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素人おじさん バレエ奮闘日記 3冊目
0001踊る名無しさん垢版2022/09/27(火) 08:39:47.99
あなたの教室にもいるかもしれない…

東京の、プロダンサー養成をする黒崎バレエアカデミー、
大人のオープンクラススタジオのベルベット、
その他海外のバレエ団、バレエに関わるさまざまな人の物語。

主人公の会社員の田中さんが、二十代半ばでバレエを始めてから
約2年たった2002〜2003年ころの回想が進行中。
田中さんは現在、地方に転勤になりバレエを続けている。

○ルール○
名無しが適当にストーリーをつくり適当に投下していく完全暇潰しスレ。
連投も全然OK。
語彙力文章力一切問わず。
マニアックなバレエネタも大歓迎。

登場人物の追加やおじさんの設定を勝手に追加してもよし。
展開がカオスな方向へいっても自由ですが、
あくまでもバレエものなのでバレエから脱線しない。

>>2に注意事項と過去スレ。
0002踊る名無しさん垢版2022/09/27(火) 08:41:57.68
※おじさんやその他登場人物に関して、実在人物をモデルにするのは構いませんが、
それによるトラブルは保障しかねるため
不特定多数が閲覧していることを視野に気をつけてください。

※犯罪や精神障害などの話は荒れがちなので
既存キャラを使わず自分で新しいキャラとプロットを作ることをお勧めします。

1スレ目
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/dance/1639368993/
2スレ目
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/dance/1652912791/
0003踊る名無しさん垢版2022/09/27(火) 18:34:58.21
百合は教会員でビアンバーで働く女の子、笹木麗奈(ささきれいな)と仲良くなり、一緒にエンジェルバレエ教室に体験レッスンを受けに行くことにした。
教会員の中で同世代の女子は彼女だけというのもあるが同じ歌舞伎町で働く仲間という意識もあった。

「百合ちゃん、黒崎バレエでオッサン達にセクハラされて大変だったんだね。
なのに被害者の百合ちゃんまで辞めさせられるなんて酷いよ!」
「でも、営業してるって誤解を与えちゃった私も悪かったんだと思う。本当は凄くショックだったけどね…。それにお金持ちばっかりで私とは住む世界が違ったわ」

百合は苦笑いしながらそういうと、礼拝堂の中へ入っていった。主日礼拝の時とはイメージがガラッと変わり、リノリウムとバー、鏡が設置されている。
黒崎バレエの立派な設備とは程遠い簡易なものであったが、百合は胸を踊らせていた。
0004踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 00:57:43.19
百合は麗奈に急接近し、2人は同棲を始めることとなった
百合は以前から性欲が人並み以上だったが、それもそのはず心が男だった
だから性に奔放だったと説明がつく
それから2年が経ち、麗奈は32才となるが、2人とも子供が欲しくなってきた
百合は性転換手術をし、名前を勇樹と変え男性として生活をしていたのだ。
当然2人の間に子供が出来る筈はない。
養子を貰うつもりはなかった。
麗奈は義理弟に精子を分けて貰えないか相談したがあっさり断られてしまった

それからさらに2年がたつ
とうとう34歳、タイムリミットが近づき焦らずにはいられなくなり、ヒステリックになることも珍しくなかった
そんなとき、百合の義理弟に例のお手伝いについてダメ元で頼み込みOKの返事をもらった

しかし、2人には僅かな蓄えがなく、人工受精は諦めるしかない
百合には我慢してもらい、義理弟と2人っきりになれる場所を探し回った
ホテル街はすべて満室で、また無言で高速を長い間走る
義理弟にもたれかかっていた麗奈は居眠りをしてしまっていた

冷たい人気のない工場の跡地

義理弟が麗奈に覆いかぶさる
薄紫の靄に包まれ、静かな並に漂う舟
この世界に取り残された
…もうどうなってもいい

麗奈の大きくなったお腹を優しくさする
筋肉隆々としているのは勇樹だった
0005踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 01:46:13.84
オジサンもイケメンも男性はバレエ界から忽然と姿を消してしまった

誰からも男性は必要とされなくなった
医療の発達で逞しくなったレズビアン達が男性パートを踊り、女性を軽々とリフトする

ビアン達による「レインボーバレエ団」が大人気でチケットが飛ぶように売れ、団員も自活し、ストレートと呼ばれる普通の男女の恋愛観をもつダンサーからは羨ましがられるのだった

旗揚げ公演が行われた
プログラムを開くと爽やかなイケメンが微笑んでいた

写真の名前はYUKI
YUKI
YUKI

何度も何度も呟き
麗奈は涙が溢れた
0006踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 13:10:54.64
「そういう勝手な妄想をされるのもビアンあるあるなのよね…。心が男だから女が好きになるんだとか。私普通に女なんだけど…
ノンケのトランスジェンダー男性がビアンと思われたりね。男っぽいビアンもいるけど女だし」
と麗奈。

「性に奔放な女だっているわよ」と百合は不機嫌に言った。「私は歴とした女の子なんだから…っ! 女の子はお淑やかで性欲がないなんてオッサン達の妄想でしょ!」

トランスジェンダー男性である神野牧師も、二人の愚痴を端からききながらそうした誤解や偏見がいつも付きまとうなと内心で呟いた。
それによく言われる「心が男」っていうのも違う。男性であるが典型的な男性とは身体や境遇が特異であったに近い。その特異な点を除けば自分もそこら辺にいる平凡な男だ。
0007踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 18:01:45.43
ジェイムズの舞台は大成功だとマスコミでほめたたえられた。

とういうのも、息子と和解した父親の伯爵が
カネとコネを最大限に利用して、
主なバレエ批評家たちや関係記者に働きかけたからだ。

有名ファッション雑誌『モード・ヨーロッパ』には
上半身裸のジェイムズのセクシーな写真が掲載され
「戻ってきた王子様」と宣伝された。

ビジネス戦略は功を奏し、劇場に通う新規のミーハーファンが生み出された。

「動員数も大幅に増え、興行収入もアップ。
停滞していたバレエ団を立て直すのに成功、言うことないよ」と
経営側は満悦の表情だった。
0008踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 18:02:17.74
ミーハーファンやパトロンのマダムと交流するために
父親所有の貴族の館で、華やかなサロンも定期的に開かれた。

「私生活のことは一切外に出さないようにしてくれたまえ」
と、ジェイムズはきつく申し渡された。

「君が結婚して子供がいるとなるとパトロンのマダムたちが
どう反応するか目に見えてるからね。

君はファンに夢を売る商売の目玉商品。
賞味期限は長くないということをきちんと理解してくれ」
0009踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 18:06:15.37
興行的な成功の一方で、バレエ通の観客やバレエ団内での
「ジェイムズは、カネの力でプリンシパルになった」
との厳しい批判は、ジェイムズが引退するまで延々と続くことになる。

「噂通り美しかったわよ。登場から三幕の途中までは」
「道化のレオが最高に盛り上げただけに、そのあとの王子が残念よ。
主役のコーダがあれでいいの?」
「ほんと容姿はいいんだけど、そのぶん見せ場で裏切られた感がひどい」

熱狂的なファンと同じくらい、辛辣な見方をするアンチも生まれた。

「君の父親のカネやコネが動いたのは本当のことだろ。
批判を気に病む暇があるんなら
それをはねのける気持ちでテクニックを磨くしかない」
当初からジェイムズのプリンシパル採用に懐疑的だった教師は言った。

「何を言われようと真ん中で踊り続ける覚悟があるならね」
0010踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 18:07:24.92
「男はオオカミなのーよぉ♪」
「オオカミと踊れーよ街中のキ―ッズ」

白王子市の小さなカラオケ店で一人
超懐メロから最近の歌まで歌いながら田中さんは考えた。

って、なぜオオカミはそんなに悪者なんだ?

うちのばーちゃんちの近くには、オオカミは神のお使いとして祀ってる神社があるぞ。
火事にまっさきに気が付くとか、害獣を追い払ったとかで。
0011踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 18:07:49.64
そんなことが気になってしまい図書館で調べた田中さん。

昔、自然の前に人間はもっとずっと弱い存在だった。
集落の間には森林があって、肉食獣がうろうろしてた。

日本のように多神教的な考えでは、
火の神、水の神、バレエの神、オオカミは神!
畏れ多いものは、なんでも神!

キリスト教は一神教なので、オオカミを悪者にした。

見方一つ、考え方一つで世界は180度変わってしまう。

都心から地方都市に転勤になったのも、
都落ちじゃなくて、チャンスだと思うことにしよう。

王子や青い鳥をやりたかったけど、オオカミも頑張ろう。
一応、初めて女性と組む役、俺の初のパドドゥじゃないか!
0012踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 18:08:39.86
赤ずきんちゃん役は小学校2年生の美咲ちゃん。
低学年のクラスで一番覚えの良い賢そうな子だ。

「がおおお〜こわいだろ〜!」
「ぜーんぜんこわくなーい。ブハハハハハ!」

豪快に笑う小学生女子だな!
俺もまだオオカミとしての迫力が足りてないらしい。

「ねえねえ、田中さんは何歳からバレエ習ってるのー?」
「俺は25歳のとき始めたよ」
「うっそー、私は3歳から!」

うっそーって…。
ここの子は全員小さいころから習ってるから、
俺みたいに大人になってから習う人見たことないんだな。
0013踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 18:08:59.79
赤ずきんちゃんが跳ぶときにサポートしたり、抱えて退場するところがある。
美咲の体重は20kgちょっと。
選ばれただけあって、カンが良く、上手いタイミングで跳んでくれるから
サポート初心者の田中さんでも全然平気だった。

「けっこういいわよ。子供にタイミング合わせるの上手いわね」
と小石川夫妻に褒めてくれた。

これ、大人の女性だと大変だろうなあ。

紗江子先生相手だったらどうなるんだろう。
長身ドS美魔女の紗江子先生が
赤ずきんちゃん役を踊るとは思えないけど…。

しかし、一人で跳ぶ箇所では
「空中で、つま先と膝を伸ばしてえ!!!
グランジュテの足先がトンカチ!!!
とダメ出しされるのは、黒崎のときと変わらなかった。
0014踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 18:10:29.32
「日々の嫌なことは、すべてスタジオの外に置いてきてください。
余計なことを取り払った、まっさらな気持ちで。

レベランスには、尊敬よりさらに深い、畏敬の念、崇敬の気持ちという意味があります。

さあ、今日のお稽古始めましょう」

教会の礼拝堂に、バレエ講師、加護祥子(かご・しょうこ)の凛とした声が響いた。

加護は、以前は個人のバレエ教室を主宰していた。
40代で大病をし、医師の宣告とともに自分の死を覚悟したとき、
まっさきに頭に浮かんだのが、教室とたくさんの生徒たちのこと。

知人のつてを頼りに、教室を引き受けてもらう人を探しまわり、
手塩にかけて大きくした教室をそのまま人に譲った。

何年かの辛い闘病生活を経たあと、幸運にも復帰したときには、
加護にとって、生きること、踊ること、バレエを教えることの意味が
以前とは少し違って見えていた。
0016踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 18:34:42.97
「ねえ王子様。今晩、私の部屋に来てくださるかしら…?」
マダムが妖しい笑みを浮かべて、ジェイムズの膝の上にそっと手をおいた。

「夫を亡くしてからもう8年…。寂しいのよ。その代わり悪いようにはしないわ」
「…ええ、マダム」

父親フレデリック伯爵は息子を実際に商品としか見ていなかったのだろう。パトロンのマダム達には身体を売ってでも気に入ってもらえとジェイムズに要求した。

行為の間はとても気持ちが良かったが、終わってしばらくすると自己嫌悪で心が押しつぶされそうになった。
0017踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 20:24:10.10
去年引退したプリンシパルの一人もそうだ。
15年前は天才肌のイケメンスターとして持ち上げられていたし、
取り巻きのようなパトロンマダムが何人かいた。

ところが、彼が40過ぎたころから観客は手のひらを返したように
「見飽きた」「容姿も技術も衰えるの観るのが辛い」「もっと若い人に主役を」…

さらには最有力パトロンマダムまで、
「過去の思い出はきれいまま残して、早く引退させてほしい」
と言い始めたのだ。

ここ数年で変わってしまった劇場の雰囲気を取り戻すために
ジェイムズを呼んだんだ。
容姿の良いジェイムズなら、離れてしまったマダムたちも気にいるだろうから。
0018踊る名無しさん垢版2022/09/28(水) 22:25:32.24
その頃、九条家はある一通の招待状によりイギリスへ出立の準備を始めていた。

「ワイズウェル伯爵ってどんな方なのかしら」
「親戚の経営する会社のお得意さんらしいですが、私もお会いしたことは…」

ナオミとその夫九条は、フレデリック伯爵が開くパーティーに招待されたのだ。
そのパーティーは伯爵がビジネスで関わりを持っている人物とその家族を招いた年に数度はあるイベントだ。

「イギリス…。行ってみたかったんです」
「それは良かった。もしナオミさんがよければ一緒に観光でもしませんか?」
「ええ、喜んで」
0019踊る名無しさん垢版2022/09/29(木) 06:43:04.59
劇場のマネージャーはジェイムズがお気に入りだ。
マスコミを通じて話題になれば観光に来る人も増え
地元ビジネスとの結びつきも強くなり
さらなるバックアップも期待できる。

「我々は大変な時期を過ごしてきたんだ。
北アイルランド紛争がひどい10年前は
劇場近くのホテルが二度にわたって爆撃の被害を受けた。

そんなときにも、我々は劇場を開き続けた。
劇場は我々の誇り。
君は劇場を盛り上げるために呼ばれたんだ。

今はヨーロッパじゅうで身一つで乗り込んできた外国人が
実力と努力でスターダムにのし上がっている。
ロンドンだってそうだ。

君の自慢は、出自、カネ、コネ、容姿だろ。
持ってるものは使え。
我々も大いに利用させてもらうから」
0020踊る名無しさん垢版2022/09/29(木) 09:08:09.57
北アイルランドにあるベルファストはロンドンに比べると十数分の一の規模の地方都市だ。
歴史的建築物が多く、どこか一時代前の古さを感じる。

劇場から2kmほど離れたところにあるのは、ピースウォール「平和の壁」。
カトリックとプロテスタントの居住区が分かれているベルファストで、
双方の衝突を抑えるために建てられたものだ。

あそこはカトリックが行く店、プロテスタントはこっちの店というように
教派によって棲み分けがされており、もちろん住む場所も分かれている。

この殺伐とした空気感は、アートの分野にも確かに影響してきた。

「この停滞した街の芸術を活性化させるには
外部から大量の客を呼ぶことが必要なんだよ。
それには、潤沢な資金と、話題性だ」
0021踊る名無しさん垢版2022/09/29(木) 20:31:28.60
「スターが欲しいな!できれば実家の太い!」

日本のS&Bバレエ団の監督も同じことを考えていた。
長年踊っていた女性プリンシパルたちが続けて引退したあと、
看板となる女性スターが不在となった。

そこで、入団二年目の若い女性ダンサーを大抜擢して売り出したのだが…

『S&Bバレエ団・次世代の新星』とでかでかと宣伝されて
プレッシャーに負けてしまったのだろうか。

白鳥の初日、三幕のコーダで大きく崩れ
観客に「ごめんなさい」と謝っているようなレベランスをしていた。
あとの二回の公演も、信じられないほど精彩を欠いたものだった。
0022踊る名無しさん垢版2022/09/29(木) 20:36:02.91
落ち込む新プリマに、「次、頑張ればいいよ」
「調子が悪かっただけだから」と声をかける人もいたが
ここ一番の舞台が台無しになったのは本人が一番わかっていた。

バレエ団と懇意のバレエ批評家たちは
「素材は申し分ないので今後に期待したい」
と奥歯にものがはさまったような文章を載せていた。

結局、彼女は半年もたたずに退団していった。

「プレッシャーや失敗のストレスで踊れなくなるなんて繊細すぎるんだよね」
男性プリンシパルの神代煌介は思った。
「俺は真ん中がいい。プレッシャーがあるほうが燃える。それがダンサーだろ」
0023踊る名無しさん垢版2022/09/29(木) 22:08:24.25
加護の指導するエンジェルバレエ教室では、小さな子ども達からお年寄りまで老若男女集まっていた。
プロを目指しているとか本格的にというよりも、趣味や教養のために来ている層の集まりだ。だからであろうか、とても和やかな空気に包まれている。

「麗奈ちゃんのレオタードお洒落」
「でしょ? バレエショップルルベの新作なんだ」

セロリアンブルーのレオタードに白い巻きスカート姿の麗奈がクルッと回った。

「私もレオタード買おうかな…」
「そうしなよ。かわいいレオタード着るのもバレエの醍醐味だもの!」

嗚呼、こんな風に友達と何気ない会話するのはいつ以来なんだろう。
百合は目の前の現実がどこか自分にとって現実離れしているような感覚がした。
0024踊る名無しさん垢版2022/09/30(金) 09:47:27.13
その頃加護は今で胡座を書き、鼻くそを穿りながらSNSでバレエ教室の生徒募集についてブログを書いていた

「我ながら良い出来栄え!」
トップ画面の色彩調整、文字装飾、キラッキラにし派手で人目を引いていた
他の教室は一言で言うと地味で面白味がない
SNSにおいてのみ頭角を表していた

これらのスキルはいつしかバレエ教室が素晴らしいと人々を勘違いさせ生徒を取り込むことに成功する

こうして加護は裸のバレエ教室運営者となった

誰もが加護が正しいと信じ、従い、崇める
ワンマン経営を誰も止めることはできない

バレエ界のラスボスが誕生した
0025踊る名無しさん垢版2022/09/30(金) 11:25:48.43
病に倒れる以前の加護祥子は、
自分の教室の存在感を大きくすることに躍起になって
がむしゃらにバレエに取り組んでいた。

バレエに関わる限り、休むことなく全力で走り続けなければいけない。
子供のころから、ずっとそう信じて生きてきたから。

そんなときに、体調不良が続いた。
何軒かの医者に診てもらっても原因はわからない。
紹介状を書いてもらい大病院で検査を受けてみれば、
診断結果はステージIVの悪性リンパ腫だった。
0026踊る名無しさん垢版2022/09/30(金) 11:25:59.47
教室を手放して、貯金を崩しながらの闘病生活が数年続いた。

「複数あった腫瘍は完全に消失しました。
あとは定期的に検査を受けに来てください」

医師にそう告げられた日には、

道端に芽吹く木々の緑を見ても
そよ風を頬に感じても
小さな子供が元気に走る姿を見ても

強く心を打たれ涙ぐんでしまった。

「九死に一生を与えられた」「大いなる何かに生かされて生きてる」
そんな思いが加護を教会へと向かわせた。
0027踊る名無しさん垢版2022/09/30(金) 11:37:07.49
教会では特技を持った会員さんたちが講師になり
ささやかな講座やサークルがいつくか開かれていた。

聖歌隊、フラワーアレンジメント、カリグラフィー、
子供の読み聞かせやボランティアの会などだ。

ある日、神野隼斗に提案された。
「加護さんは、バレエの先生だったんですね。
バレエ講座を開きませんか」

「病気の間に筋肉が落ちて、階段を上がるのも息切れしてしまうんです。
再び教えるなんてとても…」

一度は断ったが、その提案は加護の頭から離れなかった。
0028踊る名無しさん垢版2022/09/30(金) 11:40:43.23
「紗江子先生!結婚するって本当ですか?!」
「何よ。わざわざ転勤先から電話してきたと思ったら、そんなこと?」

黒崎バレエアカデミーの事務所で
田中さんからの電話を取った紗江子は呆れていた。

「ひどいっ!一番弟子である俺に結婚を隠してたなんてっっっ!」
「いつあなたが私の一番弟子になったのよ?」
「俺の心の中では、ずっと、ずっと、俺が、紗江子先生の一番弟子なんですっ!」

「はいはい。わかったわかった。そっちではバレエやってるの?」
「今度小石川先生の教室で眠りのオオカミします。がおおおお!」
「(…がおおお?) 元気そうでなにより。レッスンが始まるからじゃあね」

紗江子は受話器を置いた。
「田中さんから電話なんて初めてねえ。何か事件なの?」
「いいえ。以前と変わりなく元気な田中さんだったわ」

「一番弟子のつもりだったんだ…」
紗江子は面白そうに笑ってスタジオへ向かった。
0029踊る名無しさん垢版2022/09/30(金) 11:50:36.07
黒崎バレエアカデミーで中村さんはつぶやいた。

「仲良い人が突然いなくなるって、さみしいな。
僕はそんなに友達を求めるタイプじゃないんだけど。
素行不良で追い出された人はしかないとして、
メンバーが入れ替わってきたな」

ボーイズ基礎クラスには、また新たな素人おじさんが増えてきていた。
0030踊る名無しさん垢版2022/10/01(土) 10:57:59.75
九条ナオミとその夫はロンドンの行われた伯爵のパーティに出席していた。

高級街メリルボーンにたたずむホテル会場で開かれたパーティには
大勢の人が集まって歓談している。

「スコットランド議会の復活は、こちらにも影響あるだろうか…」
「グラスゴーの新会社は投資する価値があると思うが…」
「この後はオックスフォードソサエティの会合に行くので…」

ビジネスや名門校つながりの大勢の客の中
伯爵と直接かかわりを持たない二人は少々困惑していた。

そんな二人に、「日本の方ですね」「お若い可愛い方」
と親し気に話しかけてきたのは在英法人の日本人男性だった。

「人が多くて驚きました。伯爵は手広くビジネスをしてらっしゃるんですね」

「あの方はワンマンでわがままなんですよ。欲しいものはなんでも手に入れる。
一度は没落しかけた家を立て直したやり手でもあるんですがね」
0031踊る名無しさん垢版2022/10/01(土) 10:58:41.23
「観光がてら、親戚の代わりに軽い気持ちで出席したのですけれど
こう人が多くては伯爵にご挨拶もできませんね」

と九条が笑っていると、伯爵のほうからやってきた。

「日本の放送局のロンドン支局のご家族と、九条実業のご親戚の方ですね!
日本からはるばるようこそ!」

伯爵は大勢の招待客の一人一人を完全に把握していた。
やり手というのは本当らしい。

今でこそ、メタボ気味の腹に、薄い頭髪、赤ら顔のおじさんだが、
背が高くがっちりした胸板を持つ伯爵は
若いころは名門大学のポロクラブの選手だった。
その運動神経は息子に受け継がれたのだろう。
0032踊る名無しさん垢版2022/10/01(土) 11:00:28.80
「奥様はバレエの経験がおありと聞いています。
わかりますよ!私の息子がバレエダンサーなので」

「息子さんがバレエダンサー…」

バレエと聞いたとたんナオミは胸の奥に痛みを感じた。

ベルベットのくるみ割り人形の舞台を終えたあと新生活が始まり
家のことを優先してレッスンの回数を減らしていたため
以前のような達成感は得られなくなっていた。

あの白い雪が舞う舞台で感じたような気持ちには二度と…。

「息子は北アイルランドの劇場でプリンシパルに抜擢されたんです。
女性ファンに大人気なんですよ!
バレエ団のパンフレットや息子が載った雑誌もあるのでご覧ください。
少し遠いですが宿泊先も手配しますよ!」

伯爵は誇らしげに言うと、また次の客へと移っていった。
「スコット夫人!聞きましたよ!
息子さんが無事ケンブリッジを卒業されたそうで…」
0033踊る名無しさん垢版2022/10/01(土) 11:00:46.19
北アイルランドにある伯爵所有の館は
長年メンテナンスができずほとんど廃墟になりかけていた。
ジェイムズが子供のころに一度泊まったときには
お湯もろくに出ない寒くてこごえるような古臭い館だった。

それを変えたのは伯爵の三番目の妻であり
アメリカ人実業家の娘だ。

今では手入れされた庭に、改修された館内にはバロック調の調度品が備え付けられて
美しいホテルに生まれ変わり、多くの観光客を呼んでいる。

ジェイムズのファンとのサロンや
パトロンマダムへの接待にも使われているその館は
「key of heaven」とも言われる黄色いカウスリップの花に囲まれていた。
0034踊る名無しさん垢版2022/10/01(土) 11:12:33.15
「天国の鍵」と呼ばれる可憐な花に囲まれた古い館がホテル。
それは素敵ね…。

ナオミは会場に置いてあるパンフレットを見てから
伯爵の息子が載っているという雑誌を開いた。
『帰ってきた王子』…
0035踊る名無しさん垢版2022/10/01(土) 16:26:11.99
息をのんだ。

「有沢…さん……」

いや、とても似ているが別人だ。
世界には似ている人が三人いるという説もきいたことがある。

ジェイムズ・ワイズウェル…青い瞳の彼は有沢ケイトではない。
年齢も違う。出自も違う。

だがナオミは、この雑誌をみたために有沢ケイトとの記憶が溢れるように蘇ってきてしまった。
夫との結婚が決まり、封印した記憶……。ナオミの不実の初恋。

噂では有沢ケイトは、このイギリスの地にいるという。そして自分は今彼と同じ国の大地に立っているのだ。
どこかに彼はいるのだろうか。どこかに……。

「ナオミさん、大丈夫ですか?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと人が多くて酔ってしまったみたい……少し夜風に当たってきますね」
0036踊る名無しさん垢版2022/10/02(日) 01:26:27.96
ケイトはヨーグルトの国、ブルガリアにいた
ヨーグルト三昧の日々、いちごジャムなのお砂糖だのたっくさん、たっくさんかけて食べてます
そんなとき、まちに音楽隊がやってきました
ケイトは楽しくなって踊りました
0037踊る名無しさん垢版2022/10/02(日) 08:44:26.04
田中さんは眠りのオオカミの役作りのために、オオカミのモデルを考えた。

「オオカミはだいたい犬と一緒だよな。遺伝子も似ているって言うし」

そこで思いだしたのが、田中さんの実家で飼ってる二頭の柴犬だ。

一頭は、とても穏やかでお利口さんのメス、
もう一頭のヤスは、おっちょこちょいでちょっとおバカだ。

ご近所さんがペットのうさぎを連れてきたときには
「可愛い生物が来た!」という顔でしばし様子をうかがったあと
「友達になりたいなあ」とそろそろと近づいていった。

「そっとね。ウサギちゃんびっくりしちゃうからね!」
とまわりは制止したのだが
ヤスはつきまとってしまいウサギを怖がらせてしまったようだ。
0038踊る名無しさん垢版2022/10/02(日) 08:44:54.05
「ウサギちゃんと一方的に仲良くなりたい犬!
これで赤ずきんちゃんとオオカミのイメージは完璧!」
と田中さんは自信満々だったのだが、

その次の練習では小石川先生に
「怖いオオカミというより、人なつっこい犬みたいになってきたわねえ」
と言われてしまった。
0039踊る名無しさん垢版2022/10/02(日) 08:50:40.29
「やはり野生のオオカミと飼い犬では狂暴さが違うよな」
と考え直した田中さんは
今度は、テレビの悪役俳優を真似て、鏡の前でコワモテの悪人顔を研究し始めた。

眉間にしわを寄せて、上から威嚇するようににらんで、
人を寄せ付けない、今にも襲い掛かりそうな顔…

翌日会社に出勤すると、女性たちが怖がって言った。
「ど、どうしたんですか?田中さん。何かあったんですか?
今日は目つきが怖いですよ」
0040踊る名無しさん垢版2022/10/02(日) 10:16:47.87
ヨーグルトの夢を見ていたケイトだったが、実際はワイズウェルの親戚の別邸で軟禁生活だ。
田舎で敷地は広大、様々な設備や食事、使用人達や医療スタッフもおり何不自由ないのだが、一人での外出はかなわない。
0041踊る名無しさん垢版2022/10/02(日) 11:16:46.42
発表会の練習が進む白王子バレエスタジオでは
「直也くん、すごいなあ、脚あんなにバシバシ打てて!」
青い鳥のコーダの練習をしている中学生の直也を見て
田中さんは感心した。

「あれ、俺もやってみよう!」
田中さんが青い鳥のコーダのブリゼボレをやっていたら
小学生男子2人もやり始めた。
観てるぶんには簡単だが、脚が動かない。

「うっ!はっ!うっ!はっ!」
「違うよ、田中さん!横にはみ出さずに、斜めに進むんだよ!」
「うっ!はっ!うっ!はっ!」
「着地のたびに上体落とすと余計大変になるよ!」
「うっ!はっ!うっ!はっ!」
「アロンジェの場所忘れてるよ!」

中学生にダメ出しされてしまう田中さんであった。
0042踊る名無しさん垢版2022/10/02(日) 11:17:01.56
「君たち、楽しそうでいいねえ」と
パパ先生こと小石川誠先生が入ってきた。

「前後に大きく動いているように見えるけど
実際はみぞおちの高さをキープする気持ちでね」

先生に軽く手を添えてもらって跳ぶとあら不思議、
鏡にうつる姿がさっきより断然サマになってる!

これはパパ先生のサポートが上手いのか。

それとも…

やはり…

俺の実力かっ!
0043踊る名無しさん垢版2022/10/02(日) 11:24:41.38
「直也くんもお父さんみたいなプロを目指してるのかな?」

田中さんに聞かれた直也はあっさりしたものだ。
「プロは別にいいかなー。
弟の拓也のほうが運動神経いいし。親もプロは大変だって言うし」

なんと無欲なことよ。
黒崎バレエアカデミーには
「こんどこそ主役」「海外に出る」「プロになる」
とメラメラしてる中高生が山ほどいたのに。

上手なのにもったいないな、と思ってしまう俺は、
知らず知らずのうちにあの競争社会の
ヒエラルキー思想に染まっていたのかもしれん。

「このあたりじゃライバルもいそうにないもんね」

「今年の夏も東京の夏期講習行くかって聞かれたんだけど
夏休みは毎日プール通いして読みたい本読んで
レゴブロックで大作も作りたいからやめた」

レゴブロック>>>バレエかい!
そんな小中学生ボーイズ3人にまざり田中さんは練習を続けていった。
0044踊る名無しさん垢版2022/10/02(日) 15:45:24.92
そういえば、主役のデジレ王子は誰が?
田中さんは気になって、パパ先生に訊ねた。

「ああ、この辺で一番大きなバレエ団付属学校の先生が来てくださるよ。藤原嘉夫(ふじわらよしお)先生」

「凄く優しいし面白い先生だよ! 前の発表会の時にも来てくれたんだ」
「男子に色々教えてくれるしね!」

小学生ボーイズ達の反応からしても子ども達に好かれる良い先生なのだろう。

「俺も、藤原先生から王子になるコツを伝授してもらうとするか…」

田中さんが独り言を言っていると

「田中さんっておもしろいね!」と何故か笑われてしまった。
0045踊る名無しさん垢版2022/10/04(火) 07:14:15.07
「にゃにゃーにゃーにゃん!」
「猫パンチ!猫パンチ!」

遊んでるんだか練習してるんだかわからないが
小学生コンビも発表会の振付の復習をしている。

「わかった!長靴をはいた猫だな!」
田中さんが言うと、

「にゃん!」
拓也と亮太がうなずく。

「にゃん?」
「にゃにゃにゃーん」
「にゃんにゃーん」

田中さんも小学生ボーイズに加わってにゃんにゃん言ってる様子を
ガラス戸越しにパパ先生ともう一人男性が見ていた。
0046踊る名無しさん垢版2022/10/04(火) 07:36:41.80
「大きい人が一人入ったんですね」
藤原嘉夫は物珍しそうに言った。

ローカルな白王子市から山を越えた先の
近県で一番大きな都市にあるバレエ学校からのゲストだ。

「珍しいでしょ。大人の男性生徒さん。
バレエ団の後輩の生徒さんで東京から転勤でいらしたんですよ。

小中学生と一緒では嫌かなと最初心配したんですけど
案外すぐになじみましたねえ」
0047踊る名無しさん垢版2022/10/04(火) 13:03:28.66
田中さんも最初はなじめないだろうと思ってた。

黒崎バレエアカデミーでは、各所から選ばれてきたジュニアと大人初心者の間には
マリアナ海溝のごとき深い溝があったのだ。
閉ざされた社会で激しく競争すれば、否応なく格差が生まれるものだ。
そして底辺レベルでも「おじさん下手」「おばさんみっともない」と
水面下で目くそ鼻くその醜い争いが行われる。

それに比べると、白王子バレエスタジオのボーイズたちは呑気の極み。
「ここで俺はキッズたちの『憧れのかっこいいお兄さん』にならなきゃな!」
と田中さんはニンマリほほ笑んだ。

「田中さんが来てくれてうれしいよ!トランプ4人でできるし!
今度一緒に人生ゲームやろうよ!」
「人生ゲームか。懐かしいなあ!」
キッズたちには遊んでくれる人だと思われてるようだ。
0048踊る名無しさん垢版2022/10/04(火) 13:09:51.95
ある日、ジェイムズは伯爵所有のカウスリップ・ホテルで会食をしていた。
会食の相手は、劇場の強力なパトロンであるキーラ・オサリバン夫人。

彼女の実家はもとはこの地で造船業を営んでいたマクマホン家。
軍艦や魚雷の生産も手掛け
戦争のたびに巨万の富を築き上げるとともに
今に至るまで周辺一帯の政済界を牛耳ってきた。

ワイズウェル伯爵夫妻も、古い館をホテルに変えるときには
オサリバン夫人の父親であるマクマホン氏に協力を求めて
わざわざお伺いを立てに行ったほどだ。
なぜなら、この地のあらゆるビジネスの成功の鍵は、マクマホン家が握っているから。
0049踊る名無しさん垢版2022/10/04(火) 13:13:43.96
「父はこの館がお気に入りだったの。
市街地のマリオットやマーチャントホテルでは知った顔に会うから嫌だって。
私もこの郊外の館でリラックスするのが好きなのよ」
オサリバン夫人はジェイムズとの二人きりの夕食にご機嫌だった。

「ホテルに改修するときに、マダムからアドバイスで
スパを作ったのが女性客に好評だったようです。
日々の喧騒を忘れる隠れ家といった売り出し方も
夫人のアイデアだったんだと聞いてますよ」
ジェイムズが微笑みながら言った。

父親はジェイムズに、パトロンマダムたちの機嫌は絶対に損ねてはならないと言っていた。
中でもオサリバン夫人は劇場にも伯爵のビジネスにも、重要人物だと。

「私はジェイムズが入団してくれてうれしいのよ。
しばらく好みのダンサーがいなくてバレエ観るのがつまらなくなってたから。
私好みの美しい男性ダンサーを連れてこないなら
資金提供を打ち切るって劇場支配人と話してたの」
0050踊る名無しさん垢版2022/10/04(火) 13:16:19.15
オサリバン夫人はさらっと言ってのけたが、
万が一、オサリバン夫人の資金援助が途絶えたら
劇場は致命的な打撃を受けただろう。
こんな地方都市で多くの団員を有し、
ロンドンにも負けない華やかな舞台セットで古典全幕を上演するには
公的な資金だけではとても成り立たない。

「突然降ってわいたような夢のようなオファーが僕に来たのは
マダム、あなたのおかげです。
僕はアジアでふらふらしていて、復帰を全く考えていなかった。
あなたはダンサーとしての僕を救ってくれた恩人です。
劇場も支えてくださって、どんなに感謝しても感謝しきれない…」

「ふふふ」
キーラ・オサリバン夫人は妖しい笑みを浮かべた。
「今日はゆっくりできるんでしょう…私の王子様」
0051踊る名無しさん垢版2022/10/04(火) 22:13:26.09
九条夫妻はイギリス滞在の間、ワイズウェル家で世話になることとなった。

ナオミはゲストルームのバルコニーのソファーに腰掛ける。月夜に白いワンピースが照らされて何とも幻想的だ。
心地良い風にうとうととすると、いつの間にか彼女は眠りに落ちていた。そして夢を見た。雪の国の夢であった。

「女王陛下、ご結婚おめでとうございます」
「おめでとうございます!」

雪の王国では盛大に雪の女王の結婚を祝う盛大なパーティーが開かれていた。お菓子の国や色んな国々の客人達が女王に挨拶をしていく。
女王ナオミは客人達に丁寧に挨拶を夫と共に返しながら、にこやかに微笑んだ。
けれど彼女はいつもそばにいた筈の存在を数多の客人達の中から無意識のうちに探していた。もしかしたら彼が、この中にいるのではないか…。

「…」

すると大広間へ入っていく人影をナオミは見つける。大広間の照明に照らされた姿を見たナオミは思わず立ち上がった。
一瞬にして客人達は静まり返り、音楽が止んだ。

白い軍服に白のマント。勝手に国へと帰ってしまったはずの白の騎士の姿が、そこにはあった。
客人達はざわざわし始める。

「…サー・ケイト……」
「陛下、ご結婚おめでとうございます。貴女様と殿下のご結婚を知り故郷よりご挨拶にうかがいました」
「何故……。何故来たのだ。よく私の前に顔を見せられたものだ…」

本当は彼の顔を見られて嬉しかった。だが同時に怒りもこみ上げて、思いとは裏腹に厳しい言葉しか出て来なかった。
女王は騎士に背中を向けて低い声でいった。

「二度と私の前に現れるな…」
0052踊る名無しさん垢版2022/10/04(火) 23:11:33.47
城の外ではちらちらと雪が降ってきた。
白い騎士は「私は、どこにいても、どんなときも、あなたの幸せを願っています」
と言ってそこから立ち去ろうとしていた。

この凍てつく国でひとりぼっちで、あなたのことを想っていたのに。
結ばれない恋だとわかっていても。

「病める時も、健やかなる時も、豊かな時も、貧しい時も、
命のある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「I do…」

誓いのキスを交わす前に、どうしてその前に、
迎えに来てくれなかったのか。
なぜ、そんな平気な顔をして、お祝いの言葉なぞ言えるのか。

あの古い映画のラストシーンのように。
城の窓を激しく叩き、「ナオミー!!!」と声の限りに叫び、
制止する人々を振りほどき、十字架を振りまわして、
ウェディングドレスを着た私の腕をつかんで、
人生丸ごと、私をさらいに来てくれなかったのか…。
0053踊る名無しさん垢版2022/10/04(火) 23:47:24.28
いや…彼に全て求めてどうするのだろう? 彼を一方的に責めてどうするのだろう?
私こそどうして彼の腕を掴まなかったのだろう。言い訳ばかりして、親の意向に流されるしかなかった。

ナオミは夢からさめた後、そんなことを思った。夢の中ぐらい、有沢さんと結ばれたっていいのに…と思いながら。
一方で、九条という良い夫の妻になれたに関わらず、今でもケイトを忘れられずにいる自分が怖くもあった。

その頃、ワイズウェル親戚別邸の自室で娘陽七と再会しテレビゲーム『トゥ○ムレイダー5』をしている最中、有沢さんは突然くしゃみをした。

「パパ、だいじょうぶ〜?」
「うん平気。…誰かが僕の噂をしてるのか…?」

と呟きながら、手慣れたコントロールさばきで攻撃を交わし敵を倒す有沢さんであった。
0057踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 07:56:23.15
「ジェイムズ、もう読んだかしら。
私が知り合いの記者に頼んで書かせたアメリカの新聞記事。
『北アイルランドのバレエの王子様』」

完璧な容姿、素晴らしいテクニック。
北アイルランドに真のバレエの王子様現れる。
今世界で最も注目されるダンサー。

大きな写真に手放しの讃美の言葉が並ぶのを見て
ジェイムズは不安げな表情になった。

「僕は…そんな世界中で騒がれるほどの実力のあるダンサーじゃない。
自分でもよくわかってるんです。

プリンシパルに抜擢されたのは幸運でしたし、
毎日、精一杯のトレーニングはしていますが。
こんな賛辞が独り歩きしているのは、不安で…」
0058踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 07:58:48.85
「ナイーブなのね。私の王子様は」
オサリバン夫人はジェイムズの頬をなでた。

「『長靴をはいた猫』を知ってるでしょ。
シャルル・ペローの童話」

粉ひき職人が亡くなり、三人の息子には遺産が分け与えられたが
三男には猫一匹だけ。
その猫は、貧しい三男を「カラバ侯爵」だと詐称し
さまざまな悪知恵を働かせ王様の取り入り、
農民にも「カラバ侯爵」だとウソを言わせて、三男は最後にはお姫様と結婚する。

「世に出る最初のきっかけは、まやかしでもはったりでもいいのよ。
写真を見て、記事を読んで、
世界中の多くの人があなたが最高のダンサーだと信じる。
人は知名度とともに、素晴らしいと勝手に錯覚する。

世界一、歌の上手い歌手がスターになるわけじゃない。
演技の上手い俳優が売れるわけじゃない。
あなたの美しい容姿に恵まれたサポート、弱気になる必要がどこにあるの」

「はい…マダム…」
0061踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 09:10:49.37
『デートをすっぽかされ一人で映画鑑賞。2000ドル払う。』
『おまかせヘアカットに失敗。3000ドル払う。』
上手くいかないことってあるんだよねー。

『消費税アップ!全員10000ドルずつ払う。』
『家族が通販にはまる。30000ドル払う。』
なんだと…。

『超ムズいクイズ大会でIQ300をマーク!45000ドルもらう。』
『ノーベル賞受賞する。80000ドルもらう。』
いいなあ…。俺もそのマス止まりたい。

『マカオの客船を買う。100000ドル払う。』
『ゴッホの絵を買う。200000ドル払う。』
ああう。こんなゴール間近に借金かー!
0062踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 09:11:04.84
ボーイズと田中さんは人生ゲームをやってみた。
結果は小学生の亮太の大圧勝。
直也拓也兄弟はほどほどで、田中さんはビリだった。
やったーやったー!と喜ぶボーイズ。

「ううう…片付けは君たちやってね!俺は失意のどん底だから!」

いいのだ。いいのだ。大人が負けるくらいでちょうどいいのだ。
これはキッズたちに保険や株とかお金の扱いを教え、
これからの先の大小の幸運と不運に満ちた人生の予行演習、
教育的なゲームなのだから。

しかし、なぜこんなに悔しいのだ!
「キーッ!もう一回っっっ!」

「田中さん、来週のボーイズクラスの後にしてください。
もうスタジオ閉めますよ!」
0063踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 09:20:37.75
大金使ってヨーロッパ留学
オーディションにやっとひっかかる
バレエ団で一番になれない
リストラされる
日本に帰国
仕事がない
風俗勤務
梅毒にかかる
0064踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 09:38:14.76
そうだなあ。人生ゲームにバレエバージョンあれば面白そうだよなぁ。

『コンクールでスカラシップ賞。3000ドルもらう。』
『1〜5が出たら日本コース。6〜9が出たら海外コースに進む。』
『バレエ団のオーディションを受ける。ルーレットを回して給与を決める。』
『ケガをして1回休み。』
『バレエ用品のモデルになる。1000ドルもらう。』
『スキャンダル発覚。30000ドル払う。』
『憧れの白タイツの王子様になって世界で活躍する。200000ドルもらう。』
0065踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 12:46:31.30
何のため?
無意味でつまらないこと書き続けてるな
ある意味スゴイ
0066踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 12:48:56.30
ここ暇つぶしスレだし、本格的な小説書きたかったら別スレ作るか他でやって。
0067踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 13:21:33.38
ここは文章崩壊スレだから、本格的な小説ではないからここでもいいかも
だからといって、ジジィ小説をなにもここで書かなくていいじゃん
0068踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 13:26:01.74
黒崎バレエアカデミーのボーイズ基礎クラスには
伊皆井(いみない)さんという新たなおじさんが来ていた。
彼の口癖は「こんなの意味ない」「無駄だ」「つまらない」だ。

「この訓練意味ないよね」と言い始めたら止まらない。
「俺、こんなのやっても踊れるようにならないし」
「このクラス、つまんない」
熱心な人を見ると
「よくやるよなあ。おじさんバレエなんか練習したって上手くならないのに意味ない」

「また始まった…」とまわりはうんざりしていた。
0069踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 13:26:42.98
無意味と言うのなら時間の無駄だから、他の場所へ行けばいいのに。
自分を楽しませるようなクラスを探せばいいのに。
この広い東京都内にバレエ教室何軒あると思ってるんだろう。

毎回、伊皆井さんがぼやきはじめると、まわりはそう思っているのだが
伊皆井さんは
「意味ない」「つまらない」と言いながら、このクラスに居座っている。
0070踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 13:27:33.67
彼は自分の心を言葉で自由に表せない。
思い描いた通りに身体が動かせないのと同じだ。
伊皆井さんの口を通じて出た言葉はことごとく悪口や嫌味、
ネガティブな言葉に変わってしまう。

裏にある俺の気持ちを汲み取れよ、という甘えもあった。
母親はそうしてくれた。
どんなに不機嫌でも「仕事で疲れてるんだね」
暴言履いても「親に甘えてるんだね」と好意的な解釈をしてくれた優しい母親。
残念ながら、世の中の誰も伊皆井さんの母親のようには優しくはなかった。

「俺は孤独なんだよ!他に受け入れてくれるとこなんかない!」
そんな本心さえも
「このクラス無意味!」という言葉に変わってしまっていた。
0071踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 13:30:11.91
「何のため?
無意味でつまらないと言うなら
あの人何のためにここに来てるんだろうな?」
みんなは不思議がっていた。
0072踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 14:32:19.88
つまんないスレとつまらないユーチューバー
存在意義はあるかしら
0073踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 15:06:34.51
「そーよねー。私たちの下手なバレエなんて存在意義なんてないわよねー」
初心者クラスのおばさんたちは自虐的になる人と
「なによ!私たちもお金落としてるから存在意義大ありじゃない!」と
攻撃的になる人とが存在する。

「みなさん哲学的ですね!」とモモ先生は笑った。
趣味なんだから、バレエが好きというだけじゃ足りないのかしら。
世界に存在意義を認められないと、バレエできない。
そんなことはないわよね。
「ここに来る存在意義なんて自分の中にあればじゅうぶんですよ!
それよりもレッスンに励んでくださいね!」
0074踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 18:18:15.86
黒崎バレエアカデミーでは新しいクラス編成と担当教師が発表された。
「紗江子先生、結婚して教える曜日を減らすので
とうとう初心者クラスの指導降りるって」

もともと選抜ジュニアクラスを教えていた佐藤紗江子は
高瀬蓮という最高のイケメン素材に目をつけて
無理やり初心者クラスの担当になったいきさつがあった。
高瀬蓮が上のクラスに行き、
10年ぶりに再開した天才肌の若い男性も去り、
もはや紗江子が初心者クラスを教える理由がなくなってしまった。

「そう。私は好きだったけど。ジュニアたちって
こんな風に細かいとこまで指導されてるんだなと思って。
それまでは、ただ楽しく動きましょうっていうクラスだったから」
0075踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 18:21:09.91
「蓮くんぐらい素質とやる気と才能、三拍子そろっていたら効果はあるだろうけど!」
「でもあたしたちみたいな凡人に同じように教えたって無駄無駄!」
「そうそう、モモ先生みたいに、優しく楽しく
おだてながら教えてくれなきゃ病むわ!ただの趣味だもの!」

「転勤しちゃった田中さんは、紗江子先生大好きだったよね?」
「田中さんはああ見えて、メンタル最強だったから。
ちょっと、へこんだと見せかけて、何度でも立ち上がってくる人だった」

「あれ、なんて言うんだっけ…そうだわ。おきあがりこぼし。
彼には底には『バレエの王子様になる』という信念の重しが入ってるのよ」
0076踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 20:46:48.91
ここのところ一人のオヤジ風俗ネタ満載でバレエからかけ離れてスポーツ新聞の妄想エロコラムみたいで気持ちわるすぎだっつう

バレエの物語の酒池肉林とは全く違う下品さ
バレエ素人が考えるとこうもスポニチになるんだね
0077踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 21:03:12.88
白王子バレエスタジオの歴史はまだ浅く、設立7年目。

小石川夫妻は、結婚して子供ができたときに所属していた東京のバレエ団をやめて
妻の地元の白王子市に戻ってきた。

夫妻は妻の実家の工務店を手伝いながら
長男が小学校、次男が幼稚園に入るタイミングでバレエ教室を開いた。

プロになるまでお金がかかり
プロになってからも結局親の援助が必要で、
バレエ教室を開いたのも親の土地。
教室が軌道に乗るまで、常に親のお金ありきでバレエを続けていた。

そんな現実の厳しい状況を経験してきただけに
息子たちをプロにしたいとは思っていないようだ。
0078踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 21:03:33.88
「オフィスに飾ってあるジオラマ、直也くんの夏休みの自由研究?
想像してたよりも、すごい力作だった」
田中さんは感心して言った。

「うん!レゴの建物に合わせた風景作りたくて、
ジオラマ用の石こうやプランツシートで丘を作って、
ボール紙で柵や斜面に階段も作ったんだ」

直也くん、想像以上に手先の器用な工作ボーイだな!

