【イスラム哲学】井筒俊彦を読む [無断転載禁止]©2ch.net

1考える名無しさん2017/05/24(水) 21:31:52.490
井筒俊彦(1914-1993)スレ

277考える名無しさん2017/10/27(金) 22:33:11.740
任意の直線を意識する時は、実在する無限な直線に対して限定をかけている。
無限な潜在性から有限な現実性が、「限定」=「自覚」として立ち現われる。

278考える名無しさん2017/10/27(金) 22:33:33.980
>>276は以下に繋がる。

279考える名無しさん2017/10/27(金) 22:33:57.210
“仏道をならふことは自己をならふなり。
 自己をならふといふは、自己をわするるなり。
 自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。
 万法に証せらるるといふは、自己の心身、
 および佗己の心身をして脱落せしむるなりと云ふ(道元)。
 
 それは限定するものなき限定、絶対無の自己限定と云ふことでなければならない。”

― 西田幾多郎 「哲学論文 第六」 『西田幾多郎全集10』 (2004)

280考える名無しさん2017/10/27(金) 22:34:19.260


(仏道を習うということは、自己を習うことである。
 自己を習うということは、自己を忘れることである。
 自己を忘れるということは、一切万物を知ることである。
 一切万物を知るということは、主客を分け隔てるものをなくしてしまうことである。)

― 道元 『正法眼蔵』 「現成公案」

281考える名無しさん2017/10/27(金) 22:34:47.350
井筒 数学× ギリシャ語○
西田 数学○ ギリシャ語×

282考える名無しさん2017/11/06(月) 03:02:18.030
東大出の学者で井筒並の知の巨人って誰かいますか?

井筒に言及したことのある東大関係者
渡辺浩、宇野重規、中島隆博、中村廣治郎、今道友信

283考える名無しさん2017/11/06(月) 03:35:15.840
井筒俊彦は辻直四郎に頭を下げて資料を借りてそれを一か月で読んで返して
読むのが速いと感心されたんだよ。

284考える名無しさん2017/11/06(月) 08:51:19.040
結局クルアーンを読まないと井筒は分からないなと思って、クルアーンの注解を買ったわ。

285考える名無しさん2017/11/07(火) 17:29:55.260
イスラム教が哲学?
西欧で仏教は倫理学(道徳哲学)と言われ宗教ではないと言われているのはわかる。
キリスト教やイスラム教に神学(理論的考察)はあるだろうけど哲学じゃないでしょ。
井筒俊彦は神秘主義哲学者らしいけど言語矛盾じゃなかろうか
哲学は形而上学で世界の普遍的な原理について理性的な思惟によって認識しようとする学問
神秘主義は神秘的合一と呼ばれる絶対者と自己との合一体験にある
神秘主義哲学者って油性水性ペンと同じくらい奇妙に聞こえるんだが

286考える名無しさん2017/11/07(火) 17:40:08.010
>東大出の学者で井筒並の知の巨人って誰かいますか?

阪大出の学者で井筒並の知の阪神って誰かいますか?

287考える名無しさん2017/11/08(水) 08:57:46.850
東大関係者か知らないが個人的には中沢新一かとおもうけれども、
中沢さん本人は
「井筒さんには一生かかってもかなわない」
と、謙虚に語っている

288考える名無しさん2017/11/08(水) 09:10:27.620
「知の巨人」という称号を得るには、知識の深さや幅広さだけではなく、
知識量とか語学力とかいわば基礎体力的な部分で他を圧倒している必要がある。
日本で言えば南方熊楠とかそういうタイプの人に対して向けられる言葉。

289考える名無しさん2017/11/08(水) 10:37:31.580
>>285
勉強不足。神秘主義哲学は新プラトン派のプロティノスの時代からある伝統的哲学
プロティノスは神秘的合一体験を基にその哲学を展開した
井筒俊彦も「神秘哲学」で取り扱ってる

290考える名無しさん2017/11/08(水) 11:46:19.910
プロティノスどころかソクラテスも ダイモーンに導かれたとか言ってるじゃん

291考える名無しさん2017/11/08(水) 12:05:16.970
そもそも一神教圏以外では哲学と宗教は一体で分離してない
哲学の殿堂アカデメイアをキリスト教ローマが異教として閉鎖したようにギリシャ哲学は宗教と哲学が一体で分離してなかった
一神教ではギリシャ哲学を宗教とすると一教の教義に抵触するので哲学というジャンルとすることで両立を謀った側面があるのではないか?

