清王朝について No3

1名無しさん@お腹いっぱい。2011/06/22(水) 20:24:20.33ID:q6xYxD2T0
関連&過去スレ

清王朝について No2
http://logsoku.com/thread/academy3.2ch.net/whis/1107540893/
清王朝について語る
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1068630308/
★☆ 清 朝 ☆★
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1027552099/
【康煕】清王朝について【乾隆】
http://yomi.mobi/read.cgi/academy4/academy4_whis_1126475110
【落日】満洲旗人すれ【清朝末期】
http://unkar.org/r/whis/1096778327
←阿片戦争で清が大敗したホントの理由→
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1065537749/
清朝最後の皇后・婉容
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1079830115/
満州国について語るスレ
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1013818896/

2名無しさん@お腹いっぱい。2011/06/22(水) 20:25:05.53ID:q6xYxD2T0
「清朝踏んだり蹴ったり物語」
      ↓
http://www.asahi-net.or.jp/~xr6k-msd/shin.html

3名無しさん@お腹いっぱい。2011/06/22(水) 20:25:15.58ID:q6xYxD2T0
02/09/05 07:33
清朝は、中国史上最もまともな王朝だろう。
 満漢同数制がうまく機能た。
 宦官の政治関与を完全禁止(唯一宦官の排除に成功した王朝だろう)
 科挙の完全実施。
  漢族は科挙に合格しないかぎり、決して出世できないシステムが
  出来上がった。(満族は科挙受験を禁止されていた)
  清朝末期には袁世凱みたいな、科挙に受かっていない輩が実力者
  となってしまったが。

列強の侵略がなければ、もっと長く王朝は続いていただろう。

4名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/03(日) 14:35:59.97ID:pACqRRUL0
清の始皇帝

5名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/04(月) 06:57:21.90ID:ZQgkox/V0
>>3
アヘン戦争の際の道光帝の戦争指導はウンコとしか言い様がなかった。
防御を固めていたのは林則徐の両広総督管轄区域だけ、
それもg善就任とともに大幅削減。道光帝の方もそれを指示してるし、
それ以前から沿岸諸地域や長江デルタの軍備を有り得ないほど削減し、
戦局を著しく不利にしている。これは乾隆帝や嘉慶帝のせいでもあるけど。
舟山の砲が15世紀製だったのも酷いけど、簡単に長江デルタへの
侵攻を許して大運河の起点を押さえられたのはさらに酷いし、天津の
守兵が200か300なんてまともじゃない。
しかし、道光帝がまともなら、続く幾つもの戦乱もその形を変え、もしくは
起きることなく立憲制への移行も可能だったかも。

6名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/05(火) 14:53:38.46ID:sIwGvTFW0
大清帝国

7名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/06(水) 01:17:35.90ID:sVNnFQu00
世界帝国

8名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/07(木) 21:05:56.36ID:ge+6qHRz0
征服帝国

9名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/08(金) 08:16:50.44ID:UaUSeB180
この時代の衣装について知りたいんだけど、なにかイイ資料はないだろうか

10名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/08(金) 11:28:38.90ID:peFIzeB90
10

11名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/09(土) 12:20:25.15ID:gFDsbLr90
覇権帝国

12名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/10(日) 12:26:20.71ID:ZG+390cH0
派遣帝国

13名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/11(月) 12:07:27.22ID:m+lhwR+D0
腐敗帝国

14名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/12(火) 10:33:41.61ID:WeW9yt/60
汚職帝国

15名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/13(水) 13:57:15.64ID:EPMK7J6+0
衰退帝国

16名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/14(木) 07:48:37.70ID:wgQHOpHz0
没落帝国

17名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/15(金) 11:19:47.83ID:xcDoyTTf0
堕落帝国

18名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/17(日) 22:56:31.71ID:MSDV/Mhh0
植民帝国

19名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/18(月) 15:04:00.04ID:DAJGtU4A0
欠落帝国

20名無しさん@お腹いっぱい。2011/07/19(火) 00:55:32.48ID:ij3XUEYH0
帝国崩壊

21名無しさん@お腹いっぱい。2011/08/16(火) 10:17:06.04ID:adR4PbPT0
内藤湖南

22名無しさん@お腹いっぱい。2011/08/30(火) 23:45:18.45ID:OZIn8O9/0
寅次郎

23名無しさん@お腹いっぱい。2011/10/10(月) 15:20:33.19ID:i2oXhqQl0
清王朝の役割は、本来日本がやるべきだった。
それをやれたのは信長だけ。
そして、そのまま軍事上の要衝・満州は日本人の植民地として発展し、
帝国主義時代の対露・ソ防衛の生命線となり、今日へ。
今頃、日本人は人口3億〜4億超ほどの堂々たる超大国。
アメリカ帝国主義の脅威については、最大の戦略物資石油の問題があるが、
満州土着化が進んだ日本人がターチン油田さえ発見できれば、あとは樺太、
尖閣諸島、東シベリア付近の油田を順次、採掘すればいい。

24名無しさん@お腹いっぱい。2011/12/04(日) 14:23:34.66ID:YKoNZWLK0

25名無しさん@お腹いっぱい。2012/01/01(日) 11:24:39.24ID:jlSX4FPx0
981 世界@名無史さん 05/02/01 21:16:08 0
内側から密かに腐っていったんだな。
最大の要因は康熙帝の晩年以来あまりに長く確固として続いた未曾有の繁栄と安定・・・
皮肉な事だが、これが真理だ。

