フランス哲学総合スレ [無断転載禁止]©2ch.net

1考える名無しさん2016/05/04(水) 15:54:34.670
フランス語圏の話題

39考える名無しさん2016/11/08(火) 15:50:03.830
慶応は極めて閉鎖的な学風。OB総出で隠ぺい工作を仕掛けてきてる。
「示談にしろ」「女も悪い」「女が悪い」などと書き込み続けるレイパー慶応。
「ほかの大学もレイプをやってる」と他大学も巻き込んで、慶応の悪質性を薄めようとする輩まで出現してるし。
慶応レイプネットワークの闇はかなり深い。特に女性は巻き込まれないようにくれぐれも、くれぐれも気をつけて。

40考える名無しさん2016/11/19(土) 23:57:01.720
メイヤスー『有限性の後で:偶然性の必然性についての試論』まとめ

・相関主義批判 (意識や言語によって了解されていない世界への参入)
・カント的なものの乗り越え (物自体など認識不可能なもの、思考不可能なものへの再アクセス)
・世界のあり方は偶然的 (因果論の否定)

41考える名無しさん2016/11/19(土) 23:57:17.870
階級社会以前として原始共同体を振り返ったマルクス(1818-)に対して、
人類未生以前的な現実を「祖先以前性 ancestrality」で振り返る辺りは、
ラスコーがあったりすることにもよるのだろう。

『現象としての人間』のテイヤール・ド・シャルダン(1881-)、カント(1724-)を超えて、
『人間機械論』のド・ラ・メトリ(1709-)、パスカル(1623-)、デカルト(1596-)と、
フランス的思惟の伝統を400年近く遡る。

42考える名無しさん2016/11/19(土) 23:57:38.220
以下は、千葉の切断論(『動きすぎてはいけない〜』(2013))。

“私の考えでは、ポストポスト構造主義の要は、半面では、接続よりも切断、
差異(différence)よりも無関心=無差別(indifférence)、関係よりも無関係、である。
このように言うと、まるで寒々とした思潮のように思われるだろうか。
しかし、根本的にバラバラな世界にあって、再接続を、差異の再肯定を、
再関係づけを模索することが、ポストポスト構造主義のもう半面なのである。”

43考える名無しさん2016/11/19(土) 23:57:55.730
この切断論を、視点の違う別のもので補足する。

“この現実世界に生存するものとして、
全く類を異にする全く他のものなる超越的実在に出会う時、
吾々が直接に受ける衝動は否定そのものである。

この世の因果的乃至意味的連関のうちに安住して居た吾々は、
高次の実在の不意の出現に出会う時は、
あたかも、左右に平穏に延びつつあった直線が
突然現れ出でたる上よりの垂直線によって切断されるが如く、
連続性の断絶を体験する。

これが即ち「無」である。”

“そこよりして吾々は、宗教的体験の発現としての、
無限性・有限性の対立及び相関を理解し得るであろう。

無限性は要するに一切を無に帰せしめる絶対的実在の威力の別名である。
しかしてこの威力に出会うとともにそこに現われる、
われとこの世との性格の変化こそ有限性である。”

― 波多野精一『宗教哲学序論・宗教哲学』(1935・1940/2012)

44考える名無しさん2016/11/20(日) 00:08:26.540
フランスはレイシテなんかもよく知られているが、
宗教に消極的なのではなく、積極的な宗教左派とでもいうところ。

現代思想の舞台となることも多いパリ大学は、
ヨーロッパでも最も古い大学の一つとしてつくられ、
トマス=アクィナス(伊)も、エックハルト(独)もここで神学を教えた。

イタリアやドイツが宗教の運営の中心であるのに対して、
フランスは神学の中心である故、その性格は一歩引いたものとなるのだろう。

45考える名無しさん2016/11/20(日) 00:09:28.380
フランスは、アクィナス以来今日まで変わることなく、
神学/政治の一つの中心であり続けている。