292考える名無しさん2017/11/08(水) 22:21:32.870

293考える名無しさん2017/11/09(木) 01:25:02.340
形而上学における主題の中でも最も中心的な主題に存在の概念がある
存在論の他に、神、精神、自由の概念等が伝統的な主題とされているけど
精神や物質もしくは数や神のような抽象的な事柄が存在するか、また人間という存在は
複雑に組み立てられた物質的な体系として定義できるかどうか
神学が哲学の部門視されることはあるが理性によっては演繹不可能な信仰の保持および
神の存在を前提とすることで、一切の思想的前提を立てない理性の学としての
哲学とは異なるとする見方が一般的です。

294考える名無しさん2017/11/09(木) 15:18:08.650
例えば自然科学の学者、科学者ですね。
科学者が実験、観察、分析、総合、仮説と実証に神を語りだしたらどうでしょう。
神秘主義科学者などと言うのでしょうか。とたんに怪しい人ですよね。
ここにいるのだから皆さんは哲学に傾倒しているのでしょう。
神秘主義哲学者などと哲学に対する侮辱ではないでしょうか。
個人的には社会科学と言う表現も不愉快極まりない。科学に対する侮辱と言っていい。

295考える名無しさん2017/11/09(木) 18:19:07.370
>>294
神秘主義哲学は必ずしも神なんて事は言わない。井筒俊彦読んでみろ。神なんか出てこないから
ミスティシズムとオカルティズムを混同した的外れ言うな。

296考える名無しさん2017/11/09(木) 20:49:07.030
>>293-294
井筒の本はどれを読んだ?

297考える名無しさん2017/11/09(木) 21:24:34.150
>>293
カントの『純粋理性批判』は?

298学術2017/11/09(木) 21:43:59.520
推理力自己批判精神ぐらいでどうだ。次代のカントは。

299考える名無しさん2017/11/11(土) 09:23:31.690
井筒俊彦著作集別巻面白いな
正巻より面白いかもしれん

300考える名無しさん2017/11/11(土) 09:56:05.460
対談は読みやすいし、具体的な話題も出てくる

301考える名無しさん2017/11/12(日) 20:00:25.820
298 名前:あぼ〜ん[NGName:学術] 投稿日:あぼ〜ん

302考える名無しさん2017/11/19(日) 23:01:37.220
井筒豊子の「井筒俊彦の学問遍路ー同行二人半」読みはじめた

303考える名無しさん2017/11/20(月) 00:41:14.580
>>302
新しい本だ。(2017/9/15)
今年亡くなったのか。

304考える名無しさん2017/11/20(月) 00:45:46.650
井筒豊子 『白磁盒子』 (1993)

短編小説集。
井筒と放浪のタタール人学者ムーサーのやり取りが描かれているもの。

305考える名無しさん2017/11/20(月) 00:46:30.010
>>3の英文著作翻訳コレクション
『2 クルアーンにおける神と人間―クルアーンの世界観の意味論』 (2017年6月)
『3 存在の概念と実在』 (2017年9月)
も出てた。

ハイデガー/サルトルとイスラムの存在論の比較とか。

306考える名無しさん2017/11/20(月) 20:18:49.070
井筒俊彦の学問遍路には余り知られてなかった彼のマッギルからイラン時代やそれ以降まで詳しく書かれてる。内気で人間嫌いとも言われる井筒だが内外問わずそうそうたる面子と関わりあいその才能を認められてる

307考える名無しさん2017/11/23(木) 13:16:51.440
道元の「現成公案」>>279-280自体も華厳的。

自己(一)を忘れる

一切(多)を知る

一切によって自己を知る

自己否定が自己の外部に突き抜け、自己を規定する超越的視点になる。
これ自体が、既にクラインの管的な循環モデル。

クラインの管
http://polyhedra.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2013/07/21/kleinbottle.jpg
http://pds.exblog.jp/pds/1/200804/28/41/a0024841_4162993.jpg

308考える名無しさん2017/11/23(木) 13:17:07.850
一即多、一即一切の華厳的記号学モデル

A ([a]、b、c、d、e、、、)
B (a、[b]、c、d、e、、、)
C (a、b、[c]、d、e、、、)

[ ]は強調

シニフィアンA/シニフィエaという単純な一対構造ではなく、
シニフィアンがAやBやCである時にもシニフィエは常に(a、b、c、d、e、、、)であるモデル。
Aの時には、相互に浸透し照合されたa、b、c、d、e、、、の中のaが強調される。

参考:井筒俊彦 『コスモスとアンチコスモス』 (1989)

309考える名無しさん2017/11/23(木) 13:18:13.030
デリダの「ロゴス中心主義の解体」による存在根拠解体のあと(後、跡)。

井筒俊彦氏「事事無礙・理理無礙ーー存在解体のあと」 要約
http://www.furugosho.com/nomadologie/izutsu1-resume.htm

“事物を事物として成立させる相互間の境界線あるいは限界線
 ーー存在の「畛」的枠組みとでもいったらいいかと思いますがーー
 を取りはずして事物を見るということを、古来、東洋の哲人たちは知っていた。
 それが東洋的思惟形態の一つの重要な特徴です。
 「畛」的枠組みをはずして事物を見る。
 ものとものとの存在論的分離を支えてきた境界線が取り去られ、あらゆる事物の間の差別が消えてしまう。
 ということは、要するに、ものが一つもなくなってしまう、というのと同じことです。
 限りなく細分されていた存在の差別相が、一挙にして茫々たる無差別性の空間に転成する。
 この境位が真に覚知された時、禅ではそれを「無一物」とか「無」とか呼ぶ…”

310考える名無しさん2017/11/23(木) 14:49:47.160
マルチするなゴミが

311考える名無しさん2017/11/23(木) 23:05:20.120
モノたちの宇宙ー思弁的実在論とは何かーの解説に今後ハーマンと井筒俊彦の哲学、あらや識の理論や廣松渉の事的世界観の比較が重要になると書いてる

312考える名無しさん2017/12/12(火) 14:21:24.290
意識と本質の内容
@無本質論…禅、老子
A有本質論
1個別的本質論…本居宣長
2普遍的本質論
(1)存在の深層に本質が在る
…宋学
(2)元型的本質が在る
…シャーマニズム、密教、スーフィ、カバラなど
(3)表層意識で理知的な概念として本質を捉える
…孔子の正名論、プラトン、ニヤーヤヴァイシェーシカなど
意識の形態
1表層意識
2イマージュ世界
3言語アラヤ識
4c領域
5存在の0ポイント

313考える名無しさん2017/12/12(火) 19:48:42.470
存在の概念と実在性で神は存在であるというモッラーサドラーの解釈が出る
井筒俊彦の神観念でもあるだろう
こういう観念で思い出すのはシャンカラの不二一元論だ

314考える名無しさん2017/12/14(木) 09:11:22.080
「意識と本質」も、
後半のユダヤ教の説明は割とどうでも良く、鬱陶しい

315考える名無しさん2017/12/14(木) 12:18:36.510
仏教が哲学を語るのは理解できる。西欧でも倫理学とか道徳哲学言われてるから
しかし一神教ごときが哲学って・・・。

316考える名無しさん2018/01/07(日) 01:43:33.630
自分は井筒さん読み始めの初心者だが、禅仏教の哲学に向けてが凄過ぎて、夢中になって読みました
御本人のリアリティに裏打ちされたというか…
なかなかあそこまで書ける人はいないなあって

ただ難解なのといちいち自分の先入観が揺さぶられるから読み進むのにえらい時間がかかる(笑)

317考える名無しさん2018/01/12(金) 22:04:35.300
>>315
仏教が哲学的発展を遂げたのは実質的には初期段階だけだ、大乗仏教で説かれた膨大な教説は
一見して論理的に見えるのだろうが実態はそうではなく一神教と変わらぬ独断論の集積に過ぎない

318考える名無しさん2018/01/13(土) 02:44:05.240
>>317
何子供の戯言じみた事を(笑)
大乗中観や唯識は現代哲学や現代心理学と比肩される事もある代物
華厳の教学は現代数学の列の論理を含む
密教はホロン理論と比較されユングも注目した
禅はヴィトゲンシュタインとハイデガーという20世紀の二大哲学者と比較されそれより進んだものと言われたりする事もある

319DJ学術 2018/01/13(土) 10:03:01.270
フランス文学の方が本質的でいいと思う。後は文字列の韻とか、関連させたり、
死や文学の技術の関係を、同族的にしないことだろう。

320考える名無しさん2018/01/13(土) 15:16:26.700
科学と仏教を結びつけて考えようとする試みなど、どれも強引なこじつけばかりだろう
特に、大乗経典は釈迦や如来がSFチックな異能力者で超人だからやってることが一神教と大差ない

321DJ学術 2018/01/13(土) 15:33:39.530
宗教文学に向いてるな。小乗の体も荒らされたよ。

322考える名無しさん2018/01/13(土) 15:36:03.470
>>320
あなたが言ってるイメージにあるのは強引に現代物理学と東洋哲学を結合させた浅はかなニューエイジの類
井筒俊彦のもの読んでから大乗に文句言ってね。

323考える名無しさん2018/01/13(土) 16:02:12.560
スマナサーラっていう有名仏教徒が、仏教は心の科学とか言ってるし、
科学者が瞑想を研究したマインドフルネスってのもやたら流行ってるし、
たしかに仏教と科学を結び付けようという流れはあると思う。
現代は、科学的な枠に収まってないと信用されないんだろうな。
実際には科学ってのは限界もあるのに。

324考える名無しさん2018/01/13(土) 19:01:34.720
ヨーガ行唯識派なんかはヨーガ行で内観してその心の動きをチェックしつつ仏教心理学を体系化していった。
そういう側面が仏教にはある
勿論井筒俊彦も内観による内的体験がその哲学の基礎になってる

325考える名無しさん2018/01/16(火) 10:00:01.100
>>323
マインドフルネスは科学とは特に関係ないだろ
昔からあるヴィパッサナー冥想を上座部の人たちが英語で熱心に布教してるだけで

326考える名無しさん2018/01/16(火) 11:40:59.330
>>325
禅やヴィパッサナーのストレス低減効果や集中力改善効果などを科学的に検証したのがマインドフルネス

327考える名無しさん2018/01/16(火) 21:49:19.890
エハン塾「井筒俊彦の紹介」
https://youtu.be/nHyS5CtIBzQ?t=46s

エハン塾「仏教とキリスト教のマインドフルネス」
https://www.youtube.com/watch?v=hGvsCa8WWlk

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