「田園」とはなんと退屈な曲だろう
>>1
田園が退屈なんじゃないそう感じたお前が退屈な人間というだけだ
まず退屈と感じた理由を書け お前ら勘違いしてるかも知れんが、
RVWの田園だからな 子どもの時から大好きだが、第2楽章だけは退屈する。長すぎる。 退屈なのは2楽章だな。
しかし、よくよく聴いてみるとやはり名曲だとおもうぞよ 第二楽章は飛ばすって・・・
あそこが田舎の田舎たるところなのに 曲にあきたと思ったらポケットスコア買って
vaとかFgだけ追っかけながら聴いてみるとか 田園を聴くと「心のともしび」っていうラジオ番組を思い出す 第1楽章こそ退屈。
標題作品のハシリ、多楽章構成、連続アタッカ
多くのチャレンジが見られる作品だけどね。 田園は映画『ソイレント・グリーン』を観たときのトラウマを払拭するのにかなり時間がかかった 田園の良さが分からない人生、それもありだとは思うが、自分がそうなりたくはないな ま、田園よりいい曲なんて星の数ほどあるしな。
実際べトのよりRVWの方がクオリティー高いし。 そういえば以前、ベト7のアンチスレがあったようなw ヴォーン・ウィリアムズの田園・・・・・・・・
ますます興味ねえw ベートーヴェン ピアノソナタ第15番ニ長調作品28「田園」 田園というが、ドイツに田圃があったのだろうかと、小一時間... 第5楽章のHirtengesangってとこからしても
牧畜メインのイメージじゃないのかな。 第4楽章終わりの遠雷から第5楽章へのブリッジ、これが田園のメイン。あとは要らない。w 田園は単なる田園描写の曲ではない。いわばベートーヴェンの信仰告白でもある。この曲は聴き込むといろんな面をみせてくれる。聴いて飽きることがない。 田んぼ相手に何か叫ぶってのは、
日本人でいうと海に向かってやるあれだな。
俺もよくやった。 >>41
日本人は夕陽に向かって吠えるものだぞ
さては...オマイ...
モグリだな... >>35-36
「Pastorale」の訳語として、「牧歌的」「田園的」とあるけど、
日本人には田舎の景色を形容するのに後者の方がしっくり来るわけだな この曲はドラマを期待するとがっかりする。嵐ったってありふれたもんだ。
何かを必死に聴き取ろうとするのではなく、ただ自然のうつろいに身を委ねる。
その意味ではベトの中では異色の作品と思ったほうがよい。ほとんど人間は描かれていないから。 神・人間・自然の関係と神を讃える存在である人間の姿が描かれている。どこに表現されているか聴き取ってごらんなさい、とは音大の授業だった。 だーからー。そういうレベルじゃないのよ。5番や9番のような人間臭いドラマ
を期待していると退屈するよってこと。 レベルの低い期待を持たれてもベートーヴェンは困惑するだけだろう
韓ドラを好む人間が小津映画を退屈だといってるようなものだ
退屈なのは理解レベルが低いためか聴き方が間違ってるかあるいはその両方だろう。 ベートーヴェンを聴くことが高尚だとでも思ってるの?
所詮は作られたものを、受動的に受け取ってるだけ。
正直、ベートーヴェンあたりのレベルの創作を実際にしてるくらいじゃないと、
レベル低いと思う
ベートーヴェン的な情動自体は、特に特別でもないしね、それを音楽の起伏で
表現するのも、作曲活動を継続して、音と自由に戯れるレベルになれば、まあ大したことではない。
まあでも俺は、べト10をつくろうとは思わないけどね、ベートーヴぇンの時代だからこそ許された、
形式上、美学上、感性上の古めかしい様式だから。
ま、現代では、新ロマン派も台頭してるとはいえ、技術面ではベートーヴェンの対位法や和声なんて、
芸大受験生なら習得してる。 ベートーヴェンを聴くことが高尚だとは思ってないがいろいろな聴き方があるとは思うだろ?
あと創作のレベルと理解のレベルを勘違いしてないか?もちろん創作する人間の方が素晴らしいと思うよ
ただここで勘違いした意見を吐き散らしてる時点であなたのレベルも知れるけどなw
作った曲をアップしてみなよベートーヴェンより上かどうか判別してやるから
創作のレベルはその受動的に音楽を受け取る人間が決めるんだぜ。
いくら俺はすごいベートーヴェンが大したことがないとここで書き込んでも
中学生の妄想程度に思われるだけだ。 >>48
俺の曲うんぬんよりさ、貴方は矛盾しているよ
49では、「理解レベル」の差異を主張してるよね、どう考えても49では、
いろいろな聴き方という水平の差異でなく、レベルの高い低いという差異を問題にしていると思うのだが。
で、貴方は、自分が高いレベル、少なくとも理解のレベルでは高いところにいる、と(暗に)主張している。
で、その理解のレベルの高さを、どう証明する?
