ニーチェ37

1考える名無しさん2018/04/26(木) 21:29:43.260
「私が何処へ行こうと、私の姿を見掛けると、みな晴れやかな顔になるのである。
これまで私が一番嬉しかったことといえば、露店で葡萄の呼び売りをしている老婆が、
売りものの葡萄の中から私のために最も甘い房を必死に探してくれたことだった。
哲学者たるものはざっとこれくらいにならなけりゃあ駄目である。」(この人を見よ)

※前スレ
ニーチェ36
http://lavender.2ch.net/test/read.cgi/philo/1499711080/

267考える名無しさん2018/12/03(月) 23:12:49.130
×孤独を愛する
〇友達がいない

268考える名無しさん2018/12/03(月) 23:19:45.010
マルクスはエンゲルスによって、
ニーチェはヤンデレ妹によって、
その献身的なステマ工作と共に名声と過大評価を得た
本人の力だけでは歴史に埋もれて忘れ去られただろう

269考える名無しさん2018/12/04(火) 00:16:03.000
64

270考える名無しさん2018/12/04(火) 00:16:02.450
64

271考える名無しさん2018/12/04(火) 01:22:11.850
それに価値があると思えば価値がある

272オニオン2018/12/04(火) 03:41:40.730
安易な理解を避けるためにも、ニーチェやオルテガはまず批判的視点から検討したほうがいいね
しかし私はニーチェの本音をカーライルの英雄主義とほぼ同じものだと信仰している(ニーチェ本人は違うと断じているが)

273考える名無しさん2018/12/04(火) 20:40:57.690
「孤独」は友達がいないと解釈するのはなぜだろう?
むしろ孤独を愛する人ほど、常に周囲からは交友関係の多い有名人と思われている不思議。
「文藝春秋」12月号でも、今年は「孤独」を大特集。
哲学書を読むより、読みやすい月間「文藝春秋」での文化人や経済界の人の記事を読む方が
よほど勉強になるよ。

274考える名無しさん2018/12/04(火) 23:24:12.790
 何度も言っているけれど、哲学が人を狂わすのではなく、

ある種のタイプの人が哲学をするのである。それに向いた人(事後的に分かるとはいえ)

走り高跳びの人に足が長い人、綺麗な人が多い。バレーボールの人は背が高い、

など、それら競技に向く身体の人が結果的に残る・・。バレーをしたから背が高くなるんではない。
因果関係が逆である。 これは明白だと思われる。

哲学やる人の特徴は、早熟傾向がある。

芸術家は身体が醜い傾向がある。アリストテレスは、身長の高い女と
身長の低い女は、別の生き物だと言っている。

ロシア人は綺麗である・・故に運動が得意という式はデタラメともいえない。美と健康は身体能力と関係している。真理とは関係ない。

「真・善・美」とか言う人にニーチェが「殴るべきだ」というふうに言っていたが、それはそうだ。真・善と」「美」は関係ないから。

275考える名無しさん2018/12/05(水) 02:01:12.390
ロシア人はヨーロッパ人が言うほどきれいだろうかw

276考える名無しさん2018/12/05(水) 09:25:02.470
若い頃は哲学思索や芸術やその裏にある苦悩とかにハマるよりも車バイク女バイトスポーツサーフィンetcとか肉体的にアクティブな物事にハマった方が健康的だとは思うな
もちろん前者の知性は半端ないけどヘタしたらウツやら神経症まっしぐらで苦しみまくるし、高尚難解な精神世界に没入してるんだよと言ってもなかなか周りの理解も得られなかったりする
社会的ないい大学や安定企業で働くとかそういう物質経済とは遥か遠い世界に足を突っ込んでるワケだから霞を食って生きてくの?なんてバカにされても仕方ない

でもね、美しい物事や人々(美の定義も曖昧だけど)や高尚な精神や芸術はただ存在するだけで価値があると思うんだよね、お金で買えない価値があるではないけどほんと存在するだけで尊いよ
例えばたぶん大自然を誰しもが美しいとか素晴らしいとか思うように、あと処女の微笑が何よりも尊いと言ったゲーテにも納得だね

277考える名無しさん2018/12/05(水) 09:37:32.720
結局は人生、各個人の性質というか価値観や選択によってライフスタイルが決まるよね
昨日まで興味関心が無かった人々や無価値だと思ってた物事に突然惹かれることだってあるしこの「好奇心」と言うものはいつまでも失わない様にしたいね

