はぐらかしでもなんでもない。Neumark and Wascher (2008)に対するJournal of Industrial
Relations, 2009 におけるMark Woodenの書評(これは著者たちに非常に好意的な書評)を
]見ても、冒頭の2文で次のように指摘している。

Within the field of labour economics perhaps no question has been the subject of more
controversy than the employment effects of minimum wages. This controversy dates
back to the debate between George Stigler and Richard Lester that took place in the
pages of the American Economic Review in 1946 and 1947.

賃金の限界生産性理論(marginal [revenue] productivity theory of wages)は、この時代
から問題があったのに、それをだましだまし使ってきたというのが実情だ。限界理論の
破綻は、色々なところに現れるが、普通の経済学者はそこに共通の根があることを見抜
くことががきない。

塩沢の考えが参考になるのはこうした場面だ。なぜなら、均衡理論とその通俗的バージ
ョンである限界理論に対し、もっとも厳しい批判者として存在してきたからだ。

賃金と雇用の関係も、主流経済学では限界生産性で考えられている。労働市場は、通常
の製品市場とはまったく違うから、労働経済学者という専門ができて、労働の問題をさま
ざまに議論することは仕方ないが、そのために労働市場の外の要因で決まることを無視
して、労働市場内でのみ考えやすい。そこで「賃金率を与えれば、雇用量が定まる」ある
いは「賃金率と雇用量には一対一の関数関係にある」といった関係があると信じて、かつ
ては賃金を挙げれば雇用が減少すると素朴に考えてきた。最低賃金は、法律(州法や連
邦法)で決められるから、その影響がどう出るかについて多数の研究が行なわれた。Card
and Kruegerのnatural experimentsはその一部。ここには政治が係るから、政治的対立が
生じやすい。経済学にとっての真の問題が隠されやすい。「はぐらかし」などと感じる自分
の至らなさを反省すべきなのだ。