ブルックナー交響曲第00番0番1番2番
あまり語られない、ブルックナーの初期の交響曲について語りましょう。 >>138 補足
《ヘ短調》1913年のヒナイス版はユニヴァーサル社から出版、
アンダンテのみ。当時他の楽章のスコアは出版されなかった。
(ピアノ編曲譜だけがゲレリヒ=アウワーの伝記に掲載されていた)
したがってシャピラはアンダンテだけをヒナイス版参照で演奏
したと思われる。その他の楽章はノーヴァク版。
《第九交響曲》オーレル版はハースと同列の第一次全集版。
戦後のノーヴァク版はオーレル版を原版としてそれを修正したもの。 第2番初版の録音はシェルヘンの放送音源が非正規では全曲出てるらしいけど、
↓のTahra盤はスケルツォ楽章だけで残念
一部が出たということはいずれ全部出るんだろうけどね
http://www.hmv.co.jp/product/detail/4929573 マンデアルの全集の第2番に初版の引用があって、
第1楽章は最後が拡大されてるし、
フィナーレはコーダのトランペットとトロンボーンが違っていた
初出時から知られてたかもしれんけど、先日初めて聴いて得した気分に 『ブルックナー・アンノウン〜リカルド・ルナにより室内管弦楽用編曲および補筆完成された作品集』
http://www.hmv.co.jp/news/article/1312190058/
1869年の「交響曲変ロ長調」のスケッチと、
第1番の中間楽章初期稿「zu T/1」の編曲演奏を収録
既にMIDIでは聴くことができたけど、生楽器による演奏としては初録音
(こうなると2管編成の管弦楽で聴いてみたくなったが)
後者のうち、未完成のアダージョでは再現部の欠落を通常のリンツ稿を基に補足
差し替えられたスケルツォは、「ヘ短調」と第2番のスケルツォを繋ぐ存在という感じ 1と2は4番よりも名曲だと思うが0番は酷い作品だ。あれは世に出すべきではないね でも初期3曲の中でもっともブルックナーらしいという特徴がある。 00のスケルツォの拍がわからん、どうなってますのん? >>147
3/4拍子で、↓のような記譜
│休 タ タ│タラタ タ│タラタ 休│ >148
おー、ありがとうございます!
なるほど、心が晴天なり >>10
番号なしで習作と呼ばれることも
いずれも通称で正式なタイトルではないと思われる >>151
《交響曲ヘ短調》には副題は何もないよ。
副題のあるのは《第四交響曲》だけ。
全集版が《第三交響曲》に「ワーグナー」と副題をつけているのは
単に初版にワーグナーへの綺麗な献呈の辞が付けられているから。
ちなみに、《第三交響曲》のレーティッヒ版のタイトルには
《交響曲二短調》としか印刷されてないけど、何故だか分かる? 総合スレにも貼ったけど
今夜の「クラシック音楽館」で珍しくブル1の演奏がTV放送される
http://www4.nhk.or.jp/ongakukan/
11月23日(日)放送
小泉和裕指揮 九州交響楽団定期演奏会
インタビュー:小泉和裕(指揮)
1:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54(シューマン作曲)
2:交響曲 第1番 ハ短調(ブルックナー作曲)
管弦楽:九州交響楽団
指 揮:小泉和裕
ピアノ:アンドリュー・フォン・オーエン(1曲目)
収録:2014年9月24日 アクロス福岡シンフォニーホール
コンサート・プラス
「アンサンブル・ウィーン演奏会」から
歌劇「フィガロの結婚」序曲(モーツァルト)
喜歌劇「こうもり」序曲(ヨハン・シュトラウス)
演奏:アンサンブル・ウィーン
(2013年6月29日フィリアホールで収録) >>152
亀な横レスだけど
第2稿の自筆譜に「ワーグナー交響曲」と書いてあるので、
全集版で採用したことにはそれなりの理由があると言っても良いのでは
ただ、全集版のなかでも扱いは異なっていたりする
「V/3」は「ワーグナー交響曲」の表記なし
「V/1」は中表紙に「ワーグナー交響曲」の表記あり
「zu V/1」と「V/2」は中表紙と楽譜冒頭に「ワーグナー交響曲」の表記あり
「《交響曲二短調》としか印刷されてない」のは、
