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言葉は無力である
レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。
0001考える名無しさん
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2018/12/09(日) 12:20:16.680
言葉で飢えは満たされない
言葉で怪我は治せない
言葉で病気は治せない

言葉は満たされた人間たちの
戯言にしか過ぎない
0952考える名無しさん
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2019/06/25(火) 08:11:05.490
「倭」という漢字の発音については、wiktionaryには次のように記載されている。

https://ja.wiktionary.org/wiki/
後漢・説文解字: 「倭」の項
<人部> 順皃従人委声(「順なる貌(すがた)。人に従い、委(ゆだねる)の声」)
なお従偏旁声は説文解字で多くの漢字に使われる定型句。意訳すると人部に属し、
委と発音する。字の意味を説明している訳ではないので注意。説文解字は漢字の
意味を調べるための字書ではない。
0953考える名無しさん
垢版 |
2019/06/25(火) 16:38:57.830
>「『わ≒微(wēi)』ずか」であるように見える。

古語に合せるなら、「『わ≒微(wēi)』づか」となり、私には、
こちらの方がさらにイメージに合っている感じがする。
0954ネギ(禰宜)坊主
垢版 |
2019/06/25(火) 20:20:18.260
>「微(wēi)」が想起させるイメージは、日本語の「わ」の想起させる
>イメージにとてもよく似ているように思える。

このように指摘したが、日本語の「わづか」という表現の場合であれば、
「微(wēi)」という中国語の表現自体が、日本語で言えば「わづか」
であることを意味するように用いられているのだから、「微(wēi)」
と「わ」が似ているように感じられるのは当然であり、単に錯覚に
よるものかもしれない。では、「微(wēi)」が想起させるイメージは、
日本語で一人称を表すのに用いられる「わ」と似ているだろうか?
私には、これについても明白に肯定的な答えを与えることができる
ように思える。なぜなら、「微力」と表現すれば、それは、必然的に
「『わ』れの力量」を意味することになるのだから。

https://cjjc.weblio.jp/content/微力
微力
名詞
日本語訳微力
対訳の関係完全同義関係
微力の概念の説明
日本語での説明 微力[ビリョク]
自分の力量があまり役にたたないこと
0956考える名無しさん
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2019/06/26(水) 10:33:56.300
以上のことから私に想像される国名としての「倭」の由来は以下のとおりだ。

中国語の発音とそれが想起させるイメージを利用したピジン語がクレオール語化
した日本語において、「わ」の発音が、中国語の「微(wēi)」に対応するように
用いられていたため、中国に対して「自国」を指すのに、日本語の「わ」に
対応する類似した発音とイメージの漢字を選択しようとしたが、「微(wēi)」
ではあまりにも自国が「微弱」であることを表象してしまうことになるので、
「微(wēi)」と同じ、もしくは近い発音であった「委(wēi/wěi)」が候補に
上がったが、「ゆだねる」ことを意味する「委(wēi/wěi)」単独では、
単なる権限の放棄か、逆に上から見下ろして委任する権限の主張をイメージ
させる曖昧さを生じる危険があるので、中国に対して従属の意図を明確に
同じ発音の漢字として「倭」を用いることにした。ただし、「倭」を
自称することは、対内的に権威を主張するのにマイナスのイメージが
伴うため、対内的には、「倭」に変えて、日本語としては同じ「わ」の
発音を表すのに用いられ、良いイメージを想起させる「和」を用いる
ことにした。

ただし、中国語はおろか、漢字も、私は日本の歴史も、中国の歴史も
まともに勉強したことはないので、これは、現時点で私にはそのように
想像されるという以上のことではない。
0957考える名無しさん
垢版 |
2019/06/27(木) 07:52:46.250
7. 暗黙の威嚇

