【刀】鈴木眞哉史観を疑う 六太刀目【騎馬武者】

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1日本@名無史さん2014/10/06(月) 08:37:29.22
「歴史の真実を見極めよ」と既存の歴史観にエキセントリックに疑義を投げかける、
紀州雑賀衆の末裔を自称する「日曜歴史家」鈴木眞哉。

ネット上を見ると、彼を評価する人間も少なくないが、
鈴木のいう「歴史の真実を見極める」とは
彼の説を無条件に受け入れるだけで事足りることなのか?
彼の提案する説で疑問に感じるところはないのか?

鈴木史観との向き合い方から鈴木史観の内容についてまで、
それを日本史板なりに専門的に議論するスレ。

前スレ
【刀】鈴木眞哉史観を疑う 五太刀目【騎馬武者】
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/history/1350722151/

2日本@名無史さん2014/10/06(月) 09:36:29.96
おらは、刀は馬上で振るために考案されたものだと思うんだ
馬を駆けながら剣を振るのに両刃は必要ない。片刃で十分
更に刀の反りは腕への衝撃を減らすのに役立つ

3日本@名無史さん2014/10/06(月) 21:53:46.09
>>1
スレ立て感謝

>>2
片刃で十分とおっしゃいますが、両刃の利点って何でしょうか?
刃の鋭さと強度の両立という点では片刃が有利だし、切っ先の鋭さにこだわり抜くとしても
鋒両刃作りでことたりるし

4日本@名無史さん2014/10/06(月) 22:58:04.96
>>3
>片刃で十分とおっしゃいますが、両刃の利点って何でしょうか?

しばらく考えてしまったよ
両刃が優れてるという意味ではなく、片方の刃で十分と言う意味
馬を走らせて刀を振る場合、片刃しか使わない
振って終わり
振り返す動作がまずない
振り返す前に敵は後方に消えてしまうからね

刀の起源を馬上用の片刃と推測したまでさ

5日本@名無史さん2014/10/06(月) 23:10:13.75
もしおらの推測が合ってれば一大発見になるか?

6日本@名無史さん2014/10/06(月) 23:36:14.33
強度の問題で幅広の両刃剣しか作れ無い時代が在ったってだけ

7日本@名無史さん2014/10/07(火) 04:47:04.89
ディスカバリーチャンネルかなんかのアメリカの番組で、
「馬上剣は直刀が良いか曲刀が良いか」
っていう検証やってたな。馬に乗って藁かなんかの束切ってるの。
結論は曲刀だった。
じゃあ直刀の利点ってなんなの

8日本@名無史さん2014/10/07(火) 05:38:47.20
と、突撃の際の刺突に向いてるから・・・(震え声)

9日本@名無史さん2014/10/07(火) 07:37:35.01
刀が馬上用として生み出されたのであるならば騎馬武者は必ずしも下馬してから戦うわけではないことになる

10日本@名無史さん2014/10/07(火) 10:53:13.34
>>7
十字架みたいでかっこいい(中世騎士並感)

11日本@名無史さん2014/10/07(火) 11:19:22.98
つか曲刀ってエゾの疾駆斬撃戦法からでしょ

12日本@名無史さん2014/10/07(火) 16:18:53.15
>>7
馬上じゃない、歩兵が使うには直刀がいい。
馬上戦闘がなくなってから直刀が普及したんだよ。

戦国時代の刀は直刀じゃない。(それ以前の刀も。)
ということは逆に言えば、戦国時代には馬上で戦うことを考慮した刀がいまだ主流だったって事でもある。

13日本@名無史さん2014/10/07(火) 18:03:47.46
反りのない刀のせいでとっさの抜刀すらできない話が雑兵物語に載ってるが
この作者は太平の世のせいでそういう実用的でない刀が広まったと
批判的に書いてるよ

14日本@名無史さん2014/10/07(火) 18:15:07.68
『武功雑記』
刀のそりよきころなるはあたりつよし、高麗陣に加藤肥後守、
軍兵どもの てきをきりあぐみたる時、肥後守いさましめて、
馬上にて幾人きりたをし候や、 かぞへみよと申さるに、
刀の直なるにてはあたりよはくて敵たをれず、そりたるにては
きれずといへどもたをれぬはなし。


反りの効果でただの棒状の鉄よりは鈍器としての威力も増す
ヒストリーチャンネルのガニー軍曹の番組で鎧に対して
より威力があったのは西洋剣より刀だったがあれも反りの効果だろうし

15日本@名無史さん2014/10/07(火) 18:31:22.42
倭寇を参考にして採用した戚家軍の倭刀も反りがあるタイプだがなあ
長倭刀にしろ藤牌兵が持つ腰刀にしろ

反りのある刀は歩兵には向かないってのは何の話なんだか

16日本@名無史さん2014/10/07(火) 18:34:18.50
>>7
作り易いし技術が低くても安定的に作れる

17日本@名無史さん2014/10/07(火) 18:47:32.55
反りがないと突きをしやすいメリットはある
ナポレオンの胸甲騎兵は直刀装備だった
同じナポレオン軍でもユサールとかの軽騎兵は湾刀だけどね

18日本@名無史さん2014/10/07(火) 20:41:49.71
>>6
>強度の問題で幅広の両刃剣しか作れ無い時代が在ったってだけ

強度の問題で考えるなら逆
刃は剣を削って薄くするから強度がなくなる
片刃の方が断然強度が増す
馬を走らせながら剣を叩きつけても折れないように技と片刃にしたとも考えられる

19日本@名無史さん2014/10/07(火) 20:50:38.74
>>18
無知は想いつきで喋るなよw
材料や加工の質が悪いと長くした場合分厚くしないと直ぐ折れる
なので分厚くする為に仕方無く幅広の両刃に為ぜるを得無くなる

幅広で両刃の長剣は技術の未発達な古代によく見られる形状

20日本@名無史さん2014/10/07(火) 20:54:04.07
>>9
草創期の武士は、上手に騎乗戦闘を行える技術持っているというのが絶対条件だから。
武士の概念がインフレして、騎馬戦闘できないのも武士化したからね。

21日本@名無史さん2014/10/07(火) 21:00:31.91
>1000 名前: 日本@名無史さん [sage] 投稿日: 2014/10/07(火) 16:23:55.42
>>997
>騎乗、馬上だけ集めて部隊を作るってことは集団戦の運用方法だ。
>当時の武士の戦い方として、集団戦はあまり普及していない。

集団戦じゃない戦争って何?
そんなものが人類の歴史上存在したことがあるのか?

22日本@名無史さん2014/10/07(火) 21:03:02.66
>>19
剣の柔軟性の問題か・・・
それならば反りが入ってることも頷けるな
刃で衝撃を減らすか反りで衝撃を減らすかの違い

23日本@名無史さん2014/10/07(火) 21:04:54.51
>>21
古代ギリシャみたいながっしりした編隊を組んでの戦争ってことでしょ
日本は渡辺勘兵衛覚書みてもちょっと違う

24日本@名無史さん2014/10/07(火) 21:10:57.82
フロイスが言うには戦国時代の日本の軍の編成は
同時代のヨーロッパと変わらないくらい組織化されてたようだけど

25日本@名無史さん2014/10/07(火) 21:14:39.31
>>23
綺麗に隊形組むことと騎馬を一かたまりで運用することにどういう因果関係があるのかよく分からないんだが

26日本@名無史さん2014/10/07(火) 21:17:43.79
>>22の補足
両刃が幅広で重たい剣であるならばの話だが・・・

馬上で剣を振るため幅広の重たい両刃を長くする必要が出てきた
そこで両刃の片方の刃を無くして軽くする
んで強度不足は反りで補う

27日本@名無史さん2014/10/07(火) 21:23:24.60
>騎乗、馬上だけ集めて部隊を作るってことは集団戦の運用方法だ。
>当時の武士の戦い方として、集団戦はあまり普及していない。

>また逆に、集団戦の運用となると、全兵の1〜2割しか居ない馬上だけでは兵力が厳しい。
>それまでの戦闘と違い、集団戦ではランチェスターの二乗則が効くからな。

>歩卒より馬上の方が、一対一では仮に3倍強いとしても、人数が半分ぐらいだったら負ける。みたいなね。

こいつ、マジで何言ってるのかわからん
何で
騎馬隊が存在する=騎馬隊だけで敵の全軍を相手する
みたいな話になってるんだ?

28日本@名無史さん2014/10/07(火) 21:25:46.27
>>26の続き

結局のところ卵が先か鶏が先かになるんだよな・・・
卵が先だと言う者と鶏が先と言う者

29日本@名無史さん2014/10/07(火) 21:35:06.12
槍と薙刀見ても刺突は直刀、斬撃は反り入りが有利なわけかね?

30日本@名無史さん2014/10/07(火) 22:49:40.73
>>27
騎馬隊の機動力・速度を活用しようとしたら、騎馬隊だけで敵の全軍と衝突する場面が出ないような運用は困難だろ

歩兵も含め、できるだけ多くの兵を戦場に投入しようとするなら、行軍速度は歩兵の速度によって制限される。
騎馬隊をあえて作る意味は薄くなるだろ

31日本@名無史さん2014/10/07(火) 22:56:22.90
>>30
遊撃部隊

32日本@名無史さん2014/10/07(火) 23:01:54.76
>>30
>>31が言う通り。
そもそも必要もねえのに騎馬だけ集めてどうすんだよ。
北条家や武田家はバカだってのか?

33日本@名無史さん2014/10/07(火) 23:10:45.91
>>30
奇襲とかなら数が劣ってても十分に有効な攻撃が可能だろ?
正攻法でも手薄なところや崩れたところに騎馬を回り込ませるとかいくらでも使いようはあるのでは?
実際、朝鮮の役の明兵の記録には日本軍の騎馬突撃の様子が描かれてる

ていうか欧州、中国、モンゴル辺りでもある程度以上の規模の軍起こす時は騎兵はあくまでその一部だったろうに
少数で当たると不利だから騎馬の意味がないので騎馬隊はなかった
なんて理屈が通るなら、世界中のどこにも騎馬隊なんて存在しなかったことになるでしょ

34日本@名無史さん2014/10/07(火) 23:18:11.74
数百以内程度の小競り合いならともかく数千以上の単位の軍同士で
全軍が同時にぶつかり合う戦なんてあんまりないんじゃないの?

35日本@名無史さん2014/10/07(火) 23:27:55.89
>>33
明兵の記録ってどういうふうに書かれてるの?

36日本@名無史さん2014/10/07(火) 23:41:27.71
一応、鈴木氏は史料なり馬の体格なりと実体のある具体的な根拠は挙げてるよな
ことごとく論破されただけで
「なかった」という結論から出発して理屈だけをこねくり回すのとは違う

37日本@名無史さん2014/10/07(火) 23:49:09.43
ランチェスターの経験則って馬鹿文系がよく使いたがるけど
あれ、投射兵器限定のそれも射程範囲内規模での経験則だからな

38日本@名無史さん2014/10/08(水) 00:11:40.14
>>35
日本軍が交代射撃と遊撃騎兵による攪乱を組み合わせてくるので我が軍は逃げられない、的な内容
「経略復国要編」という書にあるそうだ

39日本@名無史さん2014/10/08(水) 00:27:36.61
>>37
そこまで限定的とは知らなかった。
同等の装備で無策にぶつかりあう状況くらいに思ってた。

40日本@名無史さん2014/10/08(水) 00:31:01.53
馬上筒ってのはどれくらい役に立つものだったんだ?
使い道が滅茶苦茶限定されそうな気がするんだが

41日本@名無史さん2014/10/08(水) 01:42:26.70
>>38
ググったら奇しくも輪番射撃について書いたページがでてきたw

42日本@名無史さん2014/10/08(水) 02:05:37.21
騎馬が突撃の祭にどのぐらい距離を走るのか?
 ・弓の有効射程(せいぜい100m)
 ・火縄銃の有効射程(200m?)

火縄銃の射程ギリギリまで詰めてから加速すると思われるから突撃距離200mでいいだろ


最高速度
 ・騎馬(30km/h)
 ・足軽(15km/h)


突撃距離200mで騎馬は足軽の2倍の速さだから・・・突撃時に足軽は100m離される
直ぐに追いつける距離さ

43日本@名無史さん2014/10/08(水) 07:03:25.42
南北戦争でも、歩兵は近距離での密集隊形で撃ち合いをしている。
戦国時代に、一万の武田騎馬隊が密集隊形で全力疾走しながら突撃したなら、もの凄い打撃力となり戦線に穴を開けたはずだ。

44日本@名無史さん2014/10/08(水) 07:42:36.71
>>43
Civil Warの頃は銃が進歩してたから、両軍ともひどい損害を受けて、戦列歩兵戦術が廃れる原因になってる。
ついでに、戦列歩兵に正面から騎兵でぶつかったら騎兵が壊滅するのも世界の常識。
だからこそ、戦列を砲で崩す、崩れたところに騎兵が突っ込む、陣形の乱れたところを歩兵で押しつぶす、
という歩・騎・砲の連携戦術がナポレオン戦争から第1次世界大戦前期まで常識だったわけで。

45日本@名無史さん2014/10/08(水) 08:25:21.73
一万の武田騎馬隊とかわざとやってるんじゃないかな
前のスレでも朝方に荒らす人きてたし

46日本@名無史さん2014/10/08(水) 08:41:32.98
武田や北条の史料に騎馬隊がいることはわかっているが、1万の騎馬隊とか誰も言ってねえのにねw

47日本@名無史さん2014/10/08(水) 12:14:31.59
>>44
500の戦列歩兵に500の騎兵が突っ込んだら壊滅するのは歩兵の方だけどな

48日本@名無史さん2014/10/08(水) 16:35:11.18
>>45
武田領が最大まで拡大していたときでも、そんなに多くの馬上はいない。
家臣の馬上を全員集めても、せいぜい3000か、多くて5000ぐらいだぞ。1万とか荒唐無稽すぎる。

49日本@名無史さん2014/10/08(水) 17:53:06.84
荒唐無稽も何も一万の騎馬隊の存在なんて誰も主張してないだろ
自分で勝手な数字出してきて「有り得ない数字だ」とか喚かれても反応に困るわ

50日本@名無史さん2014/10/08(水) 20:05:05.88
>>48
馬上合計6000騎以上だけどな

51日本@名無史さん2014/10/08(水) 23:25:56.78
>>47
そうか? 元込め連発もってる南北戦争の戦列歩兵相手に正面から突っ込んだら切り込む前に全滅するんじゃね?

52日本@名無史さん2014/10/08(水) 23:48:19.96
全滅しないし、態々正面から突っ込む池沼は居ないからな

53日本@名無史さん2014/10/09(木) 00:17:40.91
>>50
いつの時期の合計か気になるな
勝頼時代?

54日本@名無史さん2014/10/09(木) 07:47:06.33
>>42の続き
いずれにしろ突撃時に足軽は騎馬から少し離される
これは実質、騎馬だけの突撃になるんじゃないの?

55日本@名無史さん2014/10/09(木) 08:11:09.95
兵科ごとに分かれていたわけでもなかった時代の蒙古襲来絵詞でだって
そうなってるしね

戦国時代に限らず伝統的に騎馬武者はそういう戦い方をしたんじゃないかな

56日本@名無史さん2014/10/09(木) 14:36:10.17
騎馬が穴空けて歩兵が突入する。
近代戦に近い形になってるじゃないか。

57日本@名無史さん2014/10/09(木) 19:35:03.00
鶴翼の陣で両側の騎馬隊で回り込んで攻撃。
車掛りの陣で槍足軽による円陣を組んで対抗。
ヨーロッパの騎馬戦術、それに対する防御策と寸分たがわない。
やはり日本にも騎馬隊はあった。

58日本@名無史さん2014/10/09(木) 22:35:02.39
兵力を騎で表記されることが多かった理由、そして騎馬で謎だった運用方法も解けた感じだね
騎とは騎馬の数というより騎馬を中心とした1ユニットを表していた
んで1ユニットは近距離・遠距離及び突撃・防御など幾つもの戦闘形態に対応できる

59日本@名無史さん2014/10/09(木) 23:02:03.27
なんで騎馬一万だの鶴翼と車懸りだのっていう極論が唐突に出てくるんだ?
極論持ち出してそれを否定しても騎馬隊そのものの否定にはつながらないと思うが

60日本@名無史さん2014/10/09(木) 23:21:38.36
在チョンに論理なんて無いからな、願望と妄想しかない

61日本@名無史さん2014/10/09(木) 23:55:22.25
>>58
少なくとも戦国後期は史料から見て兵科別の編成が行われていた可能性が高い
って話だったのにユニット説に逆行するのかよ

62日本@名無史さん2014/10/10(金) 00:06:53.54
戦国期の史料では兵力を騎って表現しなくなるよね。

63日本@名無史さん2014/10/10(金) 00:50:00.20
>>61>>62
戦国後期は兵農分離が進み侍のサラリーマン化、
更に領地の拡大等で兵科別の割合を増やす余地が多分にあったとは思う



>話だったのに

済まんね
新参者ですので過去の話は知らんのです

64日本@名無史さん2014/10/10(金) 07:24:59.87
>>58
そういう鈴木説は既に妄想に過ぎない事が判明している。
戦国時代は、騎馬隊、槍隊、弓隊、鉄砲隊と純化した兵力運用がなされている。
研究が進むと鈴木が罵倒した黒沢映画が正しかったということだ。

65日本@名無史さん2014/10/10(金) 13:51:42.10
いつもの人か
マンネリしすぎてパワーもないな

66日本@名無史さん2014/10/10(金) 17:16:15.16
編成権を持つのは統治者
大名でも編成権限が及ぶのは直轄領だけ
それ以外は要請しかできない
んで侍がサラリーマン化すると侍は事実上統治権を失う
こうなると大名は陪臣の領土の編成権を持つようになり、大規模な兵科制を取り入れることも可能になる

要は兵科制とユニット制は共存してたんだと思う
んで戦国末期になるにつれ兵科制の割合が増えてきということじゃないのか

江戸時代になると侍が城下に住むようになるよな
これは侍のサラリーマン化なんだな

67日本@名無史さん2014/10/10(金) 19:59:55.43
>>66
>んで侍がサラリーマン化すると侍は事実上統治権を失う

逆じゃね。
大名が、家臣たる侍たちから、それぞれの領地への統治権を取り上げることでサラリーマン化させていったんだろ

68日本@名無史さん2014/10/11(土) 04:24:57.67
>>67
んま〜そうだな
大名の思惑としてそうした部分も多分あるだろうね

69日本@名無史さん2014/10/11(土) 04:34:10.23
よし、次いってきようか
徒歩と騎馬では遠距離攻撃においてどちらが優れてるか?
ま〜一長一短あるだろうから騎馬の優位部分だけ

弓の場合、高い位置から放つ方が威力が増す
騎馬だと徒歩より1mぐらい高くなるのかな
眺望も騎馬の方が効くしさ

んでもう1つ
騎馬は移動しながら攻撃できる

70日本@名無史さん2014/10/11(土) 09:15:05.70
じゃあ、私は歩兵の有利を。

弓術と馬術の両方を修めねばならない弓騎兵より育成が容易⇒数を揃えやすい。
馬を維持しなくて良い分コストも安い。
地形にもよるけど、馬では昇りにくい傾斜地とか森林に陣取れる。
馬上より徒歩の方が強い弓を引ける。

71日本@名無史さん2014/10/11(土) 09:42:15.45
戦国時代は城攻めが極めて多くなるから歩兵がメインなのは仕方ない。
野戦でも陣城や遮蔽物の設置は当たり前になってきてるからますます騎兵の出番は少なくなってる。

72日本@名無史さん2014/10/11(土) 09:53:57.06
大名の思惑もあるけど、本当に兵科別の編成が行われてて
尚且つそれで結果が出てたのだとしたなら
下の連中も勝つ可能性=生き残る可能性の高い方を選択するんじゃないか?

73日本@名無史さん2014/10/11(土) 10:05:17.05
そういう編成が長期間続くと
「我が家からは騎馬、鉄砲、槍を3人ずつ出して、後で兵科別に編成します」から
「我が家は騎馬9人出します」「我が家は鉄砲」「我が家は槍」と、従軍時の編成から変わってきそうだな。

74日本@名無史さん2014/10/11(土) 10:12:38.21
馬や鉄砲は数に限りがあるだろ
兵農分離と言っても完全なものではなく規模や状況次第で普通に農民の徴集もあったろうし

75日本@名無史さん2014/10/11(土) 10:13:01.15
>>73
それじゃ大名側が困る。
大名が必要な兵種を割り当てるという方式にしないと。

76日本@名無史さん2014/10/11(土) 10:14:31.16
>>76
軍役だからね。
馬や鉄砲を買いそろえることが出来る財力を基準に割り当てを決めるんだろ。

兵力が自分1人のような地侍だと鉄砲なんて割り当てられんだろうさ。

77日本@名無史さん2014/10/11(土) 10:15:05.80
>>76×

>>74

78日本@名無史さん2014/10/11(土) 10:18:59.70
慶長元和あたりも相変わらず槍脇の刀や鉄砲なんかの郎党を伴っての
槍合わせをやってたのは確実だからなあ

79日本@名無史さん2014/10/11(土) 10:28:30.88
いろんな兵科を提供して再編成だと
「○○家、□□家、××家の槍兵さんはこちらに集合して下さい。指揮は○○様が執ります」となる。
初めから兵科別で従軍できれば
「○○家の槍兵さん、持ち場はこちらです。指揮官は○○様、つまりあなた方の殿様です」となる。

後者の方が便利ではありそう。史実でどうなのかは知らない。

80日本@名無史さん2014/10/11(土) 10:32:35.96
>>79
組が決まってるから。
結果的に指揮官も同僚もよく見知った者同士になるんじゃないの。

81日本@名無史さん2014/10/11(土) 11:16:37.19
そりゃ兵種ごとに隊を分けたとしても常に分かれて戦ってたわけじゃないだろ
共同で戦うことも入り乱れての乱戦になることも普通にあったはず
そんなことは戦国日本に限った話じゃないと思う

82日本@名無史さん2014/10/11(土) 22:18:54.49
備単位で集めた兵隊を兵種ごとに再編成するんだから、ある家のある兵種の兵隊が配属される部隊はいつも同じメンバーだし、指揮官も同じだろ。

83日本@名無史さん2014/10/12(日) 00:00:42.57
武家社会とは寄り合いの世界なんだな
領主の集合体なわけよ
足軽を弁当に例えよう
A君が持ってきた槍弁当とB君が持ってきた弓弁当
簡単に交換できると思う?

84日本@名無史さん2014/10/12(日) 00:06:10.74
>>83
ピクニックじゃねえんだよタコ

85日本@名無史さん2014/10/12(日) 00:12:50.33
>>83
その話は前スレで現状の研究成果がさんざん説明されてたように思うけど…
改めて聞くけどこれはどう考えてるの?
ttp://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/history/1350722151/946
>> 軍役名宛人の領主的性質を重視する見解をとる人って
>> >>759で説明されている衆全体の備えの定め(軍隊構成)と、個々が軍役で連れてきている人員の違いをどう理解するの?
>> そもそも兵種別再編成自体もなかったって考えるの?

ちなみに前スレ759はこれね
ttp://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/history/1350722151/759

86日本@名無史さん2014/10/12(日) 01:01:42.77
創られた“軍師”山本勘助 丸島 和洋
最終回 幻の武田騎馬隊
ttp://kaze.shinshomap.info/series/kansuke/03.html

87日本@名無史さん2014/10/12(日) 01:23:05.21
>>83
仕事だよ仕事、児童の遠足に喩えるとか在チョン反日狂死かよ

88日本@名無史さん2014/10/12(日) 01:35:13.77
西上野の小幡一党、赤武者にて、入れ替へ懸かり来たる。
関東衆、馬上の巧者にて、是れ又、馬入るべき行にて、推し太鼓を打ちて、懸かり来たる。
(『信長公記』長篠の合戦)



近江彦根に移住した甲斐武田の旧臣が発した驚きの声(『武田流軍書』)
「何たる事にや、上方の士、馬を入れる事が無きぞ」
何という事だ。我々甲州武士と違い上方武士は馬から下りて戦う。

89日本@名無史さん2014/10/12(日) 01:39:33.09
>>69
クセノポンが歩兵に比べて騎兵の利点はただ退却が用意という点のみだって書いてたな

90日本@名無史さん2014/10/12(日) 06:41:24.12
>>85
宮城四郎兵衛泰業の着到状の原文を読まないと・・・・
探しても出てこん。。。。。


それに北条だろ
領土を広げていった戦国大名は古くからの地侍を追い出してるからね〜

91日本@名無史さん2014/10/12(日) 07:39:38.91
>>90
出てこないも何も前スレ759に
>>元亀3年正月4日付宮城四郎兵衛泰業の着到状(戦国遺文北条氏編1570号)にプラスして
>>岩付衆の陣定(備え)示す天正5年北条家印判状(豊島宮城文書、戦国遺文北条氏編1923号)。
とあるとおり戦国遺文北条氏編1570号だよ
原文読みたいなら図書館にでも行ってみてきなよ
ネット上で見られる史料なんてほんの一握りだよ

92日本@名無史さん2014/10/12(日) 08:01:46.50
>>90
国立公文書館のデジタルアーカイブを念のため探したら現物の画像が出てきたわ
たぶんこれ
北条家着到書出
ttps://www.digital.archives.go.jp/gallery/view/detail/detailArchives/0000000099
ttp://jpimg.digital.archives.go.jp/JPEG/PGV49.jpg

93日本@名無史さん2014/10/12(日) 09:08:41.96
>>83,90
>>それに北条だろ
>>領土を広げていった戦国大名は古くからの地侍を追い出してるからね〜

兵種別編成は、北条氏のみの特殊事例ととらえるってこと?
それとも領土を広げていった戦国大名は特別だってこと?
今はまさにそういう戦国大名の軍隊構成の話をしてたんじゃないのか?

まず武士の領主的性質について話してるのになんで「地侍」の話を持ち出すのかよくわからんが
たとえば宮城泰業自身が、「宮城」を称し始めたころから数えても南北朝時代から続く武蔵に土着してた小領主だよ
ただ>>92の文書画像にも書いてあるとおり、宮城の采地は岩付ではなく近隣に細かく分散しているけどね
他にも宮城とともに岩付衆の馬上奉行を務めた渋江式部大膳は、永正年間に岩付城主を務めていた渋江氏の一族なのはほぼ確実だし
土着の領主層が完全に追放されていたわけでは決してない

あと一次史料上武田氏も同様の兵種別編成を行っていたのがほぼ明らかだ
武田氏や北条氏が兵種別編成を行いだしたのは、着到状等の武器と人数を指定する軍役を課す一次史料の初出時期から
永禄年間(1550年〜1560年)ころではないかと、西股総生や平山優あたりは指摘してるけど
>>83のような見解を取る場合、武田氏、北条氏以外の戦国大名は一切兵種別編成を行っていなかったと考えるの?
「兵農分離」が完成するまで兵種別編成はなかったとするの?
従来の通説的な「兵農分離」論からすると、一次史料上から兵種別編成がおこわれていたことが明らかな武田氏、北条氏は
織田氏などに比べて兵農分離が進んでいなかった代表例だったんじゃないの?

この辺の兵種別編成の問題と大名権力論と「兵農分離」論は、丁寧に分けて慎重に検討しないと
議論が錯綜しちゃいそうだね
>>86の丸島和洋みたいに兵種別編成を否定する見解を取る人は
自身の大名権力論と兵農分離論に対する理解と矛盾がないか改めて再検討した方がいいと思う

94日本@名無史さん2014/10/12(日) 09:27:52.93
なんか前スレからの話を見る限り岩槻の件と武田の陣立しか騎馬隊の存在を示すものがない感じ?
随分とサンプルの量がさびしい話になってんだね
もっと例があるんなら出してほしい

95日本@名無史さん2014/10/12(日) 10:08:20.74
>>94
戦国大名の軍役の様子を示す史料の研究が進んでいるのが北条と武田以外あまりないのだから話が逆さま。
現在のところ北条家ほど史料の研究が進んでいる戦国大名はない。

96日本@名無史さん2014/10/12(日) 10:28:23.95
>>95
研究の進む進まないに関係なく史料はないんですかという話です
戦国遺文は便利な形に編纂してくれただけで北条と武田の史料自体は
昨日今日でてきたものじゃないんだから

もしかして他家では見られないんですか?

97日本@名無史さん2014/10/12(日) 10:31:53.17
「信長公記」見る限り長篠では五回攻勢に出るんだけどそのうちの
たった一回、それも小幡ら関東武者中心の騎馬突撃しかないんだよね
武田の誇る「馬之衆」はこれで打ち止め?

98日本@名無史さん2014/10/12(日) 11:02:04.36
>>96
横レスだが、確実な一次史料だけから疑いようがなく兵種別編成されていたことを明らかにできたのが
現状北条氏と武田氏だけだってことで、他に兵種別編成をうかがわせる史料がないわけじゃない

ぱっと思いついたのを挙げるとすれば、兵種別編成の前提となる所領の大きさ(石高、貫高)に応じて一定の武器と人数を出せ、
とする軍役を定めていたことを示す一次史料としてはたとえば明智光秀家中軍法がある
ttp://www.city.fukuchiyama.kyoto.jp/fukuchiyamaisanWEB/siteibunkazai/komonjyo/goryoujinjya%20mituhidekankei.html
ttp://www.city.fukuchiyama.kyoto.jp/fukuchiyamaisanWEB/siteibunkazai/komonjyo/katyuugunpou.jpg


あと史料自体がどこかに存在していることと、
とある命題に関する内容を証する史料があることの間には果てしない隔たりがあることを理解した方がいい
戦国時代の軍事の実態はどうであったか、という視点で史料を検討した研究者が
ちょっと前までいなかったんだから、今、現に存在が確認されている史料のなかに
「騎馬隊」が存在することを証する史料があるかないかは、改めて検証してみないと分からない
逆に言えば、今からでも戦国遺文にまとめられていない大名家の文書を総ざらえすれば
「騎馬隊」の有無に関しても相当な発見があると思うから、自分でやってみるといいと思うよ

99日本@名無史さん2014/10/12(日) 11:08:28.54
その通り。
戦国時代の軍事の実態の研究自体今までほとんどされてなかったんだよね。
それを本格的にやり始めたのが史料が豊富の揃ってる北条家の研究をしている連中ってこと。
そしてそこから兵種別編成の具体的やり方がわかって来たということだ。

100日本@名無史さん2014/10/12(日) 11:55:46.54
上の方に出てる経略復国要編の
「?倭奴用分番休送之法、時出遊騎以攪我師、我師進不可退」って記述は
鉄砲と騎馬が別々で運用されていた一例にならないか?

101日本@名無史さん2014/10/12(日) 12:44:49.77
>>97
甲陽軍鑑品十四
丘陵地で開けていない長篠では騎兵隊を突撃為せ無かった、とある
要するに、それ以外の殆どの戦で騎馬突撃させてるって事だね

102日本@名無史さん2014/10/12(日) 12:52:14.95
>>48
軍鑑品17に総合9121騎とあるんやが

103日本@名無史さん2014/10/12(日) 12:54:40.50
>>101
信長は騎馬突撃に向いていない長篠を戦場に選んだという事だよね。
陣城まで築いて。
陣城だと雨天でも鉄砲使えるし。
相手の弱みを消して自分の強みを生かすいい戦術。
この戦場に武田を引っ張り出せるかどうかが戦いの帰趨だったと言える。
それでも戦いはかなり長時間に及んだから武田は不利な状況でかなり頑張ったと言える。

104日本@名無史さん2014/10/12(日) 12:56:36.01
相手の弱みを消して自分の強みを生かすいい戦術。×

相手の強みを消して自分の強みを生かすいい戦術。○

105日本@名無史さん2014/10/12(日) 13:36:48.70
>96
戦国時代って史料の残存状況が悪いからねえ

北条の研究が進んでるのは、充分な史料が残ってる唯一の例だからだったはず。
武田は研究が進んでると言っても残存状況は良くないんじゃなかったかなあ

武田上杉間の、川中島の戦いの回数さえ、結論が出たのは20世紀の話だろ。それまでは5回説より7回説とか9回説の方が主流だったほどで。


>>102
甲陽軍艦は史実を反映した部分もあるが創作部分も多いから、創作じゃなく史実の部分、史料であることを裏付けられないと使えないんじゃなかったか。

106日本@名無史さん2014/10/12(日) 13:37:11.10
「三河物語」
当世之衆ハ心得候らへ共、合戦之時ハ、皆々馬より
追下して、馬をバ後備より遥かに遠くやる物とハ知らずして、
何時も馬に乗りてあらんと計云も、はかなきことなり。


↑は徒歩化が進んでいた西国寄りの三河武士の認識だけど
馬が勝手に帰るわけはないから騎馬武者には馬取りがいたんじゃないかな?