278考える名無しさん2018/12/05(水) 10:02:57.780
あと孤独についてだけど若い時の友人たちとの交流も大切だと思うな、いや若くなくても生涯の心の友は大切
何の利害も下心もない共通の趣味や思想とか悩みを共有したり川辺でワイワイキャンプやバーベキューとか自然を満喫することってほんとイイコトだ
友達百人できるかな?は多いけど、一人でも二人でもそういう友がいるだけで人生変わってくるものだと
もし見つからなくてもウェルテル君の序章とか何かの作品、先人たちが残した哲学や芸術が支えにもなったりするしニーチェの嫌った宗教によって救われたりもする

279考える名無しさん2018/12/05(水) 11:25:25.280
いちいち工作を相手にしなければならないのが面倒くさいというのが大きいね
その必要性を最低限に抑えたいっていうのが、人付き合いから遠ざかる最大の要因だろう

280考える名無しさん2018/12/05(水) 11:28:01.500
気づいていながら気づかないふりをしなきゃならない
それが疲れる、というか自分に不誠実な態度を強要されることになる

281考える名無しさん2018/12/05(水) 11:29:42.220
どうしても、他の人は気づいていないのか、気づいていないふりをしている
だけなのかが気になり、それを試してみることが、「空気が読めない」
ことになるからな。

282考える名無しさん2018/12/05(水) 11:32:48.620
自尊心立て直した?

283考える名無しさん2018/12/05(水) 11:49:25.760
自暴自棄とかないから
逆にちょっと油断すると自分を甘やかしすぎる

284考える名無しさん2018/12/05(水) 12:20:34.280
甘いもの食い過ぎて公共の場に
嘔吐すんなよ愚図、弱者ぶって
甘えてんじゃねーぞ

285考える名無しさん2018/12/05(水) 15:10:25.450
喧嘩すなよ

286考える名無しさん2018/12/05(水) 18:25:11.490
わたしはここでユダヤ教やキリスト教の宣伝をしているのではない。
聖書を知らない以上は世界を理解できないという事実を述べているだけである。
教養とは、結局は古代の中国官僚の処世術にすぎない論語を読んで身につけるものではない。
論語は世界の文化を形成していない。教養を身につけるとは、世界を形成してきた聖書を読むことなのである。

何を独学するにしても、聖書を読まずに始めるならば、あらたな偏見を自分の中につくるだけに終わる。
そういう人が多すぎる。すると、さきほどの評論家のようにギリシア神話も聖書も区別がつかなくなる程度の頭になってしまうのである。
つまらない誤解がある。聖書は、ユダヤ教やキリスト教に人々を勧誘するための書物ではない。
また、聖書にはありがたい教えばかりが書かれているのでもない。聖書に描かれているのは、人間への神の関わりである。
神はたえず人間にかかわり、教えてきたのである。

法律の原型も神から教えられている。法律の原型は聖書の成立よりも古いハンムラビ法典にあるように思われているが、
他人から害を受けても復讐をせずに賠償ですませよという法律の基本も聖書で教えられている。
為政者や知識人や学者が考案したものではないのだ。世界には聖典だの経典だのというものがあまたあるのだが、
その中でも世界の形成に事実として寄与してきたのは聖書だけである。
キリスト教信者が世界で圧倒的多数を占めたために現代世界が形づくられたわけではない。
世界の土台が聖書にあるのだから、そこに何がどのように書かれているのか知っておくかどうかで世界の見方が変わるのは当然のことだ。
仏教経典をいくら読んだところで世界は少しも理解できない。しかし、聖書を読んでいれば、仏教経典に何が書かれているかさえ理解できるようになるのである。

(白取春彦「勉学術」)

287考える名無しさん2018/12/05(水) 21:39:19.300
つまり神は存在しないってことか

288考える名無しさん2018/12/05(水) 22:05:23.480
先ず「光あれ」とか言う戯言の時点でウソなんだよなぁ…

289考える名無しさん2018/12/05(水) 22:16:02.930
確かに聖書も進化論も読んだ方がいいかもしれない
そして何かを信じる信じないかは貴方次第ですとなる

290考える名無しさん2018/12/06(木) 08:50:00.870
自民党の某議員
「貧困の再生産など起きない。彼らは子供さえ持てないからいずれいなくなるだろう」
2006年9月12日(火)発売 週刊SPA!2006年9月19日号49ページ

291考える名無しさん2018/12/06(木) 08:50:25.760
神がいるにしろいないにしろ人間は人間の思うようにしか物事を受け取れないので
人が神を拒否すれば人間にとって神は消滅する