46考える名無しさん2016/11/20(日) 00:10:57.700
竹下節子 『無神論:二千年の混沌と相克を超えて』 (2010)

無神論の歴史。

47考える名無しさん2016/11/21(月) 20:38:40.490
福尾匠 Takumi Fukuo

1992年生まれ。大阪大学文学研究科所属。専門は現代フランス哲学と映像論。
映像作品の批評も執筆しており、webで読めるものとしては
「In (Search of) a Lost Image, Lost In a Stage: 伊東高志『三人の女』」(DG-Lab会誌『hyphen』所収)がある。
https://dglaboratory.files.wordpress.com/2016/04/e7a68fe5b0be.pdf

48考える名無しさん2016/11/22(火) 23:19:32.200
『虚無の信仰 ― 西洋はなぜ仏教を怖れたか』ロジェ=ポル・ドロワ(2002)

西洋で仏教が知られる様になったのは、せいぜいこの200年ぐらい。

ブッディズム(仏教)に該当する語が用いられた最初の例は、
1817年フランスのミシェル=ジャン=フランソワ・オズレーによる
『東アジアの宗教の開祖ビュッドゥあるいはブッドゥにかんする研究』で、
「ブッディスム(bouddisme)」と綴られた。

その後も仏教は、ニヒリズムや虚無の信仰であると誤解され、様々な論争を引き起こした。

    1820年頃 西洋でブッディズム(仏教)が知られるようになる
    ↓
    ↓ 1819年 ショーペンハウアーが仏教に言及
    ↓ 1827年 ヘーゲルが仏教に言及
    ↓ 1848年 マルクス「共産主義という妖怪がヨーロッパを歩き回る」共産党宣言
    ↓
    1860年頃 仏、英、独で虚無の信仰を巡る論争がピークを迎える
    ↓
    ↓ 1866年 マラルメ「仏教を知ることなしに、無(ネアン)に至った」カザリス宛書簡
    ↓ 1871年 ニーチェ「悲劇がわれわれを仏教から救い出す」断片
    ↓
    1890年頃 仏教が虚無の信仰でないことが理解され始める
    ↓ 
    ↓ 1895年 フロイト『ヒステリーの研究』

この時期は、
マルクス、ニーチェ、フロイトなど現代思想の胎動期とも重なる。

49考える名無しさん2016/11/22(火) 23:19:55.730
ここで注意されたいのは、
仏教の中心概念は、無(nothingness)ではなく空(emptiness)であること。

よく混同されるが、
空は非有非無、つまり有でも無でもないものと定義される。

西洋では、パルメデニス以来ヘーゲルやハイデガーに至る2000年以上もの間、
それらの存在論は有(存在)と無を論じてきた。

空はそこにない視点を提供する。

50考える名無しさん2016/11/24(木) 23:27:11.500
真理を発見しました (哲学系)
http://p.booklog.jp/book/106489/read

無料の電子書籍です!

51考える名無しさん2016/12/04(日) 15:55:22.170
『他者の倫理学 ― レヴィナス、親鸞、そして宇野弘蔵を読む』
青木孝平(2016/9/13)

現象学、仏教、マルクス経済学における他者論。

52考える名無しさん2016/12/13(火) 23:22:56.930
Koji Hirose
http://twilog.org/parergon2

廣瀬浩司(1963年7月‐ )
著書
『デリダ きたるべき痕跡の記憶』哲学の現代を読む 白水社 2006
『後期フーコー 権力から主体へ』青土社 2011

共著
『知の教科書 デリダ』林好雄共著 講談社選書メチエ 2003
『纏う 表層の戯れの彼方に』大宮勘一郎,神尾達之, 嶋田由紀,前田良三,柳橋大輔共著 水声社 2007