経済的にはさしたる災害もなく内戦も皆無。
稀に見る善政のもとで人口が止め処も無く増大して食糧生産と
分配機構が追いつかず、社会不安を醸成。

また安定は社会の淀みにもつながる。
既得権益大事の支配層、腐敗して機能不全を起こした巨大な官僚機構・・・
その兆候はすでに乾隆晩年に現れ始めていた。

逆によくぞあれほど長く清が持ったものよと、そっちを感心すべきかもしれない。
それこそ、清のたぐい稀な優れた支配機構と、史上稀有の善政の遺産だろう。

アヘン戦争及びそれにともなうアヘンの害と、西欧による経済侵略(経済システムの基盤掘り崩し)、
太平天国の乱前後から顕著となった満州人支配層の無力化と漢人の再台頭・・・
そして新興の日本はやはり強すぎた。
ましてあの時清朝は内部の意思統一もできておらず、実質李鴻章の北洋軍が単独で日本と戦ったようなものだった。

26名無しさん@お腹いっぱい。2012/02/20(月) 14:48:52.47ID:Iu2orubh0
14 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2005/09/12(月) 17:43:05 0]
>「満洲」の「洲」を、徐州、抗州などの「州」と同じに思って、「満州」と書いたり
する人があるが、それはちがう。「満洲」(マンジュ)というのは「文殊」(もん
じゅ)なのである。文殊菩薩の文殊である。
 女真はチベット仏教を信仰していた。チベット仏教というのは仏教とチベッ
ト人の古来の宗教とが結びついたものだが、これがチベットから現在の中国青
海州、モンゴル全域から中国東北部まで、たいへん広い範囲にひろがってい
た。そのチベット仏教のいろんな仏さまのなかで女真が一番信仰していたのが
文殊菩薩であった。この仏さまのサンスクリットの原名はマンジュシュリと言
うらしい。これを音訳して、女真は満洲(マンジュ)といい、それを自分たち
の種族名にしたわけだ。
 それともう一つ、国名の「清」といい、族名の「満洲」(マンジュ)といい、み
なサンズイがついている。つまりみな水である。
 というのが、中国では昔からどの王朝も五行(木・火・土・金・水)のいず
れかの徳を持っている。明は火徳の王朝である。火に勝つのは水である。だか
ら国名も族名もみな水にして、明に勝って中国を取る意思を表明したのである
(だから満洲を満州と書いたのではせっかくの水分が五割方減少してしまう)
『中国の大盗賊・完全版』高島俊男

27名無しさん@お腹いっぱい。2012/02/20(月) 14:50:44.62ID:Iu2orubh0
78 名前:世界@名無史さん mailto:sage [2005/09/21(水) 02:00:04 0]
民国時代に編纂された清史稿では、1793年に「西蔵」が「中国の主権下に入った」という立場をとっている。

28名無しさん@お腹いっぱい。2012/05/17(木) 06:43:52.85ID:mEhRqwlc0
>>26
>明は火徳の王朝である。
えーっ、そうだったっけ?
宋が火徳で、だからこそ高宗が南宋を再興したときの最初の元号が「建炎」なんだろ。
そのまま木→火→土→金→水の順で、元=土徳→明=金徳→清=水徳じゃないの?
どっちにしろ、清は水徳なんだけど。
さらに、中華民国=木徳→中華人民共和国=火徳だから今の中国は赤いんだよ。

29名無し募集中。。。2012/07/14(土) 17:00:28.09ID:VP4AEW6q0
今の中国が赤いのは共産党だからだろ

30名無しさん@お腹いっぱい。2013/05/12(日) 13:29:23.29ID:AndB0N3B0
板違い

31名無しさん@お腹いっぱい。2013/05/12(日) 17:32:46.22ID:EjQDS7d60
>>29
火徳で赤いのと
共産党で赤いのが一致してるってことだろ

32名無しさん@お腹いっぱい。2013/08/31(土) NY:AN:NY.ANID:YHUUCJgA0
雍正帝好きだー

33名無しさん@お腹いっぱい。2016/11/12(土) 15:49:45.50ID:d6m4K9dE0
ロシアは近代化に成功したのに
清やオスマンは失敗したのはなんでだろうな?

34名無しさん@お腹いっぱい。2017/01/08(日) 10:58:05.28ID:u7oEQWsy0
清や朝鮮にも康有為・金玉均などの改革派がいたが、
自らその芽を摘んでしまったからな。

35名無しさん@お腹いっぱい。2017/05/17(水) 10:34:14.08ID:Zj2OvB9R0
李氏朝鮮は清に破れて
朝鮮王が真冬に屋外で土下座
させられたという話を聞きましたが
事実でしょうか?

36名無しさん@お腹いっぱい。2017/05/17(水) 16:54:04.91ID:hqKMUptn0
>>33
保守派が頑迷すぎた

37名無しさん@お腹いっぱい。2017/05/25(木) 21:55:33.39ID:m+15HAF+0
悪いひとたちがやって来て
みんなを殺した

理由なんて簡単さ
そこに弱いひとたちがいたから

女達は犯され
老人と子供は燃やされた

悪いひとたちはその土地に
家を建てて子供を生んだ

そして街ができ
悪いひとたちの子孫は増え続けた


朝鮮進駐軍 関東大震災 日本人虐殺
https://goo.gl/1ntWvZ
https://youtu.be/D0vgxFC04JQ

38名無しさん@お腹いっぱい。2018/01/31(水) 14:56:09.06ID:I/Y5AjPQ0
近代史の明治維新のように稼げるかもしれないブログ
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』

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39名無しさん@お腹いっぱい。2018/07/13(金) 05:35:40.27ID:pegqJS3X0
いろいろと役に立つ嘘みたいに金の生る木を作れる方法
念のためにのせておきます
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