「弟の拓也くんは何が好きなの?」

「僕は、虫かなあ。昆虫」
こっちは昆虫ボーイか!
0079踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 21:03:47.40
「カブトムシとかクワガタでも飼ってるのかな」
小学生に人気の昆虫と言えば、その二つだろう。

「最近飼ってるのはカマキリ。
この前交尾させるのに成功したんだよ!
カマキリって交尾中にメスがオスを頭から食べちゃうんだよね」

「ひえええええ」

「オスを食べるのは栄養取るとか効果があって
相手を食べたメスのほうが生む卵の量が多い」

「うそおおおお」

「カマキリのオスは頭が無くても交尾続けられるんだ」

「いやだあああーこわいいいい」

「昆虫界では人間界の常識が通じないから面白いんだよ!」
0080踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 21:05:04.16
二人とも俺のイメージするバレエボーイズと違いすぎるだろ!
バレエ命で、目指せ!ローザンヌ出場!
夜遅くまで練習して、来年は俺だぜ!みたいな。

もう一人、親戚の子の亮太くんと言えば…

「亮太は漢字好きひたすら四文字熟語覚えてるよ」
と拓也が教えてくれる。

「四文字熟語か。一石二鳥とか?」

「そうそう。せいれいかっきん(精励恪勤)とか、なんかいちむ(南柯一夢)とか」

「へ、へえ…そうなんだー」精霊なんとか、とか、南海なんとか…。
と田中さんはわかったふりをしてみたがその漢字が全く思い浮かばなかった。
0081踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 21:05:50.41
「女を三人重ねると姦しい(かしましい)になるけど
男を三人重ねるとどう読むか知ってる?」

「うーん、男三人ねえ。『むさくるしい』かな?」
我ながら良い線ついてるのではないか?

「『たばかる』って意味の漢字になるんだよ!人をだますって意味」

亮太はそのあと、嫐(うわなり)、嬲る(なぶる)、娚(めおと)などの
漢字を力説していた。

この子たちバレエはあくまで習い事みたいだけど、
ある日突然バレエに目覚めたりするのだろうか。
0082踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 21:28:17.13
「いやーどうかしら…」小石川先生は首をかしげた。

「話を聞くと、バレエ始めた幼稚園のころからダンサーになると心に決めてた人もいるし、
高校でコンクールで1位になった後も迷ってて
大学入ってからプロになるって思い始めたって言う人もいるし。
いつ目覚めるか、目覚めないかは人によるんじゃないかしら…」
0083踊る名無しさん垢版2022/10/05(水) 21:46:53.20
「愛先生は発表会でないんですか?」
「完全に裏方に徹するわ!生徒が主役だから!」
40代半ばの小石川夫妻はまだ素晴らしく踊れそうなのに
田中さんは先生たちが発表会で踊らないのか不思議だった。
生徒の良いお手本になるだろうに。

「出ないなんてもったいないなー」
「うち小さい子が多いでしょ。裏ではてんやわんやなのよ!」
0085踊る名無しさん垢版2022/10/06(木) 22:45:39.65
田舎の白王子バレエスタジオのボーイズと違い
黒崎バレエアカデミーの選抜クラスに落ちた結城薫くんは
「絶対バレエダンサーになる!」と信じてるのよねえ。
芸術とか才能の世界って残酷よねえ。
0087踊る名無しさん垢版2022/10/08(土) 07:45:45.76
ロシアで踊っていた母親は「薫の脚はダンサーには向かない」と断言するけど、
学校の先生はいつも「君たちの可能性は無限大だよ!」と言ってる。
僕はまだ小学4年生。可能性は無限大!
大人になったら世界一のバレエダンサーになるんだ!

言うのは自由。自分の可能性を信じるのも僕の自由だ!
0088踊る名無しさん垢版2022/10/08(土) 09:52:55.46
「薫くん、いつも熱心だね」

ボーイズ基礎クラスが始まる2時間前にスタジオに来て自主練をする薫に、諏訪が声をかけた。

「先生、おはようございます!」
「こんな熱心に、薫くんはプロバレエダンサーになりたいのかい?」

そう諏訪にきかれると、薫は少し表情を曇らせる。

「はい、俺はバレエダンサーになりたいです。けれど選抜クラスも落ちたのは男俺一人、母ちゃんからもバレエダンサーはやめとけって毎回言われます…」

「薫くんのお母さんはロシアでプロとしてやってきたから苦労もしてきただろうし心配なんだろう…。
色々厳しい世界だしね。でも、薫くんがバレエダンサーになりたいと思い続ける限り大丈夫だよ」

何があっても諦めなければ手に入る。それ相応の価値がそれにあるなら、薫は夢をつかめる可能性はあるだろう。
思い続ける限りとはそういうことだ。
0089踊る名無しさん垢版2022/10/08(土) 23:03:26.76
「そういえば、イギリスの名門バレエ学校から特別講師が来てくれるらしい。ここ黒崎で二週間のワークショップをやってくれるようだ」

「本当ですか? 俺も参加できますよね?」

「勿論だよ。なかなかこうした機会はないから参加した方がいい」

薫のモチベーションは更に高まる。

イギリスか…。俺にバレエの特別レッスンつけてくれた陽七ちゃんの伯父さんもイギリスのプロバレエダンサーだと言ってたよな。
伯父さん凄く綺麗でかっこよかった。俺もいつか海外で活躍するバレエダンサーになるんだ!

もしかしたら、先生から特別にバレエ学校に招待してもらったり…??
0090踊る名無しさん垢版2022/10/09(日) 16:39:47.33
ここさ大人バレエ系じゃなかった?ほぼ一人二人の人が書いてるけど崩しすぎ
おじさんが春うったり気持ちわるいし
0091踊る名無しさん垢版2022/10/09(日) 17:57:32.98
きゅぃーん!
電動式のボードカッターの音が響く。

田中さんは愛先生の実家の工務店の作業場にいた。

「赤ずきんちゃんのときに置く舞台の茂みの舞台セットだよ。
『切り出し』って呼ぶんだ」

パパ先生が切り出したべニア板に
ボーイズたちと一緒に筋交い刷毛で緑のペンキを塗る。

「ありがとう!手伝ってもらったからすぐ終わったよ。
塗料が乾いてから組み立てるから休憩しよう」

「舞台セット手作りとはパパ先生も器用ですね!」

「衣装はほとんど藤原先生のとこから借りるけどね。
愛先生は趣味でティアラや髪飾りも作るよ!」
0092踊る名無しさん垢版2022/10/09(日) 18:00:02.37
「昔は男がもっと少なかったから
わりと簡単にバレエ団に入れたものだけどね」

お茶を飲みながら、パパ先生が言うのを聞いて田中さんは驚いた。
えええ!
じゃあ、俺も望めばバレエ団員になれるのではっ?

「僕は工学部だったからエンジニアかダンサーかで迷ってた。
バレエ団に入ったころには全然下手くそで入ってから鍛えられたよ。
先輩男性ダンサーたち完全に体育会系で怖くてね」
とパパ先生が笑う。

じゃあ俺も大丈夫じゃないか!東京に戻ったらバレエ団オーディションだなっ!
と田中さんは夢見たが、
それはこの時点からさらに20年以上前、ザ・昭和の話だ。
0093踊る名無しさん垢版2022/10/09(日) 18:01:09.37
「愛先生は違うよ。高校のころに夏期講習へ行って
そこにいる女の子の中で目立って上手かったから
声かけられたんだ」

「そんなことないわよ。タイミングが良かったの」
と愛先生が謙遜する。
「たまたま私と背格好の似たダンサーが多かったり
やめる人が続いて人数が必要だったりね。
ただの田舎の女の子だったのに」

「でもロシア留学帰りの紗江子が入ってきたときは衝撃だった。
たっぱがあって、国内で育ったダンサーと全然違って
すごく斬新に見えた」

「タッパーがある?」

「建端。もとは建築用語らしいけど身長のことよ。最近聞かないわね」
0094踊る名無しさん垢版2022/10/09(日) 18:16:35.39
「ワークショップねえ…」
薫の母親は薫が受けたいという黒崎のワークショップのプリントに目を通した。

母親は子供のころから「滅多にいないほどの完璧なバレリーナ体形」
とほめられていたし自分でもそう信じていた。
ロシアの名門バレエ学校に留学するまでは。

「なんで私の顔だけ丸くて大きく見えるのかしら…」
同級生たちと撮った集合写真を見ると毎回そう思った。

それでも脚の形は悪くなくバランス能力は優れていたから
成績順に並ぶクラスのセンターで
最後列の隅っこから徐々に中列へと前のほうに並べるようになった。
0095踊る名無しさん垢版2022/10/09(日) 18:16:45.34
薫はそうではない。特に脚の骨格は致命的。
そう言ってもちっとも諦めようとしない
頑固な性格だけ母親に似ている。

「まあいいでしょう…」
子供のころ必死に頑張って夢破れる経験も
大人になってから生きる強さにつながるだろう。
母親は渋い顔をしながら受講申し込み書にサインをした。
0096踊る名無しさん垢版2022/10/10(月) 20:42:36.45
ワークショップ当日、薫は緊張した面もちでスタジオに現れた。
スタジオには既に何人かの小学生達がストレッチや準備運動を始めている。薫も入念にストレッチをしたあと、スロープリエやスロータンデュをただひたすらに繰り返した。
アンディオールを意識し内側から外側へ丁寧に。足裏をじっくりと使いながら。

参加者の中には、薫と選抜試験を受けたメンバーの姿もあり、薫の姿を見るなりヒソヒソと話し始めた。
0097踊る名無しさん垢版2022/10/11(火) 20:51:21.87
「あいつこの前の試験で男子でただ一人落ちたやつだよね」
「スグルくんの弟だよ。先生に期待されてる上手なスグルくんの」
「うそだー!」
「顔は似てるよ。でも体つきは違うよね。特に脚の線がさ…」
選抜クラスの男子のヒソヒソ声が聞こえる。

このワークショップのクラスはいくつかに分かれていて
中学生以上は先生の推薦が必要なのだが、小学生の基礎クラスは自由参加だ。

とは言ってもそれなりの参加費用がかかるため
内部外部から熱心なボーイズたちが集まっている。
中には一目見ただけで良いダンサーになるだろうと思うような子も混ざっている。

「骨格だけがバレエじゃないからな!俺は諦めない!諦めたら終わりだ!」
薫は心のうちで静かな闘志を燃やしていた。
0098踊る名無しさん垢版2022/10/13(木) 08:32:41.28
「田中さん、今日はこれかぶってみて」
と小石川先生から渡されたのは今度の舞台で使用するオオカミのかぶり物。

「ごめんね。田中さん、あんなに悪人顔の練習してたけど
完全に顔が隠れちゃうわね」

オオカミのマスクはすっぽりかぶるタイプで、目しか出ていない。
小石川先生がすまなそうに言った。
0099踊る名無しさん垢版2022/10/13(木) 08:33:34.16
「いいえ!顔が見えないのは想定通りです!
仮面の下の表情まで作り込むのが俺のやり方ですから!

ラフィユの雄鶏、コッペリアの甲冑人形、くるみ割りの王子に続いて
かぶり物経験は既に4回目!
視界狭いのも、呼吸がしづらいのも
バッチリ慣れてますからご安心ください!」

なぜか自信満々な態度でオオカミのマスクをつけた田中さん、
相手役の美咲ちゃんは「見せて見せてー」と背伸びしながら
オオカミの顔をペチペチ叩きながら触っていた。
0100踊る名無しさん垢版2022/10/13(木) 23:50:25.02
イギリス名門バレエ学校から招かれた特別講師のエヴァ・ロバートという元プリマであった。
数多くの公演で活躍した彼女であったが、引退後はクラシックやコンテンポラリーの振り付け家としても活躍し、教師としてプロアマ問わず多くのダンサーの指導に当たっている。

彼女の指導を受けたダンサーは著しく上達すると言われているが、一方で期待できる生徒でなければ注意さえしてくれないという。
0101踊る名無しさん垢版2022/10/14(金) 07:12:25.27
子供時代の1万時間。

その膨大な時間を費やすほど価値のある子どもがどれだけいるだろう。
誰でも時間をかければ、ほどほどに動けるようにはなる。
その先にある精密さを極め踊りを深める過程に踏み込んでいくのは
ダンサーとして生きる資質のある子だけだ。
その厳しさを楽しいと思えないならば早く他の道を選んだほうがいい。

名門校の名教師たちは、期待できる選ばれた子を育てる。
その名声によりさらに優秀な子が集まる。
その中でまた厳しい選別が行われるのだ。
0102踊る名無しさん垢版2022/10/14(金) 13:11:30.68
隣にいた女子グループがストレッチ中にその様な話をしていたのを耳にした薫は、エヴァ先生の目に止まってみせなければと覚悟を決めた。

そして時間になりエヴァが入ってくるなり生徒達は一斉に立ってピアニストが曲に合わせてレヴェランスした。

「お久しぶりです皆さん、はじめましての子もいるわね。私はエヴァ・ロバートです。

私は数多くの日本のバレエ学校に短期ワークショップの特別講師として招待されましたが、その中でも黒崎のバレエ教育は素晴らしいものです…。
しかし如何に素晴らしくても、日本においてはどうしても学業ついでの習い事になってしまいます。

それは非常に勿体ないこと。
きちんとしたカリキュラム、正しい教育で正しく継続的に努力する。それが必要です。

そこで、
特に私が将来性を期待できると認めた子は、イギリス王立バレエ学校の入学資格を与えることとします。
私はそんな学校の生徒さん達の中から未来のスターが誕生することを非常に楽しみにしております!」

エヴァのハスキーな張りのある声がスタジオ内に響いた後、拍手が起こった。

薫は胸が熱くなるのを感じた。
嗚呼、俺もイギリスでバレエを真剣に学びたい…!!
0103踊る名無しさん垢版2022/10/15(土) 15:01:03.72
「王子様になるコツ、ですか?」
発表会のゲストの藤原嘉夫は田中さんからの質問に戸惑った。
田中さんはどう見ても王子というタイプではないのだが
こんなに熱心な成人男性生徒はこのへんじゃ滅多に見ないことだし
と思い教えてくれた。

「そうだなあ、『誰かを探す』というバレエによくあるシーン。

王子なら、空気を探るように小走りに。
物憂げな表情で、ふしめがちに手を広げ首を振って。
また空を見つめて胸に手を当てて、その人を想って…。
その人を見つけたときには、
手を伸ばして驚かさないように近づいて」

「こんな風にね」
と王子役のお手本を見せた。
0104踊る名無しさん垢版2022/10/15(土) 15:01:46.51
それそれ!それなんだよ!
俺がやりたいのは!
正真正銘の王子様!

田中さんは喜んで真似をした。
「ああ、俺の愛しの姫はいずこに…」
こうして俺の立ち振る舞いは、いっそう王子様らしくなっていくのだ!

「でも、今回はオオカミだから、身体を丸めてきょろきょろして
森で獲物を探し回ってる感じでね。
うんうん、いいよ!演じ分けるの上手いね!」

ゲストの先生にほめられて田中さんはすっかりいい気分になっていた。
やっぱり俺は天性のダンサーなのだ!
「演技力はあるんだけどね。一応バレエだから、足先は伸ばしてね」
例によって田中さんはいい気になるあまり肝心の指摘は聞いていないのであった。
0105踊る名無しさん垢版2022/10/16(日) 20:09:48.69
ある晴れた秋の日に
白王子市民会館大ホールで白王子バレエスタジオの発表会は行われた。

小石川先生の言うとおり、幼稚園児と小学生が8割を占める発表会の
舞台裏は地獄絵図、とまではいかないが、てんやわんやだ。

保護者は最初の支度が終わると客席に行き、
代わりに舞台袖では中学生の女の子たちが仕切っていた。

「さあ!みんな並んでー!先頭さんから順番に!」
「靴のリボン出てないかチェックして!」
「こらこら、お顔触ったらメイク落ちちゃうよ!」
「隣の人のチュチュのスカート、まっすぐになるよう直し合ってね!」
「家族やお友達が観てるからいい顔してね。はい、ニッコリ!」
0106踊る名無しさん垢版2022/10/16(日) 20:10:25.89
田中さんが出るのはオオカミだけだったので
待ち時間は長かったが、最後のマズルカやアポテオーズも含めて
あっと言う間に終わってしまった。

「田中先生ー!」

ん?

「田中先生ー!」

そんな先生いないよね?

「田中先生!お待ちくださいませ!」

俺のことかっ?

田中さんが帰り支度を終えて舞台裏の廊下で
挨拶しようと先生を探していたら女性たちに呼び止められた。
0107踊る名無しさん垢版2022/10/16(日) 20:10:43.79
「田中先生!お疲れのところすみません!美咲の母です!」
「田中先生、初めまして。美咲の祖母です」
「美咲の曾祖母でございます。
この度は美咲と踊っていただいてまことにありがとうございました!」

ああ、赤ずきんちゃんのご家族か。
すみません、俺は先生じゃないんですが…と言おうとしたときに、

「田中先生のオオカミの熱演に感動いたしました!」
おばあちゃんが興奮気味に言う。
「この歳になって、ひ孫の晴れ舞台を観れて…もう…感慨無量でございます…」
ひいおばあちゃんが涙ぐむ。
「おてんばな娘なもので、先生にはご迷惑をおかけして」
とお母さんが恐縮する。
0108踊る名無しさん垢版2022/10/16(日) 20:12:34.44
この状況では…
田中さんは三人の保護者を前に意を決した。

『先生』になるしかないじゃないかっ!

「とんでもない。美咲さんは運動能力も高く、利発なお嬢さんで、
すばらしい赤ずきんちゃんでしたよ」
田中さんが満面の王子様スマイルと王子様ボイスでほめる。

「田中先生にそうおっしゃっていただけるなんて!
もったいないことでございます…!」
ひいおばあちゃんが感極まった様子で涙をぬぐう。
「田中先生のお口に合うかどうかわかりませんが」
と母親からは紙袋を渡された。
「美咲の叔父が作っております白王子銘菓『白いプリンス』サブレです!」
0109踊る名無しさん垢版2022/10/16(日) 20:12:51.89
「いやあ、まいったな…」

舞台ではスタッフたちが慣れたもので迅速に撤収をしている。
ほんの数十分前にはまばゆい光の中に立って
観客にお辞儀していたのがウソのようだ。
舞台の輝きも興奮も終わってしまえば夢か幻のごとく消えてしまう。

楽屋口から市民会館を出ると、田舎の空は澄みわたり爽やかな秋風が吹いていた。
田中さんは感慨深げにつぶやいた。

「俺もとうとう『先生』と呼ばれる領域まで来てしまったか…」
0110踊る名無しさん垢版2022/10/19(水) 19:52:51.86
薫は深く落ち込んでいた。
英国の名門バレエ学校への切符を手にできたのは、自分の兄スグルであった。

「兄ちゃんばっかしズルい! ずるいぞぉお!!」

薫は満月に向かって吠えた。

「薫! うるさいわよ!? ご近所に迷惑でしょ!!」
「ぎゃぁああああああ!!!!

俺もイギリスいきてえ!
俺はプロのバレエダンサーになるんだよぉお!!
ヒナちゃんの伯父ちゃんみたいにぃ!!

ヒナちゃんもイギリスにいるんだって
あいてえよぉお!!」

薫は更に大声で泣き喚いた。
その様子を兄スグルは黙って見つめていた。
0111踊る名無しさん垢版2022/10/20(木) 23:42:53.58
子供のころからいつも薫はそうだ。
「兄ちゃんと同じことをしたい!」とスグルを追いかけてきた。
少し疲れていて手を抜こうという気持ちが出たときに
そこにはいつでもやる気満々の弟がいた。

弟には絶対追いつかせない。いいとこ見せる。
幼いなりの兄としてのプライドがスグルの原動力だった。
0112踊る名無しさん垢版2022/10/20(木) 23:44:14.26
「あのね…」
泣きわめく薫を前に母親は言葉を探した。
バレエへの想いが兄の何倍も熱いのは昔からそうだ。
いつもなら「薫には無理。向いていない」と言うところだ。

「11歳からのロワースクールに入ってもいいけど、
15歳からのアッパーになると世界中から留学生が集まるのよ。

薫は、そう…あと数年、力つけてから行っても遅くはないわ。

まずは身の回りのことを自分でやれるようになることね。
いつもレッスン着をそこらへんに脱いだまま、ほったらかしでしょ?
寮に入ったらいろいろ自分でやらなきゃね。それから語学も」

そのうち自分で現実を悟って諦めてくれたらいいのだけど
と思いながら母親はそんなことを言った。
0113踊る名無しさん垢版2022/10/23(日) 14:33:34.88
赤ずきんちゃん役の保護者からオオカミ役の田中さんに渡された紙袋の中には
お菓子のほかに地元のショッピングモールの商品券が入っていた。
「おおお」

これは…
もしかして…
俺の実質上の…

生まれて初めてのバレエの『ギャラ』ではないかっっっ!!!

実際は、払った発表会参加費のほうが多かったのだが。

いつもはクラス一緒の群舞と数人ずつ分けてのアンサンブルなのに
今回、美咲だけ一人の役、しかも男性との共演ということで
家族は少々舞い上がってしまっていた。

「美咲はバレエの才能があるのかもしれないわ!」
「そりゃそうよ!低学年の子では一番良い役よ!」
「中学生になったらオーロラやフロリナを踊ったお姉さんみたいに
上手に踊れるようになるわよ!」
0114踊る名無しさん垢版2022/10/23(日) 15:02:35.20
プロの先生扱いされ田中さんがすっかりいい気分でいられたのも束の間、
中学生と一緒のレッスンが始まると現実に戻される。

白王子バレエスタジオの女子たちは、素質はピンキリだが
田中さんから見たら、身体が柔らかい子しかいない。
そもそも幼児や小学生がやってる床の柔軟ストレッチが辛いような子は
中学生までバレエを続けたりはしない。

「なんで俺だけ身体固いのかなあー。女の子たちべろんべろんに柔らかいよね」
「僕も身体固いよ」
中学生の直也くんが朗らかに言う。

いいや!君のは固いうちに入らん!
一番の軟体女子グループに比べると固い、という程度だろう!
0115踊る名無しさん垢版2022/10/23(日) 15:04:34.93
「大人なんだから無理にぐいぐいやってもケガするよ。
180度じゃなくても、常に120度開いてたら舞台ではほぼ大丈夫だから」
とパパ先生がフォローする。

そうか!
俺が目指すべきは180度でなく、120度だったんだ!
と田中さんはあっさり妥協して目標点を変えることにした。

だって開かないものは仕方ないんだから!
0116踊る名無しさん垢版2022/10/24(月) 13:10:04.72
「薫は、そんなにバレエが好きなのか?」

スグルはふとそんなことを弟に訊いた。
二段ベッドの上で仰向けになっているスグルには薫の表情は分からなかったが、彼の声は力強くいった。

「当たり前だろ。俺はバレエダンサーになる人間だからな…母ちゃんはなれないって何度も言うけど」

「そうか…」

「悔しいよな。

ほんとはさ…俺の体がバレエに向かないことぐらい知ってる。周りを見りゃ誰だって分かる。

けど…漫画の主人公はダメな奴だとしてもそれでも諦めないだろ?」

いつの間にこんなことを考える薫になっていたのだろう。ただの小学4年生かと思っていたのに…。
スグルは自分よりも遥かにバレエを愛し真っ直ぐである薫に驚き、同時に自分を恥じた。
色んな複雑な思いが絡み合い、スグルは薫にある提案をした。

「なあ薫。俺のかわりに薫がイギリスのバレエ学校に潜り込め…俺のふりをするんだ」

「え??!」
0117踊る名無しさん垢版2022/10/27(木) 10:33:38.11
「先日オーロラやった上手な女の子、ここんとこ休んでるね。
急に気温の変化があったし風邪でもひいたかな?」

発表会でオーロラを踊った中学三年生の女の子は
発表会では率先してちびっ子の面倒を見てるしっかり者の優等生だ。
黒崎の選抜クラスのようなプロを目指す上手さとは違うが
常に順番を完璧に覚えて、いつも先頭で踊っている。
レッスンでは毎回、田中さんも他の子も先頭の彼女を見て順番を確認しているほどだ。

「彩香ちゃんなら、高校受験勉強のためにしばらくお休みよ」

「え…、しばらく休み…」
バレエ命の田中さんには、何カ月もレッスンを休むなんて考えられない。
一日レッスンがなくても踊りたくてたまらずに、身体がうずうずしてしまうのに。

「このあたりは白王子市内でも教育熱心な家庭が多いのよ。
近所の県立高校は旧制中学だった進学校で、みんなそこを目指すの」
0118踊る名無しさん垢版2022/10/27(木) 10:34:56.44
受験とバレエの両立か、大変だなあ。
ダンサーである前に一人の子供だもんな。
いつかは進路も決めなきゃいけない。
一番伸びるような時期に勉強に時間を取られてバレエを休むなんて、
実にもったいないよな。

と田中さんが思ってたときに
黒崎バレエアカデミーの素人男性仲間から電話で話が入ってきた。

「リチャードくん覚えてる?日本の高校出たらイギリスへ帰って大学行くそうだよ。
もとから親とそういう約束だったからって」

「えええ、彼は絶対プロになると思ってたのに!なんでぇ!」
田中さんは声を上げた。
俺は覚えてるぞ!リチャードくんの踊る姿!
オーディションでも一瞬で目をひく彼の存在感!
これがバレエだ!俺を見ろ!と圧を感じるほどの強い視線も!
0119踊る名無しさん垢版2022/10/27(木) 10:42:43.65
田中さんは一方的に裏切られた気持ちになった。

リチャードくんほどの容姿と才能と技術と表現力のある人が
プロダンサーにならないなんて!
もし俺があれほど美しい脚を持っていたら
今ごろ、海外に羽ばたいて、プロの劇場で白いタイツの王子様になってるのに!
ブラボーの嵐に王子様スマイルで応えているのに!

あれだけ才能のある人は期待に応える責任と義務があるだろう!
それとも、そんなものはないのか?
リチャードくんの人生を俺が勝手に決めつけてただけか?

「意外だよね。
ケガしたときにバレエやキャリアに対して冷静に考えたんじゃないかな。
紗江子先生の言うには、自分にはバレエしかないと
ちょっと不器用なぐらい信じてる子じゃないとプロの道には進まないんだってよ」
0120踊る名無しさん垢版2022/10/27(木) 10:47:35.40
「身体は向いてないかもしれないけど、薫の心は俺よりバレエに向いてるんだよ」

スグルは弟にそう言った。

スグルは子供のころから母親の教室でバレエを始め、
何かと褒められて育ち、黒崎の選抜クラスに入り、
今では選抜クラスの小学生の中で一番期待されている男子生徒だ。

バレエは好きだ。踊るのは楽しい。

スグルもそう思っている。
だが、ふとした瞬間に、バレエ以外の未来がチラチラと頭に浮かぶ。
中学に入ったあとの部活、友達、進路や将来の職業…。

他の選択肢をばっさり捨てて今からイギリスに渡り
この先バレエ漬けになってくと思うと
後戻りできない道に入り込むようで怖くもあった。
0121踊る名無しさん垢版2022/10/30(日) 20:51:37.59
「ロイヤルバレエ団に入った新人の男の子が今年の公演に主要キャストで出るらしいわ」
「そうなの? 誰?」
「トキオ・アンソニー・スミス。高いテクニックの持ち主と聞いているわ。
母親は日本人の元プロバレリーナで、若いうちに引退したけれど彼女の踊った火の鳥は有名よ」

「ねえねえロンドン旅行。よかったらケイトも一緒にいきましょう。ずっと田舎に軟禁生活は退屈でしょう? ヒナちゃんだって行きたいわよね?」
「いきたぁああい!!」
「あら、あなたがケイトと一緒に行きたいだけじゃなくて?」

庭に面したバルコニーでアフタヌーンティーを楽しむワイズウェル家の令嬢達が楽しげに会話をする。
その中に混じるケイトも以前より穏やかな表情だ。

「一度ロイヤルの公演を生でみてみたかったんです。是非ご一緒させてください」
「そうと決まれば出発ね!」
「『ド田舎貴族、ロンドンへ行く!』のはじまりはじまり〜」
0122踊る名無しさん垢版2022/10/31(月) 00:05:25.01
ロンドンではその頃、レイワ・ジャン、スノー・ギャルが、稽古場で夏休みの休暇について盛り上がっていた。
3人は性格も顔立ちもよく完璧で全てを持っていた。
0123踊る名無しさん垢版2022/11/04(金) 00:15:30.48
ロンドンに行こうとしていたケイトは家族に止められてしまった。
興奮したからか女性を襲いかけてしまったのだ。
0124踊る名無しさん垢版2022/11/04(金) 00:17:23.40
ケイトの祖父は高い慰謝料を払う羽目になり、ホワイトキャッスルの別宅に移された。
ここへは家族以外は一切立ち入り禁止と一族のお達しが出た。
0125踊る名無しさん垢版2022/11/04(金) 00:20:25.05
ケイトは額い傷を負っていた。婦女暴行事件をおこしたさい、相手の女性突き飛ばされ、大柄だった彼女からは馬乗りで殴打されていたのだった。
0126踊る名無しさん垢版2022/11/04(金) 14:30:31.45
サラとジェイムズは激しい口論で罵倒しあっていた。

なによ、あなたの一族の方がおさかんじゃないの!
だいたい、黒崎に風俗嬢目当てで通ってたこと知らないとでも思ってるの?
今後ケイトの面倒は一切うちの一族でみるから口出し無用よ!
そもそも病気療養中のケイトのところに何でわざわざチャラチャラした女性を遊びに行かせるのよ。。。
あれほどママにも念をおされていたじゃないの。
ケイトに後遺症が残ったら離婚よ。
ヒナとも会わせないわ。。
親権は私にあるってこと忘れないでちょうだい。。。。。。。

さすがのジェイムズも黙ってうつむいてしまった。
0127踊る名無しさん垢版2022/11/04(金) 19:30:40.54
怒りがおさまらなかったサラは、オーバーナイトの着替えと貴重品だけを持ち、ヒナを連れ出て行ってしまった。
ダブリンの郊外の街、ダンドラムの従妹の家に向かったのだった。
ダブリンには芸術分野では有名なトリニティーカレッジオフアーツがあり、サラとサラの両親は、ヒナを引き取る前から何となく思い描いていたのだった。
ヒナには良い環境で良い教育を受けさたい!特にサラは自分の母校でもあるトリニティーカレッジに誇りを持っていた。
0128踊る名無しさん垢版2022/11/04(金) 23:31:38.93
「サラ…どうして黙って出て行ってしまったんだ」

ジェイムズは顔を手で覆って、ベッドに座り込んだ。
伯爵もサラとヒナが出て行ったことで機嫌を悪くし、息子にサラに早く戻ってくるように説得しろと苛立ちをぶつけてくる有り様だ。

「ハァ…いったい僕は何のために……

僕も…この家から離れるべきなのかもしれない……」

そんなつぶやきを残し、ジェイムズは忽然と姿をくらました。彼が今どこにいるのか知るすべもない。

だがフレデリック伯爵はその事実を隠蔽するため、ジェイムズは療養中である旨を世間に公表したのである。
そして信じられないような行動に出たのである。

「プリンシパルの復帰!」

そうかかれた見出しと共に、消息不明だったはずのジェイムズの姿が載っていた。
いや、彼はジェイムズ本人ではない。彼と瓜二つの有沢ケイトであった。その事実を知るのはフレデリック伯爵含む一部の人間のみである。

「……どうしてこんな事に…」

訳も分からぬうちに、ケイトはジェイムズがプリンシパルダンサーとして所属するバレエ団の稽古場へ連行されていた。

「……うまくやることだ」
「はぁ!?」

フレデリック伯爵はそうケイトの耳元で囁き、ケイトの監視役である秘書を残して早々に立ち去っていった。
0129踊る名無しさん垢版2022/11/04(金) 23:57:50.43
ジェイムズ兄さんが戻ってくる間だけの辛抱だ。まだ公演は先だ。
その間にきっと…

ケイトはそう自分に言い聞かせて、芸術監督からの指示に従い、『ジゼル』の二幕のパドドゥから練習を始めた。

緊張したが何度か舞台で踊った経験もある。
きっと大丈夫だろう。

「ねえ、あの貴族男の踊り、変わったよな」
「確かに…」
「テクニックが特に洗練されたような…?」
「ただ何というかバレエ学校の学生みたいな踊りだけどな」

リハーサルを横から眺める団員達は、久々に見たプリンシパルの踊りが以前よりも基礎に忠実になっているように感じ取った。
確かに表現力は今一つで派手さはないが、技術はかなり安定している。
0130踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 00:26:15.44
リハーサルで激しいジャンプの着地に失敗したケイトはよろけて膝をついた後頭を床にぶつけてしまった。
その拍子に床が血の海となり騒然となった。
「うっ〜痛い、痛いよお〜」
先日襲った相手から受けた時に額の傷を隠すために黒いバンダナを巻いていたが、よろけた拍子にバンダナがほどけてしまい、塞がりかけていた傷が開き出血していたのだった。
ケイトは救急車で病院に運ばれたが、サラの祖父から捜索願がでていた為、警察に保護された。
その時ケイトは意識が朦朧としていたが、やがて眠りについてしまった。
0131踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 00:32:17.81
サラの祖父のクリスは怒りに震え、フレデリックを訴えた。
「あいつ!まあいいさ、うちの方が格上なんだ、生きてい事を後悔するがいい...」
二日後、ベルファストの劇場は閉鎖に追い込まれた。
一瞬にして全てのダンサーが職を失ってしまった。
0132踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 00:41:27.46
ケイトはサラの付き添いでアイルランドの西側のゴルウェイの療養施設に極秘でひっそり移送された。
意識が一瞬朦朧と戻った時に速やか移転させたが、その後直ぐに意識を失ってしまった。
「念のため、親族を...」
クリスが経営するセント・クリスチャンホスピタルにサラとヒナ、親戚一同は集まった。
不運な親戚お披露目となってしまった。
0133踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 00:48:31.89
ジャイアントコズウェイ付近の浜辺に溺れた男性が横たわっていた。
ジェイムズだった。

ベルファストでは時々オレンジ部隊と呼ばれるテロリストが暗躍していたが、平和で静かな観光地は大騒ぎとなっていた。
イギリスの有名な貴族の親子のセンセーショナルな事件だったからだ。
「シッツ・・・せめて映画にするための権利を売ってやる!」
ジェイムズの従妹は呟いた。
「今のうちに取れるだけとるのよ」
ケイトに襲われ逆に傷を負わせた女性の母は呟いた。
0134踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 00:51:55.48
フレデリック伯爵は急ぎ会社の経営から手を引き、逃げるようにモントリオールへ飛んだ。
モントリオールのメイプルシロップビジネスは手元に残していたのだった。
0135踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 00:54:16.22
ケイトは6日後に目覚めたが、癲癇発作を起こす様になっていた為、暫くは絶対安静で寝たきりを余儀なくされた。
0136踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 00:56:59.11
「パパ、なかないで、いたくない、いたくない、なおれ、なおれ。。。」
ケイトの目にヒナはぼやけてはっきり見えなかった。溢れる涙のせいだった。
0137踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 10:44:43.78
ケイトが登場するとはりきって連続投稿する人が絶対現れるから、スレが停滞気味の時はいいかもね。
0138踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 11:03:21.92
ジェイムズは病院のベッドの上で、ぼんやり天井を眺めながら自分が溺れて気絶するときのことを思い出していた。
あの時、誰かが自分を助けてくれた気がするのだ。嗚呼そうだ…新宿の歌舞伎町にいた娘ゆりん。

いや、ゆりんがまさか。

それにあれは彼女にそっくりであったが人間では無かったのだ。朧気だが憶えている、彼女の下半身に脚はなく、それは光る鱗の魚の尾鰭であった。
透き通るような肌に、虹色の光沢の白い鱗、優しい眼差し、鈴を転がすような声。陽光に照らされた彼女の漆黒の髪のなんと神々しいことか。

「…ゆりん……」

夢なのか現実なのか分からない。
けれど、再び彼女の腕に抱かれたい。ジェイムズはそう思った。
0139踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 12:07:32.79
>>137
バレエすれなのに下ネタぶっこの勘弁、何でバレエなのに歌舞伎町ぷーそーお
嬢でてくんだよ
そもそもケイトの話題は出さないってことになったんじゃないんか
いい加減にしろよ、キモイよ
0140踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 12:13:45.13
そもそも2冊目で綺麗に終了させたはずなのにわざわざケイト引っ張りだすKYなあほがいるんだよ
0141踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 12:31:12.84
フレデリックとクリスとのいざこざは血みどろと化し、裁判の様子も日々、ワイドショーやらゴシップ誌、あらゆる新聞のネタとなり、
やがて一族のセンシティブな諸事情まで明るみに出てしまった。

一番知られたくなかったケイトの性犯罪歴は、オーストラリアの政治家の汚職問題にまで発展してしまった。
犯罪歴のあるケイトがオーストラリアへ入国出来た事にフォーカスされたのだ。
また、ケイトが参加していた街のバレエ団も活動停止となってしまた。

「ママ、ケイトがこんな状態で不幸中の幸いかもしれないわ!こんな状態で目覚めても辛いだけ。。。」
「そうね、どうか黒崎のところまでは迷惑が及ばないように祈るしかないわね。。。」
0142踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 13:03:06.99
>>140
(仕方ないよ、恋愛経験無くバレエも素人でおかしなストーリー展開させたい空気読まない身勝手なヤツってどこのスレにもいる)
0143踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 13:09:34.91
有沢ケイトは意識を取り戻し1か月が過ぎ、難無く日常生活をおくれるようになっていた。
しかし癲癇は慢性化し、バレエはおろか自動車の運手など、途中で意識を喪失すると危険を伴うものは禁じられた。

サラは母とヒナ、ケイトを連れて暫くアラン諸島の別荘で暮らすことにした。

ケイトはモハーの絶壁に立ち尽くしていた。
絶壁の下から誰かに呼ばれるような気がしたのだ。
0144踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 13:13:17.29
(ここで音楽♪マドンナたちのララバイ♪♪ さあ〜眠りいーなさあい、疲れきいた〜身体を。。。。。)

有沢ケイト終了のお知らせ
0145踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 13:39:33.29
文句あんなら黙ってストーリー考えて投稿しろよカス。有沢ケイトが出てこなきゃ結局ネタも思いつかないんだろ?
それに風俗嬢がキャラとして出て来るだけでキモいだとかギャーギャー騒ぐとか、純潔主義カルトに洗脳されたガキかよw
0147踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 16:47:45.81
「薫、起きなさい!遅刻するわよ!!」

「ママ、僕お腹が痛い。。」
薫は布団から出ることが出来ず、翌日病院へ行ったが何処も悪くなかった。
次の日も、またその次の日も、薫は朝起き上がることが出来なかった。
1週間して大きな大学病院の小児科へ行ったが、原因がわからず検査入院をすることになった。
検査の結果、薫にはどこも異常は無かったが、精神的なストレスが要因で不登校になってしまっていた。
朝だけ色んな所が痛くなったり、嘔吐したり、発熱したりするが、昼近くになると何事もなかった様に元気に家中を駆け回っていた。
ただ、嘔吐を繰り返す為、げっそり痩せこけてしまっていた。





は深く落ち込んでいた。
英国の名門バレエ学校への切符を手にできたのは、自分の兄スグルであった。
0148踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 16:51:56.46
薫はバレエ学校から見向きもされなかったことがよっぽどショックだったのね。いっそカナダのバレエ学校に入れてみようかしら。あそこなら普通学校にバレエを取り入れているからバレエがダメなら普通の人生を送るための経験は詰めるはずよ。

薫の両親は真剣に考えていた。
0149踊る名無しさん垢版2022/11/05(土) 20:15:47.03
薫は拒食による栄養失調のため、暫く入院して院内学級に通うことになった。
そこへはボランティアで外国人留学生が英会話を教えに来ていた。
バレエ留学を夢見る薫にとって、まさに神のご加護と思える機会であった。

薫の兄、スグルと両親は週末に見舞いに訪れていた。
「それでね、それでね、ほら、アレン先生っていうの。アレン先生はね21歳だって。みて!このゆで卵、みんなで色塗ったの。。
イースターエッグっていうんだよ!後ね、アレン先生はユタ州から来たんだって。ユタの人はお酒もコーヒーも大人の飲み物は飲まないんだって!」
薫は目をキラキラ輝かせて英語のクラスの話をしてくれた。
0150踊る名無しさん垢版2022/11/06(日) 14:32:13.89
「カナダはオススメしない、ってコーディネータに言われたわ…」
薫の両親と、兄スグル、3人で家族会議の真っただ中だった。
「ママ、僕、僕、本当はそれほどバレエは好きじゃない!僕も薫と普通校に留学してバレエコースカリキュラム受ける!」

スグルは薫の事があってから感傷的になり、遂にはバレエ続けたくないとまで言い出す始末だった。

両親は黒崎バレエのフリークラスにスグルを参加させ、その間黒崎に子供が通える海外のバレエ学校について相談してみることにした。」

「コーディネータだけだとどうしても限られた情報しか持っていないから、やっぱりここは…」

そういうことならウチと縁のある人物を紹介しますわ。
夫妻なら海外に精通していて、現在はヴィエナに拠点を置いていますのよ。
ただ、たまたま先週から帰国されていて、本業に従事されているの。
これも何かの縁かもしれないわ!
普段はこういうことは一切行わないのですが特別に紹介しますわ。
それ以外は全てご自身でご対応いただけますかしら。