292考える名無しさん2018/12/06(木) 10:19:42.400
結局は宗教や思想うんぬんよりも殆どが元々の動物性の種の保存によって人間社会も形成されてるのではないかな
サル社会にも軍団やボスが存在するしチンパンジーが木や石など道具使ったり服を脱いだら人間と何ら変わらない
サル同士の争いでも相手に怪我は負わせても殺すところまではしないから人間の戦争の方が残酷だな
でも先進国の人間社会では弱者救済処置もあるしそれでも普通に適者滅亡もあるだろうけどいい世界だよ

人間と動物、唯一違う要素と言えばやはり「理性!」なんだろうけど、どうだろうね…

293考える名無しさん2018/12/06(木) 10:29:56.980
もちろん原人とスマホ人の文明の差はあるけど、やはり服を脱いだら同じだわさ。

294考える名無しさん2018/12/06(木) 13:46:23.290
根っこにそれがあるとしてもそれで止まってはね
部族社会どまりだったらそれでもいいが

295考える名無しさん2018/12/06(木) 13:48:26.730
神や宗教を政治利用したりする人達はアレだけど、寺院や教会に籠もってただひたすら信仰して修道僧の生活してる人達は凄いとは思うな。

296考える名無しさん2018/12/06(木) 13:49:30.360
>>292
考えが浅すぎるな

猿は猿同士の抗争だけで自己完結してるが
人間の行為は他の全ての種を破滅に追い込んでるわけだ
自分らのやったことされたことに対して救済があるから良いなど
家畜的発想だよ

297考える名無しさん2018/12/06(木) 14:29:55.680
救済がどうというより
人間以外のものは神が人間のために用意したものらしいから

298考える名無しさん2018/12/06(木) 14:46:47.540
そういえば善悪の彼岸で旧約聖書褒めてた気がする

299考える名無しさん2018/12/07(金) 03:56:04.650
神は人間が作った道具に過ぎないーーカント

300学術2018/12/07(金) 07:32:04.670
人間至上主義はどうかと思う。種の中で最低RANK最低人気かも知れないのに。

301考える名無しさん2018/12/07(金) 10:00:06.740
確かに人間よりも草食動物の方が好きかもしれない

302考える名無しさん2018/12/07(金) 11:38:26.370
ランクなんてねぇべや、適材適所というか全ての種が己の生存範囲で可能なことを成しているだけで
知性が入るとバランスが崩れてクソになる

303考える名無しさん2018/12/07(金) 11:48:06.540
ネットサーフィンしてたら、トナカイは魚食うから草食じゃなくて雑食だって記事が出てた

304考える名無しさん2018/12/07(金) 19:47:51.730
>>278
それを経験した結果が、「孤独」を愛するということになるのは当然です。

305考える名無しさん2018/12/07(金) 22:17:02.480
自然界も人間界もとにかく強い弱い関係無くその環境や境遇に適した生物が生き残って繁殖して行く適者生存
でもそれだけではなく「運命」の力も大きいことも忘れてはいけない

人間ならそういう社会や世間での煩わしく面倒臭く時に愚かしい生存競争から身を引いてなるべく孤独な生活を志すのも賢い生き方だと思われる
自らの種を残すかどうかも皆個人の判断や選択である訳だけれど、社会や交流や女性から遠ざかれば益々その可能性も無くなる

306考える名無しさん2018/12/07(金) 23:07:43.230
自らや残した種がいろいろと苦しみながら生きて死んでいくことがあるという現実を想像したことがあるだろうか
いや寧ろ死の恐怖や死を迎えるからこそ生物も我々も本能のままに種を残す、有能や無能も関係無くただ残していく
例えばいくら人間社会の為の繁栄と言えども自らが死んでしまえばその自らは肉体的にもう関与の余地も無い訳であるから少なくても自分の子供に幾分かの財産も残せないなら残酷極まりないのかもしれない
ゆえに殆どの場合は到底生殖行動に理性や良心が働いているとは思われない

しかし我々は既に存在する子供達は無条件に愛するべきだと思う
他人を欺くこともない無垢で無邪気な彼らが今後に背負う様々な重荷を思えば同情以上の思いを持つのも当然なのかもしれない

307考える名無しさん2018/12/08(土) 08:53:30.700
他人を欺くことがないのは何も分かってない子供の時分だけで
ひと度ずるさを学習すればもはや良心に従う余地はない

大人は学校教育を始めとして経済的に勝利することだけが最重要課題として
利害感覚ばかりを教えながら良心には従えというのが最大の矛盾だな

308考える名無しさん2018/12/08(土) 22:26:47.540
結論的には法律を越えなければ何をやってもいいんだろう
良心的にも精神衛生的にもアレだけどヤルよとか言うのは結局は倫理的な問題なんだろうな

