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【資料】カルタゴについて語るスレ2【少な過ぎ】
レス数が1000を超えています。これ以上書き込みはできません。
0001世界@名無史さん2021/01/22(金) 15:07:23.290
地中海の女王と呼ばれ輝かしい栄華を誇ったにも関わらず、ローマに破壊し尽くされ資料が殆ど残ってないカルタゴ
政治、軍事、気候、宗教、特産品、文化、人物、都市伝説等…
何でも良いんでカルタゴについて語りましょう

前スレ
【資料】カルタゴについて語るスレ【少な過ぎ】
http://itest.5ch.net/test/read.cgi/whis/1601702440/l50
0002世界@名無史さん2021/01/22(金) 16:43:54.620
>>1
立ておつです!
これからもユルリと参りましょう
0003世界@名無史さん2021/01/23(土) 11:38:42.710
>>1
0004世界@名無史さん2021/01/24(日) 14:35:07.020
前スレも埋まりましたので、以後は此方にお願いいたします!
カルタゴの皆さん、また宜しくお願いします
0005世界@名無史さん2021/01/24(日) 17:53:09.810
カルタゴ関連の写真で見れなくなったのもあるね
0006世界@名無史さん2021/01/24(日) 19:02:44.170
>>5
ローマに焼き捨てられたか
0007世界@名無史さん2021/01/24(日) 20:44:04.080
加留多後
0008世界@名無史さん2021/01/24(日) 21:35:33.340
>>6
彼奴等、カルタゴを歴史から抹殺しようとしてるからなぁ…
全く野蛮な奴等よ
0009世界@名無史さん2021/01/24(日) 22:32:24.260
コロナもヤバいけど、カルタゴも随分疫病には苦労させられたよねー
特に包囲中は
0010世界@名無史さん2021/01/25(月) 08:42:21.050
>>9
結局医療も発達していない時代の疫病って、どうやって乗り越えたんだろうね
0011世界@名無史さん2021/01/25(月) 11:33:20.890
>>10
生きて抗体を持った者が残り、抗えなかった者は淘汰された
あとは呪いとハーブとかじゃない?
0012世界@名無史さん2021/01/25(月) 12:44:45.210
カルタゴ時代の人物の像やガラス製の人の顔なんか見ると、巻き髪ぽい以外は肌の色も顔立ちもまちまちだね
ギリシャっぽいのから繋がり眉毛から南アフリカ人ぽいのまであるよ
中には日本人に似た顔立ちのものあった
0013世界@名無史さん2021/01/25(月) 15:59:22.180
>>12
多民族国家だったんじゃないかな
フェニキア人といっても日本人以上には見た目に個人差があったと思うよ
0014世界@名無史さん2021/01/26(火) 08:53:43.120
>>12
前スレに載ってたビュルサ付近に埋葬されてたフェニキア青年アーチーは今のスペインとかイタリアに普通に居そうな風貌だった
0015世界@名無史さん2021/01/26(火) 16:53:46.660
コーカソイドに近そうなイメージがあるけど
あの辺も白から黒まで随分開きがあるよね
ローマのハンニバル像も実は本人と似てないと言われてるし
0016世界@名無史さん2021/01/26(火) 19:06:17.050
>>11
カルタゴの医療の話って前も出たっけか?
ギリシャかあっちの方の技術をローマがパクった話なら聞いた事あるけど
0017世界@名無史さん2021/01/26(火) 19:12:08.220
>>1
地中海の王は、誰じゃったんじゃろか?
0018世界@名無史さん2021/01/26(火) 20:37:33.140
>>17
勿論カルタゴよ
0019世界@名無史さん2021/01/27(水) 07:48:42.690
>>16
毒薬の話しかな?
前スレにはなかったと思う
0020世界@名無史さん2021/01/27(水) 11:57:23.090
>>18
カルタゴは王というより女王って感じだね
0021世界@名無史さん2021/01/27(水) 12:24:46.810
>>16
カルタゴが存在した頃もヒポクラテスが居たから呪いなんかに頼ったものではなく、薬草を使ったりした医療はあった筈だよ
0022世界@名無史さん2021/01/27(水) 21:22:22.810
>>20
誰が呼んだんじゃろか?
0023世界@名無史さん2021/01/27(水) 21:24:31.930
>>10
感染者を閉じ込めて燃やすとかは
けっこう効果的なのでは
0024世界@名無史さん2021/01/27(水) 21:46:59.140
>>22
知らんよw
でもよく地中海の女王って書いてあるね
始祖が女王だからかな
0025世界@名無史さん2021/01/27(水) 21:48:35.200
>>23
ペストの時はノストラダムスのアイデアでそうしたらしいね
問題は紀元前にそういう発想があったか…
まてよ、確かカルタゴには火葬の風習があったな
0026世界@名無史さん2021/01/28(木) 09:30:17.080
カルタゴの葬儀は火葬も土葬もあったみたいだよ
アーチーは土葬じゃないかな
疫病等で子供達が沢山亡くなった時期があったりしたのかな…
単一の時代ではないかも知れないけど、トフェトの謎を解く手掛かりになるかもしれないよ
0027世界@名無史さん2021/01/28(木) 17:03:29.230
くそー、朝日カルチャーセンター横浜教室良いなぁ!
コロナでもやるのかな

佐藤 育子(日本女子大学講師)
講師詳細
フェニキア・カルタゴ史を宗教と文化の視点から読み解く講座です。フェニキア人が崇拝したメルカルト神は、実はギリシア世界では英雄神ヘラクレスと同一視され、またカルタゴで崇拝されたバアル・ハモン神はギリシア・ローマ神話ではクロノス神やサトゥルヌス神と同定されています。地中海世界の神々の壮大な世界をフェニキア・カルタゴのみならずギリシア、ローマの視点も交えて考えたいと思います。(講師 記)
*2020年7月開講。各回テーマがありますので、途中受講歓迎です。

1/8  フェニキアとカルタゴの神々
2/12  メルカルトの地中海
3/12  バアル・ハモンの世界
0028世界@名無史さん2021/01/28(木) 18:19:57.280
>>27
オンラインでやってくれないかなー
0029世界@名無史さん2021/01/28(木) 19:38:04.250
>>27
けっこう重要なエシュムンムンとアスクレイピオスが抜けてますね

マイナー神もやるのかしら?
0030世界@名無史さん2021/01/28(木) 19:53:40.980
>>29
時間次第じゃないかなぁ
北アフリカとかの宗教を網羅してる先生ぽいから情報は持ってると思う
0031世界@名無史さん2021/01/28(木) 23:27:29.690
>>27
この先生はトフェトをどう考えるんだろ
0032世界@名無史さん2021/01/29(金) 10:01:19.610
初期の頃は幼児犠牲もあっただろうけど、情勢が安定した平和な時代を迎えてからはやらないだろうね
日本でもつい最近まで人柱を使った儀式があったくらいだから
0033世界@名無史さん2021/01/29(金) 19:26:05.570
>>32
江戸まではあった
もしかしたら昭和初期まであったかも知れない
今は流石にないでしょ
0034世界@名無史さん2021/01/29(金) 23:12:36.510
今日肉の日🍖
肉食の文化はあっただろうか?
スパルタにクソ不味い豚料理があったらしいけど
フェニキア人は魚食ってそうなイメージだわ
0035世界@名無史さん2021/01/29(金) 23:22:46.260
セプティミウ・セウェルスのぱいせん
カディス出身カルタゴ部屋の可能性あるのかな?


ルキウス・コルネリウス・バルブス(Lucius Cornelius Balbus)は共和政ローマ末期・帝政初期の政治家・軍人。ヒスパニア属州の出身である。ローマ市民権を得たのは紀元前72年頃で生まれながらのローマ人ではない。


ローマ内戦(紀元前49年-紀元前45年)ではカエサルの下で戦い、いくつかの重要な任務を成功させてカエサルの信頼を得た。アレクサンドリアとヒスパニアの戦いにも参加。この功績で、神祇官(ポンティフェクス)に任じられている。紀元前43年にヒスパニア・ウルテリオル属州総督ガイウス・アシニウス・ポッリオの財務官(クァエストル)となる。そこでは住民からの略奪により大金を集めた。さらに出身地であるカディスを拡張した[1]。同年に大金をもってマウレタニア王(en)の元に逃れ、その後紀元前21年になるまでの消息は不明である。

紀元前21年、執政官代理(プロコンスル)としてアフリカ属州総督に就任。19世紀の歴史家テオドール・モムゼンは、バルブスは以前の行動からアウグストゥスの不興を買っており、20年も経ってから公職に復帰できたのは、バルブスの属州総督としての適性が極めて高かったためと考えている[1]。

紀元前19年にはベルベル人のガラマンテス族(en)に勝利し、同年3月27日に凱旋式を実施した。この凱旋式は生まれながらのローマ市民ではない将軍が行った最初の凱旋式であり、同時に皇帝家族以外が実施した最後の凱旋式でもあった。皇帝以外の凱旋式が次に行われるのは534年のベリサリウスの凱旋式である。バルブスはまたバルブス劇場(en)をローマに建設し、紀元前13年にアウグストゥスがガリアから戻ると彼に謙譲した[2][3]。
0036世界@名無史さん2021/01/30(土) 00:22:40.510
>>35
セプティミウスは属州民じゃないけどカルタゴ人枠に入ってるよね
しかもカルタゴ近辺にガンガン金注いでる
「ハンニバルの復讐者」って異名がついてる

カルタゴが滅びてから100年も過ぎると、感情的なものは薄れてより利用価値の方が重要視されたんじゃないかな
地理的にヒスパニアもカルタゴも魅力ある土地だろうから
0037世界@名無史さん2021/01/30(土) 00:55:59.830
九月は彼の月なんじゃろか?
0038世界@名無史さん2021/01/30(土) 12:26:42.840
>>34
豚は食べてない可能性がかなり高いですね
ファンクウでなければ
0039世界@名無史さん2021/01/30(土) 13:35:00.440
なゆやイスラム教徒か
0040世界@名無史さん2021/01/30(土) 20:11:22.910
>>37
Septemは第七のーって意味らしいね
もしかしてセプティミウスの名前が第七の、から来てたりしてね
0041世界@名無史さん2021/01/30(土) 20:49:38.190
>>36
ハンニバリアヌスって名前の副皇帝?も居たし
ちょっと前の日本人が子供に外国名みたいの付けてた感じかな
0042世界@名無史さん2021/01/31(日) 07:05:12.030
>>38
鶏なんかは食べたのかな
0043世界@名無史さん2021/01/31(日) 18:12:47.410
>>37
カエサルってハゲのせいでおかしくなったんだよ
0044世界@名無史さん2021/01/31(日) 18:26:43.790
>>43
オーガスト!
0045世界@名無史さん2021/01/31(日) 18:31:54.190
意外とフェニキア人が持ってきた可能性すらあるようです

>>42

世界のニワトリ利用史編集

ニワトリは東南アジアから中国南部において家禽化されたとされる。時期についてはヒツジ・ヤギ・ブタと同程度の紀元前8000年前からとするもの、ウシより遅れてウマと同程度の紀元前4000年頃とするものなど諸説ある。[19]
家禽化された端緒は食用ではなく、その美しい声や朝一番に鳴く声を求めた祭祀用、および鶏どうしを戦わせる闘鶏用であったと推定されている[20]。ただし、家禽化されて間もなく肉および卵も食用とされるようになり、やがてそちらの方が飼育の主目的とされるようになった。
インダス文明に属するモヘンジョ・ダロの遺跡からはニワトリの粘土像と印章、ニワトリの大腿骨が出土しており、これがニワトリの存在を示す証拠としては最も古いものである。その後、ニワトリは3方向に分かれて伝播していった。

西方への伝播はまず紀元前15世紀から紀元前14世紀にかけてエジプトに伝播した。他の西アジア地域においてこの時期はニワトリの存在が認められないため、この伝播は海上ルートによるものと考えられているが、まもなくエジプトのニワトリはいったん絶え、プトレマイオス王朝期に再び持ち込まれた[21]。

その後、インダス川流域からニワトリは陸伝いに西アジアへと広まり、紀元前8世紀ごろにはギリシアに持ち込まれ、紀元前5世紀ごろにはギリシア文明の諸都市に広く分布するようになっていた。
ギリシア諸都市で発行された硬貨には、ニワトリが刻印されたものが多く存在している[22]。新大陸にはニワトリはもともと生息しておらず、コロンブスの新大陸発見後にヨーロッパ人によって持ち込まれた。

第2のルートは北へ向かって中国へと伝わるルートであり、日本への伝播もこのルートによるものである。

3つ目のルートは南へと伝わり、マレー半島からインドネシアへと伝わるルートである。
0046世界@名無史さん2021/01/31(日) 20:04:24.200
>>45
興味深い
地中海辺りではやっぱり食べてただろうな
スパイスや塩をかけてソテーしたものなんか普通にありそうだ
0047世界@名無史さん2021/02/01(月) 12:27:41.590
ハンニバルのなろう小説で鶏肉食ってる描写があった
0048世界@名無史さん2021/02/01(月) 12:39:06.560
けっこうオモロイですね
深堀したくなりました

イリアスとアベスターのどっちにも記述ないのかな?

>>46

https://55096962.at.webry.info/201706/article_24.html

”食用ではない”
この意識で最初にメソポタミアに持ち込まれた時点での記録を見直してみたら、確かに、食用には見えない書かれ方をしていた。
見た目の面白さ――「カーネリアンのひげを持つ鳥」、太陽崇拝と絡む「朝を告げる鳥」。肉がうまいとか卵を食べるとか、そういう記述は何も無い。つまり、インドから拡散されたニワトリは、「観賞用」「儀式用」の用途でしか受け入れられていないと推測される。そして、のちに食用としても一般化する時代においても、ペルシアではゾロアスター教と絡む宗教上の道具となり、ギリシャでは神の使いにされている。元々宗教的な意味合いを持っていたからこそ、そうなった、と考えるべきなのだろう。
0049世界@名無史さん2021/02/01(月) 12:54:15.460
ローマのアウグルを鶏としてるのもありますが
おそらく間違いですね

時を告げる鳥だけど伝統的では無さそう

>>48

鳥の一部の種(aves augurales)のみが有効な兆候を示すことができ[21]、その意味は種によって異なります。その中には、カラス、キツツキ、フクロウ、オシフラガエ、ワシがいました。
0050世界@名無史さん2021/02/01(月) 13:30:35.810
>>48
宗教絡みですか
日本において鶏は天岩戸開き等で朝を告げる者として登場しますね
神社の鳥居も鶏の止まり木から来てるとか…
伊勢神宮の神饌(お供物)といっしょに
0051世界@名無史さん2021/02/01(月) 13:34:44.390
>>50
すみません、途中送信です…
伊勢神宮(内宮)には境内に鶏がいっぱいいますが、神饌(お供物)と一緒にカゴに入って神前に上がるそうです
お祭りが終わるとカゴから出してもらい、また元気に皆んなと走り回ります
0052世界@名無史さん2021/02/01(月) 20:40:04.180
>>50
神社の御本殿の開け閉めの際に神職が「ぉぉおおー」って発声するのを警蹕と言うんだけど、これも鶏の声真似なんだってさ
0053世界@名無史さん2021/02/02(火) 00:58:44.050
>>49
現職だったキケロが鶏について残した記録があるそうな
0054世界@名無史さん2021/02/02(火) 11:13:26.800
>>53
キケロは何と?
0055世界@名無史さん2021/02/03(水) 18:04:04.980
食べ物で思い出した
以前フェニキア人がマグロ捕ってた話あったけど、当時マグロみたいな大型生物どうやって捌いてたと思う?
包丁あったのかな
それとも剣で捌いたのかな
0056世界@名無史さん2021/02/03(水) 20:49:25.210
>>55
カルタゴには鉄器があったんだっけか
なら捌くためのナイフはあったんじゃない?
意外と石器だったりして
0057世界@名無史さん2021/02/03(水) 21:46:04.090
>>56
だよねー

なら食器はどうだろう
ナイフやフォーク、スプーンみたいのはあったのかな
0058世界@名無史さん2021/02/03(水) 22:16:39.210
>>55
家畜とかも捌いてるけどたぶん専用具はなくて
大きめのナイフで肩口から頭まで突っ込んでるんじゃないでしょうか

まったくの想像ですが
0059世界@名無史さん2021/02/03(水) 22:26:29.190
>>58
普段使う物って、わざわざ記録しないだろうな
丸焼く以外の方法はあった筈
0060世界@名無史さん2021/02/04(木) 10:46:17.450
>>59
スプーンくらいはあったと思う
あと二本歯のフォークが古代の何処かにあった
0062世界@名無史さん2021/02/05(金) 10:28:31.750
ぶっちゃけアメリカ大陸や希望峰を越える操船技術をもっていたカルタゴ人なら、日本まで逃れてきたと言われても驚かない
0063世界@名無史さん2021/02/05(金) 15:54:35.440
>>62
確かに、国を追われた人々が新天地を求めてもおかしくはない
時間かかっても移動できない距離じゃないし
0064世界@名無史さん2021/02/06(土) 12:04:40.200
かなりの再現度でございました
ティルスのは竿梟

>>45

https://fujitaku.typepad.jp/blog/2017/01/index.html

レスボス島 ミティリーニ BC521-BC478 ヘクテ貨



 エーゲ海のレスボス島で発行された小型のエレクトラム貨。わずか10mmの幅の中に、雄鶏の頭部が緻密に刻まれています。陰刻で表現されていることもまた特色です。このコインは2500年以上前に造られたものですが、現在の技術力でも、手作業で彫刻したとは思えない出来栄えです。

 また2500年前の古代ギリシャ時代から、ニワトリが人間にとってすでに身近な存在であったことが窺えます。
0065世界@名無史さん2021/02/06(土) 17:01:13.780
>>64
ギリシャにあったものはやはり地中海界隈に文化として伝わってるだろうね
しかし、フクロウはよく見るけど鶏は初めて見たよ
トサカとかよく見てるね
0067世界@名無史さん2021/02/07(日) 06:41:22.960
>>66
青銅の瓶に入ってたやつなんかは、味どうこう以前に危なくて飲めたもんじゃない
0068世界@名無史さん2021/02/07(日) 17:16:07.160
>>67
青森の海底で確かそんなの発見されてたよ
それはそれとして、海中で熟成させるワインてのがあるらしい
0069世界@名無史さん2021/02/07(日) 17:58:33.320
>>67
成分分析は出来るらしいけどね
海底で眠っててもロクショウとかはっせいするのかな
0072世界@名無史さん2021/02/08(月) 09:54:36.980
>>70
何これ凄い!
日本でも買えるかな?
ハンニバル軍の剣欲しい
0073世界@名無史さん2021/02/08(月) 12:38:37.640
>>58
考えてみると石器時代なんか普通に石で切ってたもんね
研磨された黒曜石はメスよりも切れるらしい
0075世界@名無史さん2021/02/09(火) 21:05:48.380
>>74
アルファベットみたいなものを右から書く形なんだね
文字として可愛い
0076世界@名無史さん2021/02/09(火) 21:47:27.430
フェキニア文字か、、、
0077世界@名無史さん2021/02/09(火) 22:34:51.620
>>76
是非普段使いにw
0078世界@名無史さん2021/02/10(水) 14:53:00.060
今日の7:00?
YouTubeでカルタゴの幼児犠牲の謎をやるのね
0079世界@名無史さん2021/02/10(水) 21:01:47.880
見たよ
此処でも結構出てた話しだった
youtu.be/RZL4iym96-A
0080世界@名無史さん2021/02/10(水) 21:35:46.270
>>79
その動画に出てる絵ではカルタゴ人はローマ人と大して違わん服装やけど
そうなん?
0081世界@名無史さん2021/02/10(水) 21:57:33.090
>>80
この動画の服装はそこまで時代考証しっかりやってないと思う
前スレでも衣装の話し出てたけど、長いチュニックやギリシャっぽいのだったはず
0082世界@名無史さん2021/02/11(木) 00:57:43.710
アマジク系はどしたのか?

【考古学】ギリシア神話に登場する女性だけの部族「アマゾネス」は実在したのか? [すらいむ★]
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1612923140/
0083世界@名無史さん2021/02/11(木) 14:28:52.730
>>82
アマゾネスって色んな創作作品に出てるけどどうなんだろう?
伝説上の部族かと思ってる
0084世界@名無史さん2021/02/12(金) 22:15:13.900
>>83
あちこちに女性だけの部族の話しがある
語源は'乳無し"だったかな
近年、古代の女性が狩りや戦に参加してた形跡が見つかってきているので、そういう文化の無かった国の人が誇張して書いたぽい
0085世界@名無史さん2021/02/13(土) 07:59:59.260
>>84
アマゾン川の辺りにも居たらしい
女傑族
0086世界@名無史さん2021/02/13(土) 08:35:59.590
Twitterにカルタゴの話題が結構出ていて嬉しい
ローマの捏造した歴史にもっと疑問を抱き、何があったのか真実にたどり着いて欲しい
0087世界@名無史さん2021/02/13(土) 11:52:28.190
>>55
宗教関係の道具ルールは見つけられなかった
意外と詰めが甘いのか?
0089世界@名無史さん2021/02/14(日) 01:11:59.490
アトランティスが沈んだ
0090世界@名無史さん2021/02/14(日) 07:01:51.420
>>89
大丈夫!そのうち浮いてくるよ
0091世界@名無史さん2021/02/14(日) 18:17:23.770
ウチは近所で地割れが見つかった
県議だか市議が見に来てた
0092世界@名無史さん2021/02/14(日) 18:42:27.470
リヒャナイト王国の
Lihyan(アラビア語:�ALi�y�n;ギリシャ語:Lechienoi)
Dad�nまたはDedan

同じ言葉と思えないけど
ポエニ文字とティフィナグ文字
ぐらいの違いなのかな?
0093世界@名無史さん2021/02/14(日) 18:51:36.080
>>92
解説をお願いします
0094世界@名無史さん2021/02/14(日) 21:19:06.710
>>93
頭が悪くて上手く説明できません
すみません、、、
0095世界@名無史さん2021/02/14(日) 23:02:58.430
>>94
ありがとう^_^
また面白そうな話しがあったら宜しくお願いします
0096世界@名無史さん2021/02/15(月) 02:01:56.990
ぜんぜん違っておりました
地名と民族名のようです

>>93

用語
Dedan(ddn)という用語は、古代のテキストでは地名(場所の名前)としてのみ表示され、Lihyan(l�yn)という用語は、トポニームと民族名の両方として表示されます。 (人の名前)。デダンはもともとジャバルアルクレイバの山を指していたようです。
Minaic の碑文では、2つの用語が一緒に表示され、前者は場所を示し、後者は人を示します。それにもかかわらず、現代の歴史学では、これらの用語は時系列の意味で使用されることが多く、デダンは同じ文明の初期を指し、リヒャンは同じ文明の後半を指します。
0097世界@名無史さん2021/02/15(月) 11:04:33.540
>>96
デダンはググっても出なかったけど、リヒャンのは出てきた
あの領域ならフェニキア人も関わってるかも
もう少し調べてみる
0098世界@名無史さん2021/02/15(月) 14:43:13.760
>>96
カッコ書きの中はフェニキア文字?
子音のみぽい
0099世界@名無史さん2021/02/15(月) 17:42:38.540
>>98
一部はヘブライ由来らしいのですが
どれがどれに対応してるのかは
わかりません

言葉はダダニティックで
碑文内にあるアルファベットの可能性が高いと思います
0100世界@名無史さん2021/02/16(火) 07:26:47.830
>>99
古ヘブライ文字かな?
ならほぼフェニキア文字だね
0101世界@名無史さん2021/02/16(火) 22:25:45.130
古ヘブライ語がフェニキアだかカナン語だったって話しなかったっけ?
0102世界@名無史さん2021/02/16(火) 22:39:53.390
知らんがな
0103世界@名無史さん2021/02/16(火) 23:30:23.060
>>101
0661 世界@名無史さん 2020/12/11 17:28:34
Twitterで「古ヘブライ文字」の正体は「原カナン文字」という興味深いものを見つけた

前スレのコレの事でしょ

勝者が自分達に都合の良い歴史を綴る
消された筈の史実を見つける事も歴史研究に於けるロマンだと思う
0106世界@名無史さん2021/02/18(木) 09:56:28.170
>>105
エジプトの誰かじゃねぇの?
0107世界@名無史さん2021/02/18(木) 20:58:08.800
たしかにハトシェプストさんは
プント行きの海洋貿易船を出してましたね
ふふんふん
0108世界@名無史さん2021/02/18(木) 20:59:09.890
>>104
アリゾナはどうにかなりませんかね?
だめでふか
0109世界@名無史さん2021/02/18(木) 23:46:49.260
>>108
ダメさ(・∀・)
0111世界@名無史さん2021/02/19(金) 20:46:24.900
>>110
マリア観音とかみたいだなぁ
0112世界@名無史さん2021/02/20(土) 01:00:53.260
なかなかシステマティックに造ってたんだろうか
醸造所はかなり昔のやつが見つかってたはずなので

【考古学】「世界最古のビール工場」、エジプトで発掘される 紀元前3000年ごろのものか [すらいむ★]
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1613366140/
0113世界@名無史さん2021/02/20(土) 19:32:59.380
ナバテアつよい

>>105
https://ja.wikiarabi.org/wiki/Pre-Islamic_Arab_trade

紀元前2世紀のギリシャの歴史家アガタルキデスによると、「サバア人やゲラ<92の人々よりも裕福な人々は存在しないようです。>
アジアとヨーロッパ間の海運の名の下にあるすべての代理人でした。彼らはプトレマイオスのシリアを豊かにし、他の何百ものものに加えてフェニキアの貿易を有益にしました。」
彼は彼らを彼らの植民地に供給するために大きな船を航海した激しい戦士と熟練した船員として説明しました。
パルミラ帝国はカラケネに造船所を建設し、ドゥラエウロポスと<19のユーフラテス港を経由した商品の輸送を容易にしました。>スラ(シリアのアルタウラダムの東にある現在のアルハマムの村)。
ペルシャ湾とインド洋で船を所有して航海したパルミラ帝国の一部は、西暦97年にこの地域を訪れ、カラケネ港カラクススパシヌに言及した中国人船員によって証明されました。カラケネは香水取引でゲラを上回りました。
ペルシャ湾のナバテア王国による直接の支配の欠如にもかかわらず、それは陸路(商品が船に積み込まれる場所)で到達可能でした。
ナバテア人の書物と製造品(典型的なナバテア人の白い染料を含む)は、ペルシャ湾近くのタジの村で、バーレーン近くのアラビア半島の東海岸に沿って、イエメンの港まで発見されました。オマーン。それらは、Qaryat al-Faw などの香料の道沿いの遺跡でも発見されています。ナバテアの陶器がインドで発見されました。
ナバテアの碑文は、チュニジアからロードス、コス、デロス、ミレトスまで、地中海地域全体に散らばっています。 エーゲ海とポッツオーリとローマ
0114世界@名無史さん2021/02/21(日) 00:25:27.500
>>112
前スレでもビールとエールの話しが載ってた
ピラミッド作ってた労働者の食事にビールがついてたとか
エジプトってワインのイメージはないけど、ミード(蜂蜜酒)とかビールとか珍しい酒飲んでるね
0116世界@名無史さん2021/02/22(月) 07:46:00.200
我々の知る歴史は所詮過去に書かれた資料に基づいて綴られたもの
内戦や紛争が多い地域では資料の保管が速やかに行われるべきだ
0117世界@名無史さん2021/02/22(月) 18:32:23.460
>>114
養蜂はカルタゴでもやってたかな
それともエジプトからの輸入だけかな
0118世界@名無史さん2021/02/22(月) 19:20:44.590
>>117
イチジクとか量産してた農業大国なら、蜂くらい育ててるでしょ
0119世界@名無史さん2021/02/22(月) 20:20:30.350
そういえば養蜂もフェニキアと関係深いんですよね

>>117

アリスタイオス(古希:�マιστα�ヘ,Aristaios)は、ギリシア神話に登場する神。アポローンとキューレーネーの子。
カドモスの娘アウトノエーと結婚し、アクタイオーンとマクリスの二人の子を儲けた。

ミツバチの巣箱を作って養蜂の技術を発明、チーズの製法やオリーブの栽培、圧搾の技術も伝えたとされ、ゼウスやアポローンと並んで、あるいは彼らの称号としてアルカディア、ケオス島、ボイオーティア、テッサリア、マケドニア、サルディニア、シチリアなどで広く信仰された。
0120世界@名無史さん2021/02/22(月) 20:47:35.100
>>119
サルディーニャやシチリアに伝わってるならカルタゴにも来てるね
カルタゴでは甘い菓子を食べてたそうだし、蜂蜜は沢山必要だったろう
0121世界@名無史さん2021/02/22(月) 21:59:33.840
>>119
サルディーニャやシチリアに伝わってるならカルタゴにも来てるね
カルタゴでは甘い菓子を食べてたそうだし、蜂蜜は沢山必要だったろう
0123世界@名無史さん2021/02/22(月) 22:05:03.560
>>118
受粉に関してはどうやってたんだろ

樹と神官の画は受粉作業とする説もありますが
0124世界@名無史さん2021/02/22(月) 22:26:13.910
>>123
現在の青森のリンゴ農家でも人工授粉はしてるし、両方やってたんじゃないのかな?
農業論ならマゴーネが書いたのが大カトーにパクられたりしてた筈
余談だけどワインの作り方の詳細も載せてたためか、彼の名をつけたカルタゴワインがあるんだってよ
0126世界@名無史さん2021/02/23(火) 22:36:29.780
>>125
手工業ですからね

ナトウフさんはドングリのイメージが強いのですが
麦デンプンでしたか

ワタクシ的には同じとこに載ってた
バッカラクラブに興味がありますです
カラパイア先生はやっぱセンスいいな
0127世界@名無史さん2021/02/24(水) 18:48:52.620
>>126
ドングリ活用してる部族は日本人くらいかと思ってた(・∀・)
0129世界@名無史さん2021/02/24(水) 23:12:48.930
成る程
どの程度保存がきくのか分からないけど飼料扱いなのね
穀物のFランクのやつみたい
0130世界@名無史さん2021/02/26(金) 07:19:24.470
>>128
豚食う文化はいつ頃から?
0132世界@名無史さん2021/02/26(金) 20:29:32.050
>>130
猪と豚の境が微妙なのですが
一般には新石器革命のときに
家畜豚が同時に普及してます


地中海のおもしろいところはここからで
始めに中東起源の猪が家畜化されてたのですが
しばらくするとほとんどがヨーロッパ起源の猪にとって替わられてしまいます
0133世界@名無史さん2021/02/27(土) 04:04:47.600
>>127
ドングリ食べ過ぎて
膝がおかしくなってた気がしますね

カシューナッツも食べたのかな?
0134世界@名無史さん2021/02/27(土) 05:22:24.390
>>45
エジプトに早期に入った記録は
トトメス三世の流れでだから
シリア経由の可能性と
紅海経由の可能性のどちらもありますね

どちらでもフェニキアの関与を予感させます
0135世界@名無史さん2021/02/27(土) 15:14:04.440
>>132
猪と豚って似て非なるものなのか
中世あたりはバリバリ食べてそうだけど、古代はあまり畜産物のイメージないんだよね
0136世界@名無史さん2021/02/28(日) 09:10:13.020
畜産に向く動物って時間をかけて改良したものなんじゃないの?
当時の肉は狩猟で得るものだったんだよきっと
0137世界@名無史さん2021/02/28(日) 10:32:52.600
ペリシテ人のペンタポリスは
周りと違って豚の骨が見つかるのが特徴ですね
他の都市はユダヤ教やイスラム教の時代は豚を食べないので

カルタゴ人は豚を食べたのかな?
0138世界@名無史さん2021/02/28(日) 10:35:43.420
>>124
昔の人は受粉をミツバチが媒介するなんて知ってたのでしょうか
けっこう難しい話の気がしますね
0139世界@名無史さん2021/02/28(日) 15:52:41.310
>>138
0141世界@名無史さん2021/03/02(火) 07:24:57.080
>>137
宗教的に引っかかってなければ、育てて食べたかもね
0142世界@名無史さん2021/03/03(水) 23:30:15.860
>>141
羊や山羊は神聖視されたかもね
0143世界@名無史さん2021/03/04(木) 18:33:29.380
>>140
人間がミツバチ使って受粉させてたんでしょうか?
それだとめちゃくちゃレベル高い気がしますね
0144世界@名無史さん2021/03/05(金) 09:06:22.120
>>143
古代は現代人が思っていた以上に思考レベルが高いんだよね
蜂蜜を作ってたら近所の果物がよく実るようになったとか、果物畑の花に蜂が集ってるのをよく見かけるとか
そういうところから関連性に気付いたのかもね
0145世界@名無史さん2021/03/06(土) 13:13:47.750
カルタゴの新情報が入らんなあ
ハンニバルだとアホほど出るけど、サイコパスの方だしなぁ
0146世界@名無史さん2021/03/06(土) 18:02:44.310
>>66
ようわからんけど、このスレには趣味人がいるな
楽しそうでなにより
0147世界@名無史さん2021/03/06(土) 22:37:29.440
>>146
古代に想いを馳せて飲む酒は乙
ペリエで割って飲んでる
0148世界@名無史さん2021/03/07(日) 19:30:37.450
3/11午後9:00、BSPのザ・プロファイラー〜夢と野望の人生〜でハンニバルやるのね
ヤマザキマリて…
テルマエの人かの?
0149世界@名無史さん2021/03/07(日) 22:51:44.590
>>148
うちBSP見られん…
良い方法はないか
0150世界@名無史さん2021/03/08(月) 18:38:58.150
>>149
ネカフェ行け
0151世界@名無史さん2021/03/08(月) 22:54:21.790
>>149
ねちねちと自慢気に説明するので
安心してくれ
0152世界@名無史さん2021/03/09(火) 09:38:11.960
帝釈天ってハンニバルのイメージ
武神で像に跨がり、手には金剛杵を持ち雷を操る

ちなみに何十年前の学生のとき、シリアのパルミラに旅行で訪れたけど、
ベル神殿ってバアルの神殿だったんだね
もっと勉強してから旅行すれば良かったと後悔
0153世界@名無史さん2021/03/09(火) 12:24:59.150
>>152
雷神であちこちで祀られてるけど大元はやっぱりバアルなのかな
ともすれば日本は武甕雷か

学生でシリアを訪れるとは通だね
コロナ終わったら俺も地中海旅行したいなぁ
その時はカルタゴ関連の写真を沢山upするよ
01541522021/03/09(火) 13:12:28.030
ごめん、像じゃなくて象だね

>>153
メインの目的はヨルダンのペトラだったんだよね
シリアとヨルダン、今は内戦でどうなってるんだろう?
旅行で行った当時は平和だったのに
0155世界@名無史さん2021/03/09(火) 20:30:19.210
>>154
戦争は人命や文化、歴史を奪う
嫌だね
0156世界@名無史さん2021/03/09(火) 22:03:19.700
>>154
シリアなんかは
戦争の歴史が残ってるといえば
残ってるのでは

平和だった時代の方が少なそう
まぁ、これはローマも同じですね
0157世界@名無史さん2021/03/09(火) 22:49:19.420
>>156
ローマなんか戦争が国是みたいな時があったからタチ悪いよ
カルタゴ滅ぼすし
0158世界@名無史さん2021/03/11(木) 01:33:00.640
>>48

とりあえず、鶏フェニックス説を提唱してみるか、、、
0159世界@名無史さん2021/03/11(木) 01:45:18.400
没薬ミイラ

しかしながら
ピュグマリオンなのに
相方がビブロス

今更ながらペトラがギリシャ語らしいということに気づく
とすると現地語名が存在するということか


ギリシャ神話ではピュグマリオーンとガラテイアの子パポスにちなんで命名されたとされる。

パフォスを舞台とする伝説編集

アプロディテの誕生編集

ギリシア神話では、美と愛の女神アプロディーテーは海の泡から生まれ、キプロス島に降り立ったとされる。以来、女神はキプロスを守護し、キプロスはアプロディーテーを崇拝する人々の聖地となった。

パフォス近郊の海岸には、アプロディーテー誕生の地とされるペトラ・トゥ・ロミウ(Petra tou Romiou, 「ギリシアの岩」の意)があり、アプロディテ神殿はこの海岸に近い丘の上に建てられた。

パポスの創成編集

詳細は「パポス」、「ピュグマリオーン」、および「ガラテイア」を参照

キプロスのピュグマリオーンはアプロディーテーの助けによって妻ガラテイアを得た。2人の間に生まれた子がパポスである。このパポスと血縁もしくは姻戚関係があったキニュラースがパポスの名にちなんで同名の都市を建設したと伝えられている。

パポスおよびキニュラースについては諸説あり、オウィディウスによればキニュラースはパポスの息子、アポロドーロスによれば、ピュグマリオーンとガラテイアの間の娘メタルメーの夫(パポスの義兄弟)とされている。このほか、パポスをキプロスのニンフとし、アポローンとの間の子をキニュラースとする説もある[1]。

他方、ストラボンはパポスをアマゾニスが建設したとしている。トロイア戦争に加わったアルカディア人の首領アガペノールによるものとする説もある。
0160世界@名無史さん2021/03/11(木) 13:53:27.380
>>158
尾長鶏=フェニキアクス
0161世界@名無史さん2021/03/11(木) 20:29:06.050
>>150
ネカフェ来た!
見られそう!ありがとう!
0162世界@名無史さん2021/03/11(木) 22:24:49.560
意外に良いできでした
0163世界@名無史さん2021/03/11(木) 22:40:45.390
うーん、悪くはないけど新しい発見は無かったかなぁ…
でもハンニバルもスキピオもガリア人も散々言われて面白かったわ
0164世界@名無史さん2021/03/11(木) 23:09:37.920
そうですか、ローヌ川の渡河で1万人以上脱落してたり、
アルプスでウ●コ見つかってたりと
なかなか楽しそうでした
0165世界@名無史さん2021/03/12(金) 10:21:34.540
>>164
面白かったよ
資料がローマのものしか無いのが残念
折角のプロファイリングならザマの話しの無理っぽさを見て欲しかった
0166世界@名無史さん2021/03/12(金) 16:21:15.200
>>163
ガリア人、森の民って言われてたね
何かハンニバルがロードオブ・ザ・リングのアラゴルンみたいだと思って見てた
0167世界@名無史さん2021/03/12(金) 17:05:41.550
ハンニバルがローマを攻めなかった理由に食糧確保、ローマ同盟都市からの攻撃、
カルタゴからの援軍要請、攻城兵器の無さなど色々言われてるけど、
連戦連勝の勢いであのままローマを攻めてたらって妄想する
0168世界@名無史さん2021/03/12(金) 20:15:14.950
>>167
マハルバルは攻めようぜって言ったんだよね
「えー、無理ぃ」って返されて「お前勝つけど、勝ちの活かし方知らねえよなー」って答えた有名な逸話
忍者部隊とか居ればローマ落とせたかもね
0169世界@名無史さん2021/03/13(土) 17:26:45.750
第一次カルタゴ戦争
第三次カルタゴ戦争
との関係性も解説して欲しかった。

ペルシャ戦争
ペロポネソス戦争
も、やってほしい。
0170世界@名無史さん2021/03/13(土) 20:48:09.350
>>169
サラッとだったね
しかもカルタゴ一神教て…
0171世界@名無史さん2021/03/13(土) 20:56:19.070
バアル破門説が、、、
0172世界@名無史さん2021/03/13(土) 21:02:38.890
>>160
ほんとでした
わたしは始めに小国で情報GETしました
0173世界@名無史さん2021/03/13(土) 21:22:02.950
>>172
おぐに?
0174世界@名無史さん2021/03/13(土) 22:08:14.110
天岩戸開きでもニワトリ活躍してるし、朝を告げる神聖な存在だったのかもしれない
0175世界@名無史さん2021/03/15(月) 22:37:56.400
>>170
NHKでテロップ出してたけど
世間か学会の認識はそんなもんなんだろうか

たしかにカルタゴだと
あとはタニトぐらいしか思い浮かばないけど
0176世界@名無史さん2021/03/16(火) 16:42:29.930
>>175
カルタゴは多神教だよ
色んな神様習合してるし
ヤマザキマリはローマ詳しいけど専門家ではないからね
0177世界@名無史さん2021/03/16(火) 16:48:59.260
>>175
カルタゴ一神教て具体時には何やねん
当時まだキリスト教もイスラムも無いし、
あったのはユダヤ教と、拡大解釈してもゾロアスター教とアトン信仰くらいやん
0178世界@名無史さん2021/03/16(火) 17:33:37.760
>>177
まさかのカルタ・ゴーのかみ

>>176
漫画家個人が間違うのは問題ないのですが
そしたらNHKとして誤情報を拡散したのは何故なんだろう
という疑問点が残りますね
0179世界@名無史さん2021/03/17(水) 00:56:54.480
バアルはカナン地域を中心に各所で崇められた嵐と慈雨の神(セム語で「主」または「主人」「地主」)
バアルは本来、カナン人の高位の神だったが、その信仰は周辺に広まった
バアル・ハモン(“群集の支配者”)はカルタゴの主神
バアル・ハモンの妻はタニト
0180世界@名無史さん2021/03/17(水) 04:33:19.260
『カルタゴ人の世界』にはカルタゴの神々はギリシア・ローマの神々の誰になぞらえられたかが書かれてました
表記はそのままです

バール・エシュモン-ゼウス
バール・ハモン-クロノス
タニト-アルテミス、ヘラ、キュベレ、アフロディテetc
エシュモン-アスクレピオスetc
レシェプ-アポロン
メルカルト-ヘラクレス

最初のバール・エシュモンはバアル・シャメムのことだと思われます
0181世界@名無史さん2021/03/17(水) 11:58:53.320
>>178
それね
後でヤマザキマリ、旦那さんに言われて「あ!」っとなっちゃうよね
カットしてあげれば良かったのに
0182世界@名無史さん2021/03/17(水) 12:00:28.360
>>180
バアルって二柱だったのか…
しかしタニトがローマの伝説で打倒ハンニバルの守護神キュベレにされてるの草
0183世界@名無史さん2021/03/17(水) 14:28:04.650
こういうの、今までやってなかっただろ。
NHK BSPには、今後も紀元前の戦いを期待
0184世界@名無史さん2021/03/17(水) 15:52:09.120
>>183
資料が少なくて研究が不十分なんだろう
ローマ主役はクソほどあるから周辺国視点のを頑張ってもらいたい
0185世界@名無史さん2021/03/17(水) 18:28:55.750
>>183
キンダムねたはけっこうある
その繋がりなのか管の高祖まで出演してた
0186世界@名無史さん2021/03/17(水) 21:55:29.540
>>182
バアルはかなりの名前についてたと思う

神とか主とか柱
ぐらいの意味しかなかったような
0187世界@名無史さん2021/03/18(木) 05:51:31.290
死海文書が65年ぶりに発見されたってニュースがあったけど、
ユダヤ教の旧約聖書ではバアルは異教の神として批判され、
キリスト教の新約聖書では悪霊として扱われる

裏を返せば、当時のヘブライ人にとってヤハウェ信仰の脅威となるほど
バアルは崇拝を受けていた証左
0188世界@名無史さん2021/03/18(木) 17:41:03.860
>>152
バアル銘を調べてたら
パルミラのはけっこう面白いですね

前にみてたときはスルーしてましたが
無敵のソルとも関係性が指摘されておりました
0189世界@名無史さん2021/03/18(木) 20:38:41.410
>>186
成る程、そういう事か
0190世界@名無史さん2021/03/18(木) 20:40:00.960
>>187
キリスト教って調べれば調べるほどドン引きするんだよなー
やり方が酷すぎてね
多神教国家に生まれて良かったよ
0191世界@名無史さん2021/03/18(木) 20:47:30.970
ウガリット神話は、シリアの地中海岸にあった古代都市ウガリットに保存されていた粘土板文書に記されていた神話である。

内容は、同じセム系神話として旧約聖書などとも共通する物が多い。
特に重要視されているのは、英雄神バアルの戦いと死、そして再生を描いたものである。

ウガリット神話について
ttps://mythpedia.jp/ugaritic-mythology/ugarit-mythology.html
0192世界@名無史さん2021/03/18(木) 20:59:15.280
>>188
ISによってパルミラ遺跡の多くは破壊されてしまったみたいです
偶像崇拝であるとの理由からです
0193世界@名無史さん2021/03/20(土) 07:51:38.900
>>192
歴史の価値のわからん者は困る
0195世界@名無史さん2021/03/20(土) 12:42:31.870
>>181
よくわからんのですが
むしろ旦那に仕込まれた可能性は
どうなんだろうか
0196世界@名無史さん2021/03/20(土) 14:12:54.850
>>194
どちら様?
目ん玉はシュメールっぽい
0197世界@名無史さん2021/03/20(土) 17:46:53.830
>>195
旦那さんてテルマエのさつきのモデルでローマ皇帝とか諳んじることが出来る程の知識人なんでしょ?
カルタゴ一神教なんて言うかなー
わからんけど
0198世界@名無史さん2021/03/20(土) 17:50:47.460
>>194
アグリボール、バールシャミン(中央)、マラクベル?
ボールとかベルってのもバアルと同じかな?
フェニキアから出た物なの?
0199世界@名無史さん2021/03/20(土) 17:52:32.140
何か身に付けてる鎧が日本や中国の甲冑に似てるような気がする
0200世界@名無史さん2021/03/20(土) 18:01:17.990
ウガリット(ウガリト)はフェニキア人が築いた都市国家で、
「海の民」の侵攻を受け滅亡し、都市は廃墟となった

フェニキア人はその後南に移り住みシドン、ティルスを建設し、
さらに西地中海の交易活動を展開し、シドンは植民都市カルタゴを建設する
0202世界@名無史さん2021/03/20(土) 18:41:49.290
>>198
シャミンは近いとえもいますね
ワタシはウガリトをフェニキアと分類しない派です、言葉が違うので

しかしローマでバアルが神をやってたと思うと
なんだか可笑しくなってしまいます
0203世界@名無史さん2021/03/20(土) 19:14:32.380
自分が持ってる神話の本だとバアル=主と書いてあるな
メルカルトってどんな神なんだろう
ヘラクレスと同一視というより完全に同じ神性として祀ってたように感じる
0204世界@名無史さん2021/03/21(日) 00:08:00.320
Archaeologically, Ugarit is considered quintessentially Canaanite.