たんなる視線での威嚇だけでなく、言葉のナイフを首元に突き立て「少しでも声を出したらどうなるか…」という方法もある。
彼にとって都合の悪いことを相手が行いそうな場合、もし行えば相手にも不都合が生じるだろうと”仄めかす”のだ。
たとえば社内でセクハラやパワハラが発覚したとき、マネージャーのあなたがそれをもみ消したければどうするだろう?
0958考える名無しさん
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2019/06/27(木) 07:53:11.500
考慮しておくべき効果
サイコパスは巧みに感情的言動を動員し、対人操作によって自らの欲望を達成する。
そのうえで、いくらかの相乗効果が生じる。
自分の好戦的な意図を隠せる
頻繁に用いることで被害者を守勢に追い込める
常習的に用いることで反社会性が高まる一方、対人様式としては自分が得意とする方法として強化される。
彼らの言動をしっかりと理解できる人などほとんどいないので、他人を搾取したりコントロールする手段として、極めて効果的な手口になる。
サイコパスを見抜くためには、いくらかの行動パターンに気を配る必要がある。
特に重要なことは、「相手の敵意に気づき、それを認めること」である。
特に親しい関係の場合、「あの人が私を騙すはずがない」「自分が騙されるはずがない」と認知を歪めてしまうことが多い。
そして当のサイコパスも、あなたがそう思うように注意を誘導するだろう

http://psycom.hatenadiary.jp/entry/2018/03/28/202850
0960民主制という"Majority rule"
垢版 |
2019/06/27(木) 10:07:52.010
数ならぬ 心に身をば まかせねど 身にしたがふは 心なりけり
                         ― 紫式部

「数ならぬ身」≒"someone as insignificant as myself"
0961"Majority rule"という便乗
垢版 |
2019/06/27(木) 11:50:08.450
>>956 >>923-924
https://www.wordreference.com/zhen/微不足道的

自国を「倭」と称することが、「微不足道的我」を想起させるなら、
その自称が、対中国においては都合がよくても、対内的には都合が悪い
ことは明白だろう。「倭/和」という自称にも、中国の権威を利用して
自らの優位な立場を獲得しようとする便乗と、自らの権威がそのような
便乗に由来することを隠蔽しようとする否認を見て取ることができる
のではないか。
0962考える名無しさん
垢版 |
2019/06/28(金) 14:03:01.010
その都度、都合のいい、便乗と否認の反復が歴史に整合性をもたらす。
0964ネギ(禰宜)坊主
垢版 |
2019/06/28(金) 17:33:56.920
「ねが(願)ふ」、「なぎら(労)ふ」などの表現を派生させた、今では
ほとんど使われなくなった「ねぐ」という動詞が、英語で表現するなら、
"appease"や"placate"に近いと考えられ、動物の「ネコ」という
名称も、語源的には、"appeased"を表現しているだろうことは、
以前から指摘している。では、この「ねぐ」という表現は、
中国語のどのような表現に対応するだろうか。

日本語が、中国語を利用したピジン語がクレオール語化したもの
であると想定した場合、この問ひに答えることは、中国語の
知識のない私にも極めて容易である。なぜなら、似たような
イメージの、類似した発音の中国語を、漢字熟語をヒントに
してネット辞書で探せば、尤もらしい候補がすぐに見つかるから
である。それは、「安寧」や「丁寧」という表現で日本語として
用いられている「寧」であり、さらに、「寧」と同じ発音の
「擰」である。
https://cjjc.weblio.jp/content/ní;ng
0965考える名無しさん
垢版 |
2019/06/28(金) 17:45:55.300
「寧」が「安らかである」こと、「安らかにする」ことを表現する
のは、日本語で用いられているとおりである。私は中国語をまったく
知らないので、"níng"がどのようにしてこのような意味を表すように
なったのかは知らない。しかし、同じ発音の「擰」が、「撚り合わす」
ような動作として「ねじる」ことを意味していることは、注目に
値する。というのは、英語の"wring one's hands"という表現がすぐに
想起されるからである。言うまでもなく、これは、懇願するような
ジェスチャを表している。

宁(寧・ィ)
ピンインníng ⇒ [異読音] nìng
1. 安らかである,静かである.
2. ((文語文[昔の書き言葉])) 安らかにする.⇒息事宁人 xī shì níng rén .

