対生成した状態が量子状態ではなく、
量子状態から対生成すると考えれば、2つの世界ができる。
量子コインの表がでた世界と、裏がでた世界。
量子コインを中心に、そこから世界が2つに引き裂かれていく。
はたして1量子ビットは最初から2つ分の世界をまかなえるだけのエネルギーを持っているのか?

2つの世界に分かれるのであれば、分かれる前は2つ分のエネルギーがあればよい。
そのような気配があればそれでよいのだが。
しかし、時間とかエネルギーとか先送りされているものが最初からあるかのように考えるのはどうなのだろうか。
哲学的にすべてを疑えばなにもはじまらない。
哲学はどこからスタートすべきなのか。
それは(思考する)「わたし」なのか。