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新潟と金沢、どっちが都会?Part58
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0024名無しさん@お腹いっぱい。垢版2019/04/25(木) 18:25:07.12ID:jNxfXEv/
今回のGWは太宰府で福岡、能登で金沢
それぞれに観光客がいつも以上に集まりますね

2019年4月20日
令和と能登 家持の縁 巡行時に歌、足跡知って
https://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2019042002100023.html
https://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/images/PK2019042002100138_size0.jpg

 新元号「令和」の典拠になった万葉集を編さんしたとされる奈良時代の歌人大伴家持(おおとものやかもち)は、国守として越中国に赴任した際、管轄する石川県能登地方を視察していた。その時に詠んだ歌は歌碑として能登各地に残る。
国府があった富山県内で関連の特別展など盛り上がりを見せる中、研究者は「能登での足跡も知ってほしい」と期待を寄せる。(松村真一郎)

 家持は越中国守として、七四六年に現在の富山県高岡市伏木にあった国府に赴任した。七四八年に能登を巡行。富山県の氷見から山を越え、能登を巡ったと伝えられる。

https://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/images/PK2019042002100139_size0.jpg
能登巡行について話す村井加代子さん=金沢市で

 「残した歌から当時の歴史的背景が分かる」。家持の能登巡行を長年研究している元石川県立図書館長の村井加代子さん(74)=金沢市=はそう話す。

 家持は巡行時に歌五首を残した。石川県七尾市の能登島を詠んだ歌((1))では、島で船の材料にする木を切っていたことが詠まれている。七尾湾はかつて、大和朝廷による蝦夷(現在の関東以北)討伐の拠点で軍港の役割があったという。

 家持ではないが、七尾市中島町で庶民が詠んだとされる歌には当時使われていたとみられる「新羅斧(おの)」「熊来(熊木)」という言葉が出てくる。
家持もわざわざここを訪れて歌を残している((2))ことから、村井さんは「能登島で切った木を使って、(中島町の)熊木で船を造っていたと考えられる」と話す。

https://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/images/PK2019042002100140_size0.jpg
 家持は同県輪島市門前町の仁岸川も訪れた((3))。周辺は当時、鉄鉱石の産地で、家持は農具に必要な鉄の生産に重要な鉱山地を巡ったと考えられるという。「造船や鉄鉱産地を巡り、越中国の重要地を把握する視察だった」と、村井さんは解説する。

 万葉集は、高位の人から庶民までが詠んだ歌が収録されているのが特徴。能登の歌にも、庶民が詠んだとされる三首が残る。
村井さんは「万葉集は庶民の息遣いが感じられる」として、「新元号で万葉集に注目が集まる中、能登でも歴史や文化を再考する機会にしてほしい」と願っている。

https://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/images/PK2019042002100141_size0.jpg
大伴家持が視察時に能登島を詠んだ歌の歌碑=石川県七尾市能登島曲町で
0025名無しさん@お腹いっぱい。垢版2019/04/25(木) 18:28:52.17ID:jNxfXEv/
金沢、衰えぬホテル開発 その先は 住宅・商業配分も重視
大和ハウス工業金沢支社長 橋本 好哲氏
2019年4月25日 1:49 [有料会員限定]
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO44148300U9A420C1LB0000/

北陸新幹線の開業から4年がたった金沢市ではホテルの開発ラッシュが続く。土地開発の範囲は駅や観光地に近い中心部から、飲食店などが集まる繁華街にまで広がりを見せる。
一部でホテルが過剰となる懸念も指摘される中、金沢で多くの土地開発を手掛ける大和ハウス工業の橋本好哲金沢支社長に展望を聞いた。

――金沢は北陸新幹線の開業5年目に入りました。

「通常は開業3年目あたりから効果が落ちることが多いが、金沢は持続…
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