ブルックナーの交響曲中で最初かつ単発で出版されたから、とか? ブルックナー・コレクション
交響曲第00番 ヘ短調 「習作」 WAB 99
ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団
ゲオルク・ティントナー (指揮)
http://ml.naxos.jp/work/3000518
この演奏いいなあ。 0100 宇野功芳 2015/10/15 11:52:55
─┼─┐─┼─ / ,. `゙''''‐、_\ | / /
│ │─┼─/| _,.イ,,.ィ' ─────‐‐‐‐‐ ● ← 独墺交響曲至上主義者
│ |ツ │ | | | イン /´⌒`ヽ // | \
{, リ) / ./ | \
__ /}从、 リ( / / |
,. ,. -‐===‐- `つ/ ,.イ ’^ソハノリ / ∵|:・. 宇野さんが、
〃〃〃〃 //ミノ__ /´ /∴・|∵’ ドビュッシーの
_____ ノ_/ / ヽミ、、 .∵.;|∵’:; バレエ音楽「遊戯」を
( 二二二ニ) ノΘ(__ ) ゙ 、∵.;|∵’, テニスラケットで
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ .^^^' \ !  ̄フ ゙ 、 |∴ 指揮する 夢を見た。
/\/ ∧/
/ / ノ./
ノ/ ヘ__、
ヘ_'_,
ID:3Jy8c6gp(4)
0101 アンチ独墺交響曲至上主義者 2015/10/16 00:10:26
ノ⌒⌒⌒⌒ヽ
///ソノノ人((( \
( / ≡ ≡ \ ))
(/ ― / ― 9)
| 人_ノ宇野功芳氏が、ドビュッシーのバレエ音楽「遊戯」を
| (LLLL)エサ=ペッカ・サロネン氏と一緒に
\ ∵∴∵ノ /テニスラケットで指揮する夢を見た。 最近ヘ短調ばかり聴いている。
シャピラ、インバル、アシュケナージと何故かユダヤ人指揮者の名盤が多い 朝比奈盤(と言うかテープ)をCD化して保水
>ヘルゴラント ゲルマン人の行進、ドイツの歌、ヘルゴラント
のナショナリズム三部作をティーレマンが録音すれば受けるんでないの? ヴァントのリマスターされたソニーからの廉価ボックス聴いてみる価値ありですか?
録音が古いのが気にかかるがリマスターで改善されてるのかな。
版の選択は、妥当な選択なんでしょうか? >>169
リマスター後のは聴いてないから音質のことはわからん
使用版については
第1番はウィーン稿ブロシェ版(新全集版T/2)
第2番はハース版(旧全集版U)
第3番は第3稿ノーヴァク版(新全集版V/3)
第1番でのウィーン稿使用は少数派
その理由についてヴァントは最終稿を使う主義だと説明していた
ブルックナーは第9番作曲を中断してまで第1番の改訂に取り組んだのだ、と
第3番も引き合いに出しながら、
ブルックナーが望んだ結果の最終稿ではなく旧稿を使うのは厚顔無恥だ、とも >>169
一方で、第2番では第2稿に第1稿を混合したハース版を使用した
ヴァントは基本的にハース支持、反「改訂版」(を手掛けた弟子たち)、反ノーヴァクだった
ブルックナーにとって内心不本意な改訂は旧に復さなければならない…という感じで
最終稿主義と整合性が取れていたのだろうか
第3番については前述のとおり、第3稿をブルックナーの望んだ最終稿として使用した
ブルックナーは第3稿でようやく成功を収めた、大幅な短縮もブルックナーが望んだ、と
で、第3番にはハース版もないのでノーヴァク版V/3ということになる
もっとも、ヴァントは後年のNDR響との演奏でフィナーレの再現部とコーダを繋ぐ移行句をカットしていた
この部分は第3稿への改訂時にF.シャルクが書いたことがノーヴァク版の序文で述べられており
ここばかりは採用できない、と考えるようになったのかもしれない >>169
版の選択が妥当かどうかってのは
そもそも版の違いへのこだわりとか価値判断とかは人それぞれだろうから何とも
もし、この録音で初めて曲を聴いてこれで曲を覚えるまで聴き続けるっていう人なら
第1番についてはとりあえずリンツ稿使用の録音の方が無難だろう、と個人的には思うけれどね
まあ、せっかく安くなったことだし、聴いてみたいと思うならとりあえず聴いてみてはどうかと >>170様