The name "Canaanites" is attested, many centuries later, as the endonym of the people later known to the Ancient Greeks from c. 500 BC as Phoenicians, and after the emigration of Canaanite-speakers to Carthage (founded in the 9th century BC), was also used as a self-designation by the Punics (as "Chanani") of North Africa during Late Antiquity.
0205世界@名無史さん2021/03/21(日) 01:20:18.790
>>197
旦那さんのことは知りませんが
NHKはカエサルをローマ初の終身独裁官として紹介してたこともあるし
あんまり信用してないです
0206世界@名無史さん2021/03/21(日) 01:29:49.610
>>204
アラム語を話す商人達は
フェニキア人だったのだろうか、、、
0207世界@名無史さん2021/03/21(日) 03:06:07.250
フェニキア人という名称は自称ではなく、ギリシア人による呼称である
ギリシア人は、交易などを目的に東から来た人々をこう呼んだ

カナンとは、地中海とヨルダン川・死海に挟まれた地域一帯の古代の地名である
カナン人の中で、内陸交易で栄えた人々をアラム人、
地中海の海上交易で栄えた人々をフェニキア人、
一部の遊牧民の人々をヘブライ人
0208世界@名無史さん2021/03/21(日) 06:38:43.330
>>202さんの
ウガリット(ウガリト)とフェニキアを別と見ることは否定しません
いつからフェニキアと呼ばれているのか、私にもわかりません

ウガリット遺跡から発掘されたウガリット神話は、カナン地方にバアル神崇拝が存在
し、バアルがどのような神であるかを伝える大きな発見だったと思います
フェニキア人によってカルタゴに伝えられ、アラム人によって伝えられベル神殿が
建設され、ヘブライ人は旧約聖書の中でイスラエル王国の滅亡となった原因と記し
ており、バアル神崇拝が広く伝わっていた証左だと思います
0209世界@名無史さん2021/03/21(日) 07:28:38.800
>>203
バアルの息子って話もあるよね
ハンニバルは「バアルの恵」とかそんな意味でパパのハミルカルは「メルカルトの僕」って意味なんだってね
0210!ninja2021/03/21(日) 12:27:01.570
>>201
命はあるていど近いと思いますが
やっぱ語源的にも主が近い気がします

大國主とかですか
0211世界@名無史さん2021/03/21(日) 14:56:57.510
ウガリット遺跡から出土したバアル
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/バアル#/media/ファイル%3ABaal_Ugarit_Louvre_AO17330.jpg

カルタゴのバアル
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/バアル・ハモン#/media/ファイル%3ATerracotta_statue_of_Baal-Hammon_on_a_throne_AvL.JPG

パルミラのバアル(シリアの Bir Wereb, Wadi Miyah 付近で発見)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/パルミラ#/media/ファイル%3APalmyreneDeities.jpg
0213世界@名無史さん2021/03/21(日) 18:08:03.810
>>198
かなり個人的な意見となりますが
地域の違う神を、南区、北西区、東区、で統合したようにみえますね
0214世界@名無史さん2021/03/21(日) 20:04:55.450
>>213
界王様みたいなものか
0215世界@名無史さん2021/03/21(日) 21:05:21.500
左から
アグリボールは月の神
バアル・シャミン(バアルシャメン)は最高神
マラクベルは太陽神
パルミラでは三位一体の神々
0216世界@名無史さん2021/03/21(日) 21:17:03.230
>>212

ウガリット遺跡から出土したバアル
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/df/Baal_Ugarit_Louvre_AO17330.jpg/325px-Baal_Ugarit_Louvre_AO17330.jpg

カルタゴのバアル
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/cc/Terracotta_statue_of_Baal-Hammon_on_a_throne_AvL.JPG/386px-Terracotta_statue_of_Baal-Hammon_on_a_throne_AvL.JPG

パルミラのバアル(シリアの Bir Wereb, Wadi Miyah 付近で発見)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/f9/PalmyreneDeities.jpg/770px-PalmyreneDeities.jpg
0217世界@名無史さん2021/03/22(月) 01:39:00.100
>>203
ネルガルとヘラクレスを結ぶのが
メルカルトかと思ってましたが
あんまり支持されてる感じじゃないですね

海馬に乗ってる説は初めてみかけました
0218世界@名無史さん2021/03/22(月) 07:50:08.790
>>215
カルタゴなんて海洋民族なのに海の神祀ってないのかな
0219世界@名無史さん2021/03/22(月) 11:58:20.980
>>216
ありがとう!
左端のバアルはよく見るね
カルタゴもリアルな像を作れるんだね
0221世界@名無史さん2021/03/22(月) 15:45:49.330
またハンニバルやるのかな?

\平日21時から放送の番組/ 【特集:古代ミステリー】 『古代の戦闘史』 かつて文明の運命を左右してきた戦闘 そんな古代の戦闘を最新のCGで再現し、ハンニバルやダビデ王など、偉大な英雄と悪役の世界の背後にある真実と神話を紐解き、古代世界のヒーローとその戦略に迫る! #ヒストリー #戦闘史 pic.twitter.com/ohVZT3iGBh
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
0222世界@名無史さん2021/03/22(月) 17:39:12.430
>>214
海王様はエリアで所属が別れてるんでしたっけか?

パルミラのバアルは
商売相手の神様を連れてきて
中継点のパルミラに祀ってる印象です
0223世界@名無史さん2021/03/22(月) 17:51:34.610
>>222
東西南北の界王と、その上に大界王、更に界王神
きっと大バアルとかバアル神が…
あれ、元々神か
0224世界@名無史さん2021/03/22(月) 19:04:35.950
北シリア地方の嵐の神で船乗りの守護神にバアル・ゼフォンがいたそうです
0225世界@名無史さん2021/03/23(火) 01:39:06.410
Melqart(メルカルト)はティルスの守護神で植民市のカルタゴとカディス
でも崇拝されていた

他に書いていた人がいたけど、ハンニバルの父ハミルカルはメルカルトから名前の由来がきている
Melqart → Hamilcar(他にはBomilcar)
一方でハンニバルはバアルから来ている
Baal → Hannibal(他にはHasdrubal)

バルカ家は代々、メルカルト神の熱心な崇拝者であり、
ハンニバルが9歳の時に「ローマに対しての永遠の憎しみ」をメルカルト神に誓った
ハンニバルもメルカルト神の忠実な崇拝者であった
0226世界@名無史さん2021/03/23(火) 06:57:36.170
>>225
ローマでは「生涯ローマを敵とする」「ローマを友としない」とハミルカルからローマへの憎悪を刷り込まれたと信じられている様です
これは翻訳の誤り若しくは意図的にそう捉えたもので「生涯ローマに服従しない」だったみたいですね
ローマからすれば一方的に憎悪を向けられていたから和解への道は無かった、とする方が都合が良かったのかもしれません
0227世界@名無史さん2021/03/23(火) 21:40:43.030
ティルスではBaal(バアル),Astarte(アスタルテ)とMelqart(メルカルト)は三位一体の神
として祀られていたという人もいます

メルカルトがティルスの最高位の神と崇められたのは、ティルスの守護神であり、
ティルスが時代と共に繁栄し地中海における影響力が広がるごとに、
メルカルトも広く崇拝され、熱心な信者が増えていったと言われています

メルカルトがヘラクレスと同一視されるのは、ギリシア人がローマに残っていた
文書をギリシア語に翻訳した時に、メルカルトをヘラクレスに訳したことにあります
実際、メルカルトがどんな神であったかは、フェニキアの文書(神話)がなければ
詳しいことはわからないと言われています
0228sage2021/03/23(火) 22:15:34.210
カルタゴでも初期の頃は、ティルスの影響もありメルカルトは重要な神であったとされています
バルカ家は代々、メルカルトの熱心な信仰者であったと言われています
初期の2~300年間、カルタゴであげた収穫・収益の1割を毎年、ティルスのメルカルト神殿に
運んで納めていた様です

紀元前5世紀頃からTanit(タニト)が突如注目されるようになり、バアルやメルカルトの影響力を
大きく上回るようになります
タニトは女神として、生命、繁殖の神とされ、椰子の木、鳩、月、魚、ザクロと一緒に
コインや石碑に刻まれるようになりました
0229世界@名無史さん2021/03/23(火) 23:18:34.120
ヘロドトスが『歴史』にテュロスのヘラクレス神殿に訪れた時のことを書き残してるし
アレクサンドロス大王はテュロスでヘラクレス神殿の参拝を断られて激怒し攻撃したという逸話もある
そのヘラクレス神殿=メルカルト神殿だから誰かが書き残したからというレベルじゃないような
ヘラクレスのルーツがメルカルトなんじゃないかな
0230世界@名無史さん2021/03/24(水) 06:39:04.060
>>228
注目される神が変わるのは施政者やインフルエンサー、主力産業の影響が強いと思われる
0231世界@名無史さん2021/03/24(水) 06:41:29.170
>>227
日本にキリスト教が入ってきた時も、原住民達はデウスを大日如来の事だと解釈したみたいね
0232世界@名無史さん2021/03/24(水) 19:40:14.400
>>229
アルゴナウタイと12の功業
そのどちらもメルカルトが絡んでそうなんですよね

どちらか片方だけだったら解りやすかったんですが
0233世界@名無史さん2021/03/25(木) 21:03:35.690
>>228
だいたい男女両神で一柱みたいなところありますよね
まぁ、フェニキアだとバーラトかタニトしか出てこないですが
0234世界@名無史さん2021/03/25(木) 21:38:55.690
>>233
タニトは豊穣の神だっけ?
多神教とはいっても最終的により自分達の生活に関わる神様が重要になってくるんだよね
何かでメドゥーサも元は豊穣の神って聞いた事があるよ
0235世界@名無史さん2021/03/25(木) 23:25:01.670
神殿は単なる宗教施設ではなく、徴税機関でもあり、金融機関でもあり、
一部では売春施設(Sacred prostitution)でもあった

各都市はその守護神の力によって格付けされ、神殿の壮麗さを競う合うようになった
為政者にとって如何に自都市の守護神をプロデュースし、アピールすることが
重要な役割であった
0236世界@名無史さん2021/03/25(木) 23:29:35.220
ちなみに昔の日本の金融機関の建物も神殿に見立てています
0237世界@名無史さん2021/03/26(金) 00:13:36.510
>>234
神格はよくわからないのですが
かってにアナトとおんなじだろうと思ってます

そしてWikipediaのnみたらアテフ冠かぶってますね
なんでなんだろ
0238世界@名無史さん2021/03/26(金) 00:29:06.560
ほぼイシスだと思ってたけど
これも違うのか、ほむぅ

>>237

http://www.moonover.jp/bekkan/god/anat.htm

主な信仰
アスタルテやバアルとともにエジプトに輸入されたシリア系の神。紀元前2千年半ば頃から信仰が知られており、レバント付近にあった古代都市ウガリット(現在名エル・シャムラ)付近が出身地と考えられている。似た属性を持つ女神アスタルテ同様、メソポタミアの女神イシュタルの影響を受けたとされ、ある意味でアスタルテの分身的存在。「豊穣と戦い」という属性も丸ごと被っている。
信仰が確認される最初期は中王国時代のため、他のアジアニックの神々よりはエジプト入りが早かったかもしれない。
0239世界@名無史さん2021/03/26(金) 00:42:25.260
>>237

ネイト(エジプト神話)かもしれませんね

タニト(Ta-nit)は、エジプト語では「Nit (ネイト)の土地」を意味する
古代ベルベル人により北アフリカで信仰されていた女神タニトとも同一視された(最古の文献にある)
0240世界@名無史さん2021/03/26(金) 00:57:13.090
>>126

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d2/Canaan.png

呪いがかかってなければ
この地図はなかなか良いですね

ウルファとギョベクリテペがこんなに近いとは
といいながら、それがあのウルファだということに今更ながら気がつきました
0241世界@名無史さん2021/03/26(金) 01:05:27.340
>>239
問題の像はシリア発見とのことなので
逆輸入的なやつだったのだろうか、、、
確かにそちらの方が近いですね

ただ前にどっかでカルタゴ植民前の本土で
タニト神殿発見のニュースがあったような気がするんで
直にアフリカ起源では無かったように記憶してたのですが

記憶の方が怪しいかったりw
0242世界@名無史さん2021/03/26(金) 01:56:12.460
>>241
私もタニトはアナトが関係があるかなと思っています
ただ、タニトはポエニだけで信仰された点が引っかかります
現地(地元由来)の神も可能性はあるのかなって

英語のサイトですが参考までに
https://tannit-neith.firebaseapp.com
0243世界@名無史さん2021/03/26(金) 15:37:24.710
>>239
ネイトはハトホルやイシスとも同一視されてたんだっけ
この辺は習合したのかなって感じだね
確かにカルタゴの国章、タニトのマークはアンクに似ているけど
0245世界@名無史さん2021/03/26(金) 17:11:54.980
>>243

242のサイトでは
リビア(北アフリカ)で古くから信仰されていた神を
ベルベル人はTannit(タニト)と呼び、エジプト人はNeith(ネイト)と呼んでいた

「ポエニのTannit(タニト)はリビアが起源と思われる」
とアラビア語で書かれた文書が紹介されています
0246世界@名無史さん2021/03/26(金) 19:30:43.700
>>244

調べる直してみましたが
サレプタに前8世紀に遡るタニトの軌跡があるようです
ワタシが見たソースはおそらくニュースじゃないですね


ウガリト語でタニト/アシュタルトの碑文があるようです
0247世界@名無史さん2021/03/26(金) 23:43:14.910
ベルベル人てカルタゴができる前からあの辺に居た原住民でヌミディアもベルベル系だったよね
侵略されたり服従させられてるけど、何だかんだで長い歴史を持つ人々よな
0248世界@名無史さん2021/03/27(土) 00:53:31.360
>>246
Sarepta(サレプタ)でThe Shrine of Tanit-Ashtartが発見されたって記事がありました

タニトがポエニだけで信仰されていたは間違いでした、失礼しました
0249世界@名無史さん2021/03/27(土) 01:31:29.000
>>247
イベリア半島の古代人の遺伝子構成は、青銅器時代に劇的に変化し始めた。
紀元前2500年頃から、黒海とカスピ海周辺のステップ地帯に暮らしていた人々に関連する遺伝子が、
イベリア半島の人々から検出され始める。
その後、古代イベリア人のDNAの多くが、ステップ地帯の人々のDNAで置き換えられた。
男性はすべて置き換わっていた。

ハミルカルがイベリア半島に出征した時は、既に古代イベリア人はいなかったのかな
日本も島国でなかったらフェニキア人同様、滅亡した民族として研究されていたかもね
0250世界@名無史さん2021/03/27(土) 09:08:41.090
>>242
逆にバアル・ハモンが
アマヌスの主として本土の山名もってる説があるけど
ヘルモン山のやつとここら辺のビミョーな違いがわかりませんね
0251世界@名無史さん2021/03/27(土) 09:35:52.530
>>35
スペインの地域問題はけっこう根深いんだなぁ

こういう統治に問題抱えてるとこの方が
世界帝国を創りやすいのかもしれない
イギリスとかみたいに
0252世界@名無史さん2021/03/27(土) 17:10:11.560
タニトのシンボルの起源はわからないですが、
シンボルに付加価値(魔除け・繁栄)を付けて商品(御守り)を生み出したのかもしれません
もしそうだとすれば、タニトは世界史上初めて、キャラクター商品のキャラクターとなり、
カルタゴはキャラクター商品(肖像権はカルタゴが独占)を初めて生み出した人々なのかもしれません

現在でもタニトの御守りは世界各地で販売されています(肖像権は不明ですが)
0253世界@名無史さん2021/03/27(土) 20:49:50.920
タニトのシンボルを家などの建物の前面に描いて魔除けとしていた風習は、
Indalo(インダロ)に関係があるかもしれません

インダロは先史時代の魔法のシンボルで、スペインのアンダルシア、アルメリアのベレスブランコにある
シエラデマリア-ロスベレス自然公園の「ロスレトレロス」の洞窟にあります
家の前面にインダロのシンボルを描いて邪悪から守る慣習です
インダロの起源はスペインのLevante(レバンテ)で、紀元前2500年まで遡ります
0254世界@名無史さん2021/03/27(土) 21:38:03.190
>>253
スペインにはレバンテまであるのか

ほんとに東側と生き写しだな
0255世界@名無史さん2021/03/28(日) 00:34:53.440
「バサの貴婦人」
スペインで紀元前4世紀初頭に作られた石灰石の彫像
翼のようなものをもつ玉座に、ドレスと宝石で着飾った女性が座っている像だ
かつては鮮やかに彩色されており、今でもその顔料の名残が、
バラ色の頬やマントの縁の市松模様などに見られる

「エルチェの貴婦人」
紀元前4世紀イベリアの埋葬用の彫像
石灰岩に掘り込んだもので、赤、青、金色、白などきらびやかな装飾的な彩色が
施されてていたことが後の研究で分かっている

「4000年前の欧州に女王が君臨? 女性為政者の墓か、古代イベリア」
墓地はスペイン南東部の都市カルタヘナの北西約55キロ、森林地帯の丘にある
ラ・アルモロヤ遺跡にあり、銀の冠を含む数々の副葬品とともに、
埋葬された女性が一国の権力を握るほどの人物だった可能性が浮上している

4000年前といえば、フェニキア人が到来する前です
女神タニトのヒントがあるような気がします
0256世界@名無史さん2021/03/28(日) 08:25:13.440
>>255
確かに、最近イベリアに女性の統治者の話しが出ていたよね
ディードーより古い時代の話しじゃないと神格化しないだろうし
0257世界@名無史さん2021/03/28(日) 12:11:23.790
バサ、エルチェ、ラ・アルモロヤ遺跡、そしてレバンテ
いずれもイベリア半島の南東部の地中海沿岸にあります
かつてエル・アルガル(El Argar)州または文化の影響のあった地域です
0258世界@名無史さん2021/03/30(火) 19:49:16.340
>>250

黒山→アマヌス山(ヌール山)
キリキアとシリアの間でウガリトの北

白山→ヘルモン山(ハーモン山)
ダマスカスとガリラヤ湖を結んだ南側

これでシンプルになりそう

>>240の地図だと山と川が見易いです
0259世界@名無史さん2021/03/30(火) 19:57:39.090
>>233

ざっくりビブロスのバーラトは
アシュタルトとしてよさそうな気はする
そんでシドンも


ウガリトのアシェラトの方がタニトに近いのか
それともアシュラトとアナトで一揃いなのか
どっちなのかがいまいち解らんのね
0260世界@名無史さん2021/03/30(火) 21:59:12.860
カルタゴコインの説明書きにタニト(ネイト)って表示されてた
0261世界@名無史さん2021/03/31(水) 21:52:35.270
>>257
アルガルってどんな意味あるんだろ
海に面した南にある気がする
0262世界@名無史さん2021/04/01(木) 01:13:53.080
イベリア半島とカルタゴの関係を検索していたら興味深いサイトがありました
そこに書かれていたのは

イベリア半島の文字の一つにタルテシアン(Tartessian)文字があります
フェニキア文字に似た字形で、南東イベリア文字の変種とも云われています
カルタゴにはトロイ戦争(前12世紀頃)より前にフェニキア人の都市があった可能性があります
0263世界@名無史さん2021/04/01(木) 05:27:10.160
まさかの西ですた

タルテッソスは聖書のタルススとの関係性を挙げる場合のネタはけっこうありますね
アトランティスと絡めるパターンも存在します
0264世界@名無史さん2021/04/01(木) 19:56:31.840
タルテッソスとエルアルガルは共に金属が豊かな国です
特に金(ゴールド)は古今東西、貴重な資源です
フェニキア人にとってもイベリア半島南部、南東部は金の産地で、
重要な貿易相手国であったと推測されます
0265世界@名無史さん2021/04/01(木) 20:16:39.520
>>264
イベリアは銀のイメージが強いけど、金も産出するんだね
0266世界@名無史さん2021/04/02(金) 03:01:56.930
スペイン語で赤ワインを「vino tinto」、白ワインを「vino blanco」
「tinto」はスペイン語で「赤」や「染まった」という意味です
タニトの語源に何か関係あるのかなってふと思いました
0267世界@名無史さん2021/04/02(金) 03:02:37.890
tinko
0268世界@名無史さん2021/04/02(金) 08:23:11.300
スペイン語で「染まった」は「tinta」みたいです
「tinta」は他に「インク」という意味があるみたいです

インクといえば、フェニキア人は文字を書くときはどうしたのでしょうか?
0269世界@名無史さん2021/04/02(金) 08:28:39.110
tinpo
0270世界@名無史さん2021/04/02(金) 09:04:01.450
>>268
ギリシャやローマとあまり変わらないと思われる
ほぼ無いだろうけどマゴンの書いた農業の本もあったみたいだし、パピルスか何かに墨やインクを使って書いたんじゃないかな
そう言えばハンニバル軍こシレノス?も書紀として活躍してたから容易に手に入れられるものを使ってたと思う
0271世界@名無史さん2021/04/02(金) 13:25:53.030
>>270
ありがとうございます
海上や港湾という場所柄、特別な耐水性のインクでも使っていたのかなって
0272世界@名無史さん2021/04/02(金) 21:27:01.550
>>265
ローマが山を突き崩してたイメージしかない
0273世界@名無史さん2021/04/03(土) 15:09:52.310
ローマにとってもイベリアの鉱山は得難い宝だったろうね
0275世界@名無史さん2021/04/06(火) 22:58:07.810
>>271

定着材が膠だと湿気に弱そうな気がするんで
なにか一工夫あったかもしれませんね

インク壷に着目して調べていくと
海用の工夫が見つかるかもしれません

http://www.bibalex.jp/Ancient/02/02032.html
0276世界@名無史さん2021/04/06(火) 23:04:21.060
>>273
イベリアの貴金属鉱山の枯渇が西を滅ぼしたと言う人が出るくらいには帝国財政に寄与してたみたいね
0277世界@名無史さん2021/04/07(水) 01:46:36.000
ストラボンの記述に
「ガラマンテス族の土地があり、カルタゴ石をここから運び出す」
ギリシア人は、ガラマント紅玉がカルタゴの富を連想させるとして、カルタゴ石と呼んだという

上で赤ワインの赤「tinto」とタニトと何か関係がないかなって推測したけど、
スペイン語で赤は「rojo」で、「tinto」は暗赤色、つまり紅玉の色でもあるのかなって

タニトはフェニキア語で「tnt」
赤い色の何かと関係があるのかなって個人的に推測します
0278世界@名無史さん2021/04/07(水) 03:40:19.040
カナリア諸島まで使われてるのは知らなかったですね


「ティフィナグ(tifinagh)」や「ティフィニグ(tifinigh )」という単語は、「punic(ポエニの)」という単語女性複数と同源であると広く考えられている。つまり女性接辞の「ti」とラテン語の「Punicus」で、「ティフィナグ」は「ポエニの(文字)」を意味すると考えられる[2][3]。

起源編集

この文字の早期の形つまり「原ティフィナグ文字」または「リビュコ・ベルベル文字」は、おそらくフェニキア文字のポエニの変種から発展したのであろう[4]。原ティフィナグ文字はおおよそ前3世紀から3世紀にかけて使用された。

東部と西部の2つの変種が知られている。 東部変種は、現在のアルジェリアのコンスタンティーヌとオーレス地方とチュニジアで使用された。この変種は、特にチュニジアのドゥッガでの)いくつかのヌミディアのリビア語とポエニ語で書かれた二カ国語の碑文の発見により、最も解読された変種である。24文字のうち22文字が解読されている。 西部変種はより原始的である。(Fvrier 19641965)カビーリヤからカナリア諸島にかけての地中海沿岸で使用された。13の追加文字を使用した。
0279世界@名無史さん2021/04/07(水) 03:56:31.210
ふむぅ、はるばる砂漠を越えて塩を交易してたのかと思ってたけど、、、


https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/8/8d/Map_of_Trans-Saharan_Trade_from_13th_to_Early_15th_Century.JPG

タウデニ(Taoudenni)は、マリ共和国北部、タウデニ州のコミューン。岩塩の鉱床があり、昔ながらの方法で今も採掘が行われ、現在でもラクダによる隊商によって運ばれている

タウデニ地方は盆地となっており、古代の塩湖の湖底に分厚い岩塩の鉱床が広がっている。それを鉱夫が手で切り出し、板状にしてラクダの背に乗せ、隊商が750km南のトンブクトゥまで運んでいく。隊商が塩を運搬するのは10月から3月の、涼しい6ヶ月の間だけである。かつては少し北のテガーザの岩塩の塩鉱が知られていたが、17世紀に枯渇し、かわってタウデニでの採掘が始まった。
0280世界@名無史さん2021/04/07(水) 10:54:33.860
>>277
ん?フェニキア語も子音のみの表記なの?
ユダヤとやっぱり関係あるのかな
0281世界@名無史さん2021/04/07(水) 12:22:05.160
カルタゴの人々が話したフェニキア語方言はポエニ語と呼ばれ、数千の碑文(ほとんどは奉納文)が残り、少数はギリシア文字やラテン文字で書かれている

共和政ローマとのポエニ戦争でカルタゴが滅亡した紀元前146年以降のポエニ語は新ポエニ語(または後期ポエニ語)と呼ぶ

フェニキア語を表記するフェニキア文字は右から左に書かれ、22の子音のみが表記される。しかし、ポエニ語(とくに新ポエニ語)では他のセム語と同様に準母音によって母音を表記した
0282世界@名無史さん2021/04/07(水) 12:26:26.330
>>281
なるほど、サンクス
0283世界@名無史さん2021/04/07(水) 12:56:26.750
>>275
フェニキア人は商売人であり、紙(パピルス)とペンとインクは記録に残す
重要なアイテムであったと思います
古代ローマではパピルスを保護するために羊毛紙が使われたそうです

フェニキア人も何らかの工夫を考え出したのではないかなって思います
0284世界@名無史さん2021/04/07(水) 19:08:41.390
ベルベル人とフェニキア人の文化をルーツに持つポエニ文化

その二つの文化であるが、ギリシャに敗北したヒメラ戦争(紀元前480年)後にその融合が急速に進んだようだ。フェニキア人の神であるバールはベルベル人の神であるアモンと融合し、バールハモン(Baal-Hammon)となり、フェニキア人の女神のアスタルトはベルベルの女神であるタニト(Tanit)と統一していったという。第一次ポエニ戦争が始まる紀元前3世紀頃にはこの二つの民族は完全に一体化していったようだ。

タニトの名前自体、ベルベル語の言語構造を持っています
ベルベル語では女性の名前は「t」で始まり「t」で終わります
0285世界@名無史さん2021/04/07(水) 21:30:34.240
【エルサレムAFP=時事】イスラエルの考古学者らはこのほど、同国南部でダビデ王とソロモン王時代のものとされる紫色の染料で着色された糸くずを発見したと明らかにした。

イスラエル考古学庁(IAA)、テルアビブ大学およびバルイラン大学の共同声明は、「織布のくずや飾り房、ロイヤルパープルの色に染められた毛糸の繊維を見つかり、研究者らは衝撃を受けた」としている。

発表によると、これらは古代の銅生産地であるティムナ渓谷で発掘された着色織物を調査していた際に発見された。「直接放射性炭素年代測定によって、聖書に登場するエルサレムのダビデ王とソロモン王の時代に相当する紀元前1000年前ごろのものであることが分かった」

イスラエルや地中海東岸地域で鉄器時代の紫色に染められた繊維が見つかったのは初めて。

https://www.jiji.com/jc/article?k=20210201041112a&;g=afp
https://www.jiji.com/news2/afpnj/photos/AFP041112_00.pre.jpg
0286世界@名無史さん2021/04/07(水) 21:50:24.680
>>283
羊毛をパピルスに使おうと思ったら
紙を漉くことはできないから
パピルス作る際の重ねるときに間に入れるぐらいでしょうか

毛は脱脂しないとインク弾いちゃいそうですし
なかなか手間がかかってそうですね
0287世界@名無史さん2021/04/07(水) 23:25:07.250
>>286
「羊毛紙」ではなく、「羊皮紙」です
失礼いたしました

木の芯にパピルスを巻きつけて巻物にします
古代ローマではパピルスを保護するために羊皮紙のカバーがつけられたそうです
0288世界@名無史さん2021/04/08(木) 00:07:39.160
アラム文字はフェニキア文字と1対1に対応する、字形だけが異なる、同じ機能の文字です
推測されるのは滲む筆記環境(パピルスにインクで文字を書くと滲むこと)に対応した
ものだろうと言うことです

つまりインクの滲み方が違うだけで同じ文字であるということです
0289世界@名無史さん2021/04/08(木) 03:10:10.950
謎が深まる

>>278

http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2016-02-13-1.html

ところが,もう一つ,ごくふつうに下から上へ文字を書いている例が見つかった。北アフリカのベルベル人の一部が用いているティフナグ文字がそれで,古代のヌミディア文字の系譜を受けついでいる(この文字については筆者の「アフリカの文字――セム文明の投影」(月刊・「言語」別冊『アフリカの文化と言語』所収,大修館刊,を参照されたい)。この文字が今日でも僅かながら使われていることは,森本哲郎著『タッシリ・ナジェール――遺跡との対話・2』(平凡社カラー新書)中にも書かれているが,このなかに岩壁に書かれたこの文字の写真が含まれている。これらを眺め,また他の文献をあたっているうちに,これらが下から上へ書かれていることに気づいたが,これは書き手が下方から,手のとどくだけ上方に書き,次にまた下方から書くことを示している。書き手によって身長は違うから,出発点を下端にしているわけで,半遊牧民のベルベル人の生活風景を連想させ,興味深い例であると言わねばならない。
0291世界@名無史さん2021/04/08(木) 12:02:27.060
>>289
下から上って、日常じゃ使いにくすぎるよ
宗教的な意味合いでもあったのだろうか
0292世界@名無史さん2021/04/08(木) 21:18:32.000
フェニキア最古の醸造所 ワイン文化はここから世界へ

中東のレバノンで、同国最古のワイン圧搾機(圧搾所)が発掘された。古代フェニキア人が広範囲にわたってワインの交易を広く行っていた新たな証拠として、注目に値する発見だ。

ワインの発祥地はフェニキアではない。ジョージアでは、約8000年前のワイン醸造の証拠が発見されている。しかし、オリーブオイルやアルファベット、グラスなどとともに、ワインの醸造技術を古代の地中海沿岸地域に広めたのはフェニキア人だ。ワイン文化は全世界に広まり、現在もフェニキア人の影響は生き続けていると言える。

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO65790500T01C20A1000000/
0293世界@名無史さん2021/04/08(木) 21:27:16.420
ブラクから発見か

>>292

2020年9月15日付で学術誌「Antiquity」に発表された論文によると、ワイン圧搾機が発掘された場所は、レバノンの沿岸都市シドンから南に約8キロ離れたテル・エル・ブラク遺跡だ。少なくとも紀元前7世紀には使われていたと推測される。当時、レバノンはフェニキア人の領土だったため、フェニキア最古のワイン圧搾機ということになる。
0294世界@名無史さん2021/04/08(木) 21:34:09.680
>>288
ん?
同じなのに字形が異なってるんですか

滲み対策、、、
0295世界@名無史さん2021/04/08(木) 23:36:08.010
>>294
下記サイトからの引用です

http://mikeo410.minim.ne.jp/cms/~otherarameanslanguage

アラム文字ー「フェニキア文字からの明らかな変化は、円形の部分が無くなっていることです。丸かった部分は、上が切られ、O が U になるような変化が見られます。書記方法が細い線を引くことができない滲むものになり、線の混んだ部分は黒く潰れることを前提にした変化のようです。」
0296世界@名無史さん2021/04/09(金) 00:10:15.900
>>289
下から上に書く文字で検索すると
「アイルランド・ゲール語のオーガム碑文の例、
そして突厥文字(オルホン文字)が稀にそのように書かれる」とありますが、
規則的に下から上に書かれた文字では無さそうですね
0297世界@名無史さん2021/04/09(金) 00:15:42.870
古代の「貝紫色」情熱で再現 チュニジア

まず巻き貝を洗い、種類と大きさで分ける。殻の上部を慎重に壊して、色素を分泌する腺を取り出す。
この分泌液が酸化すると紫色になる。巻き貝100キロから抽出できる染料は、わずか1グラム。
これだけを抽出するのに、2週間分の週末を費やす。

https://news.yahoo.co.jp/articles/3e3285e2115f913fa23ec4ec2abb9e0f9c400c39
0298世界@名無史さん2021/04/09(金) 01:19:47.930
貝紫色(Tyrian purple)

フェニキアにおける伝承では、「メルカルト神が牧羊犬を連れて海岸を散歩していると、犬が戯れて巻貝を噛み砕いた。
すると、海岸の太陽にさらされて貝の血で染まった犬の鼻先は紫になりメルカルトを驚かせた。
メルカルト神の愛人であったティルスのニンフがそれを見て自らの衣を染めるために紫の染料をねだったので、
メルカルト神は愛人の願いにこたえてティルスにたくさんの巻貝を住まわせてやった」というものである。
0299世界@名無史さん2021/04/09(金) 06:24:52.610
現在、サッカーのマンチェスター・ユナイテッドに所属するフランス人、
ハンニバル・メイブリ(Hannibal Mejbri)という選手がいます
生まれはフランスですが、父親がチュニジアの元サッカー選手です
0300世界@名無史さん2021/04/09(金) 11:43:11.940
>>293
(⚫ω・`)<ローマ板でカルタゴのワインも美味いんだよって言ったら「カルタゴの方がワインの本場なんだから自信もて」って慰められた
0301世界@名無史さん2021/04/09(金) 18:13:58.680
>>295

おぉ、非常に見通しのよい話でおもしろかったです

フェニキア語があるのか無いのか気になってましたが
少なくともフェニキアだけ文字は無さそうなので
かなりスッキリしました
0302世界@名無史さん2021/04/09(金) 21:25:34.220
>>301
同じ方のサイトで、フェニキア、カナンについて記述している箇所もあります
私には複雑すぎて理解が出来ませんが(実際、複雑だと思います)、
301さんにとって、もし興味があれば目を通してみては如何でしょうか?

http://mikeo410.minim.ne.jp/cms/~otherhistoryphoenicia
0303世界@名無史さん2021/04/09(金) 22:40:48.950
>>300
カルタゴのワインはマゴーネ(ハンニバルの弟ではない)の書いた本にその作り方が詳しく載ってたらしいね
作り方は一度読んだけどとても面倒くさかった
半レーズンから作ってるようなので甘いのかと思いきや、相当パンチの効いた味らしい
0304世界@名無史さん2021/04/09(金) 22:49:50.230
以前Yahoo知恵袋にこんな投稿があったぞ

質問

カルタゴは、今日の紙幣に通じるものを発行していたのですか。

元朝の交鈔が紙幣の始まりだと記憶していますが、カルタゴも同じようなものを発行していたのですか。
受け取り証書のようなものでしょうか。 例としては、港に行けば小麦とかワインとか、具体的な商品に引き替えてもらえる券でしょうか。
0305世界@名無史さん2021/04/09(金) 22:55:44.980
>>304
回答
カルタゴは、今日の紙幣に通じるものを発行していたのですか?
【はい、そうです】
カルタゴは羊皮紙や革製の通貨を発行していました。
カルタゴは世界最古の軽量 通貨の発行者と言われています。
0306世界@名無史さん2021/04/09(金) 22:56:04.150
>>305
元朝の交鈔が紙幣の始まりだと記憶していますが、カルタゴも同じようなものを発行していたのですか?
【はい、そうです】
羊皮紙は紙と近いと考えるとそうだと思います
紙は中国で発明されたと言われています
受け取り証書のようなものでしょうか?
【ある意味そうです】
アメリカのニクソン大統領が1971年 8月15日に固定比率(1オンス=35ドル)による米ドル紙幣と金の兌換を一次停止したニクソン•ショック以前の紙幣は受け取り証書に近いです。
例としては、港に行けば小麦とかワインとか、具体的な商品に引き替えてもらえる券でしょうか?
【単に通貨と考え
れば良いと思います】

【wikipediaにおける
カルタゴのBanknoteの記述】
The idea of using a durable light
weight substance as evidence of
a promise to pay a bearer on dem
and originated in China during the
Han Dynasty in 118 BC, and was
made of leather. However, Carthage
was purported to have issued bank
notes on parchment or leather, at
least before the city's destruction in
146 BC, making Carthage the oldest
known user of lightweight promissory
notes.
【参考】
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Banknote
0307世界@名無史さん2021/04/10(土) 02:04:50.000
カルタゴを建国したと伝えられている伝説上の女王ディド
女王ディドのモデルは古代エジプト21王朝のタニス朝のスメンデス1世の王妃ターネトアメンではないだろうか?
ターネトアメンは第20王朝最後の王ラムセス11世の娘である

以下ウィキペディアから抜粋
「スメンデス1世死後、王位を継承したのはかつてのアメン大司祭ヘリホルの息子アメンエムニスウであった。彼の即位を巡っては激しい角逐があり、即位に反対した多くの人物がリビュアへと追放された」
(リビュアは北西アフリカのナイル川より西側の地区を指し、ベルベル人が住んでいた)

このときターネトアメンが追放されたかは不明だが、もし追放されたとしたら場所が(ティルスの植民市になる前の)カルタゴではないだろうか?

「ウェンアメン旅行記」にターネトアメンの名が記され、フェニキアとエジプトの交易があったと推測される
女神タニトはタニスの女王、または名前のターネトアメンから由来している可能性があるのかも
0308世界@名無史さん2021/04/10(土) 03:22:35.150
>>302

おぉ、そっちの方は何回も読んでたのですがアラムの方を意識せずに
フェニキアばかりを追っていたので
ある時期にアラムなどなかった説を見落としておりました

両方を並行的に眺めていくと
逆に理解が深まりますね

アラム語とアラム文字とアラム人を
一緒くたにしようと思うから
わけが解らなくなってしまうのか
0309世界@名無史さん2021/04/10(土) 03:38:31.640
>>307
このネタはおもしろそうなので深堀してみようかな
かなり良いですね
0310世界@名無史さん2021/04/10(土) 09:01:45.000
>>307
タニトってそもそもいつ頃から祀られてるんだろうね
0311世界@名無史さん2021/04/10(土) 10:53:18.690
エジプトでもタニス朝時代、旧来崇拝されていた神々に変わり、
新しくアメン、ムト、コンスの3柱神の神殿が建てられ祀られようになります
南北の王家の協力関係の政治的背景、または衰えた勢力の立て直しを図るための
ものではないかと考えられます

ポエニ(カルタゴ)もヒメラ戦争(ヒメラの戦い)でギリシアに敗れ、
ベルベル人の協力が必要になった(同盟を結んだ記述もあります)政治的背景、
また勢力の立て直しにタニトが新しく祀られた可能性があるのではないかと

個人的にもう一つの可能性として、カルタゴが母市ティルスの植民市から
解放または独立したときに、タニトがカルタゴの新しい守護神に祀られたのでは
(ティルスからの納税の義務が免除されたとしたらカルタゴにとって
大きな出来事ではないかと推測します)
0312世界@名無史さん2021/04/10(土) 13:17:40.250
ふんむ

>>307

シェションク1世(Sheshonk IまたはShoshenq I、在位:紀元前945 - 924年頃または前943 - 921年頃)は古代エジプト第22王朝の初代ファラオ。即位名は「明るきはラーの出現、ラーに選ばれしもの」を意味するヘジュケペルラー・セテプエンラー[1]。


史上初となるリビア系エジプト人による王朝を創設し、二つに分断されていた政治権力を再統合した。また、イスラエル王国に遠征を行い、旧約聖書においてエジプト王シシャクとして記録されている。


メシュウェシュの大首長編集

リビア系の部族メシュウェシュ(英語版)の血を引く。エジプトでは第19王朝時代から、西デルタを経由して多くのリビア人が移住してきていた。20王朝から21王朝にかけて、彼らの一部は主に軍人として登用され、褒賞に土地や官職を与えられることで、地方の有力者として台頭した。

その中でもシェションク1世の家系は、王家と縁戚関係を持つ程に大きな権力を得た名士だった。父ニムロトメシュウェシュ(英語版)と祖父シェションク(シェションクA)シェションクA(英語版)は「マーの首長」の称号を付与されており[2]、ニムロトの兄で、シェションク1世の叔父にあたる大オソルコンは、甥に先立って史上初のリビア系ファラオとして即位し、6年間統治している。
0313世界@名無史さん2021/04/10(土) 13:45:20.370
>>311
するとベルベル人が先にタニトを信仰してた、若しくはカルタゴ独立の際に新たに祀られたって事かな
0314世界@名無史さん2021/04/10(土) 16:51:13.910
>>313
政治的な意味では、王政から共和制に移行した時期も可能性があるかもしれません

古代ベルベル人は死者を崇拝する信仰(慣習)があったと言われています
0315世界@名無史さん2021/04/10(土) 17:00:25.830
>>312
王朝を創立した史上初のリビア系エジプト人ということは、
リビアのベルベル人にとって絶大な影響があり、崇拝の対象に十分成り得ますね
0316世界@名無史さん2021/04/10(土) 17:13:24.310
というよりもスメンデス1世の名を
リビア系首長が継いでるっぽい

>>315

ネスバネブジェド1世は26年程在位し、死後は息子と思われるアメンエムニスゥが王位を継いだ。 彼の即位名であるヘジュケペルラー・セテプエンラーはその後の第22王朝や23王朝の王たちに好んで使用され、シェションク1世、シェションク4世、タケロト1世、タケロト2世及びハルスィエセの5人が採用している。
0317世界@名無史さん2021/04/10(土) 17:26:24.200
>>312
シェションク1世関係の話は、女王ディドの伝説の元に十分なりそうですね
0318世界@名無史さん2021/04/10(土) 17:48:14.040
アメンエムニスウは「第20王朝時代の大司祭ヘリホルの息子とも、スメンデス1世の息子である
とも考えられるが、決定的な史料はない」みたいですね

「同時代のアメンの大司祭メンケペルラーは自らの権限の下に恩赦を行っており、
これがアメンエムニスウの在位中の出来事であったと考えられている。
釈放されたのはスメンデスの治世25年目に反乱を起こし、西方のオアシスに追放された首謀者たちで、
ルーブル所蔵の追放者の碑文en:Banishment(ルーブル C. 256)に事の詳細が刻まれている。」

追放者の碑文にターネトアメンが記述されているか知りたいですね
0319世界@名無史さん2021/04/10(土) 18:17:38.460
>>306
ほむ、
武帝が革通貨を発行したのと
比較してるのだろうけど

前に調べたときはカルタゴのやつは
明確な証拠っぽいのを見つけられませんでしたね

通貨というよりトラベラーズチェックや
手形のようなモノの存在があったのではと想定しています
0321世界@名無史さん2021/04/10(土) 21:52:44.080
>>311
そういえば、祖国の神殿に対する10分の1税を
どのように供出したかを考えたことがあって

そもそも具体的なアイテムの記録がほとんど残って無かった気がするのだが
この時に証書が用いられたのではと想定した
というようなことを考えていた記憶が甦ってきました
0322世界@名無史さん2021/04/10(土) 21:59:52.620
>>320
意外と美味いらしい
0323世界@名無史さん2021/04/11(日) 00:38:25.470
>>298
牧羊犬とメルカルトが結びつかないのだが
もしかして羊毛を紫に染めたのかな

見つかった服の繊維はなんだったんだろ
0324世界@名無史さん2021/04/11(日) 02:16:27.090
カルタゴの建国伝説について

「その建国伝説も意味ありげである。その伝説がギリシア人によっているからなおさらである。」

「前9-8世紀、フェニキアはアッシリアに圧迫されていた。前701年、テュロスとシドンの王ルリ(在位前725-690)は反旗を翻し、アッシリアの王センナケブリ(在位前704-681)により廃位に追い込まれ、それ以前にルリが征服していたキプロスに逃げ込んだとされる。前11世紀からはじまっていたフェニキアの交易地(港市)の建設も、この時期、東地中海から逃げ出すように進められたとみられる。こうしたルリの廃位逃亡や交易地(港市)の窮迫的な建設が、カルタゴの建国伝説のイメージになったのではないのか。」

http://koekisi.web.fc2.com/koekisi1/page009.html
0325世界@名無史さん2021/04/11(日) 14:28:54.710
>>322
煮てから腐らせるんでしたっけか
もったいないことです
0326世界@名無史さん2021/04/11(日) 18:24:18.440
紫貝(パープル)

マヤ文明のあったユカタン半島地方の西、現在のメキシコ南部のオアハカ地方でも、
別種の巻貝の分泌液を染料とする同様の染色が伝統的に行われている。
ここでは巻貝から分泌液を採取した後巻貝を海に戻したため、
巻貝の個体数はあまり減っておらず、現在でもこの染色法は行われている。
0328世界@名無史さん2021/04/11(日) 21:57:02.280
女神アルテミスの謎解明 スイス人が貢献

エレトリアの近くに重要なアルテミス神社が存在することを示唆する資料は、既にギリシャとローマで数多く見つかっている。ギリシャの地理学者・歴史家であるストラボン氏はかつて、神殿の置かれたアマリントス村は、エレトリアの城壁から7スタディオン(約1.25キロメートル)離れた場所に存在すると主張していた。この情報を元に19世紀から20世紀にかけて発掘調査が行われたが、発見には至らなかった。

だが1970年代に入り、スイスの伝記作家/歴史家であるデニス・クネープラー氏が入手可能なあらゆる情報を分析した結果、ストラボン氏の提示した距離が間違っているか、あるいは誤って翻訳されたという結論に至った。
0331世界@名無史さん2021/04/12(月) 12:49:28.460
>>330
前に寺騎士団にモンクが居る設定
を読んだことがあったけど
それよりはかなり安全
0332世界@名無史さん2021/04/12(月) 15:36:35.450
>>329 の記事の内容に

「紀元前8世紀以降、幅広い貿易関係を持つ一大勢力へと発展したエレトリアは、植民地を作り南イタリアに進出。またレヴァント地方のフェニキア人との交流もさかんになっていった。
エレトリア人がもたらしたフェニキア文字はギリシャ文字の基礎となり、地中海沿岸に沿って急速に広まっていった。しかし古代後期になると都市は廃墟と化す。恐らく地震がその原因だったと考えられている。」

>>330
「shrine」を「神社」と訳したのではないかと思います
0333世界@名無史さん2021/04/12(月) 17:26:47.610
成る程ですね
以前海外の方に神社をシュライン、神職をプリーストと言ったところ、上にシントーをつけた方が良いと言われましたわ
0334世界@名無史さん2021/04/12(月) 19:35:46.840
神殿の英語訳は「shrine」「temple」または「sanctuary」
日本語でも神を祀る建造物を「神社」「寺院」「廟宇」「神殿」「教会」「モスク」
「シナゴーク」など色々とありますよね
0335世界@名無史さん2021/04/12(月) 20:06:28.360
訂正「シナゴーク」ではなく「シナゴーグ」ですね
0336世界@名無史さん2021/04/12(月) 22:15:30.570
>>332

ギリシャ大戦レラントス戦争であぼんする前に
フェニキア文字をばら蒔いた設定なのか

伝説上のイベント以外に物証あるのかな
けっこう怪しい気がする
0337世界@名無史さん2021/04/12(月) 23:00:31.610
>>336
エウボイア島の西海岸に面した大陸側はボイオーティア地方というのですが、そこに北からボイオーティア人が侵入してきて、元から住んでいたゲピュライオイ人を追い出す、という事件が起きています。

「ゲピュライオイ族というのは、本来エレトリアに発した部族であると自称しているが、私が調査して明らかにしたところでは、今日ボイオティアと称されている地方に、カドモスとともに移住してきたフェニキア人であり、この地方のタナグラ地区に割当てられて定住していたものであった。ところがまずカドモス一党が、アルゴス人によってこの地から追われたのち、つづいてゲピュライオイ族もボイオティア人に追われて、アテナイへ難を避けることになった。

ヘロドトス著「歴史」巻5、57 から」
0338世界@名無史さん2021/04/12(月) 23:09:46.840
上記の引用サイトがNGワードに引っかかり記載出来ません
0339世界@名無史さん2021/04/12(月) 23:13:36.060
>>336
レストランの戦いと空目した
0340世界@名無史さん2021/04/13(火) 00:06:49.980
>>336
スイスの考古学者、シルヴァン・フシャール教授は
「エレトリアは現在のシリアやレバノンなどとの通商の要地だったために栄えたのです。
紀元前750年にフェニキアのアルファベットを始めてヨーロッパに持ち込んだのも彼らなのです」
と息を荒く話す。

エレトリアとカルキスは共同で植民市ピテクーサイを建設します。
ピテクーサイは今のイスキア島で、イタリアのナポリの沖にある島です。
また、今のトルコとシリアの国境近くの地に植民市を建設しています。
この植民市も古すぎて当時の名前が分かっていません。
考古学者は現代の地名を用いてこの町の遺跡をアル・ミナと呼んでいます。
このようにイタリアからシリアまで東西に広く、通商ネットワークが確立されてました。
0341世界@名無史さん2021/04/13(火) 19:39:15.680
>>337
伝説上のイベントというのは
基本的にカドモスの話なのだけど

その設定だとボイオティアのフェニキア人に
先住民のエレトリア人が追い出されたかたちになんない?

