意味論 [無断転載禁止]©2ch.net

1考える名無しさん2017/08/20(日) 10:46:51.870
形式意味論
生成意味論
認知意味論

33考える名無しさん2017/12/01(金) 23:03:01.830
× 意味は外部しかない
○ 意味は外部にしかない

「に」というところにすでに意味が与えられている。
意味とは関係のことであろう。
関係を断ち切ることで意味を断ち切れる。
そうすると「それ」は扱えない。
アクセス不能であり、アクセス不能であるという意味すらも持てないのであればアクセス不能であることすらもわからない。

真に意味を持たないということは「無意味」ですらなく、「意味を持たない」などという意味すらもわからない状態である。
それは。。。「対象」にできないということであり。。。
なにもできない。

残された唯一と思われる方法は。。。認識するものと認識されるものを分離して、
認識されないもの自身が認識者となることであろうか?
圏論における自己射は、哲学的につきつめると、外部に認識者がいなければ成り立たない。

34考える名無しさん2017/12/02(土) 00:13:03.250
「そんなことをしても『意味がない』」
そのような行為によっては目的を実現することができない、
「意図が達せられない」ということだろう。

35考える名無しさん2017/12/02(土) 01:04:55.790
意味を語る前に形式を考えて理を得てから内容を知るのが弁証法であり哲学

36考える名無しさん2017/12/02(土) 06:38:37.790
形や理では到達できないのが「意味」

よく使われる例えだが
「A」
アルファベットのAの頂点の角度や真ん中の線の位置や色明度をどれだけ精密に測定しても
決して「A」の意味を知ることは出来ない

37考える名無しさん2017/12/02(土) 07:25:10.890
やや、昨夜は酔っていてさらにいろいろ書きかけたまま寝落ちしていたw

一値論理というありえないような論理を考えてみるのは楽しい。
いままで考えていなかったことが少しずつ見えてくる。
そもそも「一値」と語った時点で、それは「意味」なのだろう。
なにやらわからんけどとりあえず「値」を持つ。
値の意味はわからなくとも、値が「ある」ということそのものが「意味」になる。
そこに隠れているのは、それが「ある」と認識する「認識者」の存在だ。
認識者が意味をつくってしまうのだろうか。
認識者を排除して、「ある」という一値から考え直したい。

38考える名無しさん2017/12/02(土) 09:07:34.570
0値論理も考えてしまう。
その対象をPとすると、対象とすることで一値であるとすれば一値論理であり、
アクセス可能であっても値を返さないということをもって0値としてもよいだろう。
しかし、どちらも認識者あるいはアクセス者が存在してしまう。
これらは、外部に求めるのではなく、対象P自身に求めるべきなのだろう。

一値論理は自己同一性を持ち、
0値論理は自己同一性を持たない。

0値論理は(圏論的な)対象にはなれず、取り扱えないのか?
これを取り扱うには。。。ユニバースを考えればよいのだとは思う。
単純にイメージすれば集合やクラスとして描かれる閉じた輪である。

39DJ gensei学術 暗公 fineshi pas contenau2017/12/02(土) 09:48:47.990
生物学者も必要。

40考える名無しさん2017/12/02(土) 23:04:36.320
0値論理にユニバースを与えたものが空集合であろう。
すべての集合に部分集合として存在する。
この部分集合というものが、意味論の(集合論的な方面からの)基礎になるのではないかと思っている。

空集合はひとつしかない。
その意味では自己同一性を持っている。
それでいて、すべての集合に部分集合としてしれっと存在している。

恣意的な意味ではなく、それ自身で意味を持っているものは空集合だけではないだろうか?
なにがしかの恣意的な意味を与えようとしてもすべての意味を吸い込んでしまい、ただ空集合という意味しか持たない。

41考える名無しさん2017/12/09(土) 20:59:45.530
ライプニッツとは違うわけだが、とりあえず「モナド」として扱う。
このモナドは外部しかもたないが、内部も持っているのだと拡張して考える。
この内部は、外部からアクセス不能であれば問題は生じないだろう。

われわれはモナドの中にいる。
その外部にあるモナドを実身とすれば、モナドの中にいるわれわれのセカイにあるモナドは射身または虚身であろう。
モナドの外のセカイにあるモナドを、モナドの中のセカイにいるわれわれがみている。
それは仮想現実ではなく、ひっくりかえして、現実仮想(現実としての仮想)だ。

