人柱について(2)
生贄なら古事記にも普通に出てるじゃん。ヤマタノオロチとか。 宗教から歴史、哲学、超常現象、政治経済まで
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http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/ 実家の近所の沼で人柱があったと言う話があるよ。
今だに毎年人柱の霊をなぐさめるための祭りをやっています。
学校で人柱の話を元にした劇をしたこともあり。
お糸祭と言う名前だったはず。ちなみに九州です。 >>150
人柱は集団心理じゃないの?
工事1つとっても何回もやったら資源、人材ともに足りなくなるし。
先に命を1つ潰して縛り付けた方が呪として効率がいいんだと思う。
霊や魂を否定した観点からしても、この工事には誰かがそのためだけに死んでる、自分たちの利の為に殺してると生きて従事する人が認識するのが目的かも。 地元にも今住んでるとこにも人身御供があったという川があるけど、どっちも若い女の子。
特に地元の川は小さな川だから昔は氾濫したというのが信じられない。
10歳にも満たない少女だったそうな。
人身御供があった場所には伝説を知らせる表示があり、少女の名から「おりみぜき」と呼ばれている。
今住んでるのは仙台で、こちらは広瀬橋のたもとに橋姫明神があります。
広瀬川に橋を渡そうとしたら大雨で川が荒れ、長者の一人娘「愛姫」が名乗り出て埋められたという。
資料によっては娘の名前は不明ともある。
橋のそばにある十八夜観音に篭り断食し、経を唱えながら埋められたが次第にその声も細くなり…という記載もどこかで読んだなぁ。
このスレを一通り読んだら、どちらも本当だか疑いたくなるけどね。
女の子だから工事で犠牲者が出て云々ではないかも知れないけど。 地元のやつあやふやだったからググったら、こちらも農業用水を引くための工事が難航して人柱を立てることにしたって話だったわ。
おりみという名の12歳の孤児を村人たちが推したとありますね… 仙台、広瀬川、橋、大雨、ですか…
戊辰戦争直後の頃、広瀬川にかかる橋が大雨で流されて、橋の外側と城内との連絡が取れなくなるということがありました。
そこである武士が「よし俺が行く」と増水した川に飛び込んだかと思うと、すいすいと泳いで城側に向かい出しました。
武士は泳ぎが得意で、藩の元水練師範だった経歴の持ち主でした。
しかし、川の中ほどにさしかかった頃、上流から大きな流木が流れてきて、武士の頭を直撃。
あっという間に武士は濁った水底に沈んで見えなくなりました。
数日後、武士の遺体ははるか下流で見つかり、武士の家来達は変わり果てた主人の亡骸にすがりついて泣き崩れました。
私の5代前の先祖の実話です。
あまりのキーワードの一致に思わずカキコしてしまいました。
すれ違い大変失礼いたしました。 即身仏と違い、人柱ってのは伝承以外に根拠がないからな
まあ、日本は酸性土質で、骨まで解けてしまうので、根拠は残り難いのだが
しかし伝承も、決まって悲劇とか、権力者の暴虐として描かれ
人柱を讃えるような内容はほとんどない
これでは人柱を立てる側は悪評が残るし
人柱のなり手もないでしょうに
その辺が南米とかの生贄と違うのだよね
即身成仏も、実際は嫌がる僧侶を無理やり即身仏にしたって事が多かったそうだが
少なくとも、死後、彼らは仏として讃えられている
しかし、人柱はね・・・・。
この辺から、人柱ってのは、なかったとは言わないが
実際に行われたのは例外的なものであり
本当はほとんど行われる事はなかったと思うがな 記紀が編纂された頃には野蛮な風習として駆逐されていた可能性は高いね 日本で最も新しい人柱の記録・伝承は
いつ頃のものなのでしょうか? 日本書記だったかと思いますが、
御前試合で当麻の蹴速を下して垂仁天皇の近習に取り立てられ貴族となった野見宿祢さん。
当時の天皇家?では皇族(貴人)が亡くなるとその近習家臣らは亡くなった主人と共に殉死する習わしだったようで、
御主人様の陵墓が完成すると埋葬と共にそれを取り囲む様に家臣近習らはそれぞれ所定の場所に半身土中に生き埋めされ身動き出来ない状態で放置されます。
その様は正に人柱。
その後、その陵墓からは呻き声、嘆き悲しむ声、阿鼻叫喚、怒声罵声、、、が聞こえて
また、カラスや猛禽類、野犬等が人柱を突つき、喰み、、、
酸鼻を極める地獄絵図が繰り広げられる志儀。
野見の宿祢さんも度々その様を見聞するにつけ、此は明日は我が身に降りかかる現実。
と危機感を募らせ思案の末に
殉死の人柱を焼き物(埴輪)に置き換える事を思い付き、恐る恐る御上(垂仁天皇)に有能な人材を殉死の慣習で喪うことは国家の損失云々ですから殉死者を埴輪に代えてはいかがでしょうか?
