なぜ日本の建築は発展することができなかったのか?

1日本@名無史さん2017/12/15(金) 22:46:22.04
天皇ですら江戸時代まで木小屋に毛の生えた程度の建物に住んでいた

558日本@名無史さん2018/10/04(木) 03:54:13.04
茅葺屋根が優秀すぎたから発展する必要がなかった
寺は宗教的に瓦じゃないといけないという誤解によるもの
あとは寺のマネ

559日本@名無史さん2018/10/06(土) 20:17:30.26
数百年も昔の建物を使いづづけるのも貧乏くさいとも言える。

560日本@名無史さん2018/10/07(日) 18:41:07.01
茅葺屋根はいまじゃ金かかりすぎて大変だ

561日本@名無史さん2018/10/08(月) 23:17:49.54
西欧中心主義にだまされていたのだ

562日本@名無史さん2018/10/16(火) 14:33:12.90
庶民は茅葺どころか板葺だったんじゃね

563日本@名無史さん2018/10/16(火) 16:23:33.28
気になる材料を羅列してみると、


渡来系弥生人骨はコンピュータ形質解析で朝鮮人骨とは一致せず、オロチ、
ギリヤークなどの沿海州の北方民族にかなり近寄った数値を示す人骨。

弥生土器が始まったのは最古水田・菜畑遺跡より50年以上前の山陰あたりで、
その土器は同期する沿海州南部の土器と特徴が一致している。

最古水田はイネの粒種、耕作用農具、炊飯器から考えて、明らかに朝鮮南部の影響で
始まっているのに、その人々はなぜか朝鮮土器を一つも作っていない。


複合的に考えて、まず沿海州あたりから渡来人の渡来があり、渡来後に朝鮮南部から
稲作をパクってきただけのように考えざるを得ない。

564日本@名無史さん2018/11/13(火) 21:02:46.94
>>11
壊れたら直せる奴居なくなるじゃねえかw

565日本@名無史さん2018/11/17(土) 03:04:57.79
日本の伝統様式の高欄ってやたら高さが低いけどなんでだろう。

落下防止の意味合いがほとんどないのか?

566日本@名無史さん2018/11/17(土) 04:22:35.89
高さのある高欄を設置するとバランスが悪くて建物の小ささを暴露してしまう
五重塔や平等院鳳凰堂の小さな高欄は建造物全体を大きく見せて景気が良い
犬山城や丸岡城の天主に登ったが、傍目には立派な高欄に見えても、実際は一尺程度の手すりだった

567日本@名無史さん2018/11/17(土) 07:41:59.48
茅葺は優秀。台風でも飛ばされない。
まあ、「建築」は屋根だけの事じゃないわな。
>>1は、本来の日本の江戸時代に作られた農家の建物を見たことがないんだろうな。
庶民以外じゃ、京都御所の建物、姫路城、日光東照宮、知恩院の門、その他多数の
お寺やお城。

568日本@名無史さん2018/11/17(土) 16:32:02.62
>>565
あれは路肩の崩れた道路にカラーコーンを設置するようなもんで落ちるようなヘリに近づく奴がマヌケなの。

569日本@名無史さん2018/11/19(月) 18:03:23.30
平安時代に野屋根が発生して割と自由がきくようになってしまったからね
その後は鎌倉時代に新しく入ってきた宋様式のいいとこどりをしておしまい
もっと貪欲だったらよかったのに

570日本@名無史さん2018/12/13(木) 12:58:23.57
確かに日本の建築技術は遅れ過ぎ
竪穴式住居から抜け出すのが4世紀に入ってから
お隣中国では紀元前3000年には竪穴式住居
止めてる
日本が高床式の時代に中国は土壁に瓦屋ねに既に移行し戸建住居に住んでる

その事から中国から日本に渡ってくる人が居なかったと推察される

571日本@名無史さん2018/12/20(木) 10:41:03.89
>>568
そんなことだから発展しない。

間抜けな殿様が転落。転落防止にもっと頑丈に高く作れと職人に命令。
のち家臣がマネをしていっせいに広まる。

572日本@名無史さん2018/12/21(金) 01:40:52.76
現時点だとかなり高いレベルだと思うけどどの辺りの年代の話してんの?