レス、ありがとうございます。
版の問題がブルックナーはややこしくて、遠ざかっていました。
安くなったことですし、一度聴いてみたいと思います。
詳しいご説明、本当にありがとうございます。 >>170
ヴァージョンの問題に、ある一つの基準に基づく整合性を
求めようとすると破綻をきたすということですね。
その典型を示すのがヴァントの版選択。 第2番までのスレなのに第3番にまで触れていた…
スレの範疇を超えるけど
ヴァントの述べた最終稿云々はハース版で認められたかどうかが前提だったのかな、と思う
第1番についてハースはリンツ稿・ウィーン稿の両方を出版した
第3番はハース版が出版されなかったのでハースを抜きに考えるしかなかった
が、実現しなかったとはいえ第3番は第1稿での出版が戦災で中断するまで準備されていたわけで
第4番でも第2稿出版後に発見された第3稿が出版予定に加えられたとか
まあ、第3番第1稿については第2稿の自筆譜全体が手元になかったわけで
もし第2稿を入手していたら第2番などのような稿の混合が行われたのかもしれないし
あるいは「ワーグナーに献呈された稿」を出版するという政治的な事情もあったのかもしれない
第4番第3稿については出版にあたり弟子の関与の大きさを強調したのかもしれない
これらが出版されなかったことはヴァントの版選択にとって都合が良かったのかも ヌルテ
ドッペルヌルテ
のモノラル録音ってあるんだっけ? バレンボイムの1番リンツ稿@サントリー
いやもう素晴らしい。特に第2,3,4楽章文句なし、実演でこんないいの聴けるとは
印象的なメロディーが出てこないアダージョがフレージングとバランスとハーモニーの推移を注意深く極めると
これほど豊かな音楽が響いてくるのかと驚愕
第4楽章のとことん散らかった楽想もことごとくストンと入ってきて安心して音楽に浸れた。
バレンボイムとシュターツカペレベルリンおそるべし。明日の2番も行く。 今日の2番は昨日の1番と曲の捉え方は近かったにしろ
フレーズのつなぎや切り替えがスムーズじゃなく練り上げ不足
昨日と全く逆の印象で全然落ち着かず曲に浸れなかった
オケの優秀さで押し切ったがはっきり言って失敗じゃなかろうか Λ_Λ \\
( ・∀・) | | ガッ
と ) | |
Y /ノ 人
/ ) < >_Λ∩
_/し' //. V`Д´)/
(_フ彡 / ←>>177
_
ミ ∠_)
/
/ \\
ウイーン Γ/了 | |
ウイーン |.@| | | ガッガッ
| / | 人
|/ | < >_Λ∩
_/ | //.V`Д´)/ ←>>177
(_フ彡 / ヘ短調は名曲
メンデルスゾーンの交響曲程度には演奏される価値あり シャピラ/ロンドン交響楽団だけ持ってる。英EMI
ヨッフムの全集のオマケ あれは名盤
流石ロンドン響と唸らされる
是非ともCD化すべきだね バレンボイムの2番聴いたばっかでも今日は飯森&山響のブル2@山形テルサ
呆れるほど見事。オケ優秀ホール素晴らしすぎ。
1st10人コンパス4人、どんなに金管鳴ろうが木管のソノリティーは失われない。
各パートの音が階層をなして積み重なってく様が鮮やかに聴こえる。後ろで奏でる木管のちょっとしたモチーフも意味深い。
2番てこんなにいい曲だったかと思わずにいれない演奏 書き忘れた1877年稿キャラガン版だけど部分的にノヴァーク版から採ってるとのこと >>188
ちなみに3/16(土)16時〜酒田市民会館でもやるよ
ちと遠いけど >>189
駅前の「ル・ポトフー」ってまだある?
兼ねて行きたい >>191
ル・ポットフー食べログに出てたよ
こんなおしゃれな店が酒田にあるんだね
いいかもねブル2とフレンチ 晩飯高いからゆっくりランチ食ってちょうどいい時間だな 初期を聴いたら気に入ったという人は多い
もっと取り上げてほしい ヴィーンフィルはこのあたりの曲ほとんどやらないね
没後120年経っても相変わらずブルックナーには冷たいオケだよ 0番のパート譜がのこっているんだから、それをそのままやってくれたらいいのにね。 そうなのか、ヴィーンの連中はブル0なんて屁くらいに思ってるんだろうな ウィーンで0番って、最初の試演以外でやったことあるのかね?