翻訳
クリスチャン・デカン『フランス現代哲学の最前線』講談社現代新書 1995
エリ・ウィーゼル,川田順造編『介入? 人間の権利と国家の論理』林修共訳 藤原書店 1997
ジャック・デリダ, アンヌ・デュフールマンテル『歓待について パリのゼミナールの記録』産業図書 1999
ジャック・デリダ『死を与える』林好雄共訳 ちくま学芸文庫 2004
『ミシェル・フーコー講義集成 主体の解釈学 コレージュ・ド・フランス講義1981-1982年度』原和之共訳 筑摩書房 2004
『フーコー・コレクション』(分担訳)ちくま学芸文庫 2006
クロード・レヴィ=ストロース『神話論理 4-1 裸の人 1』吉田禎吾,木村秀雄,中島ひかる,瀧浪幸次郎共訳 みすず書房 2008

53考える名無しさん2017/01/05(木) 18:49:40.790
When Jean-Paul Sartre Cured Existential Angst with a Jazz RecordA Look Back at Sartre's NauseaEssay by Ted Gioia
http://www.fractiousfiction.com/nausea.html

54考える名無しさん2017/01/18(水) 09:41:32.330
ジャン・ガスパール・フェリックス・ラヴェッソン=モリアン(Jean Gaspard Félix Ravaisson-Mollien, 1813年10月23日 - 1900年5月18日)

影響を受けた人物
アリストテレス、デカルト、ライプニッツ、パスカル、メーヌ・ド・ビラン、ヴィクトール・クザン、シェリング

影響を与えた人物
アンリ・ベルクソン、ルイ・ラヴェル、マルティン・ハイデッガー、モーリス・メルロ=ポンティ、ピエール・アド、
ドミニク・ジャニコー、ポール・リクール、フランソワ・ラリュエル

杉山直樹、村松正隆訳『十九世紀フランス哲学』知泉書館、2017年

55考える名無しさん2017/02/02(木) 11:34:59.220
九鬼周造
デカルト以来、カントに至るまでのフランス以外の哲学は、
このデカルトの二元論を一元論によって置換へようとする試みにほかならぬ(スピノザ、ライプニッツ、バークレー)
(『現代フランス哲学講義』第一章フランス哲学の特徴)

歴史とは何らかの意味で必ず問題の歴史である。(略)換言すれば歴史とは問題の連鎖である。
(『現代フランス哲学』序論U現代の意義)

56考える名無しさん2017/02/13(月) 11:01:29.230
丸山圭三郎
https://twitter.com/m_keizaburo_bot

丸山 圭三郎(1933年4月25日 - 1993年9月16日)

『ディクテで学ぶ生きたフランス語』日本放送出版協会, 1955
『フランス語会話文章の入門 マルタン家の人々と = En France avec les Martin』第三書房, 1968
『やさしい中級フランス語 講読とテーム』第三書房, 1969
『言語とは何か ソシュールとともに』朝日出版社, 1974
『NHKフランス語入門』日本放送出版協会, 1969
『丸山フランス語文法読本』早美出版社, 1978
『すぐにつかえるフランス語』朝日出版社, 1980
『フランス語の発音のすべて = La prononciation Française』駿河台出版社, 1980
『ソシュールの思想』岩波書店, 1981
『フランス語とフランス人気質』日本放送出版協会, 1982
『ソシュールを読む』岩波書店〈岩波セミナーブックス〉, 1983。講談社学術文庫, 2012
『文化記号学の可能性』日本放送出版協会, 1983。増補完全版 夏目書房, 1993
『文化のフェティシズム』勁草書房, 1984
『欲望のウロボロス』勁草書房, 1985、オンデマンド版2013
『言葉のエロティシズム』紀伊国屋書店, 1986
『フェティシズムと快楽』紀伊国屋書店, 1986
『文化=記号のブラックホール』大修館書店, 1987
『生命と過剰 第一部』河出書房新社, 1987
『言葉と無意識』講談社現代新書, 1987
『言葉・文化・無意識』河合文化教育研究所〈河合ブックレット〉、進学研究社(発売), 1988
『欲動』弘文堂〈思想選書〉, 1989
『言葉・狂気・エロス 無意識の深みにうごめくもの』講談社現代新書, 1990。講談社学術文庫, 2007
『カオスモスの運動』講談社学術文庫, 1991
『人はなぜ歌うのか』飛鳥新社, 1991。岩波現代文庫, 2014.9
『生の円環運動』紀伊国屋書店, 1992
『ホモ・モルタリス 生命と過剰 第二部』河出書房新社, 1992
『言葉とは何か』夏目書房 1994、改訂新版2001。ちくま学芸文庫, 2008