573日本@名無史さん2018/12/21(金) 01:43:39.29
中国から日本に渡ってくる人がいても
土壌が悪いから
すぐには中国式の建築をできなかったんでしょ。

中国から日本に渡ってくる人がいたから
土壌改良して
日本全国に一気に平野ができたんでしょ。

574日本@名無史さん2018/12/21(金) 22:55:43.51
4C後半の奈良盆地に新羅系の朝鮮陶質土器=須恵器や韓服を着た埴輪が登場するとともに
韓竈や土壁の住居跡が現れる。

これらは最初の朝鮮帰化人である新羅から来た秦氏がもたらしたものだと考えられている。

中国から日本に渡ってくる人がいたなら、その当時の中国系陶磁器や中国系竈や
瓦屋根の中国系住居や漢服や木沓がもたらされているはずである。

575日本@名無史さん2018/12/21(金) 23:13:33.88
温暖で平和な倭地にそんなもん必要ないからw

576日本@名無史さん2018/12/21(金) 23:30:48.24
>>575
中国人だろおまえ。

必要がないと、どうして分かったの?

何で分かったの?

実際に作って、しばらく使ってみなきゃ分からないじゃないの。

それで必要がなければ、取捨選択されて徐々に表舞台から消えていくというのが筋だろ。

詭弁を言うんじゃないよ。

577日本@名無史さん2018/12/22(土) 20:56:35.92
>>572
シナパクリから西洋パクリ以前だろう

578日本@名無史さん2018/12/22(土) 21:44:22.51
木造建築でもトラス構造の発想がなかったりヨーロッパより遅れていたからな

まぁ高度経済成長期ぐらいじゃないかな
日本の建築技術が世界有数になったのは

579日本@名無史さん2018/12/23(日) 01:18:09.58
日本は剛構造より柔構造の技術のほうが発展してる気がするわ地震が多い性か
縦穴式住居も地震と台風には強そうだよね

580日本@名無史さん2018/12/24(月) 18:39:39.61
中国朝鮮からパクってきた寺院建築はわりと頑丈だが
日本オリジナルである天守はかなりの数が倒壊してるし幕末には大半の天守が傾いていたり結構脆い
というか日本は伝統的に高層建築に弱い

581日本@名無史さん2018/12/24(月) 21:27:36.23
それ単に地震多いからじゃね城と寺じゃ用途も違うし

582日本@名無史さん2018/12/24(月) 23:06:38.90
岩国市のアーチ式の錦帯橋

明の坊さんのお蔭で作れたけど、日本各地に広まる様子もない

583日本@名無史さん2018/12/26(水) 02:08:27.03
石橋が広まったのがやっと江戸末期だよね。
しかも、九州地方限定。

584日本@名無史さん2018/12/26(水) 10:04:22.75
>>581
寺の構造からみると城はプレハブみたいなもんなんだろうな

585日本@名無史さん2018/12/26(水) 10:18:08.80
日本が1600年前の古墳期にようやく竪穴式住居から抜け出したのに対し、
中国では8000年前にはすでに高床式住居が登場し、早くも竪穴式住居から抜け出していた。

その時代差、約6500年。

その後、中国では6000年前に木骨泥墻が登場し、早くも土壁の住居の時代に入り、
4000年前にはすでに戸建ての時代である。

商周より前の3500年前の王朝では宮殿建築なるものが花開き、2800年前には
瓦が登場し、早くも瓦屋根の戸建ての時代に入るのである。

縄文弥生を通して、日本にはこれら中国の住居が一切伝わっていない。

中国から渡来人があったなんてあり得ないのである。

586日本@名無史さん2019/01/04(金) 02:49:26.82
プレハブの意味が分からんけど城は外壁が重いから地震に弱いんじゃないかな

587日本@名無史さん2019/01/09(水) 20:41:44.81
壁に限らず普通はお寺のほうが厚く頑丈に出来てるものだけどな
寺の場合は円柱を使ってるのに対して城は角柱を使ってるから負荷のかかり方が不均等で構造的に脆いんだよ