107日本@名無史さん2014/10/12(日) 13:44:09.78
>>105
軍鑑は一級史料だよ、創作部分が多いとかほざいてたのは
妄想だらけで歴史学ごっこしてた老害連中

108日本@名無史さん2014/10/12(日) 13:45:46.52
>>98
兵種別編成は疑ってないですよ
こういう陣立書や着到状の類が今現在どれだけ確認されてるのか知りたいだけで

研究が進む進まないの話ではなく活用されていないのも含めてどの程度あるのかな
というのが気になるんです

109日本@名無史さん2014/10/12(日) 13:46:45.86
>>107
一級史料って言葉が随分安くなったなあ
史料批判の上で使えそうなところを慎重に活用するならわかるけど

110日本@名無史さん2014/10/12(日) 13:51:53.00
>>108
北条家みたいにまとまった史料はなかなか難しいだろうけど、
ここで書かれているように戦国時代の戦の具体的やり方についての研究はまだ始まったばかり。
陣立書、着到状の類の史料はこれからどんどん表に出て来るんじゃないかと思うよ。

111日本@名無史さん2014/10/12(日) 13:53:11.27
原形に近いって意味だよ
創作部分が少ないって意味だ

112日本@名無史さん2014/10/12(日) 13:56:15.21
>>111
山本勘助「創作部分とは具体的にはどういったところを指すのですか?
甲陽軍鑑が創作部分が少ないとは誰によって実証され支持が得られたのですか?」

113日本@名無史さん2014/10/12(日) 13:57:36.86
KDDI au スマートバリュー CM 「おとくちゃん」篇 鈴木梨央ちゃんは騎馬武者の娘。
着物姿がかわいいですね。

114日本@名無史さん2014/10/12(日) 14:00:22.87
芝辻氏か誰か忘れたが甲陽軍鑑には使っていいところと絶対に参考にしてはいけないところがある
とか言っていた研究者がいたな

捨てられない部分はあるが一級史料として活用するなんてとんでもない話だよ

115日本@名無史さん2014/10/12(日) 14:11:58.71
どこらへんがだ?
甲斐や信濃に牧があったのは事実だぞ
馬に乗るのは侍大将以上、郎党は徒兵
配下の騎馬武者は全て合わせて9300人
徒兵はそれの5,6倍

116日本@名無史さん2014/10/12(日) 14:14:49.74
一級史料かどうかはともかくとして、武田の最大領域は瞬間風速で120万石くらいはある。
4万〜5万の動員は可能だから騎馬が9300でも不自然な数字ではないな。

117日本@名無史さん2014/10/12(日) 14:16:39.75
場合によっちゃ小山田がそうやったように騎馬武者一人に10人あつめるなんて無茶もあったけど
徒兵は領内にすむ住人の中から集める

118日本@名無史さん2014/10/12(日) 14:22:23.77
つまり純粋な武士とでもいえるのはその武田の瞬間最大領域とやらでも1万人いないってことだw
これがいわゆる郷士階級とでも言えるもの

119日本@名無史さん2014/10/12(日) 14:26:17.38
動員可能な全兵力を野戦に投入するのか?

120日本@名無史さん2014/10/12(日) 14:27:39.35
>>119
そんなわけないだろw

だから武田の騎馬軍団1万とかいうのはおかしいという話になる。

121日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:02:15.94
>>115
牧というシロモノ自体は畿内にも西国にもあるがな。

122日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:06:50.12
桶狭間の頃の信長の領土では少なくとも5000人は動員可能だったはずだが、
桶狭間の戦場で今川軍と戦ったのは半分以下、2000ちょいだわな

特に周り一面が敵だらけだった、その頃の信長の場合は極端だが、
野戦に動員できる兵はそんな感じで半分ちょいが普通だろ?

秀佳外征のときみたいに国内に敵が残ってないなら全員で遠征することもできなくはないだろうが、
それでも領国統治の役人だけは残さないと困る。ましてや。

123日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:13:50.68
あの当時の武田は北条と同盟で織田、徳川、上杉と敵対してた。
信濃、上野、西信濃には相当数置いておかないといかん。
遠江の連中の大半は城に配置だろうし。
実際勝頼が動員してきたのは1万3000人程度。
うち騎馬隊は2000人〜3000人程度だろう。

124日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:14:36.19
西信濃×

東美濃○

125日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:23:00.22
>>112
黒田、柴辻が実証し支持しているよ

126日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:24:58.78
>>114
それは信長公記やその他の同時代記も全く一緒

127日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:25:00.33
>>125
どんな感じで一級史料としていますかね
両氏がそう評価した原文を持ってきていただけますか?

128日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:28:49.58
あの丸島氏も甲陽軍鑑支持の立場のようだな
従って一級史料とすべきだろう

129日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:29:53.11
>>120
武田軍全体では騎上9000、総兵力45000
上洛戦ではその中32000強を動員した
だから上洛軍には6000強の馬上が居たのは間違い無い所

130日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:30:45.05
>だから上洛軍には6000強の馬上が居たのは間違い無い所

間違いがないということを一次史料から確認できるんですか?

131日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:37:35.28
そういえば武田騎馬軍団の軍忠状や感状のほうはどうなってますか?
馬を入れまくってることが確認できるんでしょうか?

132日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:50:35.22
やけにこだわるね
普段の合戦状況なんて3000騎がいいとこよ
むしろ騎馬武者比率は上杉謙信の方が多かったくらいだからな
上杉は主に長槍隊が主兵操だがな

133日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:55:01.26
9000人いたとしても半分以上、投入すれば国が滅ぶwww
守兵を残さなければ周りから攻め込まれるわ
3分の1から2分の1以上の遠征軍は無理だからw

134日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:55:57.20
>>133
でも間違い無いらしいですよ
根拠がさっぱりですけど

135日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:57:06.58
>>129
算数はできるかな?
9121×32700÷42857=6960

136日本@名無史さん2014/10/12(日) 15:57:48.09
その点は上杉は帰って背中が海だから兵の投入比率は揚北さえ抑えれば
ずっと有利

137日本@名無史さん2014/10/12(日) 16:01:32.68
>>131
確認されてしまった‥

信長公記
「三番に、西上野の小幡一党、赤武者にて、入れ替へ懸かり来たる。関東衆、
馬上の功老にて、是れ又、馬入るべき行にて、推し太鼓を打ちて、懸かり来たる」

蘆田記
「ソレヨリ岩村田へ働。其川口ニ敵突テカカリ候處
右衛門佐自身眞先ニ馬ヲ入乗崩シ。人數二三百モ討チ取申候ヤウニ承候」

138日本@名無史さん2014/10/12(日) 16:02:55.20
>>137
え?
軍忠状や感状の意味もしかしてわかってないですか?
鈴木スレなのに?

こんなの相手にしてたのかよ

139日本@名無史さん2014/10/12(日) 16:12:10.60
馬上がいるというだけでは戦うときは15世紀のイギリスみたいに馬を後ろに送って
徒歩戦闘やるのが大半だったという可能性が無いわけではないからねえ

実際その武田と幾度も戦っている三河ではそんな感じで馬から下りて
徒歩戦闘やるのが普通だったと当の戦国の三河武士が書き残しているわけだから

「三河物語」
当世之衆ハ心得候らへ共、合戦之時ハ、皆々馬より
追下して、馬をバ後備より遥かに遠くやる物とハ知らずして、
何時も馬に乗りてあらんと計云も、はかなきことなり。


馬上達者の関東武者の小幡はわかるけどいい加減そればっかりだし
わざわざ特筆したということは小幡以外がやらなかった感じがするよね

他に信頼性の高い史料で武田騎馬軍団と言えるほどの規模で
突撃しているような報告はないのかね?

140日本@名無史さん2014/10/12(日) 16:16:17.08
>>132
上杉も兵科の割合とかわかる史料があるんですか?
どこで確認できるものなんでしょうか?

141日本@名無史さん2014/10/12(日) 16:21:23.77
>>138
郡中上や環状は史料の極々一部に過ぎないよ
鈴木本人じゃ無いんだから
ああ、そういえば鈴木は軍忠状や感状も恣意的に抜き出してたな

142日本@名無史さん2014/10/12(日) 16:38:08.79
>139
関東武者の小幡の件も、
甲陽軍鑑じゃ「織田方のわけのわからないプロパガンダ」つってるしな

143日本@名無史さん2014/10/12(日) 16:47:48.11
>>142
甲陽軍鑑に拠ると、西上野衆小幡上総守総千騎とある
これは足軽は勿論雑兵も含ま無い軍役

144日本@名無史さん2014/10/12(日) 16:56:40.47
>>139
甲陽軍鑑で馬入、乗崩と記している場面は全て騎兵隊の馬上突撃だよ
それ以外の箇所では全て斬崩しと表現

145日本@名無史さん2014/10/12(日) 17:57:27.91
>>143
なにを根拠に純騎馬隊だって思うわけ?

146日本@名無史さん2014/10/12(日) 18:00:59.72
>>128
前スレで紹介されていた「あの」丸島和洋氏のありがたいお言葉

研究者が考えていることすべてを出すには、1冊の本では足りないし、もしそのようなことをしようものなら、
話にまとまりがなくなって、本として成り立たなくなる。
だから、研究者に接する時には、「その人がまだ書いていない構想」を想像するということもひとつ必要になる。
ttp://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/a13b5bb5ba75b6b580fb6381da91abfb

研究者の文章を読むなら書いてないことは想像して補わないとダメだぞ
これ>>86が鈴木説を無批判になぞっただけに思えてもきっといろいろ考えた上なんだぞ

147日本@名無史さん2014/10/12(日) 18:28:29.58
>>92
おお有難う


>>93
>「兵農分離」が完成するまで兵種別編成はなかったとするの?

一部にはあったと思うよ
直轄領か、金で雇った傭兵なら兵種別編成が可能だった
んで戦国末期になると領主的要素の薄い侍が出てくる
侍の若党化、或いはサラリーマン化
こうなると兵種別編成もできるようになる

148日本@名無史さん2014/10/12(日) 18:49:18.12
>>129
当時の武田家の動員状況は1万石あたり400人弱、一般より1.5倍という状況だったってことか?

149日本@名無史さん2014/10/12(日) 18:50:29.47
>>147
北条氏、武田氏が兵種別編成ができていたのはなぜだと考えるの?
例に上がってる岩付衆なんて小領主の集合体だよ
>>侍の若党化、或いはサラリーマン化
これが永禄年間(1550年代)から北条氏と武田氏ではすでに起こっていたと理解しているの?

150日本@名無史さん2014/10/12(日) 18:50:57.57
>>137
軍忠状を求められている場面で編纂物たる軍記を持ち出すなんて……

151日本@名無史さん2014/10/12(日) 19:22:48.27
>>148
戦国時代は1万石あたり250人とか300人とか決まってわけじゃないからな。
それは一応落ち着いてきた豊臣時代後期から江戸時代初期とかに落ち着いて来た数字。
そもそも当時はまだ貫高制なわけで、1万石あたり300人+αくらいの動員力と考えてそうおかしくない。

152日本@名無史さん2014/10/12(日) 19:53:27.68
丸島和洋なんて糞学者、このスレでだすなよな

153日本@名無史さん2014/10/12(日) 20:15:06.10
>>145
軍役人数を根拠にだよ、これは学界や軍忠状の常識

154日本@名無史さん2014/10/12(日) 20:18:31.27
>>150
同時代記の軍記は史料だよ、編纂物でも無い

155日本@名無史さん2014/10/12(日) 20:20:55.94
>>154
同時代のものでも、伝聞情報などの信憑性が低いと認定される部分が多く含まれてるのが普通だぞ

156日本@名無史さん2014/10/12(日) 20:33:31.98
>>85
>その話は前スレで現状の研究成果がさんざん説明されてた

このようであるから、岩槻衆が軍役を分解して兵種別に再編したと考えることには無理があることが判る。
http://kagiya.at.webry.info/201308/article_2.html

157日本@名無史さん2014/10/12(日) 20:50:36.80
>>155
で、それがどうかしたのかね?w
同時代記の軍記が史料で、編纂物では無い事に変わり無い

158日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:13:30.57
>>156
長いな
ただ兵種別再編成を否定する立場で、丸島みたいに何も考えてないのはともかく
史料をもとに検討してる人ってほぼいないから議論のたたき台にちょうどよさそう
あなたがそのブログ主ならポイントしぼって要点まとめてくれるとありがたい

159日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:16:29.46
この程度で長いって、どんだけ…
期待を裏切って悪いが俺はこのプログ主じゃないよ
俺なら数百人の編成で独立して活動できる軍云云なんていう馬鹿なことは書かない

160日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:24:23.15
いやいや
リンク先だけじゃなくて記事自体は全部で9本に分かれてていろんな論点に触れてるだろ

161日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:26:28.12
>>158
>あなたがそのブログ主ならポイントしぼって要点まとめてくれるとありがたい
横レスだが、反論が気に入らなかったのか分かんないけど
こういう余計な煽りやめろよ

162日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:30:26.95
>>159
ブログ主でなくてもいいから、兵種別再編が無理だと自身が思う論拠をまとめてよ
そうでないと議論・検討がしにくいしあとから来た人にわかりにくい

163日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:35:10.27
補給の関係で野営時に人員がバラバラに成るのは
現地調達を主とする軍隊では非常によくある事。

兵科毎に組分されている場合、それに応じた規定が有り
平時にそれに応じた軍事訓練が施されるのは当然

1641582014/10/12(日) 21:35:52.97
>>161
いやいやいやいや、煽りのつもりは全くないぞ
この辺りの議論は全然研究が進んでないところだからみなでじっくり検討したいなと思うだけで
論点絞らないと検討しにくいじゃん

今自分もさっとそのブログ読んでるけど、初見じゃない人の方が内容をまとめやすいかなと思っただけだよ

165日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:37:29.44
>>164
じゃあ言い出しっぺがまとめてみたら良いんじゃないw
理解も深まるよ

166日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:43:51.72
つーかさ、ここで戦国時代には兵種別編成が当然だったと言っている人は、東京の人?
関東平野なら騎馬を集団で運用する利点もあるんだろうけど、
他の地域でも騎馬が集団運用された例ってあるのかな?

戦国時代の文章が大量に残っているというのなら、小藩に成り下がって遠隔地に移封された北条家より、
毛利や島津家の方が大量に現存しているよね。
毛利や島津で騎馬が集団運用されたという例が欲しい。

167日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:46:56.86
「戦関連は関東が最も高レベルだった」っていうある種の先入観みたいなのがあるんじゃね

168日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:49:27.70
>>166
戦国大名は時代が下るに連れて
足軽、雑兵を槍隊、弓隊、鉄砲隊に再編成していたのだから
一騎衆の多い家なら騎兵隊を組織しようと思うのが自然だわな

169日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:51:25.16
っていうかこのスレ正直ID要るなw
誰が誰か分からん

170日本@名無史さん2014/10/12(日) 21:56:14.23
兵種別編成がなされていたか否かと騎馬が集団で運用されていたか否かは別の論点だよ
前スレ853のいう3.と4.ないし5.の違い
ttp://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/history/1350722151/853

171日本@名無史さん2014/10/12(日) 22:05:17.15
弓・鉄砲を集団運用する利点は前スレでちょろっと書いたが
前近代の軍における投射兵器の集団運用との違いは、明確な階級制が存在しないこと

>156のリンク先にも指摘があるが、数人・数十人集団の集合体である前近代の軍隊において
一族郎党間には確固とした上下関係があるが、そうした集団から数百人・数千人を抽出した軍が混戦に陥ったら
それは烏合の衆となる、混戦下で数人の「奉行」が数百人を統率するのは不可能

取り合えず、騎馬隊恒常化説を主張している人は、軍の運用をどう考えているの?

172日本@名無史さん2014/10/12(日) 22:07:33.08
>>155
山本勘助が二百人相手に一人で戦って七、八十人斬り殺して撃退させたなんて話が載ってたりするしな・・・

173日本@名無史さん2014/10/12(日) 22:11:58.98
>>171
組頭、或いはそれに代わる臨時的な存在が無かったと何で言い切れるんだ?

174日本@名無史さん2014/10/12(日) 22:20:18.16
>173
基本的に一族内部については君主であっても命令権はない

つーか、「ある」「なし」の議論は「ある」と主張する側に説明責任があるのだから
>173がそれらの役職を立証する義務がある
できなければ、全て仮定の話となる罠

175日本@名無史さん2014/10/12(日) 22:32:39.27
例えば騎馬武者100人足軽400人の混合の備えがあって、その備えを戦場で突撃させる。
で、騎馬武者100人が先行して突撃して敵の陣形を乱し、足軽400人がスピードの違いから遅れて突撃する形になったとする。
この場合、騎馬隊とは呼べる?呼べない?

