https://ameblo.jp/takatsuna0303/entry-12444249625.html
>クラシック音楽のコンサートでは、サイン会に一切行かない。
他、この記事に書いたことも忘れていませんよね?


話は変わるがこの記事にさらっとこんなこと書いてた

>その場の感覚と感性で、音楽や演劇をとらえることもとても大切だと私自身は思っています。
パーヴォさんは、私に対しては、
「きみは楽譜を読むなどの予習の必要がない」と
お考えのようです。

しかし、やはり、評論というのは、音楽においても、演劇においても、
ひとつの「設計図」であるから、
それをもとに、演奏や芝居をされる演者の方々の手引きになる役割も
果たさなければならないと、私も思います。

そういう意味で、別投稿に記載する、パーヴォさんの指揮を初めて聴いた、
マーラー交響曲第8番「一千人の交響曲」の評論は、
最初にパーヴォさんが、私のツイッターをfollowしてくださったときに、
「理想的な評論」だったのだろうな、と改めて読み返しています。


呆れた。先日の発狂の暴言も含めて。
パーヴォはこの化け物の道具か何かか。
評論家の方が上らしいぞ。