588日本@名無史さん2019/01/14(月) 15:45:20.18
城は構造の強度に対してデカすぎるんだろう
地盤も関係なく建ててるだろうし全体的に雑だろうし
寺院は大きくするならそれなりの方法を取ってる

589日本@名無史さん2019/01/14(月) 15:57:50.96
>>583
いだてんの金栗四三の家の前に石橋があるね。

590日本@名無史さん2019/01/14(月) 16:05:18.20
>>517
昔はエアコン無かったんだぞ
日本で石組の家なんかに住めるかよw
>>560
材料がススキだから集めるだけで大変。

591日本@名無史さん2019/01/14(月) 23:07:06.17
そもそも城と寺院では全然規模が違う
http://livedoor.blogimg.jp/shyougaiitisekkeisi2581/imgs/d/7/d7f9ce8b.jpg

基本的に中国建築コピーの寺のほうがデカくて頑丈なものが作れる

592日本@名無史さん2019/01/15(火) 21:05:12.76
エジプトのカイロやインドのバラナシとか多分いまでもエアコン普及してないと
思うけど普通に昔から石やレンガの家に住んでるけどな
仏塔や天守と言った居住を前提としてない建物も燃えやすい木で出来ているのだから普通に技術がなかっただけ

593日本@名無史さん2019/01/16(水) 02:22:05.98
今現在石の家建てる人はほとんど居ないけど木の家は建ててる所を見ると日本が進みすぎてたんだろうね

594日本@名無史さん2019/01/16(水) 18:26:23.80
鉄筋コンクリート住宅はインチキだ

595日本@名無史さん2019/01/16(水) 18:49:47.77
伝統的な純木造の古民家とか冬寒くて夏は暑く
地震にも火事にも弱いから現代人からしたらすめたもんじゃないよ

596日本@名無史さん2019/01/16(水) 19:51:20.21
鉄筋コンクリートの戸建てなんて殆どないし(新築戸建ての70%が木造残り30%も鉄筋コンクリートでは無い)
古民家は火事には弱いが地震には弱くないし暑さ寒さに関しては現代の方が進歩してるんだから当たり前でしょ
それでも石積みの家よりはましだよ日本だと湿気多くて黴が生える上に地震で崩れるからね
現代の建築事情を説明できない限り木造が劣っていたと言う主張は間違いと言わざるを得ないね
ちなみに鉄筋コンクリートと石積みは工法が全然違うからね

597学術2019/01/16(水) 20:21:28.12
建築に住むと地震でくたばるよ。経済的にも身体的にも。夜空で寝れたらなあ。人目をはばからず。

598日本@名無史さん2019/01/16(水) 20:30:23.75
いいねそれwすごくいいけど春まで待った方がいいね
土地買って塀替わりに木を植えれば視線遮れるし風にもある程度耐えられそうだね
宅地買う必要ないからすごく安く買えると思うよ

599日本@名無史さん2019/01/17(木) 12:32:13.27
石造建築文化の国も元々は木造建築だったんだよ

600日本@名無史さん2019/01/17(木) 17:50:56.97
「日本の民家」で今和次郎が書いてたけど
耐久性や耐火性は分らんでもないが耐震性も欧米の古民家のほうが優れてるからな
トラス構造とか普通は地震国の日本のほうが思いつきそうなものだが
明治になって欧米から伝わるまでなかった