176日本@名無史さん2014/10/12(日) 22:40:59.69
偶然、突撃できる平坦地があって
偶然、突撃される側に何の備えもなくて
偶然、簡単に突破されるドラマやマンガの登場人物のような無能なものが指揮官で
偶然、状況に完璧に対応できる伝達・指示・統率が可能な夢のような優れた指揮官が存在し
偶然、攻撃側に安い足軽より、多年の訓練と高価な費用がかかる騎馬を無駄に磨り潰さざるをえない事情が攻撃側にある場合?

177日本@名無史さん2014/10/12(日) 22:41:23.99
>>174,171
雑兵物語には鉄炮足軽小頭、弓足軽小頭という人物が出てくる
鉄炮足軽小頭は、その冒頭で
「おれは杖を突っ立てて足軽たちに指図をする役目だから、さしでがましいとは思うがいうことを聞いてくれ」と述べてる
他の足軽から、指図するのを「さしでがましい」と思われるくらいだから
当然一族郎党間の上下関係に基づいて命令してる訳じゃない

こういった、戦場で幾人かを統率する、家的上下関係に基づかない小頭(統率者)という役割があったのは間違いないんじゃないかね

178日本@名無史さん2014/10/12(日) 22:49:11.01
当時寄り親寄り子制という主従関係に基づかない上下統率関係があったことははっきりしてるわけでね。
戦時において兵種別編成をして主従関係に基づかない上下統率関係で戦争を行う事に不自然さはないだろ。

179日本@名無史さん2014/10/12(日) 22:55:35.12
>>166
信玄の時代の初期ごろ、諏訪を急襲するために騎馬隊を作ったって話なら
といっても常設の部隊じゃなく臨時編成だったはずだが。

いちおう、関東以外。

180日本@名無史さん2014/10/12(日) 22:57:28.57
>177-178
あのさぁ、投射兵器に限らず、後方での行軍なら一人で数百人を統率することも可能なのよ
弓・鉄砲隊が混戦の最中に統率された指揮官の下で戦闘ができるのか?

俺が言っているのは、必ず混戦になる前線部隊において、任意に選択された者が他家への無条件な命令が可能なのかということ
それが可能であるのならば、江戸時代には何故他家に容喙できない中世以前の状態に先祖返りしたの?
他家内部に自由に口出しできる状態が続いたのなら、為政者がそんな美味しい権利を手放すわけがない罠

181日本@名無史さん2014/10/12(日) 22:59:18.32
>>178
自前で兵員調達する零細武士が寄子だろ

もちろん、その寄子も各兵種混成の部隊だ。


で、兵種別変性をするってことは、寄子が自前で調達してる兵たちを取り上げて、それぞれの兵種の長が雇い主の頭越しに兵に命令するわけか。

雇い主の命令でもないものを、なかなか聞き入れんだろ。普通。

182日本@名無史さん2014/10/12(日) 23:00:19.06
>>181
そんなのは力関係次第だろ

183日本@名無史さん2014/10/12(日) 23:04:18.28
>>179
まことに申し訳ありませんが、スレの流れと、全く、関係の無い、
話を持ち出して、ドヤ顔するのは止めてもらえますか。

184日本@名無史さん2014/10/12(日) 23:32:35.38
>>180,181
いやだから雇い主でない小頭が前線で小人数を指揮してる実例を雑兵物語から挙げたんだけど
寄親とか奉行とか、一定の役割を主君から与えられた者が、直接の主従関係にない(ただし同じ家中に属する)者を
戦場において指揮することのどこにそんなに疑問があるのか
煽りじゃなくてよくわからないので、丁寧に説明してくれ

前提として、今そちらが「他家」って言ってるのは、大名家間の話じゃなくて
いわゆる「洞」「家中」の内部関係における「家」の話をしているってことでいいんだよね?

185日本@名無史さん2014/10/12(日) 23:33:05.01
>>171
再編成した部隊は奉行の下に**頭、**大将が居るから指揮可能だよ

186日本@名無史さん2014/10/12(日) 23:39:00.83
>>180
現実に任意の下士官と士官が指揮命令を行っていたよ。

日本国地方自治体の役職者は他部門から出向してきた部下を指揮命令出来るが
日本国総理大臣は中国の辺鄙な村の村長にすら命令など出来無い
これは馬鹿でもチョンでも解る。

187日本@名無史さん2014/10/12(日) 23:41:11.98
「馬足軽」や「一騎(揆)合」「 一僕者」「一騎衆」などなどを編成すれば、簡単に一万の騎馬隊を編成できるよ。
これだから鈴木信者は馬鹿だと言われるんだよ。

188日本@名無史さん2014/10/12(日) 23:51:55.37
>>187
鈴木儲民族は本当に馬鹿だな

189日本@名無史さん2014/10/12(日) 23:59:25.57
>184
一晩中相手はできないよ、明日時間があれば説明してあげるけど今夜はこれが最後な、あと質問は箇条書きで頼む

>いやだから雇い主でない小頭が前線で小人数を指揮してる実例を雑兵物語から挙げたんだけど
お互いにレス番すら名前欄には書いていないから意味ないけど、俺は投射兵器の統合運用は否定していない
君が挙げるべき例は混戦になる前線部隊、君のは後方から支援する部隊の例であって関係ない、何故なら後方の部隊であるのならば命令伝達秩序が混沌化しないから
問題になっているのは、混戦下に初対面の人間から「死ね」と命令されて陪臣がその指示に従うのかという前近代の軍が内在しているモラル

>寄親とか奉行とか、一定の役割を主君から与えられた者が、直接の主従関係にない(ただし同じ家中に属する)者を戦場において指揮することのどこにそんなに疑問があるのか
寄親に与えられる権限は寄子、言い換えると直臣であって陪臣ではない。これは直近で繰り返し指摘しているわけだが、自分に話かけていないレスは読まないというのなら他者に識別できるように名乗ってくれ

>前提として、今そちらが「他家」って言ってるのは、大名家間の話じゃなくていわゆる「洞」「家中」の内部関係における「家」の話をしているってことでいいんだよね?
確認が必要なほどスレの流れについてこれないのに上から目線なのは何故?

>185
問題になっているのは、混戦下に初対面の人間から「死ね」と命令されて陪臣がその指示に従うのかという前近代の軍が内在しているモラル

190日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:08:36.81
>>189

そもそも当時の主従関係は死ねと言われて家臣が素直に言う事聞いて死守するような関係にないから。
だからそもそも主人も家臣を犬死させるような扱いせんよ。

191日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:13:22.09
>>180
江戸時代云々って平時の話だろ?
何で平時と戦時を一緒くたにするんだ?
つーか騎馬隊虚構説の立場に立つなら、その虚構が形成されたのって
その江戸時代ということになるんじゃないのか?
江戸時代の武士は「騎馬隊なんてありえねー(笑)」と笑いながら軍書や軍記を学んでたのか?

それに、仮に戦国時代に「直接の主君の命令は絶対だが、主君以外の命令なんてどんなに偉い人が相手でも受けん!!」という
強烈な忠義意識が社会全般に浸透していたと仮定しても、
その直接の主君が「これから隊を編成し直すから編入先の上司の命令はちゃんと聞くんだぞ」と
命令すれば何の問題もなくなるんじゃないのか?
何せ主君の命令は絶対なんだから

実際、自分とこの郎党が足引っ張ったなんてことになれば家の恥になるんだから
それくらいの命令はして当たり前だと思うけどな

192日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:15:24.27
九条教徒ってこんなスレにもいるんだな・・・
健全で民主的な戦国時代、すばらしい。



どこのファンタジー世界だよorz

193日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:16:52.44
九条教徒ってこんなスレにもいるんだな・・・
健全で民主的な戦国時代、すばらしい。



どこのファンタジー世界だよorz

194日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:21:48.64
郎党持つような家柄なら主人も騎馬だろうし騎馬の郎党がいたらそいつごと騎馬隊に配属されるのでは?

195日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:28:33.85
>だからそもそも主人も家臣を犬死させるような扱いせんよ
成る程。戦場では絶対死なないと保障された命令だけがおこなわれると。

なんか証券会社の社員に、「絶対儲かる株を教えろ」と迫るユーザーみたい。

196日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:39:28.36
>>194
>郎党持つような家柄なら主人も騎馬だろうし騎馬の郎党がいたらそいつごと騎馬隊に配属されるのでは?
なんかもう目茶苦茶だね。
馬を複数用意できる家柄なら、槍や弓を扱う郎党もいる。
ここで騒いでいる子は、「兵種別に運用されていて騎馬隊があった」と言ってるわけで、
騎馬隊に郎党と主人が配属されたとして、各兵種毎に漏れなく主人と郎党のペアが存在するのか?
主人って何人いるんだよorz

197日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:40:18.72
農民から徴集された兵はどうなの?
普通に前線の歩兵として使われて乱戦の中で初対面の奴の命令受けながら戦うんじゃないの?

198日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:40:41.93
>秀康卿仰せけるは、関東侍は馬上にて達者を働く由聞き及びぬ。さぞ強き馬を好みつらんと。
>朝倉犬也承りて、関東の侍あながち強き馬を好まず。ただ自力にかないたる馬をもっぱらに乗り候。
>それ馬に乗りて遠路を行くは足を休めんため、軍中にて乗るは馬上にて弓・槍を用に立てんためなるが故に、
>むかし関東にて戦場をいまだ踏まざる若き者は、広き野原へあまた伴い出でて、敵味方と人数を分ち、
>旗をさし弓・槍・長刀おのれおのれが得手の道具を持ちて馬に乗り、馬を試みんため鉄砲を鳴らし、
>矢叫びの声をあげて喚き叫ぶ時に、勇んで進む馬あり、おくれて退り、驚きて横へきるる馬あり。
>山へ乗上げ、岨の崖道を乗り、堀を飛ばせ、自由に働くようにと鍛錬いたし、
>先陣にぬきんで駆引き達者にふるまい、勝利に得んことを専らにたしなみ候。
(北条五代記)

199日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:41:00.82
>>196
え?
あんた、騎馬隊以外の兵種別編成は認めてるんじゃなかったっけ?

200日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:43:45.88
だったら、各家の主人が騎馬隊に編入されるとしたら
むしろ騎馬隊こそが最も命令系統の伝達がスムーズに行われやすい隊だったってことにならね?

201日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:46:30.73
>>189
初対面じゃなく、当然ながら振分後の編成は事前に定められてるし
当然それに基づいて訓練されてるよ
白痴レベルの池沼なら準備為無いかもしれないけどね

202日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:47:59.62
>>193
さっさと兵役を勤めに還ろうな

203日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:48:10.62
長文書いてるけど
郎党は戦場で主人以外の命令は聞かない!!
聞かないったら聞かないったら聞かない!!
って言ってるだけじゃんか
あほらしい

204日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:49:44.92
>>197
農民から徴集された兵の事例を史料付きで証明しないとね
そんな事例は極小数の例外でしか無いから

205日本@名無史さん2014/10/13(月) 00:52:02.73
逆に兵農分離がきっちり行われてたなら非戦時から兵種別の訓練がある程度可能じゃねーの?

206日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:00:01.16
>>149
基本は侍(領主)が引き連れてきた郎党・足軽はそのままの指揮系統で戦うってことだよ
但し戦国末期になるにつれ侍のサラリーマン化が出てくるからそれに伴って兵種別編成割合が増えてきたというだけ
領主別編成と兵種別編成の共存で基本は領主別編成

207日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:05:10.97
その根拠は?

208日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:06:07.88
>>189
そうか給人が軍役として連れてくる人たちを、全員地縁血縁で結びついた給人の永続的な主従関係をもつ家臣だと思ってるのか
戦国時代のあなたのいう「陪臣」のモラルを検討するのなら、ここ20年進展した雑兵・奉公人論のさわりくらいは頭に入れた方がいいよ

いろんな見解があるし、大名家によっても差異があるところだけど、この話に関係ありそうな点をざっとあげると
・給人が軍役として連れてくる軍役構成員には有姓の侍身分の者と無姓の非侍身分の者が含まれていること
・いわゆる「足軽」には流動性を持つ者たちがおり傭兵としての側面が指摘できること(荒垣恒明)
(ただし北条氏における史料上の「足軽」は軍隊編成上の呼称で「傭兵」ではない、との則武雄一の指摘あり)
・北条氏における無姓の「足軽」は、その活躍により有姓化して侍身分となったり、給分を増して一騎合いとなれたこと(則武雄一)
・毛利家における武家奉公人には親から子に引き継がれる譜代の武家奉公人と、借金の質などとして百姓から奉公人になるものの
二種類が存在し、後者は前者に比べて主従・帰属意識が弱く、かつ戦国時代が進展するにつれその割合が増加すること(菊池浩幸)
こんなところか

209日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:10:16.82
最早、騎馬隊が存在したかはどうでもいいみたい。

誰か「足軽」に傭兵がいたのかどうかを聞いたのか?

210日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:20:37.55
足軽出身の身分も帰属意識も低い馬上衆が後の時代になるほど増えて行ったってこと?

211日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:21:59.56
傭兵といえば陣借りもあるよね。
騎乗の陣借りは、高度な訓練を日常的に繰り返す騎馬隊に編入されるのか?

212日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:24:28.06
>>209
給人が軍役で連れてくる「陪臣」は、当時の「モラル」的に直接の主君以外の命令を聞くはずないから
兵種別再編成はありえないとの見解に対して
今はその「陪臣」なるもののの実像が明かにされつつあるから、
モラルを検討するなら想像上のぼやっとした「陪臣」ではなく、その実像、正体を理解した上でした方がいいよと指摘したまで

兵種別編成がなされていたか否かと騎馬隊の有無とは別の議論だよ
大きくかかわり合いのある論点同士ではあるけどね

213日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:25:24.73
高度な訓練を日常的に繰り返す?

214日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:31:42.66
自分を売り込まなきゃいけない立場の人間なら無茶な命令違反を繰り返したりしないんじゃない?

215日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:32:33.27
直接の主君以外の命令を聞くはずないのなら、足軽大将だの小頭だのという中間管理職が存在するのはおかしいよね。
そもそも主君の動員命令には、動員された後に所属先の組で働くようにという命令も含まれてると考えればおかしくもなんともないだろ。
中世の人はその程度の命令体系も理解できないくらい頭悪いと考えるのか?

216日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:35:10.58
>>213
北条簒奪政権時代や同時代の西欧諸王朝よりは高度、近代陸軍よりは低度
日常的では無いが年に数十日は訓練してたよ

217日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:36:21.36
>>210
この件に関して、昨今の雑兵論を踏まえたとき重要なのは
雑兵とよばれる下層軍役構成員にとって、戦争は、自身の利益を上げるための場であった、
っていう雑兵の当事者意識を認識することにあると思う
従来的なお殿様のために、っていう他人様のための戦争、という理解では戦国時代の戦場は理解できない
っていうのが藤木以来、学会の流れにあって、兵種別編成の有無に関して検討する際もこの点は大切な視座になると思うよ

218日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:40:48.49
まず侍がどんなものかの簡単な説明

基本は村になる
村の人口はだいたい数十人〜千人ぐらいをイメージすればいいだろ
石高にすると100石〜数千石
動員力は数人〜数十人

小さい村では一人の侍、大きい村になると複数の侍による分割統治か或いは小豪族級の統治者の出現となる
侍ってのはなんのことはない、村の有力者か代表者、ま〜今でも名残りが垣間見える名主をイメージすればいい
村の領主である侍が集まって豪族になり大名となる
己が属する豪族が頼りないとなると村ごと隣の豪族に鞍替えすることもある
これが戦国時代

天下を平定したのが徳川家康だが何代か前までは村の一有力者に過ぎないからね

219日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:42:51.83
見通しのよい平地が限られる日本で、騎馬隊を統率して手足のように運用するのに、年間数十日でいいとか、日本スゲーw
今の日本人というか人間は数週間もサボったら筋肉なんか落ちるのに、槍にせよ弓にせよ騎馬にせよ、
年間数十日の訓練で間に合う日本人って、強いのか、弱いのかw

220日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:43:24.07
当時の雑兵は奴隷じゃない。
むしろそれなりの自己がある当事者だ。
こう考えると、無茶な命令に盲目的に従わないと同時に、無闇に規律に違反したりもしないというふうに考えられるだろ。
動員した主人の命令には普通に従うわけで、
その主人にどこそこの組に所属してくれと言われたらそこに所属してその組の命令に従って戦うだろ。

221日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:44:10.61
考えてみると、立身出世を求めて戦場に身を投じる低身分層という雑兵像は、
実証を伴わないレベルでなら、かなり昔っから戦国時代のイメージとして
割と一般的に定着してた気がしなくもない

222日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:46:07.07
>>219
毎年のように動員されていて互いにそれなりに見知った間柄ならそんなにしょっちゅう訓練してなくてもそれなりに統率とれた行動出来て不思議じゃないだろ。

223日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:47:28.36
組織的な演習と個人レベルの訓練って別じゃない?
個人的な訓練なら毎日とは言わずともかなり頻繁にやってたと思うんだけど
ていうか、手足のように運用するってどこから出てきた?