57考える名無しさん2017/03/15(水) 16:33:08.250
maguma_jet
萱野も稲田大臣は辞任すべきではないと擁護。岡安アナは蓮舫の二重国籍問題こそ説明責任があると主張。
萱野は安倍政権を追い込むためだけに的はずれな追及をする民進党は見ていて気分は良くないし国民の理解も得られないと語る。
岡安アナと萱野稔人の民進党への憤りが爆発。 #関テレ #ワンダー

boyakuri
岡安譲「(稲田さんは)辞任せなあかんようなことなんですか?」
萱野稔人「突然出されたものに対して踏み込んで言ってしまったが、辞任するほどのことではない。
野党は安倍政権をとにかく追い込みたいから雰囲気づくりでどんなことでも追及材料にしているが、
気持ちがいいものでない」(続 #ワンダー
2017/03/14

58考える名無しさん2017/04/03(月) 18:39:23.780
北守
フランス現代思想を学ぶなら、入門書以前に近代ドイツ思想を学んでからじゃないと意味がわからないのではないだろうか。
マルクス、ニーチェ、ハイデガー、フロイト、フッサール、シュミットetc
2017年4月3日

59考える名無しさん2017/05/04(木) 12:17:15.320
レヴィ=ストロース論集成
川田 順造 (著)
出版社: 青土社 (2017/4/21)

現代フランス哲学に学ぶ (放送大学教材)
戸島 貴代志 (著), 本郷 均 (著)
出版社: 放送大学教育振興会 (2017/03)

十九世紀フランス哲学
フェリックス・ラヴェッソン (著), 杉山 直樹 (翻訳), 村松 正隆 (翻訳)
出版社: 知泉書館 (2017/02)

フェリックス・ラヴェッソン『十九世紀フランス哲学』(詳細目次あり)
http://yakumoizuru.hatenadiary.jp/entry/2017/04/03/212736

60考える名無しさん2017/05/08(月) 23:59:11.760
2017年フランス大統領選挙の後で
浅田彰
http://realkyoto.jp/blog/asada-akira_170508/

61考える名無しさん2017/05/09(火) 08:42:53.180
マクロンに期待しているフランス国民は、マクロンを擁立した勢力以外に
存在しないだろう。マクロンが候補として擁立されたのは、国民の支持に
よってではなく、フランス・エリート社会の後見によってであることを
誰でも知っている。マネージメントを担っている利害関係のサークルに
変化がないのに、マネージメントそのものに大きな転換があるわけがない
だろう。

62考える名無しさん2017/06/25(日) 11:54:15.850
“私たちに欠如しているのは、真に一般的に言えば、《東洋》の微粒子であり、《禅》の穀粒である。”

― ジル・ドゥルーズ+クレール・パルネ 『ディアローグ』 (2011)

63考える名無しさん2017/06/25(日) 16:59:23.560
俺はベルクソンだけ読んだぜ

64考える名無しさん2017/06/26(月) 23:42:10.310
フランスのセンター試験がヤバい。「問1.認識するには観察するだけで十分なのか?」←4時間かけて論述 [無断転載禁止]©2ch.net [589351131]
http://hitomi.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1497698390/