いわゆる学校教育はテストで100点を初めとしたいい学校とかいい企業とかへのエスカレーターが主な仕事だからね
本来それよりは個々の特性を観て文系や理系や体育や芸術とかそれぞれの得意分野をとことん伸ばしてそれらへの選択を慎重に行う機関であってほしいんだけど現実的に無理があるとは思う
だから結局は個人がそれぞれ自分の能力や性格のことをしっかり知って自分で責任持って選択して行かなければならない
あと良心とか道徳的な教育についてだけどこれはほんと両親の影響力がバリ大きいものだよ
いわゆる育ちの良さや利口さって優秀な遺伝子的なものもあるけどほんとマトモな両親の経済力とか教育力の下でマトモに育ったかが重要だと思う
両親がそういう礼儀正しい態度だったらもちろん子供もそうなるしいわゆる害悪な物事や人達のことも知ってそれらからは必然的に遠ざかるから

309考える名無しさん2018/12/08(土) 22:42:37.760
でもやっぱり学校は人間関係を学ぶいい機関だとは思うな
社会で仕事する上でのコミュニケーション能力はかなり大切なものだから

上にも書いたけど心通ういい友人やいい先生との出会いや交流ってほんと忘れられないものだからね

310考える名無しさん2018/12/09(日) 11:12:50.770
地方の役に立たない役人枠の数を減らして小中高の先生達の数をもっと増やしてもいいんじゃないかと思う
優秀な先生が10人の生徒に1人付く様なクラスの仕組みってあればいいと思うけどな

因みにニーチェも大学の教授か何かやってたらしいけど、俺が俺がの彼は教師向きのタイプではないとは思うな
でも教科書作りは向いてるとも言える

311考える名無しさん2018/12/09(日) 11:17:24.160
日本の物書きの人なら漱石は教師にも教科書作りにもほんと向いている人だと思うな
実際に先生をしてたし坊ちゃんは有名だけど彼の講演を収めた本もあるけど素晴らしいよ

312考える名無しさん2018/12/09(日) 11:46:10.700
具体的にどんな内容

313考える名無しさん2018/12/09(日) 22:02:43.180
上の害悪な物事からとか人達を救うのも教育の仕事だけど難しいよな
だから宗教とかあるし精神科とかもそうだけど最悪は刑務所に行く訳だけど、きっと自殺も人間に用意された理性的な最後の選択肢なんだろうかと

314考える名無しさん2018/12/11(火) 09:05:58.350
理性のある動物しか自殺はやらないからな
人は自殺に限らずやろうと思えば可能な範囲でどんなことでもやってしまう
そうした精神の放任があらゆる悲劇を招いているのだろうと

315考える名無しさん2018/12/11(火) 12:18:20.480
ニーチェのアンチキリストやドストエフスキーの小説とか読んでも初めいまいちしっくり来ないのはそもそも日本にキリスト教の教育や習慣がないからだと
日本というか東アジア圏は殆ど仏教だけど日本人に仏教的な教育は無意識的に地盤にありそうだけど生臭坊主を初めとして日本人に真面目に信仰してる人は殆どいないと思う
結婚式やクリスマスとかハチャメチャだし信仰に関してはそういう日本人の気楽さはいいところなのかな、それでもいまだに日本人の自殺が多いのは切腹的なものが残ってたり島国の村社会的なものがあったり窮屈な面もあるからなのかな

キリスト教の神や天国とかキリストの復活とかいわゆるおとぎ話と比べたら仏教はほんと現実主義だから救いらしきものが無いとも言える
諸行無常を初めとして最後には「諦観」しか用意されていないしそもそも生老病死は苦しみという認識だから
それでも仏教や禅の精神と言うか自然の季節を観つめた教えとか感じとか宇宙的な現実感があったり何か意外と詩的というか美しい面も備えた教えでもあると思う
それでもただただ世界や物事を「静観」する境地に精神の天国を見い出したどこまでもリアリズムなものだとは思うな

316考える名無しさん2018/12/11(火) 12:36:36.440
例えばチベットに神秘主義的なイメージがあったり仏教にもそういう面があったりするなと

317考える名無しさん2018/12/11(火) 17:17:06.570
日本のは大陸仏教だからな厭世的とまでは言わないが極楽浄土にいくとか成仏するといった
未来に可能性をかけるような思想で元々の仏教がもってたリアリズムとはかけ離れている

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