42考える名無しさん2017/12/09(土) 21:01:55.160
訂正
その外部にあるモナド -> その外部にある他のモナド

43考える名無しさん2017/12/09(土) 21:09:40.690
われわれがセカイがモナドの内部にあるとしたら、
意味もモナドの内部にある。
意味とは虚身にみいだされるものであって、
実身を直接に取り扱うものではない。それは不可能だ。
我々が扱えるのは虚身だけである。

44考える名無しさん2017/12/22(金) 22:51:57.730
「存在」するということを自己同一性に求めるのであれば。
そして、モナドが「存在」するものであるならば。
モナドは自己同一性を持たねばならない。
モナドは殻を持つ。自己同一性という殻である。
本家モナドがどうなっているかは、調べないとわからないが、そう考えるのもおもしろい。

モナドから「意味」へはどうやればたどり着けるのか、と考える。
「自己同一性」というものが、もっとも基本的な「意味」なのかもしれない。

45考える名無しさん2017/12/22(金) 22:59:32.330
この「自己同一性」が「意味」であれば、モナドの外部にある。
外にでて戻ってくる「射」である。
行って戻ってくるというのは「物語」であり、
もしかすると、「意味論」とは「物語論」なのかもしれない。
形式意味論であろうと生成意味論であろうと認知意味論であろうと、物語であり、
物語論的意味論という道もみえてくる。
意味論を物語論に読みかえれば、形式物語論、生成物語論、認知物語論などがあり...

46考える名無しさん2018/03/11(日) 04:54:24.540
とても簡単な嘘みたいに金の生る木を作れる方法
役に立つかもしれません
グーグル検索『金持ちになりたい 鎌野介メソッド』

UWGW1

47考える名無しさん2018/04/15(日) 10:36:28.220
意味がないというときの意味の意味は何

48rendersi conto2018/04/15(日) 11:34:49.080
自ずと成るのですよ

49考える名無しさん2018/04/15(日) 13:16:07.290
成り成りて成り合ふ

50考える名無しさん2018/04/15(日) 14:59:42.650
いざなひにおいていざなぎといざなみはどちらが先なのか

51考える名無しさん2018/04/16(月) 08:34:32.230
おき(燠) latency, lying dormant
おこ(起/興/熾)す activate ― 使役
おこ(起/興/熾)る erupt, become active, start acting
おこたる(古語:病状が改善する) subside≒drop acting
おこな(行)ふ enact ― 再帰形
おこた(怠)る fail to act≒drop acting

52考える名無しさん2018/04/16(月) 08:38:04.740
デュナミスとエネルゲイア

53考える名無しさん2018/04/16(月) 08:59:57.270
プログラム意味論から始めるとよい

54考える名無しさん2018/04/16(月) 09:10:20.980
よしあし

55考える名無しさん2018/04/16(月) 09:22:48.360
あしからず

56考える名無しさん2018/04/16(月) 12:03:16.880
圏論的意味論から始めるとよい

57考える名無しさん2018/04/16(月) 14:25:02.180
なにによいのか

58考える名無しさん2018/04/16(月) 14:28:04.800
哲学したいんだろ?

59DJgensei 学術artchive gemmar髭白紫の上2018/04/16(月) 15:26:48.990
僧でも無い死。

60考える名無しさん2018/04/16(月) 16:21:33.900
>>51
>おき(燠) latency, lying dormant

ここで、"latency, lying dormant"としたのは「おき(燠)」という語に
伴うイメージであって、「おき(燠)」の語源的な意味ではない。
形から類推するなら、「おき(燠)」は、"activant"とでも表現する
のが妥当だろう。火や炎を現象させていないことにおいて、
"latency, lying dormant"のイメージを伴っている。

61考える名無しさん2018/04/17(火) 12:59:51.550
https://kotobank.jp/word/熾火・燠火-219258
熾火・燠火 おきび
大辞林 第三版の解説
おきび【熾火・燠火】
@ 火勢が盛んで赤く熱した炭火。おこし火。おき。

「おき(熾)」はこの場合、「火勢が盛ん」なことを表すのに用いられている
のだから、「おき(熾)」に"latency, lying dormant"のイメージが伴うとする
のは矛盾であると思うのは考えが浅い。「おきび(熾火)」とは、この場合、
「activating fire(熱源として作用する火)」であり、火/炎が盛んであろうと
なかろうと、「おき(熾)」には、熱による効果を発現させる潜在性の
イメージが伴っている。