と奏上したところ、常々私も思う所は同じであると御嘉納なさりました。
そんな折、天皇のおばさんが亡くなられたのでそんなら野見はん。試しに一辺やってみなはれ。
と殉死の替わりに埴輪の採用される事となり
土器作りに長けた出雲の仲間を至急集めて突貫工事で所定の埴輪を葬儀の期日に間に合わせ完成させ所定の場所に設置。
あとはその効果(要するに埋葬者の祟りを恐れた)の程を検証。
月日が流れて、どうやら効果(祟りを鎮める)は変わらないようだ。
と天皇がお認めになって勅命により以降は殉死を辞め埴輪で代用する事になった。とか
w >>29
遠野物語に馬娘の吊るされた死馬もそんなイメージするね。 >>169
実際にしなかったのに日本中に伝説があるのは不思議ですね あったと思うよ
でもそれは恥じることじゃないと思うけどなぁ 新潟の上越市の板倉という集落に
人柱になったという僧侶の骨が奉ってあるお堂あるよね
長いこと伝説としてつたえられてきていたらしいが
昭和の初期に実際に骨が出土されたとかで
地滑りを沈めるための人柱だったらしい 人柱が行われた事がある事はあると思うが。
それが例外的な行為であり。
実際には滅多になかったのではないかと私が思うのは
世界各地に残る生贄の物語だが。
これは多くが神聖な行為として尊重される事があるのだよね
人柱に選ばれた少女は、一年間に渡り大切に扱われるとか
宗教的な儀式である以上、それを正当化する根拠があったりする。
スカンジナビアでは、有力者が無くなれば、女奴隷などに殉死させる風習があったそうだが
形式的とは言っても、これは奴隷本人の意思で殉死する者が選ばれている。
中国では、優れた鐘を作るために職人の娘が、自ら煮えたぎる炉の中に身を投げた話があるが
人柱の場合は、そういうのを聞いた事が無い
嫌がる犠牲者を無理やり人柱にしたって話ばかりだもの
このように、その行為をまったく正当化しようとしない生贄行為が、果たして実在したと考えられるかな?
それが多いに疑問に思える。
ま、もちろんゼロではなくて、行われた事はあったとは私も考えてはいるけどね
それは例外的だったのではないかと思うだけで >>176
それは僧侶が自ら名乗り出たとか
そういう形式の話ではない?