拧(擰)
ピンインníng ⇒ [異読音] nǐng,nìng
1. (タオル・シーツ・衣服などの両端を持って)ねじる,絞る.
用例 使劲儿拧毛巾。〔+目〕=固くタオルを絞る.
把衣服 ・fu 拧干。〔‘把’+目+拧+結補〕=服を絞って水気を取る.
2. (わら・麻・糸などを絡み合わせるように)なう,よる,より合わす.
0966考える名無しさん
垢版 |
2019/06/28(金) 17:48:33.560
さらに、ここで、「ねじる」という日本語の表現の発音の「ね」が、
「ねぎ」の「ね」と重なり、中国語の「níng」の発音に近いことも注目される。
0967ネコだらけ
垢版 |
2019/06/28(金) 17:51:42.650
https://kotobank.jp/word/清寧天皇-86332
デジタル大辞泉の解説
せいねい‐てんのう〔‐テンワウ〕【清寧天皇】
記紀で、第22代天皇。雄略天皇の第3皇子。名は白髪武広国押稚日本根子(しらかのたけひろくにおしわかやまとねこ)
0968考える名無しさん
垢版 |
2019/06/28(金) 17:57:10.860
私のように中国語の知識のない人間が「にはか」に中国語の辞書を検索
して気づくような関係に、長年、日本と中国の古典を研究してきた人々が
気付かないはずがないのである。何を、どのような理由で隠蔽しようと
しているのだろうか。
0969考える名無しさん
垢版 |
2019/06/29(土) 08:05:03.180
「ね」については、以前に以下のように指摘した。

>日本語において「ね」は、「持続的に密着している様態」を表現するように
用いられる。このことは、「ね(練)る」、「ねば(粘)る」、「ねちねちと」
などの表現を見ればすぐに分り、また「根(ね)」が「地に持続的に密着し
ているもの」であり、「ね(寝)」が「体を持続的に地に着ける(ように
横たわる)」行為であることにも見て取れる。<

この考えは、今も特に変わらない。ところで、「ねんご(懇)ろ」という
表現があるが、この表現を岩波古語辞典で引いてみると、奇妙なことに
気付く。
0970考える名無しさん
垢版 |
2019/06/29(土) 08:30:59.580
岩波古語辞典を引いてみると、「ねんご(懇)ろ」は、かつては「ねむごろ」
と発音され、これは平安時代以降の形で、本来は、「ねもころ」であった
ことが記載されている。「ねもころ」の説明を読むと、この表現は、
語源的には、「ね(根)」+「もころ」とされ、「モコロは、同じ状態に
ある意」を表すとされる。実際、「もころ」は、「如/若」と書かれ、
「ね」と切り離されても用いられていたことが分る。「もころ」という
表現については、その語源的な説明は記載されていないが、「同様
である」ことを表しているのだから、「もころ」の「も」は、中国語
をそのまま用いた表現である「も(模)す」の「も」と重なっている
のではないかと私には疑われる(「も(若)し」の「も」も同様である)。
つまり、「ねもこ(懇)ろ」は、英語に直訳するなら"roots-like"という
ことになるだろう。

「ねもころ」という表現が用いられている歌を検索してみても、「ね」
が「根」と解釈された(少なくとも「根」の意味と掛けられていた)こと
には、疑いの余地がない。しかし、私は、そこに奇妙さを感じる。
0971考える名無しさん
垢版 |
2019/06/29(土) 08:48:23.430
というのは、「ねもこ(懇)ろ」は、英語で考えるなら、明らかに"roots-like"
と解釈されるのに、「ねもこ(懇)ろ」≒"roots-like"という凡その互換性が
成立するようには、まったく私には感じられないからである。

その理由は、「ね(根)」は、例えば、大根、ニンジン、ゴボウなどの根菜を
表す場合の「根(こん)」としては、「ね(根)」≒"roots"であると感じられる
ものの、「ねもころ」の「ね」は、「根(ね)」と解釈される、または掛け
られているとしても、そのような、つまり、地中の枝のようなイメージを
表していないからであると考えられる。

