アンネ・フランクを密告したのは誰だ?

1世界@名無史さん2011/12/07(水) 16:11:35.810
どうぞ

250世界@名無史さん2016/08/02(火) 12:21:15.070
>>244
加筆よりも削除が多数
同居者ら関係者の悪口や性に関わる記述が多すぎたから

251世界@名無史さん2016/09/07(水) 12:05:15.060
>>19アンネフランクってかなりの中二病で痛いやつって感じだった

亀レスだが同意。それゆえ俺のばあいは黒い意味で共感しすぎて、最初の
数ページで挫折した。言い換えれば、ねつ造ってのはありえんわ


>>250
2chのよその書きこみによれば、ベルギー王への忠誠だの、黒人などの異人種
には、当時の白人らしいナチュラルな差別意識も吐露していたと書いていたが
本当だろうか? ちょっとその個所は読んでみたい

252世界@名無史さん2016/09/10(土) 09:34:34.800
>>251
思春期だから許してあげて

253世界@名無史さん2016/10/22(土) 11:30:25.710
厨臭い日記を後年見返して黒歴史に身悶えするどころか焼却する機会が永遠に失われ、さらに翻訳までされて世界中に未来永劫晒され続けるとか罰ゲームすぎ

254世界@名無史さん2016/12/18(日) 12:57:59.230
>>253
アンネ自身が出版しようと考えてたし

255世界@名無史さん2016/12/18(日) 16:59:26.02O
アンネ逮捕、密告でなく偶然か=博物館が新説紹介−オランダ
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016121700249&g=int

256世界@名無史さん2017/03/24(金) 05:19:32.480
保守

257世界@名無史さん2017/03/24(金) 05:27:06.920
   
アンネ逮捕、密告でなく偶然か=博物館が新説紹介−オランダ

【ハーグAFP=時事】オランダの首都アムステルダムにある、アンネ・フランク財団が運営する博物館「アンネ・フランクの家」が、1944年8月のフランク一家逮捕のきっかけについて、
従来言われてきた密告ではなく「偶然だったのではないか」と推理する新説を紹介している。
17日付の声明で明らかにした。

声明は「最近の研究は従来と違う視点を提供しており、偽造配給券の家宅捜索中だったナチス親衛隊情報部(SD)が偶然、アンネたちを見つけた可能性がある」と紹介。
「裏切りがあったという定説に反論するわけではないが、別の説も考察されていい」と述べている。
「誰がアンネたちを裏切ったのか突き止められていない」と定説の弱点も指摘した。
 アムステルダムのアンネたちの隠れ家では44年4月、配給券偽造で2人が逮捕されている。
これが8月の家宅捜索につながった可能性がある。
アンネは逮捕から1年もたたず、ドイツ北部のベルゲン・ベルゼン強制収容所で死亡した。(2016/12/17-22:47)

258美魔女2017/03/24(金) 23:36:39.030
ワンワン🐶

259世界@名無史さん2017/04/04(火) 04:35:18.420
レナ・ハル○ホかも

260世界@名無史さん2017/04/10(月) 05:15:48.260
「密告者は女だった」っていうレスもあるようだけど、
ソースはあるの?
あるんだったら、ぜひとも教えてもらいたい。

261世界@名無史さん2017/04/13(木) 03:13:16.450
  
1948年、オランダの警察は、《隠れ家》の友人たちが密告され、逮捕された件につき、調査を行った。
警察の記録によれば、確かに誰かが私たちの友人を密告したことになっていた。
ただし、残された記録には、名前はいっさい記載されていず、
ただある人物がユダヤ人ひとりにつき、7・5ギルダーの報奨金を受け取ったことが記されているのみだった。
つまり、総額では60ギルダーである。
友人たちが密告されたのに違いないということは、私たちも確信した。 (後略)

         ミープ・ヒース著 「思いでのアンネ・フランク」

262世界@名無史さん2017/05/20(土) 06:29:35.330
ベルゲン・ベルゼン収容所は、女囚が殆んど

263世界@名無史さん2017/05/28(日) 20:27:49.410
  
密告の容疑者


● ファン・マーレン(倉庫係)

● ランメルト・ハルトホ(ファン・マーレンの助手)

● レナ・ハルトホ(ランメルト・ハルトホの妻・掃除係)

