イスラム王朝の歴史 [無断転載禁止]©2ch.net

1世界@名無史さん2016/03/09(水) 16:11:38.380
正統カリフ時代のイスラム帝国から現在のイスラム国まで
イスラム王朝について総合的に語りましょう

36世界@名無史さん2016/04/20(水) 12:09:33.130
イスラム国特にUAEだった国とエジプトについては本当に王様を名乗る人が
多すぎて、きっと国民の半数は名乗ってたにちがいないけど、みなラクダの
ような顔立ちでちょっとなんていうかアレな感じでした。

37世界@名無史さん2016/04/20(水) 22:13:19.940
>>36
何を言っているか分かりません。

38世界@名無史さん2016/04/20(水) 23:15:03.120
>>36
誰か日本語に翻訳してくれ

39世界@名無史さん2016/09/02(金) 20:13:07.900
ウマイヤ朝=アラブ人のための国家
アッバース朝=イスラム教徒のための国家

この認識でおk?

40世界@名無史さん2016/09/02(金) 22:45:29.780
アッバース朝=アッバース家のための国家

41世界@名無史さん2016/09/02(金) 22:58:27.200
ムハンマドが天国から見たらムアーウィヤとか絶対許さん気がする
それが最大勢力スンニ派だから皮肉

42世界@名無史さん2016/09/03(土) 13:35:51.290
いまさらバーナード・ルイスの『イスラム世界の二千年』読んでるんだけど
イスラム史って意外と日本の歴史と似ている気がしてびっくりしましよ。
まだ3分の1ぐらいしか読んでないけど
実権を握っていたカリフが次第に武官に実権を奪われて、宗教的権威に納まったり
セルジューク族が既存のカリフを、据え置きにしてカリフとは別にスルタンを名乗って
軍人たちに土地を分配して封建制を採用した話とか、朝廷ー幕府の関係みたいで
中国・朝鮮の歴史よりも、なんか親近感が沸いた

いまはベルベル王国っていう国の存在がすごく気になってる
なんか国名かわいいし

43世界@名無史さん2016/09/03(土) 18:05:11.120
ムハンマド=聖徳太子

44世界@名無史さん2016/09/04(日) 03:48:04.010
>>42
西欧の皇帝と教皇の関係にも似てるな
日本に限らず、普遍的な事だと思うが
政治と宗教は手に手を取り合ってだよ

45世界@名無史さん2016/09/04(日) 05:43:46.230
そのカリフスルタンの関係性以外にどう似てんの
その親近感を感じない中国史と日本史なんて文字思想制度辺りを相当共有してるんだけど
余程イスラム史と日本史に共通項がないと勝てんよ

46世界@名無史さん2016/09/04(日) 07:05:23.640
>>45
文字思想制度とかが似てるのは共有しているといっても
日本が中国それぞれの歴史を歩んだ似た制度を生み出していった訳じゃなくて
中国型の国家を模範として日本が中国システムを意図的に輸入した結果の共有なんだから
この場合は日本と中国が『似ている』んじゃあなくて日本が中国に『似せた』
っていうほうが適切じゃぁないの>>文字思想制度官位名通貨衣服とか

47世界@名無史さん2016/09/04(日) 23:20:16.470
だから?

48世界@名無史さん2016/09/05(月) 05:29:01.930
>>余程イスラム史と日本史に共通項がないと勝てんよ
共通項の数で勝ち負けを論じても意味が無い

49世界@名無史さん2016/09/08(木) 03:50:05.490
スルタン=カリフ制は、公武合体みたいなものか
当時の日本とトルコはどちらも列強諸国の外圧にさらされていた

50世界@名無史さん2016/09/26(月) 03:35:33.730
ウマイヤ朝、アッバース朝、オスマン朝の3つしかないよね。

51世界@名無史さん2016/09/26(月) 03:41:05.910
>>11
United Kingdom の、ウィンザー家とかハノーファー家とかスチュワート家とかランカスター家とかのKingを頂いてる国体は、王朝ではないんかい?

52世界@名無史さん2016/09/26(月) 09:05:53.550
>>42
カリフの宗教的・精神的な権威は低いからなあ。
メッカの守護者の方が格が上。

ファティマ朝とかマムルーク朝とか、カリフ? そんなのまだ居たの? 自称だろwwwwみたいな感じ。
そこそこの礼遇はしても、政治に参与させたり経済的な援助をしたりは無い、徳川時代の、喜連川(足利家)とか織田家のようなものだろ。

53世界@名無史さん2016/10/23(日) 21:34:28.130
ロシアにあったカザン・ハン国とかなにげにイスラム王朝なんだな
もっとも北方にあるイスラム王朝か?
いまでもあの辺りは◯◯スタンって名の共和国があるよな

54世界@名無史さん2017/01/12(木) 14:51:20.560
どなたかアガー・ハーン・ネットワークやアガー・ハーン財団をご存知の方がいらしたらご教示
いただきたいのですが、このニザール派の領土を持たない王朝、なんとなく世界帝国に見えるのですが?
ドバイのニュースでもアガー・ハーン建築賞とかぽろっとでてくるんですゆねえ、ただのサラブレッドの
育成実業家でもなさそうですねえ?なんか日本も一枚かんでいるみたいだし

55世界@名無史さん2017/01/12(木) 14:57:56.380
欧米に流入しているアフガンのシーア派難民が極めて高学歴って報道を目にしましたが
ハザラ人のイメージじゃないんですよねえ、パキスタンのタリバンやTTPのシーア派への攻撃の動機
もあまりにも単純に見られているような気がしてきたんですけど、どなたかご存知の方いらっしゃいませんでしょうか?

56世界@名無史さん2017/01/12(木) 16:13:31.980
>>52
ファーティマ朝はアッバース朝に対抗して主君がカリフを名乗ったんじゃなかったんじゃないでしょうか?
後ウマイア朝とならんでカリフ三鼎立時代の中カリフ国なんて言われていますが?
マムルーク朝は江戸幕府における調停みたいにモンゴルに滅ぼされたアッバース朝の
生き残りをあえて傀儡に擁立したんじゃなかったんじゃないでしょうか?カイロ・アッバス朝かな?

57世界@名無史さん2017/01/12(木) 16:14:17.370
ああ朝廷です、失礼しました

58世界@名無史さん2017/01/12(木) 17:11:03.120
ザンキー朝が二代目で分裂してシリア方面を収めた君主がヌルディーンでしたっけ?現在のシリア内戦の
反政府軍にヌルディーン・ザンキー軍なんてありましたね、そのヌルディーンに従えてエジプト遠征して
イスマイール派のファーティマ朝を乗っ取ってアイユーブ朝を打ち立てたのが
サラ―フッディーンでよろしかったでしょうか?サラーフッディーンは一般には対十字軍の英雄
だけどこうしてみるとイスマイール派を粛清したと言う功績の面もあるみたいですね、クルド系説があるのが
興味深いですね

59世界@名無史さん2017/01/30(月) 14:14:18.540
>>53
なにげにて、タタールの軛の時代、ロシア全域がトルコ・イスラム王朝のジョチ・ウルスの属領だったんだぞ。

60世界@名無史さん2017/02/14(火) 14:55:42.450
ジョチ・ウルスの後継国家はバラバラに分裂した、カザンハン国、アストラハン国、クリミア・タタールハン国
サライ中心の大ハン国、シャイバニー朝、カザフ・ハン国、シビル・汗国などに分裂し結局、ツァ―リ・ロシアに
確固撃破されていった、モンゴルのルーシー侵攻は1240年代だがモスクワ大公国に
サライの大ハン国が大敗したウグラ川の戦いが1480年、大ハン国は急速に衰退し
1502年にクリミア・タタール・ハン国に滅ぼされる、エカティリーナ女帝時代に完全に
クリミア・タタール・ハン国が滅ぼされたのが1783年、かくしてジョチ・ウルスは完全に消滅

61世界@名無史さん2017/06/10(土) 22:46:06.670
イスラム諸国は、いまこそ団結すべきだ

62世界@名無史さん2017/06/10(土) 22:48:26.780
世界の4大河文明のうち、3つはイスラム王朝の傘下に入った

事実上、当時としては世界の宗教界を統一したと言ってよい

63世界@名無史さん2017/06/10(土) 22:49:09.520
ナセルは、一時的とはいえエジプトとシリアの統合に成功した

64世界@名無史さん2017/06/30(金) 10:19:50.040
ムワッヒド朝良かったのにな
もっとイベリア半島を支配して欲しかった

65世界@名無史さん2017/07/06(木) 16:45:53.040
戦史に残る大軍の寡兵に対する敗北、ナバス・デ・ドロサの戦いですか、伝説の突撃
をムワッヒド朝軍にかけた人はナバーラ王サンチョ7世、おまけ、イスラム帝国オスマン朝
の第二次ウィーン包囲を打ち破った英雄の一人がポーランド王ヤン三世ソビェスキ

66世界@名無史さん2017/07/07(金) 00:15:52.800
ユーラシア世界の過半を征服したのはモンゴル帝国ですよ、その分封の多くはイル・ハン朝
やジョチ・ウルスやそのまた後継王朝のクリミヤ・タタール汗国のようにイスラム化した
でも忘れてはいけない、アイン・ジゃールートの戦いでフレグの派遣したモンゴル軍は
十字軍国家と同盟してイスラム国家、マムルーク朝と激突した事を

元朝も他宗教国家だ、仏教、儒教、イスラム教やゾロアスター教、ネストリウス派キリスト教どころではない
ローマカトリックの大都に大司教すらいた、元々モンゴルはテングリ信仰が主でこと宗教
政策になると比較的寛容と言うか無頓着だったからね

67世界@名無史さん2017/10/30(月) 14:41:55.610
ラカイン州の290万の多くがイスラム教徒だが、ロヒンギャはそのうち80万人、うち60万近くが
バングラディシュに追い出された訳だがアラカン民族解放戦線のバックには、ISがいることはISの
ネット広報紙でミャンマーに復讐すると明言されていた、フィリピンのマラウィ戦の避難民は40万人

68世界@名無史さん2017/10/30(月) 14:42:27.870
まったく同じ口でフィリピン国軍の奮戦をたたえて、比国軍は人質を全員解放したという大本営発表を
右から左に垂れ流していた、国軍のIS掃討戦に密着取材すらしていた、明白な仏教徒差別の
キリスト教びいきだな、それともSASUKEから金をもらったか、サウジが人権理事会に入ってからのイスラムびいきはひどいものだしねえ

69世界@名無史さん2017/10/31(火) 09:36:43.950
1492年年、グレナダの陥落によりナスル朝滅亡、イベリア半島におけるキリスト教徒のレコンキスタ完成
その年にパレスチナの地にスペインからユダヤ教徒の帰還が始まっている、まさにその年からね
イスラム帝国のイスラム教徒に付随して中東、アフリカ大陸から海を渡ってきたユダヤ教徒がスペイン語方言の
ラディーノ語に言語置換してセファルディムになった証拠、イスラエル人ですらリトアニアやポーランドからの
帰還者しか頭が回らない、今度のUNESCO事務局長の父親がモロッコ王室顧問を務めるセファルディムのように
けっこう今でも欧州、中東関連の著名なセファルディムがいる

オランダのような低地ドイツ語地帯のユダヤ教徒はセファルディムだよ
上高地ドイツ語方言のインディーシュ語を話す連中がアシュケナジムだ

フランク人のアンネはどっちかな?

70世界@名無史さん2017/10/31(火) 09:50:46.780
タイファ諸侯の中から台頭したキリスト教国家のポルトガルの第一王朝、第二王朝の
途中までは隣のカスティリーヤ=スペインほど異端審問が激しくなかった、イスラム教徒
は知らんが、ユダヤ教徒はキリスト教に強制改宗して新キリスト教徒とした、商工業者
や職能集団として結構重宝した、スペインからの圧力、特にスペインとポルトガルが
同君連合になって以降急速に異端審問が強まり、新キリスト教徒も新教徒地域の
オランダ等下ドイツ地方やアフリカ大陸に亡命することになる
1497年にイスラム教徒とユダヤ教徒の礼拝が禁止されユダヤ教徒の新キリスト教徒
への強制改宗がおこなわれた、まさにその年にポルトガルからのユダヤ教徒の帰還
が行われているんだよ、あとポーランド・リトアニアの衰退の年表と比較してみれば
よいから

71世界@名無史さん2017/10/31(火) 09:58:58.160
この新キリスト教徒こそイスラム教徒が古代・ギリシャ文明を守って中世に毛皮を着ていた
欧州人にその文明を引き渡してルネッサンスになったとのみ、主張するイスラムかぶれに対する
有力な反証になりえるだろうな、あの馬鹿どもは(東)ローマ帝国滅亡時の亡命者の影響すら無視する

72世界@名無史さん2017/11/19(日) 10:08:36.870
面白い論文見つけた、日本の新進気鋭のパレスチナ研究家の論文だ、中身は著者の労作だし
触れないでおくが、オスマン帝国末期、サイクスピコ-ヴァルファオ-マクマホン体制確立期の
様子が良ーくわかった、二つだけ良い指摘があったな

73世界@名無史さん2017/11/19(日) 10:11:11.670
シリアのムハーバラード以下旧植民地国家における秘密警察体質は職門地当局がその
統治の為に現地人の一部を採用して作り上げたものであること、フランス植民地当局が
作った体制を欧米が人権侵害ガーってなんじゃいそれは

74世界@名無史さん2017/11/19(日) 10:21:18.810
ロシアの領内にハン国がいくつもあったことに違和感を禁じ得ない。

75世界@名無史さん2017/11/19(日) 10:23:36.740
職門地→植民地

その論文をヒントにオスマン帝国時代の行政区画の歴史資料みっけ、帝国成立から
滅亡までの間、一度としてパレスチナ州だのパレスチナ県など存在しなかった
あのあたりは時代によってくるくる変わったが、ハレブ州(アレッポ)シャム州、ベイルート州なんかがあったんだな

76世界@名無史さん2018/01/30(火) 09:58:05.930
世界史のようにおもしろいかねがはいってくるさいと
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』

C44TI

77世界@名無史さん2018/06/03(日) 16:15:33.600
モロッコのアラウィ朝面白いよ、現国王の王妃、ヒジャーブだのブルカだのニカブどころかベールすら
かぶっていない、国王の配偶者は1人しかいないな、家族法か、ブルカ、ニカブ禁止令にたいする反対デモ
なんじゃそれ?そもそも国王の王妃が被り物していないぞ

78世界@名無史さん2018/06/05(火) 11:18:52.260
暗殺教団、ニザール派、面白いよ、インドのムハッラムに使われるシーア派の重要施設をテランガーナ州政府
当局と修復へ、カイロの歴史的モスクの修復にも乗り出す、日本のスンニアラブシンパの役にも立たない
イスラム教観をぶち壊す動きですねえ l o l

79世界@名無史さん2018/06/10(日) 10:52:12.310
カブールのバーブル庭園って多分、ムガール朝の初代皇帝の名前が由来だと思ったが違ったかな?
ムガール帝国と言う征服王朝が中央アジアから進出した何よりの証拠、2代目皇帝がいったん帝国を
滅ぼされて亡命した先があのサファヴィー朝、その後援を受けて帝国を再建し三代目アクバル大帝の時に最盛期と

80世界@名無史さん2018/06/10(日) 11:26:07.760
アクバル大帝がジズヤを廃止して他宗教、多宗派に寛容だったことは今のハンバルかぶれのイスラムかぶれ
は見たくない、親父がいったん国を滅ぼして亡命した先があのサファヴィー朝の事もね 

81世界@名無史さん2018/06/11(月) 10:14:48.760
>>33
いまのイランでは女性のヒジャブ排斥運動が高まっていて、
あげくは王政復古の声まで出るようになっている。
トッドは好かんけど、イランの世俗化は本当にそうなると思う。

82世界@名無史さん2018/06/12(火) 08:59:13.890
>>81
少し前の反政府デモの黒幕は世俗強硬派のアフマディネジャドだよ、王政復古どころかトランプの新ABCD
包囲網で保守強硬派の力がかえって高まって国内的には団結するってさ、ほんまもんのイランウオッチャー
が言うにはね、側からみている連中は群盲象をなでているな

83世界@名無史さん2018/06/12(火) 09:02:56.790
だいたいムジャヒディーン・ハルクだって数年前に欧州でサウジの支援で反イラン集会を開いて、サウジの
支援を受けるとはそこまで落ちぶれたかっていわれてな、そもそも連中の女性メンバーは米国ではしないが
欧州では平然とベールなど被り物している、世俗派って何なんだね?

84世界@名無史さん2018/06/13(水) 08:05:49.220
イスラム王朝の歴史なんて日本のイスラム学者やアラビストなんぞの作文読むより、開発援助、遺跡、史跡
保存、修復やっている世界的な財団や開発銀行のPRでも見ていた方がよっぽど勉強になる、日本人の
ハンバルかぶれのイスラミストやアラビストなど血沸き肉躍るエンタティーメント活劇、陰謀渦巻くおどろおどろしい
世界でしか中東、アフリカを描けない

85世界@名無史さん2018/06/14(木) 19:37:45.160
オマーン海洋帝国っていつのころから知っていたかって記憶にないぐらい昔からね、インド洋からポルトガル勢力
を駆逐したのはなにもブサイード朝に始まった事ではないんだな、その前のアヤーリバ朝の時点で
アフリカ東海岸に進出、モンバサのポルトガル軍の要塞を1696年に攻略、インド洋の交易圏をほぼ手中にしている

86世界@名無史さん2018/06/14(木) 19:46:03.630
そもそもアラブの大富豪に見初められて玉の輿なんて話し日本とオマーンで言ったら戦前にすらある話しね
大山清子姫とかブサイナ王女とかね、戦前から知られた話だよ、中東を血沸き肉躍るエンタティーメント活劇でしか
見れない人非人には悪いが
ブサイード朝の海洋帝国含めてポルトガル・オマーン・イギリス(オスマン帝国も絡んでいたな)のインド洋覇権争い
なんて大戦略の陰謀の定番ね

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