右翼哲学
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221ニューノーマルの名無しさん2021/06/27(日) 16:19:31.30ID:rJplS4rI0>>222
>ひょっとしての ひょっと とはなんだ?
これじゃないかな?
朝鮮語でも「혹시 ホクシ(もし・もしかしたら)」として取り入れられていて、
発音が似ているし、「Middle Chinese: /ɦwək̚/」の語末の発音から、
日本語で促音化することとも合致する。
https://en.wiktionary.org/wiki/或
Middle Chinese: /ɦwək̚/
perhaps; maybe (mostly found in news headlines)
Korean
Hanja
或 • (hok) (hangeul 혹, revised hok, McCune–Reischauer hok, Yale hok) 日本語は、中国語の表現の流用を基礎とするピジン言語として形成された。
自称が右だろうと左だろうと、しらばっくれている連中は信用に価しない。 元々の右翼は国を良くするために大切な伝統は守りながら国の発展に繋がる進歩は取り入れる、その見極めをつけるための思想でしょ
無条件の自民党政治マンセーも思考停止の日本ちゅごいちゅごいでもないわ >>12
問題はそんなところにあるのではない。
この程度のことについてしらばっくれている連中は、
他のあらゆることについても同様で、どのような立場をとっている
と自称したところで信頼に価しないということだ。 >>14
自分は小学校で漢字や日本語の成り立ちは習ったけど
別に中国が起源で何も問題ないんじゃないの
しらばっくれてる人っていうのが誰のこと言ってるのか知らないけど >>12
それは一般的に保守思想という
西部邁は保守思想家だが右翼ではなかった
本来的な意味でなら宮沢賢治も右翼だが 日本語が中国語の表現を大々的に流用したピジン言語を基礎として
形成されていると認識することは、国を中心とした回顧的な歴史観
に根本的な視点の転換を迫ることになるだろう。後に日本語と
呼ばれることになる言語の基礎は、日本列島における統治の
いかなる統一にも先立って形成されている。このことは、
とりもなおさず、「日本語」を日本列島という枠組みで見ること
そのものが誤りであることを意味することになるだろう。
日本語の基礎は、現在の国境などとはまるで無関係に、中国大陸
沿岸部、朝鮮半島、日本列島の広域にわたる水路で用いらられた
交易の言語として広まり、形成されたのである。 >>17 語順とか全然違うじゃん。
で、例えば「人生哲学」は人生についての哲学。人生を無意味とする
見方も人生哲学。「右翼哲学」についても同じことが言える。 語順が違うのは当然のこと。日本語の基礎は、中国語の表現を流用した
ピジン言語であって中国語ではない。したがって、日本語から中国語
の表現を流用した語彙を取り除いたら、日本語としてまったく成立
しようがないとしても、日本語は、中国語系統の言語ではない。 にもかかわらず、重要なのは、日本語は、原日本語が中国語を借用する
ことによって形成されたというような表面的な中国語の流用によって
ではなく、中国語の表現の流用の体系化によって形成されていること
を認識することだ。 日本語の起源研究は本居宣長の時代から現在に至るまで膨大な蓄積があるのだからそれに頼るのがいいだろう
トーシロが憶測だけで語るのはナンセンス
まず勉強しなさい 確かに私は素人なので、日本語の歴史を研究する専門家の間で日本語の起源
の研究についてどういう蓄積があるのか知らない。しかし、明らかなのは、
日本語の起源についての専門家(国語学者、言語学者、歴史学者、考古学者、
その他)の見解として流布される説は、研究の「蓄積」などと呼べるような
代物ではなく、国語学の権威であった大野晋の日本語・タミル語同源説に
代表されるように、研究を装った「目くらまし」にすぎず、そのようなもの
として意図されているということだ。そして、あたかも、誰もそのことに