ちなみにゲピュライオイをフェニキア人に設定するネタはあった気がする
0342世界@名無史さん2021/04/13(火) 19:41:10.360
>>340
ピテクーサイで邂逅する設定なら
かなり自然な成り立ちになります
0343世界@名無史さん2021/04/13(火) 20:17:28.260
「ヘロドトスの知るフェニキア文字はカドモス文字のことのようです。
カドモス人とゲピュライオイ人は、ヘロドトスの時代にはボイオーティアを追われていました。
カドモス文字を刻んだ奉納品がボイオーティアに残されました。この文字がカドモス人とゲピュライオイ人を
フェニキアからの移民とする根拠なのかも知れません。」

「レフカンディ(アルグラ)ですが、考古学的な証拠からBC 825年頃に大きな破壊を受けた、と推測されています。
そしてその後、レフカンディの人口が減り始め、一方その東のエレトリアでは人口が増大し始めています。
このことから、レフカンディが何者かによって破壊されたのち、その住民の多くがエレトリアに移住した、
と考えられています。」

エレトリアがかつてフェニキアの港市(後に他の民族に占拠された)の可能性を探ってみたんですけど、
無さそうですね
フェニキアは地中海北側に交易地を作らなかったのですか?
0344世界@名無史さん2021/04/13(火) 21:44:48.390
>>343

タソスですかね
これもたぶん伝説だけかと思いますが

あ、でもたしかメルカルト神殿あるんでしたっけか
0345世界@名無史さん2021/04/13(火) 23:30:58.660
>>344
ありがとうございます
タソスに金鉱山があったみたいですね
しかも、タソスというフェニキア人の名に因って命名された話もあるのですね
0346世界@名無史さん2021/04/14(水) 01:09:04.670
>>345
ご期待にそえたのなら良かったです

>>343
ほむぅなるほど、
カドモス文字というのがあるのですね


語源
カドモスの名前の語源を含め、数世代にわたってテーベを支配していました。不確か。考えられる接続された単語には、セム諸語三文字の語根qdm(ウガリティック:�jが含まれます。アラビア語では、ルート「qdm」には、「来る」を意味する動詞「qdm」、「原始」と「フォース」を意味する単語、「足」が含まれます(ヘブライ語では、qedemは「東」を意味します。 「前」と「古代」(原始)、動詞カドモス(シリア語:「前にいる」)、ギリシャ語のケカスマイ(<*kekadmai) "to shine". Therefore, the complete meaning of the name might be: "He who excels" or "from the east".


フェニキア語およびヘブライ語では、セム語の語根qdmは「東」、レバント語<を意味します。 277>ギリシャの神話家によると、「Kdm」自身の起源。セム語qdmを使用したKadmosの方程式は、R。B.Edwardsによる1646年の出版物にまでさかのぼります。カドモスという名前は徹底的にヘレニズム化されています。 エルメスがサモトラキでカドモスまたはカドミラスの名前で崇拝されていたという事実は、テーベのカドモスがサモトラキ島に対応する先祖のテーベの英雄として解釈されたことを示しているようです。カドモスとの別のサモトラキ島のつながりは、ディオドロスシキュラスによってゼウスとエレクトラおよびサモトラキ島の誕生の娘であると言われている彼の妻ハルモニアーを介して提供されます。
0347世界@名無史さん2021/04/14(水) 02:02:16.160
継承され過ぎな気はする、、、

>>307

パネジェム1世は、紀元前1070年から1032年まで古代エジプトのテーベでアメンの大司祭であり、紀元前1054年から国の南部の事実上の統治者でした。彼は大祭司ピアンキの息子でした。しかし、今日の多くのエジプト学者は、アメン神権の継承は実際にはピアンキからヘリホル、そしてパネジェム1世にまで及んだと信じています。[1][2]


彼はテーベで政治的および宗教的な権力の基盤を継承しました。パネジェムは、中エジプトと上エジプトの両方に対する支配を強化し、タニスに拠点を置く第21王朝からの彼の王国の事実上の独立を主張しました。
彼は、ラムセス11世の娘であるドゥアトハトホル・ヘヌタウィと結婚し、当時の他の強力な家族との関係を固めました。彼らの息子であるプスセンネス1世は、タニスでファラオになり、それによって2つの家族の間のギャップを一気に取り除きました。
しかし実際には、第21王朝の王とテーベの大祭司は、互いの政治的自治を尊重していたため、おそらく政治的にそれほど遠く離れたことはありませんでした。
0348世界@名無史さん2021/04/14(水) 11:14:25.180
>>347
フェニキアは地中海に面した地域のうちエジプトの影響の強かった地域のことだと解釈します。

ヘロドトスはフェニキアのティルスをエジプトだと考えているようです。
ヘラクレスの神話やオシリス崇拝がエジプト由来であることの論拠にしています。

女王ディドのモデルがエジプトの王妃だとしても不思議はないと個人的に思います。
0349世界@名無史さん2021/04/14(水) 14:28:58.750
>>348
狭い界隈だから無くはないよね
長い歴史の中でフェニキアとの関わりは0ではないでしょう
0350世界@名無史さん2021/04/14(水) 19:14:27.430
前スレにメモってたの見たいけど
どこやっちゃったかなぁ

アフリカ探検隊としては
0351世界@名無史さん2021/04/14(水) 23:01:54.740
>>312
アジア人やリビア人を含め
ナウクラティスのギリシャ人や
エレファンティネのレヴァント人

エジプトの多国籍化は
時間軸が意外と難しい
0352世界@名無史さん2021/04/14(水) 23:07:41.930
>>343
カドモス文字を線文字Bとして
設定を見直していくと
かなり違った世界が浮かび上がってしまう

でもフェニキアをエジプト設定する動機はわからぬ
0353世界@名無史さん2021/04/14(水) 23:16:06.520
3000年前の古代都市を発見 エジプト

考古学者のグループが先ごろ、エジプトで過去に見つかった中で最大規模の古代都市を発見した。
「アテンの上昇」と名付けられたこの都市は、ルクソールを流れるナイル川西岸の砂の下から見つかった。
発見を主導した考古学者のザヒ・ハワス氏が声明で明らかにした。
都市の年代は古代エジプトの王、アメンホテプ3世の治世にさかのぼる。
声明によると同王は、紀元前1391年から同1353年にかけてエジプトを支配した。
https://www.cnn.co.jp/style/architecture/35169288.html

アメンホテプ3世の跡を継いだアクエンアテン(同4世)が
突然伝統宗教を廃しアテン神唯一信仰に切り替え、
首都のテーベを放棄し新しい都市アマルナへ遷都した

アマルナ文書の時代(前14世紀)には、カナンにあったフェニキア人の都市は
エジプトの勢力下にありました
0354世界@名無史さん2021/04/14(水) 23:31:47.160
>>352
フェニキアの歴史を整理すると、前1200年頃以前のエジプト・ヒッタイト時代、それ以後の独立時代、
宗主国交代の時代、そしてギリシア・ローマ時代に、大きく分けられると思います
0355世界@名無史さん2021/04/14(水) 23:41:49.340
>>353
ツタンカーメンの父ちゃんが一代限りで創った都かな
宗教改革したかったんだっけ
0356世界@名無史さん2021/04/15(木) 00:14:19.950
アマルナ(アケトアテン)に遷都する前の都市です
0357世界@名無史さん2021/04/15(木) 01:01:53.490
>>353
3000年前の遺跡に3400年前の王がいたなら
やっぱ古代エジプト人はタイムリープの秘法を活用してたんだな
0358世界@名無史さん2021/04/15(木) 07:31:39.150
>>353
ここも外交文書が見つかるんだろか

そうするとかなり情報が増えて
いろいろと妄想も膨らむのだが
0359世界@名無史さん2021/04/15(木) 17:38:58.020
>>35
小説でも書こうと思うなら
もう一人絡めるべき人物が黒海の僻地に居るのだが、、、
0360世界@名無史さん2021/04/16(金) 14:32:43.850
>>359
因みにどなた?
0361世界@名無史さん2021/04/17(土) 15:49:16.360
カルタゴはBC650頃独立したと英語のサイトで記述があります

その頃のティルス(テュロス)は
「テュロスはセンナケリブ(在位前704-681)の怒りを買ったことで、前701年から5年間包囲、
攻撃される。
そのとき敗北したテュロスの領主エルライオス(在位前729-694、アッシリアではルリと呼ばれた)は、
キプロスに逃亡する。
ルリが水門から二段櫂船に逃げる様子が、ニネヴェのセンナケリブ宮殿の浮き彫りに描かれていた。
現物は消失したが、その模写が上にみた装飾帯とともに、大英博物館にある。」
http://koekisi.web.fc2.com/koekisi1/page007.html

キプロスに逃亡したエルライオスが新たな植民市を探してカルタゴに辿り着いた
可能性はないでしょうか?
つまり独立ではなく、このときにカルタゴが建国されたのではないでしょうか?
0362世界@名無史さん2021/04/17(土) 16:03:56.200
カルタゴより以前にあったウティカ(Utica)

英語のサイトでウティカには「古い」という意味があるという記述がありました
「ウティカはフェニキア人によって紀元前11世紀頃に入植・建造された都市とされるが、
遺跡から発掘された出土品では紀元前8世紀のものが最も古い。」
「かつてはメジェルダ川に面した港湾都市であったが、徐々にメジェルダ川の運ぶ土砂に
よって港が埋まったことが主な要因となり放棄された。」

カルタゴの「新しい都市」はティルス(テュロス)に対してではなく、
ウティカ(Utica)の「古い」に対して「新しい都市」ではないでしょうか?
ウティカの人々がカルタゴに大量に移住者してきたのがBC650頃ではないのかなと
0363世界@名無史さん2021/04/17(土) 16:32:15.160
ウティカってザマの戦いの前に大スキピオとカルタゴ軍が戦った所かな?
都市がその時まだあったのかは知らないけど地名は残ってたんだね
0364世界@名無史さん2021/04/17(土) 18:14:09.220
ローマ神話の女王ディドの話に
「地元のベルベル人の多くが入植地に加わり、近くのフェニキア都市ウティカからの
ベルベル人と使節の両方が都市の建設を促しました。
土台を掘っていると去勢牛の頭が見つかりました。
これは裕福であるが他の人に支配されている都市を示しています。
したがって、代わりに馬の頭が見つかった丘の別のエリアが掘られ、
この都市が戦争で強力になることを示しました。」

ローマ神話ではカルタゴの創設はローマ設立の72年前になっています
つまり、カルタゴの建国は紀元前825年となっています
0365世界@名無史さん2021/04/17(土) 20:04:39.390
>>362
>>364

ウティカが前8世紀で
カルタゴがBC825年だと
新しい都市はウティカなのでは?
0367世界@名無史さん2021/04/17(土) 22:32:57.900
>>365
ウティカは紀元前11世紀頃(またはそれ以前)の説
カルタゴは紀元前8世紀頃の説

あくまでも説なので、実際には違うのではないのかという個人的な意見です
0368世界@名無史さん2021/04/17(土) 22:50:37.080
>>365
カルタゴの建国は紀元前814年とされています
これはギリシャの歴史家ティマエウス(Timaeus)に由来し、一般的に受け入られている年です
0369世界@名無史さん2021/04/17(土) 23:08:45.550
>>368
なんや
ローマより半世紀ほど古いやんか
0370世界@名無史さん2021/04/17(土) 23:18:39.560
女王ディドの伝説に出てくるディドの夫シュカイオス(Sicharbas、Acerbas)は
「ウェンアメンの旅行記(ウェンアメンの物語)に出てくるビブロスの王
ジカルバアル(Zacherbas)と同一視さています

つまり、女王ディドの伝説は「ウェンアメンの旅行記」の一部がモデルになっている
可能性もあるのかなと推測します
0371世界@名無史さん2021/04/18(日) 00:33:32.470
>>366
日本語の記事で
「レバントの人々がエジプトを支配したと考えれている紀元前1450年頃」
と書いてあり、何の事だろうと思って元の記事を読んだら
「Hyksos」と書いてありました

ヒクソスがアルファベットを広めた"missing link"の可能性ってことですかね
0372世界@名無史さん2021/04/18(日) 01:22:18.940
>>369
そうじゃないと伝説が成立しないから
当然そうなるのではw
0373世界@名無史さん2021/04/18(日) 01:29:55.940
>>371
それちょっと年代がズレてる希ガスるので微妙な感じですね


ワディ・エル・ホル刻文編集

ワディ・エル・ホル (アラビア語: ,w�d al-haul) の碑文はやはり石に掻かれたもので、高地砂漠を通じてテーベとアビドスを結ぶ古代の軍用・商用路ぞいの、ナイル河のキナー河曲にあるワジ(涸れ谷) で見つかった (北緯25度57分�血o32度25分 / �k緯25.950度 東経32.417度付近)。2つの碑文が知られている。この文字体系の字形は原シナイ文字に極めて似通っているが、より古く、また文字が使用されていたエジプトの中心部のはるかに南である。字形やその向きは、紀元前2000年、第1中間期の頃のヒエラティックの落書きにたいへんよく一致する。ハーバード大学のen:Frank M. Crossは、この碑文を「明らかに最古の音素文字」であり、後のセム系文字とも十分に似通っている、と考え、「これは音素文字の単源的な発展のうちに位置付けられる」と結論づけている。
0374世界@名無史さん2021/04/18(日) 01:56:41.630
ローマの歴史家ジャスティン(マルクス・ユニアニウス・ユスティヌス)によれば、
ディドはカルタゴ本土には直ぐに入れず、しばらく小さな島に定住し、
やがて本土の住民と和解し、都市の建設の許可を与えられた
という記述があります

古代ウティカの地図「Roman Ruins of Utica. Tunisia - 1885 - Old map」
を見ると小さい島がいくつか確認できます

女王ディドの伝説のカルタゴ建国は、実はウティカの可能性があるのではないかと推測します
つまり、ウティカが(旧)カルタゴだったのではないかと思います
0375世界@名無史さん2021/04/18(日) 09:29:03.510
>>370
ほほぅ、なるほど
都市間で通婚する風習もあったのかなぁ


そういえばベーロスの息子の
アイギュプトスとダナオスの息子と娘はちょうど50人の設定ですね
0376世界@名無史さん2021/04/18(日) 11:03:43.280
カルタゴというかフェニキアの本が図書館にあったので、オモロい話しが出てたら上げてくわ
0377世界@名無史さん2021/04/18(日) 14:32:06.050
>>372
いや、ローマが飛ぶ鳥を落とす勢いの新興都市のカルタゴに脅威を感じて叩き潰したて思うてたんで
カルタゴのほうが古いて思うてたのと全然違うなと
0378世界@名無史さん2021/04/18(日) 14:47:51.640
>>377
アイネイアスがディードに拾われてますからね

よく考えたらもしかしたら
お婆ちゃんだったのか
0379世界@名無史さん2021/04/18(日) 17:09:37.820
アイネイアスはトロイア戦争に参加している
トロイア戦争は神話だが紀元前1250年頃に実際に戦争があったとも考えられている
ディドは老婆かもしれないが、アイネイアスはミイラ
0380世界@名無史さん2021/04/18(日) 18:32:17.880
>>371
もと記事にはいろいろと書いてあるのか

最初ヒクソスなのではと思って読みましたが
かなり怪しい設定でした
0381世界@名無史さん2021/04/18(日) 20:49:03.450
カルタゴに祀られていたかどうかは別として、フェニキア文字で書かれた神々の御名

エシュムン、アッシュール、バアル、バアルハモン、バアルツェメド、バアルシャメム、バアラト、ダゴン、ハウロン、ハルポクラト、ヤリフ、サスム、アシュタルト、アタ、ピグマリヨン、ピダルシャシャ、ラキブエル、レシェプ、シェメシュ
0383世界@名無史さん2021/04/18(日) 23:40:56.590
カルタゴでは Tanit, Baal Hammon, Eshmun, Melqart の神殿があった(らしい)
また、碑文研究から Ashtart (Astarte), Reshef, Sakon, Shamash の司祭がいたみたい
0384世界@名無史さん2021/04/18(日) 23:50:47.490
上の「司祭」の訳は適切ではないですね、「神官」が正しいです
0387世界@名無史さん2021/04/19(月) 06:50:20.260
バアルのようなもの
0389世界@名無史さん2021/04/19(月) 12:10:30.340
農耕の神と思われるダゴンが、何故マーマンにされてしまったのだろう
0390世界@名無史さん2021/04/19(月) 18:33:40.370
>>379
老婆とミイラの愛憎のもつれは
レベルが高すぎてついていけません、、、
0391世界@名無史さん2021/04/19(月) 19:28:27.100
>>380

ニュース記事を見ると
BC1550年でヒクソスになってますね
ヒクソスがレバントも支配してる設定のようです


訳の方はおおざっぱというより間違ってました
0392世界@名無史さん2021/04/19(月) 20:23:24.490
>>390
0393世界@名無史さん2021/04/19(月) 20:29:55.730
>>238

エジプトからシリアに還流する流れを考えると
やっぱヒクソスになるのかな

アナトとアスタルテはエジプト年代が
かなりズレてた気がするけど
アスタルテが戦車っぽいからこっちが後だろうな
0394世界@名無史さん2021/04/20(火) 00:46:07.120
ヒクソスの特徴として、土器と関連して「フルリ人」、人名が「西セム語系」
神殿の建築や土器、金属加工製品の形式から「シリア・パレスチナ地方」
「クレタ文化」の壁画、北シリア地方の神「バアル・ゼフォン」

これらの全ての特徴を持っているのが国際交易都市「ウガリット」だと思うんです
ウガリットの人々がエジプトに南下した可能性はないでしょうか?
表音文字・ウガリット文字とウガリット神話も一緒に持ち込んだのではないでしょうか?
0395世界@名無史さん2021/04/20(火) 00:54:08.590
ウガリットは
「輸出品は、まず、国産および内陸産の穀物、ワイン、オリーブ油、塩、木材(つげ、ねず、松)、
香油といった農産品であった(これらは後のフェニキアの交易品となるものであった)。
それらの仕向地はキュプロス、クレタ、アナトリアであった。
特に、キュプロスには大量のオリーブ油が輸出されたという。
アマルナ文書にはつげ材の積出港として描かれている。
次に、ウガリットの織物は人気があり、ビブロスやパレスティナ、ヒッタイトに送られた。
そのなかには深紅色の高価な羊毛や衣服も含まれていた。
それはヒッタイトへの貢ぎ物として送られたのであろう。
ウガリットには、深紅色染料の原料である巻き貝の一種(ほね貝)の殻が堆積しており、
その後のフェニキアの代名詞ともなった「テュロスの紫」はウガリットが発祥地であった。」
http://koekisi.web.fc2.com/koekisi1/page008.html

ウガリットの人々がエジプトに南下している途中で、シドン、ティルス(テュロス)に
定住した人たちもいたのではないかと思います。
0396世界@名無史さん2021/04/20(火) 17:54:48.820
>>389
大人のオモチャが犯人じゃないのか?
0397世界@名無史さん2021/04/21(水) 00:53:14.680
「ハビル(habiru)」と呼ばれる集団がカナンで略奪行為を行っていた記録があります
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/0/00/AreasOfHabiruActivityInAmarnaLettersLBIIA.svg/800px-AreasOfHabiruActivityInAmarnaLettersLBIIA.svg.png
(青銅器時代後期のハビル人の活動が報告された地域ーアマルナ文書)

アッカド語の記録によると、
「ハビル人はエジプトの属臣であり、シリア・パレスチナの諸都市に攻め入るなどして、
レヴァント地域の諸都市の脅威となっていた上、エジプトの都市間抗争にも関与する勢力」

ハビル人の個人名の多くは「西セム語」である一方、
古バビロニア時代末期の「ハビル四角柱碑文」のハビルの傭兵名簿から
「ハビル兵士の名にフルリ語の人名が極めて多い」資料もあります

「ハビル」という名前が「ヘブライ」と似ていて、
ハビル人こそヘブライ人=ユダヤ人の祖先であるのではないかという説もあります

シリア・パレスチナ地方に暴威を振るった武装集団が、
パレスチナの地に落ち着きその後ヘブライ人となった
他方、エジプトに侵略、支配してヒクソスとなった説はどうでしょう?
0398世界@名無史さん2021/04/21(水) 02:17:53.480
>>375
グブラ(ビブロス)の王リブ・ハッダの親族がティルスにいて
ティルスの支配者も仲間の親族らしい

血縁関係はけっこうありそうな雰囲気ですね
0399世界@名無史さん2021/04/21(水) 02:28:23.110
カナン地域の定住農耕民族は豊穣神の「バアル」が信仰され、
遊牧民族のヘブライ人は規律を求める一神教「ヤハウェ」が信仰されたと考えていました

もし、「ハビル」がヘブライ人だとすれば、多民族の武装集団をまとめるために、
規律を求める一神教の「ヤハウェ」が信仰されたとすれば個人的に納得いきます
また「ハビル」がヒクソスだとすれば、「出エジプト(Exdus)」は彼らなのではないでしょうか?

カルタゴに関係ない話ですみません
0400世界@名無史さん2021/04/21(水) 02:30:15.880
>>389
これはクトゥルフだけではない
なかなか歴史ありました
0401世界@名無史さん2021/04/21(水) 12:06:38.180
>>398
シドンとティルスは支配下に置いたり置かれたり、連合(同盟)組んだり、
結び付きが強いと思います
0402世界@名無史さん2021/04/21(水) 12:59:07.600
ウティカに「古い」という意味があり、珍しくラテン語化の名前である
という説明もあります
東地中海のフェニキアが命名したというより、カルタゴ、ローマを含む
西地中海の影響がみられるのではないかと思います

「ウティカの名が初めて記録に登場するのは紀元前6世紀半ば頃のカルタゴと
ローマの間の条約に於いてである」
0403世界@名無史さん2021/04/21(水) 18:10:14.410
「ハビル」がヒクソスで「出エジプト」なのではないかと思う理由に
旧約聖書の記述にあります (民数記 31章)

「7 彼らは主がモーセに命じられたようにミデアンびとと戦って、その男子をみな殺した。
8 その殺した者のほかにまたミデアンの王五人を殺した。その名はエビ、レケム、ツル、フル、レバである。
またベオルの子バラムをも、つるぎにかけて殺した。
9 またイスラエルの人々はミデアンの女たちとその子供たちを捕虜にし、
その家畜と、羊の群れと、貨財とをことごとく奪い取り、
10 そのすまいのある町々と、その部落とを、ことごとく火で焼いた。」
0404世界@名無史さん2021/04/21(水) 18:15:40.000
他のスレでメルカルトに関して記述があったので転載します(出典不明)

「父なる神によって人間界に派遣され
不死の特権を放棄して自己犠牲によって人間を救って死に
その行為を父なる神に認められて神の王たる地位を与えられた 」

「メルカルトを讃えたティルスの碑文

神々の父とともにあられる神の王
我らの救い主にして弱き者の守護者
神として最も高く人として地を彷徨い遂に力尽きる
その魂は常に汚れなく我らの背信を清浄の紫に染め抜く
我らこの和解を永遠と信ず」
0405世界@名無史さん2021/04/21(水) 18:38:27.150
背信から紫色というのは
流血させて殺す設定なのかしら
0406世界@名無史さん2021/04/21(水) 19:19:37.150
バアルの方が注目されがちだけど、カルタゴ、ティルス共に守護神はメルカルトなんだよね
0408世界@名無史さん2021/04/21(水) 21:11:39.470
メルカルと同一視されてるヘラクレスとも一致してるよね
ゼウスの子で人の世界で死に父によってオリュンポスの神になる
某サイトによるとヘラクレスは救世主として崇拝されたとあるしメルカルトも同じなんだろうな
0411世界@名無史さん2021/04/23(金) 10:30:00.460
>>410
この鳥と魚と馬を混ぜたようなクリーチャーは何だろう?
0412世界@名無史さん2021/04/23(金) 12:58:53.050
>>411
普通にイルカだと思いますね

海馬もよくあります
0413世界@名無史さん2021/04/23(金) 17:19:45.290
メルカルトについて詳しい話がないので、根拠は示すことは出来ないですけど、
「ギルガメッシュ」が元になっているのかなと個人的に思います

ギルガメッシュは「祖先の英雄」という意味であり、
「半神半人の英雄」「ライオンを抑える勇壮な英雄」「聖牛退治」
「不老不死についての知識を学ぶ」などの話があります
0414世界@名無史さん2021/04/23(金) 18:45:17.150
メルカルト=ヘラクレス=ネルガル
シュメールならギルガメシュよりネルガルでは
0415世界@名無史さん2021/04/23(金) 22:38:02.370
ネルガルは戦争や死、疫病、冥界を司る神、軍神、都市神
シンボルはライオンの頭を持った槌鉾

あまり神話に詳しくないのであくまでも個人的な意見ですが、
ギルガメッシュは伝説的な王、ウルクがモデルです
ウルクの名前、もしくは王「mlk」からmelqart(メルカルト)の名前が由来しているのかなと
他にも「レバノン杉」を持ち帰る話や「イシュタル(シュメール名:イナンナ)」の名が
登場したり、何より「英雄」の象徴であることです
0416世界@名無史さん2021/04/23(金) 22:57:31.430
メルカルト(Malku)がネルガル(Nergal)と同一視という記述もありますね
また、god Mot of Ras Shamra (ancient Ugarit)とも関連があるともあります
0417世界@名無史さん2021/04/23(金) 23:53:08.080
「ウィリアム F.オルブライトは、メルカルトである可能性のあるマルク神が、
地下世界の神であるメソポタミアの神ネルガルと同一視されることがるため、
彼が地下世界の神であると示唆しました。
その名前は「都市の王」も意味します。
他の情報源からメルカルトについて知られていることは冥界の神を示唆しておらず、
問題の都市はおそらくタイである可能性があるため、
他の人はこれを偶然と考えています。」
https://nipponkaigi.net/wiki/Melqart
0418世界@名無史さん2021/04/24(土) 00:35:01.410
他のスレから転載

「あとメルカルトについて 「オリエントの世界の発展(世界の歴史4)」中央公論社から

ウガリットのバアル神話にみられる死からの甦りの物語は自然界の再生をテーマとするが
これはビブロスの若神アドニスの神話を生む一方、アルファベットとともにフリュギアに伝えられて
アッティス神話の形成に影響を及ぼした。この若神はティルスではメルカルトと呼ばれ、
その英雄的行為のゆえに、ギリシアのヘラクレスと同一視された (フェニキアの項)

メルカルトは人類を救済する英雄としての神話が伝えられている。フェニキア人の神々の歴史
において第5代目の神であり、生誕時には将来の英雄にふさわしく捨子伝説の主人公であった。
長ずるに及んでギリシアの英雄神ヘラクレスと同じく数々の功業を成し遂げるが、その中心
テーマは人類の救済であった。このようなメルカルト崇拝はアレクサンドロスの時代には、
フェニキアはもとより地中海域や地中海アジア全域に広まっていた
(アレクサンドロスのティルスの項) 」

「捨子伝説の主人公」は「ギルガメッシュ」に関連があると思います
0420世界@名無史さん2021/04/24(土) 01:13:53.550
マイケル・グラント/ジョン・ヘイゼルのギリシア・ローマ神話事典によると
メルカルトの属性を残したヘラクレスは商人と商取引きの守護神と書いてある
つまりメルカルトは商業の神でフェニキア人的に最重要な権能だよね
あとヘラクレスは重要な冥界の神でもあるそうだからここでネルガルと繋がるのかな
0421世界@名無史さん2021/04/24(土) 02:13:54.670
>>414
勘違いされても困るので、別に否定をしているつもりはないです
色々な説があり、色々な見解や話が出来ればいいと思っています
0422世界@名無史さん2021/04/24(土) 02:39:37.710
メルカルトを表す「mlk」がモレクと結び付いて、
モレクと結び付いていたネルガルと更に結びつき、
結果、メルカルトとネルガルが結び付いた説があります

「mlk」が「人身供犠」モレクと結び付き、
メルカルト(ヘラクレス)さらにバアル・ハモンが「生贄」と結びついたようです
0423世界@名無史さん2021/04/24(土) 07:16:25.590
>>420
ほほぅ、なるほど

眺めてる限りはカドモス→ヘルメスを感じるのですが
そこらへんの記載はないでしょうか?
0424世界@名無史さん2021/04/24(土) 13:03:00.430
メルカルトはギリシアでメリケルテース(Melicertes)と転写されていたみたいです
これがフェニキアのコインにイルカの彫刻がある理由なんでしょうかね
0426世界@名無史さん2021/04/24(土) 23:29:35.460
>>425
そう言う説を唱えてた人おったな
沖縄に古代フェニキア文字の碑文があるってウワサもあるし
ロマンはある
0427世界@名無史さん2021/04/25(日) 08:13:16.670
>>425
読んだ限りではだいぶレベルが低いように感じますね

フェニキア人も劇オコなのでは
0428世界@名無史さん2021/04/25(日) 12:22:13.510
カルタゴ関連調べてると紀元前が大昔というイメージがなくなってくる
多少の発明はあっても、現代でもあの位の生活水準の国は存在するだろう
0429世界@名無史さん2021/04/25(日) 14:31:24.930
【約3500年前の鉢の破片に碑文が、アルファベットのミッシングリングを解き明かす鍵となる】

中央イスラエル、テル・ラキシュの遺跡を発掘していたオーストリアとイスラエルの発掘チームが、
最初のアルファベットがどのように古代エジプトからほかの地域へと広がっていったのかについて、
これまでの説を覆す発見をした。

この古代遺跡の建築物を調査しているときに、2行の短い文章が刻まれた陶器の鉢の破片が見つかった。
よく調べてみると、これまでに見たことのない文字が含まれていて、
アルファベットの変遷を明かす鍵となるという。
https://news.biglobe.ne.jp/trend/0422/kpa_210422_0456742891.html
0430世界@名無史さん2021/04/25(日) 16:35:45.430
ヒクソスがエジプトとレバントを結びつけていたなら、
サレプタで発見された紀元前8世紀ごろのタニト/アシュタルテの神殿が
エジプトの影響があったとも考えられます
タニトのシンボルはエジプトのアンクに由来があるのではと推測出来ます

また個人的な推測ですが、タニトはネイトの別名(称号)の可能性もあるのかなと
「son of baal」「face of baal」のように、「t」で始まる言葉の「t○○ of neit」が
「tnt」(「○○のネイト」)つまりタニト(tanit)ではないかと
タニトはまたアシュタルテの別名(称号)でもあったのかなと

ネイトはベルベル人が信仰していた神と同起源(または同一)であったと言われており、
ベルベル人はエジプトにもカルタゴにも住んでいたことから、
タニトは海を渡ってきたのではなく、既に大陸で繋がっていた可能性があると思います
0431世界@名無史さん2021/04/25(日) 16:45:38.200
訂正させて下さい
上記の「○○のネイト」ではなく「ネイトの○○」です
0432世界@名無史さん2021/04/25(日) 17:42:33.480
上の方でも出てたけど、タニト=ネイトはほぼ確定かな
0433世界@名無史さん2021/04/25(日) 18:47:28.900
フェニキア文字は母音字を省略します
可能性としては「t○」「t○○」(○は母音字)で何か意味のある言葉が入ると思います
誰かフェニキア文字に詳しい方、いらっしゃいませんか?
0434世界@名無史さん2021/04/25(日) 20:43:58.930
タニトが王妃ターネトアメンの可能性も捨て切れないと思います
アメンは「神」の尊称ですからターネトがタニト「tnt」かなと

前王ラムセス11世の娘であり、アメンが示すように正統な王位継承は夫スメンデス1世ではなく、
ターメトアメンにあったと思います
また首都タニスは歴代のエジプト王朝の首都と比較して、地中海沿岸付近にあり、
「ウェンアメンの旅行記」が示すようにフェニキア都市と交易関係があったと思います

後の王位継承の激しい角逐時にリビュアへと追放された、もしくは逃亡していたなら
女王ディドのモデルに繋がる可能性はあるのかなと
ただターネトアメンはネイトと違い、王妃であり神ではないことが最大のネックです
アシュタルテと共に祀られる根拠がわかりません
0436世界@名無史さん2021/04/25(日) 23:01:14.100
母音字が無いていうことは
ヘブライ文字やアラビア文字の先祖みたいなもんやな
0437世界@名無史さん2021/04/25(日) 23:10:30.620
>>409
おっぱい山の間に
木が生えてるけど
カルタゴの風景なんじゃろか
0438世界@名無史さん2021/04/25(日) 23:26:27.930
>>436
古ヘブライはフェニキア人とすり替わった
0440世界@名無史さん2021/04/26(月) 00:15:42.700
>>435
Charles R. Krahmalkov の Phoenician Punic Dictionaryによると、ʼTならyou(sg.m/f)、with、together with、alongside、to、for(the benefit of)
あとは古い用法で対格助詞表すとかポエニ語で目的格代名詞作るときに使うみたいですね
0441世界@名無史さん2021/04/26(月) 00:54:33.020
>>440
本当にありがとうございます!
「tnt」は with neit / for nietって言う意味になる可能性があるってことですね
いまいちしっくりこないですね
0442世界@名無史さん2021/04/26(月) 11:29:24.460
フェニキア人が建造?

【 地下洞窟には貝殻で埋め尽くされた建造物が!謎の宮殿「マーゲート・シェル・グロット」】

1835年、イングランド南東ケント州で、泉を掘っていたジェームズ・ニューラブは、
地表からそれほど深くない地下に空洞があるのを発見した。
さらに掘り進むと、驚くべきものが出てきた。おびただしい数の貝殻が美しくはめこまれた
宮殿のような洞窟があったのだ。

今では、マーゲート・シェル・グロット(Margate Shell Grotto)として知られるこの貝殻洞窟は、
30メートルほどの長さの通路と広い祭壇室のようなものがあり、天井から床まで、
モザイク画のように貝殻でびっしりと覆われている。
https://news.biglobe.ne.jp/trend/0425/kpa_210425_2921953070.html
0444世界@名無史さん2021/04/26(月) 17:52:54.400
トンボ玉が中国まで伝わってる説があるそうだけど
なんで目玉だけで人頭玉は流行らなかったんだろうな

昔の人はゆるキャラ嫌いなんかな?


http://bead2.blog26.fc2.com/blog-entry-97.html
0445世界@名無史さん2021/04/26(月) 17:59:34.710
>>444
単純に気持ち悪いからじゃないかな
0446世界@名無史さん2021/04/26(月) 18:00:16.360
>>442
コレは浪漫があるけど、フェニキアにしちゃあ新し過ぎるかな
0447世界@名無史さん2021/04/26(月) 18:01:08.880
>>443
冬に越えなきゃ
まあ象貸して貰えないだろうけど
0448世界@名無史さん2021/04/27(火) 01:29:48.810
>>440
タニト(Tanit)にエジプトの起源を求めてみました
エジプトでは「Ta Seti」(land of the bows)「Ta netjar」(land of the gods)「Ta-wer」 (the great land)
どうやら「Ta」に土地(land)の意味があるようです
(因みに日本語のウィキペディアでは「nit」に土地の意味とあります)

タニトが「Ta-nit」であれば「land of nit」となります
英語のウィキペディアでは、タニトがTinnitとも呼ばれていたそうです

他にタニト関連で
Omek tannou(Oumouk tangou、Amuk taniqu) は、チュニジアの古代の雨乞いの儀式であり、
女神タニトの召喚を含むポエニとベルベルの伝統から受け継がれています。
今ではほとんど絶滅しています。
(Omek tannou、Oumouk tangou、Amuk taniqu は地域で呼び方が違うだけで、
Omek、Oumouk、Amuk は 「Mother」という意味みたいです)
0449世界@名無史さん2021/04/27(火) 01:47:17.430
>>448
フェニキア語で母は𐤀𐤌(ʼm)だったはずなので最後のkはどこから来たのか個人的に気になりました
2人称の接尾人称代名詞かな?と思ったのですがなんかしっくりこない…
0450世界@名無史さん2021/04/27(火) 07:42:58.110
みんなフェニキア語詳しいけど、何を参照してるの?
0451世界@名無史さん2021/04/27(火) 07:55:39.780
>>439
テュロスに木と山の風景ってあるの?

島暮らしみたいなの想像してたんだけど
0452世界@名無史さん2021/04/27(火) 09:08:11.080
>>449
Omek tannouがいつ頃の呼び名かわかりません
タニトがそれぞれの地域でtannou、tangou、taniquと呼ばれていますので
フェニキア文字から後の文字になるのかなと思います
タニトも共通の文字は最初の「tan」と最後「u」だけですね

>>450
ひたすらgoogleで検索しています

>>451
テュロスから見えた風景ではないでしょうか
0453世界@名無史さん2021/04/27(火) 09:19:28.150
タニトのもう一つの呼び名「Tinnit」
「tin」は英語で「錫」という意味です
また、ラテン語でも同様に「錫」と言う意味です
あくまでも推測ですが、タニトは錫と関係がある可能性があるかもしれません
0454世界@名無史さん2021/04/27(火) 20:59:18.470
>>436
なんかチラ見してると
ポエニ語では母音字あるっぽいけど
ローマ以後の話なんだろうか?
0455世界@名無史さん2021/04/27(火) 22:38:08.650
「t」はフェニキア文字で「𐤕」(tau)と表記し、一文字で「印」という意味があります
「𐤕」の文字が十字架にも見え、アンクはエジプトの十字架とも呼ばれています

タニトが「Tau(𐤕) of neit」であるならば、「ネイトの印」または「ネイトのアンク」
を表しているのかなと推測します

一方で、シドンの王に「Tabnit」(c. 549–539 BC)がいました
タニトの名前の語源をこれ以上探っても由来はないのかなって思ってしまいます
0456世界@名無史さん2021/04/27(火) 23:20:02.940
タニトが「ネイトの印」の意味があり、タニトのシンボルが「ネイトのアンク」を
表現しているとして、このネイトが「エジプトの神ネイト」を示していたのか、
一般的な「神」「女神」「地母神」を示していたのかはわかりません
0457世界@名無史さん2021/04/28(水) 00:01:19.830
>>455
タブニトの名前の由来はよくわかっていないようですが、『フェニキア文字の碑文』では語根tbnから派生する「わら人形」あるいは「像」や「姿」を表す語ではないかとされています
0458世界@名無史さん2021/04/28(水) 00:05:39.530
沢尻エリカの母親ってベルベル人って今初めて知りました
やはりベルベル人は美人が多いのですかね
0459世界@名無史さん2021/04/28(水) 00:10:52.260
>>457
なるほど、ありがとうございます
しかし、母音字がない時代、文字を見ただけで正しく理解出来ていたのでしょうか
意味が違う同じ文字がいくつもあって、音がなければ区別は難しかったのではと想像します
0460世界@名無史さん2021/04/28(水) 00:33:46.210
>>454
>>281 に記述があるように新ポエニ語(後期ポエニ語)には凖母音があったみたいです
0461世界@名無史さん2021/04/28(水) 02:33:09.880
タルテッソスで崇拝されていた女神「Potnia」

https://scontent.ffsz1-1.fna.fbcdn.net/v/t1.6435-9/fr/cp0/e15/q65/85006698_826899414491699_7257703824897343488_n.jpg?_nc_cat=111&;ccb=1-3&_nc_sid=8024bb&_nc_ohc=3GBaLXY1dHIAX8m3-pc&_nc_ht=scontent.ffsz1-1.fna&tp=14&oh=f1c8fd05a68115d47c09dad2193e80c6&oe=60AEAD26
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/2/24/Pithos_102972x.jpg/640px-Pithos_102972x.jpg
https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcTmIgW0jseXuFVzY-i04bC9M6kk8564EAF1MQ&;usqp=CAU

女神タニトに似ていませんか?
両手を挙げているポーズ(タニトのシンボル)、そして赤の印象が強い→赤「tinto」
0463世界@名無史さん2021/04/28(水) 07:22:36.140
アルテミス⇔キュベレですかね
図像の配置はアナトリア辺りの表現とそっくりです

ポトニアは幾つかあるようで
クレタ島なんかにもあったっけかな
タルテッソスのは知らなかったですね

クレタのは地下のが枕だったような
0464世界@名無史さん2021/04/28(水) 07:25:30.430
>>452
これが母音あるから
後期アフリカの谷戸さんですかね

古代になんと呼ばれたかは解らないのに
谷戸と名前を呼んでるのはなぜなんだろう
0465世界@名無史さん2021/04/28(水) 07:53:43.680
国内だとフェニキア文字の碑文くらいしかフェニキア語に関する本が思い当たらない
0466世界@名無史さん2021/04/28(水) 08:24:44.050
ネトウヨは存在しない
0467世界@名無史さん2021/04/28(水) 09:25:14.530
>>463
タルテッソスで信仰されていた可能性ということで、アシュタルテと「Potnia」の
名前がありました

リンクが切れてしまった画像があります
(Potniaでgoogle画像検索したものをリンクしたものです)
0468世界@名無史さん2021/04/28(水) 14:52:19.570
カルタゴの円型軍港が作られたのは第二次ポエニ戦争後という事が近年の研究で明らかに

もうネタ出てた?
0470世界@名無史さん2021/04/28(水) 17:56:39.800
元々は強かったけど、船に乗り込まれる装置を開発されてあえなく転落
0471世界@名無史さん2021/04/28(水) 20:43:29.530
>>468
この話しのおかしいところは、ザマの敗戦で軍船10隻まで減らせと言われたのに多数収容出来る軍事拠点を作れた事
で合ってる?
0472世界@名無史さん2021/04/28(水) 21:37:23.140
>>468
いや全然しらないですね
軍港だったのも知らなかったです

円形港は軍港にむかない気がするんで
ローマの制限によるものだったのでしょうかね
0473世界@名無史さん2021/04/28(水) 22:08:55.620
第3次戦争(前149-146年)が始まる前に、大型のガレーを建造するための
円形の軍港だったかもしれませんね
いずれにしても、コトンと円形の軍港の組み合わせはセンスがいいですよね
0474世界@名無史さん2021/04/28(水) 22:38:32.640
https://tabizine.jp/2015/08/24/37993/

出水まではかなりスムーズに実行できるようになってるのと
狭い空間に多数収用できる設計

その代わりに出港は
商用港を経由しないと外に出れないから
前方で軍艦が詰まると大多数が
戦闘に参加できないままになってしまう

逆に余所から軍艦が出港と入港したのを監視するには
これほど好都合の立地上の設計はないですね
0475世界@名無史さん2021/04/28(水) 23:58:40.610
ハンニバルが建設に関与したというウワサもある
どちらにせよ、これの建造が第二次ポエニ戦争後だと言うのはローマの歴史家が話しを創作した可能性に繋がる
0476世界@名無史さん2021/04/29(木) 00:23:13.080
>>471
その通り
ザマで決定的な敗北を喫して不平等な条約を結ばされたなら、こんなもの出来る筈ないんだ
0477世界@名無史さん2021/04/29(木) 01:13:55.970
>>461
肩口にいる各4体はなんだろって思ったが
おそらくコウモリですね

そんで肘には獅子かな
裾にはコウモリと蜂に見えます
けっこう独創性ありますな
0478世界@名無史さん2021/04/29(木) 01:34:39.600
>>473
ふーむ、なるほど
カルタゴ様式なのかと思いましたが
実はフェニキア様式なんですね

港を簡単に封鎖できることに特徴がありそうなので
これは税関の役目がありそうです

シチリア、チュニジア、キプロスに残ってるとありましたが
たしかにあったような気がしてまいりました
0479世界@名無史さん2021/04/29(木) 18:34:05.320
錫について

前6世紀、ペルシア支配下におけるテュロスの交易品について、
「27:12 タルシシュはお前の豊かな富のゆえに商いに来て、銀、鉄、錫、鉛をお前の商品と交換した。」
旧約聖書『エゼキエル書』(27:12-24)
(タルシシュ(Tarshish)はトルコ地中海岸のタルススとする説とスペイン南部のタルテッソスとする説がある)

コーンウォールには東地中海の フェニキアの金属トレーダーが訪れていたと伝統的に思われていたが、
この観点は 20 世紀初頭に変化し、 ティモシー・チャンピオン (Timothy Champion) が 2001 年に述べたように、
『フェニキアあるいは カルタゴのトレーダーが北方の英国まで存在した証拠は存在していない』

スズのトレードのコントロールは フェニキア人の手にあったようで、 彼らは供給源 (source) を秘密にした。
ギリシャ人が理解したことはスズがカセティライズ (Cassiderides) -- スズ諸島 -- から来たことで、
これに関して地理的に特定することが議論された。 BC 500 年までに、 ヘカタイオス (Hectaeus) は、
スズが手に入る ガリアの向こうの島を知った。

フェニキア人の英国とのトレードは間接的で、 ブルターニュの ウェネティ族 (Veneti of Brittany) の
コントロール下にあったらしいことであった。
コーンウォールのスズの生産はコーンウォールの人によっており、 地中海への輸送は地元の商人により
組織され、 海を渡り、次にフランスを通り抜けて陸を進み、フェニキア人の支配からは 十分に離れていた。

ウェネティ族(ガリア)は、現在のフランスのブルターニュ半島に居住していたケルト人の部族の一つである。
航海術に長けた部族であり、ローマ時代にアルモリカと呼ばれた地域の一部を形成した。
現在のヴァンヌの名の由来となった部族である。
ウェネティ人はオーク材を使って船を建造した。船尾梁を止めるのに親指ほどの太さがある鉄製の釘を使用し、
革製の帆を使って船を操った。これにより、大西洋の強い風や荒波にも耐える、
強くて頑丈な構造の船を作り出していた。
0481世界@名無史さん2021/04/30(金) 01:58:08.650
The Lady of Elche(エルチェの貴婦人)がタニトなのでしょうか?
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f1/Dama_d%27Elx.jpg

Lady of Lebanon?(レバノンで以前見つかった? 情報がないみたいです)
https://1.bp.blogspot.com/-HOOfCBeiGxk/WtdKlMWX3QI/AAAAAAAAGbU/3JZcYa3RQbQC_1KQ_UtAtKuE2eXLyVIpQCEwYBhgL/s1600/3.jpg

アメリカのユタ州で発掘されたmedallion
https://1.bp.blogspot.com/-rNyGgTL8630/WtdKlmudVUI/AAAAAAAAGbY/zVpKJyCKnM4bBn9volgXuG8XQInwm__rwCEwYBhgL/s400/4.jpg

フランスで発見されたmedallion
https://3.bp.blogspot.com/-VJZEGf_f_Hg/WtdKnCb-1DI/AAAAAAAAGbk/srcpQ49awM0kGgdIYXg2SaWeiFpZzqvogCEwYBhgL/s1600/7.jpg

耳飾りが車輪のように見えます
耳飾りがアッシリアのものではないかという人もいます
フェニキア文字の「t」は「𐤕(tau)」(印)
似ていますが違う文字で「ṭ」は「𐤈(ṭēth)」(車輪)
タニトはどちらの文字なんでしょう、ご存知の方いらっしゃいますか?
0482世界@名無史さん2021/04/30(金) 02:15:52.590
タニトが「ṭ」で「𐤈(ṭēth)」(車輪) だとすれば、車輪と関係ありそうな神を検索すると、
古代ケルトの神々のなかに「タラニス(Taranis)」がいました

【タラニス】
おそらくゴール語のtaran(雷鳴)が由来とされるが、はっきりしていない。
タラニスは太陽と天上の神であり、さらにその職能から、
雷鳴、戦争、炎、死、そして空の神でもある。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/37/Rouelle_votive_wheels.jpg/800px-Rouelle_votive_wheels.jpg
タラニス(Taranis)信仰に基づくとされる、奉納品の車輪。
このような輪はベルギーのガリア人の聖地で数千個見つかっている。
0483世界@名無史さん2021/04/30(金) 02:45:16.950
>>481
かなり良いですね
けっこうたくさん出土してるのか


バサの貴婦人の方は
バステトと関係あったりするのかな、、、
0484世界@名無史さん2021/04/30(金) 06:42:34.910
タニトは𐤕(tau)の方です
𐤋𐤓𐤁𐤕𐤋𐤕𐤍𐤕𐤐𐤍𐤁𐤏𐤋𐤅𐤋𐤀𐤃𐤍𐤋𐤁𐤏𐤋𐤇𐤌𐤍
(女主人「バアルの顔」であるタニトへ、そして主バアル・ハモンへ)
0485世界@名無史さん2021/04/30(金) 06:57:47.770
>>484
‎𐤋(l):ここではto〜
‎𐤓𐤁𐤕(rbt):女主人
‎𐤕𐤍𐤕(tnt):タニト
‎𐤐𐤍(pn):顔
‎𐤁𐤏𐤋(bʿl):バアル
‎𐤅(w):ここではand
‎𐤀𐤃𐤍(ʼdn):主人
‎𐤁𐤏𐤋𐤇𐤌𐤍(bʿl ḥmn):バアル・ハモン
0486世界@名無史さん2021/04/30(金) 08:10:52.220
>>481
スターウォーズのアミダラ?を思い出す
0487世界@名無史さん2021/04/30(金) 09:03:58.760
>>484
本当に凄いです、とても勉強になります、ありがとうございます
googleで碑文を検索して文字を眺めたのですがよくわからなかったものですから

𐤀𐤌(ʼm):mother
𐤀𐤇𐤕(ʼḥt):sister
𐤁𐤕(bt):daughter

𐤕は女性を表す文字みたいですね、ただ元になる次の関係性からみたいですけど
0488世界@名無史さん2021/04/30(金) 09:31:33.030
>>486
チュニジアはスターウォーズのロケ地でしたし、また独立星系連合軍の構想は
フェニキアの都市の関係性から由来しているような話を見ました
0489世界@名無史さん2021/04/30(金) 10:02:20.590
>>488
何と!
カルタゴとスターウォーズの意外な繋がりが
何となく下のパドメアミダラに似てるなーと思ったんです
https://msp.c.yimg.jp/images/v2/FUTi93tXq405grZVGgDqG6CX7bFaQ6O-4GUHsIE4EGzp_bJmwzEfMRkTVoqViqObNH09rt7XlD82Rdy92d4P_BZmsOSFkD2-8gtM0wc5_tW6JFliFDGHFfb7cioFyu9i7M8wm2RDU82vmIFN1Pv4RSIgs11V4JDf6xUdnzq-GHw0WA_xs4G62Opre0hXORX4PxMAY70HpsgAsPMfZ6tG0wgee3TYQxGa1WlrAMPbW3GaJ0dhZljLLPQVVCFlSMw2hCMMART10XB2GlT736NDkA==/f47d32b9be6d4bdcbe8978c48a28e6b5.jpg?errorImage=false
0490世界@名無史さん2021/04/30(金) 10:05:11.300
でも他のゴテゴテした衣装のアミダラさんの方が何となく似てる気がしてきました
0491世界@名無史さん2021/04/30(金) 11:56:59.700
スターウォーズの話自体が神話
「父である神を殺して神となった者が、自分も同じ運命を辿ると預言され、わが子を殺そうとする。
父の目をごまかして生き延びた息子は成長してついには父を殺し、神の座につく。」

マトマタ (Matmata)
「スターウォーズ」のロケ地となった、先住民族ベルベル族の穴居型住宅で有名
0492世界@名無史さん2021/04/30(金) 12:26:21.830
為になりますね
そして世界的にヒットする映画や小説のヒントは神話にある様な気がします
0493世界@名無史さん2021/04/30(金) 22:47:19.710
「カランボロの財宝」

金はセビリアに近い鉱山から採掘されたが、装飾品の製造にはフェニキアの技術が使われた
財宝が発見された地域ではフェニキアの神殿が確認されており、財宝そのものも
フェニキアと現地のタルテッソスの文化が融合して生まれたものとみられる

神殿の詳細はわかりませんが、アスタルテの像が発見されました
セビリアの最古の名前はヒスバールと呼ばれて、バアルの名前から由来みたいです
カランボロの財宝を研究してきたアリシア・ペレア氏は
「フェニキア人の男性が現地の女性と結婚するのは、言ってみれば、当たり前の話です」

タルテッソスはフェニキアの交易相手というより、植民市に近い印象です
0494世界@名無史さん2021/04/30(金) 23:42:05.960
分析結果では、「カランボロの財宝」に使われた金は、セビリア近郊の
バレンシナ・デ・ラ・コンセプシオンにある4〜5000年前の巨大な地下墓地のものと
同じ鉱山から採掘された可能性が高いことがわかった

このバレンシナ・デ・ラ・コンセプシオンはかつて金の採掘場であり、その後掘削によって
できた空間を巨大な地下墓地として利用した可能性を踏まえて、「カランボロの財宝」は
時期的にこの地域で約2000年続いた金の加工の終焉を示すものだと解釈されています

タルテッソスは、現在のスペイン南部で紀元前9世紀から紀元前6世紀にかけて栄えた王国で、
裕福かつ先進的な文化を持っていたことが、複数の文献に記されている。その豊かさと、
2500年ほど前に歴史の表舞台から「姿を消した」

タルテッソスにいた現地と同化したフェニキア人は何処へ消えたのでしょうか?
「新しい都市」を求めた可能性はないでしょうか?
0495世界@名無史さん2021/05/01(土) 01:25:48.460
>>489
パドメ・アミダラ はパドメはサンスクリット語で「蓮(はす)」を意味し、
アミダラは「阿弥陀如来」から名付けられた説があります
0496世界@名無史さん2021/05/01(土) 08:10:56.280
>>495
成る程
スターウォーズは仏教ベースぽいもんね
俺の好きなキャラはクワイ・ガンジンだけど、あれも開眼人からとったらしいね
0497世界@名無史さん2021/05/01(土) 08:34:14.510
鑑真ちゃうん?
0498世界@名無史さん2021/05/01(土) 09:30:21.470
開(くわい)眼(がん)人(じん)だって
俺も最初鑑真からとったのかと思った
自由奔放な天才肌の師匠と真面目な苦労人の弟子ってのが面白かったが
何となくハンニバルとスキピオのイメージをもってる
0499世界@名無史さん2021/05/01(土) 14:32:06.710
【エジプトの「妊婦のミイラ」、世界で初確認 ポーランド】

ポーランドの研究チームは29日、首都ワルシャワの国立博物館(National Museum)が
所蔵してきた約2000年前のミイラを分析した結果、妊婦であることを確認したと発表した。
エジプトの妊婦のミイラが確認されるのは世界で初めて。
https://www.afpbb.com/articles/-/3344705?act=all
0500世界@名無史さん2021/05/01(土) 20:59:01.400
The Lady of Elche と関係がありそうな他のLadies

The Lady of Guardamar
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/17/Cabezolucerodama.jpg

The Lady of Cerro de los Santos
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/11/Gran_Dama_Oferente_%28M.A.N._Madrid%29_02.jpg/471px-Gran_Dama_Oferente_%28M.A.N._Madrid%29_02.jpg

The Lady of Baza
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/4e/Dama_de_Baza_ampliada.jpg/450px-Dama_de_Baza_ampliada.jpg
0501世界@名無史さん2021/05/01(土) 21:49:26.900
>>500
これ見る限り
耳飾りじゃなくて
巻髪なのではと思えてきますね
0502世界@名無史さん2021/05/01(土) 22:16:44.640
他にスペインで見つかったフェニキアと関係のある彫刻

Lady of Galera(アスタルテ)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/52/Dama_de_Galera_%28M.A.N._Madrid%29_01.jpg/449px-Dama_de_Galera_%28M.A.N._Madrid%29_01.jpg

Lady of Ibiza(カルタゴの女性?)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/71/Museo_Arqueoló;gico_Nacional_-_1923-60-541_-_Dama_de_Ibiza_01.jpg

Priest of Cadiz(エジプト神プタハと考えられていたが、メルカルトの神官では?)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/8b/Sacerdote_de_Cá;diz_-_M.A.N._02.jpg/321px-Sacerdote_de_Cádiz_-_M.A.N._02.jpg
0504世界@名無史さん2021/05/01(土) 22:59:36.170
「Lady of Ibiza」をタニトと記述してあるサイトもあります
0505世界@名無史さん2021/05/02(日) 00:17:23.710
>>501

横に近いアングルから見ると巻髪に見えないんですよね
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/87/DamaElche01.JPG/799px-DamaElche01.JPG

実物もモデルに再現した写真がこちら
https://i.pinimg.com/originals/b7/43/23/b7432378b3a601fc1e59903115ded54c.jpg

バレンシア地方の女性の伝統的な髪型(こちらは巻髪)
https://imgc.eximg.jp/i=https%253A%252F%252Fs.eximg.jp%252Fexnews%252Ffeed%252FStudyAbroad%252FStudyAbroad_005262_17ee_9.jpg,quality=70,type=jpg
0506世界@名無史さん2021/05/02(日) 00:30:51.420
>>505
ふーむ、実物のを見ると
楽器のような感じもしてまいりました

こんどエジプトを探してみよう
0507世界@名無史さん2021/05/02(日) 00:31:43.330
>>505
重そう
0511世界@名無史さん2021/05/02(日) 06:18:08.550
>>509
飾りがどっちかな?って考えてましたが
どっちでも無かったですね

衣裳はベルベルよりアンダルシアに近いと思いました
0516世界@名無史さん2021/05/02(日) 21:41:38.060
>>514
ありがとう!
経緯が気になってたんだ
0517世界@名無史さん2021/05/02(日) 22:11:06.040
フェニキアにおけるアスタルテ

フェニキアにおいては世界の真の統治者であり、古い世界を破壊しては新しい世界を
創造する死と再生の女神だったとされる。
また、インドのカーリーとも同一視され、カーリーのような姿のアスタルテの刻像が
見つかっている。

シュメールのラガシュから出土した紀元前2300年頃の円筒印章を見ると、
女神アスタルテはカーリーと同じ姿勢をとっている。
それは愛と死の聖なる姿で、夫の体の上にしゃがみこんでいる。

アスタルテとタニトの関係性がカーリーに繋がるのではないでしょうか?
0518世界@名無史さん2021/05/02(日) 23:17:14.230
サルゴン王の捨て子伝説

サルゴン王の母は、子供を産んではいけない女神官だったと言われています。
母は、ひそかにサルゴンを産み、籠に入れてユーフラテス河に流したといわれます。
祝福されない赤子は、アッキという庭師に拾われ、その後、キシュ市のウルザババ王
の酒杯官となり、やがて王権を簒奪しました。
シュメル人との分立状態を終わらせ、メソポタミア南部に、アッカド王朝という統一
王朝を築きました。

このサルゴン王の捨て子伝説は、アケメネス朝ペルシアの初代王キュロス2世や、
「出エジプト記」のイスラエル人のモーセ、「ローマ建国伝説」の双生児ロムルスと
レムスなどにまつわる伝説の最古の例です。

メルカルトの捨て子伝説もこちらからでしょうか
0519世界@名無史さん2021/05/02(日) 23:25:41.410
「ネイト」の頭の上に乗っているマークは、「○」が「盾」で、
「X」がクロスする「矢」だと言われています。
ちなみに、「ネイト」と同一視されるシュメル神話の「イナンナ」のマークは、
「♀」となっています。
エジプトでは、神様がよく手に持っていて、アンクと呼ばれる生命の象徴のマークです。
http://tsukinoshizuku2012.weebly.com/124711251712513125232599126126.html

「♀」は「タニト」のシンボルマークで、「イナンナ」が起源ですかね
0520世界@名無史さん2021/05/02(日) 23:33:08.890
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Babylon_detail1_RB.JPG

このイシュタル門のライオンや、牡牛の下に描かれている菊のような花は、
「円花模様」や、「ロゼット」と言って、「イシュタル」(シュメル語でイナンナ)の
シンボルマークです。

「The Lady of Elche」の耳あて(耳飾り)は「円花模様」「ロゼット」ではないでしょうか?
0522世界@名無史さん2021/05/03(月) 01:25:30.120
>>521 申し訳ない、リンク貼り直しありがとうございます

イナンナの名は「nin-anna」(天の女主人)を意味するとされています
>>485 さんが書いてくれたようにタニトは「女主人」の意味もあります

「イナンナ」は、なつめやしの房を持った姿で描かれていることが多く、
穀物が不作の時には、なつめやしの実は、重要な食料源で、
「生命の木」の女神として信仰されたのかもしれません。

「イナンナ」が「タニト」の起源というより、同一なのではと思います
「イナンナ」はウルクの守護神として崇拝されていました
シュメール人とカルタゴ人は何か関係があるのではないかと考えさせられます
0523世界@名無史さん2021/05/03(月) 01:59:45.950
ク・バウ(Ku-Bau、クババとも)は、古代メソポタミア、キシュ第3王朝の
伝説的な女王である。

シュメール王名表によれば彼女はキシュ第3王朝のただ一人の王であり、
100年間にわたって在位したという。ク・バウは娼婦から王妃へと成り上がり、
遂にはキシュの実権を握り女王に即位したと伝えられる。
「イナンナ」とも関係が下の写真から伺えます
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/74/Museum_of_Anatolian_Civilizations086.jpg/341px-Museum_of_Anatolian_Civilizations086.jpg

女王ディドのモデルの可能性はさすがに無理がありますか
0524世界@名無史さん2021/05/03(月) 12:34:15.220
ロゼット(rosette):花弁が放射状に広がった円形の花のモティーフ。
先史時代から装飾意匠として使用され、壁画や浮彫などの建築装飾や宝飾品や
装身具のデザインとして広く使われた。
メソポタミアでは前4千年紀末から女神イナンナのシンボルとして頻繁に表現され、
また初期のエジプトでも王と共に描かれた例がある
https://www.karakusamon.com/2012k/wiki/rosette/mikene.jpg
(ミケーネ「ミニュアスの宝庫」墓室レリーフ オルコメノス 前1500〜前1400)

https://pds.exblog.jp/pds/1/201902/13/96/c0010496_19383017.jpg
https://pausanias-footsteps.nl/wp-content/uploads/2019/08/orchomenos-boiotie4-1024x681.jpg
0525世界@名無史さん2021/05/03(月) 13:01:23.390
>>523
クババさんやっと出ましたか
イチジク派ですね

どうやって神になったかが気になるとこです
0526世界@名無史さん2021/05/03(月) 15:55:24.460
円花文様
その始まりはロータス(スイレン)からヒントを得たともいわれる 
『オリエントの文様』(小学館)

ロータスは「蓮(はす)」であり、パドメ・アミダラに繋がりますね
0527世界@名無史さん2021/05/03(月) 16:26:29.670
>>525
ク・バウは一説ではウル・ザババの母でもあります
ウル・ザババは古代オリエント政治史上最も重要な王の一人であるサルゴンと
密接な関係があります

シュメール人の一部がサレプタに居住し、その後フェニキア都市から地中海の
植民市へ渡り、最終的にカルタゴにたどり着いた
その過程の中で女王ディドが誕生したという説はどうでしょう
他に何か思い付きますか?
0530世界@名無史さん2021/05/03(月) 23:03:22.950
>>481 のフランスで発見されたmedallionで検証すると
頭の上にロータスがあり、耳あて(耳飾り)の中心は花文様
エジプトの「ロータスと花形」
http://1.bp.blogspot.com/-SU5VPp09uvY/U3bNI3GYCOI/AAAAAAAAwVs/iHMbis5Mb3w/s1600/D11-283.jpg
耳あて(耳飾り)の前面にある花文様は下の写真の左上の青い部分と似ていると思います
http://1.bp.blogspot.com/-HgU1gaTZOq4/U3kVXBddIAI/AAAAAAAAwXk/ickJ1571744/s1600/W2-139.jpg

「The Lady of Elche」はエジプトの影響ある神(人物)がモデルではないかと推測出来ます
0531世界@名無史さん2021/05/04(火) 01:05:01.980
イベリアでフェニキア人の港の遺跡が見つかったらしいよ
0532世界@名無史さん2021/05/04(火) 01:23:58.530
「The Lady of Elche」がエジプト起源だと仮定すれば、
耳あて(耳飾り)ではなく「headdress」(頭に被る装飾品や王冠)だと思います
耳の横の丸いものが太陽を表しているとしたら、頭に太陽を乗せているエジプトの女神が
候補になるのではないでしょうか

個人的にセクメト(Sekhmet)と思います ー「強力な女性」雌ライオンの頭部を持つ女神
タニトがライオンの頭の像がありますし、インドのカーリーに似ている神性を持っています
0533世界@名無史さん2021/05/04(火) 08:39:03.370
セクメトがインド神ドゥルガーに似ていることから、タニトはこちらですかね
タニトとアスタルテの関係はドゥルガーとカーリーの関係と似ているかも知れません
(パールヴァティーの可能性もあるかも知れません)

>>531
また新しい発見があると嬉しいですね
0534世界@名無史さん2021/05/04(火) 15:56:55.150
セクメトは伝染病などを司り、人間を殺してしまう病の風を吐く女神とされた。そのため、
この女神を鎮められるセクメトの神官たちは、伝染病を鎮める特殊な医師や呪術師とされた。

タニトがセクメトと習合した神であるならば、カルタゴ建国に他の仮説が出来ると思います
「ウティカで伝染病が流行し、伝染病患者をカルタゴに強制隔離(追放)した
セクメトの神官によってカルタゴの伝染病が鎮まった 」という仮説です

バアル信仰の中では、バアルの神々とセクメトが関連付けなければいけなかったと思います
なぜタニトがセクメトの習合の神に選ばれた理由はわかりませんが、
他の神々では既に効果がなかったのかもしれません

女王ディドの伝説は、
東地中海沿岸のフェニキアに起源を持つタニトが、関係のあるアスタルテと共に
地中海を渡ってカルタゴに来た(セクメトと習合する為)
ウティカから追放(強制隔離)された人々が祖国を追われた逃亡者として描写
ビュルサの丘を取り囲んだ土地は、囲まれた隔離された場所を示唆

伝染病を鎮めたタニト(セクメト)が、祖先の命を助け現在の我々に繋がっていると
カルタゴの人々の中で語り継がれてカルト(熱狂的な信仰)になったのではないでしょうか
0535世界@名無史さん2021/05/04(火) 19:03:26.260
エジプトの女王タウセルトからの贈り物を含むファイアンスがあったらしい

>>366


【考古学】紀元前1100年頃に消滅した都市「デイル・アラ」で使用されていた古代文字とは? [すらいむ★]
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1620117578/
0536世界@名無史さん2021/05/04(火) 19:39:57.280
なんか風とか疫病の神っていうと牛頭天王みたいだね
祇園祭の起源がそんな話しだったきがする
0537世界@名無史さん2021/05/04(火) 21:55:59.250
>>535
似ている文字がいくつかはありますね、ただ向きが反対の文字も見受けます
フェニキア文字は右から左ですが、「デイル・アラ」文字は左から右ですね

>>536
セクメトの神話に
「ある時、ラーが自分を崇めない人間に復讐して殺戮させるためにセクメトを地上に
送ったが、オシリスらの意見を聞いて後悔する。そこでラーに、血に似せて造らせた
赤いビール(ただの酒とも)で彼女を酔わせ、殺戮を止めさせたという神話で知られ
ている。」
この話は、『日本書紀』や『古事記』におけるヤマタノオロチと似ているみたいです
0538世界@名無史さん2021/05/04(火) 22:29:02.760
>>534
セクメトはヌビアかなぁ
リビアのイメージは無いですね

リビアに逃げたのはバステトだったっけかなぁ
0539世界@名無史さん2021/05/04(火) 23:47:06.690
>>537
エジプトの神話が古代日本にも入ってたかもしれないなんて、最早ロマンしかない
0540世界@名無史さん2021/05/05(水) 00:19:34.400
>>538
神、神話が苦手で「習合」が特に理解に苦しみます
セクメトと同一視された神で、「エジプトイチジクの木の貴婦人」または、
「南方のイチジクの女主人」と呼ばれたハトホルがいました
ハトホルがタニトと習合したのかもしれませんね

ホルスを守護神としたホルエムヘプは、シリア方面のヒッタイトとの国境地域の軍人
でしたからフェニキアに関わりがありそうですね
0541世界@名無史さん2021/05/05(水) 00:30:08.340
>>540
すみません

リビアうんぬんはワタシの記憶違いで
テフヌトやメヒトの並びと
ごっちゃになってしまったようです
0542世界@名無史さん2021/05/05(水) 01:02:11.840
>>541
あくまで「The Lady of Elche」がタニトだと仮定して
>>481 のフランスで発見されたmedallion の彫刻の女神が起源とさらに仮定した上で、
彫刻の女神は「セクメト」という仮定の上で話しています
セクメトとタニト(カルタゴ)を結び付けるものが発見出来ません
0544世界@名無史さん2021/05/05(水) 10:45:38.120
セクメトのシンボルに「太陽円盤、赤いリネン、ライオン」とあります
タニトのロゼットは「太陽マーク」
「太陽円盤」と「太陽マーク」が結び付けたのかもしれません
0545世界@名無史さん2021/05/05(水) 12:09:52.590
伝染病が当時遺伝すると考えられ、伝染病にかかった親の子供たちが
将来の憂いを断つためになくなく犠牲になった場所がTophet(トフェット、トフェ)
ではないでしょうか
犠牲になった子供たちの霊を鎮めるために、特別な神聖な場所になったのではないかと
タニトのシンボルマークは「子ども」または「子どもが描いた絵」に見えます
0546世界@名無史さん2021/05/05(水) 21:15:54.010
女子トイレのマークに見える
ハンニバルが現代に現れたら、日本人がタニトを深く信仰する民族だと思うだろう
0547世界@名無史さん2021/05/06(木) 11:32:59.950
アスタルテはエジプト神話に組み込まれ、アースティルティト (‘ṯtirtit)と呼ばれ、
軍馬の守護神となり、またプタハの娘とされた
プタハの妻はセクメトであり、アースティルティト(アスタルテ)の母でもある

セクメトがエジプトからフェニキア神話に入り、タニトになったと思います
つまりタニトはフェニキアのセクメトであると
バアルとの関係性でタニトとアスタルテは姉妹になった可能性があるのかなと思います

アンクに似たタニトのシンボル、タニトの石碑ではタニトが両手を上げ他に2本の柱が
描かれています
2本の蛇のウアス杖、2本の椰子の木、2本の鉤(錨)の形をした杖、手と杖など
エジプト人は空は4本の柱で支えられていたと考えていました
タニトはエジプト起源の神であることを教えてくれてたと思います
0549世界@名無史さん2021/05/06(木) 17:42:15.000
水晶は加工が難しいと聞いた事があるけど、随分大きくて立派な剣だなぁ
スペインて水晶採れる?
0550世界@名無史さん2021/05/06(木) 19:42:23.650
>>549
「しかし、この地域では自然に存在する水晶が見つからないことから、これらの武器を作った
古代人はかなりの距離を旅して素材を見つけなければならなかったと見られています。」
0551世界@名無史さん2021/05/06(木) 20:07:16.240
>>550
すまね
0552世界@名無史さん2021/05/06(木) 21:42:51.560
アトランティスは水晶によって支えられていたという伝説がありましたね
0553世界@名無史さん2021/05/07(金) 17:02:21.840
カルタゴにするかねぇカルタゴに
0554世界@名無史さん2021/05/08(土) 01:26:40.980
古代セミティック(セム語の宗教)の女神アシェラ(Asherah)
「母の女神」「母性と豊饒の女神」「海の女神」
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/17/Ashera._Eretz_Israel_Mus.jpg

紀元前628年頃に書かれたエレミヤ書の「天の女王」はおそらくアシェラを指しています

アシェラはアッカド語のテキストでは天国の神であるアヌの妻として登場し、
ウガリット神話の中でアヌの娘として描かれるイシュタル(アスタルテ)と関連している
と考えられます

またアシェラは「エラット」ととも呼ばれ、最古神エル('El)の女性形、女神を意味します

アシェラはウガリット語でアティラート「Aṭiratau」で、母音を省略すると「ṭrt」
転写のときに真ん中の「r」が「n」に書き換えられて(読み間違えて)
「tnt」つまりタニトになった可能性があるのではないでしょうか?
0555世界@名無史さん2021/05/08(土) 01:41:27.670
海外では、アスタルテがセクメトと同一視され、部分的にイシスと混同されているという
意見があります
第18王朝の古代エジプト期にフェニキアの神々が組み込まれ、アスタルテは戦士の女神
として崇拝され、女神アナトと対になっていたそうです

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a0/As-Julia_Maesa-Sidon_AE30_BMC_300.jpg
(戦車に乗っているアスタルテ)
0557世界@名無史さん2021/05/08(土) 02:19:50.170
古いほうが有り難みがあるがな
0558世界@名無史さん2021/05/08(土) 03:23:44.540
>>554
Aṭiratau (𐎀𐎘𐎗𐎚)を転写すると𐤀𐤈𐤓𐤕、タニトは𐤕𐤍𐤕ですので少し厳しいのでは?
>>554
0559世界@名無史さん2021/05/08(土) 03:44:19.860
>>558
うわ凄いな
そんな字も書けるんか
0560世界@名無史さん2021/05/08(土) 11:42:55.820
>>558
確かにウガリット文字から直接変換するのは無理がありますね
ただ、>>535 の「デイル・アラ」文字の「r」はフェニキア文字の「𐤓」と似ている
と思います
メソポタミア経由かエジプト経由かの"missing link"に鍵があるかもしれませんね

女王ディドのモデルはタニトだと個人的に思っています
女王ディドは「死」、伝説(神話)自体、「悲劇」を伝えていると思います
タニトを知ることがカルタゴ建国の真実を知ることに繋がるのではないかと思っています
0561世界@名無史さん2021/05/08(土) 12:46:13.440
>>558
ウガリット文字の「r」(𐎗)と「n」(𐎐)が「𐎗」の下(または上)の部分が
何かしらの理由で欠如して「𐎐」と転写された可能性もありませんかね?
かなり厳しい言い訳ですけど
0562世界@名無史さん2021/05/08(土) 13:29:30.840
>>561
それですとrの問題は解決しますが転写の段階で𐤀が落ちてるのと𐤈が𐤕に変化してるのでやはり不自然かなと思います
0563世界@名無史さん2021/05/08(土) 15:11:22.070
>>562
フェニキア文字のṭ(𐤈)とt(𐤕)は文字の形は違いますが、
「ṭēth」と発音するか「tāw」と発音するかの違いでもあるのではないでしょうか?
タニトが「tanit」か「tinnit」の違いは発音から由来してるのかのと推測しています
「tinnit」の方がカルタゴで元々使われていたのではないかという意見もあります

いずれにせよ、何とか点と点を結び付けようとしてしていますので、
貴重なご意見ありがとうございます
0564世界@名無史さん2021/05/08(土) 22:05:29.780
>>562
もしかしたら失礼な言い方になったかもしれません、すみません
タニトのフェニキア文字をご教示して下さった方と同じ人だと思っています
また率直な意見がありましたらお願いいたします

自分でも都合が良いように解釈し、無理を通しているかなって思っています
0565世界@名無史さん2021/05/08(土) 22:29:02.600
>>535
燃えたのは紀元前1200年のカタストロフの頃
それによって固まったタブレットが発見されたようですが
滅んだのはもうちょっと後

鉄器時代の建物の1つにある漆喰の壁に美しいアラム文字で書かれた、
聖書の占い師バラムに関連する鉄器時代のテキストで最も有名です。

とのことでしたので、なかなかです
0566世界@名無史さん2021/05/08(土) 22:33:10.000
>>536
疫病だとレシェフですか

なんとなく疫病は
風か矢のイメージがあります

エシュムンは風邪も治したのかな
ヒポクラテスのアスクレイピオスだと病気が観察対象だった気はしますが
0567世界@名無史さん2021/05/08(土) 22:46:12.880
>>547
蛇のウアス杖ってどんなのだろ

てっきりウアス杖は蛇対策なのかと思い込んでいたが
完全にそうきまった話ではないようですね
0569世界@名無史さん2021/05/09(日) 00:07:12.270
>>568

これは太陽、星、月のパターンに見えますね
パルミラの三柱のやつです

□台座はあんまり見かけない気がします
0570世界@名無史さん2021/05/09(日) 00:14:22.870
>>548
象牙の細工が細かすぎるんで
オーパーツなのでは

金属無い時代にやれるかなぁ
0571世界@名無史さん2021/05/09(日) 00:17:23.430
「ウアス(またはヴァス、力または支配)とは古代エジプトの宗教に関連する遺物、作品、
ヒエログリフに登場するシンボルの一つである。ウアスは上端に形式化された動物の頭がつき、
石突が二又に分かれた長い杖として表される。
ウアスは力や支配の象徴とされ、セトやアヌビスなどの神、またはファラオと結び付けられる。」
「葬儀においてはウアスは死者に彼岸での幸福をもたらすとされ、副葬品とされたり墓や
棺の装飾に使われたりした。ウアスは護符とも考えられていた。」
「エジプト人は空は四本の柱によって支えられていると考え、
この柱はウアスの形をしているとされた。」
0572世界@名無史さん2021/05/09(日) 00:22:17.210
>>568
蛇のウアス杖は見つけられませんでしたが
ありがとうございました

アスクレピオスの杖みたいなのが
出てくるのかと思いながら見ましたが
どうやらそういうことでは無さそうですね

ウアス杖に蛇が直接ついてるのは
見たこと無かったので気になりました
0574世界@名無史さん2021/05/09(日) 00:45:52.350
>>572
説明が足りなかったですね
美術館の説明に(曲がった)蛇が付いたウアス杖は珍しいとあります
0575世界@名無史さん2021/05/09(日) 00:56:55.120
>>574
すみません追加の説明を読めて無かったのです

カドケウスとして表現してあったので
上側が別れた杖は蛇を捻ってる設定なんですね

ウアス杖は地面側が二股になってたかと思いますんで
ここら辺の表現に関してはどのくらいの説得力あるのかなぁ
0576世界@名無史さん2021/05/09(日) 01:34:05.800
カドケウスと記述されていますね
私が勝手にウアス杖と表現したのは間違いです
0577世界@名無史さん2021/05/09(日) 05:24:59.430
>>394
ヒクソスの土器がフルリ系というのは知らなかったですが
状況的にウガリトがエジプトに韓流した可能性はありそうですね

ウガリトのアルファベットには楔型文字があって
どっちかというと影響を受けた方なのではと思ってますが
0578世界@名無史さん2021/05/09(日) 11:44:21.870
>>577
「エジプト側で発見されている土器はハブール土器ともヌジ土器とも異なるタイプのものであり」
現在ではフリル人との関連は否定されいて、過去の説みたいです
0579世界@名無史さん2021/05/09(日) 12:34:48.780
>>574
まさに蛇のついたウアス杖は珍しいと思ったので
気になっただけなので二時間ほど問い詰めたい訳ではないのです

>>578
ありがとうございました

>>546
便器を彫像だと思い込んでしまうのでしょうか?
0580世界@名無史さん2021/05/09(日) 12:35:54.760
カドケウスは医師(医療)のシンボルという記述があります
タニトは医師の守護神で、タニトの神官は医師の集団であった可能性があったのでは
ないでしょうか?

セクメトも医師の守護神であり、医療パピルスにおいては、不治の病は「セクメト神
官たちにも治せないもの」として分類されていている程、高度な医療知識・技術を持
った医師の集団だったと思います

セクメトは灼熱の太陽を表し、干魃と関連があったとも言われています
「Omek Tannou」チュニジアの古代の雨乞いの儀式にも繋がると思います
0581世界@名無史さん2021/05/09(日) 13:16:35.070
>>579
ウアス杖で無いのならカドケウスでまたいろいろ検索、検証するだけですよ

>>573
アンクの丸の部分の中に、長い棒とその上に丸があり4本の棒があります
エジプトの女神で、頭の上にあるシンボルと似ている神を探しましたが、

「ネイト」(棒がクロスしていませんが、棒が4本と数は合っています)
「セシャト」(シンボルは似ていますが、棒は7本で4本では3本足りません)
「ハトホル」(牛の角と蛇の頭と尻尾で、棒が4本と表現出来そうです)
「イシス」(頭の上がハトホルと同じ又は似たようなシンボルの絵もあります)

他に思い付く女神(神)がいますでしょうか?
0582世界@名無史さん2021/05/09(日) 21:59:27.800
視点が間違っていました
アンクの丸い部分の中は、杖で先が丸くその上に2匹の曲がった蛇が乗っているウアス杖、
いわゆるカドケウスを表しているのではないでしょうか?
左手にアンク、右手にカドケウスを持ったエジプトの神がタニト(の起源)ではないでしょうか?
0584世界@名無史さん2021/05/10(月) 03:15:49.560
>>580
それはアスクレイピオスの杖ですね
蛇は1匹です
めっちゃ似てますが区別されております

ちなみにエジプトのヘルメスの線は
気にはなっておりますが
生半可だとうわべに流されそうなんで
あんまり踏み込まないようにしてますね
0585世界@名無史さん2021/05/10(月) 09:16:34.920
>>584
本当にありがとうがざいます
まさにヘルメスの杖とアスクレピオスの杖の違いに悩まされてました
アスクレピオスの杖はシュメールの神ニンギッジドゥまで遡り、フェニキアでは
エシュムンが関わるみたいですね
イシュタルがその杖を持っている彫刻までありました

'Sign of Tanit' ではヒエログリフのセクメトの杖を表していると思います
タニトとセクメトが結び付けば杖そのものは個人的に何でもよかったです
0586世界@名無史さん2021/05/10(月) 09:49:55.380
>>584
'Sign of Tanit' がセクメトのヒエログリフ表記の全てで構成されていることがわかった
ので、これ以上杖を追うことはないと思います

またわからないことがありましたら是非ご教示下さい
0587世界@名無史さん2021/05/10(月) 10:54:08.190
クルグズ(キルギス)人の先祖はカナン人かもしれない
0588世界@名無史さん2021/05/10(月) 22:21:48.190
肉食いたい奴がキルギス人
魚食いたい奴が日本人、だっけ
0589世界@名無史さん2021/05/10(月) 22:44:35.030
オグズ神話のやつですかね?
アブラハムの子孫だった気はしますが
0590世界@名無史さん2021/05/10(月) 22:49:32.120
>>583
ピグマリオン⇔プメイ⇔プタハ
この説はどっかで見かけた気がしますが
詳細と出典は忘れました
0591世界@名無史さん2021/05/10(月) 23:10:14.540
>>494
ヒメラの戦いで敗北したあと
西に勢力を構築しなおして
ローマにヤられてからイベリアに大規模に進出したんでしたっけか?

そういえばカルタゴ関係の市民の出身地が
mtDNA鑑定の結果で現代ポルトガルの母系と近縁だったというのは
どっかで見かけましたね
0592世界@名無史さん2021/05/10(月) 23:49:58.620
>>590
セクメト(Sekhmet)のヒエログリフに注目して下さい
https://traveltoeat.com/wp-content/uploads/2016/09/BIRU-WP-20160908T092316GMT-0700.jpg

色を付けて 'Sign of Tanit' をアップして見ました
http://imepic.jp/20210510/846860
セクメトのヒエログリフの一番左のセクメトの杖を緑色、太陽と山(?)を赤色、
一番右のヒエログリフは女王=アンク(Ankh)を黄色で表しています

セクメトのヒエログリフでタニトのサイン(シンボル)をデザイン(創作)する
フェニキア人のセンスと遊び心を表していると思いませんか?
0593世界@名無史さん2021/05/11(火) 00:49:32.390
ちなみにヒエログリフの「𓏏」は山ではなくロールパンみたいです
0595世界@名無史さん2021/05/11(火) 03:57:58.330
>>573
これは何文字で具体的に
なにが記されてるんでしょうか?