● 隠れ家の近所のオランダ人たち

● 隠れ家の事務所を訪れてフ事務所を訪れてくる客

● 夜中に事務所に押し込んだ泥棒たち
  

264世界@名無史さん2017/05/30(火) 01:43:47.630
     

アンネ・フランク一家は本当に裏切られたのか? あれから72年、歴史家が新説を発表(オランダ研究)
アンネの一家、偶然見つけられた可能性 新研究
アンネ逮捕、密告でなく偶然か

2016年12月27日


http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/17286/1367758646/121
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/17286/1397393066/35
  

265世界@名無史さん2017/05/30(火) 02:27:40.880
  
アンネフランク逮捕について
http://ikukuru.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-69b9.html

>ゲシュタポは密告を受けて出動していた。
 この密告者が誰かについては今日に至るまで判明していない。
 倉庫係ヴィレム・ファン・マーレン、ランメルト・ハルトホ、もしくはその妻で掃除婦のレナ・ハルトホを疑う説もあるが、真相は不明である。

266世界@名無史さん2017/05/30(火) 02:55:43.780
「アンネの日記 : 研究版」

オランダ国立戦時資料研究所編 ; 深町眞理子訳
文藝春秋, 1994.12


内容説明・目次

内容説明

完全版はこの本から生まれました。三種類の「日記」の徹底比較と筆蹟鑑定。


目次

第1章 “…出生地、フランクフルト・アム・マイン”
第2章 逮捕と連行
第3章 密告はあったか
第4章 収監と移送
第5章 『隠れ家』の出版と各国語への翻訳
第6章 戯曲『アンネの日記』をめぐる紛糾
第7章 日記の信憑性にたいする攻撃
第8章 アンネ・フランクの日記として知られるテキストの文書調査、ならびに筆跡鑑定報告—その要約
アンネ・フランクの日記

267世界@名無史さん2017/05/30(火) 03:04:35.600
  

カール・ヨーゼフ・ジルバーバウアー(Karl Josef Silberbauer, 1911年6月21日 - 1972年9月2日)はオーストリア及びドイツの警察官、諜報員。

オーストリアの警官だったが、オーストリア併合後にナチス親衛隊の下士官となった。最終階級は親衛隊曹長(SS-Oberscharführer)。
戦時中にはオランダ・アムステルダムのSD・ユダヤ人課に勤務していた。1944年にプリンセンフラハト263番地に隠れていたアンネ・フランクとその家族らを逮捕したことで知られる。
戦後はオーストリア警察に復職していたが、1963年にサイモン・ヴィーゼンタールの調査によってアンネの逮捕者であることを付きとめられた。
訴訟になるも罪に問われることがなく余命を全うした。



ヴィレム・ヘラルト・ファン・マーレン(Wilhelm Gerardus van Maaren、1895年8月10日 - 1971年11月28日)は、アンネ・フランクとその家族が隠れていたプリンセンフラハト通り263番地のオペクタ商会の倉庫係をしていたオランダ人男性。

戦後、隠れ家の密告者ではないかと疑われた。
  

268世界@名無史さん2017/06/05(月) 05:01:53.310
真の密告者は、依然として歴史の陰に身を潜ませているのだ。

アンネたちが連行されてゆくところを遠巻きにして見ていたのかもしれない。

269世界@名無史さん2017/07/01(土) 04:02:22.340
永遠の謎なんだろうが、
警官たちはすべてが分かっているかのように行動していた。

あの隠れ家のみを捜索しに来たってことを考えると、やっぱり密告はあったんじゃないかなぁ。

270世界@名無史さん2017/07/02(日) 10:20:05.830
ミープというのが定説だろ

271世界@名無史さん2017/07/18(火) 11:43:08.690
  
(虐殺者)
知ってるつもり?! アドルフ・アイヒマン
https://www.youtube.com/watch?v=caQiDthyDok

272世界@名無史さん2017/10/09(月) 14:34:44.320
生前にミープは「密告者はレナ・ハルトホです」とアンネの伝記作家に証言している
息子が殺されて失意のどん底にいたレナは、家族そろって潜伏していたフランク一家に嫉妬し逆恨みしていた

273世界@名無史さん2017/10/26(木) 14:01:56.110
どうせトランプの祖父ということにしてネガキャンやるつもりに100CNNクレジット

274世界@名無史さん2017/10/27(金) 05:30:01.160
ミープは密告者はファン・マーレンではないと断言している
なぜなら、ファン・マーレンもユダヤ人を自宅に匿っていたから

それと、隠れ家にフランク一家はじめユダヤ人が潜伏していたのは、
近所の住人たちは気づいていたらしい
知っていて、暗黙の了解で黙っていた

おそらくミープの言うとおり密告者はレナ・ハルトホだろうな

275世界@名無史さん2017/11/04(土) 17:35:38.350
そうか、密告者はレナ・ハルトホだったのか・・・・・

276世界@名無史さん2017/11/04(土) 17:51:46.420
カール・ヨーゼフ・ジルバーバウアーにしても、
ヴィレム・ヘラルト・ファン・マーレンにしても、
僕が子供のころまでは生きていたんだな。

277世界@名無史さん2017/11/04(土) 18:02:12.450
アンネ・フランク
(1929年6月12日 - 1945年3月上旬)

僕の父親より1才年上だ。

278世界@名無史さん2017/11/05(日) 11:16:52.410
http://this.kiji.is/65080851729876469?c=39546741839462401
アイヒマン書簡を公開
「私は道具」と恩赦要求
2016年1月27日 23時36分

【エルサレム共同】イスラエルは27日、第2次大戦中の
ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の責任者として
1962年にイスラエルで死刑を執行されたアドルフ・アイヒマンが
恩赦を求めた手書きの書簡を公開した。ロイター通信が報じた。

当時のイスラエル大統領に宛てた書簡で日付は死刑の2日前。
自分はホロコーストに責任のある指導者の「単なる道具にすぎない」と主張。
「私は責任ある指導者ではなく有罪と感じていない」として死刑を執行しないよう求めた。

アイヒマンは60年、逃亡先のアルゼンチンで
イスラエルの対外特務機関モサドに捕らえられ62年に絞首刑となった。


http://giwiz-nor.c.yimg.jp/im_siggidqwo7qM5p_XKcm4k2icmg---exp3h/r/iwiz-nor/ch/images/65088119653056520/origin_1.jpg

279世界@名無史さん2017/11/16(木) 05:40:11.330
作家のメリッサ・ミュラーさんは、アンネの伝記を執筆するために、あらゆる資料を詳しく調べ上げました。
その結果、倉庫係のファン・マーレンは密告者ではないという結論に達したのです。
『アンネの伝記』の著者 メリッサ・ミュラー「資料すべてに目を通した結果、彼が密告者だという証拠は、どこにも見当たりませんでした。
しかもミープ・ヒースは、40年間ずっと、ファン・マーレンは無実だと言い切っています。これに私は関心を持ちました。
1987年に出版されたミープの回想記のなかでも、彼女は、警察はどうかしている。密告者の可能性のある人を放っておいて、ファン・マーレンばかりに注目するのはおかしいと主張しています。
それで私は、密告者の心当たりがあるのかどうか、ミープに尋ねました。
すると彼女は、フランク一家を密告したのは、おそらく、レナ・ハルトホ・ファン・ブラデレンでしょうと答えたんです。」
(以下略)
http://www10.plala.or.jp/elf_/hakenkreuz/4-8.html

280世界@名無史さん2017/11/16(木) 06:31:00.400
アンネ一家・ゲシュタポ拘置所から通過収容所へ
https://ameblo.jp/hiro-1/entry-11933616465.html

281世界@名無史さん2017/11/18(土) 00:22:03.660
密告者はレナ・ハルトホで間違いなさそうだな
そもそも倉庫係は最初から雇わないか、秘密を守れそうな信頼できる人物を雇うべきだった

フランク一家たちは、潜伏し始めは物音にも細心の注意を払っていたが
潜伏期間が長くなるにつれて油断し警戒心が緩くなっていったらしい
そして倉庫番たちにも気づかれてしまった

282世界@名無史さん2017/11/21(火) 17:22:03.090
ファン・マーレンは1948年3月に事情聴取を受けた。彼は密告について否定するとともに、疑念に対して次のように反駁した。
「1943年から1944年にかけてパン屋や牛乳屋、八百屋などがしょっちゅう大量の食糧を届けてくることから
社屋の中でなにか奇妙なことが進行しているという疑いは持っていましたが、
ユダヤ人が匿われているという可能性には一度も思いいたりませんでした」
「私がそんなこと(罠の設置)をしたのはあまりにも頻繁に物が盗まれるうえ、皆が私に疑いの目を向けていたからです。
終業後に誰かが忍び込んでいる、そういう証拠を見せられれば私への疑いは晴れますから」
「(アンネたちの逮捕の前に)私がケフ商会(隣の会社)の社員と、うちの社屋に匿われているユダヤ人のことを話題にしたという話は嘘です。
あのユダヤ人たちが連行された後にはそういう話もしましたが」
「手入れの後でヒース夫人から鍵をもらいましたが、それがSDの命令でなされたとは知りませんでした」
「私がヒース夫人にSDと親しい間柄だからあんたは逮捕される心配をする必要はないなどと言ったというのは、全く事実に反します。
それどころか私は友人の間では筋金入りの反ドイツ主義者として知られていたのです。」

283世界@名無史さん2017/11/21(火) 17:23:20.360
結局ファン・マーレンの主張を突き崩すほどの具体的証拠はなく、1948年11月、アムステルダムの特別裁判所はファン・マーレンを条件付き免責とした。
条件とは3年間「戦争犯罪人監視局」の保護観察に付すというものだった(またその間は公職に就くことを禁じられ、また選挙権・被選挙権を停止される)。
これは戦争犯罪人への扱いとしては最も軽微な物で、当時何万もの「対独協力者」とされた人々がこの処分を受けていた。
しかしファン・マーレンはこれに憤慨し、ただちに「告発された罪状は身に覚えがない」として不服申し立てを行った。
そして5日後に治安判事は密告の事実は立証されなかったことを認め、ファン・マーレンを無条件免責とした。彼の疑いは公式にはこれで晴れたはずだった

284世界@名無史さん2017/11/21(火) 17:25:02.260
ところがその後、『アンネの日記』が爆発的に世界に広がったため、密告者が誰なのか世界中から関心を寄せられた。
また1963年にはサイモン・ヴィーゼンタールの調査によりジルバーバウアーが「アンネを逮捕した者」として突き止められた。
これを機にアムステルダムの国家犯罪調査部は密告の容疑者の捜査に本格的に乗り出した。
世界の目もあり、この時の捜査は1948年の時以上に厳しく徹底した物となった。

警察はまずJ.J.ド・コックという1943年中に2、3か月だけファン・マーレンの下で働いていた男の居場所を探し出し、事情聴取を行った。
ド・コックは自分とファン・マーレンは結託して倉庫から盗みを働いていたと証言した。
ただしド・コックは「ファン・マーレンに関する限り、国家社会主義に関心があるどころか、占領軍に取り入ろうとする形跡さえ見られませんでした」
と証言している

285世界@名無史さん2017/11/21(火) 17:26:28.930
ファン・マーレン自身は1964年11月に警察から事情聴取を受けた。その中で彼は倉庫から盗みを働いた事実は認めた。
また食料を運びこんだり、倉庫に見慣れない足跡があることについてクーフレルを問いただした時、彼のはぐらかすような態度から
疑念を抱いていたことも事実と認めた。クーフレルの証言にある青いペンキを剥ぎ取って云々という話は否認したが、
主屋の後ろに家があることは雨漏りの修理で屋根に登った時に気付いたことを認めた。
しかしそこにユダヤ人が匿われているのを知っていたことについては否認し、したがって密告したのは自分ではないと主張した。
また事務所の鍵はミープから渡された物でジルバーバウアーから管理者に任じられたという話は否認した。
また自分はレジスタンス組織のリーダーと友人関係にあったことを証言した。

286世界@名無史さん2017/11/21(火) 17:28:05.650
レジスタンス組織のリーダーと親しかった件は当のレジスタンス組織のメンバーから証言が取れた。
そのレジスタンスたちはファン・マーレンが金に意地汚い男だったことは認めたが、
彼がアンネの事をドイツ軍に密告をするなど到底考えられないと証言した。
一方、別の人間から彼がドイツ国防軍に購買代理人として雇われていたという証言も出てきた
(ファン・マーレンはこれを否認している)。

いずれにしてもファン・マーレンの主張を突き崩すほどの具体的な証拠は見つからず、
1964年11月4日に捜査は再び打ち切られた。
ファン・マーレンはその後1971年にアムステルダムの自宅で死去した。76歳だった。

287世界@名無史さん2017/11/22(水) 08:11:14.220
>>286
なぜレナ・ハルトホには、ファンマーレン並の事情聴取が行われなかったんだろう?
オランダ警察は無能としか思えない

