1960年代末の世界的なエレキ不況と1970年代のデッドコピー隆盛の背景には
1967年サマーオブラブ(公民権運動の派生)のフォークソングブームによる世界的なフォークギターブームと
1969年ウッドストックの一つ前のイベントから始まったとされる大規模野外フェスの爆音ハードロックの系譜の勃興があって
海外製の安くていい加減な形のビザール楽器市場は崩壊して
代わりに有名ミュージシャンが爆音で音の革命を起こしたそのまんまの楽器を売る企画を「誰か」が立てた臭い。

その「誰か」が誰なのか調べた記事を探したこともないんだけど
1970年代初頭には
・東海楽器がマーチンと提携してセカンドブランドのシグマギターを生産
・朝鮮戦争従事後テスコの米国販売や日本製Cortezの企画製造販売を手掛けたビジネスマンが、韓国に弟ブランド相当のCort/Cortekの大元を共同設立
・60年代末テスコ弦楽器の第一次破綻後、勢力を増したフジゲンが1970年代初頭からグレコとイバニーズにコピーモデル供給(本家ブランドの国内商標権取得の上w)
・テスコ弦楽器破綻に伴い、本家河合テスコ・ブランドのカタログに突如コピーモデル登場
といった事象が発生しているので、1969-1970年あたりにどこかで誰かが形振り構わずデッドコピーを作るような強硬なビジネスを提案したのは確かだろう。

同じ時期、東アジア以外の安価な製造拠点としては
依然としてイタリアや東欧が健在だったはずだけど
結果的にそれらのメーカー製デッドコピーというのはほとんど存在していない