さらに奇妙なことには、岩波古語辞典の「ねむごろ」の項目の文例では、
「ねむころに」という表現には「固(ねむころ)に」という漢字が当てられて
いる。だが、「固」という漢字は、発音においても、それが表すイメージ
においても、「ねむころ」に全く似ていないではないだろうか。
0972考える名無しさん
垢版 |
2019/06/29(土) 09:21:48.270
実は、岩波古語辞典には、「ねもころ」について、「根」+「もころ」という
語源的な解釈につづけて、「こまかにからみ合って土の中にあるのと同様に
の意」と説明されている。要するに、「ねもころ」≒「ね+同様」という表現
において、「ね」が担っているのは、「細いものが互いに絡み合っている様態」
をイメージさせることであることになる。「ね」をそのようなイメージに
おいて捉えた場合に初めて、「ねもこ(懇)ろ」によって表される親密性がよく
理解されるのであり、より一般的に「ね」→「根(こん)/"roots"」と置き換えて、
「ねもころ」を「根(こん)/"roots"+同様」と解釈したのでは、まったく
そのような親密性が表現されているとは感じられないのである。

だが、すると、「ねもころ」の「ね」は、根(こん)/"roots"を表していると
言うよりも、「細いものが互いに絡み合っている様態」を表していると
言わなければならないのではないか。さらに、その様態は、中国語との
対応を考えるなら、「根(こん)」にではなく、むしろ、>>965に引用
した「拧(擰)ピンインníng」が表現するイメージ、すなわち、
「(わら・麻・糸などを絡み合わせるように)なう,よる,より合わす」
と合致しているのではないか。

ところで、岩波古語辞典の「ねむごろ」の項目の文例では、「ねむころ」
には、「固(ねむころ)」という漢字が当てられていると述べたが、
中国語辞典を引いてみると、「拧(擰) ピンインníng」と同様に発音
される表現に「凝」があることが分る。「ねむころ」に「固」という漢字
が当てられたことは、このことに関係している可能性が考えられるのでは
ないか。

https://cjjc.weblio.jp/content/ní;ng
凝 ピンインníng
1. 気体が液体に,液体が固体に)凝結する,凝固する,変わる.
2.(表情・まなざし・感情・雰囲気などが)固く凍りつく.
0973考える名無しさん
垢版 |
2019/06/29(土) 09:29:02.710
さらに、日本語の「ね」と中国語の表現の関係を調べるために、「ねば(粘)る」
や「ね(捻)じる」について調べてみると、「粘/黏」という漢字は「nián」と
発音され、「捻(撚)」も似たような「niǎn」という発音であることが分る。

https://cjjc.weblio.jp/content/
https://cjjc.weblio.jp/content/

中国語に頻繁に接していたかつての「日本語」の話者に、日本語の
「ね」が用いられる表現と中国語の対応する表現の間の発音の近さが
意識されなかったはずはないだろう。
0975考える名無しさん
垢版 |
2019/06/29(土) 22:47:49.210
>>974
いつも「だらだら」していて「だらしない」

この場合、「〜ない」は、「極まり『ない』」ことを意味する強めだ
0976ネギ(禰宜)坊主
垢版 |
2019/06/30(日) 10:22:59.220
C'est gentil, mais ça ne vaut rien.

>>956 >>961
対外的には中国の権威に従属する「微不足道的我」であることを明確に
示し、対内的には「和」を重んじる権威であることを示そうとしたもの
であると推測することができる「倭/和」という名称の関係は、フランス語
の"mignon/gentil"の関係に類比するものと考えてみると理解しやすいのでは
ないだろうか。つまり、「倭/和」≒"mignon/gentil"と想定してみるのである。

https://fr.wiktionary.org/wiki/mignon
mignon
1. Qui, dans son apparence menue, offre de la grâce et de la gentillesse.

https://fr.wikipedia.org/wiki/Mignon_(histoire)
Le mot traverse la Manche à la fin du XVe siècle sous la forme minion
(fidèle, subalterne). Au XVIe siècle, les jésuites sont qualifiés de
« mignons de Jésus-Christ. »

https://www.wordreference.com/enzh/minion
下属 xià shǔ、下级 xià jí、手下 shǒu xià
宠臣 chǒng chén、奴才 nú cái、
唯命是从者 wéi mìng shì cóng zhě