1番はアバド、2番はシュタインの録音があるし
ムーティも来日公演でやってたが >>195
ウィーンフィルは「新アントン・ブルックナー全集」の後援団体になったようではある
http://www.mwv.at/index.htm 晩年まで2番を直していたブルックナー
死後これほどスルーされると知ってたらさっさと新しい曲に専念してたかな 45789はもう耳タコで聴きながら寝るようになってしまった
初期は寝ないですむ Hermann Scherchen "Symphony No 2" Bruckner
https://www.youtube.com/watch?v=_AGyKUY9r6U
初版唯一の全曲録音
ただし、フィナーレ後半のカットがスコアの指示を超えて凄い >>206
アリャ、全曲あるのか…
スケルツォだけのTAHRA盤を買ってしもうた >>207
まあ、自分もその盤持ってるんだけどね
Tahra活動終了の在庫処分セールで手を出しちゃった
(全曲録音の存在はBerky氏のサイトで知っていたものの) パウル・シュミッツ指揮NDRの0番を聴いた
1961年録音とあるが音はそれより10年くらい古い
演奏はなかなか良い 1番が初めてのブルックナー。昔偶々聞いてその透明さに驚いた。
その後9番まで聞いたけれど、今でもブルックナーといえば1番 >>184
シャピラの演奏って、第二楽章だけスコアとかなり違っているよう
だけど、これ初版の引用なのかな? 2番直し続けるなら0番終楽章手を入れて欲しかった。主題は中々いいので 一番二番三番の無駄な改訂で九番が未完に終わってしまった >>215
フィナーレで行き詰まってるから過去の作品をちまちまいじりまわしてんだよ
どのみちあれは未完に終わる運命だったんだよ >>213
1913年のユニヴァーサル版はアンダンテ楽章しかなかったので
そう勘ぐってみただけです。
たとえば、72小節のオーボエはクラリネットに変わっている。
>>216
その説に1票。 九番三楽章を書き上げた直後、大病で一度死にかける
そのあと楽想が湧かなくなった説に一票。 ちゃんと素材は残してるじゃん
コラール主題は素晴らしい 三楽章までに比べたら全然たいしたことないよ
コラールも他の曲のほうがいい それにコーダが欠落している
サマーレ一味の捏造版はいかにも芸が無い 第7番の成功を受けて旧作の出版や演奏への道が開けてきた時期に
第8番第1稿が受け入れず改訂を始めたら
他の旧作にも手を入れずにはいられなくなった(状況的にも精神的にも)
ってところかなと思ってる
仮に元気な状態が長続きしていたとしても
その時間がさらなる改訂作業に費やされた可能性もありそうで
(第2番をもっと大規模に改訂したり第5番・第6番あたりにも手を伸ばし始めたり)
第9番がアダージョまでひとまず出来上がったことだけでも不幸中の幸いだったのかも 八番はレーヴェでなく最初からリヒターに任せれば第一稿のまますんなり行ってただろう
で後世の我々もそういう曲として受け入れている
さらに九番も無事完成して大往生 >>220
第二主題が貧弱かなとは思うが
正式に完成されたものとの比較は?だな 二番のフィナーレのコーダはどの稿も据わりが悪い
本人もどうしていいか解らず難儀したんだろうな 今度の日曜Eテレな
ブル2地上波放映なんてもう二度とないかもしれないし 地上波で朝比奈・大阪フィルのブル0が放送されたのが懐かしい インバル/フランクフルト放響の2番
ノーヴァク版て書いてあるけど実際はハース版じゃね?
スコア(音友)でvideになってる小節全部やってるみたいだけど
(オーケストレーションの細部は俺にはわからんけど)
既出だったらスマソ >>238
ノーヴァク版の
・第1楽章第567小節
・第3楽章スケルツォ第124小節とコーダ第125・126小節
はハース版にない部分
インバル/hr響盤はそれらを演奏している
ただ、ノーヴァクは第3楽章で
ハースが復活させたスケルツォ・トリオの各リピート記号を抹消したのだが
この演奏はスケルツォ・トリオのそれぞれ前半をハース版のように繰り返している
(スケルツォ結尾の違いのためか、後半の繰り返しは行っていない)
以上から、「ノーヴァク版ベースの折衷的な演奏」というところかね