存在論 [無断転載禁止]©2ch.net

1考える名無しさん2017/06/17(土) 18:51:28.980
語ろう

198考える名無しさん2018/11/06(火) 16:17:22.080
>>189
「ほころぶ」は、「ころ(転)ぶ」よりもむしろ、「ほろ(滅)ぶ」に
似ているんじゃないかな。「ほろぶ」の「ほろ」は、擬態語の
「ほろほろ」と共通していて、「ほろぶ」は、「ほろ」という
様態が自らに作用することを表している。

https://dictionary.goo.ne.jp/jn/205744/meaning/m0u/
ほろ‐ほろの意味
5 物が裂け破れるさま。
「綻 (ほころ) びは―と絶えぬ」〈源・紅葉賀〉

199考える名無しさん2018/11/07(水) 08:37:55.900
「あった!」というのが"finden"なわけでしょう。
「あった!」という場合、「どこに?」という疑問と、
「どのように?」という疑問が生じる。
その「どのように?」という疑問に対応する概念が
"Befindlichkeit"です。

「思想」として尾鰭をつけて解釈しようとする前に
まずは素直に言語表現として理解すべきではないでしょうか。

200考える名無しさん2018/11/07(水) 08:43:57.280
まずは素直に言語表現として理解しようとすれば、自ずと「思想的な癖」の
ようなものも見えてくるのであり、「思想的な癖」の方から哲学を解釈しようと
すべきではない。

201学術2018/11/07(水) 09:57:36.500
男は過去に 女は未来に。

202学術2018/11/07(水) 09:59:08.760
男は過去に 女は未来に。

203学術2018/11/07(水) 09:59:15.690
男は過去に 女は未来に。

204考える名無しさん2018/11/07(水) 10:10:15.340
いまここにどのようにかある

205Never mind!2018/11/07(水) 10:13:45.240
"Dasein"の居心地というのはどのようなものですか?

206考える名無しさん2018/11/08(木) 12:25:33.920
ハイデガーの「存在と時間」はまず何よりも現象学的な記述の試みである
にもかかわらず、それを説教演説として解釈しようというのが愚かなんだよ。

207考える名無しさん2018/11/08(木) 13:30:42.170
>>206
現象学的に解釈して演説してから指摘しないと君もただの説教になるよ

208考える名無しさん2018/11/08(木) 16:35:16.040
Aber ist mit diesem Aufweis des Verfallens nicht ein Phänomen herausgestellt,
das direkt gegen die Bestimmung spricht, mit der die formale Idee von
Existenz angezeigt wurde? Kann das Dasein als Seiendes begriffen werden,
in dessen Sein esum das Seinkönnen geht, wenn dieses Seiende gerade in
seiner Alltäglichkeitsich verloren hat und im Verfallenvon sich weg »lebt«?
Das Verfallen an die Welt ist aber nur dann ein phänomenaler »Beweis«
gegen die Existenzialität des Daseins, wenn dieses als
isoliertesIch-sub-jekt angesetzt wird, als ein Selbstpunkt, von dem es
sich wegbewegt. Dann ist die Welt ein Objekt.

209考える名無しさん2018/11/08(木) 16:38:30.250
Das Verfallen an sie wird dann ontologisch uminterpretiert zum
Vorhandensein in der Weise eines innerweltlichen Seienden. Wenn wir
jedoch das Sein des Daseins in der aufgezeigten Verfassung desIn-der-Welt-seins
festhalten, dann wird offenbar, daß das Verfallen alsSeinsart dieses In-Seins
vielmehr den elementarsten Beweisfür die Existenzialität des Daseins darstellt.
Im Verfallen geht es um nichts anderes als um dasIn-der-Welt-sein-können,
wenngleich im Modus der Uneigentlichkeit. Das Daseinkann nur verfallen,
weil es ihm um dasverstehend-befindlicheIn-der-Welt-seingeht. Umgekehrt
ist dieeigentliche Existenz nichts, was über der verfallenden Alltäglichkeit
schwebt, sondern existenzial nur ein modifiziertes Ergreifen dieser.