>>592
>>594
ふむふむ、なるほど
テフヌトは確かにTNTっぽいですね
0596世界@名無史さん2021/05/11(火) 08:57:40.650
>>595
イスラエルのロイベン&エディト・ヘフト美術館 所蔵
Phoenician funerary stele, sandstone, depicting 'Sign of Tanit' 7th Century BCE
The inscription: 'Stele of Milk son of Ashtartga'

何処で見つかったなどの情報は分かりませんが、イスラエルの美術館で所蔵されている
ので東地中海側で発見されたのではないかと推測します
文字はフェニキア文字だと思います
googleで画像検索で「tanit stela hecht museum」で最初に出てくると思います
0597世界@名無史さん2021/05/11(火) 09:02:37.150
>>595
フェニキア文字ではなくアラム文字かも知れません
とにかく詳細は上で書いた英語以外にはわかりません
0598世界@名無史さん2021/05/11(火) 13:12:56.810
女王ディドのモデルがタニトだとしたら、幼名エリッサは起源は別の女神であることを
示唆していたのかも知れません
ギリシャ人は神話の神の名前と地名を結び付けることもあるので、
ディド(ディードー、ディドー)はカルタゴの前の地名だった可能性もある知れませんね
0599世界@名無史さん2021/05/11(火) 17:09:18.930
>>596
まさかのミルクボーイ
ワロスww
0600世界@名無史さん2021/05/11(火) 23:06:28.600
>>599
mṣbt
mlbk bn
ʼštrtg

Milkは「Yehu-milk and Yehimilk, kings of Byblos」といった近い名前
ʼštrtgは 「ʼštrtg[d], "Ashtart is (goddess of) Fortune" 」の省略
ではないかと解説している人もいます
mṣbt(stele)で始まる石碑はレバノンでこれ以外に発見されていないということでした
(現在は分かりません)
他は全て故人の名前で始まっているということです
https://core.ac.uk/download/pdf/39032644.pdf
(pdfの43ページに解説があります、ただ少し見難いです)

ここからは個人的な見解で、タニトのサインは墓標であり、石碑に刻まれて広く認識
される前のデザインではないか、つまり初期のタニトのサインである可能性が高い
と思います
元はセクメトのヒエログリフで構成された意味のあるタニトのサインが、時代を経て
形のデザインだけが変化していったのだと思います
0601世界@名無史さん2021/05/11(火) 23:49:08.360
南スペイン7500年前の女性 なぜ?トルコのDNAが9割

アナトリア(現在のトルコ)から海を渡ってジブラルタルにやってきた可能性が高い。
また、地中海に浮かぶサルデーニャ島の人々の遺伝子から、アナトリアの遺伝子が高
い割合で見つかっている。このことも、アナトリア人が陸路ではなく、地中海を渡っ
て西に移動したという説を補強している。
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO60540420Z10C20A6000000/

農耕民であったアナトリア人にそんな優れた航海術があったのかな
0603世界@名無史さん2021/05/12(水) 08:04:47.820
酔ってフルチンになった父を見て吹き出してしまったが為に、子々孫々まで呪われたカナンさんが哀れ過ぎる
0604世界@名無史さん2021/05/12(水) 14:02:23.180
フェニキアの鉱山で働く者達が変な地底人みたいなの見たらしい
0606世界@名無史さん2021/05/12(水) 15:52:51.100
ώ
ιδ
Δ

なんとなく太陽を仰ぐタニトのシンボルに似てませんか?
Διδώ は古代ギリシャ語でディド(ディドー、ディードー)
0607世界@名無史さん2021/05/12(水) 15:58:48.060
ώδ
ιΔ

セクメトの杖を考慮するとこちらかな?
0608世界@名無史さん2021/05/12(水) 23:48:23.300
>>607
これは雰囲気ありますね
毛が生えてます
0609世界@名無史さん2021/05/12(水) 23:49:07.200
>>605
何度見てもカッコいい
復元してほしいなぁ
0610世界@名無史さん2021/05/13(木) 00:07:33.110
>>603
コーランでは酒の失態ごと
抹消されてるらしいからセーフ
0612世界@名無史さん2021/05/13(木) 22:13:55.900
大西洋クロマグロを捕獲するための、フェニキア時代から伝わる伝統的漁業技術 #アルマドラバ マグロ釣り。スペインやポルトガル、モロッコなどにも伝わり、特にカディスにある町 #バルバテ は、大迫力のアルマドラバ釣りが盛んなことで知られています。 #Barbate pic.twitter.com/HUiVIxWifl
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)
0615世界@名無史さん2021/05/13(木) 23:01:03.900
古代カディスの人たちもマグロの刺し身を食べてたのかな
0617世界@名無史さん2021/05/14(金) 16:46:12.740
>>159
女王ディドがキプロス島に立ち寄ってアスタルテの神官と合流したのは、
キプロス島のパフォスにアスタルテの神殿があったからですね
また、キプロス島を経由して女神アプロディーテー(アフロディテ)がギリシャに入ったと
考えられているんですね
0618世界@名無史さん2021/05/14(金) 17:17:44.040
他のスレから引用

「西欧中世社会を苛みつづけた伝染病に聖アントニウス病があった。

この病は、ライ麦に寄生する真菌が原因の壊疽性麦角中毒である。
真菌中毒は血管閉塞をひきおこし、肢体の焼けるような疼痛と
火のような赤い皮膚炎症をともなって、患者は黒褐色に変じた。
さらに壊疽化した四肢がはぎとられる。
「多くの人は腐敗してボロ布のようになり、聖なる火に食いつくされたごとく、
炭のように黒くなって」死んだ、という。

この病の守護聖人が3〜4世紀のエジプトの隠修士聖アントニウスである。」

セクメトが「火のような息」を吐くという由来はこれからですかね
0620世界@名無史さん2021/05/14(金) 21:08:42.010
【4200年前の墓250基 エジプトで発見】

南部ソハグ(Sohag)県で約4200年前の墓が約250基見つかったと発表した。
埋葬用の縦穴や、玄室に通じる傾斜通路がある墓などが含まれているという。

見つかったのは古代エジプトの古王国時代(紀元前2700ごろ〜前2200年ごろ)末期から
プトレマイオス朝(前300年ごろ〜前30年)末期にかけての年代の墓。

古王国時代の墓の一つには、古代エジプト文字ヒエログリフを刻んだ跡がかすかに残り、
「いけにえ」のための部屋があったという。
https://www.afpbb.com/articles/-/3346263
0621世界@名無史さん2021/05/14(金) 23:07:55.480
動物と人の骨があるみたいだけど、両方とも生贄なのかな
0623世界@名無史さん2021/05/15(土) 00:40:13.210
少し前の記事ですが
【3000年前の10代少年の墓、「人身御供」の証拠か ギリシャ】

ギリシャの山でこのほど発見された約3000年前の墓が、当時、神へのいけにえとして
人が捧げられていたことを示す希少な証拠である可能性が出てきた。

男性のものとみられる10代若者の骨が埋葬されていたこの墓は、ペロポネソス
(Peloponnese)半島にあるリュカイオン(Lykaio)山の山頂で、2004年より同地域で
発掘作業を続けてきたギリシャと米国の調査チームによって数週間前に発見された。

当局者によると、リュカイオン山はギリシャ神話の主神ゼウス(Zeus)の聖地と
みなされており、ここでは紀元前1600年から数百年後まで、動物のいけにえをささげる
祭礼がすでに営まれていたという。
https://www.afpbb.com/articles/-/3097140
0624世界@名無史さん2021/05/15(土) 13:10:58.370
>>298
メルカルト神の妻の名前がTyrosという記述もあります
Tyrosがメルカルトの愛人(mistress)または、ニンフ(nymph)「花嫁」「新婦」
(もしかしたら愛人→妻になった可能性も?)
0625世界@名無史さん2021/05/15(土) 17:55:14.960
>>596
そういえばメルカルトを「Milk-Qart」と表記しているところもあります
Milk("King") - Qart("city") の意味であれば、「Milk son」は"son of King"
と訳せるのではないでしょうか
0626世界@名無史さん2021/05/15(土) 23:24:38.540
「古代カルタゴとローマ展」(2009-2010)で気になる写真がありました

https://www.karakusamon.com/2015k/20150310/s-Scan_carthage.jpg
『有翼女性神官の石棺(蓋)』 (前3世紀) 大理石 長197cm
カルタゴのネクロポリス(共同墓地)から出土した石棺(石棺はエジプト様式)

左手に香炉、右手に鳩を持つ女性
ギリシア風の凝ったドレスで、頭にはエジプト風の蛇の飾り、 髪型はエジプト風
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/bd/Carthage_pr%C3%AAtresse_sarcophage_Delattre.jpg/319px-Carthage_pr%C3%AAtresse_sarcophage_Delattre.jpg

これはタニトではないでしょうか?
0627世界@名無史さん2021/05/15(土) 23:43:17.200
他の方々が撮った写真とコメントを掲載

http://img-cdn.jg.jugem.jp/e1e/7521/20091010_1057465.jpg
「ネックレス」ポエニ時代 紅玉髄、ファイアンス、ガラス
『古代エジプトの様々な神のミニチュアで作られたネックレス。イシス女神の姿も!』

https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/7f/2ac6c9f990f110691f617da3870ada40.jpg
『スフィンクス』 (1世紀) テラコッタ
「円錐形のティアラが可愛いらしいスフィンクス。」

https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/2b/70a7aa204952b7a9640f735e67cf4af1.jpg
『ネックレス』 (前6世紀)
「このネックレスは金の部品の細工が見事で(よく見るとウジャトの眼が)、色彩のバランス
も良い。他のアクセサリー類やコイン類も観るにつけ、カルタゴの人の色彩・デザインの
センスはとても洗練されていて高度だと思った。」
0629世界@名無史さん2021/05/16(日) 02:46:05.070
>>626
上の写真が気になりますね
魚系の可能性を感じます
0630世界@名無史さん2021/05/16(日) 08:03:59.250
>>629
ワシは鳥の羽かとおもった
0631世界@名無史さん2021/05/16(日) 14:21:00.570
タニトはライオンの頭の偶像がありましたが、
>>626 がタニトだとすれば、初めてタニトの人物の顔の偶像ではないでしょうか

他はカルタゴの外で発見された偶像(現地やヘレニズム文化の影響下)で、
タニトのオリジナリティが失われている可能性があると思います
0632世界@名無史さん2021/05/16(日) 16:35:56.540
>>626 の女性(女神)は >>500 の「The Lady of Baza」(バサの貴婦人)
と似ているでしょうか?
バサの貴婦人の方がなんとなく老けている雰囲気がありますけど

神は老けるのかなって考えたていたら、そう言えば
エジプト神ラーも老けてしまい、衰えたラーを見た人間たちは神への敬意を失い、
人間の不敬に怒りを覚えたラーが殺戮の神セクメトを生み出した話を思い出しました

古代の人達も神々への信仰が薄れてきたときに、疫病・伝染病などの災い(禍)を
神がもたらすと信じていたかもしれません
0633世界@名無史さん2021/05/16(日) 20:38:27.360
>>626 の女性について
Carthage Byrsa Musee National Sarcophage De La Pretresse- Tunisia
Sarcophage des IVème-IIIème siècles av. J.-C., représentant une pretresse.

「She is presented in Etruscan fashion but with a robe draped in Greek style; of Egyptian influence
is her hairdo and the snake on her forehead, as well as the wings folding over her body. She could be
a priestess of Isis, but that is not certain..」
ギリシア風の凝ったドレスで、頭にはエジプト風の蛇の飾り、 イシス女官か不明
0634世界@名無史さん2021/05/16(日) 21:04:03.930
>>626 の女性(女神)について個人的な見解

イナンナの系譜を持つアスタルテと習合したタニトだと思います
「太陽」のタニトに「月」のアスタルテ
(「太陽」がバアル・ハモン、「月」がタニトではないと個人的に思います)

女王ディドの伝説に、ディド(タニト)と共にアスタルテの神官(アスタルテ)がカルタゴに
到着しました
このことがカルタゴのタニトはアスタルテと習合したことを意味しているのだと思います

タニトはフェニキアのセクメトであり、起源(出身地)はおそらくサレプタでしょう
東地中海沿岸フェニキアのタニトはまだアスタルテと習合していなかったと思います
おそらくフェニキア地域で、太陽と月のタニトのサイン(シンボル)は無いのではないかと
推測します

>>626 のタニトに翼があるのは、習合したアスタルテからではないでしょうか
翼を折り畳み魚の鱗のように見せ、まるで人魚のようなデザインにしたカルタゴ人の
センスが現れているのではないでしょうか
0635世界@名無史さん2021/05/17(月) 01:15:20.260
>>626 の説明を補足させて下さい
「石棺はエジプト様式、蓋はギリシャ様式 」みたいです

【展覧名】
チュニジア世界遺産 古代カルタゴとローマ展 〜きらめく地中海文明の至宝〜

で気になる情報がありました
写真が見たいのですが見つけられず、訪れた方の感想が書いてあります

38-39 「アシュタルテ女神像?」
愛と美の女神らしいので、イシュタル(アフロディーテ、ヴィーナス)のことかな? 
響きとしてはキリスト教で悪魔化されたアスタロトみたいですね。 
カゴのようなものを頭に載せている像でした。

51 「イシス女神小像」
エジプトの女神イシスの像もありました。
小さくて墓の副葬品として墓を守る効果があると信じられていたようです。
ギリシアだけでなくエジプトの文化も混じっているのが分かる像でした。
0636世界@名無史さん2021/05/17(月) 02:03:37.910
私が勝手にセクメトの杖と言ってますが、
正確にはsekhem-scepter (symbolizing "the powerful")であり、杖ではなく王笏(scepter)です
関連にkherp-scepter (symbolizing "the controller") とaba-scepter (symbolizing "the commander")
があり、全て同じヒエログリフで表記されます
0638世界@名無史さん2021/05/17(月) 08:54:40.650
>>637
嬉しいです、ありがとうございます!
カラトスっていうですね、勉強になります
カラトスが頭に載っている像をよく見ますが、豊穣を意味していたのですね

イシス女神小像
椅子(玉座)が頭の上に載っていますね
イシスが古代ギリシャ語で、エジプト名はアセトということを知りました
イシスのシンボルは「Tyet」でイシスのアンク(?)の形がタニトのサイン(シンボル)
に似ていますね
「Knot of Isis」(イシスの結び目)があり、神の衣類を固定する結びで、この結び目が
イシスを表現していることを勉強しました

カルタゴにはエジプトの神々が自分が想像した以上に身近にいた存在だったのですね
0639世界@名無史さん2021/05/17(月) 19:39:30.100
>>626 の女神をアスタルテ(アシュタルテ)と習合したタニトと言ったのは、
有翼(翼が生えてる)はもちろんのこと、アスタルテのポーズ(構図)に似ているからです
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/d3/Statuette_Goddess_Louvre_AO20127.jpg/321px-Statuette_Goddess_Louvre_AO20127.jpg
(立ち姿はもちろん、特に右手と左手の配置など)

>>637 さんが掲載して下さったアシュタルテの両手の位置を確認したかったのですが、
残念ながらアシュタルテは見せてくれませんでした
ただカラトスに太陽のマーク、前髪に蛇がいるのを確認出来ました

イシスもはっきりとイシスと識別出来るので、イシスとしてカルタゴで崇拝されていた
のではないかと推測出来ます

タニトがアスタルテと習合したと仮定するならば、>>626 をカルタゴの人たちは
タニトまたはアスタルテのどちらで識別していたのでしょうか?
0640世界@名無史さん2021/05/17(月) 21:01:14.420
事故多発「ファラオの呪い」? SNSで話題、学者火消し―エジプト
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021032900089&;g=int

古代エジプトでは、死後3千年たつと死者の魂が肉体を得て復活すると信じられていました。
肉体であるミイラが棺から無くなり、ファラオたちが怒っているのでしょう

「ミイラは、肉体が腐敗するよりも早く、急激に乾燥することで出来上がります。死体の
水分が半分以下になると細胞の増殖が阻止され、乾燥した風土は置かれた死体はミイラに
なりやすくなります。古代エジプトでは、これを人工的に作りあげていったのです。死体
から脳や内臓を取り出し、香辛料を混ぜた炭酸ナトリウムに70日間漬けます。そのあと
死体に、ゴムを充分は染み込ませた綿布の包帯を、頭から足にかけて巻きます。そして
これを、人の形をした木の墓にしまい、墓室の壁に立てかけて保存しておくのです。」

「フランスでは16世紀末から17世紀初頭にかけて、近体の防腐保存が試みられました。
しかし結果は芳しくなく、このことが古代エジプトのミイラ技術の高さを、再評価させる
ことになったといいます。」
0641世界@名無史さん2021/05/17(月) 22:06:23.540
>>639
図録によるとカラトスのマークは太陽ではなくロゼットみたいです
蛇に関しては記述ありませんでした
>>626に関してはイシスやネフティスのイメージを想起させるとあります
右手のハトがアフロディーテーを表すこと、ヘレニズム期にアフロディーテーとイシスが習合したことなどが書いてありました
政治的・宗教的に高位の人物の石棺には性別関係なく時に彫刻がされたそうです
神官墓地から出たものは4体あり、聖職者を表したものとされるみたいです
0642世界@名無史さん2021/05/17(月) 23:18:28.220
>>641
詳しい解説ありがとうございます
パンフレットからわざわざ抜粋して頂いたと思います
本当に感謝しています

石棺という事で死者の守護神であろうタニトやアシュタルテ(アスタルテ)が彫刻されて
いたのかなと思いました
0643世界@名無史さん2021/05/17(月) 23:55:58.430
アラビア語(?)で書かれているサイトで興味深い写真を見つけました

https://www.meisterdrucke.ae/kunstwerke/500px/Phoenician_-_Phenician_art_terracotta_statuette_representing_the_divinite_Tanit_pierced_ears_-_%28MeisterDrucke-960198%29.jpg
(Phenician art: terracotta statuette representing the divinite Tanit, pierced ears and nose.
3rd-2nd century BC. Madrid, Museo Arqueologico Nacional)
鼻ピアスをしているタニトです、初めて見ました。鼻ピアスは牝牛の象徴ですかね

https://www.meisterdrucke.ae/kunstwerke/500px/Phoenician_-_Phenician_art_terracotta_statuette_representing_the_divinite_Tanit_3rd-2nd_centu_-_%28MeisterDrucke-985511%29.jpg
(Phenician art: terracotta statuette representing the divinite Tanit. 3rd-2nd century BC.
Madrid, Museo Arqueologico Nacional)
タニトの右手は杖でしょうか、左手は何の動物でしょうか?

https://www.meisterdrucke.ae/kunstwerke/500px/Phoenician_-_Statuette_of_a_Phoenician_goddess_from_the_Phoenician_coast_c700-600_BC_%28bronze_-_%28MeisterDrucke-266116%29.jpg
(Oriental Antiquities: Phenician goddess. Statuette of bronze and silver. 700-600 BC.
Paris, Louvre Museum)
これは明らかにエジプトの神ですよね? 誰なんでしょうか?

https://www.meisterdrucke.ae/kunstwerke/500px/Phoenician_-_Phenician_art_representation_of_the_deity_Astarte_Bronze_sculpture_from_the_7th_-_%28MeisterDrucke-985509%29.jpg
(Phenician art: representation of the deity Astarte. Bronze sculpture from the 7th century BC.
From the shrine of Carambolo in Spain. Dim. 16 cm Seville, archeological museum)
素裸でおへそがあるのがアスタルテの特徴ですかね
0645世界@名無史さん2021/05/18(火) 12:27:57.500
>>643
一枚目は頭部頑張ったのに、体や手が適当すぎるの草
0646世界@名無史さん2021/05/18(火) 20:27:46.080
>>641 さんにお気を悪くしないで頂きたいのですが、あくまで個人的な意見です
>>626>>628 の女神は誰であれ、同一の神だと思います

両方とも翼を折り畳み魚鱗に見せ、人魚のような服装は同一の神を示していると思います

上でも書きましたが、「イシスの結び目」がイシスを表しているように、
服装で神の特徴を表現することもあるみたいです
https://www.karakusamon.com/2009/0831/IMG_8423.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/fe/Isis_Musei_Capitolini_MC744.jpg/356px-Isis_Musei_Capitolini_MC744.jpg
0647世界@名無史さん2021/05/18(火) 23:05:58.050
人類が初めて「免疫」という現象を史書にとどめたのは紀元前5世紀、
シラクサ(シチリア)に進攻したカルタゴとギリシャとの戦争の故事である。
戦争中に疫病が発生、カルタゴが撤退した8年後のことだった。
新鋭の傭兵(ようへい)で再来寇(らいこう)したカルタゴを迎撃したシラクサ防衛
軍は前の戦役を戦った老兵だった。そこに同じ疫病が発生、カルタゴ軍は壊滅した
が、ギリシャ側は病気にならなかった。
「二度なし」が免疫に与えられた最初の名前であった。
0648世界@名無史さん2021/05/18(火) 23:14:34.070
「世界終末の疫病」でキリスト教が拡大?

エジプトのルクソールにある墓地の遺跡から、3世紀半ばに大流行した疫病で死亡した
人の人骨が発掘された。当時この疫病は世界の終末をもたらすと考えられ、
結果的にキリスト教の布教を助ける要因になったという。

この時代は「キプリアヌスの疫病」と呼ばれる感染症が大流行したことで知られる。
北アフリカ沿岸の都市カルタゴで司教を務めたキプリアヌスの記述によれば、
この疫病にかかると「絶え間ない嘔吐(おうと)に腸は震え、目には感染した血液の
炎が燃え、場合によっては足あるいは手足の一部が腐って落ちる」とされ、
多くは失明したり聴覚障害が残った。
https://www.cnn.co.jp/fringe/35049830.html
0649世界@名無史さん2021/05/19(水) 00:08:57.270
フェニキア・カルタゴは地中海を航路で繋いでいました
交易地、中継港で人や物を運ぶときに、病原体やネズミなどの保菌動物も一緒に
運んでいた可能性はあったのではないでしょうか
特にカルタゴは後背地がアフリカ大陸ですし

そういえば、東アジアでコロナの感染で死者数が少ないのは、
大昔にパンデミックを経験し免疫力があるのではとの研究をされているみたいです

【2万5000年前、東アジアはコロナの猛威を経験? 新型で死者少ない理由か】
https://news.yahoo.co.jp/articles/7ce4122b116ec3fe408eca9eb0686382474261c7
0650世界@名無史さん2021/05/19(水) 04:35:12.850
Carthage: Fact and Mythでは>>628の女神について

Some researchers have identified this goddess as Tanit. This seems improbable, since Tanit is generally depicted
far more abstractly. The figure might be an expression of Egyptian influence. Many of its features recall those of the goddess Sekhmet. In the Roman period, such figures were seen as personifications of Africa.

とありますのでこれに関しても割れてるみたいですね
タニトといえば前264-241年のコインの図案(上)がコレーまたはタニトとされていました
下はコレーの図案です

http://imepic.jp/20210519/164640
0651世界@名無史さん2021/05/19(水) 06:00:09.130
>>650 さんの
仰る通りライオンの頭だけで判断するのは難しいと思います

面白い記事を見つけました

クレタ島のコモス(Kommos)でセクメト、ネフェルトゥムの神殿があった話です
足元に猫(バステト)のセクメト像とネフェルトゥムの像が発見されたみたいです
3本の柱があり、2本の柱の間に馬に乗ったセクメト、他の2本の間にネフェルトゥムが
いたそうです

記事を書いた方は柱が3本あり、メンフィス3柱神のプタハの痕跡が見当たらないことを
不思議がっていましたが、馬がアスタルテであることに気付いてない模様です
アスタルテはエジプトでは軍馬の守護神となっています
私個人の考えでは馬がアスタルテの象徴です

バステトがセクメトと一緒にいるということで、エジプトの第22-23王朝時代に造られた
のではと推測していました
この時代のエジプトはシェションク1世が開き、パレスチナ遠征とカナン地域だけではなく
カルタゴにも影響の可能性がある面白い時代です

記事の中にタニトとセクメトの結び付きやコインの話も出てきます
英語ですが他にも興味深いことが書いてありましたので、
もし時間があるときに読んでみてはいかがでしょうか?
https://www.kommosconservancy.org/a-cretan-conundrum-2/

またカルタゴのコインについて、こちらで詳しい情報が記載されております
(時代によってモデルが異なっています。因みにライオンの絵柄もあります)
https://en.m.wikipedia.org/wiki/Carthaginian_coinage
0652世界@名無史さん2021/05/19(水) 11:07:42.290
>>650 さんの写真は図鑑から抜粋して頂いたように見えます
図鑑の解説の方がより詳しいかもしれませんね
正直、コインの顔は私には識別出来ません

上の記事でもそうですが、結局タニトとセクメトの関係がわからない為、
>>628の女神はタニトではない(又は判断出来ない)という意見があると思います

私個人の意見はタニトはセクメトが起源であると思っています

@タニトのサイン(シンボル)がセクメトのヒエログリフで構成されている
A「Lady of Elche」(エルチェの貴婦人)とセクメトの類似性が見られる
Bアスタルテがエジプトの系譜でプタハの娘となっている(プタハの妻がセクメト)
C(翼を折り畳み魚鱗様式の服装の)ライオン頭の像がカルタゴで複数見つかっている

以上が主な理由です

セクメトの杖(王笏)の上の部分が2匹の曲がった(丸まった)蛇で表している理由として

「The scepter was also associated with Khentimentiu (Chief of the Westerners), another deity who
was especially associated with the royal cemetery. In this type of iconographic representation,
the sekhem is often given two eyes, which were carved or painted on the scepter's upper part
as a symbol indicating that it was the manifestation of divine power.」
http://www.touregypt.net/featurestories/sekhemscepter.htm

2つの目を2匹の蛇で表現したのか、単にヒエログリフ表記が蛇であったかのどちらかと
推測します
0653世界@名無史さん2021/05/19(水) 12:01:48.830
>>651 の上の記事を

「セクメト」「馬」「ネフェルトゥム」として考えると違和感がありますが、
Kommosがカルタゴの植民市(交易地)として仮定すれば、フェニキア神話に置き換えて
「タニト」「アスタルテ」「ネフェルトゥム」と考える方が自然だと思います
(「ネフェルトゥム」がフェニキア神話での適切な名前かわかりませんが)
0654世界@名無史さん2021/05/19(水) 17:03:45.020
本当に何度も何度も一人で書いて申し訳ございません

>>652 にあと一つだけ付け加えさせて下さい
Dロゼット(円花文様)を太陽のシンボルとしている

神話に詳しい方がこのスレにいらっしゃると思いますのでお聞きしたいですが、
「ネフェルトゥム」と「アドニス」(アドーニス)に何か関係があるのでしょうか?
0655世界@名無史さん2021/05/20(木) 02:24:35.690
>>647
そういえばフェニキア人がマラリア広めたみたいな説がなかったっけか
なんかの思い違いなのか?
0656世界@名無史さん2021/05/20(木) 02:31:21.580
>>651
ほほぅ、馬乗りは珍しい気がしますね
基本型は馬車(戦車)かと思いますので

コモスはなんかの調べものしてるときに見かけた気がするんで
こんど読んでみようかと思います
0657世界@名無史さん2021/05/20(木) 08:26:13.530
>>656
記事を読んで自分の考えと記事を書いた方の考えを合わせると
セクメト=タニト、馬=アスタルテ、ネフェルトゥム=バアル・ハモン
さらにプタハ=メルカルト と思ってしまいます

記事を読んだ後にぜひ感想を聞かせて下さい
0658世界@名無史さん2021/05/20(木) 18:43:46.550
エジプトの神プタハは「鍛冶神」「 創造神」
プタハのシンボルの一つであるジェド柱 (Djed pillars)

「セド祭で、王は二つの石積みの間を走った。
石積みにはジェド柱あるいは
ジェド柱に発達する以前の木柱が立てられた。
二つの柱はそれぞれ生と死を象徴した。
ジェド柱の起源は不明とされる。
しかし、ジェド柱には二元論的な表象があるので、
エデンの園にある生命の木と善悪を知る木のような
生と死を表わす木であったといえそうである」
https://www.karakusamon.com/egypt/jed.html

ジェド柱を表す2本の柱を見て、ヘラクレスの柱といったのではないでしょうか
メルカルトの神殿または聖堂を発掘しても出てくるのはプタハの像でしょう
「Priest of Cadiz」以外で発掘された像はおそらくネフェルトゥムの像だと思います
カディスがカルタゴの植民市または交易地であった証ではないでしょうか

翼を折り畳んだライオン頭のタニトの像や香炉のバアル・ハモンの像を始め、
シンクティズムの影響を受けた後世の作品だと思います
おそらく神殿や聖堂を発掘しても出てくるのはエジプトの神々の像だと思います

最後に一つ訂正させて下さい
>>481の「フランスで発見されたmedallion 」はセクメトではなく、おそらく
ネフェルトゥムだと思います
ネフェルトゥムはamulet(御守り、護符)として使われていたみたいです
女神という先入観から間違えてしまいました
The Lady of Elche(エルチェの貴婦人)も恐らく「Lady」ではなく「Boy」
ではないでしょうか
0659世界@名無史さん2021/05/20(木) 21:19:36.270
フェニキア(東地中海)及び少なくともポエニ(西地中海)におけるシンクレティズムは
像の上に像を置いたり、像の横に像を配置したりして表現していたのではないでしょうか

恐らくサレプタでは神殿、聖堂では馬の上に乗ったセクメトの像が納められていたのではと
と想像します
同様に、カディスではプタハの像の横にネフェルトゥムの像が配置され、
メルカルトでもありバール・ハモンでもあると祀られていたのではないでしょうか

因みにネフェルトゥムとバアル・ハモンの繋がりはKommos(Crete)の記事を書いた方が
ネフェルトゥムのシンボルの一つperfume(incense)とバアル・ハモンのincense burner
が結び付くのではと推測していました
確かにバアル・ハモンの動物の角の冠はlotus(睡蓮)の花を彷彿させるかもしれません
0660世界@名無史さん2021/05/20(木) 21:26:19.020
訂正します、ネフェルトゥムはperfumeではなくfragranceです
0662世界@名無史さん2021/05/21(金) 19:19:00.260
上のハンニバルらしき人物なんだけど、首の向こうにある棍棒みたいのは何だろう
0663世界@名無史さん2021/05/21(金) 21:50:15.250
>>662

ハミルカル・バルカと娘婿ハスドゥルバルがスペインで採用したのは、アレクサンドロス大王のマケドニアに影響された一種の「ヘレニズム的」な王朝支配であった。バルカ家時代にスペインで発行された一連の貨幣がそれを物語っている。そこにはテュロス/カルタゴの都市神であり、またスペイン支配の拠点ガデスの神でもあるメルカルト/ヘラクレスが棍棒を肩にしたギリシア的ヘラクレス像として表される。いずれもヘレニズム諸王国の貨幣と見まがうばかりの意匠であり、ヘレニズム諸国の場合、君主の横顔がヘラクレスの姿をとって描かれるのが常であるので(以下略)

だそうです(興亡の世界史 通商国家カルタゴより)
0666世界@名無史さん2021/05/21(金) 22:55:05.390
>>650
上記のKommosの記事の中でもコインに関して
「Carthaginians depicted Tanit as the Greek goddess Persephone or Kore on one side of their coins
along with a horse on the other side」
ペルセポネーかコレーか意見が分かれているみたいです
0667世界@名無史さん2021/05/22(土) 02:38:40.670
「Lady of Elche」はキュベレー崇拝と関係ありませんかね
ギリシア語で「髪の毛のある女性」が語源とされていて、
「Lady of Elche」は髪の毛が飾りで表現されているように見えます

美少年の設定のネフェルトゥムのあの不思議な頭飾りは聖なる儀式で使用した可能性は
ないでしょうか?
頭の上のロータスの花が無くなっているには、男性のシンボルが無くなったことを表現
しているのではないでしょうか?

何かタニトと関係ない気がします
0668世界@名無史さん2021/05/22(土) 08:15:51.450
>>663
ありがとう、やっぱり棍棒なんだね
0669世界@名無史さん2021/05/22(土) 14:10:18.630
カディスで見つかった「Priest of Cadiz」以外のメルカルトと関係ある像

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/17/Estatuillas_votivas_del_templo_de_H%C3%A9rcules_Gaditano.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3b/Carthago_exhibition_-_Statuette_of_Melqart_%2849340672316%29.jpg
http://www.bernardsmith.eu/styled-130/cadiz/files/melqart.jpg

アテフ冠なのでネフェルトゥムではないですね
オシリスにしては両足が揃っていなくて両手の位置も横ですね
神官なのでしょうか、それともメルカルトなのでしょうか?
0670世界@名無史さん2021/05/22(土) 18:43:11.510
Byblos figurines(ビブロスの小像)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/45/Phoenician_statuettes.jpg/365px-Phoenician_statuettes.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/74/National_Museum_of_Beirut_–;_Byblos_figurine_7.jpg/800px-National_Museum_of_Beirut_–_Byblos_figurine_7.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/16/National_Museum_of_Beirut_–;_Byblos_figurine_11.jpg/225px-National_Museum_of_Beirut_–_Byblos_figurine_11.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/36/National_Museum_of_Beirut_–;_Byblos_figurine_10.jpg/516px-National_Museum_of_Beirut_–_Byblos_figurine_10.jpg

主にByblosとKamid al lawz中心にレバノンで見つかった像です
0671世界@名無史さん2021/05/22(土) 18:49:37.180
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/74/National_Museum_of_Beirut_%E2%80%93_Byblos_figurine_7.jpg/800px-National_Museum_of_Beirut_%E2%80%93_Byblos_figurine_7.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/16/National_Museum_of_Beirut_%E2%80%93_Byblos_figurine_11.jpg/225px-National_Museum_of_Beirut_%E2%80%93_Byblos_figurine_11.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/36/National_Museum_of_Beirut_%E2%80%93_Byblos_figurine_10.jpg/516px-National_Museum_of_Beirut_%E2%80%93_Byblos_figurine_10.jpg
0672世界@名無史さん2021/05/22(土) 23:49:04.690
「Lady of Elche」(エルチェの貴婦人)と装飾品が類似する「Lady of Baza」(バサの貴婦人)
はキュベレー、マグナ・マーテル、クババの可能性はないでしょうか?

「Temple of Eshmun」(英語のwikipedia)の記述に
「One of the recovered ostracon bears the theophoric Phoenician name "grtnt" which suggests that
veneration of the lunar-goddess Tanit occurred in Sidon.」
シドンでタニトは月の神として崇拝されていたみたいです
0673世界@名無史さん2021/05/23(日) 00:19:20.650
>>584
エジプトの神トートとギリシアの神ヘルメスが同一視されたのですね
トートの神殿があるヘルモポリスとはギリシア語で「ヘルメスの町」の意味であり、
また「トートの町」という記述もあります
トートの杖のヒエログリフは2匹の蛇が絡まっているように見えますね
0674世界@名無史さん2021/05/23(日) 20:14:10.890
エジプトの神ヘリシェフ
羊の頭を持つ人間として描かれ、ラーとオシリスと同一視されていたようです
ヘラクレスの起源とされている記述もあります
メルカルトの起源がプタハだとすれば、オシリスとプタハで繋がったかもしれません

また同じ羊の頭をもつ人の姿で表される神にクヌムがいます
(ヘリシェフとクヌムは羊の角の形が違います)
ろくろを回し粘土に魂を吹きこみ人間を作るということで、創造の神また職人の守護神
と考えられています
こちらもプタハの神性・属性と類似していると言えます

メルカルトとヘラクレスはそれぞれ別の起源のエジプトの神が似た神性・属性によって
結び付いた可能性があるのではないでしょうか?
0675世界@名無史さん2021/05/23(日) 20:23:09.630
2本の柱で表現されるエジプトのジェド柱
タニトが刻まれた石碑にも様々な形で2本の柱がタニトの両脇に刻まれています
2本の柱は平行ではなく少し傾き、上に広がる形になっていると思います
これはジェド柱を表しているのではないでしょうか?
また両手を上に挙げたタニトの両手も上に広がっているように見えます
0676世界@名無史さん2021/05/24(月) 16:50:13.790
クレタ島のKommos(コモス)で発見された恐らくカルタゴ人が設置した聖堂の
イメージです
https://www.kommosconservancy.org/wp-content/uploads/2014/02/ShrineColor2Web.png
(記事に「there were also a three bronze bulls and a bronze ram.」と記載があり、
羊はフェニキアではなくカルタゴに関係すると個人的に推測します)

向かって左側が馬に乗ったセクメトの像と右側が頭の上のロータスの花が無い
ネフェルトゥムの像です
恐らくロータスの花は意図的にカルタゴ人が破壊したと思います

上のイメージ図はフェニキアのアスタルテがエジプトに渡り、エジプト神話に取り込まれた
アースティルティトを表現してるのではないでしょうか?
アースティルティトはエジプトで馬に乗ってるレリーフが残されています
それを馬に乗ったセクメトで表現しているのではないでしょうか

アースティルティトはエジプト神話ではセクメトの娘となっています
それを頭の上のロータスの花が無いネフェルトゥムで表現しているのではないでしょうか
ロータスの花を男性のシンボルとみなして、それが無い姿をネフェルトゥムの姉妹として
表しているのだと推測します
取り除かれたロータスの花はバール・ハモンで表現しているかもしれません
0677世界@名無史さん2021/05/24(月) 16:56:58.270
クレタ島のKommos(コモス)で発見された恐らくカルタゴ人が設置した聖堂の
イメージです
https://www.kommosconservancy.org/wp-content/uploads/2014/02/ShrineColor2Web.png
(記事に「there were also a three bronze bulls and a bronze ram.」と記載があり、
羊はフェニキアではなくカルタゴに関係すると個人的に推測します)

向かって左側が馬に乗ったセクメトの像と右側が頭の上のロータスの花が無い
ネフェルトゥムの像です
恐らくロータスの花は意図的にカルタゴ人が破壊したと思います

上のイメージ図はフェニキアのアスタルテがエジプトに渡り、エジプト神話に取り込まれた
アースティルティトを表現してるのではないでしょうか?
アースティルティトはエジプトで馬に乗ってるレリーフが残されています
それを馬に乗ったセクメトで表現しているのではないでしょうか

アースティルティトはエジプト神話ではセクメトの娘となっています
それを頭の上のロータスの花が無いネフェルトゥムで表現しているのではないでしょうか
ロータスの花を男性のシンボルとみなして、それが無い姿をネフェルトゥムの姉妹として
表しているのだと推測します
取り除かれたロータスの花はバール・ハモンで表現しているかもしれません
0678世界@名無史さん2021/05/24(月) 17:14:40.500
サレプタでアスタルテとタニト(アースティルティト)が祀られていたと推測します

一番表現が難しかったロータスの花が無いネフェルトゥムは
>>626や「Lady of Elche」(エルチェの貴婦人)として表現されていたのではないでしょうか

「Lady of Elche」に類似した像も恐らくタニトを表しているではないかと思います
0679世界@名無史さん2021/05/24(月) 22:50:38.860
>>674
すみません、ヘリシェフとクヌムどちらも水平に伸びる捻じれた角を持つ羊
(Ovis longipes palaeoaegyptiacus)で表されていました
0680世界@名無史さん2021/05/25(火) 00:27:46.760
>>584
イムホテプというエジプトの高級神官
建築家や内科医としても優れ「知恵、医術と魔法の神」と神格化された人物がいます
ギリシャの医神アスクレーピオスと同一視されたという記述もあります
トートの神官であったことから、ヘルメスの杖もアスクレピオスの杖も
起源は共にイムホテプでしょうか?
0681世界@名無史さん2021/05/25(火) 01:36:40.240
ギリシアの神アスクレーピオスの名前の由来はエシュムンに関係があると記述があります
エシュムンの神殿の聖地の近くを流れる川の源流が'Asclepius fluvius'と呼ばれ、
神殿の聖地はアスクレピオスの聖なる森に囲まれていたという記述です

シドンの守護神エシュムンもエジプトの人物(神)イムホテプが起源でしょうか?
0682世界@名無史さん2021/05/26(水) 10:26:57.920
【イスラエル北部の遺跡が3000年前のフェニキア最古の紫色染料生産工場の可能性】

イスラエル北部の地中海に面した港町ハイファ(Haifa)の南、テル・シクモナ(Tel Shikmona)
で1960〜70年代に発見された遺跡について、約3000年前のフェニキア人による紫色の染料生産
施設であったとする研究結果が発表された。

ハイファ大学(University of Haifa)のアイレット・ギルボア(Ayelet Gilboa)教授と研究者の
ゴラン・シャルヴィ(Golan Shalvi)氏によれば「今まで、フェニキアにおける紫色染料製造の
主な中心であったティルスやシドンでさえ、聖書時代である鉄器時代、紫色の織物を製造する
作業場を示す直接的な考古学的証拠はなかった」という。
https://call-of-history.com/archives/21327
0683世界@名無史さん2021/05/26(水) 19:27:42.890
>>671 の一番下の写真について
ビブロス近郊で発見された像はアテフ冠からエジプトの神オシリスだと推測します
右手を挙げているのはフェニキアの影響(製作)ではないでしょうか

オシリスは元は植物(穀物)の神で死と復活を表す
シドンの神アドン(ギリシアの神アドニース)の神性に類似していると思います
アドン(アドニース)の名前の由来はオシリスの復活の地アビドスではと推測します

http://depts.washington.edu/silkroad/exhibit/rome/images/k68545.jpg
上の写真はバアラト・ゲバル神殿で発見された像です

恐らく冠からネフェルタリをモデルとして女神を表現していると思います
(裸とアスタルテと似たポーズが女神を表しているのではないでしょうか)
ネフェルタリと関係の深いエジプトの神ハトホルを表していると推測します
0684世界@名無史さん2021/05/26(水) 19:41:48.650
神話や伝承ではなく発見・発掘された像からあくまでも個人的な推測の元に
フェニキアの神々とエジプトの神々を結び付けると

【ビブロス】
アドン←オシリス
バアラト・ゲバル←ハトホル

【ティルス】
メルカルト←プタハ

【カルタゴ】
タニト←アースティルティト

こちらは該当する像が発見出来ていませんが、神話・伝承からおそらく
【シドン】
エシュムン←イムホテプ(またはトート)

あくまでも個人的な見解を書かせて頂いてます
0685世界@名無史さん2021/05/27(木) 22:13:07.820
【オシリス、エジプトに沈んだミステリー】

古代エジプトの時代から、ギリシャ人の間で「ヘラクレイオン」として有名な地中海に
面した都市が存在しているのはほぼ確実だったのですが、そもそもその都市が存在する
のかとか、古代エジプトで「トロニス」と呼ばれた都市と別なのか同一なのかとか、
そういった詳細は最近まで不明でした。

ギリシャ語の「ヘラクレイオン」とエジプトの「トロニス」が同じ都市のことを表して
いたということです。
現在はアレクサンドリア近くのアブキール湾沖6.5kmの海底遺跡となっています。
https://mochida.cc/%E3%82%AA%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%80%81%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88%E3%81%AB%E6%B2%88%E3%82%93%E3%81%A0%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E3%83%BC/

オシリスの像やオシリスに関連する像がいくつも発見されています
ヘラクレスの起源がオシリスの可能性が高いのではないでしょうか

カディスで発見された像と似たオシリスの像があるように見えます
メルカルトはプタハとオシリスの習合なのでしょうか?
0686世界@名無史さん2021/05/28(金) 09:28:50.650
古代エジプトにあったギリシア人の町、ナウクラティス
少なくとも12のギリシア都市国家の人々が共同で暮らしていたようです

ナウクラティスはギリシャ人が作ったのではなく、それ以前から存在していたと見られ、
元々あった都市にはエジプト人、ギリシャ人、フェニキア人も混在して住んでいたと見られ、
その都市が紀元前570年以降間もなくギリシャ人に譲られたと考えられているようです

ナウクラティスに住んでいたフェニキア人がカルタゴを建国した可能性はないでしょうか
ナウクラティスで既にタニトを信仰していたのなら、タニトを守護神にする最も理由が
あるフェニキア人なのではと思います
0687世界@名無史さん2021/05/28(金) 10:01:29.180
上の話はタニト=アースティルティトという前提です

因みにギリシアの神ヘルメスの神性・属性が多岐に渡るのは、ギリシア人の町
ナウクラティスでエジプトの神トートが信仰されていたことに由来していると思われます
交易または故郷に帰った傭兵がそれぞれの故郷で信仰し、後に体系的に纏められたから
ではないでしょうか
0688世界@名無史さん2021/05/29(土) 00:27:32.630
【2500年前の若い男「アーチー」の骸骨をゲノム解析!古代フェニキア人の謎に近づく?】

1994年に北アフリカのチュニジアの首都チュニス(古代都市カルタゴ)、ビュルサの丘の
遺跡で発掘されて同国立博物館で長年保管、展示されていた男性の骸骨、通称“ビュルサの
若い男”、またの名を“アーチー”。

家系調査の結果、母系の血統のルーツを地中海北部の沿岸に辿ることに成功。
これはヨーロッパでも稀な遺伝子が北アフリカで確認できた珍しい証拠であるという。
https://tocana.jp/2016/06/post_10028_entry.html
0689世界@名無史さん2021/05/29(土) 02:49:16.710
上の記事のカルタゴの「アーチー」は、ナウクラティスでフェニキア人男性と
ギリシア人女性が結婚して、カルタゴに渡ってきた子供や女系を維持した女性
(つまり娘→娘→など)との間に産まれた子供の可能性は考えられませんか?
0690世界@名無史さん2021/05/29(土) 04:03:22.310
>>688
あら、これポルトガルのmtDNA検出されてたやつじゃなかったっけか
0691世界@名無史さん2021/05/29(土) 13:51:01.390
>>690
記事の内容では
『ニュージーランドのオタゴ大学の分子人類学者リサ・マティソー・スミス氏は
「“アーチー”のDNAがポルトガル方面で見られる現代人の特徴と酷似している」
と推測している。』