黒崎から紹介されたのは、大妻家具ホールディングスの後継者、大妻檜 オオツマヒノキ 夫妻であった。
早速連絡しみると、バレエとは似つかわしくない銀座のモダンなビル、日本とは思えない雰囲気のオフィスを通り抜けた談話室の様な部屋に案内された。
実際会ってみると、思っていた以上にフレンドリーで心の内をさらけ出してしまった。
大妻はかつてオーストリア・ウィーン国立劇場のダンサーであったことを知り、彼の立っているだけで美しい容姿も納得であった。
大妻が学んだドイツ・ヴュルテンベルクバレエ学校を紹介された。
いわゆる中学生までは、勉学は地元の学校で受け、それ以外の朝と午後はバレエ学校で学ぶというカリキュラムであった。そのため、スグルが誘われたイギリスのバレエ学校とは雰囲気もれベルも差がある。
問題は語学であった。ドイツ語が必須となるからだ。
近くに在留邦人の学校はなく、現地校で学ぶしかないため難しい選択であった。
0151踊る名無しさん垢版2022/11/06(日) 14:40:32.43
ドイツに留学させるにあたり、一つオプションを提案された。
夫妻の知り合いでバレエ教室を経営している友人宅へ数か月ホームステイさせて様子をみる、ということだった。
夏休みの前後3か月、3か月留学すればドイツ語の雰囲気はわかるかもしれないから、というものだった。
そこで合わなかったら止めればよいし、やりたいと思ったら正式に入学すればよい、とのこと。
夫妻が保証人として推薦してくれることになった。
0152踊る名無しさん垢版2022/11/06(日) 17:52:04.78
ロシアでバレエを学んだ薫の母にとって、ワガノワメソッドを採用しているヴュルテンベルクバレエ学校での幼児教育は物凄く魅力的であった。
「このさい薫の資質なんてどうでも良いわ、だってロシアじゃないんだし。最高の学校で学ぶだけが良いとは限らないのよ!」
自分に言い聞かせるかのような心の声だった。
0153踊る名無しさん垢版2022/11/06(日) 22:02:23.38
主人公がおじさんで
舞台を日本国内に限った時
そこから先話が作れない
現実にあったとしても望むような物語ではない
そこから先は無し
0154踊る名無しさん垢版2022/11/07(月) 00:10:05.90
「パパ、来てくれたんだね!」
「ルナ、ずっと待ってたよ!」

デジレ王子に駆け寄り抱き付く双子の王女。
彼はヒナとルナの頭をそっと撫でた。

「これからはずっと一緒だよ」
「うん!」「うん!」

「ぁ…」
「…デジレ王子」

呼ぶ声に気がつくと、その先にはオーロラ姫の姿があった。
優しい微笑みを浮かべ、手を差しのべている。

「行きましょう」

王子はオーロラ姫の手を取り、去っていった。
少女の泣く声は彼には届かず虚しく響く。

「パパ、いやだよ…いやだよ……!
ヒナさみしいよ……!」
0155踊る名無しさん垢版2022/11/07(月) 01:21:26.92
「えっ、えええっ?…」

田中さんの耳にも訃報が届いた。
0156踊る名無しさん垢版2022/11/07(月) 08:56:58.17
ナオミもケイトの死を知った。
あまりにも突然のことで実感がわかない。
追憶の中で、ケイトの笑顔も温もりもまだ鮮明に生きているのだ。

オルゴールが、『眠れる森の美女』2幕のパノラマの音楽を奏でている。
https://youtu.be/i7ByV0NaSN4

はじめて雪の女王と白の騎士としてパドドゥを踊った日。
はじめてデジレのVaを舞台で踊る彼をみた日。
はじめてデートした日にみた東京タワーの夜景。
はじめて抱き合った日…
たった一度だけで、それはもう手には出来ない思いでの中の永遠となってしまった。

「きっと有沢さんも、自由になりたかったのよね。死をもってでしかそれは得られないと思うほどに。でも……
生きていて欲しかった。あなたがずっと好きだった……もっとあなたといたかった」

ナオミは静かに涙を流した。
0157踊る名無しさん垢版2022/11/07(月) 14:32:39.55
いわんやおばさんをや

その先の物語を皆探しているんだ
鈴木君はさっぱりした顔で中村君に言った
0158踊る名無しさん垢版2022/11/10(木) 13:13:19.10
突然のケイトの死に、ヒナは鬱ぎ込んでしまった。食事も喉を通らず、ただ曇った空を眺めている。

「ルナちゃんのところに、パパはいるの…?」
「そうだよ」

ルナのいる世界。
オーロラ姫のママがいるというお伽話の世界である。
ヒナは昔から亡くなったはずの双子の片割れと会話をすることがあった。幽霊なのか想像なのかはわからない。

「ヒナちゃんはまだ来ちゃダメだよ」
「うん、行かない。
ヒナ、バレリーナになる夢があるもん!
けどパパと一緒に発表会出たかったな…」
0159踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 09:40:32.40
大妻氏はかつて黒崎の代表の孫を名乗るストーカーの詐欺師の中年女に
婚約者だと吹聴され、さんざん悩まされていた。
その甥も開催されもしない年の国際コンクールの入賞を偽っており
黒崎へも問い合わせが来て、関係者はさんざん恥をかかされたことがある。

大妻氏は、現在年下の美しい妻そして娘のエマ、
ドイツで生まれた第二子とドイツで暮らしていた。
0160踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 09:42:25.07
一時帰国した大妻氏は、薫を紹介され一目で見たとたん判断した。
答えはノーだ。

ロシアで教育を受けた母親も、黒崎の教師たち、
バレエ関係者ならすぐわかるはずのことだ。

骨格で選ばれた子供だけを育てるワガノワメソッドに
このような脚の骨格の子供は合わないと。
何よりも完璧なターンアウト重視の訓練を続ければ
すぐに膝や足首を痛めてしまうだろう。
元プロダンサーとして、そんな無責任な推薦をすることはできない。

それに小学4年生の今から病むような心ではこの先やっていけない。
ドイツのバレエ学校はヨーロッパの劇場への就職を目指し
ドイツ人よりも優秀な外国人が世界中から留学してくる。
競争も指導も激しく、思春期そしてプロになれば不条理なことなど山ほどあるのに。

「考えが甘すぎる」
大妻はそう思いつつ、やんわりと
「他の道を探したほうがいい。あるいは趣味で続けるのもいいよ。
君はまだ4年生、留学するには早すぎる。せめて小学校出てから」
とアドバイスするのだった。
それは誰から見ても至極当然のことだった。
0161踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 09:43:27.19
ロンドンの名門バレエ団の有望株と目される若手ダンサー、
トキオ・アンソニー・スミスは、日本留学中のリチャードとは古い幼馴染だ。

田舎町で幼いリチャードと一つ上のトキオは知り合った。
古い時計工房をリフォームしたトキオの母親の教室でバレエのレッスンを受け
日本の漫画やアニメを見て一緒に遊んだ。
それは『完璧に幸せな幼少期』の風景として二人の心に残っていた。

トキオのそのころのお気に入りの遊びは
人気漫画を真似て拙いながら自作の漫画を描くことだった。

人間は同じ方向へ、同じスピードで、同じ気持ちで向かうのではない。
小さな箱庭のような世界で、性格や人生観の違う脇役も主張し合って
ときには激しく対立し、ときには深く理解しあう。
喜怒哀楽よりももっと繊細な感情の色彩が存在する。

それは、トキオの幼いころ漫画やアニメから感じ取ったことだったが、
のちにバレエの登場人物一人一人の人生に想像をめぐらせ
役どころを細かく作り込む意識へとつながっていった。
0162踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 09:44:45.13
リチャード一家がロンドンに引っ越してしまったあとも、
トキオが地方の本格的なバレエ学校に入学したあとも
二人の間には下手な字で書いた日本語での手紙のやりとりをしていた。

『ぼくは漢字をたくさん覚えました。ぼくはとても頭がいいイギリス人です。
ぼくの戦闘力は530000です。きさまといた数年わるくなかったぜ。』
どちらかというと物静かなリチャードが日本語になると
急に態度と言葉が好戦的になるのは、漫画の影響である。

リチャードの日本好きが高じて日本の高校へ留学するころ、
トキオのほうは、ロンドンの名門バレエ学校から視察にきたディレクターに声をかけられ
地方の学校からロンドンの大きなバレエ学校へと移る。
それはトキオにとっては大きな転機だった。
0163踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 09:44:59.26
エリザベス1世もパトロンだったイギリス演劇の伝統文化。
戯曲作品が数多く作られ、その描写は写実的であり
人生の真実とは何なのかと、観るものに問いかけるような作品も多い。

トキオが編入した名門バレエ学校には
トキオよりも王子様に合う華やかな容姿の男子や
派手なテクニックを見せる男子もいた。
その中でも、トキオには自然に役を演じる能力が際立っていた。

それが演劇性の高い作品を得意とするバレエ団のカラーと一致したのだ。

付属バレエ学校からでも、名門バレエ団へ入れるのは年に数人、
他の卒業生たちはヨーロッパ各地や他の場所へと散らばっていく。
プロの道はあきらめバレエ以外の職業や進学を選択する生徒もいる。
0164踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 09:49:16.67
しかし、同時期に入ったアメリカ人女性がわずか一年で退団すると聞いたときには
トキオも驚いた。

彼女はアメリカではアイドル的な扱いを受けていた有名人だったのだ。
バレエのために学校に通わず、ホームスクーリングで教育を受け、
ジュニアのコンクールで何度も優勝し、天才少女と騒がれ
鳴り物入りでの入団だった。

最後の国際コンクールでは、これ以上ないだろう、というほどの完璧なソロを踊り
そのまま将来はプリンシパルだろうと期待されたダンサーだ。

それなに彼女はある日、同僚のトキオに言った。

「もう私には情熱が残っていないから」

「もうって…、僕たち入団したばかりじゃないか。
もしかして、膨大なレパートリーのコールドやアンサンブルを覚えるのが好きじゃないのか?
今は大変だけど、いずれ慣れるだろうし役もつくようになるだろう…」

「子供のころから『あなたの夢はなんですか』『プリンシパルになることです』
って答えてきたけど…、いつの間にか本当の自分の声じゃなくなってきたのよ。
自分を偽った言葉で、人も偽ってるように感じるの」
0165踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 09:51:10.37
バレエ団に入って誰でもまずすることは、
膨大なレパートリーのコールドやアンサンブルを覚えることだ。
既に作品に慣れていて経験のある先輩ダンサーたちの中に混ざって
わずかなタイミングや歩幅を合わせていく。

日によって立ち位置が違ったり、リハーサルの時間が足りなかったりと
即座の対応力を求められることもざらにある。
そんな新米ダンサー生活も、トキオは楽しく充実した日々だと思っていた。

トキオはやっとバレエダンサーのスタート地点に立ったばかりだと思っているのに、
同期で入ったその女性はここが彼女のバレエの終了時だと決断したのだ。
0166踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 09:59:24.71
「生徒のうちは上手だ、将来性があるってほめられてても、
プロになるとできて当然、ソロを踊らせてもらうチャンスもそうそう来ない。
でも仕方ないよ。みんなそうだから」

「ううん…」
その女性は首を振った。
「そうじゃないの…。
私のピークは入団前の国際コンクール。
そのときは、技術と心と身体が、完全に一致していたの。

本当に、もう私にはプロとして踊っていく情熱が残っていないの。
ただ重い期待を背負って毎日肉体労働を続けていく辛い生活に思えて…」
0167踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 10:13:05.91
トキオも、他のダンサーと同じように子供のころから
バレエの道から「脱落」していく友達を多く見てきた。
ひたすらバレエの道を邁進していく者から見れば「脱落」だが
本人にとっては「自分の才能を見限った」「興味が失せた」
「他の道を進む決心をした」「心身の限界」といった
よくある人生の方向転換のようなものだ。

しかし、彼女のような、人がうらやむような環境で育ち
成果を上げ、早熟な天才少女と言われた若いダンサーが、
プロ一年目にして
「情熱が残っていない」と言うのは、トキオには少なからず驚きだった。

「引き留めはしないよ…君の人生だからね。でも少し未練はないのかい…」
「いいえ!10代はずっとバレエ漬けだったから、
これからの新しい人生を考えるとワクワクしてるわ!」
彼女はせいせいしたという笑顔でバレエ団を去っていった。
0168踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 10:27:39.73
Wherever you go, I will go
for better or for worse
for richer or for poorer
in sickness and in health...

やめるときも健やかなるときも共に人生を、と誓っても
「こうじゃなきゃ離婚」と迫ってくる女なんて
最初っから真実の愛なんかなかった。
それが良く分かってよかったじゃないか
君自身と人生をともにする気はなくて、「体裁の良い結婚」に飛びついただけさ。

周囲の人にもそういわれ、ジェイムズは深く傷つき、
重い身体をひきづるようにしてリハーサルに向かった。
先日の『ドン・キホーテ』の評判はいまひとつだった。
華やかな定番演目だが、まわりを固めるソリストのテクニックのほうが
ジェイムズよりもよっぽど喝采を浴びていた。

傷心のうちに始まった次の『ジゼル』のリハーサル。
以前からジェイムズのプリンシパルには懐疑的で辛い評価のリハーサル担当の教師が
珍しくほめた。
「君、バジルでは覇気がなかったけど、アルブレヒトのその悲哀は非常にいいね」

私生活のえぐるような胸の痛みがそのまま、ジェイムズの演技に表れていた。
0169踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 10:49:00.52
悲しい、と言葉で言える悲しみよりももっと深く、
人や運命を恨みながら、自分の無力さ、愚かさに絶望し、
深い深い沼に落とされ、抜けられない泥の中でもがくような苦悩。

暗い闇の中に、白く清く浮かび上がる一筋の光。
墓に捧げる白い百合の花は、最後に残された良心か真実の愛だろうか。

以前所属していたバレエ団でもジェイムズにとって
アルブレヒトがもっとも得意な役どころだった。

ジェイムズの舞台評は、父親の懇意のジャーナリストや批評家によって
ミーハーファンや美青年好きのマダム向けに大げさにほめられるのが常なのだが、
今回の演技はバレエを良く知る観客も納得したようだ。
「前回のドンキは生ぬるいバジルでやっぱり容姿だけねって思ったわよね。
でも、今回のジゼルの演技は、本当に心の痛みを感じたわ」
0170踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 11:06:57.74
「二人とももっと大人にならなくてはね」
スグルと薫の母親はピシャリと言った。
母親は昔もっと日本人が少なかった時代に
単身ロシア留学をして、ロシアの小さなバレエ団で踊っていた経験がある。
頼れるのは自分自身だけだった。
日々、自分の踊りと生き様を証明し続けたからこそ
回りの人も認めて助けてくれるのだ。

「世界中からみんな一人で乗り込んでくるのよ。
そんなあやふやな決意でバレエ留学するのはやめなさい。
他の真剣な生徒にとっても学校にとっても迷惑きわまりない。
ダンサーになる子は何がなんでもバレエでやってくために行くのに。

思い通りにならないとすぐに拗ねて、バレエやめると言い出したり、
心身のコントロールができないようではこの先知れてるわ」
0171踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 11:44:54.64
田中さんが地方赴任している間通っている
白王子市のバレエスタジオではあいかわらず平穏な生活が続いていた。

「今度、県の舞踊祭があるけど、田中さんも出られるかな?」
「出ます!出ます!何でも出ます!」
「さすがにやる気あるねー。
地方自治体の文化事業で、バレエの日は県内の教室が集まって出るんだ。
持ち時間内に小品を次々踊るスタイルで、費用も安いよ」

「それじゃ、他のバレエ教室の人たちにも俺の実力を知らしめるチャンスですね!」
「知らしめる…。いやいや、どの教室もちびっこ多いし。
高校生以上はそんなにいないから、気楽にね!」
0172踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 12:06:44.06
「コーディネーターはバレエに才能のない小学生にも、その気もない子にも
留学を勧めて甘いことばかり言ってたわね」
母親はバレエ素人のコーディネーターにあきれ果てていた。
「まあ僕も、ちゃんと日本で中学出るなりしてからのほうがいいと思うよ。
実は日本人の選抜メンバーのほうが技術高いこともあるし。何考えてんだかね」
「ドイツ留学を選ぶのは、バレエのユニオンがしっかりしていて
福利厚生が整っているから、プロになる前提でみんな集まるのよ。
ドイツ生まれのドイツ人なんてほとんどプロダンサーにならないもの。
早くから行ってもあとからヨーロッパの劇場に就職希望の留学生来たら真っ青よ」
0173踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 12:27:40.70
「で、俺は今回こそ、白タイツの王子様?」
と聞く田中さんに、パパ先生は苦笑いした。

「えーっと、ごめんね!今回は持ち時間も限られてるから、
エチュード的なアンサンブルで。
入れ替わり立ち代わり、グループで踊る感じで。
衣装は…考えとくね!」

白タイツだったらいいな、と思いながら田中さんはレッスン後の自主練習を始めた。
横で中学生の直也くんがくるくる回っている。
「直也くん、日に日に上手くなるよなあ!」
「今、背が伸びてて、日によってバランスの感覚が全然違っちゃうんだよね」
と屈託なく笑う。
「うんうん、わかるわかる。
俺も日によってバランスが全然取れないことがある」
成長期の直也と田中さんでは少々意味が違うのだが。
「バランスがピタッとハマった日には、一度だけ7回転できてうれしかった!」
「な、ななかいてん…」
中学生だ子供だと甘く見てたら、どんどん引き離されてしまうではないか。
俺もピタっとハマって7回転をするのだ!
田中さんが躍起になってジタバタやってると、
「うん、1回転でもパッセは開いたほうがいいと思うよ!」
とダメ出しされてしまう田中さんだった。
0174踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 12:39:03.13
あまりの惨状に見かねたパパ先生が言った。
「田中さんは元からカマ足気味で、ルルべが小指側に倒れてることが多いから
まずはかかとの位置の修正が必要なんだよ。あと指への体重のかけ方」

いや!俺がやりたいのは、ルルべはテキトーでも
とりあえず、くるくる回ることなんだけど!
「これ、きっちりやらないと、バランスがハマらないんだよ」
そして、先生にかかとの位置と体重のかけ方を直されるのだった。

ああ…
なぜバレエの人々は、こうもポジションに厳密なんだろ…
俺の白タイツへの道は長く険しい…

幸か不幸か、田中さんはバレエでのストレスをためない人だ。
むしろ苦難を乗り越える自分に陶酔して楽しんでいた。
0175踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 12:56:16.08
高瀬くんも言ってたけど、バレエ好きすぎて
バレエでストレス感じる気持ちはわかんないんだよね。
辛くて気持ちがつぶれちゃうなら、とっくにやめてるから。

そりゃあ、自分の姿にがっくしくるときはあるけど
ご飯食べて寝たら「さ、今日もレッスン行こー!」ってなる。
0176踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 14:14:11.21
「なあ、煌介、俺の代わりにゲスト行ってくれない?」
S&Bバレエ団の人気プリンシパル神代煌介は先輩から仕事を紹介された。

「発表会ですか。スケジュールが合わなかったんですか?」
「うん…まあね…。その教室の主催者が、けっこうクセがある女性でね。
何度かリハーサル時間に遅れたり早めに切り上げたらキレちゃって」

それは、キレても仕方ないだろう、営業なんか上手くやりゃいいのに、
と神代は思ったが、にっこりさわやかに笑って答えた。

「大変だったんですね。ちょっとした食い違いはよくありますよ」
「去年、かなり険悪な雰囲気になっちゃってさー。
もう今回は行くの嫌になったんだよね。遠いし。
ギャラや待遇は良かったから惜しいんだけど、あのおばさん…」

「いいですよ。僕で良いのなら」
「お前なら大歓迎だろうよ!」
0177踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 14:16:53.06
神代は知っていた。
先輩ダンサーがゲストに行っていたのは、
郊外にある黄葉山(きばやま)バレエアカデミー。
主宰の先生の実家は、その地域では大手のガソリンステーションチェーンを経営していて
そのため、ゲストダンサーの待遇も良い、と聞いていた。

主宰の先生に「クセがある」というのはちょっと気になるが…。

男性ダンサーの賞味期限は長くはない。
32歳の神代は、自分が今の技量を維持して、みっともなく踊れるのは
ギリギリ30代まで、となんとなく考えていた。

年齢による衰えを押して、舞台に立ち続けた先輩たちを見てきた。
もちろん身近な人は「まだ踊れる」と言うだろうが、
そのときが来たら、未練なく潔く舞台を去りたい。

まだ先の話だが、ダンサーでない人生を思うと
漠然とした不安が神代の心の中に広がっていた。
0178踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 20:03:34.87
「郊外というよりはド田舎だ」と神代はつぶやいた。

発表会のゲスト出演のリハーサルのため、
都心から二時間ほど車を走らせた先に見えてきたのは、
美術館かと思うような大きな近代的な建物。
つつましやかな町には似つかわしくないほどの立派な建物が、
黄葉山バレエアカデミーのスタジオだった。

「うむ、確かに、カネは持ってそうだな」
神代はニヤリと笑った。

神代は、広い駐車場に車を止めると教室のベルを鳴らした。

「遠いところをようこそお越しくださいました!
まさか、代打で神代先生に来ていただけるなんて、感激です!」

主宰の黄葉山みどり(きばやま・みどり)は、満面の笑みで神代を迎えた。
チャキチャキしゃべる、元気なおばちゃんという印象だ。

「こちらはうちの娘のノエミ!」
「…よろしくお願いします」
少しシャイなのだろうか、20代半ばの娘は無表情に挨拶した。
「今回はうちの娘とパドドゥを踊っていただきたくて!」
0179踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 20:04:29.92
「ノエミちゃん?フランス語の名前だね」
神代がノエミに微笑みかけながら言ったとたん、
母親のみどりが横から口をはさんで、まくしたて始めた。
どうやらおしゃべりが止まらないタイプらしい。

「そうなの!私が名前をつけたの!ラブリーでしょ?
私はパリオペラ座のメソッドが好きなのよ!
数年前まで、ノエミはフランスに留学してたのよ!
パリオペラ座の外部試験も受験したけど、残念ながらダメだったの!」

「えっ、パリオペラ座?
あんな厳しい試験に挑戦されたんですか?
受けるだけでもすごいことですよね」

神代はマシンガントークを続ける母親をおだてると同時に
少しノエミをかばうような気持ちで言った。
ダメ元、と思って受けたオーディションやコンクールでも、
結果が悪ければ傷つくもんだ。

ノエミは目をそらして、困ったような傷ついたような顔をして黙っていた。
0180踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 20:08:13.44
「黄葉山先生、早速、レッスンに参加していいですか。お邪魔じゃなければ…」
「ええ!ええ!もちろん!
最上級生のレッスンが夕方からありますから、ぜひぜひ!!!」

神代は着替えストレッチしながら、小学生のクラスレッスンの様子を見学した。
助手として参加していた娘のノエミは、
どこか所在が無く、投げやりにも見える態度で子供たちのポジションを直していた。

「はい!引っ張って、ここを回すのよ!ちょっと傾きすぎね!
こらそこ!他の子の踊りもちゃんと見てなさーい!!!」
スタジオじゅうに声を響かせる元気いっぱいの母親とは全然性格が違うようだ。
0181踊る名無しさん垢版2022/11/12(土) 20:14:20.21
ははーん、なるほどね。
黄葉山親子を見ながら、神代は二人の関係性を邪推していた。

ノエミは、親に言われるまま、自分の意志とは別の理由で必死でがんばって、
現実で壁にぶち当たり、今は帰国して、気持ちがさまよってるって感じかな。

黄葉山ノエミか。
客観的に見ると、教室の先生としてなら相当上手だ。
しかし、ヨーロッパでプロになるには、全体的に少しずつ不足している。
多くの人を魅了するのに必要な覇気も感じられない。

身長、容姿、踊り方、すべてにおいて
「ダンサーはかくあるもの」という美的基準が決まっている
伝統の長いフランスの名門バレエ団。
実力も足りないのに、どうせ母親に言われて入団試験を受けたんだろう。

神代は普段は紳士の皮をかぶっているが、実は無類の若い女好きだ。
しかしノエミのような、人生にさまよっているような陰気な女は好みではなかった。
0182踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 10:30:46.06
神代の黄葉山母娘の推測はだいたい当たっていた。

フランスバレエに強烈に憧れていた母親のみどりは、
娘のノエミに大きな期待を寄せ、幼少からその夢を娘に託してきた。

本人より先回りして、フランス留学のおぜん立てして、
本人の意思もろくろく確かめず、有無を言わせず
ノエミをフランスに送り出した。

「え…、無理。私別に海外に行きたいわけじゃないし、普通に…」
ノエミがおそるおそる言っても、母親は聞く耳を持たない。
「あなたには絶対才能があるから!!!エトワールになれるから!!!」

不安げなノエミをよそに手続きは着々と進められた。
強引な母親にしぶしぶ従った。
「あなたのためなのよ!!!」と言われながら。

私のためじゃない。お母さんの満足のためでしょ?
そう思っていても、あえて反抗するほどの気力もなかった。
母親に反対しても、
「あなたは何も知らないから、私に従えば全て上手くいくから!!!」
マシンガンのようにまくしたてるのが常だったから。
0183踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 10:31:30.26
3年間、ノエミなりに苦労し努力はした。
バレエ学校の成績は、ビリではないが真ん中よりは下だった。
そんな状態を母親には言えなくて、
「なんとかやってる」とだけ伝えていた。

そんなことはつゆ知らず母親は
「ノエミはフランスに留学中なのよー!
できればパリオペラ座を狙えるといいんだけど!」と周囲に伝えていた。

留学さえすれば有名バレエ団に入って華々しい活躍する、なんてことはないのだ。
優等生もいれば、そうでない子もいる。
0184踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 10:32:29.54
確かに、日本から来た子の中には目立つ存在の子も数人いた。
みんな国内で最大限に鍛えぬいてきた子たちだ。

「日本人ってほんとテクニック強いわよねえ!」
「しかも、悪魔のように練習をするし、信じられないような努力家ばかりよ」
「ほらあの男の子なんて、入ったとたんトップ扱いでしょ!」

そんな注目をあびる日本人留学生たちと、ノエミはちがったのだ。
プロを目指す生徒の中では、ごくごく凡人だ。
どこかもっさりとした下半身、大きく見える丸い顔、
洗練された優等生たちと比べて、野暮ったさが拭い去れないし、
その欠点を補って余りあるほどのテクニックもなかった。
0185踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 10:33:49.20
「娘にはパリオペラ座の外部試験受けさせたいんです!!!絶対に!!!」

母親はわざわざフランスに来て、学校の先生に書類を用意するよう掛け合った。
ノエミは、母親の厚かましさに恥ずかしくて逃げ出したいほどだった。
例年、その学校からオペラ座を受験する子は
先生に認められた学年トップの子だけだ。

ヨーロッパの十数のバレエ団のオーディションに落ち続け、
最後に受けた小さな田舎のバレエ団にも受からなかった。
書類の段階で断られたことは数知れず、
バーレッスン審査の途中で「はい、ご苦労様」と肩を叩かれ、帰ったこともある。

「お母さん。ごめんなさい。
お母さんが思っているほど、私はバレエ上手くないの」
ノエミは悲痛な面持ちで、日本の実家に帰ってきた。

それから数年がたっていた。
0186踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 11:45:35.07
「神代先生、素晴らしいわ!!!
ちょっとノエミ、あなたもう少し楽しそうに踊りなさいよ!!!
パンシェから振り返ったときのアロンジェが地味よ!!!
こうでしょ、こうたっぷりと!!!
もうこの子ったら!ハーサルできる日数は限られてるんだから
今日でだいたい仕上げないと!!!
ほらここもダメよ!!!もっと先へ身体を伸ばして!!!」

神代とノエミの海賊のパドドゥをリハーサルを見て
黄葉山みどりはまくしたてた。
神代は苦笑いした。
なるほど、「クセの強いおばさん」…ね。
0187踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 11:46:47.63
「黄葉山先生、ノエミちゃんと細かい打ち合わせをしたいので、
ノエミちゃんと二人っきりさせてもらっていいですか?
そうですね、一時間ほど。
先生はゆっくりしていてください」

神代はさわやかに微笑むと、黄葉山母の手を取り
事務室へとエスコートして行った。
「あらっ、まあっ、うふふっ」
イケメンプリンシパルの神代に手を取られまんざらでもない顔だ。

「舞台前はやることが多いでしょう?
黄葉山先生、あとでじっくりお話聞かせてくださいね」
0188踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 11:47:14.10
「神代先生、ごめんなさい…母がうるさくて」
ノエミはバツが悪そうに言った。

「そんなことないよ。それよりノエミちゃん、もっとリラックスして」

神代は両手でノエミの頬をそっとはさみ、
それからノエミの肩や背中を優しくなでた。

「踊りに関しては、すべてちゃんとできてるから、大丈夫だよ。
あとは僕と音楽に、身をゆだねてね」

神代の輝く笑顔が、ノエミの目に飛び込んできた。

ズキューン…
0189踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 13:20:05.61
「神代さん、お願いが。。。」
ノエミは母親のいないすきをねらって神代に声をかけた。
「神代さん、実は私18歳だしママからすこし距離を置きたいの。神代から個人レッスンが受けられたらな〜って。。良かったら今度二人で外で会いませんか?」
なんとノエミからの誘惑だった。
0190踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 13:21:59.77
神代とノエミは歌舞伎町のホテルにいた。
0191踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 13:26:06.42
相変わらず相手を選ばない神代であった。
「ノエミはバレエの何処を指導してほしいの?」
「神代さん、激しい男女の愛憎を経験したいの」服を脱いだノエミは答えた。
0192踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 13:28:15.23
「マジ?マジで言ってる?じゃあまずノエミの実力を見せてもらおうかな!好きなようにやってみて!!」
ノエミは神代のシャツのボタンを外しはじめた。
0193踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 13:30:33.87
一通りの行為が終わったあと神代はノエミの耳元で呟いた。
「ノエミ、今度はムダ毛のお手入れしっかりしてね、全部綺麗に無いのが好き、よろしく。」
0194踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 14:20:41.49
ノエミは20代半ば。

数年フランスに留学してプロを目指した
というより、ずっと親の言われるまま動いていたが、
現実は厳しいものだった。

数年前までのフランス留学の日々は、辛いことが多かった。
なにより自分のバレエの実力や成績が少しも上がらない。
生活面もそうだ。
多様性の国といっても、まだフランスのバレエ界は
外国人を受けつけない様子もあった。

自分の学校での立ち位置はすぐわかる。
日々のクラス。生徒同士の評価。教師の態度。
年に数回のショーケースでのアンサンブルの位置。
そして順位の書かれた成績表。
0195踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 14:21:23.30
母親はパリオペラ座の外部試験は絶対受けろと主張していたが、
限定的で特殊な美意識を持つバレエ団である。
実はノエミは書類の段階で通ってもいなかった。

帰国した後も、「娘がプロダンサーになった」と是が非でも言いたい母親は
東京の大きなバレエ団の入団試験を勧めてきた。
そのときばかりは、ノエミは断固拒否した。
「どうせ落ちるに決まってるから」

これ以上挑戦するには、心が続かなかったのだ。
ノエミはバレエに人生にも、無力感を感じたまま、数年が過ぎた。
0196踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 14:27:58.94
どんな仕事だろうと、観客も顧客も魅了するのが
イケメンプリンシパルダンサーとしての、神代の矜持である。
しかも、今回は発表会のゲストとしては破格のギャラを提示されている。
いわば、おいしい仕事だ。

ノエミは個人的には全く神代の好みではない。
容姿も野暮ったいし、踊りも凡庸だ。

しかし、こうガチガチに心を閉ざされたままでは踊りにくいし
発表会のハイライトである主宰者の身内とのグランパドドゥの出来が悪いと
自分のダンサーとしての評価に影響する。
そう神代は考えた。

「このハープの音に波のきらめきを想像してね。
このアダジオには壮麗なスラーが流れてる。イオニア海の風を感じて」

「…はい」

「そして地中海の太陽をね。
踊りはしっかりできてるから、大丈夫、すぐ良くなるよ」
神代は優しく微笑んだ。
0197踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 14:42:28.69
ノエミは母親同様、虚言壁があった。
18歳と年齢を詐称するも、もともと軽い気持ちで性交渉が好きな神代にとってはどうでもよいことであった。
0198踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 14:43:03.72
親子そろって気の毒であった。
0199踊る名無しさん垢版2022/11/13(日) 14:56:39.68
「どうするかな。ボーイズ4人の振付…」
白王子バレエスタジオでは、
県の舞踊祭で踊るアンサンブル作品を考えながらパパ先生は悩んでいた。

「男の子たちのソロパートはいいけど、その中に田中さんを入れるのは
ちょっとバランス悪いよね」
「そうねえ、群舞に一人だけ大人の男性って、なかなか…」

愛先生も想像した。
子供たちの群舞の中に田中さん。
一人インパクトが強い。
隅っこでも目立つし、かと言って真ん中ではちょっと。
小学生男子二人は一緒でいいが、
中学生の直也のソロパートは難しいテクニックを入れたいし。

「ほぼ立っててもらって、女の子たちに回りで踊ってもらうのはどう。
白鳥の三幕の花嫁候補のワルツみたいなイメージで。
ちょっと手を添えるくらいで、動いてるのは女性たち」
「なるほどね…」
0200踊る名無しさん垢版2022/11/14(月) 08:32:36.28
「そうなのよねー!ジェイムズは容姿が強烈に良すぎるから
良くも悪くも、何踊っても『プリンス・ジェイムズ』になっちゃうの」

劇場近くの広々としたカフェで食事をしていたジェイムズは、
そっとサングラスをかけた。
少し離れた席でおしゃべりに夢中なのは、劇場の常連客のマダムたちだ。

「コミカルな青年役だと、気取ってつまらない人に見えるわね」

「最大の見せ場が回転っていう作品も、消化不良なのよ」

「それそれ。もっとテクニシャンの若いソリストがいるんだし、
この前のドンキはジェイムズよりも、レオが最高だったわ!」

「ミーハーファンはジェイムズが動いてるってだけで何でも良いんでしょ。
あの人たちはバレエ素人で何もわかってないから。
ジェイムズ主演の日って客層が悪くてうんざり」
0201踊る名無しさん垢版2022/11/14(月) 08:32:48.93
ジェイムズはマダムたちの噂に少し苛立った。
いや、あなたたちだってド素人だろ!
踊れもしないのに観てるだけで知った口を利くなよ!

「でもこの前のジゼル、あれは本当に良かったわ!」

おやっ、とジェイムズはコーヒーを飲む手を止めた。

「あんな感動的な二幕は初めてよ」

「一幕のプレイボーイぶりもさることながら、
二幕のやり場のない後悔と絶望感は名演だったと思うわ」

ジェイムズはふっと微笑んだ。

なるほど、このマダムたち、見てるところは見てるな。
ジェイムズは機嫌を直して最後のコーヒーを飲み干すと、
目立たないように店をを出た。

「ちょ、ちょっと!今出てった人、ジェイムズじゃなかった?」
「ええ!どこ?どこ?うわっ!何あれ、強烈なイケメン!」
0202踊る名無しさん垢版2022/11/14(月) 08:34:18.94
「あら、短いリハーサルで、ノエミの踊りが変わったわ!」
一時間後、スタジオに戻ってきた黄葉山みどりは目を見張った。

岩に張り付いたノリみたいなのっぺりとしたノエミの表情が和らぎ、
いかにも義務感で動いてます、という動きに
わずかながら抑揚や表情がついていた。

「神代先生、どんな魔法をかけたのかしら?!」
と驚く黄葉山母に
「先生、ノエミちゃんは元から素晴らしく踊れるんですよ」
と神代はさわやかに微笑んだ。

「さすがは、S&Bバレエ団のイケメンプリンシパルダンサー!
他のダンサーとは威力が違うわ!」

「ほめすぎですよ。先生。
そろそろ、終わる時間だけど…ノエミちゃん、もう一度アダジオ確認しておこうか」
神代は神々しい微笑みをノエミに向けた。
0203踊る名無しさん垢版2022/11/14(月) 08:34:47.19
地方に発表会にゲストに呼ばれるときに宿泊するのは
だいていはビジネスホテル。それで十分だ。

今回神代がリハーサルのために週末滞在するために用意されたのは、
近くにある温泉旅館の露天風呂付の部屋だった。
その宿の娘たちが昔、黄葉山バレエアカデミーに通っていた縁で
ゲストダンサーはいつもそこに泊まることになっているらしい。

「ずいぶん良い部屋だな。さすが田舎の金満スタジオ…」

神代は露天風呂の湯舟につかって外の景色を眺めながら、父親のことを思い出した。

「煌介、この先どうするんだ?何か展望はあるのか?」

先日、祖父の葬儀で神代は久しぶりに父親に会った。
父親は芸術や芸能全般に理解ないわけではなかったが、
息子が職業にするとなると、話は別だ。
「男子一生の仕事じゃない」とずっと反対されてきた。
0204踊る名無しさん垢版2022/11/14(月) 08:36:04.07
神代の本音を言えば
「スタジオ設立費用をポンと出してくれるような、金持ちの娘と結婚したい」
などという、よこしまかつ、切実な願望がある。

女だって、金持ちで条件の良い男と見たら目の色変えて
躍起になるヤツいるだろ。
カネという餌を嗅ぎつけて群がるハイエナのように。
だが、俺だって。
結婚という枠に縛られるならそれくらいの見返りがほしい。

「でも、さすがに、黄葉山ノエミはないなー!」
神代は、湯舟から出た。

寝る前には、入念にストレッチをして明日の朝からのリハーサルに備える。
20代はハードな舞台が続いても、深夜まで遊んでても平気だったのに
このところ、丁寧なメンテナンスをしないと疲れを感じるようになってきた。

ノエミは、どうしてああ無気力で辛気くさいんだろうな。
たとえ金持ちの娘でも、ノエミは、ないな。
0205踊る名無しさん垢版2022/11/14(月) 08:36:20.52
「このパートは白鳥三幕の花嫁候補たちのワルツにインスパイアされた」
と白王子バレエスタジオのパパ先生に説明された田中さんは
「よっしゃー!」とガッツポーズをした。

「俺は、美女に囲まれたジークフリード王子的な役なわけですねっ!」

作品に使用されるモーツアルトのメヌエットがスタジオに流れる。
「おおお、この高貴な感じ。俺が王子様として踊るのにふさわしい!」

田中さんが出るパートの振付は
6人の女の子たちが、右へ左へフォーメーションを変えながら踊り回り、
田中さんはたまに手を添えたり肩を貸したり、一緒にバランセする程度だ。

「ん?女の子たちめっちゃ動いてるけど、俺はあんまり動かない?」

「そうなんだよ。中学生女子がせっせと動くから
田中さんは、宮廷で賓客をもてなす王子様ように気高く堂々としててね!」
「はいっ!まかせてくださいっっっ!」
0206踊る名無しさん垢版2022/11/15(火) 10:46:52.29
ということは、衣装も白タイツの王子様みたいなものに違いない!
黒崎でくるみ割り人形の王子のヴァリエーションは経験したが、あれは希望すれば誰でも出来るものだ。けれど今回は俺が先生から認められ与えられた役だからな!

「にしし…」

田中さんはニヤニヤが収まらなかった。

中学生の女子たちも、なかなか男性と一緒に踊らせてもらえないこともあってか、田中さんと踊れるのを楽しみにしていた。
バレエ女子にとっては男性と踊れるのは一種のステータスなのだ。
0207踊る名無しさん垢版2022/11/15(火) 18:49:49.64
神代にも特別な相手がいた。ノエミとは所詮お遊び。
いくら実家が太くても彼の中での最低条件のラインを下回っていた。
「やっぱりマリアだなあ〜、あんな相性のよい相手はいないよなあ〜、ノエミみたいに裕福な家庭で育ってはいるけノエミは例えるなら野草、それに比べてマリアは薔薇だもんなあ〜、よっしゃそろそろファイト!一発!!」
などど都合の良い事を考えていた。
0208踊る名無しさん垢版2022/11/15(火) 19:24:32.19
「次の公演は、『ラ・シルフィード』か…」

ジェイムズは掲示板に張り出された公演タイトルをみながら小さく呟く。
派手なテクニックはないがマイムや足技がとても多いブルノンヴィル版のロマンティックバレエの代表的作品である。
0209踊る名無しさん垢版2022/11/15(火) 20:25:54.97
白王子バレエスタジオの生徒たちが県の舞踊祭で踊るのは、
モーツアルトの曲にあわせグループが入れ替わりながら
次々と踊っていくアンサンブル作品だ。

「衣装は、女の子はスカート付きレオタードで
男の子は黒タイツと白シャツで統一かな。
いかにもバレエ学校って感じでシンプルに」

「音楽が立派だから某バレエ団のデフィレのように白いチュチュでもいいわね。
『卒業舞踏会』のような衣装も可愛いけれど
ちびちゃんから中学生まで同じ物はそろわないかもね」

「クラス別にチュチュの色変えてもいいんじゃないかな。
レンタル衣装屋さんに聞いてみようか」
などと先生夫妻があれこれ衣装の相談していると

どこからともなく、不気味な声が聞こえてくる。

「…白タイツ‥白タイツ…」

「ひいいいいっ」

パパ先生が振り向くと、田中さんが背後霊のように立っていた。
0210踊る名無しさん垢版2022/11/15(火) 20:40:24.91
「白タイツ…先生、ぜひ白タイツでお願いしますぅ〜〜」
田中さんは、ジゼルがアルブレヒトの命乞いするようなポーズで懇願し始めた。

「驚かさないでよ!田中さん!後ろから背後霊みたいに!」
「ま、まあ白タイツでもいいけどね。白いブラウスとね」

「白いブラウス?
先生〜、どうせなら、上着も王子様的なきらびやかなのがいいですぅ〜〜」

「うーん?よくわからないこだわりだけど…考えとくよ」
「お願いします。白タイツ〜〜…」

「それより、肝心の踊り頑張ってね。期待してるから!」
小石川夫妻は苦笑いしながら言った。
0211踊る名無しさん垢版2022/11/15(火) 22:48:35.42
中学生バレエ女子たちは田中さんにたずねた。

「田中さんはどうしてそんなに王子様をしたいんですか? 白タイツ履きたいとか」
「他の男子はイやがるのに」
0212踊る名無しさん垢版2022/11/16(水) 00:08:44.62
「女性もピンクタイツはいてお姫様を踊りたくないのかな?

もし、舞台で女性のチュチュから出る脚が
黒やグレーや茶色のタイツにおおわれてたら…どうだろ?
役柄によってはあるだろうけど。
俗っぽく見えて、バレエの美が損なわれると感じないかな。

東京にいるときは、レッスンの時に黒いタイツ履いてる大人は多かった。
黒のレッスンウェアは便利だよね。脚が細くシャープに見えるし。

でも、舞台は別!
色のタイツだと、観客に大事な何かを隠してる気がするんだよ!
バレエダンサーとして!逃げも隠れもしない!自分の踊りを魅せたいんだ!

三大バレエも男性の主役は、
ジークフリード王子!デジレ王子!お菓子の国の王子!
オール王子様!オール白タイツ!
白タイツは視覚的には膨張して見えるが、その高貴さは心は白タイツに凝縮されてる!
俺は、そんなクラシックバレエの魂を、
どこまでも、どこまでも、追いかけていきたいんだよっっっ」

田中さんの熱弁は続いた。

うっかり聞いた私たちが間違っていた、と女子たちは顔を見合わせた。
0213踊る名無しさん垢版2022/11/16(水) 20:20:20.91
お洒落な産科クリニックの出入口をくぐって出てきた人影。ナオミである。
突然の吐き気を催しまさかと思ってのことであった。
検査の結果、案の定妊娠していることが判明した。

夫の九条がナオミに駆け寄ると「どうだった?」と訊ねる。
ナオミはにっこりと微笑むと頷いた。

けれど純粋に喜んでいたのは夫だけであったかもしれない。ナオミは一点どうしても気になることがあり、心から喜んで良いものか迷ってしまった。
ケイトとあのとき関係を持ったことがナオミの脳裏をよぎっていた。

「…」
「行こうか?」
「ええ」
0214踊る名無しさん垢版2022/11/18(金) 00:21:59.47
ナオミは幸せいっぱいだったが、薄々周りは体調の異変に気づき始めた
聞こえよがしに、悪口を言われたり、蔑んだり、哀れな目で見られることもあった
「気持ちは変わらない」
0215踊る名無しさん垢版2022/11/18(金) 22:30:12.18
「よろしくお願いします、アナスタシアです」

最近できた小さなバレエ教室では第1回の発表会が行われることとなった。演目は『白鳥の湖』第二幕。
その発表会のゲストダンサーとして、アナスタシアは迎えられた。

出来たばかりの教室ということもあり、小さな子供たちが多く、主役を踊れるほどのメンバーがいないのだ。
けれど子供たちや保護者の強い要望もあり主宰の元同級生のゲストダンサーを迎えるという形で実現することとなった。

「アナスタシア先生、よろしくお願いします!」
「はい皆、きちんと挨拶が出来ましたね。
アナスタシア先生は、先生がロシアに留学していた時の同級生でした。
卒業後はロシアのバレエ団でご活躍され、その後教師の資格を取得しロシアメソッドの指導者をなさっています」

主宰の永野夕貴(ながの ゆうき)がアナスタシアについて紹介をはじめた。

永野とアナスタシアが知り合ったのは16歳の頃。永野が留学生としてロシアの名門バレエ学校に入学した頃のことである。
デュエットのレッスンで一緒のペアだったこともあり、頻繁に話す間柄となった。
彼も卒業後はアナスタシアの所属したロシアのバレエ団に入団。長身でエレガント、男性でありながら優美な踊りをする期待の新人であったが、白鳥の湖の主役に抜擢された公演当日に事故で怪我を負い、早々にプロを引退したのだ。
0216踊る名無しさん垢版2022/11/22(火) 23:33:11.73
ナオミはお腹を抱えて呻き声を出した
うっ
うっ
痛みに我慢できずに気絶をしてしまった
次に目が冷めたら、お腹が小さくなっていた

私の元からさってしまった
ごめんね ごめんね…
0217踊る名無しさん垢版2022/11/23(水) 20:06:01.30
アナスタシアは、教室に置いてあるダンス雑誌に目がいくと、徐にそれに手を伸ばした。
アルブレヒトの衣装のジェイムズ・ワイズウェルが表紙を飾る。

「つい最近までは黒崎のオープンクラスで踊っていた彼が、今はこうして遠い外国で活躍している…」

それに比べ私は、何をしているのか?

アナスタシアは一つため息をつくと、ロシアのバレエ団にいたころのことを思い出していた。
0218踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 12:21:28.10
180cm、スタイリッシュで美型、アンドロイドのように完璧
ロボットのように忠実でプログラム通りに動く

もう人間は必要がない
不完全なくせに傲慢である
努力をしていると見せかけているだけである

これからは、ロボットの時代だ
0219踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 21:53:03.01
写真が発明されたら、絵描きはもう必要ない。
テレビが出回ったときにラジオはもう不要。
ビデオが身近になれば、映画館で映画を見なくなる。
AIが人間より強くなったときに、チェスというゲームは終わった。

いつの時代もそんな話があるのに。
どうにか、文化が続いているのはなぜなんだろう?
無論、急速に廃れ消えるものもある。
同じ形態では続いていかない。

プロになる条件も今までとは違う。
観る側が良い物に慣れて、訓練も高度化して、
ダンサーの就職活動は国際競争だ。

現代人は、刺激も選択肢も多いから、実に飽きっぽい。
消費期限も短くなっていく。

そして人間は、芸術は、パフォーミングアーツは、
どこへ向かっていくのだろう。
0220踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 21:54:00.05
時は2050年。

国力の低下。止まらない少子化。娯楽の多様化。
日本のバレエは衰退の一途だった。

2000年代には盛んだった大人バレエ。
1971年〜74年第二次ベビーブームで生まれた大人たちが
大人バレエブームも支え、一時は大盛況だったのである。
彼らが次々に去っていくにつれて、劇場へ足を運ぶ人も半減。
バレエ教室も教師も余って、職業として成り立たないケースが増えてきた。

子供たちに一番身近な踊りはストリート系のダンス。
一時は流行ったフラメンコ、タップ、フラ、日舞、
アルゼンチンタンゴなど、他のジャンルのダンスもすっかり廃れ
滅多に見なくなっていた。
0221踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 21:55:17.28
海外で有数のバレエ団は古典芸能のように存続しているが
どこも政府からの補助金がカットされていると言う。
就職を望むダンサーにとっては、現在の何十倍も狭き門となっていた。

今では全幕古典作品を演るバレエ団も珍しくなってしまった。
70代半ばの田中さんは、その状況をさみしく思っていた。
2010年代をピークに人が減っていくバレエ界を眺めていた。

「クラシックバレエ、いいのにな…。
今の子からしたら、ケン玉やお手玉で遊び
能を観に行き、盆踊りに参加するくらい古めかしいことなのか…」

田中さんは、白タイツ姿の若き自分の写真を眺めながら
50年前、必死でバレエに打ち込んでいた日々を懐かしんでいた。
0222踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 21:55:57.86
話を戻そう。今は昔。2003年ごろ。

ナオミは九条と結婚後、大病院での薬剤師の仕事をセーブしつつも
勤務を続けていた。

バレエは引き続きベルベットのレッスンにも通っていたが
生活の変化もあって以前のようには打ち込めないままだ。
何も不満はない。幸せな生活だけれど。

ナオミは病院の消毒薬の匂い、薬の匂いに気分が悪くなり
口を押えてトイレに駆け込むことが増えた。

「水野さん。今は九条さんだっけ?
夜勤のシフトにも入れないし、残りの人で仕事を回さないといけないんだから、
辞めるんだったら早く言ってよね!
金持ちドクターと結婚したんでしょ?働く必要ある?」
0223踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 21:58:50.99
もう何年も玉の輿を狙ってガツガツしているお局スタッフが
イライラしながらな嫌味を言ってくる。
透き通るように美しいナオミの容姿は、ドクターたちにも注目されていた。
ナオミが院内にいると、比較されて目障りなのだ。

「気にすることないわよ。あの人はいつもそう。
自分よりも若くてきれいな女性が幸せだと腹立てるのよ。
ベンゾジアゼピン系の薬でも処方してもらえばいいのに」
と仲の良い同僚は言ってくれた。

「ありがとう。でも夜勤に入らなくなったのは本当だし
迷惑をかけて申し訳ないわ…」
少しでも仕事は続けたいと思っていたが、そう簡単ではなさそう、
とナオミは気が滅入る思いだった。
0224踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:00:26.04
ある日、ふと、ナオミの吐き気がやんだ。
「良かった。もうつわりの時期が終わったんだわ」
そう思って過ごしていた次の検診の日に、
産科医はナオミに超音波画像を見せながら言った。

「先月から成長していないようです」
そこには黒い背景に豆粒ほどの白い影があった。
先月と同じ大きさのまま。
「稽留流産の手術の日取りを決めましょう。
簡単な処置で日帰りでも可能です」

全身麻酔をしますから…
次の妊娠のためにも…
手術同意書にサインを…

落胆したナオミはぼんやりと医師の説明を聞きながら考えた。
「きっと九条の両親をがっかりさせてしまうわね…」
0225踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:00:52.83
「どうだった?煌介、黄葉山バレエアカデミー」
バレエ団の先輩ダンサーが心配して神代に聞いてきた。
彼は去年までゲストで行っていたが、主宰の黄葉山みどりと険悪になり
代わりに神代煌介に発表会ゲストの代わりを頼んだのだ。

「何も問題なかったですよ。
パドドゥを踊るノエミさんはしっかり踊れる人でしたし。
また来月にリハーサルに行きます」

「あの、母親のほうさあ、勘違いひどくないか?」
「とても元気な方で、テキパキ指導されてましたね」

神代は人の悪口は言わない。
心の中では思いっきり悪態をついても、本音は隠している。
それは、人のためではない。
狭いバレエの世界で、イケメンプリンシパルとしての
自分のイメージと地位を守るためだ。
0226踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:03:03.94
「実は、何年か前から黄葉山先生に『娘の婿になってほしい』
って言われたんだよね。
冗談だと思ってたんだけど、行くたびに何度も」
先輩ダンサーは顔をしかめて言った。

「ムコ!ですか?
黄葉山先生にかなり気に入られてたんですね!
いいじゃないですか。ノエミさん、控え目で真面目な人で」

先輩ダンサーは「とんでもない!あんなの!」と首を振った。
「娘どうですか、ってしつこく言うから嫌になって
リハーサル手を抜きまくってたら、あのおばさんキレ始めたんだよ」

「ははっ、先輩もやりますね」
神代煌介はさわやかな笑顔を見せて笑った。

派手な自慢話をしたくてウズウズしている母親。
期待に応えられず、くすぶったままの娘。
娘がプロダンサーと結婚したということになれば
いくらか面目を保てるんだろう。

「黄葉山先生は、娘さんのことをとても心配してるんですよ」
神代はさわやかな笑顔で言った。
見栄っ張りおばさんには困ったもんだ。
ラベルばかり追ってないで、中身を考えろよ、と思いながら。
0227踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:03:21.97
あれは十年以上前、神代が別のバレエ団で新米バレエダンサーだったころ、
芸術監督の女性には気に入られず
「チャラくて、品がない。上っ面だけで深みもない」
とさんざんな言われようだった。

バレエ教室では「才能あるコウスケくん」として
子供のころからずっとチヤホヤされながら踊ってきたのに
まるで見せしめのように、連日けなされていた。

「なんだよ、あのおばさんっ!」

10代だった神代は更衣室でタオルをたたきつけた。
「バレエ界の重鎮だからって、威張りくさりやがって!
今じゃただのデブのババアじゃないかよ!」

その言葉は、どこからか漏れて本人に伝わり、
神代への風当たりはいっそう強くなる。
「私の方針が気に入らないなら、さっさと出ていきなさいよ」
芸術監督の女性は冷たく言い放った。
0228踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:03:37.01
「日本に帰ったときにはあいつを見返してやる!
俺というダンサーを手放したことを後悔させてやる!」

神代はもともと極度の負けず嫌いなのだ。
悔しさと怒りで身体が爆発しそうになりながら日本を飛び出した。

誰も自分を知らない縁もゆかりもないバレエ団に飛び込めば
「コンクールで入賞してた、上手なコウスケくん」ではない。
どんなに立派な経歴を持っていっても、
舞台で見られるものは、ありのままの自分しかない。

自分を変えるには、何が必要なのか?何が足りないのか?
じりじりとした焦燥感の中、
行き場のない飢え渇きを満たすかのように、バレエを貪った。
0229踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:06:35.81
あとで振り返れば、正気の沙汰じゃなかった、と思うほど
燃えに燃えてバレエに没頭していたあの時期がなかったら、
神代は帰国後プリンシパルになれてはいなかったのだ。

帰国後、とある公演を観に行ったときに
たまたま劇場ロビーであの芸監の女性に出くわした。
かつて自分をさんざん見下していたバレエ界の重鎮だ。

「まあ神代くん。ずいぶん立派になったわねえ〜!
S&Bバレエ団のプリンシパルになったんですって?
見たわよ。先月のタンツ・マガチネの表紙写真とインタビュー!」
彼女は親し気に神代の背中に手を回して、話しかけてきた。

神代はその手を振り払いたくなる気持ちをぐっとこらえた。

「あれ神代さんよ!」「うわっかっこいいー!」
周りの人々が二人に気が付いて噂しているのが聞こえたからだ。

「お久しぶりです。先生もお元気そうで」
神代はさわやかな笑顔を振りまき、感じよく挨拶した。
どの面下げて俺に気安く話しかけてくるんだよ、と思いながら。
0230踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:07:55.07
「私、国道沿いにできたファミレスでバイトしてみたい」
黄葉山ノエミは母親に言ったことがある。

子供のころから母親の言うがままに、自分にやれるだけのことはやった。
でも母親の望み通りにはいかなかった。

プロになれないなら、この教室を継げと母親は言う。
あわよくば、名のあるダンサーと結婚でもすれば、と。
ノエミは、袋小路に追いつめられたような暗澹たる気持ちのまま
20代の時間を無駄にしていた。

「え、どうして?お小遣いなら、使いきれないほど渡してるでしょ?
黄葉山の娘がそんなところでアルバイトだなんて、恥ずかしいわ…」
母親は眉をひそめた。
0231踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:09:03.75
「普通の会社で働きたい。まず、簿記の学校に行きたい」
とも母親に言ったことがある。

「あなたにはバレエがあるでしょ?
どうして今さらそんなこと言うの?ひどいわ…!
ずっと、私はあなたのバレエの成功を信じて尽くしてきたのよ!」

私のことを思って?自分の自己満足のためじゃないの?
まだ私の人生の邪魔をするの?
私はもう二十代半ばの大人よ。

ノエミは言いたくても言えずに口をつぐんだ。
母親は自分の意見を正当化し始めると、手が付けられなくなるのだ。

「誰が何と言おうと!私は全力であなたのこと支えてきたのに!
恩を仇で返すつもり?!」

ノエミは決心していた。
今度の発表会が終わったらこの家を出よう、と。
0232踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:09:19.11
S&Bバレエ団では、若い団員の結婚話が話題になっていた。
「影山清志郎が結婚するって聞いた?」
「えっ、彼、まだ若いですよね?26、7だっけ…」

影山清志郎はS&Bバレエ団のソリストであり
オープンバレエスタジオ・ベルベットでの指導もしている。
田中さんが初めてベルベットへ行ったときも目をかけてくれた先生だ。

「彼は無口で奥手だと思ってたよ。そんな話ちっとも知らなかったよ」
「それが関西にある『紫の薔薇バレエ団』の娘に気に入られてね」

『紫の薔薇バレエ団』。
海外から豪華な男性ゲストダンサーを呼んで公演をしていて
よくバレエ雑誌の記事に出ているバレエ団だ。
その団長の娘の速水香澄(はやみ・かすみ)は美人バレリーナと知られ
この数年は、ベテランプリマとダブル・キャストで主演していた。
いずれバレエ団をしょって立つ跡取り娘である。
0233踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:12:01.39
「逆玉の輿かよ!」
「清志郎のやつ、上手くやったな!」
若い男性ダンサーたちは笑いあった。

「これから、東京と関西の行ったりきたりの二重生活するんだってさ」
「結婚して将来安泰、結婚後も自由に活動できる。サイコーのポジションじゃん!」

「いやいや、同業者はやめとけって!」
ベテランダンサーたちは言った。
「ダメになったとき気まずいぞ」
彼らは業界内の失敗例も数多く見てきた。

「一緒に教室開いても物別れに終わることもあるもんな」
「あの先輩だっていつの間にか離婚してて…」
0234踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:21:27.25
仲良し夫妻が教える地方の白王子バレエスタジオでは
県の舞踊祭で踊るアンサンブルのリハーサルが続いていた。

「田中さーん、合わそうと思って手を動かすとなおさら崩れるよ。
最初に決めたら、その位置から動かさないで」

「ここ、マイちゃん間に合わないから
田中さんのほうから、この位置まで来てあげて」

「サキちゃんそんな歩幅ないから、動き控え目に」

6人の女性が入り乱れて踊る中、
ちょうどいい場所に、ちょうどいいタイミングで移動しなくてはならない。
振り付けは超簡単だが、
距離感を即座に調整する能力が問われるのだ。

「そういえば俺、こんなに集団と合わせる踊りは初めてなんですよね〜」
「そうなんだ?舞台はもう6回目って言ってたよね?」
「才能がありすぎるために、最初っから大役でしたからね!」

ラフィーユのニワトリでは、センターの位置だけ気をつけてたら
周りの経験者の女性たちがきれいに合わせてくれてたし!
0235踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:22:40.09
でもこれを無事クリアしたら、晴れて
俺は、各国の姫君たちと踊るジークフリード王子なわけだ。

ああ、窓の外に、俺のオデットが見える…

と田中さんは遠い目をして外を見やった。

「ちょっと、田中さーん!
『俺は愛するオデットを待っているのだ…』的な憂い顔しなくてもいいよ!
普通の小品だから、もっと明るい顔して!」

「もう、俺の心は白鳥三幕なんですよ…ああ、俺のオデット…」

パパ先生が、このパートは花嫁候補のワルツ風だと説明したのは失敗だった。
良くも悪くも、古典作品好きな田中さんは役に入り込んでしまうのだ。
素直というか、アホというか。パパ先生は苦笑いした。

「ごめんごめん、僕の最初の説明が悪かったよ。
一幕ワルツのように、親しい友人に混ざって遊んでる感じで踊ってみて」
0236踊る名無しさん垢版2022/11/25(金) 22:23:17.97
作品のハイライトは中学生の直也くんの華やかな回転技で
そのあと、全員が集まって最後のポーズ。
よくあるクラシック作品の構成である。

「田中さんは中央奥。この子の肩に乗せられる?」
相手はまだ幼稚園児のおチビちゃん。

「肩に?乗せるんですか?」
「両手でしっかり右肩に乗せて、背中の位置が決まってから左手で足支えて」
パパ先生が手本を見せる。

先日の発表会の赤ずきんちゃんもそうなのだが、
数少ない男性の相手になる女の子は、
軽くてしっかり順番を覚える、選ばれた子だ。
「せーの!」で肩にのせると、一度で決まった。

「いいね!乗せたら動かないで、ピタッと止まっててね!」

おお!最後にど真ん中で、女性(おチビちゃんだが)を肩にリフト!

これは…
疑う余地なく…
白王子バレエスタジオのプリンシパルのポジション!!!

今度東京に行くときには、ばっちり決まった写真を
紗江子先生や黒崎の仲間に見せようかな。うしし!
田中さんはにんまりした。
0237踊る名無しさん垢版2022/11/27(日) 01:27:07.43
パパはどこに行っちゃったの?
ヒナは一人寂しく暗い自室の窓辺から夜空を見上げた。
入水自殺をしたという噂が囁かれたが、遺体はあがっておらず真相はわからぬままだ。

一方、日本の黒崎バレエアカデミーに、
ケイトが何故か戻ってきていた。
ただ、事故のショックで記憶が欠落しており、黒崎に入学して数ヶ月ほどまでの記憶しかない。ヒナのことやナオミのことは一切忘れている。

死んだとばかり思っていた黒崎大人クラスの素人男性仲間からはかなり驚かれてしまい
感動の再会どころの騒ぎではなかった。

こんなこともあったものの
それでもケイトは再び、地味で目立たない公務員の有沢さん、黒崎では優雅に舞う正統派バレエ男子に戻って、平和な日々を送ることとなったのだ。

更に、ケイトは高瀬蓮と特別な関係となり、今では同棲生活を送っているという。
めでたし、めでたし。
0238踊る名無しさん垢版2022/11/27(日) 23:08:54.00
新宿歌舞伎町のホテルの一室。

ダブルベッドの上で高瀬蓮と有沢啓徒が互いに身を寄せ合うようにして毛布にくるまって雑談をしている。

「ケイト君は、また東京を離れることはあるの…?」
「僕は何処にもいかないよ。慣れ親しんだ土地からわざわざ離れる必要なんてないし、黒崎でバレエを続けたい」
「僕も。先生方も本当に熱心に指導してくれるし、色んな舞台に立たせてもらえて勉強になるから。

…舞台といえば、黒崎のバレエ団の公演で貴族の役を募集してるみたいなんだけどケイト君どうかな?」
「出てみたいな…僕で良いなら」
「ありがとう、ケイト君。

ねえ、もう一度続きしようか…?」

高瀬蓮の問い掛けに啓徒が静かに頷くと、
顔を近づけ互いの口を口で塞いだ。
背中に回す腕は温もりを求めるかのように強く相手の身体を引き寄せる。

「白タイツの王子様のケイト君も魅力的だけど、今のケイト君も素敵だよ…」
「…れ、蓮くん……」
0239踊る名無しさん垢版2022/11/29(火) 20:44:20.77
高瀬蓮は「うり」をやっていた。
新宿3丁目から靖国通り界隈では彼を知らない人はいない程で、夜の活動時は綺麗にメイクをして、茶髪ロングヘア―のかつらを被り、ミニスカートにブーツを履いて闊歩してる。
誰もが彼の本当の性を理解していた。
0242踊る名無しさん垢版2022/11/30(水) 18:10:09.70
喪女のBL小説なら女装はさせなくてもエリート会社員スーツ姿と女性講師に怒られるMっ気バレエウェアのギャップで十分萌えだから
0244踊る名無しさん垢版2022/12/01(木) 09:04:47.94
スーツはしがないサラリーマンのコスプレだ。
チュチュおばさんと大差ない
今日も張り切っていこう〜!
0245踊る名無しさん垢版2022/12/01(木) 21:45:57.40
高瀬蓮は今日も新宿三丁目へ向かっていた。
今日はダンス部という三丁目界隈のオネエサークルに参加するためだった。
バレエ経験者以外にもかつては自衛官だったママや、元アスリート、現役エアロビクスインストラクターもメンバーに含まれており、それぞれ夜の顔(オカマ)を持っていた。
0246踊る名無しさん垢版2022/12/02(金) 02:01:38.28
「あら、ねえねえよかったらアフターしながらバレエの話しない?」
高瀬蓮に小柄だけどイケメンの二木が声をかけてきた。二木は小さいながらプロのカンパニーに在籍するソリストだった。
プロといってもバレエ団の給料だけでは食べてゆけず、趣味と実益を兼ね夜は3丁目のショーダンサーをしていた。
0248踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:26:26.37
キッチンでは鶏肉と野菜のスープが、鍋の中でぐつぐつ音を立てていた。

「ふっ、タンパク質と野菜が取れる完璧な一品だぜっ!」
フィットネス雑誌が刊行した
『カラダに効くクッキングBOOK 』のレシピを見ながら
田中さんは食事作りにいそしんでいた。

『スタミナがつく、良いカラダになる!』
そのキャッチに惹かれて、つい本を買ってしまい
普段あまりしない料理をしてみたのだ。
0249踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:26:41.17
「地方に赴任なんて、栄転と言う名の都落ち!」
「本物のバレエは東京でしか習えない!」

文句言いながらもしぶしぶ地方への転勤を受け入れた田中さんだったが、
最近では「田舎生活も悪くないな」と思い始めていた。

街が小さくて日々の移動距離が短いので時間の余裕がある。
東京で月謝の高い老舗黒崎バレエアカデミーと
オープンクラスのレッスンを掛け持ちしていたころに比べたら
レッスン費用もうんと安い。

東京では素人男性というだけで、なぜか白い目や哀れみの目が向けられ
ともすれば危険人物か痴漢扱いされることもあった。
赴任先の白王子バレエスタジオで温かく迎えてもらったのはラッキーだった。
0250踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:27:52.53
それでも、田中さんはときどき黒崎やベルベットを懐かしく思い出す。

遠くからも大勢集まり、何が何でも上を目指すという張りつめたあの緊張感。
5番!ターンアウト!つま先!と、諦め悪く言い続ける紗江子先生の声。
冷たい視線にもめげずにレッスンを続ける素人男性たち。

ヒエラルキーと競争の激しさから無駄にプライドが高い人もいる。
たいして踊れないおじさん同士が「あの人は下手」「あの人できてない」
と言い合ってるのは、笑止千万、滑稽極まりない。

実のところ、田中さんも「あのおじさんよりマシ!」などと励みにしたり
「選抜ジュニアたちは俺たちとは別枠だから〜」とできない言い訳しながら
自尊心を保っていたのは否定できない。

それでも、あの場所でバレエを始めていなかったら
田中さんは本当に上手い人の存在を身近に感じないまま、
もっと甘く緩くやってたかもしれない。

「黒崎の素人男性の仲間たち、どうしてるだろうなあ!
俺もここでがんばって、見違えるほど上手くなって東京に戻るから
待ってろよ〜!」
0251踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:29:25.57
田中さんは、今度の舞台で使われるモーツアルトの交響曲を流し、
器にスープを盛ると、テーブルについた。

「プロースト!」
白鳥一幕の王子様が乾杯するように水の入ったグラスを持ち上げ、
「グーテン・アペティート!」
と高貴なほほ笑みを浮かべ、おもむろにスプーンを取る。

「完璧だ。素晴らしい煮込み具合。なんというのど越し。
王宮の食事にふさわしい」

田中さんは、鍋で具材を煮込んだだけの自作料理を絶賛した。

「俺、料理王子にもなれそうだな!」
0252踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:30:03.92
県の舞踊祭の衣装は、田中さんの希望をくんで
ボーイズは白いタイツ、白いブラウスになった。

「上着も、王子様っぽい豪華なのが良かったのになぁ〜。
きんらんどんす、じゃないけどさあ、
金銀キラキラ装飾の、豪華なやつ」と
田中さんが試着しながらブツブツ言う。

「このブラウス、軽くて柔らかくて、すごく踊りやすいよ!」
中学生の直也くんは気に入ったようだ。
「今回はストーリーのない作品で王子様役じゃないから、また今度ね!」
とパパ先生は笑って言った。
0253踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:30:46.50
ドレスリハーサルで田中さんが初めて気がついたことがある。

最後のポーズで幼稚園のおチビちゃんを肩に乗せると
短いチュチュのスカートが田中さんの顔に当たるということだ。

「あうっっ、チクチクする〜〜っ」

「しかも、前がよく見えない〜〜っ」

顔を反対方向に傾け精一杯よけてみても、幾重にも重なったチュールが視界を遮る。

おチビちゃんのリフトに、こんな試練が待ち構えているとは!
男性ダンサーたちはみな舞台で
このチクチクを顔面に受けて耐えているのか?

これも…プリンシパルとしての避けられない責務なのか…?
0254踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:31:21.51
県の舞踊祭は白王子市よりも大きな市の大ホールで行われる。
県内10以上の教室から、きっちりシニヨンに髪を結った女の子たちが
ぞくぞく人が集まってきた。

「このホールはどこもかしこもピカピカですね!
舞台も超広いし!リハーサル室もいくつもあって、
楽屋も何十部屋も!今までで一番きれいな会場ですよ!」

まさに、俺という現代の王子様が踊るのにふさわしい大舞台だ!
と田中さんが感動していると、
パパ先生が苦笑いした。

「90年代の地域の再開発で建てられたんだよ。
大は小を兼ねるっていうけどね。
東京からコンサートや公演来ても
箱が大きすぎてなかなか客席が埋まらないんだよねえ」

「ええ、そうなんですかあ?確かに、町の規模に対して大きすぎるかも」
0255踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:33:54.62
ロイヤルオペラハウスが2256席。
ミラノスカラ座が2030席。
パリオペラ座が1979席。
マリインスキー劇場が1725席。

地方都市に客席2000の大ホール。
世界に名だたる大劇場並みに客が集まる地域だとは思えない。

「この前、有名な海外のバレエ団が来たんだけど、
客が少なくて、ちょっと申し訳なくなっちゃったよ」

客席がガラガラは嫌だな、と田中さんは思った。
俺が主役を踊るあかつきには、客席数少なくても満席の会場で
ブラボー!ブラボー!と連呼されたいものだ。
噂に聞く『ブラボーおじさん』とやらを数人雇ってもらいたいな!
などと田中さんがあらぬ妄想を膨らましてると、
パパ先生は言った。

「大丈夫だよ。今回はたくさんの教室合同で出演者が多いから
お客さんも多いんだよ」
0256踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:35:17.17
舞台では、教室が入れ替わりながら場当たりが続いていた。
田中さんは自分のリハーサルが終わると、客席から他の教室の様子を眺めていた。

どの教室も女の子ばかりだ。
地方にもこれだけ大勢、バレエを習ってる女の子がいるっていうのに、
男の子がいる教室は白王子バレエスタジオだけ。

「俺みたいに20代半ばから始めても
最初から目立つ位置で目立つ役ができるのに。
もっと男の子もバレエやればいいのになー!」
と考えている田中さんに、
他所の教室の先生が話しかけてきた。

「あなた小石川先生とこの、田中さん?」
黒ずくめのいでたちのすらりとした高齢の女性だ。
「あっ、はい。そうです!初めまして!」

見知らぬ先生が俺の名前を知ってるなんて!
俺の存在は既にこの地域のバレエ界で知れ渡ってしまったのだろうか?
0257踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:35:42.44
「この前の発表会を観たわよ。オオカミ演った人でしょ」

「あれをご覧になったんですか!
入ったばかりで急遽、出させてもらったんです」

「面白かったわよ。リアルなオオカミ感があって。
あなた、劇団か何かの経験者なのかしら?」

「劇団?役者の経験はありませんが、役作りは大事にしております!」
田中さんは見知らぬ人に注目されて上機嫌だ。
「本当はデジレ王子をお見せしたかったんですけどね!」
自信に満ちた王子様スマイルで笑ってみせた。
0258踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:35:56.89
「王子ねえ…」
踊りそのものは問題だらけだけど、バレエ大好き♪なのは良いことだわ、
結局、長年踊り続けていける人は、バレエ大好き♪な人だけだものね、
とその先生は思いつつ、
「今回も注目してるわよ。大人の男性の出演者は一人だけだから。
あなた、期待の星よ」
と、いかにもなお世辞を言って去っていった。

期待の星!
期待の星っ!!!
き た い の ほ しぃぃぃ!!!

田中さんの脳内では
『期待の星』というパワーワードがいつまでもエコーし続けていた。
0259踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:36:53.79
舞台は無事終わった。
あんなに練習したのに、いつも本番はあっという間だ。
出番前、ドキドキしながら待つ時間が長くても、
いったん始まってしまうと、
舞台の照明の中に出れば、ひとときの夢のように終わってしまう。

「17時半には完全に退出してくださーい!
ごみを残さずに各部屋きれいにー!」
係の先生が各楽屋に呼びかけて回っていた。

「直也くん、最後の回転ばっちり決まってたよ。
今日一番、客席が沸いてたな!」
「舞台にちょっと滑るところがあって、危なかったんだー」
「最後のストゥニュー忘れそうになっちゃった」
小中学生ボーイズと田中さんが話してると、

「田中さーん」

田中さんは男性楽屋の前で女子中学生たちに呼び止められた。
今回一緒にを踊った6人だ。
0260踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:39:10.65
「田中さん、今日はありがとうございました!」
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」とみんなでお礼を言い合う。

「これ、お世話になったお礼です!」
「ええ、いいのに、そんな…。ありがとう」
田中さんは紙袋を受け取った。

紙袋の中には、白王子銘菓のサブレとプレゼントの高級タオル、
そして女の子たちからからの寄せ書きメッセージが入っていた。

「一緒に踊ってくださって、ありがとうございました!」
「田中さんと踊れて、とても楽しかったです!」
「これからも一緒にレッスンがんばりましょう!」
「田中さんの王子様顔、面白かったです!」

これは…
もしかして…
今、俺、人生最高に モ テ て る?!!!

田中さんは顔がニヤつくのを抑えきれないまま、家路についた。
0261踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:39:49.16
後日、田中さんが楽しみにしていた最後のポーズの舞台写真ができあがった。

大勢の生徒の中で、中央奥に立つプリンシパルなポジション、
の予定だったのだが…
肩に乗せたチビちゃんのチュチュに隠れ、田中さんの顔は全く映っていたなかった。

田中さんの前には、両手に花状態で、女の子二人とポーズをとっている直也くん。
それに隠れて田中さんの首から下も映ってはいなかった。

届いたビデオも家で観た。
キッズやおチビちゃんたちは可愛い。
女の子たちの動きはそろってる。
直也くんは上手い。

6人の女の子と踊る田中さんは、笑顔だけは完璧だ。
0262踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:41:13.33
このところ待遇が良くて、いい気になっていた田中さんは
非常に重要なことを忘れていた。いや、見ないふりをしていた。

田中さんの脚の骨格は、全くバレエ向きではないガニ股だということを。
ひざも足先も、じゅうぶんに伸ばしきれないことを。

「うん…。まあまあ…。頑張ったよね、俺…」
そして、そのビデオは引き出しの奥に封印されてしまった。
0263踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:43:44.19
高瀬蓮と有沢啓徒は、新宿にあるショークラブに飲みに出かけた。
週末の夜、新宿駅周辺には大勢の人が行き交っていた。

二人は少々ガラの悪そうな若者がたむろする猥雑な通りに入り、
ある雑居ビルの地下へと階段を下りた。
その店の名は、『ミッドナイト・フェアリー』、
店先のミニ黒板には今日のステージの出し物が書かれている。

重い防音ドアを開けると、大音響が響き渡る。
店の奥にある小舞台を、七色の光が交錯しながら照らしていた。
混雑する店内で壁際に席を見つけて高瀬蓮は言った。

「飲み物、取ってくるよ。ケイトくんは座ってて」
「ありがとう、蓮くん」

舞台ではコスプレ風のアシンメトリーなスカートやロンググローブ、
ロングブーツを身につけたダンサーたちがその年の流行歌に合わせて踊っていた。

「この曲、ファイナルファンタジーだっけ…」

リアルな世界に揺れてる感情
支えるのは
そうあなたが教えてくれたすべて
いまの私
だから、一人じゃない
0264踊る名無しさん垢版2022/12/04(日) 20:44:42.65
「乾杯」
二人は笑顔でグラスを傾けた。

ロングブーツのダンサーたちがはけると、舞台が静まりかえった。
流れてきたのは、ピアノの三連符。
子供のころから聞きなれたメロディーだ。

水の中のように光がちらちらと揺らめく青い照明の中、チェロの旋律とともに
舞台下手から白いチュチュ姿の男性ダンサーが後ろ向きで現れる。

胸を打ち震わせるような美しいパドブレ。

水の中でもがき苦しむように、生への執着を見せて踊り続ける。
光を求め続け、求めても救われない想い。

有沢さんは、その妖しくも美しい姿に息苦しさを覚えた。

最後に全ての運命を受け入れたように、静かに息絶える。

「ブラボー!!!」

高瀬蓮が叫んだ。
0265踊る名無しさん垢版2022/12/05(月) 01:33:56.59
やーだーねー

私はガリガリなのでデブになるためにフライドポテト、ホットケーキ、天ぷら、まるごとバナナ、マックシェイクなんか大量に食べるわ
もちろん揚げバターもね

肉まんの大食い大会で50個食べたけとちっとも太らないわ
0267踊る名無しさん垢版2022/12/05(月) 19:19:25.21
舞台のロングブーツのドラァグクイーン達が舞台袖に移動していった。
Tバックのお尻はみなプリンとしていた。
0268踊る名無しさん垢版2022/12/06(火) 21:53:28.33
曲里千加(まがり・ちか)は、19歳の大学生。

平均的な身長なのに体重は35kgに満たない。
食べるのを怠ると、すぐに体重が落ちてしまい、頬がこけてしまう。
趣味で続けているバレエクラスのみんなには
「太らないなんてうらやましい!」と言われるけれど
太れない体質も度がすぎると辛い。

大量に食べた後は、ウエストが一時的に15cmほど膨らむ。
それでも、数時間後にはきれいさっぱり排出されてしまって
身体にほとんど残らないのだ。

子供のころは「ガリガリーチカ」と呼ばれていた。
口の悪い男の子には、「バッタかカマキリみたい」などと
手足の細さをからかわれることもあった。
0269踊る名無しさん垢版2022/12/06(火) 21:54:49.30
痩せてることと大食いは千加の人生最大のコンプレックスだ。
この数年は、大食いはなるべく隠すようにしていた。

なのに、ある日、どうしてもお腹が減っていて、
学食で「太っちゃったーダイエットしなきゃあ」と言いながら
おとなしくサラダをつついている友達のそばで
カツ丼5人分を軽く平らげてしまった。

ふと気が付けば、友達が目を見開いてドン引きしている。
「しまった…」
以降、一緒に食事をするのはお互い避けるようになってしまった。
0270踊る名無しさん垢版2022/12/06(火) 21:56:54.41
そんな千加にも、最近初めて彼氏ができた。
優しい同級生の彼とは、第二外国語のイタリア語の授業で知り合った。

デートで食べに行くのは、もちろん食べ放題のお店だ。
「千加ちゃん、よく食べるねえ」と
彼は面白がって笑ってくれた。
大食いの自分を隠さなくても良いことが、うれしかった。
彼は、ありのままの私を受け入れてくれる、
千加はそう信じていた。

ある日、中華街デートの途中で肉まんの大食い大会が開催されることを知り、
千加は飛び入りで参加してみることにした。
優勝賞品『中華街で使える食事券10万円分』が魅力的だったから。
食事券をもらえればデート代も浮いて、彼も喜んでくれるだろう。

肉まんの大食い大会では、体育会系の屈強なお兄さんたちが
30個程度でギブアップする中、
千加は、涼しい顔をして20分で肉まん50個食べて優勝。
見事、優勝賞金の食事券をゲットした。

「やったー!これから一緒においしいもの食べにいこう!」
と大喜びの千加。
「千加ちゃん、肉まんを大量に食べたばっかりじゃないか…。
僕は見てるだけで、胸焼けしてしまって…ごめんね…」
そう言ったきり、彼とは連絡が途絶えてしまった。
0271踊る名無しさん垢版2022/12/06(火) 21:59:30.84
ここまで燃費が悪いのは生まれつきの体質だ。
身体は元気で、健康そのもの。
どこも悪いところはない。
高校三年間、遅刻欠席ナシの皆勤賞で表彰されたほどだ。

それなのに、
しょちゅう「摂食障害なの?」と心配されてしまう。
「バレエは、やせてればいいってわけじゃないのよ」などと
見知らぬ先生にまで、諭されてしまう。

今日もバレエのレッスンの後に、空腹に耐えきれず、
帰り道にイートインコーナーのあるコンビニに飛び込んだ。
唐揚げ、コロッケ、アメリカンドッグ。
レジ横のショーケースのホットスナックを全て食べ尽くした。
それでも家に帰ったら、すでにお腹がペコペコで白米を五合食べる。

今日はとうとうコンビニの店長らしき人に言われてしまった。
「ここに来るのは、火曜日と金曜日ですか?
あなたが来る日はたくさん用意しないと他のお客さんが購入できないので
前もって教えてほしい」

家族も親戚もみんな人の二倍三倍食べる人々なのだが、千加ほどではない。

何が悲しいって、この体質を誰にも理解されないことだ。
0272踊る名無しさん垢版2022/12/06(火) 23:23:46.25
永野夕貴は、殺風景な教室で『白鳥の湖』2幕のオデットのVaを踊るアナスタシアの姿を眺めていた。
まるで翼を広げ舞い上がるように、重力を感じさせない脚は頭上まで軽々とあがり一瞬静止したかのように見えた。
朝の光が彼女の白いチュチュを優しく包み、シニヨンに纏めたブロンドの髪が光を柔らかく反射する。

永野は、アナスタシアが非常に努力家で誰よりも美しいバレリーナであることを知っていた。
バレエ学校にいた頃からそうであった。
0273踊る名無しさん垢版2022/12/07(水) 00:02:15.45
ロマノフ二世の足音が遠くから聞こえてきた。その途端、アナは踊るのをやめた。次第に、足が震え、唇が青ざめた。
0274踊る名無しさん垢版2022/12/07(水) 11:22:19.96
「アナスタシアさん…?」

突然踊りをやめたかと思えば、明らかに様子がおかしくなっている。体調が悪くなったのか?
永野は心配そうに近付くと、彼女の名前を呼んだ。

「いえ…大丈夫。何でもないわ…。自分でもよく分からないけど、急に不安になって……」
きっと舞台からずっと離れていて主役を踊ることになったから緊張しているのね、とアナスタシアは笑った。

「…アダジオのところからもう一度練習しましょう」
「ええ」
0275踊る名無しさん垢版2022/12/08(木) 18:55:02.43
アナスタシアは記憶障害になる
先程の振付けが全く思い出せないのだ
0276踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:29:41.90
「やっぱり、俺はバレエに向いてない…」

田中さんはビデオを見て落ち込んだ。

田中さんの脳内では、自分の姿は唯一無二の立派な王子様だ。
愛と勇気を友とする夢の国の王子様。
イケメン・プリンシパルと呼ばれる日もそう遠くはないはず。

しかし、ビデオで自分の踊った姿に、現実を思い知らされる。
骨格上の欠点からくるポジションのまずさは、どうしようもない。

思えば黒崎バレエアカデミーでバレエを始めたときから、ずっとそうだ。
選抜クラスや上級クラスのボーイズたちは
到底追いつけそうもないほどハイレベルだったし、
同時期に始めた高瀬蓮さえバレエに適した身体を持つイケメンだった。

バレエを愛する気持ちは誰にも負けないのに!
気持ちだけでは、バレエの神様には通じない。
0277踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:30:52.71
悲しみにくれるソロルのように田中さんはベッドへと倒れ込んだ。

目を閉じると、ビデオに映る自分の姿がよみがえる。

なぜだ…?
なぜなのだ…!!!
なぜ俺は、マラーホフのように繊細で
ルグリのように優美で、
ボッレのようにセクシーではないのだ?

虚しさや悔しさ、いろんな感情が入り混じり、目に涙がにじむ。

いいやっ、マルティネスの愛らしさの欠片くらいは持ち合わせてるはずっ…!

田中さんの言葉はバレエの神の逆鱗に触れた。
「芸術を愚弄するな!!!彼らは私のお気に入りのダンサーだ!
お前とは月とスッポン!クジラとイワシ!提灯に釣鐘!
フルコースディナーとお茶漬けくらい雲泥の差だ!」
0278踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:32:09.34
「いやあ〜、お茶漬けもおいしいですよね〜」
「黙れ、このお気楽野郎!」
バレエの神の怒りはおさまらず、建物が天井からガラガラと崩壊していく。

「お呼びでない?こりゃまた失礼しました〜!」
田中さんは夢の中で逃げまどっていた。

翌朝、すっきり目を覚ました田中さんは、と首を傾げながら起き上がった。
「なんか変な夢見ちゃったなー」
そして、いつものように、レッスンバッグと通勤バッグを持つと
「今日もレッスン頑張るぞー!」と
元気に小躍りしながら勤務先へと向かっていった。
0279踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:34:05.21
神代煌介はゲストとして黄葉山バレエアカデミーに来ていた。
二週間後の発表会のための最後のリハーサルのためだ。

「次は二週間後の本番ですね」
神代が立ち去ろうとしたとき、黄葉山ノエミが思い切って呼び止めた。

「あ、あのっ!
来週も神代先生に教えてほしいんです!」

「ノエミちゃん、熱心だね。
海賊のグランパドドゥ、じゅうぶん仕上がってると思うよ。心配しないで」
神代はさわやかに微笑んだ。
黄葉山バレエアカデミーは都心から離れた辺鄙な場所にあり
神代が事前リハーサルに来るのは数回のみ予定だ。

「神代先生、この子ったら〜、今回、珍しくやる気出してるの!
神代先生に踊ってもらうのが、よほど嬉しいみたいで!
ずっと海賊の曲流して練習してて驚いちゃうわ!
去年なんてひどかったのよ。途中でやる気なくしちゃって、
ゲストの先生とも全然息が合わなくなって、あの時は…」

黄葉山母が横からしゃべりまくる。
ノエミの十倍量しゃべる押しの強い母親のそばで
おとなしい娘は黙ってしまいがちだ。
0280踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:35:12.68
「…私が東京に出向くので、時間取れませんか?」
ノエミが上目遣いに請うような顔をする。

「そうだね。ノエミちゃん、すごく頑張ってるから」

神代がゲストに行く先々で、だいたいこんな調子だ。
女たちは、みんな神代を好きになる。
神代の優しい言葉に舞い上がる。
神代のサポートの上手さに感動して、もっと踊ってほしいと言う。
いつも通りだ。

「東京は遠いし、スタジオ使用料に追加の指導料がかかるけど大丈夫かな。
教えてるオープンクラスの空き時間だったら」
神代はノエミに優しく微笑む。

「ありがとうございます!行きます!」
ノエミは嬉しさを隠し切れない。
「神代先生とのこのパドドゥ、しっかりと踊りたいんです」

ノエミは今までこんなに踊ることにときめいたことはなかった。
母親のごり押しでフランスに留学したものの
3年後には劣等感と挫折感にまみれて帰ってきてからは、
ずっと重苦しい気持ちを背負っていた。
0281踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:37:30.33
ノエミが久しぶりに来た東京の街は、多くの人でごった返していた。
多くの電車の路線が乗り入れるターミナル駅は巨大なラビリンスのようだ。

右に左に前にも後ろにもそびえたつビル群、
週末の人ごみを抜けると、そこはベルベットスタジオだった。
各スタジオは多くの大人の生徒でにぎわっている。

神代とのリハーサル時間前、ウォームアップとしてオープンクラスを受けてみた。
時間の都合で出たクラスが悪かったのだろうか。

ノエミが「趣味の大人」がレッスンしている光景を見るのは、これが初めてだ。
それはいくぶん衝撃的だった。
今までノエミが追ってきた厳格なバレエレッスンとは、別物だったから。
0282踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:39:19.28
「こんなにざっくり大雑把な動きで許されるなら、
苦労も葛藤もなく、楽しい楽しい、で済むわよね」

ヨーロッパの劇場には採用されなかったものの
本格的な訓練を受けていたノエミは
一般的な大人クラスでは場違いなほど上級者だった。

「どこのバレエ団の方ですか?」
クラスが終わると、ノエミは年上の女性に話しかけられた。

「バレエ団…いいえ、プロではなくて、田舎で教えてます。手伝い程度で」
「先生ね!やっぱりそうですよね!動きが全然違うわ!」
「あんなに踊れたらバレエ楽しいでしょ!」

年上の女性たちに口々に褒められ、ノエミはいたたまれない気持ちになった。
「そんなんじゃないです。私は、ずっと落ちこぼれなんです」
「またまた、ご冗談を!」
0283踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:42:13.46
ヨーロッパでオーディションに落ち続けたときには
「私にはバレエを踊っていく資格もない」と駅で一人泣いたのに。

「私もバレエを踊っても、いいんだ」
趣味の大人たちが集う場所で、そう思うことができた。
ノエミの心に重くのしかかっていたバレエが、数年ぶりに軽くなったように感じた。

クラスレッスンの後に、スタジオを貸し切って神代とのパドドゥの練習をする
神代に手を取られると、ノエミの胸は熱くなる。
身体が開き、喜びに高ぶり、リフトされると、空高く駆け抜けていけそうだ。

「ノエミちゃん、何の問題はないから、
このままコンディションに気をつけて」
神代の優しい笑顔はまぶしく輝いていた。

(神代さんが、好きです。
分不相応だってことはわかってます。
神代さんは人気のプリンシパルで、私は凡人…)
ノエミは切ない気持ちを、どうにか伝えようとした。
0284踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:43:52.21
「神代さんと踊ると、『自分らしく』踊れる気がします。
すごく楽しくて…」
ノエミはちょっと恥ずかしそうに言った。
神代に対する好意を、精一杯表現したつもりだった。

「ふふふ、ノエミちゃんは元から素敵に踊れるんだよ」
神代は、ノエミの頭をぽんぽんと優しく叩いた。

ノエミは嬉しそうに頬を赤らめた。
このまま神代の笑顔をずっと見ていたい、
神代の甘い声を聞いていたい、とノエミは心から願った。

「じゃあ、僕はこれで、ノエミちゃん、気をつけて帰ってね。おつかれさま」
神代はさわやかに微笑んだ。

ノエミの野暮ったい地味な踊り。何の気概も自我も感じられない。
工夫もなければ、ニュアンスも出てこない。
それを、『自分らしく踊れて楽しい』?
つくづく、つまんないやつだな。

そう思いながら立ち去る神代の美しい背中を
ノエミはうっとりと見惚れていた。
0285踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:45:03.75
あれは、アナスタシアがまだ駆け出しの若いダンサーだったころ。

ロシアの90年代はソビエト連邦の崩壊という大政変から始まり、
社会は混乱状態にあった。
共産主義体制では1.5%だった貧困率が数年で4〜5割に跳ね上がり
治安が急速に悪化していった。
当時、アナスタシアの住んでいた町も例外ではない。

ある日、アナスタシアが劇場から帰ってくるとアパートの鍵が壊されていた。

現金、食料、持ち出せる小型家電、
親が買ってくれたコートやアクセサリや時計、ごっそり取られていた。
バレエに必要なものだけは、残されていた。

アナスタシアは取り乱して、震える声で友達に電話をした。、
駆けつけてくれた友達が警察とアパートの大家に連絡してくれた。

「この一年、空き巣や窃盗は日常茶飯事」と
大した事件ではない、とでも言いたげに警官は淡々と調書を取った。
「ドアの修理代もバカにならない。悪いけど、鍵が直るのは数週間後よ」
大家である年配の女性はブツブツ文句を言っていた。
0286踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:46:51.24
その夜、友達の家に身を寄せたアナスタシアは、一睡もできずにいた。
そのあと、一週間は動揺が激しく、レッスンやリハーサルにも集中できず。
振付けが全く頭に入らない。
今まで踊っていたはずのパートの振付さえ、上手く思い出せなかった。

そんなときに、劇場のトップスターだったプリンシパルの二人が、
そろってヨーロッパのバレエ団に移籍していった。
国が混乱する中、多くのロシア人ダンサーが海外に流出した時期だ。

「私も、もっと経済や社会が安定していて治安の良い国で暮らしたい。
ロシアではない、どこかへ行きたい」
という思いが、アナスタシアの中で次第に強くなってきた。

「日本でロシアバレエの教師を探している人がいる」
と日本人の知人から聞いたのは、それから数年後だ。

ある年の夏の休暇の間、交際していた男性ダンサーと一緒に日本を訪れ、
紹介された東京のスタジオで、試しに何度かクラスレッスンを教えることになった。
0287踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:48:15.19
素質のある子供を集め無料で訓練するロシアの国立のバレエ学校とは違い
お金を出して、いろんな人が習いにくる日本の私設教室。

当時、交際していたロシア人の彼は、
「僕にはこの国は合わない」とすぐに帰国してしまった。

「この国の殺人的な夏の暑さには耐えられない。
言葉も難しいし。
それに生徒もお遊びでバレエやってる人たちばかりじゃないか。
アンディオールもろくにできない大人に
今からバレエを教えて何になるんだ?」

しかし、アナスタシアは日本に留まり、バレエを教えようと決意していた。
自分は教えるのに向いている、と感じたのだ。
0288踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:51:55.21
「80年前、ロシア革命から逃れて来日したバレリーナが
日本の初のバレエ教室を建てて、その弟子たちが、バレエを日本に広めた」
という話にアナスタシアは深い感銘を覚えた。

思えば、ロシアの大きな組織の中では上からの命令や教師の決断は絶対で、
アナスタシアのような若いダンサーには何の権限もなかった。

ところが、ここ日本の小さな教室の日本人オーナーは
「日本のバレエを良くしてほしい。
あなたの良いと思う指導を考えてほしい」と言うのだ。
若いアナスタシアには、初めて与えられた自由と使命のように感じられた。

日本で教え始めてからは無我夢中で、あっという間に年月が過ぎた。
アナスタシアは、日本に来た決断を後悔はしていない。
この国は豊かで安全、自分を評価し信頼してくれる人もいる。

だが、ふと、ダンサーとしてやり残したような気持ちになることもあった。
0289踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 13:54:44.91
新宿にある人気のショークラブ『ミッドナイト・フェアリー』では
舞台パフォーマンスが続いていた。
男性バレエダンサーが踊る『瀕死の白鳥』のあとは、
アメリカのヒット曲に合わせて再び派手な踊りが繰り広げられる。

あなたの瞳を奥深く見つめる
いつだってもっともっと触れたい
Got me looking so crazy in love

「バレエを踊る人もたまにショーに出るとは聞いてたけど、
あんな本格的なバレエダンサーがいるとは思ってなかったよ」
高瀬蓮が有沢さんの耳元でささやく。

「脚のラインもアームスも、彼は完全にバレエの人だったね」

高瀬蓮と有沢さんはバーニャカウダをつまみつつ、
あの美しい男性ダンサーはいったい何者なのだろう、と語り合った。
0290踊る名無しさん垢版2022/12/11(日) 19:49:00.52
「私は、黒崎のプロフェッショナルクラスで知り合ったジェイムズと『ライモンダ』のグランパドドゥで舞台に出る予定だったのだけれど
彼が急遽イギリスのバレエ団にプリンシパルとして招かれることになって結局無くなってしまったの」
アナスタシアは永野に残念そうな表情で言った。
舞台に出られなかったことによるものもあるが、身近にいた相手が再び華々しいプロの世界へ呼び戻されたのが羨ましかったのだ。

「教師として沢山の生徒の人を、しかも大人からはじめた人たちを指導するのは新たな発見もあって研究も出来て楽しいわ。

でも私、もう一度プロとして舞台に立ってみたい。最近そういうことを考えるようになったわ…」

「私は…、アナスタシアさんに再び舞台にたって欲しいと思っています。
あなたの白鳥はやはり美しい…。多くの人に見てもらうべきものです。
今回発表会で踊って、もしもご自身にある不安を払拭できたなら、挑戦してもいいと思うんです。

私も、トラウマを克服したいですし…」
0291踊る名無しさん垢版2022/12/13(火) 12:31:23.10
田中君あれからバレエしてるかな〜元気かな〜

発表会の写真?メールに添付されてたよね
画素数が荒くてよくわからないけど小さな女の子に囲まれて幸せそうだったから良いんじゃない?

それにしても鈴木君最近隙あらば両手バーでタンデュばっかりやってるよね

うん!タンデュ面白いよマイブームなんだ・・・奥が深いって言うか・・・

ひょろっと背の高い中村君は小柄で筋肉質な鈴木君の横に並んで二人は大きな窓から降り注ぐ光の中で仲良く両手バータンデュを始めた

黒崎のアカンパニストさんがにっこり笑って曲を付けてくれ始めて
ああバレエらしいわぁと受付嬢がうっとりため息をついた
0292踊る名無しさん垢版2022/12/15(木) 00:27:45.04
二木潤雄(にき・すみお)は、自分の本名が嫌いだ。

華道の師範の資格を持つ母親が「水は生命の源だから」
と選んだ「潤」の字は悪くはないと思っている。
しかし、「男らしく生きてほしい」と願いをこめて父親が希望したという
「雄」の字を、子供のころからなんとなく邪魔に思っていた。
何か余計なものを押し付けられている気がするのだ。

だから、小さなバレエ集団の自主公演や
夜のショーに出演するときには、
シンプルに「ジュン」という芸名を使うことにしている。

この社会での決められた立ち位置から降りて、
素のままの一人の人間、「ジュン」。
その名前なら、自分に嘘のない生き方ができるように思えた。
0293踊る名無しさん垢版2022/12/15(木) 00:29:05.96
ジュンがバレエと出会ったのはそれほど早くはない。

器械体操クラブに入っていた小学生のころ、
小学生大会で次々入賞した小柄な友達は
長いウレタンマットの上で
軽々とロンダートからの後方伸身宙返りを繰り返していた。

潤雄は柔軟性やバランス感覚には優れていたが、
瞬発力はそれほどでもなかった。
「潤雄は思いきりが足りないな!
ちょっとなよなよしすぎだぞ!」
当時のコーチにはよくそう言われていた。

同級生よりも早く背が伸びていき、細長い手足と高い重心位置、
アクロバティックな器械体操には向いてない。
それ以上、高い難易度の技を極めていく気持ちにはなれなかった。
0294踊る名無しさん垢版2022/12/15(木) 00:31:11.11
私立の男子中学に入学後、何か別のことを始めようと思っていた矢先、
惹かれたのが学校のダンス部のパフォーマンス。
秋に文化祭、春に部活紹介のステージで
ストリート系のダンスを発表するという
男子校のハードな運動部の中では比較的緩めの部活だった。

母に「ダンス部に入った」と言うと、
「踊る人は、クラシックバレエしたほうがいいって聞いたわよ。
全てのダンスの基礎だからって」

その説は、少々まゆつばものなのだが、かつては良く言われていた。
クラシックバレエとストリート系ダンスとは身体の使い方が違う。
「良い姿勢」「良い音の取り方」さえ違うので、
むしろ、双方邪魔になったりもするのだが。
だがそのときは、そういうものかと信じた。
0295踊る名無しさん垢版2022/12/15(木) 00:32:17.27
「となりの駅にある黒崎バレエアカデミーには
男の子もいるって聞いたわよ。
小学校であそこに通ってる女の子、いたわよね」

15年前。
中学生の潤雄は、音楽に合わせて踊ることに夢中だった。
どんなジャンルでもいいから、毎日踊りたい、と思っていた。
母親が提案した黒崎バレエアカデミーにも
自分で電話して体験に行った。

バレエ初心者の潤雄は、黒崎バレエアカデミーの中学生クラスに放り込まれた。
選抜クラスではないとは言え、生徒は小さいころからの経験者だけだ。

「あらっ、君、いいバランスしてるわね」
最初のレッスンでパッセバランスをピタッと止まったら
先生に褒められた。
しかしセンターでは、順番も覚えられず、わけもわからず、
戸惑い、立ち往生するはめになった。
0296踊る名無しさん垢版2022/12/15(木) 00:36:12.22
クラスには、顔見知りの女の子がいた。卒業した小学校が同じだった。
休み時間に教室の片隅で、手芸やら裁縫やらやっていた
おとなしくて物静かな子だ。

潤雄が「さっきのこれ、わからなかったんだけど…」と聞くと
女の子は、黙ってゆっくりとお手本を見せて、
「後ろに寄せて」「45度で顔はこっち」「この音でタンジュ」と
言葉少なに教えてくれた。

潤雄の覚えは悪くなかった。
半年もすると問題なくクラスについていけるようになり、
当時もっと男子が少なかったこともあって
2年もたつと選抜クラスにも推薦された。
0297踊る名無しさん垢版2022/12/15(木) 00:39:53.78
あれは、高校一年生の発表会の舞台リハーサルのときだった。

「あの子、可愛いよね」と一人の男友達が潤雄にこっそりささやいてきた。
「うん、洋平くんは色っぽい」
潤雄は何のためらいもなくそう答えたら、
「何言ってるんだよ!香織ちゃんのことに決まってるだろ!」
と笑われた。
冗談だと思われたのだ。

その時だ。
子供のころから「何かが違う」と思っていた漠然とした違和感が
はっきりと「自分は違う」という意識に上ってきたのは。
0298踊る名無しさん垢版2022/12/15(木) 19:56:15.67
同じバレエクラスには姓名判断占いに凝ってる女の子がいた。
名前を書くと、またたく間に画数計算をして、
「13画は明るく社交的」「18画は忍耐強い努力家」
「24画はお金に困らない大吉数」などと占ってくれるのだ。

ただのゲームだとは思いつつ、潤雄も占ってもらった。
「自分の名前、嫌いなんだよね」

だいたい潤を『すみ』と読ませるのは不自然だ。
『原子』を『あとむ』と読もうが『星』を『きらら』と読もうが、制度上は可能だ。
聞いた話では、
潤の字を使いたい母と、自分名前のスミの音を使えという祖母の
嫁姑喧嘩の果てにそんな名前になったのだと言う。
それじゃあ自分の名前は家庭内バトルの証拠品みたいじゃないか。
0299踊る名無しさん垢版2022/12/15(木) 19:57:57.58
「うーん…そうだね…」
二木潤雄。ここまで字画の悪い名前は珍しい。
孤独で悲運で不和変転の相。

「悪いことが出ても励ましやヒントになるように言う」のが占いの極意。
それを心得ていた女の子はこんな風に言った。

「鋭敏っていうのかな。とても頭が良いの。
人より、感性がシャープで、デリケートだから、
人と違うポイントで傷つくこともあるかも…」
「うん、そうかもね」潤雄は妙に納得してしまった。
0300踊る名無しさん垢版2022/12/15(木) 19:58:48.58
光美マリアは、バレエ雑誌タンツ・マガチネのページをめくった。

白いブラウスを無造作にはおり、
ポーズを取る美しい男性ダンサーの写真。

『何者もおそれぬ大胆さと、ほろりとさせるような優しさが同居する
S&Bバレエ団プリンシパル 神代煌介』

でかでかと掲載されているのは、まさにマリアが交際している相手だ。

『「努力した」「猛練習した」そんな言葉では到底、言い表せない。
燃えに燃えてバレエに取り組んだ日々の中、
自分の姿を、理想のプリンシパル像へと変貌させたかった…』

欧州のバレエ団を渡り歩いた時期の苦労話が語られている。

『今は、ダンサーとして可能な限り理想を追求していきたいんです。
技術、表現、そして人格も含めてです』
0301踊る名無しさん垢版2022/12/15(木) 20:07:01.20
マリアはうすうす感じていた。
神代はひどく冷淡なところがある。

交際していることは、神代に口留めされている。
夜、人目につかない場所で待ち合わせをして、数時間で別れる。
それ以外のデートをしたことがない。

「明日もリハーサルだから、コンディションを整えたい」
「狭い業界だから、あることないこと言われると仕事に支障が出る」
それはダンサーとして、マリアにもわかる。
わかるのだけれど…

神代は、いつでも自分の利害が最優先だ。
ふわふわとした優しい言葉と美しい笑顔で
神代の心は巧妙にコーティングされている。
誰にでも優しい代わりに、誰にも心を開いていない。

あの人は強いから、私がいなくなっても全然平気だわ。
雑誌のページを閉じながら、マリアはつぶやいた。
0302踊る名無しさん垢版2022/12/21(水) 00:32:12.83
ここもそろそろ終わったな
誰かが書いた直後、わざわざ話を潰して別の展開を繰り返しの内容で上書きするヤツいるから
0303踊る名無しさん垢版2022/12/21(水) 13:01:34.44
「そろそろ俺のバレエは終わったな…」
素人おじさんの一人がつぶやいた。
誰も俺のことを考えてくれない。
みんな自分のレッスンに精一杯だ。
俺のことは無視だ。
俺の希望通りに万事ことが運ぶように、
手取足取り手伝ってくれたっていいじゃないか!
ひとこと言ったら、俺の意向を察して俺がやりやすいように
場を整えてくれたっていいじゃないか!
「あの人、どしたの?」
「たぶん、誰かに何かを手伝ってほしいみたいだけど?」
「手伝ってほしいったって、何を?どう?」
他の素人おじさんおばさんたちは、怒っているおじさんをいぶかし気に見ていた。
「お前らが俺にしっかり気を使わないから嫌になるんだよ!」
「えっと?じゃあどうしたいの?」
「わかるだろ!そんなこといちいち言わなくても!」
そのおじさんは怒るとスタジオを出て行った。
0304踊る名無しさん垢版2022/12/21(水) 21:19:31.38
大人向けオープンバレエスタジオのベルベット。
平日の昼間に行われるプロフェッショナルクラスでは、バレエ上級者の集まる中、一人場違いなおじさんがいる。
スポーツクラブのバレエ歴10年以上の名園さんだ。

名園さんは上級者男性たちと一緒にグランワルツの曲に合わせてジュッテアントゥールナンのマネージを見せた。
0305踊る名無しさん垢版2022/12/24(土) 08:15:33.76
バレエクラスでは素人男は目立つ。
すぐ噂のネタになる。

悪口大好きな一部の素人おじさんおばさんと違って
プロレベルの上級者はたいてい見て見ぬふりをする。
自分ができて他人ができない状況は、子供のころから普通だ。
しかし、名園さんはプロフェッショナルクラスでは少々目立ちすぎていた。

「あの謎のおじさん、動くだけは動くんだよねー」
常連の男性が惜しいな、と言った口調で言った。
「見事にターンアウトできる良い脚してるのに」
個人教室の女性教師が言う。
0306踊る名無しさん垢版2022/12/24(土) 08:16:53.99
「バーまでなら、ちょっとは慣れてんのかなと思ったら、
センターでは全部崩壊してたわ」
たまたま来た元プロダンサーが物珍しげに笑った。

まったく、どいつもこいつも、恵まれた坊ちゃん嬢ちゃんのくせに。
余計なお世話だ。
お前らは、膨大なお金と時間を長年バレエにかけた物好きであり、
それが許される環境にいたラッキーなヒマ人なのだ。
40過ぎてバレエを始めた素人の俺に、同様に踊れと期待するほうが傲慢だろ!
0307踊る名無しさん垢版2022/12/24(土) 08:17:46.08
先日、名園さんは舞台に誘われた。
後ろでお芝居をしているほとんど踊らない立ち役としてだ。

「舞台に出るなんて、まっぴらごめんだね!」
名園さんは即刻断った。
「西洋人貴族のフリなんてこっぱずかしい真似できるかよ!
俺50過ぎてんだぞ?
若いおじょーちゃんがヒラヒラした衣装で踊るのはわかるが、
それも許せるのは、せいぜい25までだな!」

それを聞いたまわりの女性一同はムッとして
名園さんに冷たい視線を向けていた。
0308踊る名無しさん垢版2022/12/24(土) 23:23:39.43
「で、いったい此処は何処なんだルイス…」
「俺の行きつけの酒場にいこうと思ったんだけど、いったい此処は何処なんだよぉ〜」

田中さんに瓜二つな村人ルイスと、有沢さんに瓜二つなデジレ王子が大人向けオープンバレエスタジオベルベットの前で佇んでいた。

「ちょっとそこ退きなさいよ! 入れないじゃない! 入るなら入りなさいよ!」

シニヨンの小太りのおばちゃんが入り口の前に突っ立っているルイス達に苛立ちを露わにさせてくる。
その迫力におされた二人は、半ば逃げるように施設内へと入るとガラス窓の向こうから優雅なクラシック音楽に合わせて踊る女性達の姿が目に入った。

「……」
「うひょー 女ばっかりだ!」
「あの女性は……?」

バレエを踊る女性達の中に、ナオミの姿があった。一際美しい彼女の姿に、思わずデジレ王子は釘付けになる。
0309踊る名無しさん垢版2022/12/25(日) 00:06:23.61
「デジレ王子、最近オーロラ姫と上手くいってないでしょ…?」
「何故そう思うんだ…」
「男の勘っつうやつですよ。」

ルイスにそう言われ、デジレ王子は一瞬黙り込んだ。

「そうだな…。
なんというか、オーロラ姫は本当に私のことを愛しているのか分からなくなるときがある…。
私に無関心すぎる気がして」
「うう…なんか想像以上に夫婦仲があれな感じだな…。夜のお楽しみも無いの?」

デリカシーの欠片もないことを平然ときいてくるのがルイスという男だ。だがデジレ王子は気にせず答える。

「オーロラ姫とは…一度も経験がない」
「じゃああの双子のお姫様達は!?」
「いつの間にか生まれていた、けれどオーロラ姫との娘達ではない」

衝撃の事実にルイスは固まってしまった。
0310踊る名無しさん垢版2022/12/26(月) 23:21:37.89
「…体験の方ですか?」

ベルベットの受付の女性がルイス達に訊ねた。
ヨーロッパの村人と王子風の服装をした若い白人男二人を不信に思いつつも、取り敢えず声はかけておこうと思ったのだ。
東京という街には色んな人がいることを彼女もよく知っていたからだ。所謂彼らは日本のオタク文化に感化された外国人コスプレーヤーだろう。

「え? 体験って俺達も踊れるんですかい?」

村一番の踊り手のルイス様が踊りゃあ若い娘達は大興奮さ!にしし…
ルイスはいやらしい笑みを浮かべる。

「はいそうです! 俺達体験に来ました!」

元気はつらつにルイスが答えると、早速スタジオを案内してもらうこととなった。

「デジレ王子。オーロラ姫のことで悩みもあると思いますが、今日は俺とハメを外して楽しみましょう! …って王子??」

そしてルイスが振り返ると、つい先程まで一緒にいたデジレ王子の姿がそこには無い。
0311踊る名無しさん垢版2022/12/26(月) 23:59:24.56
突然いなくなったデジレ王子はというと
ナオミに心を奪われてしまい、プロフェッショナルクラスのスタジオに乱入していた。

「え? 何…王子様???」
「どこの先生? スタイルいいし凄くハンサム…」

プロフェッショナルクラスに参加するマダム達がデジレ王子をみて、こそこそと話し始める。
東京のオープンバレエスタジオに突然王子の格好をした男が入ってくる状況は明らかに異質であるのだが、
バレエスタジオだからなのか、舞台を控えて衣装あわせをしているのだろうと勝手に解釈をされていた。

「……!」

そして自然な流れで、九条ナオミもデジレ王子に視線を向けた。けれど彼女の反応は他の生徒たちとは違っていた。
イギリスで亡くなったときかされた有沢ケイトそっくりな男性が今目の前にいるのだから。

「有沢…さん…………?」

そう呟くナオミをデジレ王子は真っ直ぐ見つめる。

「私はデジレ。貴女のお名前を教えてください。新雪のように美しい方、きっとここで貴女にお声掛けしなければ永遠に会うことが出来ないと思いました。
突然のことで驚かせてしまったこと、どうかお許しください…」

どう見ても有沢ケイトであるのに彼は私をからかっているのか? ナオミはケイトが生きていた喜びと同時に、デジレ王子を有沢さんと勘違いしているため彼のおふざけに無性に腹が立った。
どれだけ苦しみ悲しんだことだろう。
どれだけ貴方に会いたかったことか…。
それなのに貴方は不謹慎な嘘までついて、こんな形で私をからかうというの!?
0312踊る名無しさん垢版2022/12/30(金) 00:35:36.99
ナオミは有沢さんとの間に出来たが流産で亡くなってしまった子どものことを思い出し、余計に苛立ちが増した。

「有沢さん…今までどうして私の前から姿を消していたの……?」

そうナオミは呟くなり、暗い顔のままスタジオを後にした。
残されたのは突然のことで呆然とする受講生や講師と、ナオミに人違いをされ振られてしまったデジレ王子であった。
0313踊る名無しさん垢版2022/12/30(金) 10:24:00.79
「知らぬ間に子供ができるのか…」

一瞬、驚いた田中さん似の村人ルイスだったが、
教会でそんな話は聞いたことあるぞ、と考えなおした。

「やはり、高貴な人は下々の者のようにことをいたさなくても
天のおぼしめしによって受胎するのだろう。
聖母様もそうだからな!」

田中さん似のルイスは昨年のクリスマスに行われた村祭りの出し物で
村人同志と一緒にキリスト生誕劇に参加した。
劇の主役は聖母マリアで、男性ができる一番目立つ役は大天使ガブリエルだ。
しかし、ルイスは地味な衣装の羊飼いの役だった。

「やりたかったんだよなあ〜。神のお告げを伝える役!
輝く白いローブ、絶対俺に似合うのに!
次回こそ、大天使ガブリエルの役をゲットしたいものだな!」

そう思いながら、ルイスはスタッフに案内されスタジオを見てまわった。
「しかし、デジレ王子、一体どこいっちまったんだ…?」
0314踊る名無しさん垢版2023/01/01(日) 01:53:07.41
デジレ王子はその場の流れでプロフェッショナルクラスを受講することになった。
当然王子はバレエ初心者でありクラシックバレエなど習ったことがない。まだ確立する前の時代の人間なのだから当然だ。

外見は完璧な王子様なデジレ王子であったが、踊り始めるとバレエではない別の何かであった。

しかしそこは大人向けオープンバレエスタジオだ。どれだけ酷い踊りの初心者が混じっていようと講師は基礎をすっ飛ばしてレベルを変えずに複雑なアンシェヌマンを組んでくるのである。
0315踊る名無しさん垢版2023/01/01(日) 22:21:27.10
「スタイルの良いイケメンダンサーかと思ったら…
なーんだ。たまに混ざってくる勘違い初心者か」
常連メンバーのがっかり感は半端ない。

最近よくいるのだ。一見かなり踊れる人風なのに
踊ってみたらガッカリ。注目して損した、と思うような大人初心者が。

しかし、外見至上主義のクラシックバレエ。若い男子は貴重でもある。
素人おじさんと若いイケメンとではビミョーに反応が違う。
「動きはダメだけど、音感はよさそうよ?
ちゃんと小節の最初の音を外さずに動いてる」
「そうね。頭や肩は静かに保ってるから、他のダンスをしてる人かもね」
イケメン好きの女性たちは、比較的温かい目でデジレ王子を見守るのだった。
0316踊る名無しさん垢版2023/01/02(月) 12:44:12.87
その一部始終をスタジオの端っこから眺めていた名園さんはというと…。
「ケッ…女ってやつは顔さえよけりゃああんな下手くそ素人男でもチヤホヤしやがって…!」

とミソジニーを全開に恨み言を呟いていた。

名園さんがオープンバレエスタジオに参加を始めた頃などは、何なのこの素人オジサン…という冷たい眼差しをマダム達から向けられ避けられてもいたのだ。
今でも生徒や講師からも内心バカにされていることは名園さん自身も感じていることだ。

けれど自分よりも酷い踊りのデジレ王子が来てくれたことは、少し安心を覚えた。
0317踊る名無しさん垢版2023/01/02(月) 15:28:50.50
中村君!あけおめ〜

鈴木君!久しぶりだね、君もお正月特別レッスンに入れたんだね
知った顔にあえて嬉しいな

それだけじゃないよ、あそこのバーに居るのは誰あろう田中君だよ

広いスタジオをとことこ近づいてくる二人組に嬉しさ懐かしさがあふれて飛び上がりたい田中君だったが
君たちとは違って地方お教室でさまざまな経験、修行を積んだ俺なんだからと努めて厳かな雰囲気を漂わせることにした
0318踊る名無しさん垢版2023/01/02(月) 15:45:19.24
上げちゃったゴメン(汗

田中君なんか変わったね〜角度がキッチリしてるって言うか5番の立ち方が違う気がする
センターレッスンが終わったあと鈴木君がにっこりして声をかけた

よく他の人見てる余裕あるよね〜僕は久しぶりのレッスンでからだが重くて重くてついて行くのに精一杯だ

中村君は両膝に手をついてゼーハーしている

僕はね〜タンジュの効果が出たと思うんだ〜それを確かめたくて今日来たから

そう言えば鈴木君感じが変わった・・・上半身の感じ・・・ダンサーっぽい!
ピッタリしたウェアのせいかな〜

そんな微笑ましい3人組も動けば素人っぽさ全開なのだが、それで良いのである
0319踊る名無しさん垢版2023/01/02(月) 20:08:02.25
お正月特別レッスンはA、B、Cクラスとあり田中さんたちはCクラスでの参加であった。

Cクラスには大人バレエ初心者や薫くんなどの選抜クラスに入れなかった子ども、情操教育や習い事としてバレエを嗜む小中学生ばかり。
明らか素人掃き溜めクラスといったところである。

一方、Bクラスは選抜クラスの小中学生、Aクラスは選抜クラスの高校生以上や大人中上級者もしくはプロダンサーが参加している。
0320踊る名無しさん垢版2023/01/02(月) 22:23:30.92
東京某所

黒崎バレエアカデミーと並ぶ名門であり、バレエ団付属華山バレエ学校に一人の青年が体験レッスンに現れた。
青年は広々とした洋風なエントランスホールに併設された受付に声をかける。

「体験レッスンを予約しています、宮間(みやま)です」
「お待ちしておりました、宮間さん。更衣室は3階、スタジオは2階です。ご案内いたしますね」

青年の名は宮間 貴明(みやま たかあき)。
バレエは2年前に地元の教室で運動不足対策のためにはじめたが、発表会を契機にバレエに強く魅了され、現在は大人ながら本格的にクラシックバレエを学ぶため、移籍を考えているのだ。
バレエ歴は2年だという宮間だが、その容姿は見栄えのする外見で、小顔で手足も長く、脚の美しさは端からでも分かった。

宮間はその外見で貴重な若い男子ということもあり、地元教室ではチヤホヤされていたし、オープンクラスに参加するとバレエに適した身体条件や王子様感で常連マダムたちや講師から何かしら褒められた。
素人男性ながらあまりにも恵まれすぎた境遇故に、どこか高飛車な面を持ち合わせている上に、自分が美しいことをよく理解していた。
0321踊る名無しさん垢版2023/01/02(月) 23:15:02.51
宮間は、名門校ということもあり緊張もしつつ、ここ華山でも自分は歓迎してもらえるであろうと高をくくっていた。
黒いタイツに白いシャツというシンプルなレッスン着に着替え終わると、彼は2階のスタジオへと向かう。

スタジオには既に数人の生徒がおり、殆どが中高年ぐらいの女性で、男性は半袖に短パン姿の中年太りのオジサンが一人であった。
硬い身体をよいしょよいしょと伸ばすオジサンの姿を後目に、宮間は講師の姿を探す。

「先生はまだいないのかな…?」

恐る恐るスタジオに入っていく宮間であったが、このスタジオの独特の空気感に居心地の悪さを感じた。
女性たちは皆誰だ誰だと気にするように此方をチラチラみているが警戒しているようにみえる。

「おはようございます」

挨拶をすると取りあえず皆返してくれたが、周りの生徒たちは一様に宮間を異質なものをみるような眼差しを向けてくるのだ。
0322踊る名無しさん垢版2023/01/02(月) 23:42:48.25
居心地の悪さを感じつつ、バーのある適当なところにつくと、気を紛らわせるように柔軟を始める。
地元教室にいた頃に相当努力した柔軟性は、継続組にも引けを取らないレベルだ。実は宮間、子供時代に数年ほどバレエを習っており当時は非常に柔らかい身体の持ち主であった。
生まれつきの筋肉の質が良かったのである。

そしてそうこうしているうちに講師の上原がやってきた。気難しそうな初老の男性講師だ。

「おはようございます。ではレベランスから…」
「よろしくお願いします」

講師が入ってくるなり一斉に立ち上がりお辞儀をする。宮間もそれに倣う。

異様な空気ではあったが、レッスンはいたって普通で基礎的なものである。
とはいえ大人の初心者クラスであることや身体条件的な理由でアンディオールも中途半端であったり姿勢が悪かったり膝や肘が曲がっている人が殆どで、
お世辞にも上手いとはいえない。

講師はきちんとやるべきことは淡々と口頭で教えているのだが、彼らは全くきこえていないのかまともにタンデュの使い方もなっていない。
講師自身もだからといって注意するわけでもなく半ば諦めているようにもみえた。
0323踊る名無しさん垢版2023/01/03(火) 00:07:33.13
宮間は高飛車でマイペースなところがあるとはいえ非情に努力家で真面目な青年であるため、地元教室ではバレエの基礎を何が何でも徹底的に身体に落とし込むトレーニングをした。
そのかいがあってか、確かにまだまだ未熟な部分が多いものの宮間の踊りは実に丁寧で優雅、無駄のない洗練されたものとなっていた。きっと誰もがたった2年のバレエ歴とは思わないであろう。
宮間を警戒していた女性たちも彼のセンターでみせる動作に思わずみとれた。だが一方で、講師の上原は不満そうに宮間の姿を眺めている。

「おい。そこ5番が甘い! こんないい加減な踊りはバレエじゃない。クラシックバレエを舐めるな!」

突如浴びせられた怒号が、まさか自分に向けられたものとすぐには認識出来ず宮間は一瞬呆然とした。
他の生徒も皆黙り込み、宮間の方に注目する。
0324踊る名無しさん垢版2023/01/03(火) 11:15:45.37
初老の男性講師、上原が数年前に初心者クラスを担当し始めた当時は
大人にも中高生クラスと同じように教えようとしていた。

ところが、女性講師の一人が言ってきた。
「ダメですよ!上原先生!
素人のおばさんに中高生と同じように教えても
『厳しくされると、バレエ嫌いになっちゃう〜』って
クレームつけて逃げていくのがオチですよ。
大人は『自分は上手く踊れている』という気分にさせていれば
高い月謝も払うし、団の公演のチケットも買ってくれるでしょ?それでいいんですよ」

教師として必要なことは教えるが、深追いはしない。
生徒の出来不出来には関知しない。期待もしなければ落胆もしない。
それが教師の間での大人クラスに対する認識だ。

上原は内心苛立ちながらも、長年築き上げた理想を封印し
このクラスは仕事と割り切り淡々と教えることを決めていた。
そんなときに体験に現れたのが、宮間という青年だ。
0325踊る名無しさん垢版2023/01/03(火) 20:19:50.43
「また始まった。上原先生の若い男子いびり…」
「前にも体験に20代の男の子が来てくれたけど、まだ初心者だったのに気の毒だったわ…結局それっきりだったし」
「スタジオに若い男子入ってきたから、今日もこうなるって予想はついてたね。空気悪くなるし正直若い子はこないでほしかった」
「しかも前の時よりもかなり酷くなってる」

女性たちは集まって口々にこそこそと話し始めた。一方、その集団からやや離れた位置に佇む女性は、「いいお手本が入ってきてくれるなら寧ろ喜ばしいことじゃない? それに先生だって熱心に教えてくれるようになるんだから…」と内心で考えていた。

女性は高野律子(たかの りつこ)、40代半ばの主婦である。
憧れていたバレエは30歳の時にはじめ、今日まで熱心に続けてきた。人一倍やる気もあり、少々クラスでも浮いていたが、それでも他の大人クラス生徒同様に扱われている。
彼女自身、大人クラスがこのバレエ学校でどのような位置付けをされているかぐらいは察しはついており、悔しい思いを度々していた。
一所懸命やってきたため確かに周りの生徒よりかは踊れるが、それ以上はなかなか思うようには上達しない。

「やっぱり大人には限界があるのかな…」

ふとそんなことを呟いてしまうこともあった。本当は限界など認めたくない。もっと上達したい。
けれど発表会のビデオに映るポワントもまともに立てておらずパラレルになったストゥニュー、曲がった脚や腕が現実をイヤでも見せつけてくる。
0326踊る名無しさん垢版2023/01/03(火) 21:29:45.20
華山バレエ学校は黒崎以上に規制が厳しく、他教室との掛け持ちは不可でバレたら退学処分、ヴァリエーションは大人クラスの生徒は一切踊らせてはもらえないという。

発表会の幕ものでも芝居などに重きをおいたキャラクターのみで、クラシックバレエは踊らせてはもらえない。
クラシックバレエやヴァリエーションに憧れている大人生徒は、次々に華山バレエ学校を辞めていき現在残っているのは舞台に出ることそのものが生きがいであったり、仲間といることを楽しんでいる大人ばかりだ。

高野も以前辞めることを考えていたが、女性講師から「ある程度の実力さえつけばヴァリエーションやクラシックバレエの役を踊らせてもらえるから」と引き留められた。
こうして今も努力を続ける高野であったが、まだクラシックバレエを舞台で踊らせては貰っていないのだ。
0327踊る名無しさん垢版2023/01/03(火) 23:17:13.22
一度も大声で怒鳴られた経験も、自分の踊りを恥だなどと言われた経験のない宮間は困惑を隠せないでいた。
明らかこの中では自分は上手いはずだ。それなのに何故僕だけに…! 
宮間は悔しさとショックを受け震えた。

「もう一度最初から…」

音楽が再び流され、宮間は再度皆が注目する中、踊ることとなった。

「カウントが合っていないだろ! カウントもとれないんじゃバレエダンサーとして致命的だぞ!」
「何しにここに来てる! バレエをちゃんと踊れバレエを…!」

再び踊れば再び怒鳴られる。そうした扱いに慣れていない宮間は、今にも涙が溢れそうだ。
早くこの時間が終わってほしい。早く解放されたい。そんなことばかりがよぎった。

こうして彼にとって地獄のような体験レッスンが終わり、さっさとスタジオを去っていった上原に残された生徒たちと共にクールダウンのストレッチをはじめた。

「あなたバレエ団員の子?」

すると女性の一人が声をかけてきた。

「いえ、体験で…。バレエ団員なんてとんでもないです。僕はまだ素人ですし」
「すっごく上手だったから団員かと思っちゃったわ。ここの先生、男の子には本当に厳しいから別の曜日に行くと良いわよ。
穏やかな先生でしっかり指導してくださるから…支部教室にも大人クラスがあるし」

別の曜日。支部教室。
確かに上原先生のもとでは集中できそうにない。彼女の提案に乗るのも良いかもしれない。
0328踊る名無しさん垢版2023/01/05(木) 08:12:53.15
他のスタジオでは大勢の中高生たちのレッスンが続いていた。
宮間はガラス越しにしばらくその様子を眺めていた。

統一されたレッスンウェア、きっちり同じ高さにまとめられたシニヨン。
ほっそりとした体形の子供たち。
幼少から同じ教室で育った子供たちは踊り方や表情まで似ていた。

「雑多な大人クラスとは全然雰囲気がちがうよな…」

しばらくすると宮間は気がついた。
30人のクラスの中、3〜4人のトップグループの子が明らかに抜きんでていることを。
先生が熱心に指導しているのは、トップグループの子たち。
生き生きと目を輝かせて、身体から湧き出るエネルギーを発散させているのもその子たちだ。
他の生徒は、二軍、三軍扱いなのか、ほとんど声をかけられていない。
落ちこぼれ気味で生気が感じられない子もいる。
0329踊る名無しさん垢版2023/01/05(木) 08:16:31.08
「なんだっけ…あれ…、古いバレエ漫画で見た言葉」
宮間は記憶の中のページを思い出した。

『鶏口となるとも牛後となるなかれ』

宮間は自分が名誉心が強くプライドが高いことを知っている。
その性格は向上心や原動力にもなるが、ときには邪魔にもなってきた。
良い評価をされなかったり、期待したほど注目されなかったりすると、
すぐに興味を失ってしまうこともあった。

バレエを続けるなら、一軍・トップグループとして歓迎され指導される場所がいい。
そんなことを漠然と思いながら、宮間は華山バレエ学校を後にした。
0330踊る名無しさん垢版2023/01/05(木) 19:53:48.49
華山バレエ学校は名門だ。
その学校から有名な国際コンクールで入賞する者や有名バレエ団で活躍する卒業生までいる。
指導は本物なのだろう。がむしゃらに努力したからといって正しく成長できるとは限らない中、将来性ある子どもを導くことが出来るのだから。
それでもその指導を与れる生徒はごく一部。けれど自分は…。

宮間は空を仰いだ。

もしも入学を決めたら、自分はあの初心者レベルの大人ばかりの、プロ養成とは程遠い、まるで華山バレエ学校でビジネス的な意味で設けられたクラスに入学することとなるのだ。
ジュニアのクラスでさえ選別されているのに、大人バレエクラスの生徒をまともに相手にするだろうか…。

宮間は密かにプロのバレエダンサーになることを大人ながら夢見ている。もちろん、20代後半の自分はプロとして期待される時間が既に終わっていることは重々承知している。
0331踊る名無しさん垢版2023/01/06(金) 00:14:29.44
若く美しくいられる時間とて儚いものだ。
宮間はショーウィンドウに映った自分の姿を見てふと思った。自分には時間がないのだ。
年齢的にチャンスさえ滅多に転がっていない状況で、それでも自分はプロバレエダンサーを目指さなければならない。

『大人からプロなんて…』
『大人バレエには限界があるのよ』
『そんなの目指さなくて良いわ。趣味で続けた方がずっと楽しいんだから』

過去耳にした言葉の数々。
得もいえぬ悔しさ、悲しみ、怒り、そうした感情が上原の暴言めいた指導で既に疲弊した心を苛んでくる。
0332踊る名無しさん垢版2023/01/06(金) 00:37:28.84
その頃、上原は体験に来た青年のことを考えていた。

事務員から体験レッスンにバレエ歴2年の男性受講者がくるとはきいており、
また身体の堅い素人のおじさんだろうと上原は期待もなにもせずいつも通りレッスンをしようと思っていた。

けれどスタジオに入ったとき思わず彼は目を疑った。
そこにいたのは立ち姿までもが美しい青年であったのだから。

名前の知らないその青年の立ち姿やバーレッスンからは、短い年数で如何に努力してきたかが分かる。
単純に骨格がめぐまれているだけでもない。
顔の向き、指先、アームズの形、アンディオールの使い方、足裏の使い方にいたるまで神経を集中させているのがわかった。
センターでの動きは繊細で優雅、見せ方も相当研究してきたことがうかがえる。見た目のみならず踊りも気品があり、ノーブルタイプのダンサーに育っていくだろうと感じた。
0333踊る名無しさん垢版2023/01/06(金) 12:30:47.90
地方勤務でお教室発表会バレエの楽しさ奥深さに触れて一回りも二回りも成長した、のかどうかわからないが
いつも生き生きとバレエに取り組む妙齢独身男子を、地方お教室でまったりバレエに取り組む有閑俱楽部マダム達が
ほおって置くわけは無いのである

田中君、結婚の予定とか無いの?どうかしら、もし誰か良い人居ないかとか考えているなら
え?僕は今のところバレエが恋人みたいなもんですから

誰に対してもにこやか爽やか営業スマイルで接しているうちに
知らず知らずマダム達を撃退していた田中君なのだった

そんな貴重なバレエ大好き男子をお教室主催のご夫妻が大事に無理させず育てたお陰で
変な癖がつかず自己流で付いた癖も薄まって、自分で気づかず理想の王子の立ち姿にジリジリ近づいていた田中君だったのだが…
0334踊る名無しさん垢版2023/01/06(金) 21:00:24.22
「プリンス・バレエコンクール?」

ある日、バレエ教室の掲示板にチラシが張り出されていることに気がついた田中さんは、足を止めてまじまじとその内容をみた。
男子のみを対象としたバレエコンクールが開催されるらしい。

「これは俺の為にあるようなコンクールだ…!」

田中さんは純白の王子の衣装に身を包んだ自分がステージで華麗に踊る姿を想像した。

「それに選ばれればバレエ団の公演に特別出演だって!!」
0335踊る名無しさん垢版2023/01/08(日) 01:06:43.30
ベルベットを後にしたデジレ王子とルイスは、はじめてクラシックバレエというものに触れたとき言い知れぬ魅力を覚えていた。

デジレ王子は宮廷バレエ(バロック舞踊)が得意で難易度の高い振りもこなせるが、このクラシックバレエは似ているようで非常に難しく、だからこそ習得してみせたいと思ったのだ。
ダンサーとしての彼に火をつけたのである。

「このクラシックバレエを基礎からちゃんと学べるアカデミーは無いのだろうか…?」

そんなことを考えていると、まるで導かれたかのように黒崎バレエアカデミーの門を目の前にした。

「あっ! ここ俺知ってるよ! 前ここで変なダンスを習ったんだよ!」

そう、ルイスは昔、ひょんなことから東京に飛ばされて黒崎バレエアカデミーでレッスンを受けたことがあったのだ。
0336踊る名無しさん垢版2023/01/11(水) 20:35:18.60
ここもホントつまんなくなった
誰かの面白そうな物語を後付けで話全否定の上書きするルール違反なヤツ
どんな展開になったかと思ったら次から次へ冴えない登場人物が出ては消える
ドつまんない
0338踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 10:23:33.34
平和に継続してていいんじゃないの
元からひまつぶしスレじゃん
0339踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 19:39:39.49
>>338
平和じゃねえだろ
誰かが面白い展開にもってったからみてたら直後に話すり替えて
卑怯なヤツだと思ったよ
0340踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:17:41.82
どんな展開を期待してるか
面白いかつまんないかは人によると思う。
0341踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:18:37.26
そのころ、有沢さんや高瀬蓮も「大人バレエの限界」を感じていた。

黒崎バレエアカデミーが誇る選抜Aクラスには、
新たに才能きらめく中高生ダンサーたちが入ってきた。
それにともなって、二十代も後半になる高瀬蓮や有沢さんは
大人の上級クラスに行くように促された。