https://www.wordreference.com/enzh/gentle
温柔的 wēn róu de、和善的 hé shàn de、平和的 píng hé de、
和缓的 hé huǎn de
0977考える名無しさん
垢版 |
2019/06/30(日) 10:41:38.630
>>976
右であれ、左であれ、自由主義であれ、どのようなイデオロギー的な立場を
表明するものであれ、自らが"mignon"であることを示そうとするアピール
が、他人からはあまり「温柔的」にも、「和善的」にも、「平和的」にも
見られない理由は、案外、自らの姿が他人には、このような関係性において
現れている可能性を反省してみる必要もあるではないか?
0978考える名無しさん
垢版 |
2019/06/30(日) 10:47:10.840
「謙虚」であることを自認する人が陥りやすい罠でしょうか
意図的にやっているなら、サイコパスですよ?
0979ネギ(禰宜)坊主
垢版 |
2019/06/30(日) 12:25:54.970
ところで、源氏物語などを読むとネコが「ねうねう」と鳴いたと記されている。
その当時の人々には、本当にネコの鳴き声が「ねうねう」と聞こえたのだろうか。

しかし、ここで、日本語の「年(ねん)」、「捻(ねん)」、「念(ねん)」などの、
その音読みに「ね」の発音が含まれる漢字を中国語辞典で検索してみると、
これらの「ねん」は、それぞれ、中国語の「nián(年)」、「niǎn(捻)」、
「niàn(念)」にそれぞれ対応していることが分る。つまり、「ね」という表記
によって、中国語の「nia」を書き写しているのである。だとすれば、
ネコの鳴き声として記された「ねうねう」は、ローマ字に転記するなら、
"neu・neu"ではなく、"niau・niau"という聞き成しを書き写そうとしたもの
である可能性が考えられることになる。実際に、ピンインで、「nián(年)」、
「niǎn(捻)」、「niàn(念)」の発音を聞いてみると、そのような可能性は、
さらに尤もらしく感じられる。
https://zh.hatsuon.info/word/
https://zh.hatsuon.info/word/
https://zh.hatsuon.info/word/
0980学術
垢版 |
2019/06/30(日) 14:07:38.840
全治全納。
0981学術
垢版 |
2019/06/30(日) 14:08:13.390
統治 納棺 も大事かな。
0983考える名無しさん
垢版 |
2019/06/30(日) 17:46:35.240
確かに、自然言語の組み合わせを如何に駆使しても、
人類を月に送り込むのは無理だと思うw
0984考える名無しさん
垢版 |
2019/06/30(日) 18:56:45.770
それはアポロ計画の月面着陸成功によって既に反証されている。
0985考える名無しさん
垢版 |
2019/07/01(月) 07:57:39.450
>>979
「ね」という文字によって中国語の「nián(年)」、「niǎn(捻)」、「niàn(念)」
の"nia"をうつ(写/移/映)すことによって中国語において想起されるのと同様の
イメージ(異なる複数のものが含まれるにせよ)を「日本語」においても利用し
ようとするのが便乗であり、「ね」という文字を読む人々に、そのように
中国語の"nia"の発音とイメージが想起されることが忘却され、否定されること
が、便乗の否認である。
0986考える名無しさん
垢版 |
2019/07/01(月) 08:13:13.610
食材を「に(煮)る」ことによって、柔らかくて食べやすい料理になる。
この場合の日本語の「に」の発音は、中国語の「泥 ピンインní ⇒
[異読音] nì」と重なる発音とそれが想起させるイメージを利用して
いないだろうか?

https://cjjc.weblio.jp/content/
泥状のもの.≡坭.⇒蒜泥 suànní ,印泥 yìnní ,枣泥 zǎoní .
用例
萝卜泥=大根おろし.
山药泥=とろろ.
土豆泥=マッシュポテト.
0987考える名無しさん
垢版 |
2019/07/01(月) 14:12:47.840
>>979
引用したピンイン確認のサイトでは、「nián [年]」の発音は、カタカナでは
「ニィェン」と転記されている。ネコとの鳴き声として日本の古典に記載
される「ねうねう」の「ね」が、「nia」に対応する表記であったとするなら、
「ねうねう」は、カタカタで書き写すなら、「ニィェウ・ニィェウ」と
なるだろう。「ねうねう」と書いた人々が、ネコの鳴き声をそのように
認識し、この表記を読む人々も同様に「ニィェウ・ニィェウ」または
それに近い発音を読み取ったと考えるのと、「ねうねう」と書かれている
のだから、確たる証拠がない限り、作者も読者もネコの鳴き声を「ネウネウ」
と認識していたと考えるのは、どちらがコモンセンスに適ふだろうか。
後者、つまり、「ネウネウ」と聞いたと考える方が確実で、賢明であり、
常識的だと自然に感じるようでなければ、学問の世界では通用しない。

