「月の夜に」

真夜中に家を抜け出した。散歩がてらに、いつもの歩道橋を歩く。
嘘みたいな静寂が広がっていて、時たま、思い出したように長距離トラックの
ボゥワっとしたテールライトが通る。

灯りがついている家は、所々まだ、まばらで、無機質な街灯の光が明るい。
夜空を見上げると雲の切れ間から見事な満月が顔をのぞかせている。
夜風がひんやりと冷たい。どのぐらい歩いたのだろうか・・・

ウォーターフロントの夜景。水辺の公園。知る人ぞ知る穴場的夜景スポット。
ロケーションを最大限に生かした水辺の街に来ていた。

テラスの一角にある小さな遊歩道。水面に映し出される対岸の光と
タワーマンションの光が優しく目に映る。水面に映る月輪の揺らぎ。

水面が大きいほど、反射し、映し出す世界が広がる。反転された美しい世界。
水門付近で停泊している屋形船。水面に映る月輪の微かな波紋、月輪の揺らぎ。

水面に映る月は怪しく揺れ動き、彼との思い出、そんな彼の姿とブレていく・・・
それはひと夏の思い出。思い出が浮かんでは消えていく・・・
夢だけを引き留めて、想いを捨てにゆく・・・
そんな水面に映った月影・・・

息遣いや、肌のぬくもりだけが、あの、あたしの部屋の片隅に残っている。
眠れない夜。言えば良かったことが 月の中に揺れている
言わなければ良かったことが 水面の月に揺れている
街の夜に騙されて 涙を抱きしめる