62考える名無しさん2018/04/18(水) 08:26:31.530
>>52
>デュナミスとエネルゲイア

「おき(燠)」に伴う"latency, lying dormant"のイメージと比較して
考えてみるために、「デュナミス」という表現を出したが、「デュナミス」
は、"activant, activating"などと解釈した日本語の「おき」に対応して
いるわけではない。ギリシャ語の「dunamis」は、ラテン語で「potentia」
に翻訳されるように、日本語で考えるなら、「おき(る)」ではなく、
「でき(る)」に相当し、「能力」と訳されるとおり、「あた(能)ふ力」
である。「有能者」を指すのに「できる奴」という場合のように
「〜にあた(能)ふ力」があるという意味で、その力はまだ実現されておらず、
可能態、潜勢態としてイメージされる。

63考える名無しさん2018/04/18(水) 08:33:21.050
古代ギリシャ語の動詞、"δύναμαι"の用法を見ても、それが日本語の「あた(能)ふ」
に近いものであることが分る。
https://en.wiktionary.org/wiki/%CE%B4%CF%8D%CE%BD%CE%B1%CE%BC%CE%B1%CE%B9
Verb
δῠ́νᾰμαι • (dúnamai)
(with infinitive) to be able, capable, strong enough to do
(of moral possibility) to be able, to dare, to bear to do
(with ὡς (hōs) and a superlative) as much as one can

to pass for
(of money) to be worth
(of numbers) to be equivalent, to equal
(of words) to signify, mean
(as a mathematical term) to be the root of a square number, to be the side of a square
(impersonal) it is possible, it can be

64考える名無しさん2018/04/18(水) 08:40:40.480
だから、国を治める「権力者」は、単に力を振う無能な人々であってはならず、
「有能者≒できる人々」でなければならない。
https://en.wiktionary.org/wiki/δυνάστης
https://www.etymonline.com/word/dynasty

65考える名無しさん2018/04/18(水) 08:50:19.890
「ふる(振)ふ」も、言うまでもなく再帰形をしている。
このように少しでも意識すれば、日本語には再帰表現が極めて多いことに気づかされる。

66考える名無しさん2018/04/18(水) 09:45:09.060
キャベツにシールでも貼ってろ

67考える名無しさん2018/04/18(水) 09:47:40.900
キャベツは刻んでお好み焼きだ

「あた(能)ふ」とは、
http://www.wordreference.com/fren/etre%20a%20meme%20de
être à même de faire [qch] (être capable de) be quite capable of doing

69Nemo is a prophet in his own country2018/04/30(月) 09:24:22.780
「〇〇には、〜することがあた(能/値)ふ」という性質が、〇〇の属性と見なされて
〇〇が主題とされること、つまり、「〇〇は、〜することができる」とされる
ことが〇〇の主体化だろう。

70考える名無しさん2018/04/30(月) 13:14:08.860
日本語の表現について考え始めた当初、私は「〜あふ」という要素が再帰を
表現しているのではないかと推測していたが、今ではこの考えはまったく
不十分で不徹底だったと思っている。日本語では、再帰表現は、はるかに
広く用いられていると考えるのだ妥当だろう。むろん、「あ(合/会/遭...)ふ」
も再帰表現の一つであり、助動詞的に用いられている。

例えば、「い(言)ふ」は、「口にする」という動作を表す再帰表現であり、
「いひ(飯)」は、その名詞化として「口にするもの」を表す。さらに、
「い(言)ふ」という行為を表す動詞に加えて、やはり再帰形の動詞である
「あ(合)ふ」が助動詞的に相互性を表すように用いられて、
「い(言)ふ+あ(合)ふ」⇒「いは(祝)ふ」という表現が形成されている。

語源について論じると、根拠の薄弱な起源論を確実なものとして主張して
いるという批判が出てくるが、どのように表現が形成されているのかを
推測するのに重要なのは起源論ではない。問題は、どのように表現要素
が用いられているかを可能な限り適確に推測し、記述することであり、
フランス語を用いるなら、どのような「adéquation」が行われている
のかを見極めることである。

71考える名無しさん2018/05/13(日) 22:34:00.550
何らかの対象(モノではない)を指示するとすれば、
意味とはその対象である。
そのように考えてみる。
意味関数が対象の意味としての対象を返す。
意味関数の値が意味である。