「ねうねう」が「ニィェウ・ニィェウ」に近い発音を表していたなどと、
私が説明した程度の証拠で示唆するような不届き者は、厳しく罰して
やらなければならないと心の底から怒りが湧きあがってくるようでなけ
れば、立派な学者として認められるような地位を得ることは難しいだろう。
0988考える名無しさん
垢版 |
2019/07/02(火) 14:23:52.600
>>986
ところで、贄(にへ)は、「『に(煮)』る」作用の再帰形の名詞化として、
"To-be-cooked"を表現しているのだろうか?
0989逆しまな思考
垢版 |
2019/07/02(火) 18:43:31.200
ネットで検索してみると、岩波古語辞典の編者である大野晋は、
日本語の甲類の"e"の発音は、"ia"→"e"の音韻変化によって生じた
という説を提唱し、この説は、少なくとも国語学の一部においては
定説として受け入れられているようである。この説を受け入れて、
"ia"という発音が、甲類の"e"に対応する「え」の発音を写す文字
によって表記されるようになったと考えるなら、逆に、少なくとも
一部の事例において、「ね」という文字表記によって"nia"という
発音が意図されていたと考えても何の不都合もないではないか、
と私のような人間はすぐに考える。こういうのを一般に「逆しまな考え」
と呼ぶのだろうw
0990考える名無しさん
垢版 |
2019/07/03(水) 19:40:38.210
https://zh.hatsuon.info/word/
微のピンイン(発音記号)と読み方
ピンイン(発音記号): wēi (wei1)  音声を再生
カタカナ読み(発音の目安):  ウェイ

https://ja.wikipedia.org/wiki/ワイ
わい - 近畿地方などで用いる一人称。日本語の一人称代名詞#わい、わて、あてを参照
わい - 九州などで用いる二人称。日本語の二人称代名詞#親しい場合(目上の人に使うのは失礼とされる)を参照
0991考える名無しさん
垢版 |
2019/07/03(水) 23:42:15.360
このように見てくると、日本の伝統的な美意識を代表するとされる
「わ(侘)び」は、「わ(微)ぶ(复)」という再帰形の動詞(ただし、この
場合、「〜ふ」は、「反」を意味するのではなく、作用が自らに
返ることを表している)の名詞化として中国語を利用した典型的な
ピジン語であることが分る。

そのような議論が、日本のナショナリストに歓迎されないことは言うまで
もないが、興味深いことに、中国や韓国との友好的な関係を重視し、
国際協調を常にアピールしているような日本の自称左翼やリベラルの
人々も、まず間違いなくそのような主張は黙殺する。中国共産党ですら、
そのような主張は歓迎しないだろう。通常、人々を実際に動かしている
アジェンダは、表向きの言説とはまったく別物である。
0992考える名無しさん
垢版 |
2019/07/05(金) 08:56:58.550
ハンマーの用具性を身近なものとするためには、つまり、ハンマーの
使い方を身に付けるためには、ハンマーが「手許(てもと)」にあるだけ
ではダメで、ハンマーを「手頃(てごろ)≒"zuhanden"」に「あつか(扱)ふ」
ことに慣れる必要がある。