224日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:49:13.47
勝手に変な高いハードルを設定してそのハードルを超えられないからという理由で否定する議論はためにする議論でしかないよね。

225日本@名無史さん2014/10/13(月) 01:54:04.15
>>218
名主層と在地小領主は別物、勿論重なる事も多いけど

226日本@名無史さん2014/10/13(月) 02:01:01.30
>>225
ま〜ね
ただ侍のイメージ化をしたまでさ

227日本@名無史さん2014/10/13(月) 02:03:03.37
>ていうか、手足のように運用するってどこから出てきた
騎馬の集団運用には恒常的な訓練が必要なのは、近代軍では常識の範疇だよ。錬度って言葉があるだろ。
そもそも数騎単位の運用が念頭にあるのか、このスレでいう数千人・数百人の騎馬隊なのか判然としないのは、、
所謂、為にする議論で、最初に結論ありきで、同じ人間でも好き勝手に言っていることをコロコロ変えて、ノラリクラリと逃げ回るから、全く議論にならない。
頭の悪い煽りでチャカしている子も、騎馬隊があったという子も、みんな都合が悪いのか、他者の中に紛れ込んで好き勝手言い続けているからな。

228日本@名無史さん2014/10/13(月) 02:18:32.64
>>227
近代軍じゃ無いしな
近代歩兵の運用には長期の恒常的訓練が必要
騎兵隊の集団運用に長期の恒常的訓練は不要

229日本@名無史さん2014/10/13(月) 02:27:35.95
まぁこんなところだと、個人の想像力の限界が学校のクラス単位しかなく、
数百人・数千人の統一運用なんか説明しても理解できない奴もいるだろうし。

足軽働きを除けば、他兵科には高度な訓練が必要だと言っても理解できない奴もいるだろうさ。

230日本@名無史さん2014/10/13(月) 02:31:39.14
>>218の続き
次に豪族の簡単な説明

豪族ってのは侍の寄り合いでしかない
複数の侍が集まって領地が一番でかい侍を盟主と祭り上げてるだけ
1万石の豪族でも自分の本当の領地(直轄領)は2千石、3千石程度
2千石の領主が残り8千石の領主達を抑えてるに過ぎない

231日本@名無史さん2014/10/13(月) 02:31:56.41
詭弁のガイドラインそのまんまで笑える

232日本@名無史さん2014/10/13(月) 02:36:59.17
>>227
>所謂、為にする議論で、最初に結論ありきで、同じ人間でも好き勝手に言っていることをコロコロ変えて、
>ノラリクラリと逃げ回るから、全く議論にならない。
これ、まさしくお前のことじゃね?

>頭の悪い煽りでチャカしている子も
これもまさにお前が今現にやってることだよな?

233日本@名無史さん2014/10/13(月) 02:44:17.54
>>229
他兵科には高度な訓練が必要な証拠を史料を提示して示さないとなw

抑々兵科云々言って置きながら「足軽働き」とか意味不明過ぎる。

234日本@名無史さん2014/10/13(月) 02:49:40.14
訓練じゃなく馬揃えだが、普通に集団での統率してるな

信長公記 巻十四

初めは、一与に十五騎つゞと、仰せ出だされ候へども、ひろき御馬場にて、三与四くみづつ、一手になり、入りちがへ、透間なく、馬に行き当たり候はぬ様に、埒を右より左へ乗りまはし、辰の刻より未の刻まで、めさせられ、駿馬の集まり、記しがたきは…

235日本@名無史さん2014/10/13(月) 02:58:14.25
それ、たったの数時間だよなw

236日本@名無史さん2014/10/13(月) 03:00:52.82
運動会のプログラム通りに動くことと実戦に変わりがあるじゃなし♪

237日本@名無史さん2014/10/13(月) 03:02:47.42
>>230の続き
次に大名の簡単な説明

大名も豪族と同じ、複数の豪族が集まって一番領地のでかい豪族を盟主と祭り上げてるだけ
10万石の大名ならば、その家臣は1万石の豪族級の者から100石程度の小身の者までずらりと並ぶ
これが直参
んで1万石の豪族は直参になるがその家来達は直参に有らず、陪臣になる
大名といえども陪臣に対しては直接命令できない
ま、これが基本。あくまでも基本だからね

侍・豪族・大名と3階層で説明したが大大名になるともっと階層が増える

238日本@名無史さん2014/10/13(月) 03:09:25.32
陪臣に対して直接命令出来無いんじゃ無く
御恩と奉公を明確にする為に
中間飛ばしての上訴や命令を家中の掟や分国法で態々禁止してた

戦に於いてはその限りで無いから
当然指揮命令権は所属する家の上から順に備わる
地下年貢に対する段銭なんかと同じ

239日本@名無史さん2014/10/13(月) 04:03:56.25
以下、意味不明な少年の主張が続きます。

まとめると、口八丁で誤魔化す変幻自在な俺様ステキ。

240日本@名無史さん2014/10/13(月) 08:50:44.25
>>237
一言で言うと、その説は古い。

241日本@名無史さん2014/10/13(月) 09:04:29.07
>>240
なんか鈴木説が登場したときのことを思い出すわ
曰く最新の研究では…、実際の統計では…、

研究結果の要約よりソースを貼ってもらえんかな

242日本@名無史さん2014/10/13(月) 09:09:28.75
>>141
恣意的とかどころかお前意味わかってなかったじゃねえかw
感状も軍忠状もさっぱり見てないのがバレバレの言い訳だわwww

243日本@名無史さん2014/10/13(月) 09:25:33.24
恣意的だなんて見当違いな逃げ口上言う前に、これが同時代史料に見られる武田騎馬軍団の
騎馬突撃の証拠だ、と感状とかからとりあえず拾ってくればいいのにね
騎馬軍団説の補強にはなるよ

それができないからそんないい訳してんだろうけどさ

244日本@名無史さん2014/10/13(月) 10:44:41.10
中学生時代は同級生相手に難しい言葉を使って「俺はお前より物知りなんだ」をアピールすれば煙に巻けたんだろうけど、
高校生にもなって、そんなことを続けているなら「キバタイガー」と言っている子には全く成長がないね。
「キバタイガー」と言っている子の自己評価は置いといて、「キバタイガー」と言っている子への周囲の評価が、
「キバタイガー」と言っている子への正当な評価なんだよ。

ちょろちょろと逃げ回って自分の誤りを認めない、誰も何も言わなくなり(諦めて)立ち去ると自分の主張が通ったと勘違いする。
そういう子だね。

245日本@名無史さん2014/10/13(月) 11:07:28.34
キバタイガーと書くと、どこの組織の怪人だ?と聞きたくなります。

さて。難しいことは解りませんが、例えば千人の鉄砲隊を運用しようと思ったら

案1 自分で直接、鉄砲兵千人(と付随する補助要員?)を召し抱える。
案2 「騎馬2,槍5,鉄砲5」とかで従軍してきた兵を200チーム用意して、「」内の混成部隊のまま使う。
案3 「騎馬2,槍5,鉄砲5」の200チームから、鉄砲兵1000を抽出して再編成する。
案4 最初から「鉄砲10」で従軍させて、これを100チーム用意する。

のいずれかと言うことになるでしょう。で、ここまでの話を拝見するに、戦国時代日本では
案2,案3を状況に応じて使い分けていた、というのが主流の考えで良いでしょうか?

246日本@名無史さん2014/10/13(月) 11:23:21.11
>>245
普通に考えればケースバイケースでの運用をしたろうね。
ただ映画とかみたいに会戦において数千単位の騎馬だけで構成された騎馬隊同士を真正面から激突させるとか、騎馬隊のみを大きく迂回させ敵の後背をつかせるとかの戦略的運用とかはほぼ無かったとは思う。

247日本@名無史さん2014/10/13(月) 11:30:23.83
無駄な連投を繰り返して垂れ流すのは中身が何も無い言い訳ばかりの長文
騎兵隊否定民族は相変わらず糞臭いな

248日本@名無史さん2014/10/13(月) 14:15:53.01
大名に直接に雇用される足軽が少なかったとでも言うのか?

全軍から見たら一部であっても、少なくはないだろ。

249日本@名無史さん2014/10/13(月) 14:17:53.55
>>228
集団運用じゃなかった平安〜鎌倉期の武士も、日常的に武技の訓練を続けてたんだよ

250日本@名無史さん2014/10/13(月) 14:20:10.17
>>234
信長の威信をかけた重大行事だ。
事前にその行事のためだけの訓練を行わなかったはずはないだろ。

逆に言えば、日常的な集団訓練が合った可能性を示す論拠にはならない。

251日本@名無史さん2014/10/13(月) 14:20:28.72
段々軍事アレルギーだかなんか知らんがこういう研究をほとんどやってこなかった史学者どもに腹が立ってきた
そいつらの怠慢のせいでこのスレがおかしなことになってるんだよ!

252日本@名無史さん2014/10/13(月) 14:21:53.66
>>248
財政考えたら戦しかしない奴らを常時雇うのは出来るだけ少なくしたいだろ。
平時は他の事してる連中を戦時に臨時雇いするのが最も財政負担が少ないだろうが。
軍役で地侍連中に人数を割り当てるのはそういう点で理に適ってるから行われたんだ。
越後みたいな国だと冬場は国に居ても仕方ないから、雇われる方も大喜びで出稼ぎ感覚で雇われる。
戦場では略奪も出来るからかなり儲かるからな。
気をつけないと命落とすけどw

253日本@名無史さん2014/10/13(月) 14:27:01.21
>>252
意味不明過ぎるぞ低脳
戦国期の日本に臨時雇いの傭兵なぞ殆ど居なかった
足軽は武士身分だし、軍役衆も百姓とは別個の身分

254日本@名無史さん2014/10/13(月) 14:27:56.82
兵農分離のきっかけを、「村内における夫役の固定化」を発端とするって考えあるらしいんだけど(あんまり詳しくないけど)、
この辺と混ぜあわせて同時進行的に何かが起こってたんじゃないか、
その説明ができるんじゃないかって気がするね

255日本@名無史さん2014/10/13(月) 14:35:49.73
>>254
ええと…殿様から「○○村からは、槍兵1名とその武装を提出すること」と命じられたとして。
この槍兵1名は、いつも同じ人(権兵衛さんと仮称)になりがち。
で、軍役の頻度が上がってくると、「なら権兵衛は兵役専門で行こう。」なって、職業軍人権兵衛さんが誕生?

256日本@名無史さん2014/10/13(月) 14:41:37.24
>>255
そういう例もあるだろうね。
いずれにしろ織田豊臣の統一期に、地侍クラスで農地に残るか農地経営捨てて城下士になるかの選択を迫られてる。
次男以下が城下士になる例が多くて、本家が地元で百姓になり、分家が城下士になったりとか。
で、江戸時代になると身分は分家の方が上なんだけど、一族の集まりだと本家の百姓の方が上座だったりとかね。
地侍より下のクラスでも同様の事は当然あったろうよ。

257日本@名無史さん2014/10/13(月) 16:35:17.63
>>198
ちなみにその『北条五代記』で犬也入道が馬術を披露する場面では
「扨弓をすて飛でおり、従が持ちたる槍おつて」
郎等を従わせておいて持たせておいた槍を下馬して受け取ったりしてるんですよね

わざわざそこを出してきたということは馬術自慢の関東武者であっても純粋な騎馬隊ではなく
郎等付きの騎馬集団だったという根拠にしたかったのかな?

258日本@名無史さん2014/10/13(月) 17:19:00.03
>>227
>騎馬の集団運用には恒常的な訓練が必要なのは、近代軍では常識の範疇だよ。錬度って言葉があるだろ。
「手足のように運用した」がどこから出てきたかの答えになってないと思うんですが・・・

>そもそも数騎単位の運用が念頭にあるのか、このスレでいう数千人・数百人の騎馬隊なのか判然としないのは、、
数騎単位の運用なら領主別編成で十分でしょ?
それを分解して兵種別に再編成したかどうかを議論してるんだから
どう考えたって後者の話に決まってると思いますけど

259日本@名無史さん2014/10/13(月) 17:41:31.83
>>252
実際の軍役では、臨時雇いの人間、それも少なからず、農耕に適さないひ弱な体格の低層民を臨時雇いして連れて行く事例が少なくなくて、
大名の側から禁止令が出てたほどだろ

そんなのを雇い込まれるよりは、大名の側が自分で人選して臨時雇いする方がマシな兵が集まるはずさ

同じ臨時雇いするにしても、地侍たちに任せて安く雇い入れられるのは大名にとって不利。
まあ、どこの地侍もみんな揃ってことごとく、そんなどうしようもない人間を雇い入れてくるわけじゃないんだろうがな。

260日本@名無史さん2014/10/13(月) 17:46:01.71
>>254
農作物の収穫が厳しい寒冷期には農民の兵役が主流になり、
そうでない収穫安定期には専業兵が主流になる(兵農分離がすすむ)

そういう傾向が、ヨーロッパで見られるという話はある。


室町時代後半から戦国時代あたりは世界的な寒冷期で、日本でも飢饉が頻発した時期だからな。
兵農未分離だった原因のひとつは、その辺だろ。

ちなみに、南北朝時代ごろから徐々に農民挑発の兵が増え、本格的に足軽が活動するのは応仁以後


>>255
時代が違うけど、中国の兵戸制からの連想なんかもね

261日本@名無史さん2014/10/13(月) 18:12:12.21
詳しく知らないけど、上杉の関東遠征を略奪目的の軍事行動とする説って
最近じゃかなり批判受けてるんじゃなかったっけ?
略奪禁止令を出したり、略奪の被害にあった寺に損害賠償払ったりしてる史料があると聞いたが

262日本@名無史さん2014/10/13(月) 18:16:06.84
>>261
略奪禁止令は、村や寺が金払ったら出してもらえるの。
その場合は違反して略奪した兵士は処罰されるし、それに伴う損害も賠償してもらえる。
金払うのがいいか、略奪されるのがいいかという二択だよ。

263日本@名無史さん2014/10/13(月) 18:26:08.61
略奪目的なら毎年やるわな

264日本@名無史さん2014/10/13(月) 18:28:03.29
ていうか大規模な軍事行動に見合うだけの利益が略奪なんかで得られるのかね?
略奪が目的というのはそういう前提だと思うけど

265日本@名無史さん2014/10/13(月) 18:29:39.29
上杉は毎年のように冬になると関東にやって来てたじゃん。
まるで出稼ぎのようにw

266日本@名無史さん2014/10/13(月) 18:31:11.09
>>265
毎年じゃないし略奪目的なら大集合掛け無いわな

267日本@名無史さん2014/10/13(月) 18:56:54.65
「馬足軽」や「一騎(揆)合」「 一僕者」「一騎衆」などなどを編成すれば、簡単に千単位の騎馬隊を編成できるよ。

268日本@名無史さん2014/10/13(月) 19:50:43.74
>>267
皆知ってる事を一々書き込まなくていいよ

269日本@名無史さん2014/10/13(月) 20:10:22.66
で、その「騎馬隊」は15世紀イギリスのような騎乗歩兵ではないのですか?
特に関東以外のところでは

270日本@名無史さん2014/10/13(月) 20:18:20.71
関東の事例は今迄散々例示されてるのだから
主張したい事があるなら関東以外の所の事例を挙げないと駄目だよ

271日本@名無史さん2014/10/13(月) 20:49:20.01
>>269
いや、騎兵隊だよ。
その数千の騎馬隊ぎ何隊も編成され、大平原を疾走して敵陣に突撃していたんだよ。
反日サヨクどもは日本の戦を矮小化しようと必死だが、日本の戦はダイナミックでスケールが大きく、極めて躍動的だったことがわかっている。

272日本@名無史さん2014/10/13(月) 20:59:25.67
これが所謂馬鹿チョンの成り済ましである。

273日本@名無史さん2014/10/14(火) 01:19:48.43
なぜ女性専用車両にブスやババアがいるのか
(痴漢される価値もないような女への不当な優遇の問題の比喩表現)

女性専用車両には、こんな女が生息して男性に対する嫌がらせをしています。

http://www.youtube.com/watch?v=7QyHmAe2c-0&list=PLzeFCSP7xRziIIipBhtKgGQ-aCrLXq8Hi

______________

274日本@名無史さん2014/10/14(火) 03:21:04.40
>>237の続き

武家社会が寄り合いであることを踏まえて兵科別制について考えてみよう

題材は兵農分離が進んでいたといわれる織田家、信長と佐久間信盛の関係

信長が佐久間信盛を追放するのに出したのが「19ヶ条の折檻状」
まず第一に信長でさえ佐久間信盛を追放するのにわざわざ19もの罪状を上げ連ねなければならなかったという事実

 >水野信元死後の刈谷を与えておいたので、家臣も増えたかと思えばそうではなく、それどころか水野の旧臣を追放してしまった。
 >それでも跡目を新たに設けるなら前と同じ数の家臣を確保できるはずだが、1人も家臣を召し抱えていなかったのなら、
 >追放した水野の旧臣の知行を信盛の直轄とし、収益を金銀に換えているということである。言語道断である。

上記は折檻状の一部だが信長でも佐久間の家臣については直接関与することができないと分かる
と、なると信長が兵科別制を採用してたとしても、それは佐久間の家臣には及ばない

275日本@名無史さん2014/10/14(火) 04:54:24.40
>>274
>>信長でも佐久間の家臣については直接関与することができないと分かる
>>と、なると信長が兵科別制を採用してたとしても、それは佐久間の家臣には及ばない
それはどの研究者なり本の見解だろうか?