>>249
「イベリア半島の古代人の遺伝子構成は、青銅器時代に劇的に変化し始めた。
紀元前2500年頃から、黒海とカスピ海周辺のステップ地帯に暮らしていた人々に関連する遺伝子が、
イベリア半島の人々から検出され始める。
その後、古代イベリア人のDNAの多くが、ステップ地帯の人々のDNAで置き換えられた。
男性はすべて置き換わっていた。」

女王ディドの伝説ではキプロス島に立ち寄り、海岸にいた娼婦を連れてカルタゴに
たどり着いたことになっています
もちろんこちらの可能性も否定出来ないと思います
0692世界@名無史さん2021/05/29(土) 14:04:54.920
>>689
どっちかというと、カディス辺りに入植したフェニキア人と
現地の間にできた子孫がカルタゴに移住した可能性が高いですね

カルタゴ人の子孫がカディスに残った可能性は無くはないけど
その場合も嫁が現地人である可能性の方が高いと思いますが
0693世界@名無史さん2021/05/29(土) 17:33:39.090
>>692
私はステップ地帯の人々が時代と共に南下して地中海北部の沿岸に住んでいた人が
母方の起源だと思います
つまりギリシャ人の可能性は十分にあると思っています
いずれにせよ、サンプルが一体と少なすぎてこれからの調査次第だと思います

ナウクラティスから出土した典型的なエジプトの石像の裏に碑文が彫られています
『碑文には、「ホルムヘプは、父クラテスと母シャセンテプトから生まれた」
とある。この母の名前は典型的なエジプト人の名前だそうで、父はギリシャ人。
つまり、ホルムヘプはギリシャ人の父とエジプト人の母の間に生まれたハーフ
だということになる。ナウクラティスでは国際結婚さえ行われていた。
ナウクラティスにとどまったギリシャ人たちは、そこで、エジプトに根づいた生活
を送っていたのだろう。』
(NHKスペシャル「知られざる大英博物館」古代ギリシャ"白い"文明の真実)

考古学調査によれば、ナウクラティスの成立は紀元前625年ごろまで遡ると見られてい
ます
ナウクラティスに住んでいたフェニキア人も同様にギリシャ人やエジプト人を妻と
して国際結婚していた可能性は十分にあったのではないでしょうか
0694世界@名無史さん2021/05/29(土) 18:33:23.580
「興味深いものの1つに、ナウクラティスから出土した神の像がある。
エジプトのイシス神という名前と、ギリシャの神の名前アフロディテの名前を持つ。
これらの像には薄くピンクの色も残っており、きっとカラフルな像だったのだろうなあ
と、こちらの想像も膨らむ。アフロディテに限らず、イシスとニケなど、両国の名前を
持つ神々の像が存在する。」
(NHKスペシャル「知られざる大英博物館」古代ギリシャ"白い"文明の真実)

ナウクラティスには少なくとも12のギリシア都市国家の人々が共同で暮らしていました
恐らくナウクラティスでエジプトの"女神"と信仰されていたイシスと、ナウクラティスで
暮らしてギリシャ人のそれぞれの故郷の"女神"を結び付けて信仰していたのではないで
しょうか
それが2つの国の名前を持つ神々ではないでしょうか
その神々の信仰がギリシャ本土に持ち込まれ、ギリシャ本土さらにローマへと広がった
イシス信仰の起源ではないでしょうか

ナウクラティスに住んでいたフェニキア人はイシスの代わりにエジプトの神
タニト(アースティルティト)と故郷フェニキアの神アスタルテの2つの名前を持つ神を
信仰したのではないでしょうか
サレプタに祀られていたタニトーアスタルテは2つの名前を持つ神という意味だったと
推測します
さらに言えば、タニトの起源はサレプタではなくナウクラティスではないでしょうか
0695世界@名無史さん2021/05/29(土) 18:50:32.180
クレタ島Kommos(コモス)にあったフェニキア(カルタゴ)の聖堂は、
ギリシャとの関係が良好であった時期に交易地として
ナウクラティスのフェニキア人が設置した可能性があると思います

東地中海沿岸のフェニキアはアッシリア、新バビロニア、さらにアケメネス朝ペルシアの
支配下に置かれ、ウィキペディアではナウクラティスはギリシャ人に譲られたと考えられて
いると記述がありますが、恐らくエジプトさらにギリシャとの関係が悪化してナウクラティス
からフェニキア人は追放されたのではないでしょうか

ナウクラティスから追放されたフェニキア人がカルタゴを建国した可能性はないでしょうか?
0696世界@名無史さん2021/05/29(土) 21:24:22.010
ギリシャと良好なんてないだろ

ギリシャが海賊として地中海支配した後、二段櫂船を発明して海賊船全部沈めて地中海支配したのがフェニキア
0698世界@名無史さん2021/05/30(日) 00:12:49.460
クレタ島Kommos(コモス)にあるフェニキア人(カルタゴ人)の聖堂は
ギリシャ人の神殿の中にありました
エジプトのナウクラティスではエジプト人、ギリシャ人、そしてフェニキア人が共存
していた可能性があります
ナウクラティスは歴史的に重要な都市であったと思います
0699世界@名無史さん2021/05/30(日) 01:43:28.950
「大理石の色、白い彫刻としか考えられなかった古代ギリシャの彫像は極彩色に
彩られていた。」
「エジプシャン・ブルー」と呼ばれる青い色はギリシャではつくれなかった色で、
エジプトから青い顔料を輸入していた

「ナウクラティスには、古代ギリシャ文明誕生の謎を解く大きな要素があった。
ナウクラティスからは紀元前7世紀の遺物が数多く見つかっている。紀元前7世紀は、
古代ギリシャにとって特別な時代だ。パルテノン神殿が建設された紀元前5世紀を
最盛期と考えると、紀元前7世紀頃から一気にギリシャらしさが生まれてくる。」

「時代を見ると、古代ギリシャ文明においてはナウクラティス以降の時代にしか
巨大神殿は建築されていない。しかも、ドーリス式の柱の造りはエジプトの
ハトシェプスト葬祭殿のアヌビス祭室柱廊にそっくり。さらに、柱の溝(フルート)
の数も16本と同じ。ギリシャ・デロス島にあるライオンたちの像が並ぶ参道は、
エジプトのカルナック神殿の像の並び方にそっくり。参道に動物たちが並び、
清めるというコンセプトそのものを、エジプトから学んだのだろうと思われた。」

「神殿ばかりではない。彫刻について、もっと驚く事実がある。あのミロの
ヴィーナスやニケ、クニドスのデメールなど人間をまっすぐ写実的にとらえた
ギリシャの彫刻も、エジプトの模倣から始まった。
ギリシャ・アテネ郊外に位置するスニオン岬のポセイドン神殿。ここに置かれていた
クーロス像(青年像)はアテネの国立考古学博物館に展示されているが、こうした
2メートルを超える巨大な石像を作り始めたのもナウクラティス以降の時代だ。」
(NHKスペシャル「知られざる大英博物館」古代ギリシャ"白い"文明の真実)

ギリシャ、フェニキア、そしてカルタゴもエジプトから大きな影響を受けており、
ナウクラティスが果たした役割は大きかったと思います
0700世界@名無史さん2021/05/30(日) 04:22:31.080
>>692
南下という言葉は間違いです、すみません、西へ向かっていますからね
カディスやタルテッソスのフェニキア人も可能性は十分にあると思います

ギリシャというよりクレタ島がフェニキアと昔から深い関わりがあるのではと思っています
ヒクソスもクレタ島そしてフェニキアが関わっている気がします
ナウクラティスもクレタ島そしてフェニキアと関係があると思っています
0701世界@名無史さん2021/05/31(月) 01:46:06.400
ギリシャらしさというより
フェニキアが地中海をバイリームで完全に支配していたのがアッシリアに服属して、フェニキアの蛮行がバレてしまい
「どういうふうに海を支配していたか」が知られてしまった
そっからギリシャが同じ二段櫂船、頭をぶつけて貿易船を鎮めるタイプの船をつくって覇権を戻した
0702世界@名無史さん2021/05/31(月) 08:57:00.610
ナウクラティスの「陶器に書かれた銘が最初期のギリシア文字で書かれているという点でも重要である」
ナウクラティスで、フェニキア文字→ギリシャ文字が生まれた可能性があると思います
0703世界@名無史さん2021/05/31(月) 13:37:19.190
シケリアおよび南イタリアのギリシャ植民地は、マグナ・グラエキアと呼ばれ、
シケリアにおいては、イオニア人(シケリア北部・東部に入植)はシケリア先住民および
フェニキア人に対して友好的であったが、ドーリア人の殖民都市(シケリア南部に入植)
は攻撃的で、海岸から内陸部にまで勢力を拡大し、先住民を圧迫していた
他方、先住民同士、ギリシア人とフェニキア人の間の交易も盛んとなり、ギリシア殖民都市は繁栄した

カルタゴはギリシアのイオニア人とドーリア人の対立に巻き込まれて、シケリア戦争に
繋がってしまったと思います
0706世界@名無史さん2021/05/31(月) 23:22:50.100
>>658
ジェド柱→ヘラクレスの柱→メルカルト神殿のネタは
けっこうあった気がしますので
そんなに外してないかなぁと思いますが

と思い検索してみたら極せまなネタのようでしたww
0707世界@名無史さん2021/06/01(火) 03:29:52.510
ピュロスの勝利は、「損害が大きく、得るものが少ない勝利」、つまり
「割に合わない」という意味の慣用句(成句)である

同じ意味で「カドモスの勝利」という言葉があるそうです
ハンニバルがピュロスに言及したことが由来と考え、カドモスはカルタゴのことではないでしょうか

カドモスはフェニキア文字の配列を変更し、ボイオーティア地方に伝えたという
エジプトのナウクラティスでフェニキア文字からギリシャ文字が誕生し、ギリシャ
に伝わったことを意味するのではないでしょうか

エウローペーの捜索の話は女王ディドの話ですし、他にもヘラクレスの起源はエジプトと考えられていましたし、ディオニューソスはオシリスと同一視されたという
記述もありますし、最期は蛇になったりライオンになったりとエジプトの神を連想
させたりもします

カドモスの神話はエジプト(のナウクラティス)が舞台のような気がします
ナウクラティスに住んでいたフェニキア人はエジプト人と同化していたのかもしれません
テーベはフェニキア起源のエジプト人が建国したエジプトの都市カルタゴを意味しているのかもしれません
0708世界@名無史さん2021/06/01(火) 09:20:12.030
カドモスの神話のヘラクレスはメルカルトかもしれませんね
子どもたちはカルタゴの植民市を表し、アテーナの像を建てたのはギリシャの神殿
またはギリシャの町を意味したのではないでしょうか

アプロディーテーはアスタルテ、ハルモニアーはタニト、アテーナーはハトホル、
ヘーパイストスはプタハ、ヘルメースはトート、アルテミスはセクメト(バステト)と
いったところでしょうか
フェニキアの諸都市の守護神を表しているのでしょうか

アレースは「城壁の破壊者」という名があるということで、ナウクラティスには
Hellenion という聖域(壁で囲まれた神殿)があり、9つのギリシア都市国家が共同で
運営していたということと何か関係があるのですかね
アレースはタニトのセクメトの面、ハルモニアーはタニトのロータスの花がない
ネフェルトゥムの面を表しているのでしょうか
0709世界@名無史さん2021/06/01(火) 11:17:00.960
>>707
テーベというよりテーバイと記述した方が適切ですね

ボイオーティアはギリシャ語で「牛の国」という意味もあるということで、
プタハやハトホルに象徴される牛の神のいる国、エジプトを表す意味でもあったので
はないしょうか
ギリシャでもありエジプトでもある、つまりエジプトのギリシャ人の町
ナウクラティスを意味したのではないでしょうか

ナウクラティスでは女神はイシスであったしょうから、アテーナーはイシスの方かも
しれません
ディオニューソスは山羊に変身することから後のバアル・ハモン、
アレースが魚に変身するのはタニトの翼を折り畳んだ姿が魚鱗に見えることから由来
しているのではないでしょうか
デーメーテールは牝馬の姿になるのでこちらはタニトのセクメトが乗る馬を表して
いるのですかね

ハルモニアーの首飾りは、ロータスの花のないネフェルトゥムのheaddressの耳の太陽
を表す飾り(エルチェの貴婦人の耳飾り)に由来するのでしょうか
0710世界@名無史さん2021/06/01(火) 22:15:09.320
カドモスの神話でなぜカルタゴをThebes(テーバイ)としたのか考えていたんですけど、
ナウクラティスではかつてエジプト人、ギリシャ人、そしてフェニキア人が共存していた
ことを鑑みて、カルタゴをThebesとすることにより、エジプト、ギリシャ、そして
フェニキアにそれぞれThebesが存在することになります

カルタゴはフェニキア、エジプト、そしてギリシャの文化・知識が融合した都市である
と伝えたかったのかなと思いました
0711世界@名無史さん2021/06/02(水) 09:17:06.440
「カドモスの勝利」と「ピュロスの勝利」は実際には意味に違いがあるみたいです
前者は破滅を招く勝利と後者は割に合わない勝利

ギリシャのテーバイは、マケドニアに抵抗し街を壊滅的に破壊され住民の多くは虐殺
または奴隷にされました
カルタゴの最期も同様でそこからThebes(テーバイ)と同じ名前にしたかもしれません

ナウクラティスが恐らく神話の(創作の)舞台であるでしょうから、ハルモニアーの
(起源の)痕跡を探してみました
https://www.britishmuseum.org/api/_image-download?id=1082203001
(ロータスの花を持つ女性)
0713世界@名無史さん2021/06/02(水) 16:32:07.350
カツラなのか直毛なのか…
手に持っているものも何なのか…
0714世界@名無史さん2021/06/02(水) 22:32:20.590
>>713
https://www.britishmuseum.org/collection/object/G_1888-0601-22
大英博物館の説明では手にしている花は「a lotus flower」と書いてあります

ハルモニアーの首飾りで思い出したのが、「Lady of Elche」(エルチェの貴婦人)も
首飾りをしていますね
ハルモニアーがギリシャ本土に渡りキュベレー信仰と結びついて、ギリシャ、ローマ、
そしてイベリア半島に広がったのが「Lady of Elche」を始めとする一連の貴婦人像では
ないでしょうか
「Lady of Baza」(バサの貴婦人)はキュベレーだと個人的に思っています

ハルモニアーのモデルはタニトの半分を表す頭の上のロータスの花のないネフェルトゥム
であり、元男性の女性です
0715世界@名無史さん2021/06/02(水) 23:23:05.720
ナウクラティスのフェニキア人によりタニトが信仰され、ナウクラティスの
ギリシャ人がインスピレーションを受け、ハルモニアーが生まれたと仮定したら、
もう一つの側面、タニトを現す馬に乗ったセクメトは何か痕跡がないか探してみました

https://www.britishmuseum.org/collection/object/G_1911-0606-1
説明文に「Many of these were labelled T, Φ, or TAΦ, 」との記述があります

タニト(TNT)のイメージが
https://www.kommosconservancy.org/wp-content/uploads/2014/02/ShrineColor2Web.png
であるならば向かって右側のロータスの花のないネフェルトゥム(NeferTum)
つまり「NT」であり、左側の馬に乗ったセクメトの像が上の大英博物館の馬に乗った
人物の像を(大英博物館の説明により)「T」と考え、2つを合わせて「TNT」つまり
タニトを表すのではないでしょうか

なぜ「T」+「NT」とギリシャ人が考えていたのかわかりませんが、タニト「TNT」の
由来がわからなかったのか、別けて考えて新しいギリシャの神を生み出そうとしていた
のか、どうなんでしょうかね

ナウクラティスでフェニキア人がタニトを信仰していた可能性をギリシャ人が残して
くれたと思います
サレプタで発見されたタニト-アスタルテの聖堂が紀元前8世紀頃なので、どちらが起源
なのか判断出来ませんが

因みに上の大英博物館所蔵の馬に乗った人物はギリシャ神話の神になったのでしょうか
おそらくケンタウロスになったのではないでしょうか
0716世界@名無史さん2021/06/03(木) 00:18:37.180
上の大英博物館に所蔵されている馬に乗った人物の像はキプロス島で作られたと
説明がありました
検索するとキプロス島で馬に乗った人物の像がいくつもありました
多くは男性または性別がわからない人物が乗っています

メトロポリタン博物館に所蔵されている馬に乗った人物の像が破損があるのですが、
女性が乗っているように見えました
そこでふと思ったのですがエウローペーは「牛」の姿のゼウスに連れ去られます
エウローペーをアスタルテに置き換えると、アスタルテはエジプトで「馬」に乗っています

女王ディドの伝説の話に牛ではなく馬を選択したのは、ここから由来しているのかなと
思いました
0717世界@名無史さん2021/06/03(木) 00:43:09.200
ギリシャ神話のカドモスは「ボイオーティアの土地を与えられ、この地を自分の名前に
ちなんでカドメイアと名付けた。のちのテーバイである。」

カドメイアをナウクラティス、テーバイをカルタゴと考えるとナウクラティスの
フェニキア人がカルタゴを建国したと考えられるのではないでしょうか
ナウクラティスで既に信仰していたタニトがカルタゴの守護神になるのも自然の流れだと
思います
0718世界@名無史さん2021/06/03(木) 02:41:45.990
>>686
ナウクラティスはネコの時代かと思ったが
ちょっとズレててライバルはタヌトアメンらしいですね

むしろなんでこう呼ばれてるのか
その方が気になりますタンタマニ
0719世界@名無史さん2021/06/03(木) 02:52:29.880
「カドモスはアテーナーに改めてボイオーティアの土地を与えられ、この地を自分の名前
にちなんでカドメイアと名付けた。」

正確に言うと、「ボイオーティア」が「ナウクラティス」で「カドメイア」は
ナウクラティスの「フェニキア人の居住区」だと思います

「エウローペーの捜索」は女王ディドの伝説の話
「泉の大蛇退治」はナウクラティスでのフェニキア人の歴史の話
「ハルモニアーとの結婚」はフェニキアの諸都市とカルタゴの建国と植民市の話
「数々の不幸」「晩年」はシケリア戦争からポエニ戦争とローマ征服による
カルタゴの滅亡の話ではないでしょうか
0720世界@名無史さん2021/06/03(木) 08:49:06.670
スパルトイはテーバイ人達の祖先ということで、「泉の大蛇退治」はフェニキア人
ではなくカルタゴの歴史に関係がある話かもしれません
今のところ、何の話か見当もつきません

>>718
ナウクラティスはギリシャ人の町だと思っていて、フェニキア人が住んでいたとは
最近まで知らなかったです
0721世界@名無史さん2021/06/03(木) 08:59:37.770
>>713
「Her hair is shown in a typical Egyptian fashion, rather static, it might be covered with a veil
and even a high diadem has been suggested.」と説明があります
0722世界@名無史さん2021/06/03(木) 09:52:16.760
「泉の大蛇退治」は毒の息を吐くドラゴン(大蛇)やライオンの毛皮を張った盾、
ドラゴンは鱗(ウロコ)に守られているなど、これはタニトの説明の話ですね
「献酒に使う水を汲む」はセクメトの「血に似せて赤いビール(酒)を造る」を
連想します
0723世界@名無史さん2021/06/03(木) 10:33:49.270
「ハルモニアーとの結婚」はドラゴン(セクメト)とハルモニアー
(頭の上にロータスの花のないネフェルトゥム)が合わさってタニトが誕生する、
つまりカルタゴの誕生(建国)であり、ギリシャ神話の神々をフェニキアの諸都市に
準えて祝福し、子どもたちは植民市を表すっといった感じでしょうか
0724世界@名無史さん2021/06/03(木) 17:11:43.450
ロータスが身近にある程に昔は水の豊かな大地だったのだろうか…
そう言えばハンニバルの頃には農業も盛んだったものね
今でこそ南部に広大な砂漠が広がってるけど、紀元前2世紀ごろには幾らか緑が覆ってた場所もあったのだろうか
0725世界@名無史さん2021/06/03(木) 18:21:56.550
カドモスの神話の「晩年」の話は、マケドニア建国の伝説に繋がっていくみたいです
そういえば、女王ディドの伝説もローマ建国の伝説に繋がっていったと思います

カドモスの神話も女王ディドの伝説もどちらも女神タニトについての話です
カドモスの神話でわかることは、恐らくナウクラティスでタニトが誕生したことぐらい
でしょうか

フェニキア人が何処から来て、いつ、どのようにカルタゴを建国した話もしていません
タニト(アスタルテ)が何処から来て、どのようにしてタニトが誕生したかの話です
タニトがどのような神性も持っているかの話です
あくまで女神タニトの神話、神についての話です
私の完全な思い違いでした、すみません
0726世界@名無史さん2021/06/03(木) 18:46:57.800
>>724
ロータスはエジプトを象徴する植物であり、エジプトの国花となっています
太陽が昇ると開花し夕方には閉じるという習性や、中央が放射線状に開くことから
古代エジプトの最高神、太陽神の象徴となりました

因みにロータスは英語で「ハス」「スイレン」の両方の意味がありますが、
エジプトのロータスは「スイレン」のみを指すそうです
0727世界@名無史さん2021/06/03(木) 23:39:56.160
カドモスの神話のウィキペディアを見ると3人の編集者が関わっているようです

ヘーシオドス:古代ギリシアの叙事詩人。紀元前700年頃に活動したと推定される。
アポロドーロス:古代ローマ時代のギリシャの著作家。1世紀から2世紀頃の人物と推定されている。
ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌス:ラテン語の著作家。誕生は紀元前64年頃。

カドモスは「テーバイの創建者」(ヒュギーヌス、275話)
つまりカルタゴの存在を知っていた人物が(後から)記述したことになります

カドモスの神話のテーバイはやはりカルタゴを指し示すと思います
タニトはカルタゴの守護神であり、カルタゴもギリシャのテーバイと同じような
最期を迎えたことで準えたと思います
ただいつ、どのようにカルタゴが建国したのか謎のままです
0728世界@名無史さん2021/06/04(金) 00:56:57.170
カドモスを追うにあたって
個人的にはシケリアのディオドロス
けっこう重要人物なのではと思ってますね

昔は島国のおっさんとだけ思ってたんですが
0729世界@名無史さん2021/06/04(金) 01:59:57.350
>>728
シケリアのディオドロスは時間があるときに調べてみます
個人的にエジプト神話に比べてギリシャ神話は複雑過ぎます

クレタ島のコモス(コンモス)で発見されたフェニキア(カルタゴ)の聖堂に
「pillar-worship」の跡があり、サレプタのTanit-Astarteの聖堂にも同様に
「pillar-worship」の跡があったみたいです

残念ながら「pillar-worship」は検索で発見できませんでしたが、そもそもサレプタの
聖堂で何が発見されたのか検索してみました
http://imepic.jp/4MOUvZTF
0730世界@名無史さん2021/06/04(金) 04:01:38.630
>>729
基本的に二本柱なのではと思うが
タニト神殿は三角形だったという記憶がなぜかあって
ときたま検索してるのだがヒットしないのだ

だからマンデラ効果なのかもしれない
0731世界@名無史さん2021/06/04(金) 04:24:01.930
>>726
ちんこ神プリアーポスと繋がるのか
これは興味深い
0733世界@名無史さん2021/06/04(金) 17:01:47.160
「ヘロドトスはフェニキアのティルスをエジプトだと考えているようです。
ヘラクレスの神話やオシリス崇拝がエジプト由来であることの論拠にしています。」

「Tri-Pillar Shrine」はオシリス、イシス、ホルスの三柱神の影響かもしれません
0734世界@名無史さん2021/06/04(金) 17:08:02.600
>>731
プリアーポスの名前初めて知りました
ナウクラティスから幾つも発見されています
0735世界@名無史さん2021/06/04(金) 18:21:06.190
成る程、三本の柱が神々を表しているのか
日本だと天照大神、月読命、素戔嗚命の三貴神が存在するね
神道では神々を「柱」と数えるし、意外にもルーツを遡るとフェニキアやエジプトに繋がるかも
0736世界@名無史さん2021/06/04(金) 18:51:22.570
【イスラエル最大の敵「ペリシテ人」の起源が明らかに】

■研究の結果、祖先の一部は南ヨーロッパに起源を持つことが判明。従来の説と一致

■最も近いDNAを持っていたのが「クレタ島」に住んでいた人々だが、
サンプル数が少なすぎるため、そこが彼らのホームランドと断定することはできない
https://nazology.net/archives/41281

【ゲノミクス】ミケーネ人とミノア人

ミケーネ人は、ミノア人とは異なり、青銅器時代にユーラシアのステップ
(東ヨーロッパと北ユーラシアを含む地域)に居住していた人々を祖先とする者もいた
https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/pr-highlights/12078

カルタゴのビュルサの丘の遺跡で発掘されたフェニキア人とDNAが同じ可能性がある
と思います
つまりペリシテ人またはクレタ島のミケーネ人のDNAがフェニキア人さらにカルタゴ人
に受け継がれている可能性があると推測できます

クレタ島のKommosではフェニキア人(カルタゴ人)の聖堂がギリシャ神殿の中に設置され、
カルタゴの政体について紀元前4世紀の哲学者アリストテレスの著作『政治学』の中で
「クレタ、スパルタとカルタゴの政体は非常に似ていること」が記述されています

さらに言えば、チェケル人もクレタ島出身がいたようだと記述もあります
チェケル人は記録が途絶え何処にいったのか不明ですが、フェニキアに定住した
可能性もあると思います
0737世界@名無史さん2021/06/04(金) 23:41:23.270
「海の民」の主要な10の民族や侵攻ルート(移動)にはいろいろな説がありますが、
こちらのサイトではカナン地方からクレタ島へのルートを示しています
(ウィキペディアの「海の民」の移動ルートはクレタ島からカナン地方へです)

「海の民」を構成する主要な十の民族の地理的関係、海の民の地中海世界への侵攻A
https://information-station.xyz/3377.html

「ウェンアメンの物語」に登場するチェケル人
チェケル人は前12世紀にカナン(現在のイスラエル、ハイファ付近)に定住し、
大規模な港湾、要塞都市ドル(ドール)を築いた
前11世紀中ごろ完全に破壊された(BC1021にはイスラエル王国が成立)
ビブロスの港を封鎖する実力があり、カナンの制海権はチェケル人にあった

ペリシテ人、チェケル人、そしてカナン人の区別が難しいです
0738世界@名無史さん2021/06/05(土) 00:14:06.960
チェケルはシチリア
その他はフェニキアが後に奪った黒海周辺民族
0739世界@名無史さん2021/06/05(土) 00:16:13.340
海賊が支配しやすい地域で一時期フェニキアの支配地になってその後ギリシャ領になった

フェニキアが海の民を二段櫂船で全滅させてからその支配地を奪ったから
0740世界@名無史さん2021/06/05(土) 02:39:33.440
ドルの海岸遺跡、テル・ダン (en) 遺跡(上ガリラヤ)では激しい破壊のあとが見られるが、
その上にフェニキア人らの居住していたと見られる層が重なっており、バイクローム土器
などが発見されている

聖書ではチェケル人はマナセ人に征服されたみたいですが、
実際はフェニキア人がチェケル人を征服したのでしょうか

>>682 の記事では
テル・シクモナ(Tel Shikmona)がフェニキア最古の紫色染料生産工場の可能性があり、
イスラエル=ユダ連合王国、次いでイスラエル王国の一部であったと推測されていた
場所です

紫色染料の技術はフェニキア(ティルス)以外秘密だったはずです
シクモナとカルメル地方はフェニキアの支配地域だったのでしょうか
それともフェニキア人とイスラエル人は特別な関係があったのでしょうか
0741世界@名無史さん2021/06/05(土) 04:25:57.950
聖書の記述によれば、ペリシテ人は「カフトル島から来たカフトル人」と呼ばれている
カフトル島は、今日ではクレタ島であるとの見解が示されることが多い

ペリシテ人は優れた都市建築者で鉄器の製造者であり、移住先に先進的物質文化が
持ち込まれたとされる
築いた都市の都市計画はヘレニズム・ローマ都市を思わせる規則性を有している
また優れた造船技術と航海術を持っていたとも思います
0742世界@名無史さん2021/06/05(土) 13:08:07.940
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/48/12_staemme_israels_cs.png/504px-12_staemme_israels_cs.png
イスラエル部族の領地の地図です
マナセ族の領地にドル(Dor)とテル・シクモナ(Tel Shikmona)が含まれています

https://www.bible-history.com/geography/maps/Map-Canaan-Twelve-Tribes.jpg
こちらではアシェル族の領地にドル(Dor)とテル・シクモナ(Tel Shikmona)が含まれています
Tyre(ティルス)は含まれますが、Sidon(シドン)は含まれていません

このアシェル族が海洋民族のチェケル人、ペリシテ人を取り込んで地中海の交易に出て、
また地中海に多くの植民市・交易地を作ったのではないでしょうか
ティルスだけ地中海に多くの植民市・交易地を持てた理由な気がします

フェニキアと一括りに呼んでますが、シドンはティルスと別の民族の都市です
フェニキアが領域国家を建設しなかった(出来なかった)のは、民族が異なった
のが原因ではないでしょうか
0743世界@名無史さん2021/06/05(土) 14:24:50.020
ダビデ王がペリシテ人と激しく争い領土を拡大し、アシェラ族の領地にかつての
ペリシテ人の領地があった可能性があるかもしれません
アシェラ族の領地は地中海沿岸地域ですので

イスラエル部族の領地の地図を検索すると、民族同士で争いがあったのか
それぞれの民族の勢力図(領地)の地図はいろいろあります
アシェラ族の領地にシドンがあったときもあるようです
このときにティルスの支配下になったまたは同盟を組んだとか言われた時期でしょうか

因みにペリシテ人を滅ぼしたのはヘブライ王国ではなくバビロニアです
https://www.afpbb.com/articles/-/3093577
0744世界@名無史さん2021/06/05(土) 16:55:29.180
>>743
訂正します、アシェラ族ではなく「アシェル族」(Tribe of Asher)です
新約聖書では「アスェル」と呼ばれる
0745世界@名無史さん2021/06/05(土) 17:35:42.470
>>741
クレタ島が鉄器のルーツってどっかで見たが
どうなんだろうか
ヒッタイト以前にすでに鉄器(鋼)はあった
それがどっから来たかということだが
ギリシャがクレタ島を支配して海の民が誕生した気がする
鉄がなければ大掛かりな海賊船は作れない
0746世界@名無史さん2021/06/05(土) 19:07:47.650
「申命記」によれば、カナン人とはイスラエル人に追い払われる7つの民の1つであった
「民数記」では、カナン人は地中海沿岸付近に居住していたに過ぎないともされる

旧約聖書には、アシェル族の町にカナ(Cana)がある
アシェル族がカナン人であり、のちにフェニキア人と呼ばれる人々ではないでしょうか
0747世界@名無史さん2021/06/05(土) 20:18:42.740
ヒクソスとクレタとの関係

「ヒクソスの活動とクレタとの関係は今日非常に注目されている要素である。
これはアヴァリスの遺跡(テル・アル=ダバア遺跡)で、クレタ島のクノッソス宮殿に
類似した「牛とび」を描いた壁画の破片が発見されたことと、クノッソスで発見された
第15王朝の王キアンのカルトゥーシュ名を記したアラバスター製水差しの蓋の存在に
よって、ヒクソスとクレタ文化圏の間に交渉があったことが明らかとなったためである。
特にアヴァリスで発見された壁画は、単なる模倣というよりはクレタ文化圏の人々が
この時期のエジプトに移住していたことを示していると考えられている。」

クレタ島からキプロス島に渡り、さらに東地中海沿岸にたどり着き陸路を通って
エジプトへ移住したのではないでしょうか
このクレタ島から来た人々の中には地中海沿岸に定住した人々もいたのではないでしょうか
それがアシェル族(アシェル人)であり、ペリシテ人ではなかったのではないでしょうか

聖書の記述によれば、ペリシテ人はアブラハムの時代にはすでにカナンの地に定住して
いたとされる程、ヘブライ人より前に定住していたと考えられます
アシェル族(アシェル人)は初めはヘブライ人に抵抗したが、後にヘブライ王国の支族に
なったと思います
一方でペリシテ人は最後までヘブライ人に抵抗したのだと思います
0748世界@名無史さん2021/06/05(土) 21:18:43.810
そのミノア文明が滅ぼされて、海の民が始まった
0749世界@名無史さん2021/06/05(土) 22:19:00.690
>>742
ほほう、これはなかなか

わたしがマナセをフェニキア人と判断した理由がまさにその辺りなのですが
おもしろそうなネタを拾ってこられました

ティルスはシドンの植民地というネタは
ちょこちょこ聞くのですが
根拠を確認したことは無いのです
0750世界@名無史さん2021/06/05(土) 22:29:02.180
アシェル族(アシェル人)の起源がクレタ島だとしたら、おそらくミケーネ人であり、
線文字Bを使用する人々であったと思います
アシェル族はレバントの人々の話す言葉が理解出来ず、相手が話す言葉の音を記録し、
後に勉強する必要があったと思います

線文字Bで音を記録するのは効率が悪く、それに代わる素早く簡単に音を記録出来る文字
が必要だったと思います
それがフェニキア文字だったのではなかったでしょうか
アシェル族が新しい場所で生きるために生まれた文字だったと思います
0751世界@名無史さん2021/06/06(日) 00:54:32.040
カナン人はセム系の言語を話した。また、何千年も前にこの地域に定住した初期の民族に由来すると長年考えられていた。しかし、カナン人の遺跡で発見された赤と黒の陶器に、考古学者たちは頭を悩ませてきた。北西に約1200キロも離れたカフカス山脈で見つかった陶器に酷似しているからだ。そのうえ、カナン人の名前の多くは、カフカスを起源とする非セム系言語であるフルリ語に由来すると、歴史学者は指摘する。

カナン人は、新石器時代の現地の先住民と、青銅器時代の始まり頃にこの地域に現れ始めたカフカスからの移民の混血であることが、遺伝子分析により証明された。
0752世界@名無史さん2021/06/06(日) 01:04:40.920
古代の中東にいた「カナン人」は、古代イスラエル人に征服され、歴史から姿を消した謎の民だ。
文字による記録をほとんど残さなかったこの謎の民については、近年研究が進んでいる。2017年には、現代レバノン人の遺伝的祖先の90%以上がカナン人にたどり着くとする研究成果を、英医学研究支援団体ウェルカム・トラストのサンガー研究所(当時、現英バーミンガム大学)の遺伝学者マーク・ハーバー氏らが発表している。
0753世界@名無史さん2021/06/06(日) 01:18:10.720
>>745
紀元前 1800年ごろ クレタ島の民が、山火事の焼け跡から隕鉄を発見、
鉄鉱石を高温で蒸し焼きにする直接製鉄の原理を発見。

紀元前 1700年ごろ クレタ島の技術をヒッタイトが継承し人工鉄製造法を開発。
門外不出の国家的な技術とする。
(最近の調査で鉄の製造は紀元前20世紀をさかのぼる可能性が指摘)

最初の製法は直接製鉄法: 木炭を低酸素下に熱して、CO→CO2により、
混焼した酸化鉄の鉱石を還元する。
0754世界@名無史さん2021/06/06(日) 08:28:39.840
>>751
ん?
カフカスの遺伝子プールはけっこう独特だったから
もし後代で流入があったら
はっきり解りそうではありますね

この前どっかで見かけたのでちゃんと読んでみようか
0756世界@名無史さん2021/06/06(日) 09:39:51.940
カナン人はヘブライ人に同化したと思います
つまりヘブライ王国の支族になったのではないでしょうか
フェニキアの植民市活動の時期とアッシリア、さらに新バビロニアによる侵攻、捕囚
が重なると思います
つまり商業的活動というよる亡命目的ではないでしょうか
0757世界@名無史さん2021/06/06(日) 11:35:55.580
アッシリアによる北のイスラエル王国の滅亡は、ヘブライ人にとって
大きな衝撃だったと思います
特にアッシリア捕囚は後に「失われた10部族(Ten Lost Tribes)」として語られて
ますが、記録がないだけでDNAによって住民が残っていたことが証明されています
その後のバビロニア捕囚もヘブライ人にとって歴史的な出来事でした

フェニキア人と呼ばれるヘブライ人の指導者は、恐らく亡命を考えたのでしょう
その候補地がカルタゴだったのではないでしょうか
カルタゴは他の植民市の特徴と明らかに違う理由ではないでしょうか

カルタゴの建国はいわば国家プロジェクトだったと思います
近くのウティカを初め、カディスやナウクラティスなど他の植民市からの人々も
建国の手伝いに駆り出されたのだと思います

既にあった都市を基にカルタゴが建設されたのでしょう
考古学的遺物とカルタゴの歴史上の記録のズレがそう思います
地元ベルベル人の許可、地代の話が残っていることもそう思う理由です

亡命先のカルタゴ「新しい都市」の誕生なのではないでしょうか
0758世界@名無史さん2021/06/06(日) 16:45:52.500
旧約聖書では、ダゴンはもっぱらペリシテ人の神として記され、その神殿はアシェル族
の土地となったベト・ダゴン(ヨシュア記19章27節)にあった

ペリシテ人の都市の名前もアシュドド、アシュケロンとアシェル族の名前と近いこと
から、アシェル族もペリシテ人だったと推測します
さらに言えば、クレタ島から来たミケーネ人だったと思います

アシェル族の領地にティルス、さらにテル・シクモナ(紫色染料生産工場)、カナ(Cana)
が含まれていること
カルタゴの政治体制がクレタと似ていたこと

以上ことからアシェル族がフェニキア人だったと思います
0759世界@名無史さん2021/06/06(日) 17:30:13.470
アシェル族の町、カナの英語表記は「Kanah」みたいです、訂正します
0760世界@名無史さん2021/06/06(日) 18:47:43.490
Tell Keisanはハイファとアッコの間のイスラエルのガリラヤ地域の地中海沿岸から
8 kmにある遺跡です
地中化沿岸より内陸にあった町です
銀の貯蔵庫が発掘され考古学的に注目されています

ここはフェニキア人の町とされています
バイクローム土器が発見されたからという理由です
>>740のドルのTel Dan遺跡と同じ理由です
素人の考えで申し訳ないですが、バイクローム土器の発見が直ぐにフェニキアと
結びつけるのはどうなんでしょう
しかもバイクローム土器はキプロス島で生産されていたという話ですし
ここはアシェル族の領地になっています
0761世界@名無史さん2021/06/06(日) 20:57:37.270
説明が足りなかったので補足させて下さい
バイクローム土器は地中海沿岸のペリシテ人の居住区でも発見されています
バイクローム土器はフェニキア人だけの特徴ではないのではと言いたかったのです
https://www.researchgate.net/figure/The-distribution-of-Bichrome-Wheel-made-Ware-in-the-Eastern-Mediterranean-b-A-typical_fig6_260800130

もちろん色々な考古学的な調査の上でフェニキア人の町と推定していると思います
0762世界@名無史さん2021/06/07(月) 01:27:10.580
>>753
> >>745
> 紀元前 1800年ごろ クレタ島の民が、山火事の焼け跡から隕鉄を発見、
> 鉄鉱石を高温で蒸し焼きにする直接製鉄の原理を発見。
>

ソースあります?
0766世界@名無史さん2021/06/07(月) 02:57:05.070
>>765
英語ではまだ調べていません
あくまでクレタ島経由ということで上の引用サイトを書いてみました

個人的にはこちらの説が有力かなと思っています
https://enkieden.exblog.jp/27529025/
アナトリアの「ハッティ人」が鉄を発明した民族と考えているようです
「この製鉄法は直接製鉄法(塊錬鉄製鉄法)と云って踏鞴製鉄の一種で、
比較的低温(800℃位か)で鉄塊を製造し、鉄塊を再度加熱製錬・鍛造(ハンマーで叩く)
する方法であった。」
0767世界@名無史さん2021/06/07(月) 09:44:45.090
>>765
鉄に関して面白そうな情報として

『Some archaeological evidence suggests iron was smelted in Zimbabwe and southeast Africa
as early as the eighth century BC.[94]
Iron working was introduced to Greece in the late 11th century BC, from which it spread quickly
throughout Europe.[95]』

可能性ですけどアフリカ大陸からギリシャに渡ったかもしれません
もしかしたら鉄の技術がギリシャに渡ったことで「海の民」が起こったかもしれません

『Artifacts of smelted iron are found in India dating from 1800 to 1200 BC,[90] and
in the Levant from about 1500 BC (suggesting smelting in Anatolia or the Caucasus).』

カナン人のDNAにコーカサスが入っていたと思います
コーカサスの鉄の技術をもった人々がレバントに来た可能性もあるしれませんね
0768世界@名無史さん2021/06/07(月) 10:28:06.050
『Samples of smelted iron from Asmar, Mesopotamia and Tall Chagar Bazaar in northern Syria
were made sometime between 3000 and 2700 BC.[88]』

かなり古い時代からシリアに鉄の痕跡はあるみたいですね

『The word ferrum itself possibly comes from the Semitic languages, via Etruscan,
from a root that also gave rise to Old English bræs "brass".[75]』

言葉の語源はイギリス方面からエトルリアを経由してレバントに入ってきたみたいです
0769世界@名無史さん2021/06/07(月) 16:37:58.570
旧約聖書 士師記 1: カナン人との戦い

「アシェル族は、アコ、シドン、マハレブ、アクジブ、ヘルバ、アフェク、レホブの住民
を追い出しませんでした。それでイスラエル人は、今なお、原住民であるカナン人と
いっしょに住んでいます。」

「ユダ族はエルサレムを占領し、住民を打ち、町に火をかけました。」
「ベニヤミン族は、エルサレムに住むエブス人を根絶やしにできませんでした。」
「ヨセフ族も、以前ルズと呼ばれたベテルの町を襲撃しました。」
「マナセ族は、ベテ・シェアン、タナク、ドル、イブレアム、メギドとその周辺の町々の
住民を追い出すことに失敗しました。」
「ナフタリ族は、ベテ・シェメシュとベテ・アナテの住民を追い出しませんでした。
彼らは奴隷として、イスラエル人に混じって暮らし続けました。」
「ダン族の場合は、エモリ人に圧倒されて山地へ追いやられ、谷に降りることが
できませんでした。」

アシェル族は、理由はわかりませんが、平和的にカナン人と共存していた様子が伺えます
>>752の「現代レバノン人の遺伝的祖先の90%以上がカナン人にたどり着く」もDNAが
証明していると思います

アシェル族の紋章は「オリーブの木」でオリーブ油により繁栄したそうです
ただ、旧約聖書における「アシェル族」についての記述はそう多くはありません
0770世界@名無史さん2021/06/07(月) 17:03:14.100
>>751
(カフカス山脈で見つかった陶器に酷似している)「カナン人の遺跡で発見された赤と黒の陶器」
この赤と黒のバイクローム土器がカナン人=フェニキア人を特徴付けているかもしれません

アシェル族はカナン人と共存していたこと(もしくはアシェル族=カナン人)
アシェル族の領地にティルス、さらにテル・シクモナ(紫色染料生産工場)が含まれ、
自営の農産物のオリーブオイルで繁栄していたこと

地中海の海洋交易の契機は何でしょうか
0771世界@名無史さん2021/06/07(月) 17:17:54.350
>>765
>>601 の「アナトリア」が鉄の製造、拡散に関係があるのかなと個人的な見解です
0773世界@名無史さん2021/06/07(月) 20:39:42.480
巻き毛の像ばかりだけど、これは割と真っ直ぐ?
それとも被り物?
因みにスペインのハンニバル胸像
0775世界@名無史さん2021/06/07(月) 22:50:45.600
>>767
ついにアフリカ製鉄ネタが復帰したのか
カナン人のDNA系統は記事はクリップしてたのだが
PCごとおなくなりになったのでもっかい見つかるかなぁ
0776世界@名無史さん2021/06/07(月) 23:23:25.790
コーカサスって書いてるけど
アルメニアの金石だな

アルメニアはその後にEBAで遺伝子の構成が換わってるんであれなんだけど、
それよりアシュケロンってペリシテのペンタポリスじゃなかったっけか
0779世界@名無史さん2021/06/08(火) 00:52:00.560
Tell Keisan(Tel Kisson)でフェニキア人の銀の貯蔵庫が発見された情報に関して
「Phoenician Bichrome jug in Stratum 9a, Area B, L635」
発見されたのは、フェニキア特有の「バイクローム水差し」みたいです

他に興味深い情報としては
「Tell Keisan along with Tel Dor are the only locations in the Near East where bundles sealed
with bullae have been found.」