気づかないように皆がしらばっくれている。
イエズス会の宣教師として日本語を研究したロドリゲスの著作を読むと、
その当時、日本語は、中国語を起源とするという説が、日本国内の少なくとも
一部の学者の間で通用していたことが分かる。しかし、そのような説が
どのような根拠によるものであったのか、本居宣長には継承されておらず、
本居は、そのような説を批判的な検証の対象しているわけでもないので、
研究の蓄積はない。
今現在、日本語の起源について専門家によってほとんど話題として提示される
ことがなくなったのは、インターネット上で誰でも簡単にアクセスできる
中国語、朝鮮語、日本語、それぞれについてのデータの豊富化により、
表面的なごまかしがすぐにばれてしまい、目くらましがうまく機能しなく
なってしまったからだろう。例えば、以前に大々的にはやった朝鮮語起源説
のようなものでは、語呂合わせで日本語と朝鮮語の単語が互いに似ている
という指摘の羅列のレベルを超えるものではなく、本当は驚くべきこと
なのだが、岩波古語辞典に多数記載される「朝鮮語と同源」とされる
項目もそのレベルのものである。 さらに、これは、一般に流布されるすべての日本語の起源論について言える
ことだが、そこには方法論的に致命的な欠陥がある。それは、日本語が歴史的に
中国語を取り入れていることには何の疑いもないにもかかわらず、「やまと言葉」
として認識されるようになった中国語の表現を徹底的に特定しようとする取組み
が、起源論の前提として体系的に提示されていないことである(専門家がそれを
行っていないはずがないわけで、だからこそ、私はそのことを「しらばっくれて
いる」と表現している)。朝鮮語について書かれたデータベースを調べると、
朝鮮語では、男性を「ナム」と表現することが記載され、それが古代
朝鮮語を起源とすると記載されている。ここで、日本語でも「次男」
は、「ジ・ナン」なのだから、これも朝鮮語起源であるなどと主張すれば、
いずれもが中国語の「男」という表現を取り入れただけなのだから、
そのような主張が馬鹿げていることは明白だろう。そのような馬鹿げた
主張を排除するためには、「次男」のように漢語であることが最初から
分かっている表現を除くだけでなく、「やまと言葉」とされる表現と
中国語の表現の全面的な比較検討が、日本語起源論の「前提条件となる
作業」として行われなければならないはずである。そのことを意図的に
徹底的に無視している限り、「専門家」の見解は、目くらましであり、
まともに相手にする価値がない。 比較言語学の文献も読んだことないの?
何時代の話をしているんだこの人は… たとえ大陸に起源のある語彙があったとしても、それが「漢語」とは限らんだろ
地球人類は、東アフリカで発生して、世界に広がったのだ。
日本人は例外なく、どこかの時点で日本列島に移住してきた者の子孫。
真の意味での「原住民」なんかいない
考えすぎるのは時間のムダだぞ 琉球語はまずは、考古学調査や歴史資料とつき合わせて、ある程度、
その名称の意味が検証しやすい地名の研究が徹底的に行われることが
望ましいが、それすら、すくなくとも公表されているレベルでは、
まともに行われていない。 言語系統論とは別に、異なる言語において、類似した発音がどの程度、
類似したイメージを想起させるように用いられているのかを探ってみる
ことは、興味深く、実際に母語ではない言語の表現のイメージを
把握するのに役立つ。
日本語の「ほっ(欲)す」という表現は、「ほり・す」から促音化した
ものと考えられており、「ほり」は、「ほ(欲)る」の活用形なの
だろうと推測できる。ここで、「〜る」は動作の特定のイメージを
想起させることは担っていないので、「ほ(欲)」が「欲する」こと
をイメージさせる表現であることになるが、この「ほ(欲)」が
どのような表現であるのか、その語源的な説明は、古語辞典を参照
しても、ネット上で検索しても見当たらない。では、手がかりは何も
ないのだろうか。 そこで別言語の例を参照してみる。
「ほっ(欲)す」は、英語に訳せば、"want"に対応するだろう。