織田氏の軍構成については、>>98に挙げられてる明智家を除いて、北条氏、武田氏のような所領に応じた人数武器を供出させる
明確な軍役の定めが現状見つかっていないため、織田家では軍法を定めることなく、
戦場にどれだけの軍勢を連れてくるかは各家臣の裁量に任せられており
信長は基本的に(その家臣が連れてきた軍勢の多さや)働き、「武辺」の結果のみで当該家臣を評価しており
それを受けて家臣たちは、信長への忠誠を示すべく軍役を果たすにあたり自主的にできる限り多めの人数を引き連れてこようと
していたのではないかと一部の学者たちが指摘している(池上あたりだったかな?)

織田氏で兵種別編成が行われていたか否かは一次史料上まだ明らかでなく研究途上だけど
その折檻状の記述からは、佐久間が信長に与えられていた所領に比して佐久間が抱えていた家臣(兵数)は過小であり
信長が与えた所領に見合う軍役を果たしえない状態であったことを罪状として挙げているだけで
明確に所領何石あたり何人連れてこい、っていう軍法がない(らしい)織田氏であっても
所領に比してあまりに過小な軍役しか果たせない状態であれば処罰の理由となるってことがわかるだけだから
佐久間の家臣を信長の意向により兵種別に再編成できたか否か、とは無関係の話だよ

要は佐久間のやっていることは、北条氏でたとえるなら、36人の軍役を課せられていた者が
20人分の軍役を果たしていた者の所領をそっくりそのまま加増されながら、
その加増分の家臣20人を全員解雇して、従前どおり36人分の軍役しか果たそうとせず、
加増分は私財の蓄積に回してしまった、けしからん!
って軍役の懈怠を咎めてる話なんだから、
主君による家臣の郎党奉公人に対する影響力の有無を検討する例としては不適切なんじゃないかね

276日本@名無史さん2014/10/14(火) 05:26:04.93
明智軍法はダメなの?

277日本@名無史さん2014/10/14(火) 07:33:02.27
>>274
>信長でも佐久間の家臣については直接関与することができないと分かる

直接関与ってなんなの?
軍役果たしてねえからクビだと言ってるんだから立派な関与だろ。
信長は直臣だけで無数に居るんだから、そいつらの軍役まで信長が直接履行しないのは当然だろ。
直臣の統制は軍役を果たしたかどうかでやるしかないだろうが。

278日本@名無史さん2014/10/14(火) 12:24:11.14
佐久間は信長の部下だが、佐久間の部下は信長の部下じゃないからリストラできないとは
武家社会はややこしい

279日本@名無史さん2014/10/14(火) 14:18:32.31
今も子会社の社員を首切る権限無いでしょ

280日本@名無史さん2014/10/14(火) 16:50:26.30
こういう戦国時代の組織の関係って、今のヤクザがどうなってるかから逆算できんもんかね

281日本@名無史さん2014/10/14(火) 17:53:22.52
>>280
基本的にヤクザの組織は武家の組織の真似してるからある程度は言える。
ただ、ヤクザの組織も組織によって随分違うんで、戦国大名の組織も家ごとに結構違うと思う。
だからこそこれから詳細に研究して欲しいんだよね、北条家以外も。

282日本@名無史さん2014/10/14(火) 21:49:15.24
跡目争いが血で血を洗う抗争事件、お家騒動になるところもそっくり。

283日本@名無史さん2014/10/14(火) 21:52:10.94
ヤクザには上納金ってあるじゃん
実は武将も大名に上納金払ってたりすんのかね
江戸時代に扶持米になったときには大名側がピンハネしてたらしいがw

284日本@名無史さん2014/10/14(火) 22:28:40.65
>>258
君は議論がしたいんじゃなくて、偶偶手にとった新書か、目に留まったネットのコピペを最新の学説だと思い込み、その布教がしたいんだろ?
どうせ何を言っても聞く耳もたないだろうから説明しない
>>259
>大名の側が自分で人選して臨時雇いする方がマシな兵が集まるはず
その前に書いていることは正しいけど、これは一概には言えない
主君を渡り歩く名のしれた牢人もいるし戦国時代は牢人にとっては再就職先に困らない印象もあるが、尼子氏を滅亡させた毛利氏は
領国が急拡大し人手が足りなかったにもかかわらず尼子の旧臣を再雇用することは警戒している
牢人・浮浪は国内を不穏化させる潜在的な敵だから

285日本@名無史さん2014/10/14(火) 23:33:11.22
>>284

オレ>大名の側が自分で人選して臨時雇いする方がマシな兵が集まるはず

>その前に書いていることは正しいけど、これは一概には言えない

いや、普通に領内から徴用する兵と比べてるんじゃなくて、(一部の?もしくは少なからぬ?)士分たちが、
領民を連れて行くと税収が落ちるからと(もしくは別の理由で)外部からヘボい人夫を格安で雇って連れて行く例が問題になってたわけで、
どうせ外部から雇い入れるぐらいならば大名側が人選して雇いたかっただろうって程度の発言。
大名側が本当に多くの兵を臨時で雇い入れていたかどうかは不明、というか、多くは雇い入れてないだろ。

>尼子氏を滅亡させた毛利氏は、領国が急拡大し人手が足りなかったにもかかわらず
>尼子の旧臣を再雇用することは警戒している

たいていの大名は、新しい支配地を得たときに、そこに元から住んでた在地領主を追い出して自分の部下を入植させるのではなく、
たいていの領主を温存して、自分の部下はその上での地域支配を任せる程度だよな。
まあ、敗戦国に身方してた件について、臨時課税するとか領地の一部を召し上げるとかいうふうな、なんらかの処断はするとして、だ。

286日本@名無史さん2014/10/14(火) 23:38:25.29
>>275>>277
軍役か・・・・
俺も分からなくなってきた

287日本@名無史さん2014/10/14(火) 23:45:21.28
>>260
>農作物の収穫が厳しい寒冷期には農民の兵役が主流になり、
>そうでない収穫安定期には専業兵が主流になる(兵農分離がすすむ)
>そういう傾向が、ヨーロッパで見られるという話はある。

はぁ??ヨーロッパはカール大帝より前から兵農分離だが
なんでルイス・フロイスが無一文で戦に駆り出される農民見て驚いてるか考えてみろよ

288日本@名無史さん2014/10/15(水) 01:32:11.91
>>287
兵農「未」分離って言葉に引っかかってるな。

未分離状態から分離状態へと、社会の進化によって変わっていくのではなくて、
気候条件によって未分離状態が主流になったり分離状態が主流になったり、可逆的に変わるんだよ

寒冷期には未分離状態に戻るんだ。


カール大帝より以前って、そこそこ温暖だった時期だから、兵農分離状態が主流だった。それだけだ。

289日本@名無史さん2014/10/15(水) 01:43:58.61
>>287
兵農分離じゃなく極小数の騎士と農奴な

290日本@名無史さん2014/10/15(水) 07:49:52.19
騎馬隊が騎馬だけで構成されていて機能するのか?
そもそも騎馬武者は複数の武器を使いこなすから兵器換装を必要とする
やはり槍持・弓持の随伴を必要とするよな
となると騎馬には少なくとも足軽2人は必要

ちなみにモンゴルの騎馬兵は換装を必要としないんだ
なぜならモンゴル兵は弓だけで戦をする
白兵戦はおまけ程度

291日本@名無史さん2014/10/15(水) 09:35:41.39
思い付きのでまかせ書いてないで少しくらい調べろよ

292日本@名無史さん2014/10/15(水) 12:48:56.74
>>290
モンゴルはエリート特権階級が白兵用の重騎兵な

2932582014/10/15(水) 19:13:19.19
>>284
わけがわからんなぁ
あんたが>>219で上の方の話の流れを見る限り唐突としか思えない
「手足のように運用」という言葉を出してきたので
こっちはそんな話がどっから出てきたのかってただの”素朴な”疑問をぶつけたわけじゃん

で、あんたは>>227で「近代軍の騎馬隊に恒常的な訓練が必要なのは常識だ」と言い出したわけだ
これ、答えになってないでしょ普通に?
歴史の話以前に文章、議論としておかしいじゃん
それに数騎単位の運用で騎馬隊なんてやっぱり普通は言わないでしょ

最新学説だの史料の解釈などと言った小難しい話なんてこっちは一切してないんだよ
知識の有無など何の関係もなしに論点そのものがずれてるんじゃないかと言ってるだけで

そしたら今度は「お前なんかに何言っても無駄だから説明しない」って・・・
なんだそりゃ?

294日本@名無史さん2014/10/15(水) 19:43:08.74
敵が体勢整える前に急襲したいとか、敵の意表を突きたいとか
こういう全体の速度が要求される場合は例外かもしれないけど、
通常の戦では兵種別編成が行われてたとしても
全軍を丸ごと再編成するのではなく、
ある程度の規模の纏まったブロック毎に行われるイメージでいいの?

295日本@名無史さん2014/10/15(水) 20:15:00.69
そりゃ戦の度に全軍丸ごと再編成するなんて非効率すぎるだろ

296日本@名無史さん2014/10/15(水) 21:53:44.38
>>292

そういえば最後の〆で重騎兵を使っていたような・・・

297日本@名無史さん2014/10/15(水) 22:21:19.47
>>296
軽騎兵の騎射は前座で
重騎兵による決戦がモンゴル帝国の根幹

298日本@名無史さん2014/10/15(水) 23:19:26.91
「集史」の挿絵なんか見ると重騎兵も時によっては騎射をやる感じだな

299日本@名無史さん2014/10/16(木) 06:12:19.21
>>294
兵種別再編してる様子が明らかになった北条家の場合、岩付衆という単位内でのお話。
人数がだいたい1000人超くらいだったから所謂備えと言える単位。
少なくとも北条家内では備え単位で兵種別編成をしてたんじゃないの?
戦国時代は備え単位で動いてたから他家でも似たり寄ったりと思う。

300日本@名無史さん2014/10/16(木) 07:36:46.39
>>299
備が本当に全国の全部の大名家で採用されてた制度かどうかはわかってないからね?

301日本@名無史さん2014/10/16(木) 08:52:35.74
兵科別にやっていたところもその一方で武将や旗本衆周囲は
昔からの編成をさせていた二元構造だった可能性もある

302日本@名無史さん2014/10/16(木) 09:44:26.78
>>300,301
全国一律の軍制なわけない。
だから何?

303日本@名無史さん2014/10/16(木) 11:10:14.13
なんでこんな喧嘩腰なんだ

304日本@名無史さん2014/10/16(木) 16:23:14.50
>>299
というか、全国有数の先進的な兵制を採用していた北条家が例外的に施行してた制度って可能性があるんじゃね。
織田家とかではたぶん実現できてないよな。

305日本@名無史さん2014/10/16(木) 17:39:03.46
『野口豊前守戦功覚書写』を見る限り佐竹配下の多賀谷家家臣として
その北条方とも戦っていた野口豊前守たちはそんなに大きな単位で
騎馬突撃してた感じではないな

例えば↓だと「つれ合候衆」として出てくる名のある武士は二人しかいない
このケースの場合彼ら+豊前守の三騎の騎馬武者に徒歩なり騎馬なりの郎党を加えた単位で
「馬を入乗くつし」をしていたんじゃないかと思える


『野口豊前守戦功覚書写』
・一、小山きりとをしと申所ニ而、ひさきと申物人衆引連打出候を、我等馬を入乗くつし申候、つれ合候衆山内大炊亮・
塚原ぬいの助そんし申候事、

306日本@名無史さん2014/10/16(木) 18:00:42.69
多賀谷氏は残っている陣立書が事実なら兵科別には編成されていなかった
ただそれを見るとこのクラスの勢力にしては合計千挺と鉄砲が随分多いし
それが間違いのない事実だと言い切れる自信はないがね

豊前守の戦功にもあるように天正後半の小山とか牛久在番衆とかの北条の勢力と接する
最前線にいたから佐竹からの援助の元で揃えられた可能性もあるけど

307日本@名無史さん2014/10/16(木) 19:02:42.23
>>305
切通しってだいたい狭い道でしょ?
そんなとこで戦ってるあたり、ものすごく規模の小さな戦闘なんじゃないのこれ

308日本@名無史さん2014/10/16(木) 19:12:03.46
切り通しはそこを押さえれれば交通を一気に遮断できる要衝でもあるので
周辺で戦闘になることも多いが、だからと言ってものすごく規模が小さいとまではちょっと断言できない
もし切り通し自体が戦場になったのならそんな地形でも馬を入れたりしてたってことにもなるが

309日本@名無史さん2014/10/16(木) 19:44:33.88
>>305
共に「馬を入乗くつし」た「つれ合候衆」中で
「そんし(存じ)申候」即ち、知っていたのが
「山内大炊亮・ 塚原ぬいの助」の2人ってことで
他にもっと沢山いたのかもしれないぞ。

310日本@名無史さん2014/10/16(木) 19:50:03.96
>>305
そもそも戦功覚書って、普通は仕官にあたり履歴書として仕官先に提出するもので
そこに「つれ合候衆」として名前があがってる2人は、
その覚書作成当時(おそらくはその戦いがあってから相当年月が経っている)に
野口の働きぶりを見知っていてその戦功の証人足りうる人物としてあげたのがこの二人ってだけだから
「小山きりとをし」で馬を入れたのがこの3騎だけだったかどうかは、この書面からはわからない

履歴書代わりに使用する戦功覚書は、当該戦功があったことの真実性を担保するために、
信用がある人物を証人として1、2名挙げればそれでよくて
軍記物みたいに一緒に戦った人の名前をずらずら全部書き連ねるなんてことは普通しないしその必要もないからね

311日本@名無史さん2014/10/16(木) 20:02:02.06
>>310
なるほど。
戦功覚え書じゃ全体の様子はわかりにくいね。
ただ、ある局面に関しては相当具体的にわかるってことか。

3125792014/10/16(木) 21:58:48.12
>>299
156のhttp://kagiya.at.webry.info/201307/article_2.htmlで、
「何も不知案内ニ候間、可有相違候、如何様帰陣之上、心静遂糾明」
という一文から、「やってない可能性あるんじゃないの」って指摘されてるけどどう思う

313日本@名無史さん2014/10/16(木) 22:10:04.38
5人組ってのは軍隊の最小単位で支那でも古くから使われてきたよな
アメリカドラマのコンバットでもサンダース軍曹が若干兵装の違う4人ぐらいの部下を引き連れて活躍する
騎馬1・足軽4ぐらいのユニットって結構優れもんではないのか?