言葉の表現もまったくそれと同じことだ。「あつか(扱)ひづらい」こと、
手に負えないことを、日本語の古語では、「あづきなし」と表現した。
哲学的に考えることが言葉の表現を、その用具性において理解することを
助け、言葉の表現の扱い方を工夫しながら身に付けることが、哲学の歩みを支える。
大切なのは、見よう見まねでも、「自分でやってみる」ことであり、
見ているだけでも、外見をまねるだけでもダメなのだ。
"Zuhandenheit"=「手許にある在り方」のような借り物の用語法を
身に付けて哲学をしているつもりになっても、コスプレをやって喜んでいる
のと似たようなものだ。
0993考える名無しさん
垢版 |
2019/07/09(火) 07:43:53.560
日本語の「の(乗)る」や、古語の用法における「ののしる」という表現に
などに用いられる「の」は、その発音とそれが想起させるイメージにおいて、
中国語の「隆 ピンインlōng」や「垄 ピンインlǒng」や「龙(龍)
ピンインlóng」などの"long"の発音とそれが想起させるイメージと重なって
いるのではないかという気がする。
0994考える名無しさん
垢版 |
2019/07/09(火) 09:03:09.450
ら行音で始まる表現は、外来性のイメージを伴っている。
ら行音で始まる言葉が、古代から「日本語」に取り入れられ、
日常的な言葉づかいおいてに使われてきたにもかかわらずである。
これは、ちょうど、いくらラーメンが日本人の生活に結びついた
日常食になり、日本の食文化として海外に輸出されるまでに
なっても、外来性のイメージと結びついたままであるのと
同じようなものだろう。要するに、ら行音で始まる言葉は、
古代から、連綿と外来性のイメージを伴うようにに用いられて
きたのだ。しかし、ここで別の問いかけをすることができる。
それは、日本語がその形成において中国語の表現をピジン語
として大々的に利用していたとすれば、さらに、その過程に
おいて、多くの表現がその外来性を喪失するように用いられ
るようになったとすれば、ら行で始まる中国語の表現は、
日本語のどのような発音に「吸収」されることになったの
だろうか。そのように問うことは、無駄ではないだろう。
例えば、既に見たとおり、中国語の「nia」の発音は、
日本語の「ね」の発音に吸収されたと考えることができ、
そのように考えることによって、日本の古典にネコの
鳴き声として記載される「ねうねう」という表記が
容易に理解可能なものとなるのだから。
0995考える名無しさん
垢版 |
2019/07/09(火) 20:20:39.690
>>993
なぜ私はそのように感じるのだろうか。ここにはいくつもの連想が重なって
働いている。無論、そこには、「隆」という漢字が「勢いに『の』る」こと
を思わせること、それに関連して「登龍門」という表現が想起され、「龍」
が「『の』ぼる」イメージと切り離し難く結びついていることが含まれるが、
日本語として用いられる漢字としての「隆」と「龍」はともに「りゅう」
と読まれ、「の」という発音とは似ても似つかない。畑の畝を意味すると
される「垄/壟」という漢字に至っては、私自身、日本語として使われて
いるのを見たこともない。さらに、万葉仮名を調べても、これらの漢字
は、甲類であれ、乙類であれ、「の」の発音に当てられた漢字とは無関係
である。では、どのような連想によって、私は、これらの漢字に共通する
"long"という発音と、それが想起させるイメージが、日本語の「の」と、
それが想起させるイメージに似ていると感じるようになったのだろうか。
0996考える名無しさん
垢版 |
2019/07/09(火) 20:40:03.210
中国語自体を知らない私は、実は、逆の方向からスタートしている。
「の」について、私は、以前、以下のように指摘している。

>多くの日本語の表現において「の」は、「重圧がかかっている様態」を
>イメージとして伝えるように用いられる。

このことは、「のしかかる」や「のめりこむ」などの表現を見れば、
すぐに理解できるはずである。では、そのようなイメージで使われる
日本語の「の」に対応する中国語の似たような発音の表現には、
どのようなものがあるのか。それが疑問の発端である。しかし、
「重圧がかかっている様態」を表すように「の」が用いられた
日本語の表現を手がかりに中国語の辞書を検索してみても、
さっぱり候補が見当たらない。というのも、対応するものとして
ヒットする表現は、いずれも”n”の発音で始まってすらいないから
である。万葉仮名を調べると、「の」に当てられている漢字は、
ほぼすべて中国語も"n"の発音で始まっているが、それらの漢字
は、「重圧がかかっている様態」とは無関係である。唯一の
例外は、万葉仮名の読みとしての「荷(の)」であり、この場合、
その漢字は、「重圧がかかっている様態」そのものをイメージ
させるが、「荷」という漢字の中国語の発音は、"ピンインhé
⇒ [異読音] hè"であるとされ、「の」という発音とは似ても
似つかない。
0997考える名無しさん
垢版 |
2019/07/09(火) 21:07:05.110
ここから導かれる結論は、日本語の「の」に対応するように用いられる
中国語の表現が"n"の発音から始まるはずだと考えるのは、私の先入観に
過ぎず、日本語の「の」が想起させるのと同様のイメージを想起させるの
に中国語で用いられる表現は、別の発音を用いているのだろうということ
である。では、さらに探索をつづけるには、どのような手がかりがある
だろうか。