210考える名無しさん2018/11/08(木) 16:39:06.940
「どうあるべきか」という説教として読むのか、「どのようにあるのか」という
記述として読むのかの違いでしょう。

211考える名無しさん2018/11/08(木) 17:01:18.330
日本語に変換されて通用しているハイデガー用語によってハイデガーの言説を
理解しようとするのは到底無理ではないかという気がする。

212考える名無しさん2018/11/08(木) 17:02:38.880
>>208-209
コピペしたら、単語が変なところでつながってしまったな。
でも、ドイツ語知ってる人ならどこで変につながっているのか
すぐに分るでしょ。

213考える名無しさん2018/11/09(金) 11:51:50.080
実のところ、私はドイツ語をろくに知らない。
ドイツ語を誰かに教わったこともなければ、真面目に勉強したこともない。
それでも、ハイデガーの「存在と時間」をドイツ語で眺めていれば、
ハイデガーの思考の歩みに「Erschlossenheit」という表現が重要な
役割を果たしていることを容易に見て取ることができる。

「Erschlossenheit」は通常、「開示性」と訳されているようだ。
そのように訳すことは無論、誤りではないだろうし、「開示性」と
いう訳語を用いてハイデガーの著作を議論している人々の念頭には、
当然、ドイツ語の「Erschlossenheit」の用法が念頭にあるのだろう。
だが、それが「開示性」という日本語の表現に置き換えられて議論
されることで、日本語の読者には「er­schlie­ßen」という動詞の用法
との関連が見失われ、ハイデガーが何を議論しようとしているのかが、
極めて分りにくくなってしまうことも確かである。

214考える名無しさん2018/11/09(金) 12:03:17.950
さらに、翻訳された議論の不明瞭さを悪化させるのは、「開示性」に関連して
ハイデガーによって用いられる同様に重要な中心的な表現である" aletheia"
や"Unverborgenheit"が"Erschlossenheit"と並べられて説明されることで、
それらすべての用法が完全に互換性があるかのような印象がもたらされて、
読者の理解においてすべて渾然一体となってしまうことである。
実際、ハイデガー用語のWikipediaを検索すると、英語の翻訳の場合でも、
そのような渾然一体となった説明となっている。

https://en.wikipedia.org/wiki/Heideggerian_terminology
Aletheia
(Ancient Greek: ἀλήθεια)
Heidegger's idea of aletheia, or disclosure (Erschlossenheit), was an attempt
to make sense of how things in the world appear to human beings as part of
an opening in intelligibility, as "unclosedness" or "unconcealedness".
(This is Heidegger's usual reading of aletheia as Unverborgenheit,
"unconcealment.")

215考える名無しさん2018/11/09(金) 12:10:33.310
ところが、そのような渾然一体となった「開示性」の理解が、ハイデガーの
思考の歩みをたどるのに大きな障害をもたらすことが、この場合、「開く」
または「開示する」として理解されている「Erschlossenheit」の動詞形
である「er­schlie­ßen」をドイツ語の辞書で検索してみれば、ただちに
明らかになる。

https://www.duden.de/rechtschreibung/erschlieszen
zugänglich machen
auffinden und nutzbar machen
(gehoben) sich öffnen, aufbrechen
zugänglich, verständlich werden
(gehoben) sich jemandem offenbaren, anvertrauen
durch bestimmte Schlussfolgerungen ermitteln

216考える名無しさん2018/11/09(金) 12:17:03.880
ハイデガーが「Erschlossenheit」という表現を用いる場合、それによって
伝えようとしているのは、単に「開示されてある」という「開示性」ではなく、
「『ひら(開/拓/啓)く』ことによってもたらされた状態である」であるはず
だろう。さらに、(日本語においても)問題とすべきは、この場合、「ひらく」は
どのような作用として把握されているのかということになるはずである。

217考える名無しさん2018/11/09(金) 12:55:17.920
ほとんどの哲学書は、5w1hをはしょってるし、なかには詩的文体で全体を貫いたりしていてまさに論文には不向きの自慰となっている書が多い。
あとは翻訳家の無能もそれに関係してくるのだが。
もともとの論文の、推敲足らずが問題なのかもしれない。
そしてたとえばそのドイツ語の構文と、日本語の構文におけるメカニズムの違いこそが哲学書を悪文にしている。

よって、そんなものは一部のマニアにしか売れないし、原文そのものを自ら訳す暇など、一般的な現代人にはない。

218考える名無しさん2018/11/09(金) 12:58:58.720
それに比べてエーリッヒ・フロムのように5w1hをしっかりおさえた文章を書けるひとの作品は、翻訳家が2流であろうとなんだろうと、一般人にも読みやすいという長所があるわけです。
彼は哲学者ではないが。
およそプラトンが後代にわたって必要のない注釈を加えられ続けたのは、そのわかりやすさにあるわけです。

219考える名無しさん2018/11/09(金) 13:03:28.350
バタイユは難解で、生存時はフランスでも読者は1000人にも満たなかったそうだ。

220考える名無しさん2018/11/09(金) 13:23:35.590
「Erschlossenheit」という表現を見て私が連想する日本語は、奇妙に
思われるかもしれないが、「開示性」でも、「開くこと」でもなく、
固有名詞としてしか用いられなくなってた「さこ」である。
例えば、「さこ」は、「大迫(おおさこ)」という人名に見られる。
私は、「迫」は当て字であり、「さこ」に「迫」が当てられる
必然性はなく、この漢字が当てられたことには、インデックス性の
反転が関与しているものと考えている。私の思うところでは、「さこ」
は、自動詞の「さ(咲)く」および他動詞の「さ(裂)く」に関係して
おり、いわば、「さいた/さかれた」状態を表している。

221考える名無しさん2018/11/09(金) 13:24:30.950
誤:用いられなくなってた
正:用いられなくなった

222考える名無しさん2018/11/09(金) 13:27:33.700
https://kotobank.jp/word/%E8%BF%AB-114074
世界大百科事典 第2版の解説
さこ【迫】
山あいの小さな谷をいう。岡山県以西の中国地方と九州地方に多い。
同様の語として千葉県などでは〈さく〉がある。また〈狭間(はざま)〉も
同様の意味の語である。このような小さな谷に開かれた田が迫田であり,
《俚言集覧》に〈美作(みまさか)にて山の尾と尾との間をさこと云ふ。
其処に小水ありて田有をさこ田と云ふ〉とある。迫田は,谷田,
棚田と同様に,1枚1枚の耕地は零細であり,労働力の投下に比して
収穫量はけっして多いものではなかった。

223安西大樹2018/11/09(金) 13:33:55.770
「さいた/さかれた」

スラッシュの意味ないから。

224考える名無しさん2018/11/09(金) 13:36:31.890
「さこ」は、「ひら(開)けている」といっても、単に覆われていない、
あ(開)いている、または露出していることを表しているわけではなく、
「『さ(咲)く/さ(裂)かれる』ことによって『ひら(開)いた状態』」
であることを表している。

225考える名無しさん2018/11/09(金) 13:40:39.860
その場所が「ひら(開)いた状態」にあるものの、山肌が迫っていることから、
「さこ」が表現していたはずのインデックス性が反転して捉えられて
当てられた漢字が「迫」だろうと思う。

226考える名無しさん2018/11/09(金) 23:35:25.970
おまんこ

227考える名無しさん2018/11/09(金) 23:45:55.480
こまおに空目した

228考える名無しさん2018/11/13(火) 13:05:14.390
人間は地球より先に滅びる可能性が高いことは科学自身が証明できるのではないか?

もし証明できないとしても、人間か地球は滅びる。

究極的には科学も哲学も意義がない。

229考える名無しさん2018/11/13(火) 18:15:18.830
じゃあ、あなたの食事にも意義はないので、
とりあえず、あなたは今日から食事をとることをやめましょう

230考える名無しさん2018/11/13(火) 23:09:03.000
経験科学において「証明」などという営みはありません

231考える名無しさん2018/11/13(火) 23:31:43.410
滅びるの定義によるね。
人類が進化(退化)したときは、それを人類と呼ぶのかどうかとか、地球が粉々になっても、地球の一部は残ってるからそれを地球と呼ぶかどうかとか。