近東で唯一「Tell Keisan」と「Tel Dor」だけで発見されたものがあります
「bullae」(ブッラ)は「古代メソポタミアを中心に使われていた粘土製の遺物を指す」
みたいです

>>766 の記事を書いた方が
「旧約聖書によると、4000年ほど前にアブラハムがシュメール(イラク)のウルから
ハラン(トルコ)に移り、更にカナン(イスラエル)に移動した。
このアブラハムの移住は、私見ですがシュメールとハッティの滅亡と関係があると
考えています。」

旧約聖書によれば、マナセ族とアシェル族はカナン人と同化したような描き方です
マナセ族とアシェル族はカナン人=フェニキア人ではないでしょうか
0780世界@名無史さん2021/06/08(火) 00:58:38.790
アブラハムのウルはシュメールじゃなくトルコだぞ
0781世界@名無史さん2021/06/08(火) 00:59:42.100
フェニキアはヘロドトスが紅海から来た民族って書いてるだろ

イスラエル人とともにカナン人の土地を奪った側
0782世界@名無史さん2021/06/08(火) 01:00:30.140
だからダビデ王はフェニキア王のヒラムと仲がよかった
イトバアルともイスラエルは関係が深かった
0783世界@名無史さん2021/06/08(火) 01:01:33.220
>>777
確かに年代が離れ過ぎだと思います

それでもギリシャに技術が伝わったかもしれないと思う根拠があるのでしょう
例えば、ギリシャで見つかった鉄の成分がジンバブエの鉄鉱石の成分に類似して
いるとか、ギリシャとアフリカの鉄の精錬過程が似ているとかですかね

ただこのルートは現在解明するのは困難でしょう
恐らくリビアの国が関わっているので、国の情勢の関係で調査が出来ないと思います
0784世界@名無史さん2021/06/08(火) 01:04:47.150
それならフェニキアがカルタゴに植民する以前にギリシャが基礎築いていた、とかでいいんじゃないか
0785世界@名無史さん2021/06/08(火) 02:45:57.810
Tel Dor(ドル)の記述に
「 It appears to have been within the territory of the tribe of Asher, though allotted to
Manasseh, (Joshua 17:11; Judges 1:27).」

ドルの都市に関してアシェル族とマナセ族が少し曖昧な表現になっていると思います
また、学者の中では聖書の内容からアシェル族とガド族はイスラエル起源ではない
という意見もあるそうです

>>779 アシェル族だけがカナン人=フェニキア人に訂正します
0786世界@名無史さん2021/06/08(火) 02:54:44.860
因みにガド族のガドは、セム族の幸運の神ガド(Gad)が由来ではないかということです
0787世界@名無史さん2021/06/08(火) 03:44:24.040
Tell Keisan(Tel Kisson)の英語のwikipediaに

『In the late Bronze Age, the settlement was significantly smaller[4] and a destruction level is
distinguishable around the early 12 century BCE. It was rebuilt and reoccupied at the beginning of
the Iron Age in the second half of the 11th century and appeared successful and "stratigraphically
undisturbed." It is hypothesized that during the Iron Age it was a Tyrian enclave of Phoenicia.[3]』

Tell Keisanはフェニキアのティルスの飛び地の領土ということになっていますが、
紀元前12世紀初め頃の「海の民」の襲撃で破壊され、紀元前11世紀半ばにアシェル族が
取り戻したのだと思います

紀元前11世紀半ばはヘブライ王国が誕生した頃です
「海の民」ペリシテ人とチェケル人、そしてカナン人と戦うために部族が協力し合い
共闘するために出来た国家だと思います
アシェル族は自力でチェケル人と戦えず、他の部族(マナセ族)との共闘でチェケル人
を征服したのだと思います

チェケル人が築いたドルは大規模な港湾都市であっただろうと思います
そこに残された船を使い、アシェル族は地中海の海洋交易に出たのではないでしょうか
0788世界@名無史さん2021/06/08(火) 03:57:41.420
紀元前11世紀半ばと書いてしまいましたが、正確に訳せば紀元前11世紀後半です

マナセ族とアシェル族はその後、ドルの支配に関して揉めたのではないでしょうか
それがどちらの領土かの記述に曖昧さが出ているのではないでしょうか
恐らくドルの支配はマナセ族に、船はアシェル族に、ということなったかもしれません
そこで、アシェル族はティルスを湾岸都市として築いたのではないでしょうか
0789世界@名無史さん2021/06/08(火) 10:10:30.780
アシェル族の領地にダゴンの神殿があったということで、ペリシテ人やクレタ島と
関係があると思いましたが、どうやら関係なさそうです
「bullae」(ブッラ)は恐らくチェケル人が残した痕跡ではないでしょうか
アシェル人、ペリシテ人、チェケル人の共通点として、メソポタミア文明の影響を
受けた人々なのだと思います

「メソポタミアの都市ヌジで発見された銘板では、赤あるいは紫の染料の同義語と
して "Kinahnu" の用語が使われ、どうやら有名なカナン人の輸出商品を指すらしい。
これもまた、「ツロの紫」で知られるフェニキア人と関連付けることが可能である。
染料は大抵の場合、その出身地にちなんだ名を付けられた。」

アシェル族の町にカナ「Kanah」があります
0790世界@名無史さん2021/06/08(火) 20:20:02.570
>>629
アシェラトだっけかなと思ったけど
アタルガディスでしたね
0791世界@名無史さん2021/06/08(火) 21:21:19.730
「古代の地中海世界」スレ より

【テュロス】

テュロスに初めて人が住み着いたのは青銅器時代初期か前3千年期の初めであること
が 1974年にパトリシア・ビカイが行った深いサウンディング調査で明らかににな
っている。
これはこの都市が紀元前2750年頃に建設されたという伝説とも一致する。

その最初の居住地は5百年かそれ以上存続したかもしれないが、明らかに放置されて
いる。
青銅器時代初期の地層の上にただの砂の厚い層(1m以上)が乗っており、
青銅器時代中期(前2000〜1600年)がまるまる含まれるほどの長い無人の
期間があったことがわかる。

ビカイの発掘で確認されたように、
テュロスは青銅器時代の後期の初頭、あるいは前16世紀に「再発見」され、
ときおり人が訪れるようになるが、
長いあいだ住人があったりなかったりのところに過ぎなかった。

ようやく永久的な集落ができたのが、考古資料から判断して前15世紀の終わり。
そして前14世紀の半ばには、いろいろな面で都会的発展を遂げている。
(ーーここまでーー)

紀元前15世紀頃に、アシェル族がウガリットから移住してきたのではないでしょうか
0792世界@名無史さん2021/06/08(火) 22:53:12.280
>>790
モデルの神がいたんですね
Atargatis, wife of Hadad, goddess of fertility and the chief goddess of northern Syria

「She is sometimes described as a mermaid-goddess, due to identification of her with a
fish-bodied goddess at Ascalon. However, there is no evidence that Atargatis was
worshipped at Ascalon, and all iconographic evidence shows her as anthropomorphic」
メソポタミア神話の神のモデルがいたんでしょうか?
0794世界@名無史さん2021/06/08(火) 23:08:06.410
>>789
ブッラは語感が記憶にあるので
前に調べた気がするが
全く記憶に残っていない、、、

そしてヤバイ画像が見つかってぞぞりました
0795世界@名無史さん2021/06/09(水) 00:40:14.970
>>794
「bullae」(ブッラ)は水疱という意味があるみたいですね
画像検索してゾッとしました

ペリシテ人とチェケル人の違いを考えていましたが、
「ウェンアメン旅行記」にはチェケル人しか登場せず、聖書ではペリシテ人しか登場
しません(ドルはマナセ族によって征服されたという記述のみ)
ペリシテ人=チェケル人なのでしょうか

「ドルの都市はチェケル人が定住する前からあり、チェケル人はこれを征服して
大きな要塞都市を築いたことが考古学的に確認されています。」

シドンの名前は旧約聖書に早くから登場しますが、ツロ(ティルス)はダビデの頃だと
思います
アシェル族はチェケル人を取り込んでティルスの港を湾岸・要塞都市に築いた可能性
もあるのかなと思います
造船技術や航海術、また地中海の水先案内人としてチェケル人を活用し、地中海交易
に出たのかもしれません
0796世界@名無史さん2021/06/09(水) 09:14:15.880
【動画:2000年前の古代遺跡公開、大理石の柱や劇場も イスラエル】

イスラエル考古学庁(IAA)は、イスラエル南部の都市アシュケロン(Ashkelon)にある、2000年前の遺跡を公開した。この遺跡は2000年前にエルサレム(Jerusalem)を支配し、聖書にも登場するヘロデ王(King Herod)の時代のもので、バシリカ(法廷や市場などが入った建物)とされる。
https://www.afpbb.com/articles/-/3349680
0797世界@名無史さん2021/06/09(水) 09:31:25.330
現在のイスラエル北部にあるテル・カブリ遺跡には、今からおよそ3700年前の紀元前
18世紀、カナン人の見事な宮殿があった。
6000平方メートルもの巨大な建物は現代のショッピングモールよりも広く、壁画が描
かれ、豪華な宴会場があり、倉庫には100個以上の大きな瓶(かめ)に詰めたスパイス
ワインが貯蔵されていた。
ところが同世紀中に突然この宮殿は打ち捨てられ、以後1000年近くにわたり利用され
た形跡がない。

>>791と同じような状況ですね
0798世界@名無史さん2021/06/09(水) 10:17:27.150
>>797
「念入りに調査した研究チームは、地震によって一瞬で崩壊したと結論付けました」

この時期は後のヒクソスと重なると思うですよね
地中海沿岸で大規模な地震が発生して、人々がエジプトに向かったのがヒクソスでしょうか
クレタ文化圏の人々がエジプトに移住してきた跡も見られるそうで、クレタ文明が
崩壊したのは地震の可能性もあるかもしれませんね
0799世界@名無史さん2021/06/09(水) 15:48:27.430
此処は他の歴史板と比べても、研究熱心な人が多いね
0800世界@名無史さん2021/06/09(水) 19:20:08.780
>>795
ペリシテとかチェケル、シチリアとかは海の民側の民族だろ

海の民は聖書にもでてくるようにキプロスにやってきてレヴァントを攻撃した民

フェニキアはそれを滅ぼした側
0802世界@名無史さん2021/06/09(水) 20:09:36.540
>>801
フェニキア人の祖先、カナン人の姿を描いたものって初めて見た
0803世界@名無史さん2021/06/09(水) 20:33:29.650
>>800
フェニキアが滅ぼしたってどういう意味?

>>743 の記事ではでペリシテ人を滅ぼしたのはバビロニア軍という記述があるけど?
チェケル人に関してはドルをマナセ族が征服したという記述だけだし、マナセ族は
ヘブライ王国(古代イスラエル王国)の支族の一つ

ヘブライ人(古代イスラエル人)がペリシテ人と激しく争っていたのは聖書から読み取れる
けど、フェニキアとどう関係がある?
0804世界@名無史さん2021/06/09(水) 21:04:48.320
>>801
これはおもろいな

ふいいきヒエログリフではなくて
実はパスワードとみました
0805世界@名無史さん2021/06/09(水) 21:13:11.140
>>802
カナンは地域名か行政区
0807世界@名無史さん2021/06/10(木) 16:39:52.710
>>806
この生贄の話はつい最近見かけて読んだよ
調査した子供の骨からは直前まで元気だった事が分かったって奴だよね
日本でも江戸時代迄人身御供はあったし、地中海あたりでもよくあったそうだから別に驚かないけど
文章にもある通り、直前まで元気だった点以外は確証となるものがないんだよなぁ
0808世界@名無史さん2021/06/10(木) 19:12:14.920
クレタ地震は東ローマ帝国支配下のギリシャ時代の365年7月21日(ユリウス暦)の夜
明け頃に発生した地震である。震源は東地中海のクレタ島近くと想定されている。地
質学者たちは今日、この海底地震のモーメント・マグニチュードが8.0以上であると見
積もっている。この地震は中央および南部ギリシャ、北部リビア、エジプト、キプロス
島、シチリア島、スペインなど広範囲に壊滅的な被害を及ぼした。クレタ島ではほぼ
全ての都市が破壊された。

【ギリシャの地震一覧】
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%81%AE%E5%9C%B0%E9%9C%87%E4%B8%80%E8%A6%A7

クレタ島の南に、アフリカプレートがエーゲ海プレートに沈み込むヘレニック弧 (Hellenic arc) があり、歴史的に地震が多い地域みたいです
0809世界@名無史さん2021/06/10(木) 22:59:31.510
「旧約聖書では、ダゴンはもっぱらペリシテ人の神として記され、その神殿は
アシェル族の土地となったベト・ダゴン(英語版)(ヨシュア記19章27節)にあった」

Beth Dagon or Dagan
「A city (Joshua 19:27) in the territory of the tribe of Asher near the territory of Zebulun,
southeast of Acre. Some scholars identify it with the Druze town of Beit Jann」

"Beith Jann"が指し示す場所がアシェル族の領地から外れているような位置、また
沿岸部ではなく内陸地にあるので、「Beth Dagon」が他の場所ではないかと思い
いろいろ考えてみました
(ダゴンが海の神ような扱いをされたのは、沿岸部に神殿があったからと考えが
あっての推測です)

https://hebrewnations.com/asherA.jpg
上記の地図に「Ladder of Tyre」がありその近くに「Hammon」という場所があります

「19世紀にエルネスト・ルナンが現在の テュルスとアッコの間にあるハモン
(Ḥammon)の遺跡(現在のUmm al-‘Awamid )を発掘しエール・ハモン(El-Hammon)
に捧げられた二つのフェニキア語碑文を発見した」
解釈にいろいろな説がありますが、その一つに
「エドワード・リピンスキー(英語版)は ダゴン神であると考えた」

ここがアシェル族のダゴンの神殿があった場所の可能性もあるのではないでしょうか
0810世界@名無史さん2021/06/10(木) 23:06:47.830
「ダゴン」のウィキペディアでは

「ダゴン(英: Dagon、ヘブライ語: דָּגוֹן [dagon])あるいは
ダガン(英: Dagan、 シュメール語: 𒀭𒁕𒃶 dda-gan)は、古代メソポタミアおよび
古代カナンの神」

アシェル族の起源はシュメル(シュメール)の可能性はあるのでしょうか
つまり、フェニキア人の起源はシュメル(シュメール)の可能性もあるのでしょうか
さらに、ハンニバル・バルカはシュメル人の末裔でしょうか
0812世界@名無史さん2021/06/10(木) 23:27:52.300
似てるなあ
ハゲやし
0813世界@名無史さん2021/06/10(木) 23:54:27.730
>>803
ヘロドトスがいうようにフェニキア人ってのは紅海からやってきた流民でそいつらがガレー船(衝角を相手にぶつけるタイプ)を発明し、海賊集団を駆逐して、その領土を奪った

聖書にもでてくる

キッテムの海岸から舟がきて、アシュルを攻めなやまし、エベルを攻めなやますであろう。そして彼もまたついに滅び去るであろう」。
こうしてバラムは立ち上がって、自分のところへ帰っていった。バラクもまた立ち去った。
(民数記 24章 24〜25節)

これが聖書にのってる海の民の唯一の記録
海の民、民族混成の海賊集団から領土を奪って、フェニキアは黒海からヨーロッパまで領土を広げ
アヒラム王の栄華、そしてソロモンの栄華という実際の出来事があった
0815世界@名無史さん2021/06/10(木) 23:58:05.950
>>810
アシェルはフェニキア人との国境に住んでた以外の接点はよく分からない
でもフェニキア人がシュメール人の末裔という説は聞いた事があるよ(因みに日本人にもシュメール人疑惑がかかっている)
ハンニバルの頃はもっと混血が進んでいただろうけど、シュメールの血が覚醒してたなら…
つぶらでso bigな瞳をしたハンニバル像が発見されるかもね
0816世界@名無史さん2021/06/11(金) 00:00:32.690
https://youtu.be/9XmUYtrWQIE?t=2366
三段櫂船(トリリーム)だがフェニキアの船を描いた壁画とかに出てくるのは二段

なんにせよ、フェニキアがこれを発明し、それ以前のギリシャ人の海賊を沈めまくった=交易独占

これに対して通常船じゃ対抗できない
0817世界@名無史さん2021/06/11(金) 00:01:53.760
「Lady of Ibiza」を始めフェニキア人やフェニキア文化の影響を受けたところの像は
目に特徴があると思います
実際のフェニキア人がそうだったか、偶像する神がそうだったかはわかりませんが、
シュメル(シュメール)文化の影響が残っているのではないでしょうか

「Lady of Ibiza」
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/a0/Dama_de_Ibiza_%28M.A.N._Madrid%29_01.jpg/230px-Dama_de_Ibiza_%28M.A.N._Madrid%29_01.jpg

「Hercules-Melqart」
https://www.worldhistory.org/uploads/images/5046.jpg?v=1618687818
0819世界@名無史さん2021/06/11(金) 00:07:25.320
>>814
アッカド人ですか
シュメール文化の影響を受けた人たちの方がいいですかね
0820世界@名無史さん2021/06/11(金) 00:09:25.270
>>810
シュメールのダゴンはそもそも西から伝わったので
それを根拠にシュメールからの伝播を云々するのは
非常に難しいと思う
0822世界@名無史さん2021/06/11(金) 00:12:43.950
ダビデ、ソロモンはフェニキアに結託する側で、ヒラム王やイトバアルとも関係が深い

つまりペリシテがフェニキアにも敵対する
0825世界@名無史さん2021/06/11(金) 00:21:22.080
聖書にはモーセ五書に海の民と思われる「キッテムからの船」がでてきて
その後の記述に海の民は全く出てこない
時期的には士師記がその時期だが、海の民のうの字もでてこない

それが終わった時にはすぐにヒラム王という歴史、考古学の実在の人物が出てくる
0826世界@名無史さん2021/06/11(金) 00:28:21.000
シュメール国家は滅亡したと言われています
シュメール人はどこへ行ったのでしょうか
移動した人々もいたのではないかという、あくまでも可能性です
0828世界@名無史さん2021/06/11(金) 00:33:40.050
>>826
シュメールは社会保障があったり学校があったりしたが、文化が停滞的だった
だからアムル人、アッカド人の支配を受け入れ、取り込まれた
シュメールはおそらくコーカソイドじゃないな
0829世界@名無史さん2021/06/11(金) 00:35:18.530
シュメールの楔形文字の翻訳してる本が図書館にあると思うが、
ほとんど「文学」じゃないんだよ
日常の一コマやことわざとか格言とか、そんなんばっかり

アッカド支配になると、これが「文学」となり、彫像はほぼ写実的「芸術」になる
0830世界@名無史さん2021/06/11(金) 01:07:27.470
>>801
海の民が跋扈していた時代
BC1200年あたりはカナン地方の船が海賊に沈められたりしてた
この時期はギリシャ暗黒時代ではない
それが突然消え去ってギリシャが暗黒時代に突入

フェニキアが衝角つきガレー船を発明し
海賊船を片っ端から沈めまくった

そしてヒラム王、ティルスの栄華、ソロモン王はエイラトを支配して紅海側で同じように貿易を開始する
ユダヤ人はフェニキア側
アッシリアがティルスを包囲してレヴァント海岸部分を支配して、ギリシャがフェニキアの支配をとかれ、
BC8世紀あたりからギリシャが暗黒時代でなくなり、フェニキア文字を転用して独自の文字を持ち、海軍を持った(ガレー船)
ギリシャはフェニキアの二段の櫂船を改良して三段櫂船、有名なトリリームを作り、海から世界を支配
ローマに受け継がれる
0831世界@名無史さん2021/06/11(金) 02:20:43.940
シュメル(シュメール)は根拠がなく強引だったと反省してます

アシェル族は
ヌジ(または近郊の都市) → ウガリット(又は近郊の都市)→ アシェル族の領地
と移動してきたと思います
上の3つの都市を繋げるのが「(赤)紫の染料」です

ヌジは >>789 が理由です
ウガリットは >>395 と「ウガリット文字」が理由です

アシェル族の領地は >>742 で示した地図の中に、「ツロの紫」ティルス(Tyre)
紫色染料生産工場の可能性のある >>628 のテル・シクモナ(Tel Shikmona)
フェニキア人の銀の貯蔵庫が発掘されたTell Keisan(Tel Kisson)
Kanah(カナ)の町があります

アシェル族の紋章は「オリーブの木」でオリーブ油により繁栄したそうです
聖書の申命記33章24−25節
「アシェルは子らの中で、最も祝福されている。その兄弟たちに愛され、その足を、
油の中に浸すようになれ。あなたのかんぬきが、鉄と青銅であり、あなたの力が、
あなたの生きるかぎり続くように。」
0833世界@名無史さん2021/06/11(金) 02:30:08.150
フェニキアを含まないイスラエルの領地をわりふったものだから
ティルスが含まれるなんてのはおかしい
0834世界@名無史さん2021/06/11(金) 02:43:33.870
ヌジの近郊の都市としてマリ、テルカがあり共にダゴンの神殿が発見されています

アシェル族に注目したきっかけは、>>682 の記事です
紫色染料生産工場がなぜヘブライ王国(古代イスラエル王国)の領地にあったのかという
疑問からです
0835世界@名無史さん2021/06/11(金) 02:47:58.710
それはフェニキア人がカナン人から奪ったものだから
ユダヤ人に生産をゆだねてもよかったんだろう

聖書のいうとおりカナン人、アモリ人などは滅ぼされ絶やされた

アマルナ文書にその危機を訴える書簡があるだろう
0836世界@名無史さん2021/06/11(金) 03:17:12.060
シュメル(シュメール)を起源にしたのも全く根拠がなく書いた訳ではありません
>>779>>766 の記事を書いた方が
「旧約聖書によると、4000年ほど前にアブラハムがシュメール(イラク)のウルから」
というところです
0837世界@名無史さん2021/06/11(金) 03:30:07.410
アブラハムの故郷ウルは川向こうのウル
シュメールは川向こうではなくなる
カルデアの故地のウル、だからアブラハムはカルデア人と呼ばれる
トルコのウルファがアブラハムの故郷
0838世界@名無史さん2021/06/11(金) 12:35:34.300
>>240
やはり最古の文明の発祥地なのか、、、
0839世界@名無史さん2021/06/11(金) 16:55:07.660
【Long-lost Phoenician figurines could reveal secrets to ancient cult】

They believe that there were so many objects in this single location because they were
offerings of a cult that seems to be related to fertility, rather than the cargo of a
shipwreck. Many figurines bear markings and symbols connected to Tanit, a Phoenician
goddess.
https://m.jpost.com/israel-news/figurines-forgotten-in-haifa-for-decades-tell-tale-of-phoenician-cult-641482

東地中海沿岸の都市「Shavei Tzion」でタニト信仰の跡が発見されました
0842世界@名無史さん2021/06/11(金) 17:31:01.410
因みに「Shavei Tzion」もアシェル族の領地内にあります
0843世界@名無史さん2021/06/11(金) 18:43:44.300
Identification with biblical Ur

Ur is possibly the city of Ur Kasdim mentioned in the Book of Genesis as the birthplace
of the Jewish, Christian and Muslim patriarch Abraham (Ibrahim in Arabic), traditionally
believed to have lived some time in the 2nd millennium BC.[24][25][26] There are
however conflicting traditions and scholarly opinions identifying Ur Kasdim with the sites of Şanlıurfa, Urkesh, Urartu or Kutha.

Ur(ウル)については色々な説があるということですね
0844世界@名無史さん2021/06/11(金) 21:37:00.680
そもそもカルデア(新バビロニア)のウルだからシュメールってのがおかしいだろ

「日本の大阪」とかだったらあの大阪しか表さないのに
大日本帝国で領土が増えたら場所が変わったりしたのか?
0845世界@名無史さん2021/06/12(土) 00:35:06.140
「(赤)紫の染料」で遡れるのは今のところ「ヌジ」までです
「ヌジ文書」(Nuzi texts)でその存在を確認出来ます
それ以上遡るのは考古学的発掘がないとわからないです

「Tel Shikmona」 「Tell Keisan(Tel Kisson)」「Shavei Tzion」で発掘された遺物が
フェニキアを示しています
イスラエル=ユダ連合王国、次いでイスラエル王国の一部であったと推測されていた
場所からの発掘であり、その理由がアシェル族にあると考えているところです
0846世界@名無史さん2021/06/12(土) 01:51:40.770
【Mysterious fortress may hold key to solve enigmas of biblical Galilee】

“The area of the mountainous Upper Galilee remains very much a mystery,” Dr. Hayah Katz,
a senior lecturer at Kinneret Academic College’s Department of Land of Israel Studies,
told The Jerusalem Post.
“First of all, I believe that the fortress has to be dated to a period between the 11th and the first half
of the 10th century and not later, while previously it was believed to have been erected any time
between the 11th and the ninth century [BCE],” she said.
The pottery unearthed in the area also backs a mixture of Canaanite, Phoenician and even Cypriot
influences, Katz said.

発掘された陶器から"Upper Galilee"ではカナン人、フェニキア人、そしてキプロス人の
影響が混ざり合っていることを裏付けていると話しています

"Upper Galilee"はアシェル族の領地であり、キプロス人はチェケル人を示している
かも知れません
0848世界@名無史さん2021/06/12(土) 02:05:42.870
チェケル人はキプロス島から、ペリシテ人はクレタ島からの「海の民」
ということですかね
0849世界@名無史さん2021/06/12(土) 03:10:43.100
アシェル族について
実際には「海の民」ウェシェシュ人(Weshesh)が起源ではないかという説もあるそうです
「Weshesh」は英語での転載で、元は「Uashesh」であり、ヘブライ語で「Uash」の男性と
解釈出来るそうです

「Uash」がどこの地域かわかりませんが、メソポタミア方面に関係がありそうな単語が
ひっかりましたが「the ancient city mound(Kültepe, uAsh mound')」詳細はわかりません

ウェシェシュ人は船で海から来たのではなく、東地中海沿岸の陸地を上から下に
向かってエジプトに来た集団の可能性はないでしょうか
その集団の中に「(赤)紫の染料」の技術も持った人たちが含まれていた可能性はない
でしょうか

>>846 のカナン人、フェニキア人、そしてキプロス人が形成する集団、アシェル族に
なったのではないでしょうか
0850世界@名無史さん2021/06/12(土) 03:18:57.770
「英語での転載」ではなく「英語での転写」が正しいです
0851世界@名無史さん2021/06/12(土) 04:40:03.730
「Kültepe」で検索すると

キュルテペ(「灰の丘」を意味する)とあり、「Uash」は「灰」の意味みたいですね
他に「ヒッタイト人はこの町を自分たちの原郷とする伝説を持っていた」とあり、
ウェシェシュ人(Weshesh)はヒッタイト人の集団だった可能性があるかも知れません
0852世界@名無史さん2021/06/12(土) 05:08:48.230
アシェル族が、オリーブの木が生い茂る"Upper Galilee"(上ガリラヤ)を領地に持ち、
染料の技術者、鉄の技術者、そして海洋の技術者の集団であったなら
地中海交易で栄えたのもわかる気がします
0853世界@名無史さん2021/06/12(土) 05:40:16.930
>>285の ダビデ王とソロモン王の富を支えていたであろうティムナ渓谷の銅山
青銅には錫が欠かせないので錫のルートを確保出来たことが、ダビデ王、ソロモン王
とアシェル族を強く結び付け、地中海交易で繁栄した要素の一つだと思います
0854世界@名無史さん2021/06/12(土) 06:22:52.660
ヒッタイトは鉄の技術を秘密にし独占してきました
アシェル族でも同じように、(赤)紫の染料の技術を秘密にし、>>479 で記述したように
錫のルートも秘密にし独占してきたと思います
0856世界@名無史さん2021/06/12(土) 09:21:53.690
丸呑みしたのか、ピータンでも作る気だったのか…
0857世界@名無史さん2021/06/12(土) 20:24:03.460
【Drainage Workers Uncover 2,300-Year-Old Punic Tomb in Malta】

The roughly 2,300-year-old burial site contained two urns filled with cremated remains
as well as the bones of an adult and the articulated skeleton of a young child laid on its
back. Artifacts such as a complete amphora, an oil lamp, a glass perfume bottle, and
pottery typical of the period were also found.
https://www.artnews.com/art-news/news/drainage-workers-uncover-2300-year-old-punic-tomb-in-malta-1234594595/

およそ2,300年前のカルタゴ人の墓をマルタで発見
0858世界@名無史さん2021/06/12(土) 22:14:36.240
>>857
やっぱり火葬の文化があったんだね
より詳しい続報を期待したい
0859世界@名無史さん2021/06/12(土) 22:45:06.020
>>858
>>839 の記事も"cult"の単語を使っているので正確に訳せば、「タニトの信仰」ではなく
「タニトの儀式」が適切だったと思います

記事の内容でも
「Another possibility is that these votive offerings were meant as a substitute for
the then-common practice of child sacrifice.」
子供の「生贄(いけにえ)」の話が出て来ます
少なくとも人骨が発見されてないので、「信仰」という単語を選びました
0860世界@名無史さん2021/06/12(土) 22:56:33.140
もちろん"cult"は「儀礼・祭祀」という普通の宗教用語でありますけど、
なんとなく現代用語の「カルト」にはマイナスイメージがありまして
0861世界@名無史さん2021/06/13(日) 00:37:45.140
【Chemical Analysis Sheds New Light on Ancient Greek Battles of Himera】

The first battle of Himera in 480 BCE was a resounding Greek Sicilian victory. A later battle in 409 BCE was decidedly not. So, what changed?
https://www.courthousenews.com/chemical-analysis-sheds-new-light-on-ancient-greek-battles-of-himera/

紀元前480年の最初のヒメラの戦い(第一次シケリア戦争)ではギリシア・シケリアが
カルタゴに勝ちましたが、紀元前409年の二度目のヒメラの戦い(第二次シケリア戦争)ではカルタゴに大敗北を期しました
その違いをギリシア側から科学的に検証しています

最初の戦いで埋葬された兵士たちは綺麗に向きも揃えられ並べられていた一方、
二度目の戦いで埋葬された兵士は無造作に並べられていて、大敗北を期した為では
ないかと話しています

埋葬された兵士の歯を調べて、最初の戦いで埋葬された兵士は多数の国外からの傭兵
が占めていましたが、二度目の戦いで埋葬された兵は4分の3は地方出身者ということ
です
つまり、二度目のヒメラの戦いでは自国だけでカルタゴと戦わなければいけない状況
だったのではと話しています
0862世界@名無史さん2021/06/13(日) 01:18:20.550
上の記事は、ギリシアでは金で雇われた傭兵が戦争において重要な役割を担っていた
という趣旨の話です
0863世界@名無史さん2021/06/13(日) 02:21:13.670
クレタ島で大量の"Murex"の貝殻が見つかり、陶器からミノア中期の紀元前20世紀から18世紀に紫色の染め物が行われたのではないかという話があります
ミノア人が「Tyrian purple」の起源ではないかという説です

また、南イタリアの「Coppa Nevigata 」で堆積された"Murex"の貝殻が小屋から
発見され、紫色の染め物が紀元前18世紀から行われていたのではないかという
話もあります
「Coppa Nevigata 」ではミケーネ文明のセラミックの破片が発見されています
0864世界@名無史さん2021/06/13(日) 03:06:01.110
>>366
アルファベットの碑文は陶磁器の破片に書かれていて、
陶磁器のミルクボウルはキプロス島から輸入されたものらしいです

碑文は破片に後から書かれたものなのか、初めからミルクボウルの内側に
書かれていたものなのか、記事から判別出来ませんね
0865世界@名無史さん2021/06/13(日) 03:17:11.410
>>851
ほーう、灰はなんか引っ掛かるとこあるな
そういうリンクさせかたもあるのかw
0866世界@名無史さん2021/06/13(日) 09:58:09.060
>>861
ヒメラの戦いはカルタゴの大軍団が暗殺部隊によって壊滅させられた話ばかり出るけど、二度目はしっかり勝ってるんだよね
0867世界@名無史さん2021/06/13(日) 10:00:39.400
ローマによって資料が焼き尽くされたとしても、発掘調査と最先端の科学分析によって新たな歴史を見つけ出してほしい
ところでエジプトはよく地下に大事なものをしまっておくようだけど、カルタゴにはそういう地下空間は無いのかな?
0868世界@名無史さん2021/06/13(日) 18:23:47.220
>>865
Kültepe (Turkish: "Ash Hill" and Persian: کل تپه koltape)
It consists of a tell, the actual Kültepe, and a lower town, where an Assyrian settlement was found.

"Ash Hill" = "uAsh mound'"
さらに
In archaeology, a tell or tel (borrowed into English from Arabic: تَل, tall, 'mound' or
'small hill')
"Tell" or "Tel" = "mound" or "small hill"

アシェル族の領地に「Tell」または「Tel」で始まる都市がいくつか存在するのも
ヒッタイト人の影響があるのではと思います
0869世界@名無史さん2021/06/13(日) 21:19:26.760
テルはまんまマウンドで
崩れた煉瓦の山だから
そこは大概過去の都市の跡だよ
0870世界@名無史さん2021/06/13(日) 23:13:22.980
過去の都市の跡という意味ですか
都市の名前という訳ではないんですね
0871世界@名無史さん2021/06/13(日) 23:21:00.860
【40 tombs with humans buried in pots discovered in Corsica】

An ancient necropolis with 40 tombs, including cylindrical jars filled with human remains,
has been discovered on the French island of Corsica.
The design of the amphoras indicates that they are from North Africa, with some possibly
being manufactured in Carthage.

詳しい調査の結果待ちです
0873世界@名無史さん2021/06/14(月) 01:08:20.450
Archaeologists excavating a Minoan settlement have found the discarded remains of
Hexaplex trunculus shells, used in the production of the color purple―as well as gold
jewelry and copper vases.

The discoveries were made at a location to the west of Chryssi, a small island near
Crete, where ancient carved fish tanks can still be found preserved on the beach.

According to the Greek Ministry of Culture and Sports, the site, a large multi-room dwelling, would have been involved in the craft production of Tyrian (or "royal) purple dye, an extremely expensive and highly prized commodity, in the Late Minoan period circa 1800 to 1500 BCE.
https://www.newsweek.com/ancient-greek-minoan-settlement-purple-dye-shells-fish-tanks-1469900

クレタ島近くの小さな島で「Tyrian purple」の可能性を示唆しています
この記事ではありませんが、ミノア文明のクレタ島が「Tyrian purple」の起源で、
フェニキア人は交易を通して学んだのではないかという説があります
0874世界@名無史さん2021/06/14(月) 01:08:28.060
>>870
ざっくりそのイメージで良かと思います

トルコ語なのか他からきてるのか知らないですが
テペも一緒のことが多いと思いますね
0875世界@名無史さん2021/06/14(月) 02:04:10.540
「murex sea snails」について

At least three species of murex sea snails produce the color-changing liquid, and the
dye’s final shade depends on the species used, the length of exposure to the elements,
and the type of fabric.

染料の元となる「murex sea snail」と呼ばれる巻貝にも3種類あり
"Hexaplex trunculus","Bolinus brandaris","Stramonita haemastoma"
それぞれ特徴があるみたいです

フェニキア人は他の紫色と違う「Tyrian purple」と呼ばれる独特の紫色を生み出す技術
を獲得した可能性があるのではないでしょうか
0876世界@名無史さん2021/06/14(月) 02:12:47.920
>>874
ありがとうございます
アシェル族は鉄の技術を持った集団のように旧約聖書では描かれていると思います
それをどこで手に入れたかははっきりわかりません

「Tell Keisan(Tel Kisson)」でフェニキア人の銀の貯蔵庫が発掘されました
個人的にはこの近くに、金属加工の工房や製鉄所が見つかって欲しいなと思ってます
ただ、さらなる発掘調査はコロナの関係で延期されています
0877世界@名無史さん2021/06/14(月) 02:51:43.480
Tel Shikmona(テル・シクモナ)は居住区ではなく工場だったと考えられています
defensive walls(防御壁)とolive presses(オリーブの搾油機)も発見されています
0878世界@名無史さん2021/06/14(月) 16:27:46.910
【Archaeologists discover Phoenician family tomb in ancient city of Achziv】

Archaeologists have discovered the remains of an entire Phoenician family buried together in
a tomb in Achziv, an ancient population center on the Mediterranean coast near the northern
city Nahariya.

In 2017, a joint team from Jerusalem’s Hebrew Union College and France’s Lyon University
uncovered the bodies of a man, woman and small child in an approximately 2,800-year old
cist-grave, a burial site surrounded by rocks and covered with stone slabs, the Haaretz daily
reported Tuesday. The child was between three and five years old.

It was mentioned in the Bible as part of the territory allotted to the tribe of Asher but the Israelites
were recorded as having failed to conquer the key city.
https://www.timesofisrael.com/archaeologists-discover-phoenician-family-tomb-in-ancient-city-of-achziv/

「Achziv」でフェニキア人の家族の墓が発見されました
およそ2,800年前の男性と女性、そして3歳から5歳の子で、上級クラスに属していた
のではということです

https://static.timesofisrael.com/www/uploads/2012/05/Figurine-of-bathing-woman-Achzib-Pottery-8th-7th-c.-BCE-640x400.jpg
(The figurine of the bathing woman was buried in a Phoenician grave in the 8th or 7th century B.C.E. )
カルタゴ人のお風呂好きはフェニキア人から受け継いでいるのでしょうか
0879世界@名無史さん2021/06/14(月) 17:45:40.840
>>878
家族が一緒に亡くなったのか、個別に亡くなった家族を同じ棺に入れたのか
何にしても家族という意識がしっかりあったんだろうね
この湯船に浸かりながら足を洗ってるぽい女性は埋葬された奥さんがモチーフなのかな?
2800年も前の物なのに、まるで現代人の様だよ
0881世界@名無史さん2021/06/15(火) 00:02:49.600
>>876
ペリシテは鉄の技術もってたがダビデ側は持ってなかった

クレタ島由来じゃね
0882世界@名無史さん2021/06/15(火) 02:39:58.870
【This 2,400-year-old statue reveals insights into ancient Spain】

Carthaginian influence manifested on the Lady of Baza’s spiritual purpose.
Her winged throne alludes to a goddess, as does the pigeon she holds in her left hand.
Scholars believe these avian symbols refer to the Phoenician deity Tanit, a mother goddess and
chief deity in the western Mediterranean.
https://www.nationalgeographic.com/history/history-magazine/article/2400-year-old-lady-baza-statue-reveals-insights-into-ancient-spain

ナショナル・ジオグラフィックの「Lady of Baza」(バサの貴婦人)の特集の中で、
「Lady of Baza」はカルタゴ、女神タニトの影響を受けているという話があります
(「Lady of Elche」も記事の中で触れています)

個人的には「Lady of Baza」はキュベレー(クババ、マグナ・マーテル)だと思います
ギリシア、ローマの地中海北側の影響を受け、イベリア半島に渡ったと思います
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/ef/Kourotrophe_phi-figurine_Louvre_CA1872.jpg/537px-Kourotrophe_phi-figurine_Louvre_CA1872.jpg

https://images.metmuseum.org/CRDImages/gr/original/DP155777.jpg
https://images.metmuseum.org/CRDImages/gr/original/DP339426.jpg
0883世界@名無史さん2021/06/15(火) 08:58:13.090
【Archaeologists strike gold on Crete】

at Zominthos, at an altitude of 1,200 meters above sea level, approximately 7 kilometers
west of Anogia.

After cleaning and some serendipitous rainfall, a small part of a gold sheet was discovered.
And so, this year, I decided to count the stones and raise the cobbled altar. And what a surprise:
a burned tree trunk, lined in gold! We discovered 90 gold sheets, small plates, which must have
been attached to the altar or scattered around it. It seems to have been a ritual idol,
a xoanon (wooden image of a deity), next to which we found shells, a beautiful seal etc.”
https://www.ekathimerini.com/culture/258159/archaeologists-strike-gold-on-crete/

クレタ島のでZominthosで古い祭壇の跡とみられる場所で「gold sheets」を発見したそうです
Zominthosはミノア時代の遺跡です
詳しい調査の結果待ちですが、もしかしたら紀元前2,000年より前の可能性もあるのでは
ということです

「Lady of Zominthos」
https://journals.openedition.org/acost/docannexe/image/2833/img-2.jpg
0884世界@名無史さん2021/06/15(火) 13:36:06.300
>>883
何か横顔とか動物ぽい
0885世界@名無史さん2021/06/15(火) 16:50:13.150
【The Silver Rush: New Technologies Remap Phoenician Expansion in the Mediterranean】

The silver in the oldest hoard, from the second half of the 10th century B.C.E, found
in Tel Dor on the coast of northern Israel, came from eastern Anatolia and Sardinia.
In contrast, the silver from Ein Hofez, which is 50 to 100 years younger than the first
cache, is almost completely from the Iberian Peninsula.
https://www.haaretz.com/archaeology/the-silver-rush-new-technologies-remap-phoenician-expansion-in-the-mediterranean-1.6975559

特にフェニキアからの銀が多く貯蔵されていたイスラエルの「Tel Dor」「Acre 」「Ein Hofez」の3都市に焦点を当て、鉛同位体の分析によって、フェニキア人の地中海
における交易の広がりを検証しています

分析の結果、一番古い銀は10世紀後半の「Tel Dor」の東アナトリア地方と
サルディーニャ産であり、対照的に「Ein Hofez」の銀はほとんどがイベリア半島産
となっています
その期間は僅か50年から100年という間で、紀元前10世紀から9世紀の間に西地中海
まで交易を広げっていったと推測しています
従来研究者が考えていた以上に、フェニキア人は短い期間で地中海の交易範囲を西
まで広げていったのではということです
0886世界@名無史さん2021/06/15(火) 19:28:03.580
>>885
これは良いかなり興味あります
もしかしてコインに年代記載されてるんかな
0887世界@名無史さん2021/06/16(水) 01:10:17.070
フェニキアは先端を相手船にぶちあてるガレー船とともに考えよう

あれがあれば地中海を席巻でき
しかも誰が船を沈めたのかもわからない完全犯罪が成立する
アッシリア支配まで400年ヨーロッパから北アフリカ、黒海まで支配してたのがフェニキア
0888世界@名無史さん2021/06/16(水) 01:23:53.670
>>886
コインにご興味があるということで、こちらはご存知でしょうか

【Rare coin pilgrims used to pay Temple tax found in Old City of Jerusalem】

Ancient Hebrew, Greek, and Latin texts frequently mention the Tyre coin or Tyrian
shekel, but only a few have ever been excavated.

The Tyrian shekel was produced from 125 BCE-70 CE, when the Romans destroyed
the Second Temple.

https://www.israelhayom.com/wp-content/uploads/2021/03/tyre-coin.jpg
(One side of the coin is impressed with an image representing the god of the
Phoenician city Tyre, while the other bears the imprint of an eagle.)
0889世界@名無史さん2021/06/16(水) 02:39:24.830
>>882
キュベレーはディオニューソスと明らかに類似性が見られるという記述と、
タンバリンの楽器を持っている像もあるということで、
思い出したのがナウクラティスで発見された像です
http://imepic.jp/20210616/077170
http://imepic.jp/20210616/077180

ナウクラティスのsanctuary of Aphroditeではタニトからインスピレーションを受けた
ギリシャ神話の神が誕生しています

キプロス島のFrangissaにはsanctuary of Aphrodite and sanctuary of Cybele の
両方があり、>>882の「Kourotrophos」と呼ばれる"地母神"とナウクラティスで
タニトの影響を受けた楽器を持った上の写真の神と合わさり、キュベレーが
誕生したのかもしれません

そういえば、HaifaやAcre付近で発掘された音楽隊のような像もタニトの影響
なんでしょうか
https://cdn.jwa.org/sites/default/files/mediaobjects/women_and_hand_drums_terracotta.jpg
0890世界@名無史さん2021/06/16(水) 18:17:02.090
【9th Century BC Moat to Protect Phoenician Settlement Excavated in Spain】

Archaeologists working at a in the Alicante province of Spain have just discovered a large moat.
This emphasizes the defensive actions taken by the settlers against the hostility they faced when
they lived on the Iberian coast between the 8th and 9th century BC.