1 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ドコグロ MMa7-gpQd)[] 投稿日:2017/06/17(土) 20:19:50.04 ID:YTSAl9VpM
http://img.2ch.net/ico/imo.gif
バカロレア哲学試験問題2017年版:これがフランスの大学入試!
2017/06/15 18:22
前の記事
ホーム
http://societas.blog.jp/1066467716
le-baccalaureat-le-sesame-supreme
6月15日、フランスで毎年恒例となるバカロレア資格の哲学試験が行われた。

バカロレア資格とはフランスの大学入試に相当する試験。毎年6月中旬からおよそ一週間にわたって行われる。
中でも初日の哲学試験は4時間にわたって一つの命題と格闘することを要求されることで知られており、この日はフランス中がバカロレアの行方に関心を寄せる事となる。

そんなバカロレア哲学試験、今年は一体どのような問題が出題されたのだろうか。早速問題文をチェックしてみよう。


文系(L)

主題1 知るためには観察するだけで足りるか。
(Suffit-il d'observer pour connaître ?)

主題2 権利を全て実行することは正当か。
(Tout ce que j’ai le droit de faire est-il juste ?)

主題3 以下のルソー『人間不平等起源論』の抜粋を説明せよ。(問題文略)
(ROUSSEAU, Discours sur l’origine et les fondements de l’inégalité parmi les hommes, 1755.)

65考える名無しさん2017/06/26(月) 23:42:25.470
理系(S)

主題1 権利の擁護と利益の擁護は同義か。 
(Défendre ses droits, est-ce défendre ses intérêts ?)

主題2 人は自らの文化から自由たり得るか。
(Peut-on se libérer de sa culture ?)

主題3 以下のフーコー『知・身体』の抜粋を説明せよ。(問題文略)
(FOUCAULT, Dits et Ecrits, 1978.)


経済社会系(ES)

主題1 理性は全てを説明し得るか。
(La raison peut-elle rendre raison de tout ?)

主題2 芸術作品はすべからく美しいか。
(Une oeuvre d'art est-elle nécessairement belle ?)

主題3 以下のホッブズ『リヴァイアサン』の抜粋を説明せよ。(問題文略)
(HOBBES, Léviathan, 1651.

66考える名無しさん2017/06/29(木) 18:26:41.120
同意

67考える名無しさん2017/07/04(火) 14:03:40.700
>>46
竹下氏のプロフィール 参考までに。 (ウィキより)

竹下節子(たけした せつこ、1951年 - )は、パリ在住の文化史家、評論家。

1974年東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業、76年同大学院比較文学比較文化専攻修士課程修了。
パリ大学博士課程やフランスの高等研究実習院 (fr:École pratique des hautes études) などでも学ぶ。
カトリックやエゾテリスム (fr:Ésotérisme) の歴史を専攻していた。
最初の著作『パリのマリア』は、友人の中沢新一の勧めによって書かれた[1]。

著書はおおいが、信頼に足る研究にもとづくものではない。
また、室内楽アンサンブルのグループを主宰するなど、多様な文化活動を行うほか、
比較文化の視点からの評論などもものしている。

政治思想的には反安保、反テロ等準備罪、反自衛隊、中国の東シナ海への派遣行為に対する日本の安全保障の強化反対、
帝国時代の日本を断罪するなど、共産主義的な傾向が強い。(*竹下節子ブログ)

68考える名無しさん2017/07/09(日) 20:57:26.750
フランス哲学の天敵、ウィトゲンシュタイン・・・

69名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 18:34:14.460
『ダーク・ドゥルーズ』 アンドリュー・カルプ (2016)

ドゥルーズは喜びと肯定の哲学ではなく憎しみと破壊の哲学だ。
暗黒のドゥルーズを召喚して世界の破壊を共謀する最も危険な哲学の誕生。
ドゥルージアン4人による応答を併載。