"want"の語源は、ラテン語の《vanus》((Classical) IPA(key): /ˈu̯aː.nus/, [ˈu̯äːnʊs̠])
と共通で、再構築された印欧祖語の形として《*h₁weh₂- (“empty”)》に遡るものと
想定されている。
https://en.wiktionary.org/wiki/vanus#Latin
現代の日本語では、食べ物が「ほ(欲)しい」とき「腹が減った」と表現するが、
《*h₁weh₂- (“empty”)》の様態、つまり、「空になっている」ことを伝える
表現が、英語の"want"やラテン語の"vanus"の語源として想定されているわけだ。
ここで、「ほっ(欲)す」が「ほ(欲)」の発音によって想起されるイメージに
よるものであることから、「ほ」の発音が用いら、かつ、「空になっている」
ことを伝えるのに近い古語の表現を探ってみると、万葉仮名で「穿」という
漢字が当てられた「穿(ほ)る」(現代語では、通常、「掘る」と表記される)
が見つかる。「穿」の中国語の発音は、「ほ」とは無関係であることから、
「ほ」という発音が、「穿(ほ)る」こと、つまり、「穴をあ(空)ける」こと
をイメージさせたことが分かる。 さらに、ここで、「穿(ほ)る」が英語の"dig"に相当することから、
"dig"に対応する中国語の表現を検索すると、「挖 wā 」に行き当たる。
「挖」は、日本語では通常、使われない漢字だが、
"to dig; to dig out; to gouge out; to scoop"を表現するとされ(bu Wiktionary)、
関連する漢字に、「穵」、"deep hollow; gouge, dig out"がある。
ここで、「挖」の発音を参照してみると、https://zh.hatsuon.info/word/挖;
>「wa」は、「ua」が変形したもの。
「ua」は、「ゥア」のような音。口を丸く突き出して「ウ」の構えを作る。
「ウ」と発音したら、すぐに「ア」と発する。前に子音が付く場合、
「u」は「ウ」と「オ」の間のような音になる。<
と記載され、英語の"want"やラテン語の《vanus》(/ˈu̯aː.nus/, [ˈu̯äːnʊs̠])
と共通性が感じられる一方で、中国語の発音としては、呉語として、
"hhuaq"と発音されるものとされ、日本語の「ほ」との共通性が感じられる。 大陸や半島は、民族移動が激しい
言語が大きく変質している
中国語や朝鮮語は、見た目よりずっと新しい かつて、「国」は朝鮮語で「ナラ」という、という話が流行ったことがあった
「朝鮮からの移民が、奈良の都を造った。彼らは、新しい国をナラと呼んだ」というのだ だが、「奈良」という地名の歴史は、朝鮮語の「ナラ」という単語よりも千年くらい古い
8世紀の日本の古典には、「平らに土地をならすというのが、奈良という地名の由来」と説明されている
それに対して、朝鮮語の「ナラ」という単語が文献に初登場するのは16世紀のこと 「ならす」という表現自体、「なら(均)す」、「な(馴)らす」、「な(慣)れ」
から容易に理解することができるとおり、「な・れ」から派生していて、
「な」は、中国語の「羅」の発音を変化させた流用であり、この「な」は、
「な(凪)ぐ」、「な(並)み」の「な」でもある。 「羅(な)」がどのように日本語において流用されているか、また、
それがどのように朝鮮語にも同じように入り込んでいると考えられる
かについては、すでに多くの書込みをしているので、ここで繰り返すことはしない。 つっぱることが右翼の
たったひとつの勲章だって
この胸に信じて生きてきた そんでわりい、俺死なねえわ。90歳まで生きることさっき確定した。 富永、たった12万ぱっかの指輪だが買ってやるから1年後を目処に行く。 アメリカ人は
どうしようもない奴や
真ん中より下の奴しか日本に来ないらしいからな
真ん中より上はアメリカを出る理由がない
真ん中より上はアメリカを出る必要がないらしい ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています