ドイツ国家成立の歴史 [無断転載禁止]©2ch.net

1世界@名無史さん2017/05/22(月) 07:12:25.440
ドイツ国家成立の歴史に絞って語りましょう。
なぜならドイツ国家成立の歴史が他のヨーロッパ諸国の国家成立の歴史の中で一番面白いと思うからです。

387世界@名無史さん2017/08/04(金) 22:09:21.140
儒教では、皇帝が不徳だと干ばつなどの天災が起こるとされている

だから、中国の皇帝は雨乞いの儀式とかを必死でやっていた

388世界@名無史さん2017/08/04(金) 22:12:02.620
村山富市政権・・・阪神大震災

菅直人政権 ・・・東日本大震災

左翼政権の誕生と、天災は奇妙に符合する

389世界@名無史さん2017/08/04(金) 22:29:24.240
>>382
中国史上における世襲的封建制の否定と民衆による革命権の肯定
考えようによっては世界史上最も古いリベラリズムなのかも

390世界@名無史さん2017/08/05(土) 04:35:18.010
>>389
地方に総督を派遣するというのは、古代ペルシャ帝国やローマ帝国もやっていた

でも、だからといって、地方の有力者がいなくなるわけではない

391世界@名無史さん2017/08/05(土) 04:46:53.900
>>389
>民衆による革命権の肯定

それはジョン・ロックの社会契約説

中国の易姓革命は、単に皇帝の姓が変わるだけであり、社会体制はまったく変わらない

この2つがどれほど異質な思想であるかを、故・小室直樹が力説してたのを思い出す

392世界@名無史さん2017/08/05(土) 05:09:40.530
漢の豪族社会、唐の貴族社会は、世襲の封建的有力者の世界だった

唐から宋にかけて、それが科挙官僚による統治へと変わる

393世界@名無史さん2017/08/05(土) 05:11:33.840
長宗我部家が廃され、山内一豊が藩主として土佐に赴任したように、
科挙官僚が地方の統治者として北京から送り込まれた

394世界@名無史さん2017/08/05(土) 05:22:52.710
廃藩置県した明治の日本では、世襲の藩主に代わって、県令が東京から送り込まれた。

北京の王朝には、近代日本ほどの中央権力があったということになる。

395世界@名無史さん2017/08/05(土) 06:50:58.070
■秦の中国統一

それまで小国家同士の争いを繰り返してきたユーラシア大陸東部を秦の始皇帝が平定し、統一王朝を成立させる。
この原動力となっていたのが、中央集権化だった。

それまでの世襲の封建体制に代わって、中央から王が派遣する官吏が土地を統治する「郡県制」によって強力な中央集権化を進め、統一王朝を築く。

後の律令制度に繋がる法治主義の確立など、統一王朝のモデルを作り上げた。

396世界@名無史さん2017/08/05(土) 06:53:39.970
中国の長い歴史のなかで王朝は統一と分裂を繰り返してきた。
カリスマ的指導者の下、国土が統一されると、中国は大きく、
国家は強くなければならないという国家観から、
広大な国土を強力な中央集権型システムで統治する公式制度が打ちたてられるが、
地方の統制は難しく、実際には、中央集権の程度は時代ごとに伸縮してきた。

 中華人民共和国についても、歴史的な中央集権─地方分権のサイクルがやはり確認される。

建国以来1970年代末までの毛沢東時代には、歴代王朝と異なり、
社会主義的近代国家の建設という目標を掲げ、
急速な経済近代化のため中央集権型計画経済システムを採用した。

地方統治の面では、伝統的には県レベルまでの浅い統治システムであったところを、
中国史上初めて郷レベルにまで政府を設置した。

397世界@名無史さん2017/08/05(土) 06:59:57.450
ドイツとフランス
中央集権と地方分権

 両国の政治の仕組みをみても、その間にはきわだった対照がみられる。
フランスの強大な大統領制とドイツの議院内閣制からして大きな違いがみられるが、
より顕著なのは前者の中央集権制に対する後者の地方分権制である。

 フランスはその発端から、ひたすら王権を強化し、王領を拡大することによって形成され発展した国家である。
パリとオルレアン一帯を支配するにすぎなかったカペー朝初期の所領が、ほぼ今日のフランス本土全域にまで拡大されたのは、
17世紀ルイ14世の時代であるが、これをもたらしたのは、歴代の王が一貫して行なった力による征服の結果に他ならなかった。
その国土膨張の過程で、支配を維持し統一を強化するために確立されたのが、パリを中心とする中央集権制度であった。

 フランス革命で王政は打倒されたが、中央集権制度は生き残っただけでなく、革命とその後のナポレオン時代にさらに強化されて今日に至っている。

398世界@名無史さん2017/08/05(土) 07:00:42.040
一方ドイツでは、1971年の統一以後も、歴史的な諸国並立の状態は引き継がれ、ヒトラー時代と戦後の東ドイツをのぞいて、今日まで地方分権制を維持してきた。