288世界@名無史さん2017/12/02(土) 05:30:11.620
アンネの家族の中で唯一の生き残ったのは父親だけだった。
アンネの逮捕につながったナチへの密告は誰がしたのか? 多くの名前があがっているが、特定はできていない。

カール・ヨーゼフ・ジルバーバウアー(Karl Josef Silberbauer, 1911年6月21日 - 1972 年9月2日)はオーストリア及びドイツの警察官、諜報員。
オーストリアの警官だったが、 オーストリア併合後にナチス親衛隊の下士官となった。最終階級は親衛隊曹長(SS- Oberscharführer)。
戦時中にはオランダ・アムステルダムのSD・ユダヤ人課に勤務し ていた。
1944年にオランダに隠れていた アンネ・フランクとその家族らを拘束した中心人物。
1944年8月4月、ジルバーバウアー の勤めるアムステルダムのSDに何者かから電話があった。
ジルバーバウアーの上司 ユリウス・デットマン(Julius Dettmann)が電話を受けた。
電話の内容はプリンセンフラ ハト263番地にユダヤ人がかくまわれているという密告情報だった。
デットマンはジルバーバウアーを出動させた。

アンネ一家の居所について電話を受けたナチの将校ユリウス・デットマンは、ドイツの降伏後自殺した。
密告電話について彼が知っていたことは、本人と共に永遠に墓の中に葬られてしまった。

https://www.excite.co.jp/News/odd/Karapaia_52230214.html?_p=6

289世界@名無史さん2017/12/02(土) 17:53:58.310
密告の電話の声は女性だったという説がある
ということは…

状況証拠から考えて、レナ・ハルトホしかいない

290世界@名無史さん2017/12/02(土) 18:09:56.140
当時の電話の音質なんて低かったろうから、裏声とか出したら分からないだろ

291世界@名無史さん2017/12/03(日) 01:58:47.080
>>290
密告電話にわざわざ裏声を使う意味がわからん

292世界@名無史さん2017/12/03(日) 02:10:12.340
1944年当時、ナチス政権下でユダヤ人狩りの密告は日常茶飯事だった。

フランク一家を通報した密告者は、
まもなくドイツが負けて、
アンネの日記が出版されて、
世界的ベストセラーになったおかげで密告者探しが始まり、
自分が密告したのがバレて逮捕されることを、少しでも予想しただろうか?
そんなリスクも不安も感じてないのに、わざわざ裏声で女性のフリをするだろうか?

普通に考えてあり得ない。

293世界@名無史さん2017/12/26(火) 15:24:27.730
倉庫係なんか雇わなければ、密告されることもなかった
アンネもマルゴーも生き伸びてたと思うと…

294世界@名無史さん2018/01/18(木) 21:51:42.170
カール・ヨーゼフ・ジルバーバウアー(Karl Josef Silberbauer, 1911年6月21日 - 1972年9月2日)

ヴィレム・ヘラルト・ファン・マーレン(Wilhelm Gerardus van Maaren、1895年8月10日 - 1971年11月28日)

295世界@名無史さん2018/01/22(月) 13:38:24.550
レナ・ハルトホは地獄で苦しめばいい

296世界@名無史さん2018/01/30(火) 06:45:24.490
世界史のようにおもしろいかねがはいってくるさいと
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』

10QF1

297世界@名無史さん2018/01/31(水) 02:37:05.770
マルゴーの日記も読んでみたかった
アンネと違って人の悪口は書かなそうだけど

298世界@名無史さん2018/06/07(木) 11:12:44.410
>>93
女流官能作家になっていたかも分らんね
とはいえ。わざわざアンネ自身が読まれたくないと思いなおして前張り・・・
もとい、紙を張ってかくしたエロページまで解読してしまうとは何という死体蹴り

ttp://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1528295387/

299世界@名無史さん2018/06/07(木) 11:13:21.320
>>93
女流官能作家になっていたかも分らんね
とはいえ。わざわざアンネ自身が読まれたくないと思いなおして前張り・・・
もとい、紙を張ってかくしたエロページまで解読してしまうとは何という死体蹴り

ttp://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1528295387/

300世界@名無史さん2018/06/07(木) 11:14:02.310
【高プロ制は、人柱″】 臣民は、残業して、朕の、東電株を、支えろでおじゃるニダ < `∀´>
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1528335690/l50

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