この、2つの対象が同じクラスに属しているとすれば、それそのものであるかもしれないが、
同じクラスに属する他のモノかもしれない。

なんとなくおかしい。
ヤーコブソンのコミュニケーション図で考えるならばコンテクストなども必須だろう。
コンテクストによって意味が変わる。

72考える名無しさん2018/05/14(月) 23:08:45.830
記号というわけでもないが、シニフィアンがあり、意味としてシニフィエがあるとする。
シニフィアンをaddresser、シニフィエをaddresseeとみなせば、
context,message,contact,codeがある。
通常はmessegeがシニフィアンかもしれないが、切り離してしまうw
そうすると、なんらかの意味を持つかもしれない対象からmessageが発せられることになる。
表現としての表記のようなものと、表現から発せられるmessageということだ。
addresseeを受信者ではなく「意味」であるとするならば、どこかに解釈者がいる。
messageは解釈者によってaddresserから抽出されるか、addresserに対して解釈者が付与する。
まあ、試論にすぎないが、このような読み替えがいろいろできる。
そもそものコミュニケーション図を対称的なものとし、それを入れ替えることでさまざまな応用ができそうだ。
addresseeが意味ではなく、messageを意味として図を変形させてもおもしろそうだ。
このような変形可能な形に書き換えることは不可能ではないかもしれない。

73考える名無しさん2018/05/16(水) 12:54:32.750
>>68
できることのadéquationにおいて我がある。

74考える名無しさん2018/05/16(水) 12:59:02.650
>>68-69
できることのadéquation、それが「あた(能/値/与)ふ」ことである。

75考える名無しさん2018/05/16(水) 23:15:18.130
「意味」は無い。
「意味」は与えるものである。
しかし、与えるものにも「意味」は無い。
この場合、「与える」ということに「意味」がある。
究極的な意味とは、「存在」なのかもしれない。
そうであっても「存在」に意味はなく、「存在」は、ただ、「存在」である。
そのように語ると「意味」ができてしまう。
結びつけること、すなわち「接続」こそが「意味」なのか?
チャネル理論は本当に意味なのだろうか。
意味とは分断されたものの再接続なのかもしれない。
接続可能なものは、既に接続されているのであって、意味とは組み替えなのだろうか。
共変的量子場において意味は伝播する。組み替えの影響が伝播する。

76緑(みどり)/身取り2018/06/15(金) 11:22:09.990
みどりご - Weblio辞書
https://www.weblio.jp/content/みどりご
みどりごとは?日本語表現辞典。 〔「新芽のような子」の意から。古くは「みどりこ」〕
生まれたばかりの子供。あかんぼう。 「いとけない−」

retoño - 小学館 西和中辞典
1 【植】芽、新芽
2 (主に幼い)息子
retoñar - 同上
1 <草木が>芽を吹く
2 《格式》よみがえる;再び現れる

77考える名無しさん2018/06/15(金) 11:23:42.480
日本語はラテン語からのパクリか?

78考える名無しさん2018/06/15(金) 11:59:37.360
人の発想は互いによく似ていることが多いのですよ。

79ascua(燠/おき)2018/06/15(金) 12:16:29.670
>>61考える名無しさん2018/04/17(火) 12:59:51.550
https://kotobank.jp/word/熾火・燠火-219258
熾火・燠火 おきび

Entre las ascuas de la vida ungara se cocian dos asuntos:
el problema de la tierra, es decir, la reforma pendiente del sistema
de latifundios, y el destino de los territorios y los pueblos amputados
del cuerpo milenario de Hungaria por medio del Tratato de Paz de
Trianon.

Sandor Marai, "Lo que no quise decir", p.55

80考える名無しさん2018/06/15(金) 12:21:45.100
意味論て何なの?

81考える名無しさん2018/06/15(金) 12:23:08.660

82おこ(起/興/熾)る erupt, become active, start acting2018/06/15(金) 12:32:59.140
あらかねの地にしては、素戔嗚尊よりぞおこりける。ちはやぶる神代には、
歌の文字も定まらず、すなほにして、ことの心わきがたかりけらし。
人の世となりて、素戔嗚尊よりぞ、三十文字あまり一文字はよみける。

あらかねの意味 - 古文辞書 - Weblio古語辞典
https://kobun.weblio.jp/content/あらかね

あらかねの意味。・名詞@採掘したままの、精錬していない金属。
A鉄。◇後に「あらがね」とも。

83考える名無しさん2018/06/15(金) 12:57:33.190
シャーンドル・マーライの著作のなかでは、「灼熱」という題名で訳された
作品だけがなぜか日本語に訳されて出版されている。作品自体、昔の退屈な
映画ドラマを思わせるような感じで、特に何も強い印象を受けず、凡庸な
作品だなと思ったが、ドイツ語版から翻訳された日本語版の日本語には、
まったく感心しなかった。それに対して、"Lo que no quise decir"の方は、
著作そのものが優れているが、原語のハンガリー語を知らない私にも、
とても優れた翻訳であることが分る。

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