紗江子が結婚した後、クラスの担当が入れ替わり
Aクラスの責任者およびメンバーの決定権は他の先生にうつり、
選抜クラスの条件も変わってしまったのだ。

紗江子の「イケメン最恵待遇策」は終わり
プロを目指す若い十代のダンサーが最優先されるようになってしまった。

「蓮くん、僕たち、Aクラスをクビになったみたいだね…。
十代の子のほうが将来性があるから仕方ないけど」

「元から紗江子先生の推薦で無理入れてもらってたんだから。
今までが幸運だったんだよ」
0342踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:21:13.68
一般の大人クラスではかなり好待遇を受けている二人も、
Aクラスでは末席扱いだった。
プロを目指す集団に入るのに二十代後半という年齢はかなり遅い。
とっくに巣立って活躍してる頃だ。

有沢さんは、長いブランクや休養のせいで筋力が足りず
気持ちにムラがあるため、日によって出来不出来に極端な波があった。
在籍一年にも満たない大人生徒の有沢さんの身内が
弟に厳しくするなと見当違いなクレームをつけてきたことも
有沢さんの立場を決定的に悪くしてしまった。

バレエ学校の選抜クラスはリハビリ施設ではないのだ。
以降、精神的に不安定な生徒は
選抜クラスからは除外することが取り決められた。
0343踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:23:11.21
高瀬蓮は経験不足から知識や対応力は不足していたものの
素晴らしい容姿と素質に恵まれ努力した結果、
バレエ団のエキストラに入れるほどになっていたが、
有沢さんと年齢が近かったために、
排除のついでにやめさせられたようなものだった。

黒崎バレエアカデミーが誇るAクラス。
選ばれた生徒たちのレベルの高さと、ピリッと張りつめた空気。
大人クラスとは全く違う時間が流れていた。

「残念だけど、しかたないよ。
上級クラスやボーイズクラス、ベルベット、
どこだってレッスンは受けられる。自分次第だよ!」
高瀬蓮はつとめて明るく言った。
「そうだね。恵まれた環境がこんな風に奪われてしまうのは
ショックだったけど…、もう前向きにバレエに取り組むことにしたんだ」
有沢さんも、無理に明るく笑ってみせた。
0344踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:24:16.10
名園完治さんは53歳になる独身素人男性。
真面目に勤めていたオフィス機器の会社が10年前に倒産してからは
実家の靴屋を手伝いながら
フィットネスクラブでバレエに打ち込んできた。

名園さんの朝は、家族が所有する小さな古いビル階段や廊下
一階の靴屋の店内、周辺の通りの掃除をすることから始まる。
それから近所の介護施設に入居する認知症の父親に会いに行く。
「親父、調子はどう?」
「何か足りないものはないか?」
「昨日のテレビ観た?親父の好きな歌手が出てただろ」
老いた父親に精一杯話しかける。
高齢の父のアルツハイマー型認知症は進行していくだけで
完全に回復することはない。
0345踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:25:36.43
同居している母親も年々歳を取る。
母親が階段で転んで腰を打ってからは
買い物洗濯炊事、大部分を名園さんがやっている。

バレエに行くときだけ靴屋の店番を母親に代わってもらい、
忙しい合間を縫ってバレエクラスに通っている。

バレエのレッスンは、名園さんが実家の問題を忘れられる貴重な時間だ。
理不尽な容姿や年齢差別があろうが、
プロや上級者が偉そうだろうが、
解決しようのない親の老後問題に比べたら、しょせん一過性。
無責任な他人の空言で問題にもならない。

そのうち自分も身体が動かなくなるだろう。
今という時間を惜しむように、レッスンに通うだけだ。
文句言うやつは、口から醜い言葉を吐きながら
そのつまらない人間性を自ら露呈してりゃいいのだ。
0346踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:26:31.94
「田中さん、連休中東京に戻ってたんだって?どうだった?」
東京での休暇から白王子市に戻った田中さんに小石川夫妻が聞いてきた。

「はい、古巣の黒崎バレエアカデミーやベルベットでレッスンしてきましたよ。
みんな、『すごく上手くなった』ってほめてくれました〜!
滅多にほめない紗江子先生まで!」
田中さんは満面の笑みで答えた。
「それは良かったねえ。毎日がんばってるもんね」

田中さんが二十代半ばからバレエを始めてから2年半が経過した。
最初は週1のみだったのが2回になり、ボーイズ基礎クラスも追加、
さらにオープンクラスと掛け持ちし、
地方に赴任中して白王子バレエスタジオに入ってからは、
素直な中学生たちと一緒に週5〜6回のレッスンを続けている。
すでに6回舞台にも立っている。
0347踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:27:29.05
連休中、田中さんが黒崎アカデミーに来てると聞いて
紗江子は大人クラスに様子をのぞきに来た。

「紗江子先生!俺に黙って結婚するなんてひどいじゃないですか?!」
「何なの、久しぶりに会ったと思ったら」

「さっきのレッスン見てました?俺どうでした?
驚くほど上手くなったって、ほめてもいいですよ!
正直に!さあ!」
田中さんは手を広げてドヤ顔を決めた。

「相変わらずね…」と紗江子は呆れながら言った。
数カ月ぶりに会ったと思ったらこの態度だ。
「そうねえ、動きがこなれてはきたわね」

田中さんの踊りはまだバレエとは呼びがたいが、
小中学生ボーイズと一緒に丁寧に教えてもらったためか、
やたらめったら動くガチャガチャした踊りがだいぶ落ち着いていた。

「小石川夫妻、よくやってるわ…」
紗江子はバレエ団時代の先輩夫婦の面倒見の良さに感心した。
黒崎バレエアカデミーでは、優秀なジュニアたちが最優先のため
一人の素人初心者男性に懇切丁寧に指導とはいかないのである。
0348踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:30:30.43
「それで、紗江子先生の旦那さんは、ダンサーなんですよね?」
「違うわよ、普通のビジネスマンよ。踊る人じゃないわ」
「はあ?なんでダンサーと結婚しないんですかっ?!」
田中さんは紗江子に詰め寄った。

「ロシア人ダンサーとか、レジェンドな振付師とか、
バレエ団の御曹司なら、わかりますよ!
紗江子先生が踊らない人と結婚だなんて!俺は納得いきません!」

「やれやれ」紗江子は苦笑いをした。
「田中さん、前よりは上達したわよ。これからも頑張ってね」

そう言って立ち去ろうとする紗江子に、田中さんは言った。
「俺、この前、女性(幼稚園のチビちゃん)をリフトしたり
パドドゥ(小学生女子の赤ずきんちゃんとオオカミ)を踊ったんです!
今度会うときは俺、紗江子先生を美しく踊らせるようになってますから!」
「あー?そうなの。楽しみにしてるわ」

そっけない態度で田中さんと別れた紗江子だったが、
アカデミーの事務室に戻ると、クスリと笑った。
「紗江子先生、何か良いことあったんですか?
久しぶりにあのニワトリくんが来てたんですよね?」
他の教師の言葉に、紗江子は楽しそうな笑ってみせた。
「ええ、相変わらずだったわ」
0349踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:32:04.57
田中さんが現在通っている地方の白王子バレエスタジオには
「プリンス・バレエコンクール」のチラシが貼ってあった。

権威ある有名な国際コンクールは数年ごとに開催され
海外への足掛かりを得たいプロやジュニアによって
ハイレベルな演技で競われる。
伝統文化として保護された国立劇場やバレエ学校のある国々では
往々にしてコンクール参加にはさほど熱心でなく、
開催されても出場者は外国人が多い。

一方で、日本では新しいコンクールがどんどん増えていった。
数知れぬ資格や検定試験が大流行りするように、
審査され競争するというスタイルが受けたのだろうか。
主催する側も、膨大な費用と準備時間をかけて公演を打つよりも
コンクール開催のほうが人とお金が集まり注目度も高いという現状もある。

そんなわけで、成熟した劇場文化がないバレエ後発国である、
日本やアメリカではコンクールが大盛況となっていった。
0350踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:32:50.08
「プリンス・バレエコンクール」を主催するのは、
白王子バレエスタジオにゲストにも来ている藤原先生所属の
青芝(あおしば)バレエ団。この地方では唯一の老舗バレエ団である。

バレエ学校としては多数の女子生徒を抱えているのに
所属する男性ダンサーは数えるほど。
古くからのメンバーはだんだん高齢化していき、
公演のたびに東京から男性ダンサーを数人呼んでこなければならない。
ときには、近くのジャズダンス教室の男性生徒をエキストラとして
出てもらうこともある。

「踊れる男子を集めたい」というバレエ団の思惑、
この地方での求心力を高めたい等、
諸々の事情から青芝バレエ団は今回の
「プリンス・バレエコンクール」の主催に踏み切ったのだった。
0351踊る名無しさん垢版2023/01/12(木) 20:41:41.87
ベルベットのプロフェッショナルクラスを後にしたデジレ王子は
初めて目にした複雑な足さばきを思い返していた。

「西の方の大国では音楽と舞踊の劇が披露され、王族の間でもたいへんな人気だと聞く。
他国の様子は絵で伝え知るのみだが、
もしかすると、あのような踊りをしているのかもしれないな」

デジレ王子は次期国王として、自分の国の行く末を考えていた。

「我が国『メルヒェン王国』は、名もなき小国。
大国と遜色ない洗練された文化を持つ国だと示すには、
ああいう斬新な踊りを養成するのも良いだろう」

「デジレ王子、ナイスアイディア!
金持ち大国は小国をダサい田舎者だと見下してるらしいからねー!
農産物や葡萄酒、村祭り以外に国の名物でもありゃあ
ヨーロッパでも一目おかれるんだろうな!」

ルイスは咳払いをしてデジレ王子を上目づかいで見た。
「よかったら、俺がダンス教師として民に踊りを教えてもいいぜ?」
調子にのるルイスのかたわらで、デジレ王子は考えていた。
「それには、まず王子である自分が踊れなくてはな…」
0352踊る名無しさん垢版2023/01/13(金) 01:10:36.32
宮間は自室でストレッチをしながら、華山バレエ学校で渡されたパンフレットに目を通しながら考えていた。

「あのバレエ学校はきっと生徒の贔屓なんて当たり前、将来性のある者しか目もかけられない。大人バレエ生徒はそもそも論外だ…」

ガラス越しに見たジュニア生のレッスン風景、そして基礎のない大人生徒たちの様子が脳裏をよぎる。
そして体験受講生の自分に辛く当たってきた講師…。他の生徒にはそんなことはないのになぜ自分ばかり…?

「きっと僕に入ってきてほしくないんだろうな…。生徒の人が別の曜日を勧めてくれたけど、そっちも覗いてみよう…」

大人生徒というだけでどこに行っても同じような扱いだろう。
それでも華山バレエ学校は何人もプロを輩出してきた指導力や環境のある場所のはずだ。他よりもその点では信頼が置ける。
だから印象の良くない体験レッスンであったが、簡単には諦めきれないのだ。
0353踊る名無しさん垢版2023/01/13(金) 01:40:58.37
後日、宮間は再び華山バレエ学校に訪れた。
この日は先日の初老の男性講師ではなくバレエ団員の女性講師である。

広々としたスタジオに入ると、生徒たちは不審そうに宮間に目を向けている。
廊下ですれ違ったバレエ女子たちも彼をみるなりかたまって挨拶も返さない状態であったが、どうやら此処は殆どが顔見知りで、故に余所者には敏感なのだろうと考えた。
生徒だけでなく講師もどこか警戒しているのかそっけない感じだ。

「何だか居心地が悪いな…」

そうぼそりと呟くと、宮間は端の方のバーの位置につき、一人黙々とストレッチをはじめた。

それからしばらくして、事務所の女性スタッフがスタジオに入り女性講師に体験の受講生の存在を報告した。

「ああ、あの子がそうなのね…」
「本格的にクラシックバレエを学びたくて移籍を考えているみたいですよ。2年ほどやってきたそうです」

二人は遠くからストレッチをする宮間の方をみながら話し始めた。

「そう…。大人バレエ生徒はそもそも本格的に学ぶルートからは外れているわ。
まあどうせ大人からプロになれるわけもないでしょうし、うちはそんなクラスはないし子どもでさえ選別してるのにましてや初心者の大人に真剣に指導するだけ無駄よ…。
ただその気にさせておけば、他の大人生徒同様に長くいてくれるかもしれないわね」
「けど彼、立っているだけで綺麗で絵になりますね!」
「私はああいうタイプが苦手だけどね…私の元彼は見た目が良いだけの王子様気取りのいけ好かない男だったわ。
あの子も誠実で品行方正に見えて、実際は自分の美しさをよく知ってるし、私達や他の大人生徒を見下してんのよ」

事務員の女性はそれを聞いて苦笑いを浮かべた。
0354踊る名無しさん垢版2023/01/13(金) 21:34:42.17
(上原先生だって昔はバレエ界屈指の美青年ダンサー、
『彼に見つめられた女性はみな、たちどころに恋に落ちる』
と言われた大人気の王子様だったらしいけど…)

女性スタッフは事務所に戻りながら思っていた。

(年取った今では、頑固でプライド高くて、扱いにくいのよね)

女性は、デスクに座ると中断していた締日の会計処理作業に取り掛かった。
親たちは大金出して子供にバレエを習わせてるのに
雇われてるダンサーも講師もそれほどもらってはいない。

(私が食べさせてあげる!くらいの意気込みならいいけど。
ダンサーと真剣交際はねえ…。
でも今日の体験の彼は、かなりかっこよかったわ!)
0355踊る名無しさん垢版2023/01/14(土) 02:00:34.26
「ケイト君、はいココア」
「ありがとう」

高瀬蓮からココアの入ったマグカップを受け取り、熱いそれにそっと息を吹きかけた。

「最近ケイト君元気ないね。僕も選抜クラスから追い出されたのがやっぱり辛かったし…」
「…」
「でも……ケイト君は僕なんかよりずっと綺麗に踊れるし、他の選抜生の子たちは確かに凄いけど、僕はケイト君のバレエに魅力を感じるんだ」
「……蓮くん」

有沢さんは俯いたまま、回された高瀬蓮の腕の温もりを感じた。

「僕のことは気にしなくて良いから、ケイト君はケイト君のいきたい道にいけばいいと思う」
「僕の……?」

すると高瀬蓮は徐に何かのチラシを取り出し、それを有沢さんに手渡した。
そのチラシは、華山バレエ団の新規団員入団オーディションの告知。

「これってバレエ団オーディションの…」
「そう。ケイト君、このチラシずっとみてたから…。本当はバレエダンサーになりたいって思ってきたんでしょ?
何もしないより絶対いいよ…僕は応援する!」

高瀬蓮はにこりと微笑んだ。
その愛しい笑顔に有沢さんは優しく微笑み返すのであった。
0356踊る名無しさん垢版2023/01/14(土) 08:54:33.24
華山バレエ団では、数年前に主要な男性ダンサーが次々退団してからは
深刻な男性ダンサー不足が続いていた。

かつては大スターだった上原を目指して
優れた男性バレエダンサーが集まった時代もあったが
国内バレエ団の勢力図は時代とともに少しずつ変化していき
今では公演数が多く条件の良い
S&Bバレエ団に技巧派の男性ダンサーが集中している。

多くのバレエ団のオーディションでは年齢制限24〜25歳まで。
明記されてなくても、若いダンサーか、
そうでなければ即戦力となるダンサーが求められている。

プロダンサーの生活は、過酷な肉体労働のわりには報酬は少ない。
30前後には次の人生を考える人も多いのだけれど、
素人男性がプロとしての経歴が欲しいのなら
男性不足の今の華山バレエ団は穴場かもしれない。
0357踊る名無しさん垢版2023/01/14(土) 16:11:09.98
華山バレエ入団オーディションは
バレエ団指定のエントリーシートに必要事項を記載しポーズ写真を郵送後、書類審査通過後、指定日に華山バレエ団スタジオにて実施するレッスンオーディション形式だ。
高瀬蓮の調べによると、華山バレエでは一定水準以上の技術と基礎力、その上で容姿の優れたものを重宝する傾向があるらしい。

有沢さんは早速エントリーシートを記入、それをバレエ団のオーディション事務局宛に送った。
返事はすぐに電話で返ってきて、日曜日にバレエ団レッスンに参加するようにと指示を受ける。
有沢さんの中学時代の経歴や、オーストラリアの地元バレエ団での活動、ベルベットで雪の国のソリストを踊ったことも評価されたようだ(尤も事故のため記憶を失っており高瀬蓮から伝え聞いた話だが)。
また何より華山で重視する容姿の美しさに有沢さんの外見は申し分なかった。

「ぁ…ありがとう御座います。よろしくお願いします!」

電話を切ったオーディション担当事務員は、久々の男性入団希望者に胸が躍った。
年齢は既に20代後半で一般的なカンパニーであれば募集対象に含まれないが、イギリスのイケメンバレエダンサー、ジェイムズ・ワイズウェルに瓜二つの容姿に向村バレエ学校の元天才バレエ男子しかも再開後も活動をしてきたのだ。

「これは掘り出し物だわ…!」
0358踊る名無しさん垢版2023/01/14(土) 17:11:48.62
正直、今から公務員という仕事を捨ててプロダンサーになるなんて、
永遠に親のすねかじりを決めたようなもの。夢見る夢子ちゃんだろ。
国内バレエ団員のお金事情はわかってるんだろうか。
早々に生活苦でやめるダンサーも大勢いるのに。

引退後も運よくバレエ団の運営に携われるよう
上手く立ち回れる統率力のあるタイプにも見えないし
発表会ゲストや講師バイトの客商売をこなすわけでもなさそうだ。
『プロ』という響き自体に執着するなら、止めはしないけど…。

ビデオを撮り編集してくれた黒崎の知り合いや
アドバイスをしてくれた上級クラスの先生からも
批判的な声がちらほら聞こえてくる。
さすがにこの歳になって、親の仕送りで生活できるから
と公言するのは、いい大人としては気がひけたが、
有沢さんのプロになりたいという決意は固かった。

「どんな悪条件だろうと、踊りたい心が勝る。挑戦したい」
そういう心を持った人がこの道を選ぶのだから。
0359踊る名無しさん垢版2023/01/14(土) 18:51:15.63
華山バレエ団のオーディションには女子は50人以上集まり、
その中から厳選され、わずか数名の採用だった。
一方、男子は受けた数名、全員合格。

有沢さんのように容姿が良く普通に一通りこなせる男子は一目で採用決定だ。
S&Bバレエ団の入団オーディションを落ちて飛び込みで受けた男性も
留学経験や入賞経験もある実力者だった。

ところが、中にはあまり踊れない男子も混ざっていた。
それでも高倍率の女子とは違い、最低限の容姿をクリアしている男子は
現段階で実力が伴わなくても研修生として採用された。

というのも、華山バレエ団の得意演目は、
『眠りの森の美女』『くるみ割り人形』等の華やかな全幕古典。
男性ダンサーが三役四役も掛け持ちしても
付属学校の少ない男子生徒を投入しても、
女性アンサンブル中心の場面が多くなってしまう。
このような作品を見栄えよく上演するには、多くの男性が必要なのだ。
0360踊る名無しさん垢版2023/01/15(日) 00:13:04.48
合格の通知が届いたとき、有沢さんは喜びでいっぱいであった。高瀬蓮はもちろん彼を祝福した。

「ケイト君、おめでとう! 僕はケイト君ならできるって信じてたんだ」
「蓮くんのおかげだよ。ありがとう、本当に…」

二人はお互いを抱きしめあった。

「けど、これからが大変だよね…」
「心配しないで。僕がずっとそばで応援してるから。…やっぱり黒崎はやめちゃうの?」

少し寂しそうに高瀬蓮がたずねると、有沢さんは頷いた。バレエ団員の規定として外部の教室に所属することは許されてはいない。

「でもオープンクラスなら…」
「そうか。ほかにもベルベットとかもあるもんね」
「それでも…思い出のたくさん詰まった黒崎を離れるのは寂しいかな……今日が黒崎最後のレッスンになるなんて」
「最後だし張り切っていこうか!」

そうして高瀬蓮と有沢さんはレッスン鞄をもって、同棲するアパートの部屋を後にした。黒崎バレエアカデミーへ向かうために。
0361踊る名無しさん垢版2023/01/15(日) 00:28:22.45
ルイスは恐る恐るデジレ王子にたずねた。

「あのぅ…デジレ王子。この国では俺たちの使う通貨って使えるんですかね…?」
「金貨や銀貨は世界共通じゃないのか?」
「さっき店でものを買おうとしたんですけど、これじゃダメって言われちゃいまして。俺達もしかしてのもしかしてなんですが一文無しだったりって……?」

一文無しになるという状況があまりにも現実離れしていたため、デジレ王子は思わず固まってしまった。

「デジレ王子。こうなったら働くしかありませんよ!」
「働く……!?」

そうしてルイスとデジレ王子は自分達を雇ってくれるところはないか探し回ったが、履歴書を準備しろと言われたり、住所がメルヒェン王国だなどとふざけていると怒られたり、就労ビザはあるのかなど二人にとって未知のものばかりであった。
そうしてようやく雇ってくれる店を見つけだしたが、如何にも胡散臭い新宿歌舞伎町の一画にあるホストクラブであった。
0362踊る名無しさん垢版2023/01/15(日) 01:12:45.34
「ねえねえ、知ってる?
以前初心者クラスで教えてくれてたナナ先生、
入団したイギリスのバレエ団で、年末のくるみ割り人形でクララを演じたそうよ」
いち早く事務所から噂を聞きつけた情報通のマダムたちが
アカデミーのロビーで話かけてきた。
「ええ、すごい!前からソリストの役をちょこちょこもらってるとは聞いてたけど」

有沢さんは子供のころからずっと、騒がしくわがままな女性たちが苦手だった。
しかし河合ナナはそんな女性とは全く違っていた。
包み込むような優しさにあふれ、たおやかで鷹揚、
それでいて明快な信念を持つ美しい人だった。

「バレエを好きでいられることが、バレエに一番必要な才能」
彼女はそう言っていた。

一度アメリカで挫折した後、再び舞台への情熱を取り戻し
英国の小さなバレエ団でダンサーとして再起を果たした彼女の
失望から立ち直る強さと、再び新天地に飛び込む勇気がどれほどのものだったか、
バレエ団に入ろうとしている今、有沢さんはあらためて感じ入った。
0363踊る名無しさん垢版2023/01/15(日) 21:30:37.87
「ひええ、このきらびやかな場所は何だい?
壁もテーブルもツルッツルのピッカピカ!」
歌舞伎町のホストクラブに足を踏み入れたルイスは驚いて声を上げた。

「このような異国の装飾様式は初めて見るが
同じようなシャンデリアなら城にもある。
おそらくこの国の王族や貴族たちが集まって語らう社交場なのだろう…」

デジレ王子がそう考えていると、
ベストに蝶ネクタイ姿の、ホストクラブのスタッフに声をかけられた。
「こんばんは?ホストとして入店希望ですか?」

「あなたは…
この屋敷の執事でしょうか?
我らは旅の者。少しばかり入り用のため仕事を探しております」

デジレ王子の美しい容姿と優雅な物腰に
「これは掘り出し物…!」
とスタッフは大いに期待した。
となりにいる男も少々野暮ったくはあるが、
なかなか愛嬌のある顔をしている。

「お二人とも、こちらで面接しましょう。もしよければ、
そのまま体験入店という形で働いていただけます」
0364踊る名無しさん垢版2023/01/16(月) 17:54:05.75
バレエ学校の生徒の教室掛け持ちを固く禁止している華山バレエ団では
ダンサーの仕事の範囲も制限されている。

S&Bバレエ団のように比較的新興のオープンな気風のバレエ団では
ダンサーたちは増え続ける大人向けオープンクラスや外部の講師をしたり
思い思いの場所に教室を開くこともできるし
各イベント参加や、ゲストとして踊るのもダンサーの自由だ。

しかし、老舗の華山バレエ団では
「せっかく華山で培った技術を外で安売りする裏切り行為」
とそのような仕事がタブー視されていた。

付属学校や関連教室以外で教えるのは禁止。
独立して教室を開くにしても、上層部の承認を必要なのはもちろん、
必ず、他の関連校と一定距離離れている立地でなくてはならない。
0365踊る名無しさん垢版2023/01/16(月) 17:56:31.74
ダンサーが舞台を去った後に、元華山バレエ団のキャリアを名乗るにしても、
年会費を払い続ける必要があったし、
バレエ団以外で踊るのにも、その都度、上層部へ報告承認が必要だった。

講師のニーズが最大限に高まっていた時期に
副業を制限された男性ダンサーたちが
次々離れていったのも無理はない。
バレエ団のパンフレットには20名ほどの男性ダンサーが掲載されているが、
半数は臨時に手伝いに来る元会員や学生で
メインキャストとして踊れるダンサーは少なかった。

華山バレエ団は、今、早急に男性ダンサーのテコ入れをする必要があったのだ。
0366踊る名無しさん垢版2023/01/17(火) 10:14:36.17
デジレ王子とルイスの面接を行うこととなったスタッフであったが、
デジレ王子に関しては自分がヨーロッパの小国メルヒェン王国の王太子で100歳を越えた妻といつの間にか生まれていた双子の娘がいるといったとんでもない話を聞かされて動揺したものの、
何十カ国語も堪能で、経済、政治、社会、宗教、文化にいたるまで高い教養を持っていることや、乗馬や宮廷舞踏、剣術が得意なことなど目を見張るものがあった。

(正直ちょっと抜けていて浮き世離れした天然君のイメージがあったが文武両道に才色兼備…。
まさか本当にヨーロッパの国の王子様がお忍びで…?)

ホストクラブに来る客にはいわゆるエリート層のマダムも多い。そうした客と対等に会話が出来るレベルでなければこの仕事は難しい。

「それでは次は貴方のお話をうかがいましょう」
「…あ! 俺か。 俺はメルヒェン王国のルイス。真っ昼間から仲間と俺特製の葡萄酒のんでお喋りする毎日だよ。
そしてなんといっても、村一大イベント、収穫祭の踊りの大トリはルイス様以外にいねえ! 俺が踊ると村娘たちは一瞬にして恋に落ちる! もちろん夜の方も凄いぜ…ニヤニヤ」

デジレ王子とはまた違った強い個性の持ち主だが、酒が強いところやムードメーカーな感じ、ホストクラブの仕事にも向いていそうだ。少々下品なところはあるが。
0367踊る名無しさん垢版2023/01/22(日) 09:03:59.82
大人バレエクラスから初のバレエ団入団者が誕生し、黒崎バレエアカデミーのホームページには有沢さんの華山バレエ団入団のニュースが掲載された。
大人バレエ界隈ではそれが噂になり、自分ももしかしたらと黒崎バレエの大人クラスに素人オジサン達が続々集まってきたのである。
0368踊る名無しさん垢版2023/01/24(火) 22:30:37.46
20代後半の大人の男性がバレエ団に入団。
それは宮間の耳にも入った。
子どもの頃に習い再開した人のようだが、それでも大人でありながらプロになった有沢さんの存在は宮間にとって希望となる。

宮間は思った。
大人まで入団を許してくれるのだから、きっと年齢だけで判断しないのだろう。
そう信じた彼は、体験レッスンであまり良い印象を抱かなかったにも関わらず、華山バレエ学校は良いところに違いないと自分に言い聞かせた。
しかしバレエ団とバレエ学校は違う。バレエ学校にずっといたとしても大人クラスの生徒にはガラスの天井があるのだ。
そうとも知らないまま、実質華山バレエ学校に騙されるような形で彼は入学を決意したのである。
0369踊る名無しさん垢版2023/01/24(火) 23:25:49.48
『初心者クラスからプロ』という言葉につられ
黒崎に集まってきた素人男性たちは目を輝かせて
元からいる生徒たちに聞いてきた。

「ここの初心者クラスからプロになった男性がいるんですよね!」
「ああ、有沢さん?
最初は黒眼鏡にジャージ着てて、なんだか冴えない人だったんだけどさー。
不思議なくらい急速に上手になっていったよね」

有沢さんが容姿端麗、中学生で全幕主役を務めたほどの経験があり、
ブランクの後再開してからはカリスマ教師の紗江子に目をつけられ
他の大人生徒とは比較にならないほど細かく指導されていた…
という背景は見事にスルーされていた。

「だったら俺たちだって、これからでもプロを目指せるよな〜!」
「がんばろ〜!」「おー!」
こうして素人男性たちはやる気をギンギンにみなぎらせるのだった。
0370踊る名無しさん垢版2023/01/24(火) 23:52:16.74
「最近、バレエコンクールもカラオケ大会化してるよね。
おっと、そんなこと言ったら怒られるか…」
地方赴任中の田中さんが通っている白王子バレエスタジオの
パパ先生は『プリンス・バレエコンクール』の話を聞いたとき
そう思ってしまった。

とはいえ、ゲストとして先生を招いている青芝バレエ団の主催。
公募のほか、青芝バレエ団とつきあいのある全国のバレエ学校や教室に
声をかけているらしい。
勿論、白王子バレエスタジオのボーイズにも。
0371踊る名無しさん垢版2023/01/25(水) 12:45:46.08
「パパ先生〜! 俺をプリンス・バレエコンクールに出させてくださ〜い!」

そんな矢先、白王子バレエスタジオで一番最初に参加を志望したのが田中さんであった。

「黒崎でくるみの王子でヴァリエーション出たことあるんで初めてじゃないですよ。
くるみの王子再挑戦させてください!」

やる気満々の輝く目を田中さんはパパ先生に向けていた。
0372踊る名無しさん垢版2023/01/28(土) 01:11:28.09
華山バレエ学校のエントランスには
若かりし頃の上原の写真が額縁に入れられ何枚も飾られていた。
華山バレエ団全盛期の正統派プリンシパルダンサー。その伝説のバレリーノが白黒写真の中で今も耽美に妖しく舞っている。
そんな美青年が、現在大人クラスを指導する、あの頑固で気難しい老人と同一人物であるとは到底思えないだろう。

上原は引退後、指導や公演作品の振付に徹することとなり、自分の後継者となれるようなダンサーを育てたいと密かに思い始めていた。
しかしそんな矢先、大人バレエクラス開設をきっかけに上原は生徒との年齢も近いからという理由でその指導担当を任され、その夢も封印するしか無くなったのだ。
0373踊る名無しさん垢版2023/01/28(土) 16:26:12.58
今回のバレエ団オーディションでは、華山のレパートリーである古典作品に相応しい容姿端麗のダンサー、技術の優れたダンサーも入ってきた。きっと舞台映えするに違いない。
上原はそうした若者が入団してくれたことを喜ばしいと思うと同時に、自分でもそんなバレエダンサーを育てたいとも思っているのだ。
今の自分には全幕の主役を踊れるスタミナや柔軟性も、観客を魅了する美しい容姿も、しなやかで締まった魅惑的で強靭な肉体もない。上原は若い頃の自分を再び別の誰かを通して蘇らせたかった。
それは華山バレエ団全盛期を復活させたい思いに等しい。

女性講師が担当の大人バレエクラスに宮間の姿をとらえた上原は内心安堵した。
上原が自身の後継者候補に選んだのが宮間であったからだ。目を付けた若者は体験レッスンを受けて以降一度も華山には来ることはない。けれど彼は入学をしたのだ。
0374踊る名無しさん垢版2023/01/30(月) 23:40:57.25
華山の大人クラスの生徒高野律子も宮間がいることに内心驚いていた。上原先生のクラスに来た若い男子は二度と来ないのがいつものこと。宮間も例外ではないと思っていたのだ。

「あの男の子…入学してくれたんだ」

あまり上手じゃない中高年大人生徒に囲まれてやるよりも、バレエが上手くて王子様のような美形バレエ男子と一緒のクラスで踊る方が張り合いがあるというもの。
そんな高野のような生徒がいる一方で、多くの大人クラス生徒や講師は少々宮間の大人クラス入学を煙たがっていた。

「…あの子、ここ入ってきたわけ?」
「なんか場違いよね…。
別の教室行くなりジュニアクラスに移るかして欲しいわ。大人クラスのこの緩い感じがいいのに。上原先生のクラス行くのやめようかしら」
「目指してるところがそもそも違うって感じよね。何をどう間違ってこのクラスにきたのかしら」

と大人女性生徒たち。

「おばさんクラスのいいところは、簡単なことさえ教えればやっていけたところなのに
あんなガチっぽい生徒、扱いに困るわ〜。最初はその気にさせとけばお金払ってくれそうって思ってたけど撤回撤回…」

と大人クラス担当バレエ講師。

大人クラス唯一の男性である田村さんは男子が入ってきてくれたことは嬉しかったが、発表会で自分のポジションが奪われるのではないかと複雑な気持ちだ。
0375踊る名無しさん垢版2023/02/01(水) 23:42:07.18
田村さんは現在66歳。
メタボリックを診断され医師からは生活習慣の見直しをするよう指摘を受け、何か運動をしなければとはじめたのがバレエであった。
もともと演劇やミュージカルに興味があり、大舞台を使い幕もの作品を踊れて芝居までできるバレエには近いものを感じたのだろう。
田村さんは発表会を機に、バレエの世界にのめり込んだ。

そして10年以上を経た。

今年も発表会のリハーサルがはじまる時期が近付いた。田村さんは内心ワクワクしていた。

「今年は何をやるんだろうな〜」

大人バレエクラス唯一の男性であった田村さんは、発表会では目立つ役を貰えバレエは出来ないがそのキャラクター性を活かして活躍していた。
時には支部教室の発表会に賛助で呼ばれることもある。既に定年退職をした田村さんにとって華山バレエ学校の大人クラスは第二の人生の場所でもあった。
0376踊る名無しさん垢版2023/02/01(水) 23:55:04.37
そして、田村さんの待ちに待った今年の大人クラスの作品が発表された。

「今回の発表会ですが、演目は『花咲爺さん』です!」

講師たちが自ら振付、選曲をし発表会を行うのは華山バレエ学校では珍しくない。
大人クラス担当の女性講師は日本昔話を題材にしたバレエ作品を創るのが好きで、昨年度は『したきり雀』であった。

「主役のおじいさん役は、田村さんにやっていただきます! 今年も名演技期待していますね!」
「ありがとうございます。頑張ります!」

田村さん似合いそうじゃない!
他の女性生徒たちも口々にそう言った。

「次にポチ役ですが、宮間くんにやってもらいます。全身白タイツで四つん這いになってもらうので楽しみにしてくださいね!」

そのとき周りがざわめいた。
0377踊る名無しさん垢版2023/02/05(日) 01:20:24.79
「大人の男性にポチをやらせるなんて…」
「それに、流石に過去に小役の女の子がやったときは全身白タイツではなかったわよ?
白いフリフリスカートで可愛かったわ」
「全身白タイツなんて、お尻も股間の膨らみも丸見えだわ…!いやーん!」

マダム達はひそひそと話し始めていたが、
宮間は配役をきいて呆然とした。全身白タイツ…四つん這い…?
いったい何がなんだか分からなかった。

宮間は所属していた地元教室では、素人男性でありながら一所懸命な態度と古典に相応しい外見の美しさでとても大事にされた。
発表会でも、一番彼の良さを引き立てる正統派の役柄をあてがわれ、まるで「お教室の王子様」であった。
0378踊る名無しさん垢版2023/02/05(日) 11:57:52.12
学生時代は背のひょろっと高いやせっぽち中村君だったが、爽やか鈴木君や熱心な田中君になんとなく引っ張られてバレエレッスンを欠かさず続けていたのだ
あるとき社会人S.C.D.のパーティーで久しぶりに会った学生時代の女友達から「見違えるように素敵になったわねぇ」と言われたのだった
姿勢が良くなったの?なんか感じが違うといわれ、照れ隠しに「お腹周りに貫禄ついたから?」と返したが
確かに肩幅が出て上半身がしっかりして上着にキルトにスポーラン、ハイソックス、ギリーというスコットランド伝統の服装でも違和感がやや減った気がした
0379踊る名無しさん垢版2023/02/09(木) 21:56:22.67
「お教室の王子様」は、
ここ華山バレエ学校大人クラスでは哀れな道化役である。担当女性講師の悪意もあるだろう。

宮間にとって
クラシックバレエとは優雅でハイソで貴族的な華やかな世界だ。こんなお笑い番組のようなことは信じられなかった。

「そもそも四つん這いなんて、絶対バレエじゃない……!」

宮間は無性に発表会出演がイヤになってしまっていた。誰が好んで大舞台で全身白タイツ姿を不特定多数に晒せるというのか。
0380踊る名無しさん垢版2023/02/13(月) 22:25:40.16
歌舞伎町では、麗奈が働くビアンバーでイベントが催されていた。女性であれば誰でも歓迎、男性は同性愛カップルであれば参加が可能だ。

麗奈に誘われてやってきた百合は慣れない雰囲気に少々戸惑いつつも、麗奈の姿を見つけて安堵した。

「麗奈ちゃん!」
「百合ちゃん、来てくれたんだ! ありがとう」

グラスをふく麗奈の目の前、カウンター席には二人の男性がおり、どうやら雰囲気からして百合がくる前に彼等と麗奈はお喋りをしていたようだ。

「このお客さん達もバレエやってるんだって。バレエ談義で盛り上がってたところよ!」

二人の男性客は、高瀬蓮と有沢啓徒であった。

「はじめまして」

二人が百合に挨拶すると、百合は有沢さんを見て驚き、思わず「ジェイムズさん…?」と訊ねた。なんせ有沢さんは自分のお得意様であったジェイムズに似ているからだ。
0381踊る名無しさん垢版2023/02/13(月) 22:28:27.64
「ジェイムズさんは姉の夫なんです。ワイズウェル家が有沢家と遠い親戚らしくて…それで似てるのかな?って…」
「そ、そうだったのですね…失礼しました。あの、ジェイムズさんは元気にしていらっしゃいますか?」

百合はジェイムズとの日々を懐かしみながら、有沢さんに訊ねた。

「滅多に連絡は取らないのでなんとも。
家族と関わるとお互いに厄介というか…。ジェイムズさんは悪い人じゃないけど、僕は姉が本当に苦手で…今もイギリスにいると思う。
ただどうしているかまでは知らないです」
「そうですか…」

少し残念だなと思いつつ、
有沢さんに配慮してそれ以上彼の家族の話題は避けることにした。

「啓徒くんは最近華山バレエ団に入団したんですって! しかも大人でプロになったバレエダンサーってバレエ界隈では話題になってるの」
「大人で!? プロのバレエダンサーって子どもからやってる人しかなれないと思っていたんで驚きです…!」

百合は目を輝かせた。
自分も今から頑張ってバレリーナになれるかしら?と。
ジェイムズのいる世界に少しでも近付いてみたい。舞台の上で美しいプリンセスになってジェイムズと踊ってみたいという憧れが百合に芽生えた。
0382踊る名無しさん垢版2023/02/22(水) 00:33:06.69
田中さんはプリンスバレエコンクールの為に白王子スタジオのヴァリエーションクラスに参加していた。
ヴァリエーションクラスは毎週日曜日の特別クラス終了後にあり、そこにはコンクール生やヴァリエーション大会に参加する子どもたちが沢山いた。
その中で大人は田中さん一人だけだ。

「パパ先生、よろしくお願いします!」

田中さんの踊る曲は『ジゼル』のアルブレヒトのヴァリエーションだ。
最初はくるみ割り人形の王子に挑戦したかった田中さんであったが、パパ先生と自分の課題も吟味しつつ相談し決めたのがこの曲である。
0383踊る名無しさん垢版2023/03/03(金) 21:38:54.71
私は素人バレエおじさんコレクター。

数多くのオープンバレエスタジオへいっては、素人バレエおじさん達を観察するのが趣味だ。
そしてコレが私が出会ったおじさん達を記録したノート、素人バレエおじさん観察帳である。

皆さんには、私のコレクションを紹介していきたいと思う。
0384踊る名無しさん垢版2023/03/04(土) 10:24:35.98
私は知り合いのいる老舗バレエ学校の発表会に招待され、市営の大ホールに向かった。
数多くの生徒数を誇る老舗だけあって、発表会の規模も違う。観客もかなりの数だ。

知り合いは大人の女性で、子どもの頃憧れて習えなかったが現在は主婦をしながらバレエを習っている、大人バレエの典型的なタイプだ。

「大人バレエでもこんな大舞台で踊れるなんて凄いな。それにヴァリエーションまで」

一昔前は大人バレエクラス自体そもそも無かったり、出せるレベルでないからとヴァリエーションなんてとんでもないという感じであったが、今はそういうわけでもないらしい。

私は大人バレエのヴァリエーションというのがどういうものか少し楽しみにしつつ客席についた。
0385踊る名無しさん垢版2023/03/08(水) 07:27:43.06
これでもか!ってくらい場所や生徒の名前が沢山
コロコロし過ぎじゃない?
無理して話展開させなくても
死んだ人が生きてたり話が繋がらず滅茶苦茶でちょっと
0386踊る名無しさん垢版2023/03/08(水) 13:04:19.88
>>384

プロのバレエの舞台は何度か観たことがある。
けれど素人の踊りというのも逆にハラハラさせたり、自己投影して応援したくなったりとプロの舞台では味わえない面白さがある。

まあプロの踊りに見慣れている自分にとって、バレエのような何かであったが、とはいってもさほど酷いというものもない。
初心者であればこんなものか、と思える程度だ。

だが彼の登場によって、
ホール中が唖然となった。

幕から登場した少々小太りでがに股のおじさんが、ヨタヨタという足取りで板付きに現れたのである。
0387踊る名無しさん垢版2023/03/08(水) 13:17:42.54
ホール中が…というのは少々オーバーな表現であったかもしれない。
だが私は彼が現れた途端、一瞬にして周りの空気が変わったような錯覚を覚えたのだ。

田村さんというそのおじさんは、
『白鳥の湖』のジークフリード王子のヴァリエーションを踊るようだが、
太い脚を覆う白タイツが妙に生々しかった。
私は思わず唾を飲んだ。

動きが全くクラシックバレエでもない。かといって何か別ジャンルのダンスでもない。
ただクラシックの軽快なメロディーから外れた動作で「動いている」のである。
0388踊る名無しさん垢版2023/03/08(水) 21:26:09.72
決してうまいとは言えないのだが、私は田村さんの踊りに見入ってしまった。
逆にあまりの壊滅的な踊りが、私の感性を刺激したともいうべきか?