鉄血宰相ビスマルクによって実現されたドイツ帝国も、決して一枚岩の統一国家ではなく、連邦制の下に樹立された国家であった。

26の邦から構成され、そのうち22邦は従来通り君主制を維持し、それぞれ君主の統治下にあった。

22邦とは、プロイセン、バイエルン、ザクセン、ヴュルテンベルクの4つの王国、それに6つの大公国、5つの公国、7つの侯国である。

これらに、ハンブルクをはじめ3つの自由ハンザ都市、それに帝国直轄地としてエルザス・ロートリングン(アルザス・ロレーヌ)が加わって連邦を構成した。

399世界@名無史さん2017/08/05(土) 07:04:52.630
ドイツの地方分権は、第一に教育・文化にいちじるしい。ドイツには中央に文部省がなく、教育は州政府の管轄下にあり、各州それぞれ異なる教育行政が行われている。

第二には財政である。たとえば中央と地方の予算配分をみると、ドイツでは連邦(中央)政府の取り分がわずか40%であるのに対し、フランスでは70%以上を国がにぎっている。

第三は国政に対する地方のチェックである。ドイツの連邦参議院(上院)は、各州政府から任命された議員から構成されており、彼らは州政府の意志に拘束されている。

第四にマスメディア、ことに放送である。国営放送中心のフランスに対し、ドイツでは、各州が共同で公共放送を運営している。
しかもフランスでみられるような政治の介入を避けるため、州それぞれ各界多様な代表からなる放送審議会が運営に参加する。
なお各州には、連邦の越権に対して、憲法裁判所への提訴の道が開かれている。

400世界@名無史さん2017/08/05(土) 08:57:21.460
西欧で勃興した近代国家の本質を見極めるため覇権された遣欧使節団
日本が執るべき国体の参考を探して各国要人と面談を続けた伊藤博文が
統一間もないビスマルクとも会談してる
ビスマルクは何故か最初から日本に好意的で近代国家の有り方について親切に教えてくれた
伊藤に向かってビスマルクは熱弁をふるう
・議会何てのは面倒なだけだから作るな
・選挙はガス抜きとしてやってるフリだけしてればよい、選挙権者は少なければ少ないほど良い
・憲法ほど邪魔なモノはない、あんなものは無い方が良い・・・etc

伊藤は、近代国家の模範を探しに欧州までやってきたのに
このドイツオヤジの言うことを聞いてたら徳川時代どころじゃない専制国家が出来てしまうと呆れかえった

401世界@名無史さん2017/08/05(土) 12:24:20.440
>>400
幕末までの日本が知っていた欧米の国といえば米英仏蘭といった議会制民主主義の最先進国ばかりだったから
日本の政治思想・制度を原形を留めないほど作り替えなければ富国強兵は成らないのでは、と伊藤は心配してたところ、
日本とそう変わらない半専制的な政治体制のまま富国強兵を成し遂げたプロイセンという国を知って
伊藤は随分と安心したという話をどこかで読んだ記憶がある

402世界@名無史さん2017/08/05(土) 13:57:31.110
>>397
フランスは血筋が絶えなかったのが大きいよ
全員カペー家につながってるから
カペーからヴァロア家、ヴァロア家からブルボン家で王家が獲得してきた領地を全部相続できた
一方ドイツはハプスブルクまでは安定した継承ができなかったし
カール5世が死んだ後オーストリアとネーデルラントに分割相続した結果皇帝の力が弱くなった

403世界@名無史さん2017/08/05(土) 14:14:22.520
フランスは百年戦争の後有力諸侯が断絶して
100年ぐらいでほぼ全部王領になった
そして最後に残った有力諸侯のブルボン家が王領を相続してヌヴェール公領を除いた95%ぐらいが王領になった
こんぐらい都合がドイツじゃ起こらなかった

404世界@名無史さん2017/08/05(土) 14:15:52.920
日本はプロイセンだけじゃなく
イギリスもかなり参考にしてるからな
そもそも明治維新のバックにイギリスがいる

405世界@名無史さん2017/08/05(土) 18:30:20.290
ないない。すべてはウヨジナル

406世界@名無史さん2017/08/05(土) 18:46:27.470
日本が議会制民主主義の国になったのは、近代化のお手本となるモデルがイギリスだったからであり、
中国か独裁制全体主義の国になったのは、近代化のお手本となるモデルがソ連だったから。

日本人と中国人の国民性の違いより、その方が大きい。

407世界@名無史さん2017/08/05(土) 22:20:36.870
日本にお手本などないウヨジナル

408世界@名無史さん2017/08/06(日) 01:18:45.100
>>406
イギリスをお手本にしようとしたのは欧州各国も同じ
あのフランス革命だってイギリスのようになりたいって気分が強かったという
お手本は同じでも出来上がるのは各国独自のものにしかならない

409世界@名無史さん2017/08/06(日) 07:39:08.700
17世紀、イギリスでは清教徒革命が起こり、フランスではフロンドの乱が起きた。

イギリスでは国王チャールズ一世が敗れて議会制民主主義が大きく前進した。

フランスでは国王ルイ14世が勝利して、絶対王政への道が開かれた。

410世界@名無史さん2017/08/06(日) 08:32:12.470
ドイツでは三十年戦争が起きて、神聖ローマ帝国が崩壊した。

411世界@名無史さん2017/08/06(日) 10:26:44.240
訂正

ドイツでは三十年戦争の結果、神聖ローマ帝国が有名無実化した。

412世界@名無史さん2017/08/07(月) 13:19:54.360
互助団体としては機能してたけどね

413世界@名無史さん2017/08/10(木) 06:24:10.810
山県有朋は政党政治の導入に反対していたが、伊藤博文は上からの近代化の一環として譲らなかった

414世界@名無史さん2017/08/10(木) 06:25:22.360
伊藤博文こそは、アジアに議会制民主主義を導入した世界史的人物

415世界@名無史さん2017/08/10(木) 07:40:36.410
>>393
>山内一豊が藩主として土佐に赴任したように
当時、藩なんてのはない
領主だ

416世界@名無史さん2017/12/20(水) 22:54:41.210
大学時代は南ドイツより北ドイツの方が経済的に発展していると習ったけど今は逆になっているみたいだな
南部のバイエルンなんてプロイセンやザクセンに比べたらゆるゆるってイメージがあったんだけど

417世界@名無史さん2017/12/21(木) 10:56:24.530
>>403
「イギリスのような」というのはそれまで議会制民主主義について具体的イメージを
提供できる国がほかに現存しなかったからというだけ
しかし歴史を紐解けば古代ローマの共和制、古代ギリシャの民主政があった
ギリシャとローマでもだいぶ違うが、モデルはイギリスだけだったわけではないし
またイギリスの議会制度も啓蒙主義から計画的に作られたというものではない
フランスは啓蒙主義に基いて革命を起こしたから各国から危険とみなされて攻撃された

418世界@名無史さん2017/12/21(木) 10:57:16.880
>>417アンカーミス、正しくは>>408

419世界@名無史さん2017/12/30(土) 13:10:23.040
今でもルール地方は盤石でしょ
ていうかケルンからネーデルラントは1000年前から欧州経済の要

420世界@名無史さん2018/01/30(火) 12:47:20.430
世界史のようにおもしろいかねがはいってくるさいと
グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』

RRDOK

421世界@名無史さん2018/04/09(月) 06:43:30.070

422世界@名無史さん2018/04/23(月) 00:41:20.290
ドイツ本当におもしれーわ

423世界@名無史さん2018/05/24(木) 20:54:31.980
HRE!

424世界@名無史さん2018/05/26(土) 20:01:40.840
>>419
長江下流が中国の要なのと同じく、ライン川下流が欧州の要

425世界@名無史さん2018/05/26(土) 20:02:22.260
中国ほど地域的な偏りがないので、なかなか実感しにくいことだが

426世界@名無史さん2018/05/26(土) 20:04:05.050
河口がオランダという、小さな独立国になっているのも偶然ではない

中国も、本当は上海が独立国となり、そこを境に南と北で別の国になるのが良い

427世界@名無史さん2018/05/26(土) 20:07:06.340
ドイツ国家成立の原点は、1815年のドイツ連邦にある

428世界@名無史さん2018/05/26(土) 20:07:51.360
あのまま、緩やかな統一国家になっていくという道もあった

429世界@名無史さん2018/05/26(土) 21:47:40.890
そしたら、オーストリアはなかった

430世界@名無史さん2018/05/26(土) 22:57:14.710
オーストリアがかわいそう

431世界@名無史さん2018/05/27(日) 10:11:43.680
バイエルンは、今でも別の国みたい

政治も、日本でいえば、大阪だけ自民党じゃなくて大阪維新が牛耳っており、相互不可侵の協定を結んでいる・・・というような体制

432世界@名無史さん2018/05/27(日) 11:10:01.550
>>431
大阪維新の連中って元々は東京の人間だからそういうのとは一緒にしてはいかんよ
東京の保守派のはぐれものと大阪のゴロツキが一緒になって立てた党だし大阪にも自由民主党(大阪府連)というのがある
プロイセンの保守勢力であるCDUとバイエルン中央党の流れであるCDSの関係とは大いに異なる

433世界@名無史さん2018/05/27(日) 11:47:34.440
オーストリアは非ドイツ人部分が大き過ぎた
それこそヨーロッパに入りきれなかったイギリスと同じに

434世界@名無史さん2018/05/27(日) 13:02:36.260
バイエルンの右翼はドイツ国家よりバイエルン王に忠誠心があるイメージ

435世界@名無史さん2018/05/27(日) 15:57:34.330
>>433
それはプロイセンびいきすぎで、明治国家の枠組だけに染まりきった国家観だ
むしろオーストリアこそ「ドイツ的」部分をよく温存しているのではないか

436世界@名無史さん2018/06/10(日) 00:40:45.830
>>435
そのドイツ的な部分とはたとえばどんなところですか?

437世界@名無史さん2018/06/10(日) 10:49:24.170
言わずとしれた中央集権的な国民国家体制中心の国家観でしょう

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