70名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 18:34:36.080
“ジャック・デリダの「解体」哲学、ドルーズ=ガタリの「リゾーム」理論に代表される
 現代ヨーロッパの前衛的思想フロントは、明らかにアンチコスモス的である。

 コスモスへの反逆、「ロゴス中心主義」的存在秩序の解体。
 西洋思想のこのアンチコスモス的動向が提起する存在論的、意識論的問題群にたいして、
 東洋哲学はどのような対応を示すであろうか。”

― 井筒俊彦 「コスモスとアンチコスモス」 (1989)

71名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 18:35:00.970
井筒は悪い意味で言っているのではないがね

72名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 18:36:42.700
ドゥルーズとガタリの両方をやらないと、ドゥルーズ=ガタリの理解は深まらない

73名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 18:37:08.380
フェリックス・ガタリ 『人はなぜ記号に従属するのか』 杉村昌昭訳 (2014)

訳者あとがき
「ガタリはドゥルーズ/ガタリの一部だったのではなくて、ドゥルーズ/ガタリがガタリの一部だった」

74名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 18:37:32.550
非シニフィアン(A-signifiant)

“非シニフィアン的記号論。
 これはシニフィアンの記号学とは区別されなければならない。
 ここで問題となるのは要するにポスト・シニフィアン的記号論である。
 非シニフィアンの記号論というのは、たとえば意味作用を生産する使命をおびていない
 数学的記号の機械とか、科学的、音楽的、芸術的といったような類の技術−記号的複合体とか、
 あるいはまた分析的な革命機械といったもののことであるといってよい。”

その他、非記号論的コード化、発生論的コード化、意味形成の記号学、前シニフィアン的記号学

― ドゥルーズ/ガタリ 『政治と精神分析』 (1994)

75名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 18:37:54.100
非シニフィアン的記号論の例に挙げられるのは
・音楽のエクリチュール
・数学のコーパス
・情報科学やロボット工学のシンタックス
など

(ガタリ 『闘走機械』 (1996))

76名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!2017/10/22(日) 18:38:15.950
この辺りからポストポスト構造主義は始まっていた

>>76
ポストポスト構造主義ってなに?

そもそも、構造主義ってなに?

78考える名無しさん2017/11/04(土) 10:36:10.210
ラカン 「無意識は言語のように構造化されている」 (Lacan, "L'etourdit", Autres ecrits, Seuil, 2001)


ここで使われている「言語」とはラング(言語)ではなくランガージュ(言語活動)。
(L'inconscient est structure comme un langage)

79↓↓↓↓↓↓↓2017/11/04(土) 10:36:34.120
ガタリ 「無意識は言語のように構造化されていない」 (ガタリ 『人はなぜ記号に従属するのか』 (2014))>>73


ガタリは無意識のあり方について、
ラカンがいう「"ひとつの"言語のように構造化されている」のではなく、
「"多様な"記号化の様式として構造化されている」と説明した。

80考える名無しさん2017/11/04(土) 10:36:49.790
この辺りもポストポスト構造主義の始まりの一つ。

81考える名無しさん2017/11/08(水) 23:18:55.930
“フランスの社会学者ブリュノ・ラトゥールの著作『私たちはまだモダンではない』を知ったときに、
 一気に明確な形をとりはじめた。その本の副題には「対称性人類学の試み」とあった。
 この言葉を見て、私は自分の求めていたものの「名前」を知ったのである。” 

― 中沢新一 『対称性人類学:カイエソバージュ5』 (2004)


(1)Bruno Latour "Nous n'avons jamais ete modernes. Essai d'anthropologie symetrique" (1991) (英訳1993)
(2)ブルーノ・ラトゥール 『虚構の「近代」:科学人類学は警告する』 (邦訳2008)

「対称性」という語の由来は、2の訳者解題で説明されている。

82考える名無しさん2017/11/08(水) 23:20:53.910
ラトゥールとセールは、清水による解説が分かりやすい。

『ミシェル・セール: 普遍学からアクター・ネットワークまで』 清水高志 (2013)

セールの「準-客体論」 → ラトゥールの「アクター・ネットワーク」 → デスコーラ、メイヤスー、ハーマンまで。

83考える名無しさん2017/12/15(金) 17:00:52.330
これがフランス流の議論マナーだ!!!