私が素人おじさんコレクターとなったきっかけを作ったおじさん…。
そのおじさんこそが田村さんである。
0389踊る名無しさん垢版2023/03/08(水) 21:34:14.74
「で、大人クラスのヴァリエーション参加がNGなのは、何も昔からとかそういうんじゃないのよね〜」

華山バレエの大人クラスでは、噂好きのマダムたちでかたまって今日も楽しくお喋りをしていた。

「これは噂だけどさ。田村さんの踊りがあまりに酷いって、上原先生と校長が激怒したらしいの…。
プロを目指すジュニアの親御さん達も、あんなのをみせたら下手が移るとかなんとか…」
「だけどさ、何も田村さんの踊りが酷いからって大人クラス全員巻き添えなんて酷いはなしよね!」
「本当にそうよ! 私だってオーロラ姫踊りたかったのに!」

自分のことは棚に上げるのは毎度のことである。
0390踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 10:24:52.13
本当は上原先生も校長も、大人のバレエという見苦しいのにソロの舞台出演を許される立場をあまりよく思ってはいなかった。
子どもならば、ヴァリエーションはある程度の基礎が出来た者のみが許されるが、大人はそうではない。
だが子どものバレエとは違いプロを目指すわけでもないことや、あくまでもお金を落としてくれるお客様という立場である故、不満でも黙っておくしか出来なかったのだ。

それが田村さんの踊りがあまりにも評判が悪かったので、それを口実に大人バレエクラスのヴァリエーション出場は全面禁止となったらしい。
0391踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 15:54:34.50
そのころオオツマ家具社内では、経営陣である兄弟の間で修復しがたい決裂が起き、
大手電機量販店の『シマダ』に吸収されることになった。

黒崎バレエアカデミーに所属していた元プロダンサーであり社長のオオツマ氏は
数字度外視で、おしゃれな事業を展開するのを好んだ。
しかし実際には現場にいることも少なく、大きなビジネスを遂行するのに必要な
計画性もコミットメントが欠如していたため
徐々に社内での不評を招くこととなる。
とりわけ、経理を統括し、綿密な事業計画を大事にする兄とは
常に意見が衝突していたのである。

社長職をあっさりと退いたオオツマ氏は、多くの財産を受け取り
若い妻と二人の子供とともにドイツに暮らしている。
0392踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 15:55:13.44
「華山バレエ学校ねえ…」
黒崎バレエアカデミーの講師陣は事務所で噂しあっていた。
毎年、黒崎バレエアカデミーには華山バレエ学校から発表会チケットとパンフレットが送られてくる。
数十年来の義理で、ロビーに飾る豪華なスタンド花を贈り、
黒崎のスタッフが数人で観に行くのである。

華山バレエ学校と黒崎バレエアカデミーは、かつては東京で勢威をきそった二名門。
名実ともにいずれ劣らぬ老舗バレエ学校としての地位を築いてきた。
それも、今となっては昔話となりつつある。

黒崎バレエアカデミーが、ワガノワメソッドを採用してロシアやヨーロッパから講師を招聘しつつ
海外経験豊富な若い講師を採用し、ジュニア育成強化をしてきたのに対し、
華山バレエ団のほうは独自のメソッドや運営方針を貫いてきた。

他の教室との掛け持ち禁止、バレたら破門、
という囲い込みの厳しい華山の運営方針は時代にそぐわないものになっていたし、
20年前はスターとしてもてはやされていた上原のパワハラ気質な性格や、
所属ダンサーの他所への客演、指導、独立には審査承認が必要といった拘束は
徐々に男性ダンサー離れを引き起こした。
0393踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 15:56:15.68
「80年代、90年代前半までは華山が押しも押されぬ国内トップのバレエ団だった。
公演数も断トツに多かったし…。
だけど、年々劣化が止まらないのは見るに忍びないわ」
「学校の発表会の演目が『花咲じいさん』ですってよ?!生徒も可哀そうに…」
「演出も振付も古臭いっていうか、オリジナルに固執しすぎて。
いまだに華山バレエのブランド力を信奉しちゃっている古いバレエファンは多いけどね」

「あら、でも桜のシーンの女性群舞は完璧にそろってて見事だったわよ?」
「ああ、あれねー」
講師たちは顔を見合わせた。華山バレエ学校の女性群舞。目に浮かぶようである。
「張り付いたような笑顔や、クセ強めの首の角度まで一緒でしょ?
あそこ女性は華山出身者ばかり。外部との交流も少ないし、みんな同じ踊り方なのよ」
0394踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 16:07:31.05
「時代は変わったのよ。
今の国内のバレエ団は新興のS&Bバレエ団かCバレエ団の二強ね。
どちらもディレクターは海外でのバレエ団経験長いし
留学経験のあるダンサーがこぞって入ってるわ」

「有沢くんも、華山になじめればいいけどねえ。
あの子、ちょっと心身ともにスタミナ不足に見えたから…」

紗江子有沢さんの姿を思い出した。
まっすぐ伸びた美しい背中や脚。どんな動きでも自然にこなすコーディネーションの精度。
10代のころによほど良い訓練を受けていたのだろう。
黒崎に入ると数か月でみるみる上達していった。

ただ、高瀬蓮のように、粗削りながら「何がなんでも物にする」という
ダンサーらしいほとばしるような情熱は感じられなかった。
ふっとどこかへ消えていきそうな影の薄さが気になっていた。
0395踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 16:40:39.70
『プリンス・バレエ・コンクール』は地方の青芝バレエ団主催で開催される。
コンクールと言っても、話題作りと出演者集めのための
ババ先生曰く「カラオケ大会的な」イベントである。

「練習会だと思って気楽にね!」
白王子バレエスタジオのパパ先生がボーイズに声をかける。
「先生、やっぱりコンクールはイケメンのほうが有利なんでしょうか?」
田中さんはワクワクした表情で聞いてくる。
愛嬌のある顔の田中さん、そこそこ舞台メイク映えはする自負があるのだ。
0396踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 16:47:04.25
「えーっと、顔もいいほうがいいけどね」
パパ先生は苦笑いする。

「コンクールの審査は、テクニック、容姿、音楽性、将来性など細かく項目に分かれてるんだ。
審査員は一般の観客と違って、基本、脚を重点的に見てるよね。
特に重視されるのは、ターンアウト、ポジション、ひざ、つまさき…」

「げげっ!」
ターンアウトに、ひざ、つまさき…だと?
それは…俺が一番苦労していることじゃないか。

みんな幼少からバレエに慣れすぎていて、肝心なことを忘れているのだ。
ひざを伸ばすことより、ポジションに入れることより、
舞台にはもっと大事なことがあるってことを!

王子様なりきり度とか…!
高貴な魂と愛のきらめきとか…!!!
観客の心を射抜く目力とか…!!!

「ど、どうしたの田中さん、その目…」
「審査員にアピールするための目力を出しているんです!」
「そ、そうか。Mr.ビーンの真似かと思ったよ…」
白王子ボーイズたちのコンクール練習は順調に進んでいた。
0397踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 20:40:44.58
田中さんがコンクールで踊るのは、アルブレヒトのヴァリエーション。
正面のシャンジュマンから入るくるみの王子の踊りは、
5番プリエでポジションのまずさや、曲がった脚のラインが目立つ。

ダイアゴナルに舞台を横切る振付のアルブレヒトのほうが
得意?のドラマチックな表現もしやすいし、テクニックのまずさをカバーできるのではないか。
パパ先生がそう言って提案した曲の一つだ。

「アルブレヒト…これは今までにない難役だぞ。
いつだってハッピーな王子様な俺が
こんなメランコリックな役どころに挑戦する日が来ようとは」
そして、田中さんは考えた。
0398踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 20:41:00.95
純粋なジゼルの心をもてあそぶなどと
ピュアなジェントルマンの俺がするわけがない。
さらに、女性を裏切り呵責の念に苛まれる。
そんなヘビーな恋愛経験は一度もない。

いや、まて。
記憶をさかのぼってみれば。
俺は数年前に恋をしていた。
あれは、バレエを始める前だ。

めぐり逢えたね
待っていた運命の人に
広い世界で一人だけ
大切なあなた

俺は、結婚雑誌『ドゥーエ』を熟読し、結婚式までの綿密なシミュレーションを行い、
デパートでダブルベッドやパジャマ、食器やタオル等の買い物リストを作り
毎日、微笑みながら(ニタニタしながら)
彼女との新生活を思い描いていたのだ。
0399踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 20:41:29.15
ある日、俺は重要なことに気が付いてしまった。
まだ彼女に、告白もしてなかったことを!

そして、意を決して彼女を呼び出し、照れながら(デレデレしながら)告げた。
君がとても好きなんだ。今日にでも明日にでも結婚しようと。
なのに…
「もっと男らしい人が好き」と…
あっさり振られてしまった…。
緊張のあまり、ろくに話したこともない女性に
いきなりプロポーズするのはまずかったかもしれない。
俺の脳内ではすでに結婚間近の婚約者だったのだ。

夢を見ていたのだ。
望みは高く、生きる喜びに満ち溢れ、
愛は報われるのだと。
神に祝福されたもうと。
0400踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 20:42:35.93
おろかな幻だ。
俺は死にはしなかったが
やぶれかぶれな気分で「男らしく」なるために空手を習ってみた。
まったく物にならなかった。
そればかりか屈強な男の世界が苦手になった。

空手道場を去り、そのとき見かけたのが、
軽やかに笑いさざめくバレエ少女たちだった。
「ん? 俺、格闘技よりは、そっち側の人間じゃね?」
そう思ったのが、バレエを始めたきっかけだ。

アルブレヒトは、本当にジゼルに恋をしていたかもしれない。
ただ身分が違っただけで。
貴族の娘と結婚する自分の立場を放棄できなかっただけで。
あの時の失恋の痛みをもってすれば
俺も憂えるアルブレヒトを踊れるかもしれない。
0401踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 20:44:34.67
「田中さん?どうされました? 今日は珍しく元気ないですね」
会社では、隣の席の同僚の男性が話しかけてきた。

「すみません…愛する人を失ったときのことを、思い出してしまって…
すいぶん前のことなのに…」
田中さんは苦悩の表情を浮かべた。

「でも、俺にはどうすることもできませんでした…」
ジゼルを失い悔やんでも悔やみきれないアルブレヒトのように、
田中さんは眉をひそめて遠くを見つめた。
0402踊る名無しさん垢版2023/03/11(土) 20:45:43.83
「それは…お気の毒でしたね。時が解決してくれますよ…」
同僚は心から同情してくれた。
「僕も、飼っていたインコのピーちゃんが亡くなったあとは
しばらく立ち直れませんでした…」
「そうなんですか…ピーちゃん、可愛いかったでしょうね…」
「ええ、どうして、もっと早く病院に連れて行ってあげなかったんだろうか。
もっと大事にしてあげなかったんだろうかと…」

同情はポロポロと涙をこぼし始めた。
「僕は、ピーちゃんを救えなかった。ピーちゃんは俺だけが頼りだったのに…!!!」
「泣かないでください。俺まで泣いてしまいますから…!」

「あそこ、何やってんの?」
「さあ? 悲しい過去を慰め合ってるみたい」
会社の女性たちは泣いてる男性二人を冷めた目で見守っていた。
0403踊る名無しさん垢版2023/03/12(日) 10:31:07.21
華山バレエ事務所内では大人バレエクラスに新しく入った宮間の話題もあがっていた。

「発表会お疲れ様です」
「お疲れ様でした! 裏方は大変でしたね…」
「本当にそれ。
新しく入ったイケメン君、宮間君だっけ。ポチの役なんて気の毒だったわね」
「まさかあの美青年にポチを踊らせるなんて、もっといい使いどころあったでしょうに」
「どうも担当の先生が宮間君のことあまり好きじゃないみたい」

事務員たちは苦笑いを浮かべた。
大人バレエクラス担当講師は大のイケメン嫌いだ。噂ではイケメンな男にいい思い出が無いらしい。

「彼女の元カレもハンサムな男性だったし、まあどういう事情か察しはつくけど…」
「さすがに酷いわ。あの子には罪無いのに。
若い頃の上原先生を彷彿とさせるストイックな子に思えたわ。上手に育てればみるみる上達するはずよ」
「プライドが高そうなところもちょっと似てるかも…」

一同は頷いた。
0404踊る名無しさん垢版2023/03/12(日) 22:53:04.16
田中さんには、インコのピーちゃんの死を嘆く同僚の姿と
墓の前で嘆くアルブレヒトの姿が重なって見えた。

愛する者を失うことは、
ただ悲しい、寂しいだけじゃないのだ。
無力感や後悔、自責の念のかられ、
自分の生き方やこの世での立ち位置まで揺らいでしまう。

「おお〜!すごく切ない表情になってきたね、田中さん」
白王子スタジオで田中さんは、パパ先生も驚きの深い表現を見せていた。
「そういう表現ができるのは、田中さん、さすが大人だねえ」
パパ先生の言葉に小中学生ボーイズもうんうんとうなずいている。
0405踊る名無しさん垢版2023/03/12(日) 22:53:48.30
やはり! 俺は!
生まれながらのダンサーなのだ!
お子様ダンサーにはない演技力があり、色気があふれてしまう!
コンクールの審査員たちも俺に惚れてしまうだろう!

もしかして、コンクール優勝しちゃうかも?!
優勝しなくても、2位か3位くらいに入っちゃうかも?!
と、田中さんはコンクール入賞の自信を深めていった。

「で、肝心の踊りだけどね、
カプリオール降りたらエファッセの軸足が完全にタテになってるよ。
気持ち正面気味に開いてもいいかな。
いや、それだと腰が開きすぎだなので、膝を開いてね」

こんなにも踊る心がある人が、骨格ゆえに基本的な技術が伴わないとは、
バレエとはつくづく残酷なもんだ、
と思いながら、パパ先生はそれを口にするのはやめておいた。
0406踊る名無しさん垢版2023/03/12(日) 22:54:08.89
あれは17年ほど前、有沢さんがまだ小学生のころ、
初めて華山バレエ団の公演に連れていってもらったときのこと。

まだ海外へ行くダンサーも少なかった80年代、
国内のバレエ少年少女の憧れと言えば、華山バレエ団だった。

「今のうちに、上原京志郎(うえはら・きょうしろう)の踊りを観ておいたほうがいい」
所属していた向村バレエ学校のマミー先生がそう言って、希望者を募った。

どんなカリスマダンサーも、ピークの輝きはそう長くはない。
子供たちにこの時代の最高のものを見せておきたい。
そう思ったのだ。

そして有沢さんは、マミー先生の引率で他の小学生生徒と一緒に
遠足気分で電車に乗って、上野まで華山バレエ団の公演を観に行った。
0407踊る名無しさん垢版2023/03/12(日) 22:55:53.06
上原京志郎は、本名ではない。
本名は、上原巌(うえはら・いわお)といういかめしい名だ。
当時流行っていた時代劇の『眠狂四郎』から取って
団長が付けた芸名だ。

『日本バレエ界史上最高の美青年』
『観た者はたちどころに恋に落ちる』
そんな煽り文句とともに
上原は華山バレエ団の顔として大々的に売り出され、
そのころの華山バレエ団は黄金期を迎えていた。

小学生の有沢さんは上原の舞台に衝撃を覚えた。
「あの人のまわりの空気だけが、柔らかく輝いて見える」
「あの人が微笑むと会場中が幸せになり、あの人が嘆くと会場中の心が痛む」
出演者と観客の境界線が溶けて、物語の世界に同化していく。
そんな経験はあとにも先にも、あの舞台だけだ。

それは本当に神に愛されたダンサーが
限られた時期に舞台で放つことのできる
圧倒的な生命の輝きだった。
0408踊る名無しさん垢版2023/03/12(日) 22:57:10.02
有沢さんは初めて華山バレエ団の朝のバレエ団のクラスに参加した。
女性の数が多くて、男性は二人の先輩以外は
今回入ったばかりの数名だけ。
ほとんどの男性メンバーは公演の前にだけ来るらしい。

有沢さんたち新入りがキョロキョロしていると、
先輩の男性の一人がバーの位置を指定してくれた。
「他の男性たちが来るときにはなんとなくこの辺り、窓際についてることが多いよ。
あっちの鏡の前は、固定メンバーが決まってるから、真ん中のほうに入るならここ」

厳密には決まってはないが、なんとなく決まっているのがバレエ団のバーの位置。
この見えないルールの見極めは新入りには難しいのである。
0409踊る名無しさん垢版2023/03/12(日) 23:01:42.04
いったんレッスンが始まれば、バレエクラスの進行は同じだ。
新入りのメンバーたちは、他のダンサーたちの強い視線を感じていた。

いい男の子が入ってきたんじゃない? あの二人…
うーん、彼は、もう少し、筋力がつけばいい役がつくわね…
何人かは趣味レベル、男子不足だからあれで入っちゃうのよね…
いつまでもつのかしら。合わなくてわりとすぐにやめる子多いよね…

あからさまな態度には出ないようにしているが、
団員達はみな新しいメンバーの品定めをしていた。
有沢さんは特に、皆の注目を集めていた。
0410踊る名無しさん垢版2023/03/13(月) 12:23:52.92
発表会は無事終えることができた。
ポチの役なんてどうなるかと思っていたが、なかなか新鮮で楽しかったかもしれないと宮間は感じた。

舞台が年に二回ある華山バレエでは、もうすぐに次の演目が決められるため内心ウキウキしていた宮間。だが…

「え? 振付担当が上原先生……。
あんなおっかない人とはもう関わりたくなかったのにな…」

宮間はどんよりとした顔で、掲示板に貼られたプリントを眺めた。

夏の発表会では小品集とヴァリエーション、GPDDが行われるが、ここ華山バレエでは大人バレエクラスは小品集のみだ。
更に人数の関係から幾つかのグループに分けられ、それぞれ振付担当も違う。

「で、演目は……」

「『レ・シルフィード』より夜想曲」
一度だけ映像でみたことがある。ロマンティックチュチュのシルフィード達と共に詩人の青年が踊る幻想的で優雅な、ショパンの繊細で美しいメロディーが織りなす作品である。
0411踊る名無しさん垢版2023/03/15(水) 20:45:14.89
大人バレエクラスのマダム達もプリントに目を通すと、

「あら、レシルなんて素敵ね! 一度踊ってみたかったのよ!」
「上原先生はこういう優雅な曲を好むから。宮間くんもきっとこういうの似合うわね」

突然横にきたマダムにそう言われて、「あ、はい」と生返事をする。

発表会を共に経験したからなのか、今まで距離のあった彼女達とも幾ばくか打ち解けたようだ。
0412踊る名無しさん垢版2023/03/19(日) 12:49:11.06
百合は一人アイルランドに訪れた。
ジェイムズ・ワイズウェルにそっくりな有沢さんに出会ってから、ジェイムズとの日々を思い出し彼のことが忘れられなくなっていた。

「……」

ジェイムズが主役として踊る舞台を観に、遥々日本から慣れない海外へと飛び出した百合。
英語もよく分からなかったがなんとか劇場までたどり着くことができた。
劇場には大きなポスターが貼られ『Cinderella』とタイトルが確認できた。

シンデレラ…日本でも有名なおとぎ話。
ポスターの中では巨大な時計を背景に、まるで妖精のような外見のプリマが白のチュチュを纏って背中を向けている。

「綺麗な人… 本当にお姫様みたい…」

羨望の眼差しを向けたのは彼女の美貌だけが理由ではなかった。
自分もバレエを上手に踊れたら、お姫様になってジェイムズとパ・ド・ドゥを踊りたかったという気持ちがあったからだろう。

「あなたの近くまで行けたのに、なんだかまた遠くなってしまった気分」
0413踊る名無しさん垢版2023/03/21(火) 07:23:47.68
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0414踊る名無しさん垢版2023/03/23(木) 19:17:52.46
「うぅ〜 緊張するな〜」

田中さんはプリンス・バレエコンクール予選当日を迎え、人生初のコンクールということもあり舞台袖でどんよりとした顔をしていた。

「バレエボーイズ達… みんな跳ぶし回るし凄すぎる…」

流石の田中さんも、ライバルのバレエ男子達の実力を前にすると自信を失うのだ。
だが中には大人からバレエをはじめたらしい素人おじさん達の姿もチラホラ。田中さんの目から見ても上手くないおじさん達であったが、これなら俺も頑張れるかも…という気持ちにさせてもらえた。
0415踊る名無しさん垢版2023/04/01(土) 09:35:51.89
歌舞伎町のホストクラブで働くこととなったデジレ王子とルイスは、初のお給料を手に入れて喜びが溢れ出した。
マネージャーの好意で近くのマンションの一室を貸してもらった二人は同棲生活を余儀なくされたが、案外その新生活にも慣れてきたところである。

「これで黒崎バレエアカデミーでバレエを習える!」

二人はお給料の入った袋を握りしめ、早速黒崎バレエアカデミーへと向かうのであった。
0416踊る名無しさん垢版2023/04/03(月) 19:57:56.78
「バレエ批評家なんて、踊れもしないのに勝手なこと書くよなあー」

華山バレエ団の現役プリンシパル、茶畑浩二(ちゃばた・こうじ)は
忌々し気に『タンツ・マガチネ』のページをめくった。

『女性ダンサーたちは粒ぞろいでコールドの質は折り紙付きの華山バレエ団だが、
男性ダンサーの覇気が感じられない』
『上原京志郎が活躍した頃のかつての輝きをもう一度観たいものだ』
ああ、まただ。
こいつの書く華山バレエ団の批評はいつも同じだ。
0417踊る名無しさん垢版2023/04/03(月) 19:59:03.94
噂で耳にした。
この中年女性がバレエにはまったきっかけは、二十年前の上原の全盛期の舞台。
以来、年間五十回は国内外でバレエの舞台を観まくっているという。
華山バレエの公演を書くときには、いつも
「上原氏の全盛期と比べると全然物足りない」と言いたげだ。

もっとも本人のバレエ経験は小学校のときに少し、
大人になってからカルチャーセンターの初心者クラスに行ってみた程度だと言う。
オムレツ一つまともに作れなかった人が、フランス料理の専門家のごとく語るようなもんだよな。

批評とか言わずに
※あくまで、いちバレエ鑑賞マニアの感想です。
と注釈でもつければまだ許せるものを。
0418踊る名無しさん垢版2023/04/03(月) 20:00:18.55
『バレエ鑑賞に膨大なお金と時間を費やしてきたのだから、
踊れなくてもバレエ専門家』
そんな屁理屈、俺にしてみれば受け入れがたいほど傲慢だ。

お客様は、いったい何様なんだよ。
「お客様は神様」とは、そういう意味じゃない。
パフォーマンスする人が舞台に上がるときに
神に向かうような敬虔な気持ちでいる、という戒め。
その言葉を発した歌手の元の真意はそうだった。

ダンサーとして幼少から訓練を重ね
バレエに身体と心を捧げた人生の先に待つものが
素人おばさんの上から目線の批評とは。
なんてひどい世界だ。
0419踊る名無しさん垢版2023/04/03(月) 20:02:32.10
華山バレエ団はずっと上原の後継者を求め続けていた。
華やかな舞台の裏の現実は、
全幕リハーサルの無駄に長い拘束時間に
低待遇の生活苦、
毎朝、身体の痛みで一日が始まり、日は暮れていく。

今まで大スターの絶頂期と比べられるプレッシャーに耐えかねてか、
次期プリンシパルと期待された男性ダンサーは次々に逃げていった。

そして誰もいなくなった。

結局、残ったのが俺だ。
自分は大したダンサーではない。
自分でもわかっている。
最近の海外帰りのダンサーに比べるとスタイルも良くない。技術もほどほどだ。
40近くまでこのバレエ団で踊る体力はあった。
実家のバックアップも強かった。
0420踊る名無しさん垢版2023/04/03(月) 20:04:39.24
母親は華山バレエ団の元ダンサー、上原の先輩だった。
そのためか、他の人には厳しく指導して若手男性を潰していく上原が
俺にはそれほど辛くは当たることはなかった。

でももう長くは続かない。。
先週の支部教室の発表会では、明らかにオーバーウエイトの金持ち生徒のリフトをした。
なんでそんなデブ女にパドドゥやらせるんだよ!

いつか大きな支部を君にまかせる、そんな話をちらほら聞いていたから、
不本意でも我慢して受け入れてきた。
40近くになると、肩も腰もボロボロだ。

今度来た新人たちも、現実の厳しさを知ってすぐ逃げていくかな。
それとも、ここで人生を燃やして灰になり、
使いものにならなくなる日まで、踊り続けるのだろうか。

俺と同じように。
0421踊る名無しさん垢版2023/04/03(月) 22:10:04.25
黒崎バレエアカデミーの大人初心者クラスでは、バレエマダム達の間である噂で盛り上がっていた。

「そうなのよ〜。イケメン外国人が二人も入学してきたの」
「イケメン外国人ですって!」
「ひとりは本当に王子様みたいな見た目よ。しかもデジレって名前らしいわ…!」
「デジレ王子ね…!」

ルイスとデジレ王子のような外国人の若い男性は珍しい。かっこうの噂の的だ。

「…でも動きが残念すぎるのよ……勿体ないわよね」
0422踊る名無しさん垢版2023/04/03(月) 23:26:29.53
華山バレエ団の新人男子の中では、有沢さんは最年長で元地方公務員であったこともあり変わった経歴の持ち主として認知されていた。
だが外見の美しさと踊りの繊細さは群を抜いていた。次期男性プリンシパルは有沢さんではという声もあった程である。

けれど有沢さんはなかなか公演や外部でのゲスト出演でパ・ド・ドゥを踊らせてもらえることが無かった。
バレエの経験が浅いということや、線が細くリフトに耐えられるほどの筋力が十分ではないということで、上原が止めたという。
尤も実際には、無理に身体に負担を与えて有沢さんを使い捨てダンサーにしたくはないという思いもあった。
華山バレエの男性ダンサーは怪我や故障で現役を引退してしまった者も多い為、同じ過ちを繰り返すわけにはいかなかったのだ。
0423踊る名無しさん垢版2023/04/03(月) 23:47:40.86
「君のようなバレエダンサーは、慎重に鍛え上げなければいけない。焦っていいことは一つもない。
リフトで持ち上げるための力をつけるより、とにかく基礎を何度もしつこく繰り返すべきだ」

上原にそう言われたのは、有沢さんが自分だけなぜ他の新人男子達のように扱われず、レッスンやクラスの助手ばかりにあたらせるのかという疑問を投げかけたときであった。

「過去には基礎が不十分にもかかわらず、
とにかくリフトさせるような訓練をさせて即戦力になったプロダンサーは少なからずいた。
基礎レッスンは中途半端で、ジムでの筋トレメイン。彼らの踊りは正直クラシックとは言い難いおかしなものだったがな…
君とてそんなダンサーを目指したいわけではないはずだ」

「僕は……」

有沢さんは黙り込んだ。確かに自分はそうなりたい訳じゃない。けれど同期の団員が活躍している中、自分ばかり置いてけぼりにされている状況が不安で悔しかったのだ。
0424踊る名無しさん垢版2023/04/04(火) 16:01:08.21
「なんで僕だけなんだろうな。
僕の身体は、そんなによわよわしく見えるのか…」
有沢さんはひとりごちた。

「同期の20歳の彼はさっそく白鳥のパドトロワに抜擢だ。
彼は留学先のバレエ学校で本格的なパドドゥの授業も卒業試験も受けてきた人だ。
技術も高いし良い筋肉がついている。
18歳19歳の時点でプロとして使える、そういう専門教育を受けてきた人だ。

僕は肝心な時期にブランクが長くて、どこか未熟で未完成のままだ。
パッと目にはわからなくても、プロの目から見れば一目瞭然だろう。
プリンシパル以外の役ならリフトなんて一瞬なのに。
一人だけそんなに慎重に扱われる理由は一体…?」
0425踊る名無しさん垢版2023/04/04(火) 17:06:47.74
「我々は成功したのだ。この造船業しかない町の劇場を盛り返すことに!」

ベルファストの劇場支配人は、満場の客席を見て誇らしげに言った。

ジェイムスがプリンシパルをつとめる劇場のある北アイルランドのベルファスト。
そこは、40年前からカトリック系とプロテスタント系住人が争っていた土地である。
ひどい時期にはイギリス軍までが制圧に乗り出し、
それがますます住民同士の争いを激化させてしまった。

「芸術に政治も宗教も関係ない!」
そんな劇場の信念も、生活の中で武力衝突が日常化し治安が悪化すれば
良いダンサーは去っていくし、観光がてらやってくる観客を集めるのも困難になる。
この血なまぐさい北アイルランド紛争に一応の決着がついたのは
1998年にベルファスト和平合意が結ばれてからだ。
0426踊る名無しさん垢版2023/04/04(火) 17:07:36.59
新しい芸監が、劇場復興の呼び水として目をつけたのが、
20代のころ女性雑誌のグラビアでバレエの王子様として騒がれていたジェイムズ。
失意のうちに外国をさまよっていたときに、突然白羽の矢が立った。

劇場や関係者はあらゆるコネクションを使ってジェイムズを売りだした。
世界中の新聞評や雑誌の特集はもちろん、
有力パトロンマダムたちを取り込み
観光や宿泊施設やレストランなど地元ビジネスとも提携した。
0427踊る名無しさん垢版2023/04/04(火) 17:11:51.19
さらなる追い風となったのが、1997年公開された映画『タイタニック』。
タイタニック号が造られたこの造船業の町が、
にわかに世界中の注目を集め始めたのである。
地元の議会では観光名所となるモニュメントや博物館建設の案も持ち上がっていた。
2003年時点ではまだ先の話だったが、劇場もまた新たな観客が見込める。

「Lo and behold! 地元の客だけじゃなく
ヨーロッパ各地やアメリカやアジアからもジェイムズを観るためにやってくるんだよ!
ロンドンじゃない、我々の小さな劇場にだよ! 夢のようじゃないか!」

ご機嫌な支配人にスタッフ達も思わず微笑みを返した。
「ええ、本当に。ここは私たちの大事な劇場ですもの」
「1ベル鳴らします。5分後に2ベルです」
その夜のシンデレラの幕は上がった。
0428踊る名無しさん垢版2023/04/04(火) 20:22:26.89
「バレエ雑誌『エカルテ』の三田(みた)と申します。
今回は、このプリンスコンクールに審査員として招いていただいて
まことに光栄です」
プリンスバレエコンクールの会場の広い地下会議室には、
審査員が集まり一人一人簡単な自己紹介をしていた。

「では、お手元の審査員表をご覧ください。
一人ずつ項目ごとに点数を書き込んでいただき、
最終的に集計し、順位を決めます」
0429踊る名無しさん垢版2023/04/04(火) 20:23:52.23
初めての審査員、こっちのほうが緊張するわ!
三田はワクワクしながら出場者名簿を眺めていた。
『エカルテ』紙面でも出場者を公募していたが、男性限定の地方のコンクール、
それほど出場人数は多くない。

先日、東京で取材した大規模コンクールは
眠りの森の三幕の女性ヴァリエーションが延々と続き
仕事とは言え、睡魔との闘いだった。
みんな上手なのだけど、同じ曲が続くと眠くて眠くて…。

今回は審査員、責任持ってしっかり見とどけなきゃ!

「では、審査項目を順に説明いたします。
最も重要視したいのが、ターンアウトとポジションの正確さで」
0430踊る名無しさん垢版2023/04/04(火) 20:35:50.26
19歳以上の部には、青芝バレエ団付属バレエ学校に高校まで通い
大学進学後も趣味で続けている男子、
セミプロとして活動しているダンサー、
女性雑誌『funfun』で男性モデルをやっている俳優志望のイケメンも
経歴に箔をつけるために出場していた。

三田は、前日のクラスを見学したときにそのモデルの男子に目をつけていた。
スタイルも顔も、二度見するようなかっこよさ!
今から『エカルテ』の紙面のレイアウトが目に浮かぶわ。
19歳以上の部は彼が一位で決まりね。
ダンサーの良し悪しなんて一瞬でわかるものよ。

田中...27歳。こっちは32歳、え、この人は48歳?!
ずいぶん、年いった男性も出るのねえ。年齢制限なしなんて初めて聞くわ。

「現時点で実力の足りない出場者たちにも、さまざまな賞を用意しております。
みなバレエ界には貴重な男子ですので、今後の励みにしてもらえたらと。
点数の他にも、審査表の余白欄にご自由にアドバイスをお書きください」

審査員たちは皆なごやかな表情で談笑しながら会議室を出た。
0431踊る名無しさん垢版2023/04/04(火) 22:25:54.19
「こんなに男子が集まるのは面白いね…」
白王子バレエスタジオの小石川夫妻は
会場の客席から舞台上の場当たりの様子を眺めていた。

客席には教師や保護者が散らばって座って、心配そうに見守っている。
ビデオや写真撮影のカメラマンも客席中央にスタンバイし、準備に余念がない。
舞台袖では、アナウンス担当の女性が名前の読み方と進行をもう一度確認している。

軽々と高度な技を見せつけて今から注目を集めている子もいる。
お互いをけん制し合いピリピリしている子もいる一方、
白王子の小中学生ボーイズは楽しそうに笑いながら練習していた。
0432踊る名無しさん垢版2023/04/04(火) 22:30:12.63
「もー、あの子たちったら、お気楽で緊張しないのが取り柄だけど
一応コンクールなんだからもう少しピシッと…」
「13歳から18歳の部には青芝バレエの中高生がまとめて出てるから、
直也は厳しいかもしれないな」
「コンクール主催してる側の子たちが出るんだもの。ちょっと不利よね」
カラオケ大会のようなイベントとは言ったものの、
やはり身内の出来は心配だ。

「えーっと田中さんが出る19歳以上の部は…」
「人数は少ないけれど、何人かかなり上手いよ。
スタイル抜群な子もいる」

舞台上の田中さんは悲劇の主人公モードに浸りながら
遠い目をして登場の練習をしていた。

「ねえ、田中さん、なんだか目立ってるわよ!」
「彼は舞台に立つとなかなかの存在感があるんだよね」
(踊りさえしなければ…)
と夫妻は同時に同じことを考えた。
「田中さん優勝する気満々だったね…まあ、いい思い出になればいいんだけど…」
0433踊る名無しさん垢版2023/04/05(水) 00:45:41.75
有沢さんは上原のもとで大人バレエクラスの助手を担当することとなった。
彼が20代後半の大人からプロになったダンサーということもあり、立場が近い大人バレエクラスには適任だと思われたようだ。

「タンデュの軸足はかかと重心にならないで。…もっと引き上げてください」

バレエマダム達にも一人一人丁寧に指導する有沢さんは大人バレエクラスでも評判だ。
また手本として踊ると、その優雅な舞に皆うっとりとしていた。特にアダージオのようなゆったりとした音楽に合わせて伸びやかに
身体を使う曲は有沢さんの得意分野である。

「綺麗ね…。男性ダンサーは力強い踊りの人が多いけど、アダージオをこんなに綺麗に踊るダンサーは珍しいわ」
「グランワルツもとても優美でいいわよね。」
0434踊る名無しさん垢版2023/04/05(水) 16:12:33.00
プリンス・バレエ・コンクールの予選はレッスン着で舞台上で行われた。
客席前方にずらりと並んだ審査員たちは、本戦と同じように点数を書き込んでいく。
最初のほうは点が抑えられ、あとのほうは点が高くなりがちだ。
本戦で出演順による有利不利が大きく出ないように、
審査員にとっては、審査の予行演習でもある。

この時点で既に入賞候補の目星はつけられているのだ。

ほとんどのボーイズが白シャツ、黒タイツ姿だったが
田中さんは白のシャツに白タイツ、全身白で予選に臨んだ。

「こういう場所では目立ってナンボだよな!
輝く白タイツは俺の高貴な美しさをいっそう目立たせてくれるだろうっ!」
0435踊る名無しさん垢版2023/04/05(水) 16:16:09.94
しかし予選直前の舞台袖。突然、田中さんの中で迷いが生じていた。
「アルブレヒトも本当はピュアな心の持ち主だった。
捨てられない社会的制約、それでも抑えられなかった恋心。

浮気なのだが、彼にとっては純愛なのだ。
あれ? どこかの芸能人みたいな言い訳になってるぞ?
彼はちょっとイイ男だったよ〜だけどズルい男〜」

田中さんの頭の中で思考が空回りしはじめた。

「アルブレヒトが踊るのを観る女性からしたら
『もっと苦しめ、ザマーミロ』
なのか?
それとも過ちが許されてしまうほど高貴で美しいから
『私のアルブレヒトが苦しんでかわいそう』
...なのか???」
0436踊る名無しさん垢版2023/04/05(水) 16:18:13.87
「次は俺の番なのに、この答えを出せないまま
ちゅうぶらりんな気持ちで踊ってしまっていいのだろうか?!」
うだうだ考えているうちに出番が終わってしまった。
田中さんは頭を抱えた。

「あんなに言われてたのにっ!
高く跳ぶのに必死で、またカプリオールの着地の軸足がタテになってしまった…!
これでは優勝が遠のいてしまうっっっ!」
0437踊る名無しさん垢版2023/04/05(水) 16:22:27.46
「全員予選通過です。本戦はすぐ始まりますので、衣装をつけて準備してください」
各カテゴリ100人以上いるコンクールならば、本戦は40人ほどに絞られるのだが、
今回のプリンスコンクール、3部門全て合わせてもそれより少ない。

予選の審査会議では、何人かの素人おじさんは落とすべきだという意見も出た。

「ええ、ご意見はごもっともです。
しかし、せっかく出場料払って遠方から来てくれた方々ですので
今回は全員にもう一度踊ってもらいましょう。
それに、青芝バレエ団公演の立ち役としてでも出てくれたら御の字」

コンクール主催の青芝バレエ団関係者の意向で
田中さんも含め、出場者全員まとめて予選通過となった。
0438踊る名無しさん垢版2023/04/05(水) 16:25:25.21
舞台裏では、20歳前後の若い男子と素人おじさん達の間には、
見えざる壁が存在した。

「青芝バレエ学校にいたんですか。
僕の先生も青芝バレエ団の出身で…」とか
「私も短期で留学したんですよ。やはり向こうの人たちは自己主張が強くて
レッスンでも前に前に出てきますね」とか
「夏のコンクールには高校生のときに出たことあるんですが、上位じゃなくて」とか
子供のころから大事にされてスクスク育ったバレエ男子たちは、
なにやら「同族意識」をかもし出している。

素人おじさんたちは、
「いやあ〜、私はただの力試しですから〜」
「お上手でしたよ〜」「いえいえ、そちらこそ〜」などと
無難な言葉を交わしながらも、
心の中では、
認められたい!
ほめられたい!
あんな若い男子たちに負けたくない!
泥臭い功名心と、名誉心が渦巻いていた。
0439踊る名無しさん垢版2023/04/05(水) 16:29:30.79
「田中さん、予選、良かったよ。いつもよりちょっと大人しかったみたいだけど」
本戦前にはパパ先生が楽屋に様子をのぞきに来た。
「パパ先生ぃ〜。すみません。あれじゃ優勝できない〜っっっ!」
「まあまあ、本戦ではいつもの調子で踊ればいいよ」

舞台とは魔物が棲んでいる。
あれほど練習したのに。
役作りにいそしんだのに。
本番前の一瞬の気の迷いで俺の演技に狂いが生じてしまうとはっっっ…。

苦悩する田中さんをよそに、パパ先生はつとめて笑顔で励ました。
「大丈夫大丈夫。軸足と身体の方向だけ気をつけてね。
じゃあ、客席で観てるよ!」
0440踊る名無しさん垢版2023/04/05(水) 16:41:47.06
パパ先生にしたらあれこれ言いたいのはやまやまだったが
(つま先が、膝が、頭の位置が、ひざ開いて、もっと5番を…)
直前に言っても直りはしないだろう。
今までさんざん言ってきたことだから。

「ピルエットの最後は、ここに決めるのよ! 絶対に!」
楽屋の廊下の隅で、コンクールで有名な教室の先生が
出番直前のキッズに厳しいダメ出しをしていた。
指導される子供も真剣そのものだ。
その眼差しは幼いながらも「自分は踊る」という決意がみなぎっている。

「ああいうところに比べると、うちは緩いもんだな」と思いながら
パパ先生が客席に戻ると、本戦開始のアナウンスが流れた。
0441踊る名無しさん垢版2023/04/05(水) 18:43:05.23
本戦が開始となり、トップバッターに素人おじさんの一人が番号を呼ばれ舞台上へと姿を見せた。
20代の頃にバレエを齧っていたが、長いブランクを経て再開した話を半ば自慢話のように楽屋で聞かされていた。
流石に子どものときから継続してきた上級者男性にはしなかったが、田中さんのような素人はかっこうの自慢先だ。
0442踊る名無しさん垢版2023/04/05(水) 19:55:36.93
あのおじさん、ずいぶん俺を意識してたよなあ。
一目で俺が優勝候補だとわかったんだろうなあ〜。

『田中さん、あなたには負けないわっっっ! 勝負しましょう!』
『え、そんな…私はバレエで争う気なんて…』
的な、少女漫画によく出てくる
主人公が一方的にライバル視されてしまうパターンか?

ふっ…あいにくだな。
俺は一人、高貴な心でバレエへの道を邁進するのみ。
見た目の愛らしさからは想像もつかないだろうが、
俺は案外孤高な王子なのだよ。
0443踊る名無しさん垢版2023/04/05(水) 19:56:33.27
田中さんは楽屋で本戦用の白タイツに履き替え、
丹念に自分のシューズの中を調べた。

「よし、このシューズに画びょうは入ってない。
それにゴムが切れるように細工もされない。
なんせ優勝候補だから、念には念を入れて用心しなくてはな!」
0444踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 11:14:27.62
田中さんの出番が近づいた。
予選では、俗世間の倫理上の問題点を考え込んでしまうなどと
ありがちな罠についひきこまれ、思いもよらぬ出来になってしまった。

もっと、俺は純粋でいい。
田中さんは、インコのピーコちゃんの死を思い出して涙する同僚の姿を思い出した。
あのような、ピュアな愛と喪失感と悔恨を表現すればよいのだ。

スタッフが合図を出す。
「305番、ジゼル二幕よりアルブレヒトのヴァリエーション」
田中さんはジゼルの世界に入り込んでいった。
0445踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 11:15:15.14
夜の墓場。
愛する人の眠る墓がある。
田中さんは憂える貴公子として登場した。
悲しみにうちひしがたその足取りは重い。
ふと顔をあげて遠くを見やるその瞳からは
やりきれない想いがあふれていた。

客席に並ぶ審査員たちは
「…おっ?」
と目を凝らした。

「あら、発見したわ」
「どうして予選で見落としていたのかしら」
田中さんの登場に、みなそう思ったのだ。
0446踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 11:17:06.32
悲しみをあざ笑うかのように鳴り響く、死へのファンファーレ。
美しいプレパレーションから、最初のカプリオール。

その瞬間、
「あっ…」
審査員たちは一様に顔をしかめた。
会場からはかすかに笑いがもれた。

「下手なんだろうけど、面白いわ」
バレエ雑誌『エカルテ』副編集長の三田も愉快そうに微笑んでいた。
0447踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 11:17:45.73
「これで、すべての審査が終了しました。
長時間お疲れ様でした。
集計と準備に時間を要しますので、結果発表および表彰式は
7時からになります。10分前には全員舞台に集まってください」

「よしっ! 渾身の出来だ! 満足いく舞台だった!」
田中さんは晴れ晴れとした気持ちでメイクを落としていた。

すると、さっきの素人おじさんが話しかけてきた。
「いやあ? 俺は東京で上手いダンサーを山ほど観てるからねえ。
自分に踊りに『満足』なんて、絶対できないけどねえ〜」
「そうですか。俺も東京でバレエしてたからわかりますけど」
「へえ、君、素朴っぽいから地元の人だと思ってたよ。
踊りも東京っぽくないしね〜」
0448踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 11:19:02.66
(このおじさん、何が言いたいんだ?)
田中さんは話題を変えようとした。
「…お腹すいたから表彰式の前に近所のファミレスで食べておこうかな」
「俺は運動の後にファミレスの食事は無理だなあ〜。
豆乳、プロテイン、ヨーグルト、チーズくらいだなあ〜」

「へえ。こだわりがあるんですね」
「まあね。俺はきちんとバレエを学んできたから
最善の方法が何かをわかってるんだよね〜。そういう人少ないから。
俺が20代のころは…」
おじさんの話は長くなりそうだ。
0449踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 11:23:21.31
「すみません。同じ教室の仲間が待ってるので、お先に〜っ」
田中さんはそそくさと逃げて行った。

残された素人おじさんは、話し相手がいなくなって残念そうな顔だ。
「俺みたいに『本当にバレエをわかってる人』の
アドバイスを聞かないようでは、彼はあれ以上上手くならないな!」
と一人つぶやくのだった。
0450踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 13:24:13.15
「ではシニアの部の発表にうつります。
番号と名前を呼ばれた方は、前に出てください」

(来いっ、305番!)
出場者たちが並んだ結果発表の舞台上で、田中さんは心の中で必死に念じていた。
(305番、305番、お願いっ、神様っ、プリーズッ…)

「3位は302番…」
(うっ、3位は俺じゃなかったか…)

「2位は308番…」
(2位も俺じゃない…!)
0451踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 13:26:48.64
名前を呼ばれ、喜んで前に出ていく出場者の背中を、
田中さんはうらめしそうに見ながら、義務的に拍手をした。

「第一回プリンス・バレエ・コンクール、栄えあるシニアの部第一位は…」
(俺だ、俺が優勝するんだ…! 305番…)
田中さんの心臓は高鳴った。

「310番!」

がーん!!!
0452踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 13:27:18.65
19歳以上の部の結果は、
1位は、青芝バレエ団に入ったばかりの若手ダンサー。
2位は、有名ミュージカルでも踊ってる東京のフリーのダンサー。
3位は、先日まで青芝バレエ学校に所属していた大学生。

(ひどいいいいい!!!
なんだよそれ!1位2位はプロで、3位も青芝出身!!!)
田中さんは心の中で吠えた。

(ひどいわ!!! この結果、納得できないっ!!!)
もう一人心の中で嘆いていたのは、バレエ雑誌『エカルテ』から
審査員として招かれていた三田である。
0453踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 13:28:57.82
青芝の先生たちったら、
青芝の生徒にバンバン高い点数つけるんだもの!
私はあのモデルの子が一番だと思ってたのに!

彼だけが、プリンスの名にふさわしい色気のあるルックスだった。

観る者をときめかす。
それがダンサーの使命じゃないの?

