部か抱えている対立を煽る。
出来そうな奴が西軍に居ればだが。

281日本@名無史さん2019/01/01(火) 02:38:11.14
上杉討伐の前に大阪で家康暗殺できたらな

282日本@名無史さん2019/01/01(火) 21:12:05.48
結局ペリー来航のあたりで歴史のブレークラインでチャラになるんですが
誰が支配してても結果は同じって所が日本の持ち味じゃないの?

283日本@名無史さん2019/01/02(水) 19:43:16.39
>>1

どうすれば西軍が勝てたか?
もう答えは出ているだろ。
秀頼が出陣するだけで勝てたはずだ。
西軍の陣頭に秀頼が自ら立ちはだかれば、東軍の軍勢はことごとくその場にひれ伏し、戦にもならなかっただろう。

284日本@名無史さん2019/01/02(水) 20:32:50.24
>>283
見なかった事にして押しきるのでは?

285日本@名無史さん2019/01/02(水) 21:58:39.15
>>184
絶対的な指揮者がいないから愚策。
離間工作して各個撃破。まずは上杉討伐,そして石田・毛利の本拠地を攻める
しびれを切らして戦端を開いたのは石田側。家康の死を待っても…
京を押さえられたら朝敵にされる恐れも

>>272
その征夷大将軍とやらは加藤にしろ福島にしろ石田三成を襲撃した際殺害しちゃうのでは。
でも上下関係が判らないよな

>>284
鳥羽・伏見のときの明治帝は幼かったけど慶喜は撤退したが

286日本@名無史さん2019/01/03(木) 00:06:32.35
>>285
帝を頂いたという強気と相手の動揺を嘗めんな
将軍の息子と比べるな

287日本@名無史さん2019/01/03(木) 02:06:42.91
太陽を背に戦わなかったから負けたんやで
こんなの神武以来の常識や

288日本@名無史さん2019/01/03(木) 02:15:54.53
日本人の戦争には常に正義と悪がある
帝を担いだら正義
それ以外は悪
指導者はこれを無視する事ができない
民衆が納得しないからだ
当然納得した兵士と納得しない兵士で戦えば結果は見えてる

289日本@名無史さん2019/01/12(土) 17:32:42.15
佐竹義宣が石田三成を見捨てて七将に引き渡す。

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