ここですぐに思い起こされるのは、万葉仮名で「の」に当てられている
「怒」や「奴」という漢字は、中国語ではいずれも"nù"と発音されて、
日本語でもやはり、「ぬ」の発音を表すのにも用いられているだけ
でなく、「ど」と読まれるようにもなっていることである。実際、
日本語の古語の「の」の発音は、現代語の「ど」に対応していて、
古語の「ののしる」は、「どたばた」大きな音を出して騒ぐことを
表すのに用いられている。現代語では、「重圧がかかっている様態」
は、例えば、「ドスンドスン」のように「ど」の発音を用いて表現
されるが、この「ど」は、古語の「の」と連続していると見ること
ができる。そこで、「の」に変わって「ど」を手掛かりに、
中国語の辞書を検索してみることができることになる。
0998考える名無しさん
垢版 |
2019/07/09(火) 21:13:40.040
そのようにしてたどり着くのが、「隆 lóng ⇒ [異読音] lōng」
である。私は言語学者ではないので、音声学上の専門的な説明は
できないが、感覚的には、"lo"という発音は、「の」に十分に
近いように感じられる。

https://cjjc.weblio.jp/content/hō;nglōng

轰隆 ピンインhōnglōng
擬声擬態語 (雷・爆発・機械・車両などの発する震動音)ドカン,ゴロゴロ,ゴーゴー.
用例 远处 chù 传来轰隆的雷鸣。=遠くからゴロゴロという雷の音が聞こえて来る.
雷声轰隆轰隆。=雷がゴロゴロと鳴っている.
炮弹在前面土岗子轰隆轰隆地爆炸 zhà 。=砲弾が前の小高い丘でドカンドカンと爆発した.
0999考える名無しさん
垢版 |
2019/07/09(火) 21:35:03.860
ところで、中国語を知らない私は、「隆 ピンインlōng」と「垄 ピンインlǒng」
と「龙(龍)ピンインlóng」が、表現として互いにどのような関係にあるのか
全く知らない。それでも発音に重なりがあり、漢字も一部共通するようなので、
何らかの共通性があるのだろうと自然に思える。それに、「垄」は、畝を意味
していると辞書に記載されているが、畝は隆起しているのだから、やはり、
「隆」と「垄」にはイメージの共通性があるはずだと思える。

そこで、さらに手がかりを得るために中英辞典を引いてみると、
次のように記載されている。その文例からすぐに私が想起するのは、
「乗鞍岳」という山の名前にも見られるような重量が「『の』る」
というイメージそのものである。
https://www.wordreference.com/zhen/垄;
垄 ridge

まさしく、イメージしたとおりである。
そこで、今度は逆に"ridge"に対応する中国語の表現を引いてみる。
https://www.wordreference.com/enzh/ridge
山脊 shān jǐ、山脉 shān mài
The walkers set out along the mountain ridge.
徒步者沿着山脊出发了。
ridge n (raised strip) 脊状突起
jǐ zhuàng tū qǐ
The field was covered in ridges from the passage of the plough.
耕犁所过之处,土地翻起脊状突起。
ridge n (apex of roof) 屋脊
The roofer was sitting straddling the ridge, looking out across the town.
屋顶工骑着屋脊坐着,眺望着镇子。

其他翻译
英语 中文
ridge n (weather: high pressure) (大气压) 高压脊,高压带
1000訂正
垢版 |
2019/07/09(火) 21:38:17.460
コピペで記述の順序が前後してしまったので、訂正

https://www.wordreference.com/zhen/垄;
垄 ridge

まさしく、イメージしたとおりである。

そこで、さらに手がかりを得るために中英辞典を引いてみると、
次のように記載されている。その文例からすぐに私が想起するのは、
「乗鞍岳」という山の名前にも見られるような重量が「『の』る」
というイメージそのものである。
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