Fernando Prados said that the metallurgy workshop was in use between approximately 700 and
650 BC, “a time that corresponds to the second phase of life of this town founded around 780 BC
and partially destroyed by an earthquake that occurred around 730.
https://www.ancient-origins.net/news-history-archaeology/phoenician-settlement-0014656

スペインのAlicante(アリカンテ)で発見されたフェニキア人が築いた大きな堀は、
紀元前9世紀から8世紀頃の、地元住民との衝突の為に作られたとされています
堀は手作業で掘られ、ノミの跡も見られるということです
フェニキア人の都市Cadiz(カディス)またTell Dor(テル・ドル)やBeirut(ベイルート)
でも同じような堀が発見されています

居住区以外に冶金(鍛治)の工房の跡もあり、作業台、炉(かまど)、鍛造器具、精錬道具、
また方鉛鉱も発見され、およそ紀元前700から600年頃に使用されたと考えられています
防御壁も発見され、この場所は冶金(鍛治)、交易の重要な場所であったと思われています

紀元前780年頃からこの町の生活が第2次フェーズに移行し、紀元前730年頃に発生した
地震により、紀元前700年頃には放棄されたと推測されています
0891世界@名無史さん2021/06/16(水) 18:53:13.160
疫病も怖かったけど、フェニキアにおける自然災害の発生率は思ったより高そうだ
0894世界@名無史さん2021/06/16(水) 23:56:13.430
>>873と同じクレタ島近くのChrysi島についての記事です
【Gold and Jewels Found on Minoan Island Devoted to the Color Purple】
https://www.livescience.com/gold-jewels-found-on-island-purple.html

Chrysiは現在は無人島ですが、
3,800から3,500年前のクレタ文明のProtopalatial and Neopalatial 時代に栄えていた
のではということです(金や銀、また宝石などが発見されています)

海岸線沿いに石で出来た円形の水槽の跡が見られるそうです
murexの巻貝の養殖も行なっていたのではと推測されています
ミノア人は約4,000年前から紫の染物を始めていたのではと考えられています

https://www.archaeology.org/images/ND2020/Letter_From/Israel-Roman-Pool.jpg
こちらはTel Shikmonaの海岸で発見されたローマ時代の水槽です
おそらく似たような水槽の跡がChrysiで発見されたのではと思います
0897世界@名無史さん2021/06/17(木) 19:02:20.730
クレオパトラの宮殿といい、地中海はいつから水位が上がったのだろう
0898世界@名無史さん2021/06/17(木) 19:46:19.740
600万年前ぐらいにヘラクレスの柱が決壊してからですね
0899世界@名無史さん2021/06/17(木) 23:30:08.800
Chryssi(Chrysi)島で見つかった染料の跡です
https://en.protothema.gr/wp-content/uploads/2019/11/minoa9.jpg
記事では"Hexaplex trunculus"の巻貝の跡が見つかったそうです

フェニキア人の「Tyrian purple」は"Bolinus brandaris"の巻貝の分泌液を染料にして
いたらしいので、色が違うのかもしれません

Chryssi(Chrysi)島で他に発見されたものです
https://en.protothema.gr/wp-content/uploads/2019/11/minoa7-670x1024.jpg
https://en.protothema.gr/wp-content/uploads/2019/11/minoa8.jpg
https://d.newsweek.com/en/full/1542915/gold-beads.png?w=790&;f=c44801d8fda7e3be6a219a5372e228ad
0900世界@名無史さん2021/06/18(金) 00:21:19.480
旧約聖書 士師記 1: カナン人との戦い

「アシェル族は、アコ、シドン、マハレブ、アクジブ、ヘルバ、アフェク、レホブの住民
を追い出しませんでした。それでイスラエル人は、今なお、原住民であるカナン人と
いっしょに住んでいます。」

旧約聖書 申命記 33
24 アシェル族への祝福のことば。

「アシェルは兄弟のだれよりも愛されている息子。
神様の怒りを静めるオリーブ油に足をひたし、
25 鉄と青銅の頑丈なかんぬきに守られ、
生きる限り力にあふれているように。
26 エルサレム(エシュルン)の神様のような神は、ほかにありません。
神様はあなたを助けようと雲に乗り、
おそれ多くも天から下られます。
27 永遠の神様があなたの避難所。
永遠の御手があなたを支え、敵を追い散らし、
『滅ぼせ』と命じます。
28 しかし、イスラエルは平和です。
穀物とぶどう酒はあふれ、
雨は静かに、しかも絶え間なく地を潤します。
29 幸せなイスラエル。
これほど主に祝福されるとは。
これほど主に助けられた国がほかにあるでしょうか。
主はあなたを守る盾、あなたを助ける剣です。
敵はあなたの前で小さくなり、
あなたは難なくその背中を踏みつけます。」

ワイン圧搾機が発掘されたテル・エル・ブラクもアシェル族の領地内であり、
旧約聖書のアシェル族について「ぶどう酒はあふれ」と記述があります
0901世界@名無史さん2021/06/18(金) 00:28:37.290
ごめんなさい、これ途中"26"からイスラエルの話になってますね
アシェル族については"25"までみたいです
0902世界@名無史さん2021/06/18(金) 00:45:06.640
旧約聖書において
アコ、シドンは言及されているのにツロ(ティルス)がないことから、
ティルスが湾岸都市、要塞都市となったのは後になってからだと思います
また、同様に紫の染織が言及されていないのも後になってからだと思います
クレタ島との交易によって、紫の染料の技術を学んだのでしょうか
0903世界@名無史さん2021/06/18(金) 01:09:15.910
>>894
おぅ、円形の水場
港湾施設か神殿附属物件かと思ってたんだが
実は水槽だったのか

けっこう見かけた気がする
0904世界@名無史さん2021/06/18(金) 01:36:34.710
>>882
これは門外漢には良記事っぽいですね


彼らは、紀元前1500年頃に崩壊した階層的で首長主導の社会であるアルガルとして知られる文化の子孫でした。紀元前1000年頃から、新しい複雑なイベリア社会が出現し始めました。彼らのアーガーの先祖のように、彼らは金属加工に熟練しており、東地中海の商人と取引することで金持ちになりました。

ケルティベリアの新参者は、紀元前8世紀からスペインの北部、西部、および中央部に押し込みました。彼らは地元のイベリアの人口と混ざり合い、ハイブリッドな「ケルティベリア」文化を生み出しました。しかし、ケルト人は、元のイベリアの人口のより高い集中を保持していた南東地中海沿岸の乾燥した丘の中腹に侵入しませんでした。
0905世界@名無史さん2021/06/18(金) 06:28:50.690
>>882
下から2番目の写真は
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/242073
「Statue of "nursing mother" with long veil seated on high-backed throne.」

1番下の写真は
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/255697

「Hundreds of such statues were buried in trenches on the Akropolis after the Persians
looted and burned Athens in 480 B.C., and it has been suggested that they represent
an early cult statue of Athena.」
かなりの数の「椅子に座った女性の像」がギリシャ本土で見つかっています

あくまで個人的な意見ですが、同じく地中海交易で栄え、鉱山資源で富を築いた
Etruscan(エトルリア人)の影響ではないかなと思っています
エトルリア人の像の装飾品に類似している点もそう思います
0906世界@名無史さん2021/06/18(金) 09:22:35.600
「Lady of Baza」はCybele(キュベレー)で、メソポタミアの"地母神"Kubaba(クババ)
が起源だと思います
「Lady of Elche」はキュベレーの神官(または信奉者)で、タニトを表すロータスの花のないNefertum(ネフェルトゥム)が起源だと思います

キュベレーの神官(または信奉者)は「みずからを聖なる儀式で完全去勢した男性たち
で、この儀式の後、彼らは女性の衣装をまとい、社会的に女性とみなされた」
"元男性の女性"をロータスの花のないネフェルトゥムで表したのだと思います

キュベレー信仰という枠組みにおいて「Lady of Baza」と「Lady of Elche」は密接な
関係がありますが、それぞれ違う神、神官(または信奉者)を表していると思います
つまり「Lady of Baza」≠ 「Lady of Elche」です

神の彫像・偶像は当時信仰していた人々の服装・装飾品を反映していると思います
そういう意味でも、Etruscan(エトルリア人)の影響を受けていると思います
https://images.metmuseum.org/CRDImages/gr/original/DP119671.jpg

あくまでも個人的見解です
0907世界@名無史さん2021/06/18(金) 10:24:08.070
「Lady of Baza」は中年の女性が椅子に座っているように見えます
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/dd/Museo_Arqueol%C3%B3gico_Nacional_-_1969-68-155-123A_-_Dama_de_Baza_01.jpg

一方で、「Lady of Elche」は女性の顔というより男性または中性的な顔をしています
また、髪飾りで髪の毛を表しているようにも見えます
「Lady of Elche」は"元男性の女性"を表していると思います
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/af/Lady_of_Elche.jpg/576px-Lady_of_Elche.jpg
0908世界@名無史さん2021/06/18(金) 18:57:49.350
士師記はただのツギハギ

本来その時期に海の民が荒らし回ってるはずだろ
そういう記録は全く皆無

「歴史の空白」作るのが恥と考える人間が創作したんだよ
サムエル記から話をとってきてな
0909世界@名無史さん2021/06/18(金) 19:14:44.830
>>902
紫の染め物は本来カナン地方の特産品

ティルスを支配したフェニキア人はシドンその他のカナンも支配した
エレミヤ書に「シドン人は漕ぎ手=奴隷」と書かれているだろ

ティルスができたのはフェニキア以降で間違いない
だから聖書でもサムエル記からしかでてこない

サムエル記第二
5:11 ツロの王ヒラムは、ダビデのもとに使者と、杉材、木工、石工を送った。彼らはダビデのために王宮を建てた。
24:7 そしてツロの要塞に行き、ヒビ人やカナン人のすべての町に行き、ユダのネゲブへ出て行って、ベエル・シェバに至った。

列王記第一
5:1 さて、ツロの王ヒラムは、ソロモンが油注がれて、彼の父に代わって王となったことを聞いて、自分の家来たち
   をソロモンのところへ遣わした。ヒラムはダビデと常に友情を保っていたからである。
7:13 ソロモンは人を遣わして、ツロからヒラムを呼んで来た。
7:14 彼はナフタリ部族のやもめの子であった。彼の父はツロの人で、青銅の細工師であった。ヒラムは青銅の細
   工物全般について、知恵と英知と知識に満ちていた。彼はソロモン王のもとに来て、その一切の細工を行った。
0910世界@名無史さん2021/06/18(金) 23:52:52.380
>>742 でTyre(ティルス)は含まれるけど、Sidon(シドン)は含まれない地図を出したのは、
シドンは後に支配下になったという意味です

ヒビ人=フルリ人の説があるのは知ってましたけど、改めてフルリ人で調べると

「前2千年紀のオリエントの歴史と文化に重要な役割を果たした民族。
メソポタミアのウル第3王朝の史料にすでにフルリ人の人名や地名が現れる。
チグリス川左岸やザグロス山脈に居住していたと推定される。
しかし前2千年紀初頭からしだいに西方に移動し,とりわけインド=ヨーロッパ語族の
南下に影響されたとみられるその移動は大規模で,ザグロス山脈とバン湖の間の地方
から出て,前 18世紀にはシャムシ=アダド1世のアッシリアを滅ぼし,チグリス川の
東にヌジ (ヌズ) という都市 (→ヌジ遺跡 ) を建てて通商の一大中心地とした。
またシリア各地やアナトリア東辺部にも入植し,ヒッタイト人と隣接するにいたった。」

「フルリ人の言語 (→フルリ語 ) は現在では死語となっているが,カフカス (コーカサス)
地方のグルジア系諸語はその系統をひくという説もある。」

>>751 >>789
DNAと"(赤)紫の染料"の都市ヌジから 「ヒビ人=カナン人」ではないですか

>>846
アシェル族 = カナン人 + フェニキア人 + キプロス人 は
アシェル族 = フルリ人(先住民族) + ヒッタイト人 + チェケル人 になる可能性がありますね

ヌジは沿岸部ではなく川沿いなので染料もmurexの巻貝ではなく、他を原料とした
染織だったと思います
ただ、ヒビ人は染料の技術は持っていた可能性はあったと思います
クレタ島との交易によりmurexの巻貝の染色の技術を学んだのではないでしょうか

>>909 指摘してくれてありがとう、自分の中で少しスッキリしました
0911世界@名無史さん2021/06/19(土) 01:44:11.560
ティルスのメルカルトはその偶像のなかに幼児を入れて焼き殺す習俗の主神

ユダヤ人なわけないやん
0913世界@名無史さん2021/06/19(土) 01:54:52.690
アマルナ文書
シドンの滅亡が近いのを思わせる文書

EA 144 Zimriddi(シドン王)→ ファラオ
・・・主君よ,王の射手が到着する前に私が準備をしたことを王は知っているでしょう。私は主君である
王の命令に従って,すべてを準備しました。王よ,私の主君よ,我らに対する戦争が非常に厳しいこと
を知ってください。王が私に(敗北の)責任を負わせたすべての都市は,アピル(ハビル)に対して参加しました
0914世界@名無史さん2021/06/19(土) 02:11:38.910
なぜ海の民、クレタ島、ギリシャ勢がエジプト東部
レヴァントの南に至ったのか?
こう考えればわかりやすい
つまりフェニキアはキプロスからアナトリア、ギリシャに至る交易路を掌握していた
そこを船で往来すればガレー船ですべて沈められる

だからクレタ島からは、まず南下しながら北アフリカへたどり着き、そっからエジプトの陸地が見える海路をたどりながら
唯一行けるレヴァントの土地がペリシテ人の地だったのではないか

その迂回路を攻撃するために必要だったのがカルタゴ?
0915世界@名無史さん2021/06/19(土) 02:25:41.780
ヒクソス(Hyksos)にフルリ人が含まれていたか、いなかったか、肯定説と否定説があります
フルリ人の特徴のハブール土器やヌジ土器と似た土器がエジプトで発見されたからです

ヒクソスと呼ばれる人々がエジプトに流入したときに、
東地中海沿岸(レバント地方)に定住していた先住民族の中に、フルリ人がいたのではないでしょうか
それが旧約聖書でのヒビ人(ホリ人)ではないでしょうか

移住してきたフルリ人がレバント地方に定住し、現地と同化して新しい文化を築いていたの
ではないでしょうか
北シリアで発見された土器と似た土器をレバント地方で作ったのではないでしょうか
その違いがフルリ人を肯定したり、否定したりする要因になっていると思います
また言語系統の違いも否定説の要因となっています
0916世界@名無史さん2021/06/19(土) 02:31:25.690
カナンの子は,長男シドン+,ヘト+, 14 エブス人+,アモリ人+,ギルガシ人+,
15 ヒビ人+,アルキ人,シニ人, 16 アルワド人+,ツェマル人,ハマト人。
0917世界@名無史さん2021/06/19(土) 02:33:34.210
フルリ人は青銅加工で知られる民族で
おそらく西ヨーロッパに5000年前あたりに移住してきて現地民を塗り替えた人種に関係する(非印欧語

おそらくバスク人の特殊な言語に関係する
コーカサスから膠着語をもってきてバスク語か
0918世界@名無史さん2021/06/19(土) 02:34:37.600
>>904 さん
いつもいろいろな情報を頂き勉強になっています
生意気な意見も多いと思いますが、ご了承願います
0919世界@名無史さん2021/06/19(土) 02:37:21.580
ラキアの黄金文明
紀元前5000年から紀元前3000年ごろ、現在のブルガリアにあたる地域に、トラキア人と呼ばれる人々が存在していました。
近辺のペルシャ文明やギリシャ文明と交流しながら、トラキア人は独自の文明を作ってきました。

このトラキア人が作った文明は、「黄金文明」とも呼ばれています。
その名前のとおり、トラキア人はさまざまな黄金製品を残しています。

ブルガリアの東部に位置するヴァルナ集団墓地遺跡から、1972年に数キログラムにもおよぶ金製品が出土したことがニュースになりました。
0920世界@名無史さん2021/06/19(土) 02:41:37.550
https://coin-walk.site/A007.htm
金:銀の価値の変遷

シュメールは測量貨幣だったので金銀の価値は正しく取引された(だいたい1;10)
しかしエジプトでは金価格が暴落していて銀の半値にもなっていた

これの原因にフルリ人が関係するのではないか

つまり本来銅の豊富だったコーカサスから西ヨーロッパへ移動した集団と交流を持ちながらエジプト付近で偽の黄金(真鍮)を売るグループがあって
それがトラキア文化の黄金文化を生んだ(偽の金を売って本物の金を買う)
0921世界@名無史さん2021/06/19(土) 02:43:42.640
ヨーロッパの銅はすずが豊富で、溶かしてかためたら黄銅になるくらいだった

それがソロモンの銅か
金のみが価値ありとされ、銀が無価値になった
0923世界@名無史さん2021/06/19(土) 16:20:04.730
>>922
>>688 のカルタゴのビュルサの丘の遺跡で発掘された男性「アーチー」のDNAは
フルリ人のDNAの可能性もあるかもしれませんね
フェニキア人とカルタゴ人を結び付けるのがフルリ人のDNAかもしれません
0924世界@名無史さん2021/06/19(土) 21:29:50.270
前スレにも載ってたけどアーチーって当時ローマ人身長平均が160程度だったのに対し170超えだったんだよね
他のフェニキア人、カルタゴ人の遺骨から沢山のデータを取ってほしい
0925世界@名無史さん2021/06/19(土) 22:24:38.340
紫の染料の跡が直接的形跡で見つかっている場所の一覧です
Direct = direct evidence of production (e.g. structures or vessels with purple dye traces,
purple-dyed textile fragments)

【Cyprus】「Pyrgos Marvoraki」
【Greece】 「Pacheia Ammos/Pefka」「Karoumes-Siteias」「Kommos」「Kouphonisi」
「Chryssi」「Thessaloniki Toumba」「Palaiokastro」「Agios Giorgios」「Kallithea」
「Salamina」「Delos」「Lefkada」
【Israel】「 Tel Kabri」「Tel Keisan」「Tel Shiqmona」「Tel Dor」「Tel Mor」
【Italy】 「Motya」
【Lebanon】 「Sarepta」「Beirut」「Sidon」
【Spain】 「Cerro del Villar」「Calle Luis Milena, San Fernando–Gadir」
【Syria】 「Ugarit (Ras Shamra) and Minet el-Beidha」「Tell Rifaat」
https://www.researchgate.net/figure/Shellfish-purple-dyed-textiles-a-b-Kerameikos-Athens-Greece-fifth-century-bc-c_fig3_330878023

意外でしたが、カルタゴを含むチュニジアでは直接的形跡は見つかっていないみたいです
0926世界@名無史さん2021/06/20(日) 00:01:41.880
イスラエルの「Tel Mor」は「Ashdod」(アシュドド)の近くで、ペリシテ人の領地ですね
ウェシェシュ人(Weshesh)は「uAshの男性」とヘブライ語で解釈出来る説がありました
が、ヒッタイト人ではなくペリシテ人の方でしょうか
ペリシテ人の領地に「Ashkelon」(アシュケロン)もあり「Ash」の文字が含まれています

「uAsh 」=「灰」で、鉄に関係すると個人的に思っています
ペリシテ人の出身と考えられているクレタ島はmurexの巻貝の紫の染料でフェニキア人
とも関係が深いと思いますし、
「Philistine Bichrome ware」「Cypriotic bichrome ware」「Phoenician Bichrome ware 」
バイクローム土器も類似性が見られ、こちらもフェニキア人と関係が深い気がします

>>846
アシェル族 = カナン人 + フェニキア人 + キプロス人 は
アシェル族 = フルリ人(先住民族) + ペリシテ人 + チェケル人 なのでしょうか
0927世界@名無史さん2021/06/20(日) 00:56:00.710
>>797 のテル・カブリ(Tel Kabri)では
「The first finding to come to international attention was the discovery of Minoan-style frescoes in
the palace at Kabri. As of 2015, these are the only Minoan paintings ever discovered in Israel.」

ミノア様式のフレスコ、またミノア文明の絵画が唯一イスラエルで見つかっており、
テル・カブリでミノア人が住んでいた可能性を示唆していると思います

>>846
アシェル族 = カナン人 + フェニキア人 + キプロス人 は
アシェル族 = フルリ人(先住民族) + ミノア人 + チェケル人 かもしれません
0928世界@名無史さん2021/06/20(日) 08:27:46.930
アシェル族は英語で「Tribe of Asher」で、名前自体が「Asher」と鉄の技術を持った集団
であることを示唆していると思います

>>797 の記事であるようにテル・カブリには宮殿があり、青銅器中期時代の中で
イスラエルで発見された最大級の宮殿でもあるようです
「an archaeological tell (mound created by accumulation of debris) containing one of the largest
Middle Bronze Age (2,100–1,550 BCE) Canaanite palaces in Israel, and the largest such palace
excavated as of 2014」
0929世界@名無史さん2021/06/20(日) 19:41:11.040
フルリが先住民族なんてないだろう
背の高い民ってかかれてるやん
ペリシテ人のDNAにも多い白人に近いタイプじゃね
0930世界@名無史さん2021/06/20(日) 19:43:33.720
Middle Bronze Age (2,100–1,550 BCE)

これだと聖書の記述と一致する時期じゃないのだが

聖書の記述を受け入れるの入れないの
0931世界@名無史さん2021/06/20(日) 22:45:26.790
>>930 聖書の記述と一致? 受け入れる、受け入れない?

>>797 の記事では
「現在のイスラエル北部にあるテル・カブリ遺跡には、今からおよそ3700年前の紀元前
18世紀、カナン人の見事な宮殿があった。 」
0932世界@名無史さん2021/06/20(日) 22:58:50.870
>>930
人それぞれ色々な考えがあっていいと思う
自分は考古学的発掘・発見、そして科学的分析が第一史料だと思っている
そこを起点としていろいろ考えている

他人に文句を言うなら自分の主張を展開しろ
自分が何を根拠にそう主張するのか述べればいいだけだろ?
0934世界@名無史さん2021/06/21(月) 18:36:39.300
>>932
やたら旧約を持ち出すのは?
それを取り入れるのはOKなのか?

純粋な考古学だったらそっちは無視するはず
0935世界@名無史さん2021/06/22(火) 03:01:53.800
>>834
マリがあの滅ぼされたマリでしたら
まとまって見つかった文書と
支配者層にダゴン名の人がかなりいて
信仰が盛んな様子がみてとれます

年代はざっくりとしか覚えてないけど
メソポタミアは戦国時代ですね
0936世界@名無史さん2021/06/22(火) 03:30:19.190
いっつもエブスがエブラと関係あるのか無いのか気になるが
たしか関係なかったはず

>>916

1世紀弱の中断の後、アララハは地方の小さな王国の首都として歴史に再登場する。この王朝の創始については、王朝を築いた王の自伝とみられる碑文の書かれた像からその過程がうかがわれる[1]。
碑文によれば、紀元前15世紀前半、アレッポの王の息子イドリミ(英語版)(Idrimi)がエマルに逃げ、その後アララハにやってきて実権を握り、フルリ人が建てた当時の強国ミタンニの王バラタルナ(フランス語版)(Barattarna)の封臣として認められた。
碑文にはイドリミの人生の浮き沈みが描かれている。彼の家族がエマルに逃亡せざるをえなくなった後、彼は家族から離れ、カナンの地のアミヤ(Ammija)にいたハピル人(英語版)(Hapiru)の集団に加わった。
ハピルの人々は彼を「自分たちの大君主の息子」と認め、彼の周りに集った。7年間彼らと暮らした後、彼はハピルの戦士を率いて海からアララハを攻め落とし、その王になったという。

しかし発掘の記録によれば、この像はイドリミが生きていた時代より数世紀後の地層から見つかっており、その史実性に関して学者の間でも議論がある。
それでもなお、年代の推定できる粘土板からの記述がこの像の碑文の裏付けとなりうる。
アララハの王でイドリミの息子ニクメプ(英語版)(Niqmepuh)はミタンニの王サウシュタタル(英語版)(Saushtatar)の同時代人であるが、この事実は、イドリミがサウシュタタル以前の王バラタルナの同時代人であるという碑文の主張を裏付ける。
0937世界@名無史さん2021/06/22(火) 03:50:33.110
>>904
なんとなくケルトの侵入は
フェニキア入植前だった気がしてたのですが
よく考えたら時代は逆ですね
激動の時代ですが

初期青銅器時代に既に大規模な侵入があるんでしたっけか
バスク人はあやふやな記憶だと
初期農耕民族の生き残りに近かったような気がします
青い目の黒人の系統では無かったはず
0938世界@名無史さん2021/06/22(火) 04:48:04.210
うんこ食べたい
0939世界@名無史さん2021/06/22(火) 10:48:08.330
青い目って白人の色素の薄さからくるのかな
緑の目はどうだろう
純日本製なのに大昔からロシアと交流のあった青森人には青目が生まれやすいそうだよ
有色人種であるフェニキア人でも白人と結婚すれば、両親の特徴を受け継いだ子が生まれるかもね
0940世界@名無史さん2021/06/22(火) 17:50:00.570
日本人以上に交配が盛んだったろうから、これこそがフェニキア人てのは想像がつかない
0941世界@名無史さん2021/06/22(火) 17:54:15.160
フェニキア人の幼女と交配したい
0942世界@名無史さん2021/06/23(水) 00:05:24.720
>>939
白人関係ない

5000年前あたりでも西欧は色黒黒髪青めだった
0943世界@名無史さん2021/06/23(水) 02:46:59.270
>>919
東京の国立博物館か国立西洋美術館で
黄金テーマの展示をやったとき
ヴァルナの黄金来てたのに観に行かなかったのは迂闊でした

ただ神戸で大英博物館100のモノが語るなんとかは見れた
あれは異常に飛び抜けて良かった
0944世界@名無史さん2021/06/23(水) 02:55:33.680
>>751
そういえばカナンの合金はヒ素銅から始まってて
たしかカフカスもヒ素銅だった気がしますね


というか、青銅やれるのはかなり特殊な地域か
広範囲な交易網が必要になるんで
ルートの末端に接続される必要があります
0945世界@名無史さん2021/06/23(水) 07:00:07.160
気になったんだけど、銀の装飾品とか埋葬品って出てきてるのかな
銀の価値が高騰した時期があるなら権力者が装飾品に使ってると思うんだけど
0946世界@名無史さん2021/06/23(水) 20:30:01.840
エジプトでは出てました

たしか金の代わりに銀をねだる有力者の文章も残ってますね
というか銀の暴騰があったのはエジプトだけで
あとはそんなでもないはずです
0947世界@名無史さん2021/06/23(水) 21:22:14.850
>>946
マジすか、ありがとう!

もしかしたら「ツタンカーメン白銀のマスク」になってたかもしれないね
0948世界@名無史さん2021/06/24(木) 00:26:25.080
>>944さん
>>751 >>752 はナショナル・ジオグラフィックからの記事です

フルリ人が東中海沿岸部(カナン地方)に定住していた可能性
@ヒクソクの集団に含まれていた可能性
「何人かの学者はヒクソスとフルリ人を結びつけた議論を展開した。それは主に第2
中間期の層から発見される土器が、北シリアで発見されるハブール土器やヌジ土器と
いったフルリ人と関連付けられる土器と同様の装飾を施されていたこと等を論拠とし
ている。」

Aハビルの集団に含まれていた可能性
「1996年のハビル四角柱碑文(Tikunani Prism)と呼ばれる粘土板文書の公刊によって
ハビルとフルリ人の関係が重要視されるようになった。ここに登場するハビル人名
リストの中に現れる人名の約20%程度は、典型的なフルリ語の名前であったのである。」

BDNA(また陶器とフルリ語由来のカナン人の名前)
「北西に約1200キロも離れたカフカス山脈で見つかった陶器に酷似しているからだ。
そのうえ、カナン人の名前の多くは、カフカスを起源とする非セム系言語である
フルリ語に由来すると、歴史学者は指摘する。
カナン人は、新石器時代の現地の先住民と、青銅器時代の始まり頃にこの地域に現れ
始めたカフカスからの移民の混血であることが、遺伝子分析により証明された。」
https://i.natgeofe.com/n/59909f09-a936-4b85-a52e-5f2461a4d2ab/03-canaanites.jpg?w=600&;h=400
(赤と黒の陶器)

テル・カブリの遺跡の調査が進めばさらに詳しいことがわかるのではないかと思います
0949世界@名無史さん2021/06/24(木) 00:34:47.990
フルリ人が建国したとされるミタンニ王国
ミタンニの王の名はいずれもサンスクリット語で解釈出来る名であるみたいです

フェニキアにおけるアスタルテ
「フェニキアにおいては世界の真の統治者であり、古い世界を破壊しては新しい世界を
創造する死と再生の女神だったとされる。また、インドのカーリーとも同一視され、
カーリーのような姿のアスタルテの刻像が見つかっている。」

アスタルテとカーリーの類似性はフルリ人が関係しているかもしれません
0950世界@名無史さん2021/06/24(木) 00:38:47.110
フルリ人は火葬の習慣があったとされています
フェニキア人が東中海沿岸で火葬の習慣があったのかわかりませんが、
もしあったとしたら、火葬を習慣としない人々からは奇異な目で見られた
可能性もあると思います
0952世界@名無史さん2021/06/24(木) 00:58:24.440
>>948 に記述し忘れしましたが

「2017年には、現代レバノン人の遺伝的祖先の90%以上がカナン人にたどり着くと
する研究成果を、英医学研究支援団体ウェルカム・トラストのサンガー研究所
(当時、現英バーミンガム大学)の遺伝学者マーク・ハーバー氏らが発表している。」
0953世界@名無史さん2021/06/24(木) 01:15:50.130
>>948
そういえばコルキスとエジプトを
共通の起源とする話もありましたね
まぁ、こちらは逆方向ですが

これでなぜかカフカスとイベリアとエジプトが連なります
0954世界@名無史さん2021/06/24(木) 01:49:38.820
>>952
シドンあたりのDNAが、そのへんの人のDNA、シリアあたりの「アラブ」かユダヤ人に近いってやつだろ?
0955世界@名無史さん2021/06/24(木) 02:22:45.930
「Evidence of possible human sacrifice by the Minoans has been found at three sites: at Anemospilia, in a MMII building near Mt. Juktas considered a temple; an EMII sanctuary complex at Fournou Korifi in south-central Crete, and in an LMIB building known as the North House in Knossos.」

ミノア人が「人身御供」の可能性の跡があるみたいです
もし、フェニキア人やカルタゴ人が「人身御供」の可能性があるならば、ミノア人の
影響の可能性があるかもしれませんね

ゲノム解析の結果
「その結果、ミノア人とミケーネ人が遺伝的に非常によく似ており、その約4分の3が
アナトリア西部とエーゲ海地方の最初の新石器時代の農耕民を共通祖先としており、
残りの大部分が古代のコーカサス地方とイランの集団を祖先としていることが判明し
た。一方、ミケーネ人は、ミノア人とは異なり、青銅器時代にユーラシアのステップ
(東ヨーロッパと北ユーラシアを含む地域)に居住していた人々を祖先とする者もい
た。また、Lazaridisたちの解析では、現代ギリシャ人がミケーネ人と共通の祖先を持
ちつつも、新石器時代前期の祖先からの系統がさらにある程度希釈されたことも判明
した。」

ミノア人の一部も古代のコーカサス地方とイランの集団を祖先としていることが判明したようです
0957世界@名無史さん2021/06/24(木) 02:29:37.980
でも古代の壁画みてたらクレタ島民の半分黒人
0959世界@名無史さん2021/06/25(金) 10:04:44.740
少し前の記事ですが
【Lebanon finds 2,900 year old Phoenician remains】

BEIRUT (Reuters) - Lebanese and Spanish archaeologists have discovered 2,900-year-old
earthenware pottery that ancient Phoenicians used to store the bones of their dead after burning
the corpses.
https://www.reuters.com/article/us-lebanon-phoencians-discovery-idUSTRE4AB3QW20081112

2,900年前のフェニキア人が亡くなった人の骨を保管する器が見つかったそうです
ティルスでも100を超える壺が見つかっているそうです
フェニキア人は火葬の習慣があったと言えるのではないでしょうか
0960世界@名無史さん2021/06/25(金) 10:43:11.890
>>959
少し曖昧な表現だったかもしれませんが、死体を焼いた後の骨を保管する器(土器)
ということです
0962世界@名無史さん2021/06/25(金) 12:36:21.220
キリスト教が広まった影響は大きいだろうけど、火葬の文化ってマイノリティだよね
何故フェニキア人は火葬する様になったんだろう
0963世界@名無史さん2021/06/25(金) 16:23:02.620
>>962
私見ですが、フェニキア人 = アシェル族 = フルリ人 + ミノア人 + チェケル人 の集団
であったのではないかと思っています
主な理由にアシェル族の領地内に、考古学的にフェニキア人と判断、特徴付ける遺物
が次々に見つかっていることです

地理的区分ではなく、民族的にアシェル族 = フェニキア人であり
フェニキア文字を発明し、"フェニキア"の語源の説もある「Tyrian purple」と呼ばれる
(赤)紫色の染織、そして地中海交易で栄え、また地中海に植民市(交易地、中継地)を
築いた民族という意味です

フェニキア人の火葬は、火葬の習慣があったフルリ人の影響ではないかと推測します
0964世界@名無史さん2021/06/25(金) 16:46:46.000
>>963
確かにフェニキア人は自称ではなかったようなので複数の民族の中で特に交易に従事していた者の総称として使われていた可能性はありますね
ともなればフルリ人が火葬になったのは宗教的理由からなのか、別の理由からなのか気になるところです
0965世界@名無史さん2021/06/25(金) 18:06:11.180
シリアで発見されたTell Mozan(テル・モザン)が詳しい調査後、
おそらくフルリ人が建国したUrkesh(ウケルシュ)であると考えられています
フルリ人に関する発見・情報が得られると期待していますが、
シリアの内戦のため、詳しい調査がストップしています
とても残念です
0966世界@名無史さん2021/06/25(金) 18:52:12.670
>>958 のバスク人に関して、興味深い箇所がいくつかあります

「注目すべき特徴はバスク語で、5つの主要な方言があり、他のあらゆる現存言語と
密接な関連のない孤立した非インド・ヨーロッパ語族言語です。」

「主成分分析では、バスク人はアフリカ北部人の反対側の端に位置し、サルデーニャ島人
と類似してヨーロッパの周辺に位置しており、バスク周辺集団(伝統的にガスコーニュ語
とスペイン語の地域を取り囲んでいます)はその中間に位置します。」

「バスク人はおもに2つの構成要素を示します。主要な構成要素(深緑色)はヨーロッパ人
にも存在しており、中東・コーカサスとアフリカ北部でも低頻度で見られます。」

カルタゴとサルデーニャ島と検出された「U5b2c1」はバスク人と関係があるかもしれません
一方で、アフリカ北部の人からの流入のバスク人の分布図が現在のポルトガルに重なります
遺伝的にカルタゴ人の影響の可能性もあるかもしれません
また、バスク人とフルリ人も何かしら関係があるかもしれません
0967世界@名無史さん2021/06/25(金) 21:41:09.300
>>966
そのデータからすると
コーカサス人ではなくサルディーニャ人(新石器革命人の生き残り)に近いということです

アフリカからの移住者は
バスク人にはほとんど居なかったという理解で良いかと思います

ちなみに地中海のユダヤ人は
かなり先祖の特質を残していて(近親婚が多いため)
この辺で私の記憶を喪失しました
0968世界@名無史さん2021/06/25(金) 21:44:22.040
サルディーニャはベルベル人とか海賊の影響で放棄されてたろ

ジョジョに無人島だったみたいに書かれてなかっったか
0970世界@名無史さん2021/06/25(金) 22:21:02.960
ヘロドトスのフェニキア紅海起源はどう考える?
0973世界@名無史さん2021/06/25(金) 23:54:46.900
>>969
そうです
ただアナトリア起源かどうかはちょっと微妙なところがありますが
かなり均質な遺伝集団が各地に広がって農業してます
0974世界@名無史さん2021/06/26(土) 02:01:21.170
つまりアラブ人
エジプトがヒクソスを迫害してた時期があって、その時期にセム系がエジプトを逃れた
でもそれもすべてではなくてエジプト内では迫害され続けたセム系がまだいたはず
エジプトには運河が当時あって川をつないで紅海から地中海へつなげていてそれは運行していた
アラブ人はお金もらってセム系を助けていたのではないだろうか
0975世界@名無史さん2021/06/26(土) 08:05:30.130
>>965
ハモウカルでは
シリンダーシールじゃないスタンプ式の封泥を使った古い文明が存在したようですね

ふぅむ
0976世界@名無史さん2021/06/26(土) 08:38:14.280
>>958
ミノア、ミケーネ、アナトリアほとんど均質なのか
最近の情報はぜんぜんアップデートしてなかったからおもしろかった

というか現代人で外れ値にある
異常に均質な集団がいるが
あれはどこ人なんだろうな

ユダヤ人にしては不思議だが
そうだとするなら古カナン人とはぜんぜん別物ということが判明してしまう
0978世界@名無史さん2021/06/26(土) 19:11:31.170
>>797 の記事にあるテル・カブリは

Western Upper Galileeにあり、Pottery Neolithic (PN) period (6,400–4,500 BCE) から人々が
居住していた形跡があり、現在まで残る(4つの)泉があったようです
紀元前18世紀頃の地震による崩壊までにカナン人の広大な宮殿があった場所です
政治・経済の中心として繁栄した場所であったと考えられています

Western Upper Galileeは後のアシェル族の領地であり、フェニキア人は突如急に現れた
民族ではなく、この繁栄した場所を担ってきたカナン人が繋がってフェニキア人に至った
のではないかと思います
0979世界@名無史さん2021/06/26(土) 21:24:12.100
>>1です
書き込みが盛んで嬉しい限りです
次スレを建てますね
0982世界@名無史さん2021/06/26(土) 22:17:23.190
>>980 次のスレありがとうございます

私も書くことがなくなってきました
とりあえず記録を残しておきたいと思い、好き勝手に書かせて頂いてます
いつかフェニキア、カルタゴに興味をもった人たちの少しでも参考にでもなればと思い、
色々史料・資料を探して書いてます
0983世界@名無史さん2021/06/26(土) 23:13:04.430
ゆるりと参りましょう♪
何しろ資料が少ないので考察が中心になりますからね
0984世界@名無史さん2021/06/26(土) 23:37:08.760
紀元前18世紀頃の地震によって崩壊した「Tel Kabri」(テル・カブリ)にいたカナン人たち
は何処へいったのでしょうか
その可能性の一つに「メギドの戦い」があると考えています

「メギドの戦い」は紀元前15世紀にエジプト軍とカデシュ王率いるカナン連合軍との戦い
です
https://www.bible-history.com/geography/maps/Map-Canaan-Twelve-Tribes.jpg
上記の地図のNAPHTALIの領地に「Kedesh」(カデッシュ)がありMANASSEHの領地に
「Megiddo」(メギド)があります

カナン人連合軍を率いたカデッシュの王はシリアの「Kadesh」ではなく、上記地図の
「Kedesh」ではないかという推測です
この「Kedesh」を中心にカナン人連合国が存在したのではという考えです

>>846 の記事では
Upper Galileeに「fortress 」(要塞)が残っているということです
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/1b/Chateau_Neuf_Fortress_in_Upper_Galilee%2C_Israel.jpg/800px-Chateau_Neuf_Fortress_in_Upper_Galilee%2C_Israel.jpg
http://www.thetruthaboutisrael.org.il/wp-content/uploads/2017/01/iStock-526297042Nimrod-Castle-Galilee-1600.jpg
この要塞はメギドの戦いと関係があるのではないかという推測です
0985世界@名無史さん2021/06/27(日) 01:16:27.470
【12万年前の化石から「未知の人類」が発見される】

地中海に面する中東のレバント地方で、約12万年前の「未知のヒト属」の化石が
発見されました。

イスラエル・テルアビブ大学(Tel Aviv University)らの調査によると、その化石は、
ネアンデルタールとホモ・サピエンス(現生人類)の両方に似ていながら、
どちらにも当てはまらないという。

研究チームは、この新たなヒト属を、化石が発掘された遺跡にちなんで
「ネシェル・ラムラ人(Nesher Ramla)」と名付けました。

研究主任のイスラエル・ハーシュコヴィッツ氏は「西ヨーロッパのネアンデルタール人は
レバントにいたネシェル・ラムラ人が地中海地方を通って移住した結果かもしれない」
と推測しています。

さらに研究チームは、ネシェル・ラムラ人が約20万年前に出現したホモ・サピエンスと
約10万年の間、レバント地方で共生していたと考えています。
https://nazology.net/archives/91658
0986世界@名無史さん2021/06/27(日) 09:03:35.950
>>984 の地図のASHERの領地の「Kanah」の近くに
>>791 の記事にあるカナン人の広大な宮殿があった「Kabri」(Tel Kabri)があります
(地図には表記されていません)

カナン人はこの「Kanah」付近の人々を指す言葉であったと思います

「Tel Kabri」の今後の詳しい調査で「Kabri」周辺がいつ頃からどのくらい栄えていたのか
分かってくるのではないかと思います
「In the early and middle Middle Bronze I, Tel Kabri – along with Megiddo, Aphek, and Akko –
was one of the earliest cities in the Levant to rebuild its fortifications following the EB collapse.
The new city was confined to the northern part of the earlier EB (Early Bronze) tell.」
0988世界@名無史さん2021/06/27(日) 10:10:08.330
>>986 のリンクは791ではなく >>797 です、すみません

カナン人の恐らく中心都市であった「Tel Kabri」から「Kedesh」に移ったのは
紀元前18世紀頃の地震の影響だと思いますが、沿岸部の「Tel Kabri」から
内陸部の「Kedesh」に移ったのは地震による津波の影響ではないでしょうか
人々が津波を恐れ内陸部に移ったのではないでしょうか

>>791 の記事でも沿岸部のテュロスで人が住んでいない期間がしばらくあったのは
同様の理由ではないでしょうか
0989世界@名無史さん2021/06/27(日) 12:42:11.430
>>985
こういうのを見ると進化論の根本が分からなくなっていくわ
そう種類の人類を地球に送り込んで生存競争でもさせたんじゃなかろうか
0990世界@名無史さん2021/06/27(日) 22:53:58.930
>>988
宮殿の崩壊と砂の堆積を
地震の影響と結びつけた訳ですか

ふぅむ
0991世界@名無史さん2021/06/27(日) 23:35:28.840
>>990 さん 説明が足りなかったみたいです

>>797 >>798です
テル・カブリとティルス(テュロス)の沿岸部が(しばらく)放棄された理由が
津波なのかなという個人的推測です
0992世界@名無史さん2021/06/28(月) 00:11:10.120
そう言えば地中海も結構地震が起きてるんだっけ
古代ローマの水道とか残ってるから、あんまり頻発してたイメージが無いんだよね
0993世界@名無史さん2021/06/28(月) 00:20:32.700
あくまでも私見ですが、ミノア文明が崩壊したのは地震が原因ではないかと思います
ミノア人とミケーネ人のDNAはよく似ていて、これは共存していた可能性を示すと
思います
ミノア文明はミケーネ人によって破壊されたのではなく、既に地震で崩壊していたの
ではと思います

ミノア人のDNAがある時期にクレタ島から流出していてば、それを裏付けることが
出来ると思いますが、検索しても見つかりません
0994世界@名無史さん2021/06/28(月) 00:32:44.430
>>992

>>808 クレタ島の南に、アフリカプレートがエーゲ海プレートに沈み込むヘレニック弧
(Hellenic arc) があり、歴史的に地震が多い地域みたいです

最近でも 2020年10月31日 エーゲ海震源にM7.0の地震 トルコとギリシャで死者
10月30日午後、トルコとギリシャの間のエーゲ海を震源とするマグニチュード(M)7.0の
強力な地震が起き、津波が発生した。多くの家屋が破壊され、少なくとも30人が死亡した。
0995世界@名無史さん2021/06/28(月) 00:50:31.870
仮に紀元前18世紀頃にクレタ島付近の地中海沿岸で地震が起き、クレタ島から
人々が移住をしていたとしたら、移住先は何処だったのでしょうか

一つはエジプトのアヴァリスで(ヒクソスの集団の一部として)ミノア人が移住していた
形跡が発見されています

他の移住先の候補として、イスラエルで唯一ミノア人の痕跡が残っているテル・カブリが
あったと思います
テル・カブリも地震で崩壊していますが、テル・カブリに既にミノア人が移住していたのなら
ミノア人のコミュニティを頼り移住した可能性があるのではと思います
そのミノア人が後のフェニキア人の集団の一部になったのではと個人的に推測します

テル・カブリにいた人々は地震後何処へ移動したのか、今のところわかっていませんが
0996世界@名無史さん2021/06/28(月) 00:54:12.290
フェニキアはアラブ人だって
ヘロドトスも書いてる

ペリシテ人とかイスラエルと抗争してたところがミノア人ではないが海の民関係

その海の民をガレー船でぶっ刺しまくったのがフェニキア
0997世界@名無史さん2021/06/28(月) 09:52:20.710
海の民の正体がフェニキア人という説もあったけど、同士討ちはしないわな
ラムとかエゲツないけど、高度な操船技術を持つフェニキアらしい戦術だと思う
0998世界@名無史さん2021/06/28(月) 10:48:42.710
【実在するルーク・スカイウォーカーの家】

その1作目の冒頭でルークが叔父夫婦と住んでいる家ですが、新たに作った映画の
セットではなく、チュニジアの穴居住宅を利用したそうです。

北アフリカに住んでいたベルベル人が、やがてアラブ勢力に追われ、身を守るために
このような穴居住宅を造ったそうです。
http://labaq.com/archives/51114770.html
0999世界@名無史さん2021/06/28(月) 12:50:29.870
>>998
チュニジアには絶対行きたいと思ってる
カルタゴもスターウォーズも好きだからね
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