232考える名無しさん2018/11/21(水) 14:36:41.460
さて、電子が死ぬと、つまり崩壊すると宇宙はどうなるでしょうか。
そこにもひとつの答えがあります。
つまり、宇宙とはなにか、といううつくしい問いが。

233考える名無しさん2018/11/21(水) 15:11:56.970
宇宙はビックバンの輝きから始まったの

234考える名無しさん2018/11/21(水) 15:25:41.060
この本の翻訳は出版されないの?これだけ沢山ハイデガーの「存在と時間」の
日本語訳が出版されて、その源泉が日本にも関係あるという話らしいから、
とっくに出版されててもよさそうなのに。読んでないけど。

田鍋良臣

前期 木4

Reinhard May, ”Heidegger’s hidden sources: East Asian influences on his work” を読む [授業の概要・目的]この授業ではReinhard May(transl. by Graham Parkes)の『ハイデッガーの隠された源泉――彼の著作への東アジアの影響』
(1996年, ドイツ語初版1989年)を精読する。著者は、様々な資料や証言を
もとに、ハイデッガーの思索が東アジア思想からの多大な影響下にあったと
いう驚くべき主張を展開している。老荘思想の受容や禅仏教への関心、そして
京都学派との関係性を比較哲学的に分析することで浮かび上がるのは、
これまで秘匿されてきたハイデッガー哲学の「文化横断的(transcultural)」
な側面である。本書を精読することを通じて、研究文献の基本的な読解力や
分析力を身につけるとともに、哲学・思想領域における「異文化対話」に
ついて考えていきたい。

235考える名無しさん2018/11/21(水) 15:41:09.390
まあ、確かにハイデガーが「死」ついて語るとき、普通の意味での「死」
ついて語っているというより、「成仏」について語っているような感じだ。

236学術2018/11/21(水) 18:02:17.850
滅びるわけじゃなく文明の痕跡を残して次元的に去るんだよ。

237考える名無しさん2018/11/21(水) 20:52:06.780
ビッグバン仮説が覆されると、それはまたなんちゃら転回とかいって、わらって済ませるだけ。
科学はあまり有能ではないのだ。

238考える名無しさん2018/11/23(金) 18:56:11.540
>>232
それ、無意味な問い。

要するに言葉の定義の問題。

239考える名無しさん2018/11/26(月) 16:55:47.270
世界とは様態ではない。

有限の変化の遇有性ではない。

240考える名無しさん2018/11/26(月) 17:07:21.510
なにが言いたいのかね?

241考える名無しさん2018/11/26(月) 17:08:04.110
>>239
文末を「ある」で書き替え投稿できて
何ぼなんじゃない、哲学的には。

242考える名無しさん2018/12/01(土) 11:01:56.790
何がいいたいのかね?

この疑問文は、破格構文をよしとしている、ニーチェやバタイユやラカンやマラルメに対して言うべきだろう。
すなわち彼ら悪文家は、何かを言い得ているようで何も語っていないのだ。

なぜ日本人は、ニーチェやバタイユが好きなのか。
わかいころならば許されよう。
しかし気づくべきだ。
悪文家に付き合うほど日本人は暇ではないということを。

243考える名無しさん2018/12/25(火) 21:27:05.510
Harada yui

244安西大樹2019/01/09(水) 12:47:09.410
心の哲学などなんの役にもたたない。
なぜなら人間のための人間による人間科学に過ぎないから。
そもそも哲学論文のような論理体系では単なる科学的アプローチのみに依存していて、何の発展もない。
それを超え得るのは詩だけである。
矛盾許容論理を許していける素地を持たないことには、人間科学レベルにとどまるのみ。
わたしとは何か、なんてことに原稿用紙何十枚も費やすだけ無駄、ということだ。

245考える名無しさん2019/01/09(水) 12:56:49.080
商売上手!

246考える名無しさん2019/01/09(水) 14:12:15.100
安西さん、あなたはだまって短歌だけしてなさい

247考える名無しさん2019/01/09(水) 16:41:32.740
存在するとは束縛変項の値であることである

248考える名無しさん2019/01/20(日) 11:26:56.270
「あらせられる」の存在論

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