314日本@名無史さん2014/10/16(木) 23:16:16.11
>>312
横レスだけど岩付衆のその陣定書にはそもそも「今度之陣一廻之定」とあるから
恒常的に岩付衆がそういう軍編成であったとは限らないってことは
兵種別再編成を支持する研究者たち(則武とか)からも、もとより指摘されている

そのブログでも指摘してるけど、陣定書の編成と一般的な北条氏の軍役の編成との間では
単純な動員兵数という点では特段奇異な違いはなくて、特徴的な違いといえるのは
陣定書の軍構成は、衆全体のなかで馬上が占める割合が妙に大きくなってるところだから
素直に考えれば、その陣定書では、馬上衆を多めにした衆の編成を試してみたのかもしれない
もちろんこれは完全に想像にすぎないけど

そもそもこの陣定書に相応する戦「今度之陣」がどれであるかといったことも研究途上で特定されてないから
陣定書が実際に実施されたか否かは、一次史料から確定させることは現状出来てない
ただ実際に陣定書に従った「陣」があったとした場合、事前にこの陣定書が岩付衆に交付され、
それに従って岩付衆が動くのは不自然ではないし
他方で「帰陣」した後、口頭による談合で「心静遂糾明」がされたために文書が残っていなかったとしても何ら不自然なことはない
というか、こういうややこしい説明を要する軍事機密に類する話は、たとえ文書が残っていても、詳しくは口頭で使者が伝える
としか書いてないことが多いし、それよりなによりそもそも文書が残っていることの方がレアケースだから、
「心静遂糾明」に関する文書、反応が現時点で発見されていないから
陣定書は実施されていなかったのではないかとする、そのブログの論拠はあまり説得力がないんじゃないかな

というかそのブログ、ざっとしか読んでないんで誤解があるのかもしれんけど
武田家の旗本衆や単独で一手を形成できる家臣の兵種別再編成は認めながら、
寄親寄子の組み合わせになる一手あるいは備えの兵種別再編成は不可とする論旨がいまいちよくわからん
寄親寄子制ってそういう備えを形成するには大小中途半端な給人たちを
有効な戦闘単位へ編成するための制度だろうに

315日本@名無史さん2014/10/16(木) 23:55:56.71
米軍のように完全に規格化された軍隊が当然とか、相変わらず笑わせてくれるが
まぁこの子は放置しておくとして

>5人組ってのは軍隊の最小単位で支那でも古くから使われてきたよな
>アメリカドラマのコンバットでもサンダース軍曹が若干兵装の違う4人ぐらいの部下を引き連れて活躍する
前文はどうでもいいが、WWUの軍隊の最小単位は分隊で何所の国でも十人乃至十数人
で、コンバットの場合のように米軍の完全に規格化された分隊では兵の構成上そうなっていただけ

このスレ、何人で会話されているのか知らんけど、僅かな情報による牽強付会のオンパレードだなw

316日本@名無史さん2014/10/17(金) 00:02:09.46
米軍のように完全に規格化された軍隊が当然とかどこに書いてあるんだろう
牽強付会どころかエスパーが来たかな?

317日本@名無史さん2014/10/17(金) 00:22:21.07
以下、中世の日本には「有効な戦闘単位」が確固として存在したと、
素人妄想と得意の検索技術を活用し、即席の拾った言葉で開陳されまつ。

318日本@名無史さん2014/10/17(金) 01:04:40.65
>>317
君は自分で気づいてるんだよ
「有効な戦闘単位」があったかも知れないということをね
そしてそれを否定したい自分がいる
だから先回りして潰しに掛かる

319日本@名無史さん2014/10/17(金) 01:11:29.89
なんでもかんでもマニュアルが存在すると思い込み
此の世の全てをマニュアルに当て嵌めることが思索の第一歩なんだろ、坊や

320日本@名無史さん2014/10/17(金) 01:21:33.49
>>317
明史に中世の日本には「有効な戦闘単位」が確固として存在したと記録されてるからな
史実より願望を重視するのは馬鹿チョン

321日本@名無史さん2014/10/17(金) 01:29:21.64
牽強付会と並んで、論旨の摩り替えもオンパレードだなw

3223142014/10/17(金) 01:56:53.10
>>314だけど「有効な戦闘単位」って別に近代的な編成があったとかって言ってるわけじゃないよ

戦国時代の寄親寄子制度が、平時にあっては、寄親が寄子の争訟の第一審として問題解決を担当し、
寄子が主君にいきなり直接訴え出ることを禁止し
戦場では本来直臣として同格である一定数の寄子の軍事指揮権を寄親が持つ擬似「親子的な」制度ってのは、争いのない見解だ

そうした擬似的な「親分子分」関係に基づいて指揮権を与えられた寄親を中心に中小給人をひとまとめにしたものが
戦国時代の戦場における一般的に「有効な戦闘単位」だったって言ってるだけで、それが近代的な洗練・訓練された編成・部隊だったとも
全国的に画一統一された制度だともはいってない
寄親が同格の寄子への軍事指揮権を持つことと、兵種別再編成の存否の間にも厳密には必然的論理的な関連性があるともいえない
いわゆる「備」の具体的な中身や運用方法、地域差はまだ研究途上だからね

あと>>314の最終段落は>>312のブログが武田信玄自身が直接率いる部隊の兵種別再編成を認めながら、
主君自身が率いるには物量的に手が余る直臣(寄子)たちを、
家臣団統制の一環として寄親に預けると兵種別再編成ができなくなるっていうのは不自然だと指摘しているだけだよ

323日本@名無史さん2014/10/17(金) 02:16:59.28
>有効な戦闘単位

もうこの表現は止めた方がいいな
何を指してるのか特定しずらい
この言葉で延々と議論をすると何が何だか分からなくなる恐れがある

324日本@名無史さん2014/10/17(金) 03:12:48.68
>>314
>兵種別再編成を支持する研究者たち(則武とか)からも、もとより指摘されている
でもこのスレでもここんとこスルーしてる人間多いから、もっかいこのこと心に置いたほうが良いよな

325日本@名無史さん2014/10/17(金) 04:24:27.92
320
明史とやらにでてくる戦闘単位やらと日本史にでてくる小大名の勢力圏
まったくおかしなところはにいけどそれがどうかしたか?

326日本@名無史さん2014/10/17(金) 04:30:29.30
>寄子が主君にいきなり直接訴え出ることを禁止し
でもこれってもう明確な陪臣化だよな
俺が寄子ならすげーイヤだわw 一週間ぐらい落ち込む

327日本@名無史さん2014/10/17(金) 05:15:32.09
海外でも同じことなかったっけ?

328日本@名無史さん2014/10/17(金) 08:45:12.85
>>326
そうだなw
秀吉が天下とった後で、秀吉の古くからの家来という印象の人間の大半が、
実は本能寺までは信長の直臣だからなw
今なら本社社員の身分のまま本社常務クラスの人間が社長つとめる子会社へ出向ってことだから落ち込むなw
でも、組織が大きくなるってことはそういう事だから仕方ねえべ。

329日本@名無史さん2014/10/17(金) 09:16:53.50
日本は山ばっかりで馬は無用、と言われるけど、平地が全く無いわけじゃないし、
5km10km程度の移動でも馬が居ないより居た方が良いよね。

330日本@名無史さん2014/10/17(金) 09:57:27.16
モンゴル族が元々居た地域も山ばっかだしな

331日本@名無史さん2014/10/17(金) 10:03:56.18
むしろ山ばっかりだと移動は馬の方が便利だろう。
馬による奇襲とかも山の方がやりやすい地形だってあるし。
平地か山かで二分は出来んよね。

332日本@名無史さん2014/10/17(金) 11:11:54.63
牛なら普通の山道でも通れるが馬をきちんと運用するには高低差の少ない道路を整備しないとダメだ、

みたいな話を昔聞いたことがあったんだが、この話の真贋がよく分からん。

333日本@名無史さん2014/10/17(金) 17:26:51.50
>>328
「功名が辻」だと転戦が出来て武功を稼ぎやすいって一豊はポジティブに捉えてたけどどうなんだろ

334日本@名無史さん2014/10/17(金) 20:02:00.89
遠戦志向説から行くと、厳密な兵種別の編成が行われていない軍でも
まず前列に鉄砲や弓を配して撃ち合い、その後槍や刀で斬り込む、
という基本的なセオリーがあって
少なくとも飛び道具の兵と打ち物の兵の大まかな編成分けはあったと考えていいのか?

335日本@名無史さん2014/10/17(金) 21:26:19.36
足軽頭とか鉄砲頭とか居たしな

336日本@名無史さん2014/10/17(金) 21:46:00.60
鎌倉時代までの武士は主力武器が弓だったわけで、この人の説である「南北朝時代から遠戦指向になった」ではおかしいだろ

もともと武士のことを「弓馬の党」などといい、武芸のことを「弓馬の道」と読んでたぐらいに弓が(騎馬を操りながらの射撃が)重視されてたわけで。
近戦指向から遠戦指向への移行なんて有ったはずがないと思わんか。

337日本@名無史さん2014/10/18(土) 03:18:39.53
矢を何本携えているのかが問題
一分間に1本射れば30分で30本消費してしまう
矢を失ったらどうなるかだ

338日本@名無史さん2014/10/18(土) 03:59:37.59
何の為の矢持だよ

339日本@名無史さん2014/10/18(土) 07:58:54.35
>>336
鎌倉武士の戦法は、重装弓騎兵による突撃しての近接射撃、という世界的に珍しい戦法。
南北朝の頃は弓歩兵による一斉射撃だから、考え方が変わった、というのも間違いではない。

340日本@名無史さん2014/10/18(土) 08:14:00.40
>>339
>鎌倉武士の戦法は、重装弓騎兵による突撃しての近接射撃

なんか違うような気がする
日本の弓は世界最大で速射能力を捨てて威力を追及したものなんだ
それが近接射撃とは信じがたい
近接射撃はモンゴルがやる戦法だよ

341日本@名無史さん2014/10/18(土) 08:38:01.80
>>340
流鏑馬も、犬追物も、近接射撃の訓練だよ?
接近しての一撃でケリを受けるからこそ、大威力が必要。。

342日本@名無史さん2014/10/18(土) 09:34:54.17
>>341
う〜んんん。確かに流鏑馬は近距離だ。。。

343日本@名無史さん2014/10/18(土) 12:00:54.70
大鎧着た相手に遠くからピシピシ矢を射て死ぬわけないだろ
近づいて顔面にブチ込むんだよ。将門や義仲・義貞もみんなそうやって死んでる。

344日本@名無史さん2014/10/18(土) 12:53:09.87
難太平記読むと相手の白刃が届く距離で騎射してる場面がある

345日本@名無史さん2014/10/18(土) 13:29:44.05
とりあえずモンゴルと日本の弓を比べてみよう

モンゴルは速射用の弓で連射が効く
http://www.atarn.org/mongolian/mong_02.JPG

和弓、威力を追求した弓でとにかく大きい
http://www3.nishitech.ac.jp/upimgs/201111/1kyudo2011.jpg

346日本@名無史さん2014/10/18(土) 13:37:13.88
343
源為朝なんかが大弓の名手だったって有名な話だよな
それで九州に落ち延びて九州をまとめ上げ支配したと
かなんとかの説もなかったっけ?
よく覚えていないけどなんかで聞いたかテレビで見た
かした話

347日本@名無史さん2014/10/18(土) 13:40:23.28
九州あたりも源氏に関係しそうな話ってのはあるんだよな

348日本@名無史さん2014/10/18(土) 13:50:53.67
源義親は隠岐に流罪だっけ?
そのあと義光と義国が争ってるんだよな
源氏を継いだ為義派だったのが義国

349日本@名無史さん2014/10/18(土) 13:59:10.13
342
奥州藤原氏ってのは独自に大陸の方と通商を持っていた話はあるぞ
位置的にいえば今の沿海州だろ

350日本@名無史さん2014/10/18(土) 14:50:48.48
>>340
元寇の後の元代の文献でも日本の矢の射程は遠くないと述べられているよ
その手の文献だと刀の鋭さも言及されるから刀は活躍したんだろうとはわかる

351日本@名無史さん2014/10/18(土) 14:55:07.18
つうか普通の人間には大弓は引けないから
弓を引くときの硬さでいったら世界一じゃないの?

352日本@名無史さん2014/10/18(土) 14:56:19.32
人間の背丈なみにあるのもあるんだよなw

353日本@名無史さん2014/10/18(土) 15:08:12.82
>>352
そこまで行くと実戦的な感じがしないなw

354日本@名無史さん2014/10/18(土) 15:13:07.06
>>341
鎌倉後期の春日権現験記絵なんか見るとやや遠間から馬を走らせてつつ
弓を脇に挟んで抜刀なんて姿もあるな
距離があっても弓でなく刀を選択してるわけで

このあたりから騎射の威力が見切りをつけられて南北朝の打物時代に至るのかも

355日本@名無史さん2014/10/18(土) 15:14:18.24
>>350
弓の大きさの割りには射程がそれ程ではないと言われてるね
矢が重いのか?
弓の素材のせいかな?

356日本@名無史さん2014/10/18(土) 15:16:08.49
>>355
鎧を貫くために矢が長く重いとは言われる

357日本@名無史さん2014/10/18(土) 15:18:51.85
弓術の訓練で400メートル超の距離を射ることを求められることもあると考えれば
矢次第でかなり変わりそうではある

もちろんこれは有効射程ではなく最大射程だけど

358日本@名無史さん2014/10/18(土) 16:50:32.97
>>340-342
それに、当時の軍記物や絵巻物における一騎打ちも、それを裏付けるかのように、彼我の距離が数メートルないし十メートル程度だしな。
明らかに近接射撃

>>346-347
為朝が九州で勢力を持ってたのは清盛が台頭する前だしな。
為朝が処刑されたことで生じた空白地をかすめ取ったのかな?

359日本@名無史さん2014/10/18(土) 17:06:21.28
数メートルの距離に接近して馬上から弓で鎧の隙間を狙うくらいなら打物やるわって
流れになるのも無理はないと言える

360日本@名無史さん2014/10/18(土) 17:31:37.31
まあ数メートルから矢が当たれば高い確率で死亡するからそれが主流だったんだろうけどな。
ただこうなると遠戦志向とは違うよな。
遠戦で矢を使うなら集団で雨あられのように射かけなくては。

361日本@名無史さん2014/10/18(土) 17:36:34.30
もったいない精神で外れ矢を恐れるあまりどんどん近づき、更にどうせ当てるなら効果を最大限にと威力を増していったと。。。

362日本@名無史さん2014/10/18(土) 17:49:13.03
もったいないどころか接近しながら射る矢が外れたり有効じゃなかったら
自滅に等しいことにもなりかねないわけで

363日本@名無史さん2014/10/18(土) 17:53:44.33
「真光故実」を信じるなら鎧も強度を増してきて昔なら可能だった
鎧の「裏をかく」=貫通するもできなくなっていったらしい

だから鎧の隙間を狙うか馬を狙うとか以外にも打物とか組討になるようになったんだと
ちなみに馬を射ることがマナー違反とか変な俗説があるけどここには
非難するようなニュアンスはないよ

「平家」で義経が水夫を狙わせるところも本文ではなんら非難がましいことが
書かれていないのになぜか当時の常識ハズレとか暗黙のルール違反とか言われたりと
色々不思議な俗説がまかり通ってると思う

364日本@名無史さん2014/10/18(土) 18:24:54.80
80年代以前の戦後の馬鹿人文ガク者共は妄言垂れ流しまくりだからな
戦前より低水準じゃないの?ってレベルで

365日本@名無史さん2014/10/18(土) 18:31:06.76
鎧の革とかペラペラじゃんとか昔はよく知らずにバカにしてたんだが、
あれが軽くて強度あるんだよな。
矢はもちろん、打ち物でも鎧に当たったら効果薄い。
隙間を効果的に狙うにはより接近思考になったということかな。
そうなると打ち物が有利になるよね。
鎧通しなんて優れものもあるしなw

366日本@名無史さん2014/10/18(土) 19:00:39.04
資料に風云々と出てれば遠距離攻撃が行なわれていたとみていいと思うんだ
近距離での攻撃のみなら風はあまり関係ないからね
確か平将門の最後の戦いでも風のことが書かれていたとよな

367日本@名無史さん2014/10/18(土) 19:15:42.89
>>365
そうなると、槍とか鈍器がもっと早く流行りそうな気がしないでも無い。

368日本@名無史さん2014/10/18(土) 19:40:44.24
>>365
減衰するだけで、条件悪いと普通に刺さるし斬られるけどな
革の鎧着た李朝兵が鎧ごと日本刀でばっさり殺られたみたいに