・論点先取
・後知恵
・名誉マジョリティ
・循環論法
・マンタラプティング
・藁人形論法
・デリダる ※
・トーンポリシング ※

※デリダる
・言葉を曖昧、抽象にして反論されにくくすること
・全方位冷笑で私は賢者なのだと訴えること

※トーンポリシング(tone policing、態度の取り締まり)
・「あなたの言い方が悪い」「あなたの態度が悪い」と連呼して
問題の提起自体をすべり坂論法的に矮小化すること

84考える名無しさん2018/03/11(日) 04:58:34.740
とても簡単な嘘みたいに金の生る木を作れる方法
役に立つかもしれません
グーグル検索『金持ちになりたい 鎌野介メソッド』

3D4HZ

85考える名無しさん2018/03/30(金) 16:57:23.660
むろやねい
「ドイツ人の知的な学生は部屋に閉じこもって本を読むが、
フランス人の学生は知的な人々が集まる環境で会話することを好む」
とノルベルト・エリアスが書いているのを昔読んだとき、その通りだと思いつつ意味をはっきり理解していなかった。
フランスには口頭による教養伝達の伝統が生きているのだ。

フランスではバカロレアで哲学が必須科目だ、リセにも哲学の授業がある、
すげえとか云うよりも前に、日常生活の中でちゃんと会話することを先にした方がいい。
おじいちゃんおばあちゃんの話を聞く伝統でも取り戻した方がいいぞ。
フランス人みたいにうざったいおしゃべりにならなくてもいいけどな!
2018年3月28日

86考える名無しさん2018/04/01(日) 13:41:43.260
サチエ
フランスは高校生になると週8時間も哲学の時間があり、必修科目なんだって。幼稚園でも哲学。ちょ、すごいよこれ。
2018年3月25日

87考える名無しさん2018/04/19(木) 19:47:07.130
ルネ・ジャン・マリー・ジョゼフ・ゲノン(René Jean Marie Joseph Guénon, 1886年11月15日 - 1951年1月7日)

アントナン・アルトー、アンドレ・ブルトン、ジョルジュ・バタイユ、
レーモン・クノー、アンリ・ボスコなどはゲノンの著作の熱心な読者であった。

88考える名無しさん2018/05/24(木) 21:44:44.070
ポール・リクールwikiより

> 『記憶、歴史、忘却』執筆時に秘書(編集助手)を務めていたのは当時大学生のエマニュエル・マクロン。

89考える名無しさん2018/06/11(月) 00:17:38.730
フェルディナン・ド・ソシュール 『一般言語学講義』 各版

・Ferdinand de Saussure, Cours de linguistique generale (Publie par Charles Bailly et Albert Sechehaye, avec la collaboration de Albert Riedlinger, Edition critique preparee par Tullio De Mauro), Paris, Payot, 1972

・『一般言語学講義』 小林英夫訳 (1972)
・『「ソシュール一般言語学講義」校注』 トウリオ・デ・マウロ、山内貴美夫訳 (1976)
・『一般言語学講義抄』 菅田茂昭訳 (2013)
・『新訳 ソシュール 一般言語学講義』 町田健訳 (2016)

・『ソシュール 一般言語学講義: コンスタンタンのノート』 影浦峡、田中久美子 (2007)

・『一般言語学第一回講義―リードランジェによる講義記録』 小松英輔編 (2008)
・『一般言語学第二回講義―リードランジェ/パトワによる講義記』 小松英輔編 (2006)
・『一般言語学第三回講義―コンスタンタンによる講義記録+ソシュールの自筆講義メモ』 小松英輔編 (2009)

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