1位の青芝のダンサーは確かに上手かったけど、
『算数ドリルを真面目に解きました』
みたいな、クッソ真面目な踊り方だった!
2位のミュージカルダンサーのほうがまだ遊び心が見えたわ!
0454踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 13:31:22.42
「あらあ、見る方によって、ずいぶん評価が違いますのね。おほほほ」

最終審査会議で三田は、不満を押し殺して上品にとりつくろったが
他の審査員たちの点数には納得がいかなかった。

バレエ団の先生からすると、三田が高得点をつけたモデルの彼は
「訓練が足りなくて、動きのあちこちが甘い。雰囲気だけ」とされ
思ったよりもずっと下の順位になっていた。

だが、見目麗しい容姿であることには誰も異論がなく、
モデルの彼には、『グッド・ルッキング賞』が与えられた。
0455踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 13:32:42.25
「もう一人面白い素人男性がいましたよね」
「そうそう、悲しみにどっぷりひたってたアルブレヒトでしょ?」

「出場者の中で、唯一作品そのものを感じたのが彼ですね。
踊りはどう転んでも、ド素人でしたけど」
「ええ、彼の切なげな表情は秀逸でした。
テクニックは壊滅的でしたが」
審査員は、田中さんの踊りを盛大にけなしながら、表現力をほめた。

「あれは、バレエ団の藤原がゲストに行ってる
白王子バレエスタジオの生徒さんですよ」
0456踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 13:34:14.67
表彰式の舞台上で田中さんは、ショックを受けていた。

(ああ、もう早く帰りたい。
絶対上位に入ると思ってたのに。
ふたを開けてみれば、みんな子供のころからのガチダンサーじゃないか…。

いやいや、これしきで傷つくな、俺。
知ってるじゃないか。黒崎ではいつも感じてた。
彼らとの、見えない壁。
あれだ。昔大学の社会学の講義で聞いたやつ
ガラスの天井…。

ガラスと言えば、ガラスの靴、ガラスの仮面、ガラスの十代…
…マリア・ガラス、いやそれガラスじゃない…)

「もう一人、高い演技力を見せた方に『アクター賞』を授与したいと思います」
とアナウンスが流れた。
0457踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 13:35:47.58
「305番! 田中さん、白王子スタジオ」

「えっ」
田中さんは耳を疑った。
「呼ばれましたよ、305番」
隣のバレエ男子が笑顔で促してくれた。
先の素人おじさんは、じとっとした目で田中さんをにらんでいた。

田中さんは急いで舞台中に飛び出した。
なんの賞なのかは、上の空で聞いてなかった。
0458踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 13:36:48.02
「あなたの演技、面白かったわよ」
審査員長の青芝女史が、賞状を渡しながらにこやかに微笑んだ。

田中さんは、客席に向かうと、
さも全幕を踊り終え大喝采を浴びているプリンシパルのように
得意の王子様スマイルでお辞儀をした。

なぜか客席からは、クスクスという笑いがもれていた。

かくしてプリンス・バレエ・コンクールは盛会裏に幕を閉じたのだった。
0459踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 23:40:23.86
「みんなよく踊れてたよ」
プリンスバレエコンクールの後、小石川夫妻はボーイズたちをねぎらった。

小学生ボーイズたちも上位入賞はならず
『ホープ賞』や『エンカレッジメント賞』など参加賞代わりの賞をもらったのだが、
結果に落胆した様子だった。

「上位はみんなコンクール常連の教室の子や
青芝バレエ学校の子だったね…」

「うん、上位はどのカテゴリも上手だったよ。
ジュニアの部は高校生、児童の部も6年生が選ばれてたし、
君たちは年齢的にもちょっと早かったんだよ」
パパ先生は落ち込むキッズたちを明るくなぐさめた。
0460踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 23:42:20.77
結果は気にせずに。場数を踏むための練習だと思って、
とあれほど言い聞かせていたのに。
お気楽キッズたちでも、やはり結果を知ると悔しそうだ。

「田中さんの出た19歳以上の部なんて、プロダンサーが出てたもんねえ」
「パパ先生! 俺は惜しくも優勝は逃がしましたが、今日は大満足ですよ〜ん!」
田中さんはもらった賞状を眺めながらニタニタしていた。

このコンクールでは、『グッド・ルッキング賞』『スマイル賞』
『ベストコスチューム賞』など、上位からもれた参加者に様々な賞が出ていた。
あの楽屋で田中さんにからんできた素人おじさんさえ、
最年長出場者として『エルダー賞』をもらっていたのだ。
0461踊る名無しさん垢版2023/04/06(木) 23:43:24.44
第一回プリンス・バレエ・コンクール シニアの部 アクター賞

アクター賞! 芥川賞じゃないぞ、男優賞!
とうとう俺のダンサーとしての魅力が、公に認められたのだ!

「うひひっ…ひひひぃぃぃ…」
田中さんは笑いが止まらなかった。
0462踊る名無しさん垢版2023/04/08(土) 08:41:12.56
「大丈夫なの…? あの新人」

「上原先生に目をつけられちゃったのね…」
「助手なんて華山で育った女性がやるもんだけど」
「私は絶対いやよー。上原さんの助手なんて!」

華山バレエ団では、新入りの有沢啓徒が上原にロックオンされた、
という噂がめぐっていた。

「今回は上原先生、少しは慎重に育てるつもりみたいよ」
「なあに? やっと反省したの? あれだけ男性ダンサー追い出しておいて」

ベテラン女性ダンサーの一人は憤慨していた。
プロダンサーとして活躍するという希望を抱いて入ってきた若い男子が
失望とともに去っていく姿を、いったい何度見送ったことだろう。

「ずっと孤立してるから、自分の手下がほしいだけよ」
0463踊る名無しさん垢版2023/04/08(土) 08:42:03.61
上原の全盛期、彼は年2回の全国横断ツアーを含め、
年間100回近い舞台数をこなしていた。

毎朝覚めれば、全身に活力がみなぎり、
昼は、煮えたぎる血を燃やすかのように踊り、
夜は、明日への期待と希望に満たされ眠る。
そんな毎日だった。

マグマのように無尽蔵の情熱と圧倒的なスタミナをもって
一時代の華として生きた。
0464踊る名無しさん垢版2023/04/08(土) 08:43:31.31
若いダンサーにも自分と同様のものを求めた。

「君たちは若いのに、なぜ努力しないんだ。すぐ怠けようとする」

40代半ばで見た目の限界とわきまえて、引退しようというときに、
男性ダンサーが育っていない。
これでは華山の公演数を維持することは難しい。
当然、興行収入も。
このごろの若いやつときたら、全身全霊でバレエを愛していない怠け者ばかりだ。
怒りと苛立ちの日々が続いた。

それから時は過ぎ、
多くの男性ダンサーが去り、上原はようやく気がついた。

みんな自分より
はるかに
弱いということを。
0465踊る名無しさん垢版2023/04/10(月) 18:11:57.33
「田中くん、バレエコンクールで賞取ったんだって? すごいじゃないか!」
営業所長が田中さんに大きな声で話しかけてきた。

「バレエコンクールって、日本人がときどき賞取ったってニュースになる、あれ?」
「知らなかった! 田中さんのバレエ、そんなに本格的だったんですか」
「言われてみれば田中さん、普通の人とオーラが違いますもんね」
事業所のスタッフが口々に賞賛する。

「うははは! それほどでも〜。
ま、少し自信はあったんですけどね〜。
演技力を評価されちゃって『アクター賞』っていう賞もらっちゃってえ〜」
田中さんはデヘデヘと笑った。
0466踊る名無しさん垢版2023/04/10(月) 18:12:47.19
「それ、白王子営業所のホームページで紹介してもいいかな?
これなんだけど」
所長はカチカチとマウスを操作して会社のサイトを開いた。

「氷河期とは言えど、うちみたいな田舎町の営業所で優秀な人材確保は難しくてね。
学生たちに『ライフとワークのバランスが取れてる優良企業です』
ってアピールしなきゃね!」
所長の日に焼けた精悍な顔が笑った。
0467踊る名無しさん垢版2023/04/10(月) 18:13:07.10
営業所のサイトのスタッフ紹介のサイトには、
ロードバイク大好きな所長の紹介が載っている。
『一日2時間のロードバイクが私の活力』

『風と緑。自然にかこまれた白王子を颯爽と駆け抜ける』
遅めのシャッター速度で意図的に背景のピンとをぶらし、
実物よりははるかにかっこよく映ったバイクに乗る所長の姿。

「これ、もう5〜6年も前のやつでねー。
この写真、かっこつけてて恥ずかしいなー。はっはっは!」
と言いながら、所長はうれしそうだ。
0468踊る名無しさん垢版2023/04/10(月) 18:13:31.07
もう一人、『白王子の海の幸とともに育った』
という年配の女性が紹介されていた。

『ランチタイムにふるまわれた料理の数々』
天ぷら、刺身、煮つけ。手作りのイワシのアンチョビを使ったピザ、
魔女の宅急便に出ていたおばあちゃんのニシンのパイ。

自分で釣った魚を料理してみんなにふるまっていたそうだが、
田中さんは会ったことがない。
0469踊る名無しさん垢版2023/04/10(月) 18:13:52.03
「彼女は2年前に定年で退職しちゃって。
最初ホームページを作ったときは、前所長がwin95のメモ帳で
htmlの宣言のタグから地味にコードを書いてたんだよ。

今度、サイトリニューアルするのを機に
市民オーケストラでビオラを弾いている新入社員や
和紙ちぎり絵展で入賞したパートさんも一緒に紹介するからね。
他の人も、特技は隠さずに知らせておいてくれよ!」
0470踊る名無しさん垢版2023/04/10(月) 18:14:37.46
「気にすることないよ。ケイトくん。
バレエ団ではそこのやり方や考え方があるんだから」
高瀬蓮は有沢さんにココアのカップをさし出しながら言った。

「上原先生は、僕が子供のころから憧れのダンサーだし、
よくしてくれるので不満はないのだけど…」
有沢さんは不安げにカップの中に目を落とした。

「30や35までにやめていくプロダンサーも多いのに…」
有沢さんの顔に焦りがにじむ。
0471踊る名無しさん垢版2023/04/10(月) 18:15:12.05
趣味のバレエクラスにいたときには
子供のころからの11年の経験が大きな利点とされた。
中学3年で、大きなバレエ学校で全幕主役を踊ったことのある人なんて
そうそういるものではなかった。

しかし今は、プロダンサーとして、大事な時期の空白が
大きなディスアドバンテージだと感じるようになっていた。
10年ブランクの後に、ヴァリエーション一曲とくるみのワンシーン。
そんなスカスカな履歴のプロは誰もいない。
0472踊る名無しさん垢版2023/04/10(月) 18:16:32.57
5年間留学してみっちり鍛えて帰ってきた同期の若い子に比べると、
有沢さんの身体は、
強度の低い柱や薄く傷つきやすい壁材を使った建物のようだ。
素晴らしく美しく優雅ではあるが。

「大丈夫だよ。焦らなくても」
高瀬蓮は優しく微笑み、落ち込む有沢さんの背中をさすった。
「僕なんて数年前まで全く踊れもしなかったんだよ?
数年もあれば、人は変われるんだ」
0473踊る名無しさん垢版2023/04/10(月) 21:40:57.81
ショピニアーナを踊ることとなった華山の大人バレエクラスのグループは、上原の指導の元、今日から本格的にリハーサルが始まった。
宮間は担当が上原であるため内心穏やかではいられず顔色も悪い。

「あの先生、苦手なんだよな…」

そう思っていると、上原がスタジオに現れ生徒は皆いっせいに立ち上がり挨拶をした。宮間が普段受講している女性講師のクラスとは空気が違う。
0474踊る名無しさん垢版2023/04/10(月) 21:54:57.23
ショピニアーナ(レ・シルフィード)。
それは上原にとって思い出のある曲であった。
上原がはじめて華山のバレエ団員として踊ることとなったのがその曲であり、当時の観客はその神秘的ともいえる舞台に恍惚とした溜め息を漏らした。
華山の中でも選りすぐりの美男美女のダンサーを集めて踊らせたとも言われているという。

「だから上原先生から直々にショピニアーナを踊らせてもらえるって凄い光栄なことよ!」

マダムは暗い顔をする宮間にそう言った。
0475踊る名無しさん垢版2023/04/18(火) 20:45:53.39
北アイルランドを旅行していた風間百合と友人の麗奈は
その夜、ベルファストで『シンデレラ』の舞台を楽しんだ。
舞台で喝采を浴びる王子役のジェイムズは、
出演ダンサーたちの中でもひときわ輝いて見えた。

「日本で会ってたときとは別人みたい。
あんなに堂々と、自信に満ち溢れてて。
やっぱ私には手の届かない、王子様なんだ…」

百合は、美しい舞台を観た満足感と同時に、一抹の寂しさを覚えていた。
着飾った観客たちと一緒に劇場のドアを出て帰ろうとしていたとき、
麗奈が言った。
0476踊る名無しさん垢版2023/04/18(火) 20:46:14.12
「ねえ、あれみんなジェイムズさんのファンの人たちじゃない?
あっちに向かってるよ」

ファンの女性たちが向かっているのは劇場のステージドア。
楽屋口で一目ジェイムズに会うためだ。
手には小さなプレゼントや、サインしてもらうためのペンを持っている人も多い。

「私、何も用意してないよ…」
「そんなの関係ないよ。ちょっとでも会って、何か一言でも話せば?
百合の大事な人なんでしょ! わざわざ日本から来たんだもん、きっと喜ぶよ!」
「うん…」

「でも、なんて言えばいいのかな…」
百合は戸惑った。
『久しぶりだね!』
『舞台すごくきれいで感動しちゃった!』
『ジェイムズさんに会いたくて来たの!』

会いたくて、なんて言わないほうがいいかな。
きっと、びっくりさせちゃうかな。
ちょっと軽くおどけて笑ってみせよう。
何を求めてるわけじゃない…ちょっと顔見せるだけ…。
0477踊る名無しさん垢版2023/04/18(火) 20:46:39.29
そんなことを考えていた百合が目にしたのは
楽屋口の前でジェイムズを待つ大勢の女性ファンたちだった。

「ジェイムズさん、すごい人気なんだねーっ!」
麗奈が出待ちする人数の予想外の多さに驚いて言った。

常連らしきマダム集団や若い女性グループ。
何度も来ているらしく、勝手知ったる雰囲気だ。
口々に今夜の舞台のことやジェイムズのことを話している。
自分こそ、ジェイムズの魅力を最も理解しているファンだと言わんばかりに。
0478踊る名無しさん垢版2023/04/18(火) 20:48:22.27
しばらくすると、
ジェイムズの通り道を確保するためにキープアウトテープが張られ、
セキュリティガードたちがファンを制した。
以前、熱狂的なファンがジェイムズにハグやキスを求めはじめ
収拾がつかなくなったからだ。

突然、楽屋口のほうから「キャー!!!」という歓喜の声が上がった。
ジェイムズが楽屋口から出てきた。
片手をあげてにこやかにファンの歓声に応じるジェイムズ。

「ジェイムズー!!!」「サインしてー!!!」「こっち向いてー!!!」
二人はあまりの人の多さとファンの熱狂ぶりにジェイムズに近づくこともできず
百合の「ジェイムズさん!」という精一杯の声は
他の人たちの歓声にかき消されてしまった。

東京から25時間以上かけてこの劇場にやってきて、
今、ジェイムズさんは、
…ほんの1メートル先、目の前にいるのに…。
0479踊る名無しさん垢版2023/04/18(火) 20:48:43.04
ジェイムズは前列のファンたちに次々対応しながら、
セキュリティーガードたちの誘導で待機しているベントレーに向かった。
プライベートショーファーが運転する車に乗り込む前に
彼はもう一度、ファンたちのほうに振り返って大きな声で言った。
「ありがとう。愛してるよ、みんな!」

「キャー!!!」「ジェイムズー!!!」
黄色い歓声に包まれ、ジェイムズを乗せた車が去っていくのを
百合は半ば茫然として見送った。
0480踊る名無しさん垢版2023/04/18(火) 20:58:09.36
「びっくりしたねー。あんなに取り巻きのファンいるなんてさ」
「うん…」
百合は力なく返事をした。

ジェイムズは自分とは住む世界が違う人。
どんなに好きになっても仕方ない。
それを再び思い知らされた。
自分にはほんの一言、好きな人と言葉を交わす資格もないのかもしれない。
百合の心に言い知れぬ無力感が広がっていた。

麗奈はがっかりする百合の腕を組みながら明るく言った。
「さ、お楽しみはこれから! 何か温かいもの飲もっか!
外でずっと待ってたから冷えちゃったよ〜!」
0481踊る名無しさん垢版2023/04/28(金) 00:43:59.28
「シンデレラみたいには行かないわよね。
舞踏会では王子様目当ての女性達がたくさん集まって、それでもシンデレラは王子様の目に留まったわ。
けれど私は、彼から全く気付かれもしなかったんだもの…。」
0482踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 07:56:19.55
劇場近くのこじんまりしたアイリッシュ・パブで
百合と麗奈は温かいアップルクランブルをつついていた。

今までさんざん味わってきた不公平感、失望、劣等感…
いつも心の奥底にしっかりと隠しているのに
今夜ばかりは、ティンホイッスルの軽快なアイリッシュ音楽さえ
百合をあざけ笑ってるように感じてしまう。

「私、いつもちょっと損なポジションなの。おかしいよね〜」
百合は自虐しながらおどけて笑った。

辛いときに無理にでも微笑むのは百合のクセだ。
光り輝く人との差を感じるとき
知らぬ間に心が深い闇へと向かっていく。
微笑みだけが自分を踏みとどまらせる手段なのだから。
0483踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 07:57:22.04
「でもさ、教会のバレエクラスの加護先生、話してたよー。
世界には、貧乏な子が有名なスターになった例もあるってね」
麗奈は以前、加護から聞いたことを話した。

あるキューバ人男性ダンサーは13人兄弟の末っ子。
父親はトラック運転手だった。
貧困地域の悪環境でギャング化するのを恐れた父親が、
息子をバレエ学校に入れて、今ではイギリスで大スターだ。
0484踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 07:58:12.17
「え、ギャングにならないように、バレエさせたの?」
「そうそう、社会主義国だから、授業料無料で食事も出るんだって」

「…食事が出る…」
百合は10代のころの貧困生活を思い出した。
父親が借金だけ残して逃げた後に
バイト漬けだったあの頃のことを。

たまに良い食べ物が手に入ったときには、すべて弟に食べさせた。
「いいよいいよ、葵が全部食べなよ。
お姉ちゃんファミレスバイトのまかないでお腹いっぱいだからね!」
0485踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 08:00:30.50
またアメリカの有名バレエ団に入った女性ダンサーは
シングルマザーときょうだい達と住所不定モーテルで暮らしていた。
13歳から無料のチャリティークラスで習い始めて、
バレエの先生に見いだされて才能が開花したという話だ。

「無料のクラスって、あたしたち行ってる教会クラスみたいなとこ?」
「そりゃあ、すごく稀なケースだろうけど、そんなこともあるんだって!
だから誰だって、あたしたちだってバレエ好きでいいんだよ!」

落ち込んでいた百合は、麗奈の話に少しだけ救われた気がした。
世界のどこかで、恵まれない場所からスターダムに駆け上がる人もいるのだ。
0486踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 08:03:01.99
「逆にさ、有名なイギリス人プリマは
病気の夫の治療費が払えなくて老後は貧乏生活してて、
周りの人が助けてくれたらしいよ。
人生いろいろ、だよ。
上がったり、下がったり。
だからあたしたちも、最後まで自分を見捨てずに生きていこうよ!」

「底辺だろうと頂点だろうと、人生にチア〜〜ズ!」
麗奈は大げさな仕草で、泡立つパナシェのグラスを掲げた。

近くにいたノリの良い客たちがそれを見て微笑み、二人に向けてグラスを掲げた。
「お嬢ちゃんたちに!」「かんぱーい!」
「かんぱーい! ありがと〜!」
麗奈は陽気に笑って応えた。
グラスに映る百合の目には、かすかに涙がにじんでいた。
0487踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 08:03:51.14
(僕が、もしケイトくんみたいに
子供のころから恵まれた環境でバレエを習って
仕事をやめてバレエをしても生活の心配もなく
バレエに専念するのが許されるのならば…)

高瀬蓮は、ときどき有沢さんの態度をじれったく思っていた。

有沢啓徒は些細なことに思い悩むクセがある。
温室を出たらたちまち枯れてしまう花のような精神のはかなさだ。

有沢さんは今になって思い出していた。
いつかベルベットの発表会で、S&Bバレエ団のプリンシパル神代煌介から
言われた辛辣な言葉を。
0488踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 08:08:00.60
「僕から特別に忠告。君って…バレエダンサー向いてないよね?」
「プロになろうとか考えない方がいいよ!」

神代は有沢さんの弱さを見抜いていたのだろう。
そんな言葉を思い出しては有沢さんはくよくよと思い悩むのだ。

「ケイトくんは気にしすぎだよ。
夜悩んでも、明日が来れば僕たちは踊るしかないんだ」
そう励ましながらも蓮は少し後ろめたさを感じていた。
(自分の夢をケイトくんに押し付けてしまったのかもしれない。
ケイトくんが僕の提案を断らないことを知っていながら
バレエ団を勧めた...)

高瀬蓮は有沢さんの肩をそっと抱いて言った。
「僕は、本当に信じているんだよ。君が素晴らしいダンサーになるってことを…」
0489踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 08:09:29.79
黄葉山ノエミは発表会で踊った神代煌介とのグランパドドゥの
余韻にひたっていた。
「あんなに身体が伸びて自由に舞えるなんて、夢のようだった。
やっぱり神代先生は普通のダンサーとは違うわ!」

数年前の留学中、ノエミはずっとパドドゥの授業が憂鬱だった。
留学一年目、留学生同士で組まされた相手は
ひょろっとした体形の細い目をした男の子。
組むとわかったとたん、お互い「残念…」という表情で顔を見合わし
ぎこちない挨拶を交わした。
0490踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 08:10:14.39
パドドゥクラスで一番優秀だったのは
スペイン人の男の子とフランス人の女の子だ。
二人はアポロンとアフロディテかとみまごうほど輝く美男美女のペア。
強い体幹と高い技術、加えて相性やコミュニケーションの良さもあり、
先生もうれしそうに指導するものだから、どんどん差が開いてしまう。

その年のクラスで、ノエミ達は最初から最後までうまくいかなかった。
(あなたがちゃんとサポートしないから…)
(君がちゃんと姿勢を保たないから…)
(あーあ、相手が良ければもっとうまくできるのに…)
お互いそんな思いを我慢しながら、練習をしていた。
0491踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 08:12:02.23
彼にリフトされるときはいつも怖かった。

男子のわずかなバランスのズレや迷いは
持ち上げられている女子には増幅して伝わる。

グラグラ動く不安定な柱の上で
バランスを取らなければいけないような不安感。

ノエミは空中でいつも顔をこわばらせていた。
0492踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 08:15:50.43
ある日、アクシデントは起きた。よりによって年末試験の直前に。

「痛っ…!!!」
リフトをされてるときに、ノエミの肋骨あたりに激痛が走った。
ぐらつきながら無理に力を入れた彼の指が
ノエミの肋骨の間にぐいっと入ってきた。
「危ないっ!!!」
ノエミはバランスを崩し、下に落ちた。
彼に支えられて転びはしなかったが、
肋骨あたりがズキズキと痛む。
「痛っ…!!!」
同時に彼も顔をゆがめた。
降ろすときにノエミをかばおうと無理な姿勢を取り、
右手親指をひどくひねってしまったのだ。
0493踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 08:18:01.27
「だから、君が姿勢を保っててくれないから…!」
彼は苛立ち、ノエミを責めるように言った。

(何なの? 私のせいなの?!
そもそも、あなたの手の位置がおかしいんじゃないの?)
そう思いながらノエミは「ごめんなさい」と謝った。
とりあえず謝ってしまうのが日本人であるが、心の中では納得できない。
(これ、私のせいばかりじゃないわよね?!)

結局、彼は中手指節関節の靭帯を痛め、
ノエミは肋骨を痛め、その年二人とも試験を受けられなかった。
0494踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 08:19:29.82
「車輪がゆがんだリアカーに乗せられるのと
高級リムジンで運ばれてるのとくらい違ったわ!」
神代の完璧なサポートで踊るパドドゥは、
過去の嫌な思い出を吹き消すほど素晴らしかった。

そして、神代とのパドドゥにすっかり満足したノエミは、
次も頑張ろう、
とは思えなかった。
そのかわり、家を出て事務の専門学校に通うことを決意していた。

「私は十分にやったわ。
才能もないのにお母さんのいいなりになってた。
神代さんを見てはっきりわかった。
バレエと母親に縛られた人生はこれでおしまい。
自分が選んだ、普通の人生を送るのよ!」
0495踊る名無しさん垢版2023/04/29(土) 08:27:53.78
『軽風紅花、芸能活動復帰』
田中さんは電車の吊り広告に目をやった。

「軽風さんってあの元宝塚の…」
広告が気になって、普段は買わない芸能雑誌をコンビニで購入してみる。
「軽風さん、循環器系の疾患で入院、リハビリ休養してたのか。
そりゃ大変だったんだな…」

復帰お祝いのメッセージでも送っとこう。
芸能事務所に送れば本人の元へ届くだろう。
ついでに俺が、プリンス・バレエ・コンクールで『アクター賞』取ったってことも
しっかり報告しとこう。
あの人は俺の才能を一目で見抜いた人だからな。
『やっぱり私の目に狂いはなかったわ』って言ってくれるだろう。にひひひ。

「さあ、レッスンがんばるぞぉ〜!」
田中さんは今日も元気に小躍りしながらレッスンに向かっていった。
0496踊る名無しさん垢版2023/05/07(日) 00:33:10.58
「ねえ聞いた?」
「え、何?」
「ワイズウェル家でジェイムズがファンの為にパーティーを開くんですって!」
「けどあの伯爵のところでしょ? お金持ちしか無理なんじゃないの?」

地元のパブではジェイムズの噂で持ちきりだ。
ファンたちはとても楽しげにジェイムズの実家で開かれるパーティーの話をしていたが、そのパーティーの主宰者はジェイムズの父であるワイズウェル伯爵であるため、
ビジネスになるような立場でない限り客人としての出入りはできない。

「…でしょうね。
ハア、ファンといってもお金になるような身分でない限りダメなのよね…。
例のジェイムズ好きのマダムは絶対呼ばれるわね。ジェイムズの為にかなり貢いでいるときいたもの」
「ジェイムズがそのマダムに春を売っている、って噂…本当なのかしら……?」

パブのファン達の会話を横できいていた百合は、ジェイムズがパトロンの為に身体を売っているという言葉でビクッとした。
0497踊る名無しさん垢版2023/05/08(月) 17:16:50.76
ファン達の噂に、百合と麗奈は耳を澄ませた。
「それにしても、今回のシンデレラ、今までになく豪華絢爛だったわよね。
5年前に観たときには、ごく質素な装置と衣装だったのに」
「舞台装置も衣装もすべて新調したんですって。
ジェイムズ人気で劇場も潤ってるみたいね〜」

「それも、あの人よー。キーラ・オサリバン夫人!
夫人が『ロンドンやパリにも負けない舞台を観たい』って、
50万ポンドをぽーんと寄付したらしいわよ!」

キーラ・オサリバン夫人は、ファンの間ではよく知られている顔だ。
彼女はこの地の最大の有力者、マクマホン一族の出身であり、
長年、劇場の最大のパトロンである。

「彼女がジェイムズをいたくお気に召したから
あんな豪華な舞台が実現したのよ!」
0498踊る名無しさん垢版2023/05/14(日) 17:01:20.11
いつも何処か闇を抱えていたジェイムズを知っている百合は、人気絶好調の彼が本当に同一人物か不思議に思えてきた。
けれどホールから出てきた彼は紛れもなく彼であった。

「ジェイムズさんがとても人気になって喜ばしいはずなのに、寂しく思うのは私が悪い人間だからかしら」
「…好きになるって複雑なものだからね。たいていはそうなるよ」

麗奈はカクテルを一口のんだ。

「というか、そのパーティー行ってみたら? シンデレラみたいにさ! ジェイムズさんに会って話がしたいんでしょ。
というかそのために遥々ヨーロッパまで足を運んだわけだし」

彼女の提案のとんでもなさに百合は驚きを隠せなかったが、確かに麗奈の言うとおりだ。ジェイムズに会ってもう一度話がしたい。

「けど私、貴族のお屋敷のパーティーで着ていくような服はないわ」
「嗚呼…そういえばそうだったわ…」

麗奈はあちゃーというように手で顔を覆った。
0499踊る名無しさん垢版2023/05/15(月) 16:45:20.06
「お嬢さん達、そんなにジェイムズに会いたいのか?」

「…え?」

すると突然、中年男が声をかけてきた。
なんだか胡散臭い男であったが、ジャーナリストだという名刺を渡してきた。
名前はジョージという。

「今ジェイムズのネタは売れるからな。
面白いネタを掴みたくて俺はそのパーティーに潜入して接触できないか考えていたんだ」

「あの …ジェイムズさんが……
パトロンにその身体を売っているって噂、本当なんですか……」

「さあな。それを今から確かめるんだろ。
魔王に囚われた気の毒な王子様を救いたいとは思わないか?」

「……!」

「ワイズウェル家に仕える使用人によると、たまに二人で寝室に籠もりっきりのこともあるそうだ……強ち本当かもしれないぞ。」

「わ……わたし」

百合は顔を上げたが、麗奈が制止するようにそっと肩に手をおき首を横に振った。

「私達は大丈夫なので結構です」
0500踊る名無しさん垢版2023/05/15(月) 16:45:41.42
「そうか。けれど気になったら連絡をくれ……ジェイムズと面識があるなら有利だ。君と一緒なら接触も容易になりそうだから、特別に提案したんだよ。

着ていくドレスも飛びっきりなのを用意する。王子様には美しいお姫様を用意しないとな」

そう言ってジョージは店を後にしたが
麗奈は怪しいから絶対に連絡するようなことはしないでと百合にくぎを差す。

「分かってるわよ麗奈…」

百合は笑って見せたが、あのジャーナリストの男の言っていたことが気になって仕方がなかった。
0501踊る名無しさん垢版2023/06/01(木) 04:17:00.93
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0502踊る名無しさん垢版2023/07/11(火) 10:33:09.57
華山バレエ学校では大人バレエクラスの『レ・シルフィード』のリハーサルが行われていた。
スタジオからは上原の怒号が響いている。

「そこ! カウント遅れてる!! 何度言ったら分かるんだ!?」

「コールドの動きがずれている! この音のタイミングで回れ!」

上原先生への恐怖からなのか、みんな顔の向きや腕や脚の動きなどが綺麗に揃い、一般的な大人バレエクラスとは思えないほどのクオリティである。

現役を既に引退した上原にとって、踊り手は趣味の大人バレエクラス生徒といえども、発表会は一つの作品を作る場であることに変わりはない。舞台映えのする容姿の美しい生徒を選び抜いたのも強いこだわり故だ。
さらに公演の振付や演出とは違い自分の理想や感性を思う存分発揮できるのはメリットといえる。

上原の指導はその分かなり厳しいが、前述したとおり容姿の良い者が選ばれるという暗黙のルールがあるため、上原の作品の出演者に選ばれることは彼女達のステータスとなっている。
0503踊る名無しさん垢版2023/07/20(木) 11:31:34.18
「おはようございまーす!!」

田中さんは白王子バレエスタジオに今日も元気よくやってくると、どうやらスタジオの様子がおかしい。

「おお! 君が田中君! 待っていたよー」

すると見知らぬオジサンが田中さんを見るなり嬉しそうに飛んできたではないか。
あまりの突然のことで戸惑う田中さん。
だがそんな彼が状況を読み込む暇も与えずオジサンは続ける。

「田中君! 君、映画に出てみたくはないか?」

「映画? ……ぇええええ!!」
0504踊る名無しさん垢版2023/07/30(日) 18:28:12.56
どうやら地方のテレビ局の企画でオリジナルのバレエ映画をつくるらしい。
社長が大のバレエファンであり、以前からバレエ映画をつくりたいと思っていたのだ。そして映画監督に抜擢されたのが、社長の友人でもあるこのオジサンである。

大まかなストーリーとしては
大人からバレエをはじめた冴えない男性が
パリ・オペラ座バレエ団のエトワールになり活躍するというとんでもない設定のコメディー映画だ。
その主人公役として田中さんが抜擢されたのである。
0505踊る名無しさん垢版2023/08/08(火) 22:02:59.93
この前開催された男子限定のプリンスバレエコンクールでアルブレヒトのヴァリエーションで熱演をした田中さんの姿に感動し、
是非田中さんを主人公に、とのことだったらしい。

「俺がパリオペラ座のエトワールに成長するバレエダンサー役に…
まるで俺の将来を暗示しているような…」

田中さんは真剣な眼差しで映画監督の方をみると、是非よろしくお願いします!と握手を交わした。

「田中くんならOKしてくれると思った! あとで詳細は連絡するから楽しみにね!」
0506踊る名無しさん垢版2023/08/15(火) 17:52:05.18
オープンバレエスタジオベルベットに
あるオジサンがやってきた。

オジサンは20代のころ、向村バレエ学校で学んでいたことがあり、一時はバレエから離れていたが50代になってから再び始めたのだ。

「私は若いころ、向村バレエ学校のジュニアクラスでバレエを学んでいたんですよ!」

別にきかれてもいないのだが、オジサンは自慢気に、その日参加していた華山バレエの大人クラスに在籍する田村さんに話していた。

「いやぁ、同じ男性がいるとレッスンにやりがいが出ますよ!」
「そうですね。男性ひとりで肩身が狭いこと多いですから」
0507踊る名無しさん垢版2023/08/22(火) 08:04:28.10
田村さんは正直面倒臭いなと思いながら、そのオジサンとのレッスンをはじめた。

他にも生徒はいるが全員女性であるため気にならないが、同年代ぐらいの同性がいると田村さんはイヤでも意識してしまうのである。
それはマイペースに踊りたい田村さんにとって厄介な存在であった。

(向村のジュニアクラスでやってたって言ってたし、きっとお上手なんだろうな…)

メタボリックと診断され60代からバレエをはじめた自分とは違うのだろうと、
オジサンの引き締まり鍛え上げられたスタイルを眺めながらふと田村さんは思った。
0509踊る名無しさん垢版2023/08/24(木) 22:34:31.20
そして講師がスタジオに入り、
ストレッチをしていたメンバーがバーを配置、それぞれの位置につき始めた。

「いっちにぃ! おいっちにぃ!」

田村さんのそばには、オジサンがプリエで元気よく準備体操をしている。背中からも「よぉし!今日も頑張るぞ〜」と聞こえてきそうだ。

今日のクラスの講師は華山バレエ団に入団した有沢さんだ。
大人からプロになった人として大人バレエ界隈で話題になっているためか生徒の数もかなりの人数だ。

「皆さんおはようございます。まずはレベランスから…」

曲が流れ、ロシアバレエ学校の一場面のようなレベランスでこのクラスははじまる。
もっとも身体条件が微妙な趣味の大人たちがやると別物にみえるのだが…
0510踊る名無しさん垢版2023/08/25(金) 07:37:09.04
「先生のお手本とっても綺麗。見とれるわ〜」
「大人からはじめたとは思えないわ」

有沢さんの受け持つのは入門クラス。
ゆっくり丁寧にシンプルな動きを繰り返す。

「首の力は楽にして、顎をあげないでください。骨盤は傾けず真っ直ぐ、膝は楽に内腿の筋肉を後ろから前へ捻るように出してプリエを繰り返します」

有沢さんは一人一人チェックしながら、修正をしていく。

「肩は楽に、肩甲骨で背中の上側を横へ引っ張るようにして下側でしめる意識で開いてください」

「タンデュをするとき骨盤を水平に維持してください。軸足側を思い切り引っ張るようにして、つま先側に力を入れること!
この時内腿に力が入っているのを感じてください、外腿に乗らないで」

「軸足も真横に開いてください。動脚のかかとは前。絶対に甲を正面へ傾けてはいけません」

一人の生徒を指導しながら全体へ注意を行う。
まだバーのプリエやタンデュだけだが、生徒全員既に汗がふきだしている。

「有沢先生のクラス…ハード過ぎる……!!
男は基礎よりもテクニックと筋トレだろ!」

いきっていたオジサンも余裕のなさそうな顔だ。
0511踊る名無しさん垢版2023/09/01(金) 23:25:04.56
バーの時点でヘトヘトになる素人おばさんやおじさんたち。
ゆっくりになるロンドジャンブアテールも、有沢さんは1番通過時の脚にも厳しく、顔の向きは全員が修正された。

「骨盤は傾けないでください。軸足もっと床を踏んで引き上げて!」

有沢さんはいわゆる「大人の趣味のバレエ」を知らなかった。
彼は幼少時よりストイックに基礎を叩き込まれ、大人になって再開後も選抜生クラスで厳しい指導を受けてきたのだ。
大人とか子どもとか無関係に正しいバレエの指導をすべきというのが有沢さんの考えだ。というよりも、バレエのレッスンとはそういうものだと考えていた。
0512踊る名無しさん垢版2023/09/10(日) 21:45:36.29
筋トレとストレッチを経てようやくセンターレッスンがはじまり、へとへとになった大人生徒たちがまるでゾンビのようにぞろぞろと中央に集まっていく。

へとへとになりつつも幾つかセンターのメニューをこなしアレグロがはじまったとき、
田村さんは必死に有沢さんの手本をみながら真似をしていると、イきったおじさんが田村さんの失敗を目ざとく見つけて

「田村さん、違います! これは…こうっ!」

と、自分で動いて見せた。
けれど有沢さんのお手本とは似ても似つかないよくわからない動きだった。
0513踊る名無しさん垢版2023/09/10(日) 21:58:37.07
田村さんは思った。

「この人、言うほどあんまり上手くないよな…。他の大人の生徒とそう変わらないし動きが癖が強くて妙だし…」

頼んでもいないのに教えたがるおじさんは結構いるが、バレエの世界にもやはりいるらしい。
若いころにバレエを学んでいたらしいが、それにしては下手くそであった。

少々不快になりながらレッスンを終えた田村さんであったが、またあのおじさんが声をかけてきたではないか。

「田村さんってバレエの初心者ですよね。まだ動きがバレエという感じじゃないですもん」

「まあ、ああ…はい」

苦笑いを浮かべる田村さん。
確かに初心者であるしさほど上手くないのは承知しているので言い返す言葉はない。

「最初は皆そうですもん。けど、わからないことあったら私が教えますよ!」
0514踊る名無しさん垢版2023/09/12(火) 15:25:31.15
「いえ、大丈夫ですので」

何なんだコイツ!? と内心思う田村さんであったが、顔には出さずに断る。

「このクラス、これから行かない方がいいかもな…」
0515踊る名無しさん垢版2023/09/17(日) 19:49:16.07
「保瀬さん、すみません…」

上機嫌になっている勘違いオジサンが名前を呼ばれ振り返る。そこには有沢さんがいた。

「生徒の方に教えるのは控えていただきたいんです。もし頼まれても断ってください」

「……?」

「初心者の方が多いので混乱してしまうので。保瀬さんもご自身のことだけに集中していただければ…せっかくクラスに参加してくださっているわけですし、他の人を気にすると集中しにくくなるかと」

「ああ…そうですか、分かりました。すみません!」

ニコニコと謝る保瀬さんの姿を見て安堵する有沢さんであったが、その翌日、某大型ネット掲示板に有沢さんの悪口が書き込まれていた。
0516踊る名無しさん垢版2023/09/21(木) 15:53:16.43
「男は基礎なんかより筋トレだろ!」

「リフトできなきゃ男は意味ない!」

それが保瀬さんの口癖である。

保瀬さんは若いころ、向村バレエ学校で学んできたが、当時向村バレエは男性が少なく即戦力を求めていたという背景があり
素人男性たちはバレエの基礎をきちんと学ばないうちにリフトの練習をさせられていたという。

保瀬さんが筋トレを重視しているのも、男性の存在意義はリフトにあると信じているのも、そうした経験から来ているのだ。
0517踊る名無しさん垢版2023/09/23(土) 21:14:04.77
とはいっても保瀬さんは自分は踊りが下手だとは思っていない。

向村バレエで学んできたというプライドから、そこいらのオバサンやオジサン達より上手いとさえ思っている。
それが保瀬さんの自信にはなっていると同時に弱点にもなっていた。

謙虚さを失ってしまった保瀬さんは向上することもなく、また下手なオジサンオバサンばかりのいるクラスでその気になってしまっている。
0518踊る名無しさん垢版2023/10/16(月) 20:42:24.24
保瀬さんが今日も楽しくネット掲示板をみていると、ベルベットのスレはオドリライフの話題で持ちきりであった。
舞台には一切出ていない保瀬さんであったが、そろそろまた舞台の楽しさを味わってみたいなとふと思った。
0519踊る名無しさん垢版2023/10/16(月) 20:42:38.98
保瀬さんが今日も楽しくネット掲示板をみていると、ベルベットのスレはオドリライフの話題で持ちきりであった。
舞台には一切出ていない保瀬さんであったが、そろそろまた舞台の楽しさを味わってみたいなとふと思った。
0520踊る名無しさん垢版2023/10/20(金) 05:16:40.17
ずっとずっと・・・あんたの身体を抱きたかった・・・!
0521踊る名無しさん垢版2023/10/20(金) 22:20:40.69
保瀬さんは掲示板に見飽きたため、
保瀬さんお気に入りのAVをおかずにシコりはじめた。

「やっぱりAVは人妻ものに限るっ…!!」

呼吸が荒くなっていくのに比例して、動かす手の速度がはやくなっていく。

保瀬さんお気に入りのAVは、
人妻バレリーナが一緒にパ・ド・ドゥを組むこととなった若くハンサムな王子様系バレエダンサーにあらぬ欲望を抱いてしまうという
女性向けAVなのだが、保瀬さんは王子様系バレエダンサーに自分を投影し人妻バレリーナに襲われる妄想を楽しんでいるのだ。
0522踊る名無しさん垢版2023/11/01(水) 21:14:06.63
保瀬さんは今日も楽しく仕事帰りにレッスンへと向かっていた。

「オドリライフの申込みをしておかないとな〜」

自動ドアを通り受付へといくと、早速オドリライフの申込書を手に取る。
今年の演目は『パキータ』らしい。
0523踊る名無しさん垢版2023/11/03(金) 00:25:23.56
『パキータ』は女性生徒の多くいるベルベットでは適当な演目ともいえるかもしれない。
だが素人おじさん達にとっては大問題であった。

「俺みたいな素人男は対象外かよ」

保瀬さんはぶつぶつとこぼした。
今回の演目で募集するのは女性生徒のみ。素人男性の出る幕が無いのだ。
男性の役は全てプロが担うらしい。

大人バレエ界でも、素人男性は顧客としてカウントされていない現実を突きつけられた。
0524踊る名無しさん垢版2023/12/14(木) 21:11:53.03
保瀬さんは運営に文句を付けた。
当然だ。男の生徒もいるのに、女の生徒しか申し込めないイベントなんて差別だろう。

「オドリライフ、凄く楽しみにしていたのに女性限定は流石にないと思いますよ! 男もOKに出来ないんですか?」

「すみません。以前、男性の生徒さんがトラブルを起こしたことがありまして…」
0525踊る名無しさん垢版2024/01/06(土) 15:23:52.74
いったい誰がどんなトラブルを起こしやがったんだ!
保瀬さんは心の中で毒づいた。

オドリライフに参加している男などごく僅かだ。
そいつが誰か突き止めてやろうじゃないか。
0526踊る名無しさん垢版2024/01/06(土) 15:23:57.60
いったい誰がどんなトラブルを起こしやがったんだ!
保瀬さんは心の中で毒づいた。

オドリライフに参加している男などごく僅かだ。
そいつが誰か突き止めてやろうじゃないか。
0527踊る名無しさん垢版2024/03/24(日) 14:55:12.16
保瀬さんは今夜も日課であるバレエ掲示板のベルベットスレに書き込みを行った。
もちろん、トラブルを起こしたという男生徒が誰かを特定するためだ。

「オドリライフ、男性生徒は参加禁止になったらしい。スタッフ曰くトラブル起こした奴がいるんだとか」

『書き込み』っと…!

するとしばらくしてレスがついていく。

「そういえば、参加する若い女性生徒にやたらと絡んでいた男性生徒がいて苦情が殺到したらしいよ」
「もしかして外国人じゃなかった?」

外国人?

「そう、なんか素人の白人の男だった気がする」
「そういえば、以前プロフェッショナルクラスに凄いジェイムズ似の超然イケメン外国人来てたよね! 下手だったけど…」
0529踊る名無しさん垢版2024/04/01(月) 12:01:15.09
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
踊る!さんま御殿!!
21:00〜家事ヤロウ!!!
0530踊る名無しさん垢版2024/04/01(月) 12:02:56.47
何かしらの軽自動車の良い人を無駄遣いしてるのも個人のファンはどのゲームもやる気ないしな
測ってないだろ
0533踊る名無しさん垢版2024/04/03(水) 01:22:53.67
ええ。
安全保障も独自なものだな
間違いない
0535踊る名無しさん垢版2024/04/03(水) 02:11:58.00
>この事故がよく迷惑メールでクリックさせて冷まして飲むだけでいいんだぞ
連売り来ないか
0536踊る名無しさん垢版2024/04/03(水) 02:24:52.21
やってるのは公休扱いだろと担任に詰め寄り担任じゃはなしにならなかった
😠みたいな
↓の例もある
0537踊る名無しさん垢版2024/04/03(水) 02:27:33.25
ISUも金ない見た目的には勝てないんだよね。
0538踊る名無しさん垢版2024/04/03(水) 02:44:32.47
>>520
最大の失敗ポイントは野菜を少なめにすることだな
コメもないのに全く準備しただけかもしれん
展開早すぎて泣けてきた指名手配犯とのギャップ
ネトウヨッ!ネトウヨッ!ネトウヨッ!ネトウヨッ!ネトウヨッッ!!
0539踊る名無しさん垢版2024/04/03(水) 02:48:05.85
それしか無かったんだよな
でも
会社が説教しろ
0542踊る名無しさん垢版2024/04/03(水) 02:58:54.96
前もいってるから、二十年もすれば若者が理由なく評価
0544踊る名無しさん垢版2024/04/03(水) 03:07:42.52
>>292
内容の憲法案に反対されたり上手くいかなかった
今どきの若者の就職はよくわかってるわ〜
0545踊る名無しさん垢版2024/04/03(水) 03:16:36.19
ビリーフラボ社員全員集合で土下座
あのマネージャーはクビだろうな
症状があると思うな
0546踊る名無しさん垢版2024/04/03(水) 03:36:50.31
>>268

社会不適合者の頂点とかそこら辺の経営者なら誰でも

陰性と言われるケースが多いらしい

あるもの
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