それならば、確かに可能性としてあると思う
実際に即身仏とか日本でもあったのだからな ぬかるみや急流の土木工事を進めるには命がけで埋まったり溺死する役割の工夫が必要だったんじゃね
昔であればあるほど 自ら人柱を名乗り出た例だと、中部地方(越前だったか美濃だったか、あの辺)の城を築く際に、
息子たちを武士に取り立てるという約束で志願し埋められたが、どういう理由か息子たちは
取り立てられずに同情を買ったって話を現地の案内板で見たな。
維新後には横浜に橋を築く際に西洋人の妾(ラシャメン)が産んだ混血児数人を生き埋めにしたと
いう話がある。
明治6年8月、本町6丁目の大岡川に架かる弁天橋。人柱は西戸部監獄に収監されていた
混血児4人というところまで具体的な情報がある。 人柱と言霊は一対なのかもね。
他人に言うとその霊験は途絶え、支えている共同幻想が磨り減ってしまう。
因習の多くはそれによって周囲から隔離され、内部の絆を強めてきた。
絆はなお人類も文化も支えてゆく。 人柱、もっと言えば生贄というのは、ありふれた因習だ
民俗学でも共同体の維持に役立つと説明されている
だからこそ、世界中にあり、かつ何千年も続いてきたのだろう 私は元創価の会員でした。
すぐ隣に防衛省の背広組の官舎があるのですが、
自分の家の窓にUSB接続のwebカメラを貼り付けて、そこの動画を撮影し続け、
学会本部へ送っていました。
別に大したものは写っていません。ゴミだしとか奥さんが子供を遊ばせている所とか。
官舎が老朽化して使われなくなってから、
今まで法人税(うちは自営業です)をほぼ払わなくても済んでいたのが、
もう守ってやれないのでこれからは満額申告するように言われました。
納得がいかないと言うと、君は自業自得で餓鬼地獄へ落ちる、
朝夕南無妙法蓮華経と三千回ずつ唱えて心をきれいにしなさいと言われ
馬鹿らしくなって退会しました。
それ以来、どこへ行くにもぞろ目ナンバーの車につけまわされたり大変な日々です。
全部自分の出来心から起きた事で、どこに訴えるわけにもいかないのですが、
なんとかあの人達と縁を切って新しい始まりを迎える方法はないんだろうか。 いいねえ
生贄には是非>>187さんになっていただこう >>177
人柱は生贄と神殺しの本来の理由が忘れられて単に人を埋めればその家は盤石になる程度の非合理的な民間伝承になったものじゃないの ☆ 日本人の婚姻数と出生数を増やしましょう。そのためには、公的年金と
生活保護を段階的に廃止して、満18歳以上の日本人に、ベーシックインカムの
導入は必須です。月額約60000円位ならば、廃止すれば財源的には可能です。
ベーシックインカム、でぜひググってみてください。お願い致します。☆☆ 人柱になります。
どうかお願いします。
愛媛県新居浜市松原町1-25
米谷陽子
09094503413 私人柱になりたいです。
よろしくお願いします。
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T11 人生を棒に振る
わかりやすく言えば、三途の川で石を積み重ねてタワーを作ることかな。
途中で鬼(怖い顔のモリブリン?)がやってきて、大きな金棒でタワーを崩してしまう。
すなわち、それまで積み重ねてきたものを台無しにしてしまうわけだ。
だから、人生を棒に振るというのはこういう意味なのだ。 北海道で人柱を行ってはいけないのは、「ホワイトアロー」で立証されている。
「ホワイトアロー」自体は風速の早い吹雪から取ったんだろうけど、
和訳すれば人柱を選ぶ「白羽の矢」になり、最近もその吹雪で死者が出ている。
それにアイヌの伝承では、人柱を行うこと自体が禁忌で、その部族は祟られる。
まあ、富岡八幡宮も「白羽の矢」が立った所に建立されたというが、
財に穢れて宮司一家に殺人が起きるというのは、アイヌ社会と変わらんな。 >>177 普通に考えれば、嫌がる犠牲者を無理矢理に死なせたら怨念が凄いことになってデメリットのほうが大きい、と予想できるものな。
目的の建造物が呪いの場所になって毎年のようにそこで発狂者が出る、とか。
関わった建築家の血筋が代々早死にして後代には男子の子孫が絶えたりとか。 >>200
既に災害が来てしまっていたらデメリットは無くなるけどな >>200
いやいや、「人まで殺してるんだからなんとしてもこの工事やり抜かねばならぬ」という根性が入る。
昔は人力なんだから人夫の気持ちが負けたら終わりなんだよ。まして監督の気持ちが負けたら終わり。
だから偉い人が「難工事みたいだけど、人柱でも立ててみたらどう?」みたいに進めるんだろう。 人柱の語源ってフレキシブルな資材として人間を柱みたいに支え役として使って埋めたから?