それは、俺が自分の曲をうpして、評価を得るより困難なことだよ
俺の曲を評価する貴方が、高い理解のレベルにいることは証明できず、ましてや
うpされえないベートーヴェンの曲を高いレベルで理解している、などとは絶対証明できないだろう
むしろ、田園という名曲を正当に評価しているからこそ、高いレベルにいるのだ、という権威主義だ
だから俺が、>>50の反論をしたんだよ、ベートーヴェンの高尚さは権威的なものであって、
実質的なものでない、と。
そもそも、理解のレベルとは受容性のレベルだから、その受容性の程度を、能動的に表現しようとしても無理だ。
表現するとしたら、音楽で表現することで、自分の音楽レベルの高さをアピールするか(それが俺にはできる)、
文章で、批評家のようにアピールするかだが、そのアピールは美学的に裏付けられたものでなければならない。
共通の土台たるアカデミックな基礎付けが伴わないと、理解レベルという共通尺度における程度の差異すら、証明できないだろう
>>48
5番や9番のどこがドラマティックなんだ??? 52は自分で自分の言ってることが理解できていないな。
こういう学生の答案を採点するのはむなしい。 >>52
自分でもわかってない難しいことを必死に書き込むより
単純なアンカ―ミスをなくすようにしような
自分に酔いすぎて足元が見えてないw >>54
自分が理解できないからって、その責任を発言者に着せる典型だな。
俺の言葉遣いは徹頭徹尾論理的なんだが。
貴方でも理解できることだよ、要するに、「理解のレベルをどう証明するのか?」だ。
それでも分からないところは解説してあげるけど? 起伏のない人生を送っている人には確かに田園は退屈だよ 18歳以降からは名曲と思えるようになった
中学生の時は聴く気も起きなかったな >>58
なんでコンクールに出す作品を、素人にタダで聴かせなきゃならないんだ・・・ 無料どころか、おまえが皆に金を払って聴いていただくってものだろw
結果はブル3の初演以上に悲惨なものとなるがなw
>>62
息子
「お父さん、マヌケってなに?」
父親
「マヌケとは、自分の考えをわけのわからぬ長ったらしい方法で伝えようとするもんだから、
その話を聞いてる相手に自分のことをわかってもらえない人のことだよ。わかった?」
息子
「わからない。」
交響曲第6番「田園」合唱付き
角笛は なぜ
遠くまで きこえるの
あの雲は なぜ
わたしを まってるの
おしえて おじいさん
おしえて おじいさん
おしえて アルムのもみの木よ
稲穂は なぜ
黄金色に そまるの
あの風は どこに
かくれているの
おしえて おじいさん
おしえて おじいさん
おしえて アルムのもみの木よ
ねむるとき なぜ
田園は そっと見ているの
稲穂のなか なぜ
いつも あったかいの
おしえて おじいさん
おしえて おじいさん
おしえて アルムのもみの木よ >>67
つまんね〜〜もの、マルチしてんじゃねぇよ、ボケ 俺は終楽章第133小節から第164小節までが異常に好きで、ここで
感動したいがために全曲を聴いている。 田園という訳語がいけない。
どうしても稲作の田んぼが広がる情景をイメージしてしまう。
実際は違うんだよね? 森や湖や山に囲まれた平坦な土地という意味 じゃね? かかしが立っていると思ったら、ぼろきれがはさまった十字架であったでござるの巻 PastoraleのPastorは「牧人」「牧者」「羊飼い」
「いなか」に漢字を当てると「田舎」なくらいだし、
今でも多くの日本人にとって、地方の長閑な風景といえば「田園」風景だろうな 日本だと、田園より漁村のほうがひなびてる感じがするものだが
海外の漁村ってあるのかどうかはしらんが、どんな感じなんだろねぇ... やはり
交響曲第6番「野原」
と、すべきだったんじゃぁねぇのか??? ラテン語で天国の野原をフランス語にするとシャンゼリゼになる。ベートーベンの田園とはえらい違いだ。ww >>81
ピアコンの2楽章のあのヌメリ感は、そういうことだったのか!!! ところで、度田舎といえば古民家
古民家といえば、座敷わらしだよな
船には座敷わらしみてぇなのが欧州にもいるみてぇだが
家に住みついているのもいるんかねぇ??? ドナウやラインの河畔によくある血の匂いが染み付いたような古民家なら
それなりのものが住み着いているに決まっているが、これはだいたい性悪なやつらだ。
河畔というより川自体にも居たりするがこれもかなり性質が悪く船を沈めたりする。
座敷わらしに近いものはどちらかといえば森にいる。
トトロといえばウニだよな。
財布やらベルトやらの需要を当てこんだ乱獲でアマゾンあたりでもだいぶ減っちまったらしい。
俺の小銭入れもクロコダイル革だ。
このあいだ自動販売機前で思い切り中身をバラ撒いちまって必死でかき集めたんだが、
なにしろ人目もあって恥ずかしかったし、全部は回収できなかった。
そのときの怒りときたらもうね。 精神病院ってのは田舎にあるべきなんだよ
広々とした田園環境が望ましい 今は黄色い救急車があるからいいが(USO800)
ベートーヴェンの時代はナニで運んでいたんだろうねぇ... 「この曲の名前はなんでしょう?」
「う〜ん。答えがでんえん」
クラシックを知った最初の思い出 田園をクレンペラーの録音で聞いてみなよ
いかに駄作かということがわかる 確かに第二楽章とか聴いててだりーとか思うけど
たまに集中して聴いてると嵐が終わって最終楽章が始まるところとかホントに嵐が過ぎ去って
あ、またおひさま出てきたなーみたいなホッとしてるヨーロッパの田園風景が浮かぶ訳ですよ(行った事ねーけど)
今みたいに映像とか音楽が溢れてない時代の作曲家が情報多過な現代人にそんな印象抱かせるんだぜ?
やっぱあのモジャモジャ頭天才だわ