連投すみません。

私の知人が、今まさにツイッターでいい事を呟いていたので、紹介させて下さい。

「変化した箇所を把握して褒めてあげることが大切だけど、褒められる側がその変化を振りかざしてきたらそれはスルー(笑)

自分に対する評価は自分からじゃなく見た人がするもんだから、変化して見えなければそれは変化じゃないから。」

自身、ここでは自身のプレイや音なのかな。それが第三者にどう聞こえているのか、どう評価されるのか、やっぱり気になるよね。
でもさ、こういう場では、やっぱり聞かせたい、評価されたい対象を選ぶ権利はあるわけであって、それを自身の音源を自画自賛している人間には、聞かせたいとは思わないよね。

俺が何故、音源を晒そうと何度も思いつつ、実行しなかったか、わかった気がする。

俺は少なからず、音源を提供してくれた人には、全員ではないにしろ何かしらリアクションをしてきました。
彼らに対して、俺は聞いて欲しい人間ではないかもしれないけど、良いと思う箇所には手放しで賞賛してきました。

何故なら彼らは、自身のプレイや音の自我を押し付けないからです。
否定するのは簡単です。でも肯定する、良いところを見つけてあげることが、こういう世界の音楽家たる姿勢なのではないでしょうか?

真のプレイヤーは自身に対して厳しい。私はそういう人を尊敬しますし、そういう人に音を聞いてもらい、評価してほしいです。