夏美のホタル有村架純その2
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http://jump.5ch.net/?http://natsumi-hotaru.com/ 忖度なんて言葉ちょっと前まで誰も口にしなかったのにね今や流行語 ひよっこでもそれとなく忖度するようなセリフが時々ある 遊びのないハンドルでは車を運転できないように遊びのない脚本では映画は作れない ところが遊びのない脚本で作った映画が困ったことにヒットすることがある いろいろと役に立つパソコン一台でお金持ちになれるやり方
時間がある方はみてもいいかもしれません
ネットで検索するといいかも『蒲原のロロムムセ』
8SXDU むらがられるぐらいでなければ芯の女優なんてやってられない それにつけても原作の河合夏美は
明るくやさしく周りを気遣い華奢な体で400ccのバイクに跨れば天才的なスピ-ド狂という魅力に溢れる22歳の幼稚園の教諭なのだ それなのに映画の河合夏美は
ギスギスして常にイライラしている ようもこんなメチャクチャにできるもんだと感心するほど 原作では一つ年下なのに相羽慎吾のことを 慎吾ちゃん と呼んでいる この呼び方に夏美の人柄が集約されているのに映画では やたら呼び捨てするのが好きな書き手もいる なんだろうなあ しかし慎吾は夏美ってよびすてにしている なんでかな 写真集の表紙
Clear だって 題なんかつけんほうがいいのに 夏美と慎吾二人の行為の描写まったく無かったと記憶している
いらないしないほうがいい でも子供はできるんだ なかったというのは小説のなかで 映画でもなかったから良かった 冒頭狭いベットでふたりして寝ている無神経な場面はそれらしかったがあの場面で夏美がおっぱい晒していたらと思っただけで…… このところみね子の性格も変わってきたけど夏美ほどひどくはない 自分語りの脚本は困ったものだが自分語りをしない脚本は少ない そうでもないかも みんな自分を語りたくてウズウズしている 夏美のホタルでは監督が自分語りをしているとは思えないんだがなあ それにしてはお粗末 なんでこうなっちゃったんだろう 脚本を書いたのが自分の手の者みたいだから脚本に縛られなかったからかな 監督としてはなんとかやれても演出家の才能ないんかも 物の設定はできても役者を活かすことはできないみたい それでも監督業やっとれるのはよっほど監督払拭しているのかな 役者を置いて自分が一番と思っている監督にはできないことだから 監督になりたがるのはそんな資質の持ち主が多いみたい それにつけても何度も言うが冒頭の「塩気が足りない」と夏美が言った場面 本来明るく陽気な夏美を暗い陰気な夏美にしてしまったのがすべてだった 軽率としか言い様がないがどうも有村に近寄る監督や脚本家は
彼女を明るく幸せな女に描きたくないようだ 老いを感じ自分の手の届くとこに置いておきたい男の悲しいサガ 男が女に勝てるのは暴力だけだが近頃の若い男はそれさえも怪しくなってきた でも小説の夏美は 慎吾ちゃん と呼んで男を立てる優しさがある かねがね原作と映画は別物と言ってるが
原作のヒロインを殺してしまう映画ってなんだろう なんぼ別物といってもヒロインを殺していいわけないよね それを平気でやる やって恥ずかしげもなく生きている 前にも言ったけど
原作にはなく脚本に付け足したものがスクリ-ンをよごしている まだ幼い頃
優しい父の背中にくくられバイクで風を切りホタルを見に来た懐かしい川の場面 別れた妻が連れてきた実の子とべットの上で抱き合う場面
原作では倒れてから一度も意識は戻らなかったし子供は葬式の時はじめて来た なんでこんな気分が悪くなるようなわざとらしい場面わざわざ付け足すのかわからん この映画では勘弁して欲しかった
まあ良かれと思ってやったんだろうけどね ひどすぎる 慎吾役の工藤阿須加がどうやったらいいかわからなかったと言っていた 原作と脚本演出があまりに違うので戸惑ったんだ 無理もない 工藤阿須加のことを才能がないんだからやめたほうがいいなんてひどいこと言ってる人がいたけどそんなことないよ もともと工藤君はテニスで将来を嘱望されていたけど肩かどこか痛めて断念したらしい
そんな挫折の経験がある人は強い 期待しています 原作の小説は気持ちがいい
有村が惚れ込んだのもむべなるかも
それなのにひどすぎる ひどすぎるのはむろんこの映画とこの映画の監督をした人 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています