「倭」という差別語を用いるのはやめるべきPart2

1日本@名無史さん2018/12/17(月) 10:31:53.93
「倭人」や「倭国」は中国が付けた差別語。
このような差別語がいまだに平然と使われるのはおかしい。
歴史用語としても「倭」でなく当時の日本側の呼称である「ヤマト」を用いるべきだろう。

前スレ
https://mint.5ch.net/test/read.cgi/history/1408079549/

2日本@名無史さん2018/12/17(月) 13:52:04.30
いや、夷を佳字で書き換えたのが倭だろ

3日本@名無史さん2018/12/17(月) 16:50:38.67
日本の最古水田と同期する中国の稲作遺構から出土するイネは、
中粒種と短粒種が約半々の割合で混交したもの。

ところが、日本の最古水田から出土した日本最古のイネの現物は短粒種のみ。

そして、日本の最古水田と同期する中国の稲作遺構から出土する耕作用農具は、
石耜という石刃のスキと、石鋤という日本には存在しない石刃の除草用農具と、
石犂という石刃の牛耕用の農具、この3つだけ。

ところが、日本の最古水田から出土した日本最古の耕作用農具は、
木製のエブリという地をならす農具と、木製のクワだけ。

石刃が伝わっていない上に、同期する中国と同じ耕作用農具が一つも
伝わっていないのだ。

それどころか、同期する中国には存在しない耕作用農具が日本最古の
耕作用農具として日本の最古水田には伝わってしまっている。

オール木製で。

しかも、鬲や鼎といった、三足や耳の付いた同期する中国系炊飯器も
日本の最古水田には一切伝わっていない。

日本稲作が中国から伝わったというような話は、太陽が西から昇って東に沈むと
言っているのと同じレヴェルの話である。

ちなみに、スキという耕作用農具が伝わったのは、最古水田から200年以上も
経ってからの事で、やはり木製であった。

石犂は5C頃に鉄刃のものが朝鮮経由で伝わるが、石鋤に至っては、木製でさえ
永遠に日本に伝わる事はなかったのである。

4日本@名無史さん2018/12/17(月) 16:59:16.90
>>1
まだ委に人偏ついてるだけましじゃね?

5日本@名無史さん2018/12/17(月) 18:18:13.61
矮と混同してる人が多いが倭には悪い意味はないぞ

6日本@名無史さん2018/12/18(火) 00:01:37.21
いまだに和風とか使ってるし

7日本@名無史さん2018/12/19(水) 09:27:12.54
大ヤマト帝国最高

8日本@名無史さん2018/12/19(水) 09:38:34.38
日本が1600年前の古墳期にようやく竪穴式住居から抜け出したのに対し、
中国では8000年前にはすでに高床式住居が登場し、早くも竪穴式住居から抜け出していた。

その時代差、約6500年。

その後、中国では6000年前に木骨泥墻が登場し、早くも土壁の住居の時代に入り、
4000年前にはすでに戸建ての時代である。

商周より前の3500年前の王朝では宮殿建築なるものが花開き、2800年前には
瓦が登場し、早くも瓦屋根の戸建ての時代に入るのである。

縄文弥生を通して、日本にはこれら中国の住居が一切伝わっていない。

中国から渡来人があったなんてあり得ないのである。

9日本@名無史さん2019/01/02(水) 15:47:30.49
あっちが勝手に呼んでたわけで
自称してたわけではない

そういうのを無かったことにすると
吐蕃とか鮮卑とか匈奴とかも忖度しなければならなくなる

10日本@名無史さん2019/01/02(水) 15:52:43.12
歴史的に言うなら、科学的に見ても
妥当な表現が正しいと思うから
例え差別語だとしても"倭"が適正な表現だと思う。
当時は倭と呼ばれてた訳だし、
一番、忠実な再現は当時に
合わせることだと思うもん。

11日本@名無史さん2019/01/02(水) 16:31:57.39
気になる材料を羅列してみると、


渡来系弥生人骨はコンピュータ形質解析で朝鮮人骨とは一致せず、オロチ、
ギリヤークなどの沿海州の北方民族にかなり近寄った数値を示す人骨。

弥生土器が始まったのは最古水田・菜畑遺跡より50年以上前の山陰あたりで、
その土器は同期する沿海州南部の土器と特徴が一致している。

最古水田はイネの粒種、耕作用農具、炊飯器から考えて、明らかに朝鮮南部の影響で
始まっているのに、その人々はなぜか朝鮮土器を一つも作っていない。


複合的に考えて、まず沿海州あたりから渡来人の渡来があり、渡来後に朝鮮南部から
稲作をパクってきただけのように考えざるを得ない。

12日本@名無史さん2019/01/02(水) 22:17:32.89
「倭」という漢字自体には蔑視的意味合いは無い。
単に、「ワ」という音に「倭」という漢字を当てただけじゃないのか、
あちらの国の人は。
ただ、日本式漢字に翻訳するとしたら、「倭」ではなく、「和」が適切ではないのか。
何が何に対応してるのか、検討しようとしない日本側の学者に問題がある。
ただそれだけ。

13日本@名無史さん2019/01/03(木) 09:55:33.46
「矮」と「倭」では意味が全く違うからね
「矮」ひくい。みじかい。背丈が低い。「
「倭」したがう。じゅうじゅん。

14日本@名無史さん2019/01/03(木) 11:57:46.91
日本側の資料には従順な民族性の一致で倭と日本が同じ国と唐に理解してもらったとある。

15日本@名無史さん2019/01/04(金) 00:34:17.98
まことのわじんはしなのもじをしようしない

16日本@名無史さん2019/01/04(金) 02:02:19.17
漢字はウヨジナル

17日本@名無史さん2019/01/04(金) 12:36:06.37
長江下流域に龍が伝わったのは約5000年前。



「遼河文明」から伝播したと思われる、約5000年前の長江下流域・良渚(りょうしょ)遺跡の玉龍も、
角と耳がありイノシシの顔だ。

http://www.seibutsushi.net/blog/2012/01/1238.html


.

18日本@名無史さん2019/01/17(木) 12:57:07.19
倭は7世紀に滅亡した福岡にあった王朝だよ。

『旧唐書』倭国・日本国伝

日本國者、倭國之別種也。以其國在日邊、故以日本為名。或曰:倭國自惡其名不雅、
改為日本。或云:日本舊小國、併倭國之地。其人入朝者、多自矜大、不以實對、
故中國疑焉。又云:其國界東西南北各數千里、西界、南界咸至大海、東界、北界有
大山為限、山外即毛人之國。

日本国は、倭国の別種なり。
その国は日の出の場所に在るを以て、故に日本と名づけた。あるいは曰く、倭国は
自らその名の雅ならざるを憎み、改めて日本と為した。あるいは日本は昔、小国だっ
たが倭国の地を併せたという。

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