601日本@名無史さん2019/01/18(金) 08:59:49.41
それは明らかに古い情報だね今の時代には地震に対して「耐震」「制震」「免振」と3つのアプローチが有って
欧米の古民家は「耐震」構造、日本の古民家は「免振」構造で耐震性のアプローチが違うよ耐震と免振の違いは自分で調べてね
そもそも建物は土地の風土に合わせて発展してるから一概にどちらが優れているというのは間違いだね
欧州は地震と湿気が少ないので倒壊した時に致命傷になったり湿気に対する対策をしなければならない石造りでも問題無いけど
日本は地震で倒壊した時に致命傷になったり湿気で黴が生える石造りが発展しないのなんて当たり前だからね
ちなみにトラス構造は石積みの橋からの進化らしいよ

602日本@名無史さん2019/01/18(金) 18:00:54.20
姫路城は建ててまもなく傾きだしたとかって話だね
一方、五重塔は地震で倒れた記録がほとんどないそうだ

603日本@名無史さん2019/01/18(金) 18:50:04.70
>>601
「古民家再生」って言葉しってる?
今文化財に指定されてる古民家は改修工事の際に洋小屋組に改変されていて実質的に古材を利用した新築と言ってもいい

民家だけではなく唐招提寺や東大寺の大仏殿ですらトラス構造や鉄骨まで入れられて伝統建築と言っていいかよくわからないものになってる
これは何としても後世に遺すための苦肉の策だけどその是非はわからない

>欧州は地震と湿気が少ないので倒壊した時に致命傷になったり湿気に対する対策をしなければならない石造りでも問題無いけど

地震は日本以外ではほとんど起きないとでも思ってるのかな?
イタリアやギリシャとかユーラシアプレートとアフリカプレートの境界に位置していて日本以上に地震大国なのに
https://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/jishin/about_eq.html

604日本@名無史さん2019/01/18(金) 20:01:21.67
>>603
木自体の耐久性も有るから新しい物に変わるのは仕方ないんじゃないの?現代技術の方が優れてるんだし
地震頻度はどう考えても日本の方が多いけどね(日本はプレート4枚)画像見てると石造りの建物は倒壊した時助からないから木造の方が良くない?
逆に言えば湿度が低くて地震が少ない所なら燃えにくくて建物自体の耐久年数が高い石造りの方が優れてるだろうね
実際そういう地域では石造りの建物多いんだし、まあ意図的に木造下げをしたいなら知らんけど
ttps://goo.gl/dxkMy6.info
ttps://goo.gl/DFSeqP
ttps://goo.gl/jCughA
ttps://goo.gl/p2Lx9n

605日本@名無史さん2019/01/18(金) 20:38:16.45
中国が石造に切り替えたのは木材の不足によるもの
日本も奈良時代には太い木材の調達が難しくなっていたが
贅沢な木材の使い方を改めてないところを見ると
石造に切り替えるほどは不足していなかったと推測される

606日本@名無史さん2019/01/18(金) 21:02:03.80
唐招提寺の金堂は「天平の甍」と呼ばれて奈良時代からそのままの姿と思われていたのが平成の大修理で
バラしてみると明治の修理で鉄骨によるトラス構造が入っていた。もともとは低かった屋根を元禄の修理で
高くしたツケで部材に無理な力が掛かっていてその対策としてトラス構造が用いられた。平成の大修理で
オリジナルの姿に戻すか現状を維持するか検討した結果トラスを残して現状のままとすることになった。
やっぱりあの急勾配な屋根が「天平の甍」だと信じられていてそれが魅力だからオリジナルに戻して観光客が
離れることを恐れたからだけどね。

607日本@名無史さん2019/01/19(土) 06:33:07.05
>>606
軒から下は当初の姿をよく残しているけど
軒から上の部分、特に屋根部分は後世に改造されてるみたいだね
でも興福寺東金堂みたいに浮き上がって見える屋根にはなってないのでセーフなんだろう

608日本@名無史さん2019/01/19(土) 16:58:33.32
シナパクリ技術の限界

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