369日本@名無史さん2014/10/18(土) 19:57:07.69
全然関係ない話だけど、鄭成功の鉄人部隊に驚いてたってことは
中国でも鉄製の甲冑って珍しかったんだろうか?
材料や技術に不足があったとは思えないが

370日本@名無史さん2014/10/18(土) 20:16:18.53
>>368
悪いけど、革の鎧と言っても日本刀相手にしてる日本の革鎧と朝鮮の革鎧を一緒にするのはどうかと。
日本のは革を丁寧に丁寧に塗り固めて作って行くのよ。

371日本@名無史さん2014/10/18(土) 20:28:27.24
漆に付けた革を重ねて突き固め石灰で固めるようなことをどっかで見たけど思い出せぬ

372日本@名無史さん2014/10/18(土) 20:52:21.56
日本の練革は、牛の生皮を何枚か膠で貼り合わせた後乾燥、
防水のため漆を塗って仕上げる。
大陸の革鎧は知らない。

373日本@名無史さん2014/10/18(土) 22:41:38.08
中国の革の鎧も大体同じ
つっても日本も中国も革の鎧は早くに廃れてるし

374日本@名無史さん2014/10/18(土) 23:10:10.24
>>366
胴鎧しかつけてない歩兵相手には矢襖でも十分だったろうね
しかし重装備の騎馬武者を仕留めるにはやはり接近しないと無理だったのでは

375日本@名無史さん2014/10/18(土) 23:20:28.10
足軽とかの鎧だと矢も簡単に貫通したらしい。

ところが本格的な鎧だと貫通は相当難しかったようだね、

まあでも、動きを重視するとそうそう全身を覆えないからどうしても隙は出来て来る。
逆に隙間なく覆うと動きが犠牲になると。

376日本@名無史さん2014/10/18(土) 23:47:57.92
源義家が三両重ねた鎧を射抜いたという話があるね

377日本@名無史さん2014/10/19(日) 06:44:05.01
テレビ番組ネタで申し訳無いが、海外のディスカバリーチャンネルやヒストリーチャンネルなんかだと、実際に貫通可能かどうかを実験しちゃってたりする。
あちらでの戦闘のものだけど、英国軍のロングボウの矢はフランス軍のプレートアーマーを射抜くことが出来たかどうか?について等々。
結論から言えば、充分可能。

個人的見解としては、これで致命傷を与える程に貫通出来たかどうかは微妙。
鎧と衣服の間には緩衝材としての詰め物を入れたりするわけで、それらも矢を防ぐ効果はある程度はあった訳で…とか。

まあ、こういう実験も結論ありきで誘導されたりするから鵜呑みにしちゃいかんだろうけど。

378日本@名無史さん2014/10/19(日) 08:29:58.46
日本だと名和氏が戦国時代の本物の鎧をつかうという贅沢な実験やってたな。
結論から言うと足軽用の胴じゃ矢は全然防げない。
しかし、侍用の本格的な胴だと逆に効果抜群で、戦国後期くらいの胴だとまず矢で居ぬくのは不可能だとのこと。
ただ、この頃はもう鉄砲が出てきちゃってるけどね。

379日本@名無史さん2014/10/19(日) 08:39:19.15
>>378
となると、やっぱ侍は戦車で足軽は戦車の後ろをついていく歩兵ってのが合理的だよな

380日本@名無史さん2014/10/19(日) 09:01:00.78
春日大社のものをはじめ大鎧の現存品は兜と胴鎧を合わせて25キロ程度のがいくつかあるんだが
ここまで重いと胴鎧も全てが革小札製ってわけではないだろう

貫通されにくい鎧が出てきたというのは鉄小札の多用に関係あるんじゃないのかな

381日本@名無史さん2014/10/19(日) 10:32:00.40
鉄甲より皮甲のほうが弓矢には強いらしい
続日本紀にそんな記述があった

382日本@名無史さん2014/10/19(日) 10:36:12.09
古代の短甲は、板金の胴鎧だったわけですよね?
それが駆逐された過程を考えると、鉄の胴鎧は防御力過剰(鉄砲ないし)わりに
重くて高くてさびやすいとかあったのかも。

383日本@名無史さん2014/10/19(日) 11:14:41.01
矢には跳ね返す強靭な装甲より、包み込んで威力を減退させる方が軽くて有効。
母衣が矢を防ぐのに非常に有効。
それから考えると、弾力がある皮の方が良かったのかもしれない。

384日本@名無史さん2014/10/19(日) 11:47:06.32
奈良時代ころの次期制式鎧コンペを妄想

開発者A
「まずはこちらの板金の胴。隙間を突かれなければ、現在我が国にあるほぼ全ての武器を防御できます。
重量は15キロ、お値段は100。年間生産数30です。」

開発者B
「次に革の胴、至近距離からの矢・太刀以外は大抵防御できます。鉄砲?それは何ですか?
 重量は5キロ、お値段40、年間生産数150です。」

数値は適当ですが、これで開発者Aが勝利する見込みあるでしょうかね?



 

385日本@名無史さん2014/10/19(日) 12:41:34.35
軍事技術は基本的に値段は二の次で質と生産量重視だから
いい勝負

386日本@名無史さん2014/10/19(日) 12:45:51.63
>続日本紀にそんな記述があった

原文見てみたいな

387日本@名無史さん2014/10/19(日) 14:50:29.23
http://www.47news.jp/CN/201203/CN2012033001002252.html
>春日大社の赤糸威大鎧は鎌倉時代後期(13世紀後半)の作品で高さ144センチ、重さ約26キロ

http://www.pref.okayama.jp/kyoiku/kenhaku/data/publish/dayori048.pdf
岡山県立博物館蔵の赤韋威大鎧は約25キロ

両方とも兜と胴のセットだけどだからと言って兜は鉄部品+鎧は組紐と革小札オンリーでは
この重さにはならんだろうし鉄札もかなり多いだろ

388日本@名無史さん2014/10/19(日) 15:04:48.57
>>386
これだな

続日本紀 宝亀11年(780年) 8月18日の詔
「諸国の甲冑は次第に年月を経て、ことごとく皆さびを生じ綻び多くは用をなさないという。
三年に一度の割で修理するのを例としていたが、修理する後から綻び、この上なく手間と労力を要していると聞く。
しかし今、革の甲は堅固で久しく使え、身につけても軽くて便利である。
また矢が当っても貫きにくい。その手間と日程を考えてもとりわけ作りよいものである。
今後、諸国が造らせる一年間に必要な甲冑は皆革を用い、前例通り毎年見本を進上するように。
ただし、以前に造った鉄の甲もいたずらに腐らせることなく、三年を経るごとに修理させよ」

389日本@名無史さん2014/10/19(日) 15:10:06.72
2chの歴史関係のスレって、反日サヨクや朝鮮人が立てたスレばかりだけど、
このスレは何を争点として争ってるの?

反日サヨク&朝鮮人連合派と、日本保守派、双方の主張を分かりやすく教えてよ

390日本@名無史さん2014/10/19(日) 15:25:41.55
>>389
南チョンはネイバーにでも行けよw

391日本@名無史さん2014/10/19(日) 17:06:39.67
>>388
う〜ん。こういう状況なら、鉄の鎧は革鎧に順次置き換えて
余った鉄鎧は矛とかに再加工した方が良い気がする。

392日本@名無史さん2014/10/19(日) 19:26:48.01
でも、戦国時代の当世具足だって普通に鉄板使用してるだろ?
あれはすぐ錆びなかったの?

393日本@名無史さん2014/10/19(日) 22:36:26.83
今は原ページ消されてるから確認できないけど英wikiによると紙甲って青銅や鉄の鎧より弓矢を弾くらしいね
柔らかい素材でできた鎧は刺突に強いのかな

228 :世界@名無史さん:2006/05/05(金) 14:17:59 0
英Wikiに紙甲の記事があった。
ttp://en.wikipedia.org/wiki/Paper_Armour

「水気を吸うとさらに強靭になる」とか書いてある・・・

「米軍弾道学センター」とかいう機関が実際に紙甲を作って実験したそうだ。
コンポジット・ボウから放たれた矢に、青銅や鉄のスケールよりよく耐えることができたらしい

394日本@名無史さん2014/10/19(日) 22:44:58.42
サルフの戦いに参戦してた李朝兵が紙の鎧を着てるって記録あるね

395日本@名無史さん2014/10/19(日) 23:59:58.06
ヤクザが濡らした和紙を体に貼り付けるのとおなじだな

396日本@名無史さん2014/10/20(月) 01:06:56.05
>>392
しっかり漆を塗ればさびは防げる……と思ったら、小札鎧だと動く度に擦れ合って剥げちゃうかな?

397日本@名無史さん2014/10/20(月) 01:27:29.48
>>382
いや、過剰じゃなく不足であって、より防御力の高い革鎧に移行したって可能性もある
鉄は鉄でも種類によって千差万別だからなあ。

398日本@名無史さん2014/10/20(月) 01:30:21.21
>>397
いや、無いよ。
鉄鎧の方が圧倒的に防護性能が高い
革の鎧じゃ李朝兵の様に日本刀で鎧ごと斬り殺されちゃうからね

399日本@名無史さん2014/10/20(月) 01:48:09.34
>>397
鉄の鎧の方が防御力は多分高いでしょう。
しかし、「貴方の敵は、革の鎧では防げず鉄の鎧なら防げる攻撃手段を使ってきますか?」
答えがNoなら鉄鎧の防御力は過剰品質。革の鎧で防御力は必要十分&重くて高価となるので。

400日本@名無史さん2014/10/20(月) 01:52:20.95
鉄の鎧でもぶっ叩いたら着てる奴にダメージあるでしょ

401日本@名無史さん2014/10/20(月) 01:59:21.75
>>400
それは「鉄でも皮でも防げない攻撃」ではないかと。

402日本@名無史さん2014/10/20(月) 05:13:03.18
装備や武器の進化により戦い方が微妙な変化してたってことか。。。

403日本@名無史さん2014/10/20(月) 13:19:48.08
産業革命前後のヨーロッパで使われていた銑鉄はワースト例だとしても、
前近代の量産用鉄製品は強度が低い物も多いだろ

隕鉄などの丈夫な鉄は少数で量産できないしな

404日本@名無史さん2014/10/20(月) 13:47:04.12
>産業革命前後のヨーロッパで使われていた銑鉄

これよりは西洋で鉄の鋳造ができなかった13世紀あたりの鍛鉄のほうがまだよかったんじゃないかな

405日本@名無史さん2014/10/20(月) 13:59:13.62
>>404
そこまでさかのぼらなくても、木炭での鋳造と石炭での鋳造だけで充分に差が出るんじゃなかったか。

木炭と比べて硫黄とかの不純物が多い石炭の影響で銑鉄の強度がガタ落ちしただろ。

406日本@名無史さん2014/10/20(月) 19:45:47.36
>>398
弓矢相手なら革鎧の方が防御力高いでしょ
李朝が戦ってきたのは日本刀じゃなくて弓矢を使う女真族なんだから

407日本@名無史さん2014/10/20(月) 19:55:55.19
日本刀との戦いを想定して鉄の鎧を急造しても数は揃わないし、兵が慣れていなければ動きが鈍る。
数に任せて密集できず動きも鈍い兵では、倭寇に鎧の隙間を突かれるのがオチ。
それなら、流れ矢を防げれば上等と割り切って、既に現物がある&兵たちが着慣れている鎧で通すのもアリかと。

408日本@名無史さん2014/10/20(月) 20:31:14.93
朝鮮の革鎧はどうだか知らんけど、
日本の練革は日本刀で簡単に裁断できるような代物じゃないぞ。
日本の甲冑は日本の武器を想定して作ってるんだから、そう簡単にスパスパ切れるもんじゃないよ。

409日本@名無史さん2014/10/20(月) 20:44:35.11
皮だろうが金属だろうが、弓や銃で攻撃されたら身の丈以上の盾にでも隠れて応戦した方が良いだろw
鎧なんて致命傷防げれば良い

410日本@名無史さん2014/10/20(月) 20:46:56.75
古代テーバイの将軍エパメイノンダスはそれまで鉄製だった胴鎧を麻布製に
全身を覆い隠すほどだった盾を小型盾に軽装歩兵の装備を変更してスパルタ軍を破ってるけど
中途半端に堅いより機動性に特価したほうが強いのかもね

411日本@名無史さん2014/10/20(月) 21:05:20.53
機動力と防御力というのは永遠の課題だからね。
固くすりゃいいってもんじゃないよな。

412日本@名無史さん2014/10/20(月) 21:11:01.13
上に話題に出てるサルフの戦いなんかも
機動力が重装備上まった戦史でも珍しい例だな

413日本@名無史さん2014/10/20(月) 21:15:49.85
銃弾を防げる鎧が現実的な物でなくなった時点で甲冑は滅びた(近年、ボディーアーマーという形で微妙に復権してるみたいだけど)ように
少々防御を厚くしても防げない攻撃手段を敵が持っている場合は、気休めにしかならない装甲は諦めて身軽にした方が
結局は怪我が少ないのではなかろうか。

414日本@名無史さん2014/10/20(月) 23:13:04.39
>>406
対弩弓でも鉄鎧の方が防護性能高いよ、当たり前だけど。
簡素な鉄鎧>簡素な革の鎧、手の込んだ鉄鎧>手の込んだ革の鎧

415日本@名無史さん2014/10/20(月) 23:15:10.96
>>410
その時代のギリシア地方に鉄鎧は未だ存在して無いよ
青銅の鎧ですら高級貴族の特注品、一般兵は革鎧

416日本@名無史さん2014/10/20(月) 23:27:10.38
鉄と言ったって、どの程度の重さかによっても違うからな。
重さ比で言ったら革の方が防御性能高いだろ。
例えば革より分厚い鉄の方が防御性能高いに決まってるが、そんなもん着て動けんしw

417日本@名無史さん2014/10/20(月) 23:32:42.15
分厚い革の鎧は邪魔過ぎて使われ無いよ

418日本@名無史さん2014/10/21(火) 12:18:45.08
名和弓雄氏が武蔵御嶽神社の赤糸威大鎧を調査したときの話書いてるが
背中側なんか全部鉄札で驚いたと

時代が進むほど革札と鉄札を混ぜたり重要部分はすべて鉄にする傾向だそうだ

419日本@名無史さん2014/10/21(火) 13:28:50.86
武蔵御嶽神社の大鎧を検索して写真見ると例によって兜と胴のセットだし
読売新聞の記事のデータだと春日大社や岡山のものと同クラスの
約25キロとなっている

現存する大鎧はどれもかなり鉄札比率が高いタイプばかりなんだろうな

420日本@名無史さん2014/10/21(火) 13:38:00.92
戦国時代は徐々に南蛮胴が使われるようになるよね
http://www.city.miyakonojo.miyazaki.jp/shimazu/shimazu/images/img_tetsusabi02_r.jpg
鉄砲対策だな

421日本@名無史さん2014/10/21(火) 15:50:15.97
南蛮胴って信長の時代はまだ入ってきて無くて、
信長自身着た記録ないらしいな
学研の日本史の漫画でも信長がそれ着てたイメージしかないから驚いた

422日本@名無史さん2014/10/21(火) 16:04:32.08
厳密に言えば比較的早い時代に宣教師から大友宗麟に献上されたりしてるので
まったく日本に入ってないってことはない

ただあの伝・織田信長所用南蛮具足を信長が着たという記録はないけどね

423日本@名無史さん2014/10/21(火) 16:59:11.43
でも、南蛮胴なんかでも鉄砲防ぐのは無理だったんでしょ。
矢は完璧に防げるけど。
もう少し戦乱の時代が続いたら鎧なしの時代になっただろうね。

424日本@名無史さん2014/10/21(火) 17:14:59.32
輸入モノの南蛮胴=胸甲着用で遠距離ならはじくこともできたらしい

425日本@名無史さん2014/10/21(火) 19:27:32.64
>>415
ネポス英雄伝にそう書いてあるんだが
つうかエパメイノンダスの時代には貴族階級はとうの昔に滅びてて存在しないんだけど

426日本@名無史さん2014/10/21(火) 19:32:57.48
>>425
ネポスは史家じゃなく歴史小説家な、史料の吟味なんざしてない。
テーバイがラケダイモンを破った時代のギリシア地方に鉄鎧は未だ存在して無いよ

427日本@名無史さん2014/10/21(火) 19:37:41.35
>>414
「古代人はどう暮らしていたか 実験考古学入門」著ジョン・M・コールズ

青銅器時代の皮製盾と金属薄板盾を複製し、その防御性能をテストした実験。
筆者は用心深くも、完全に役に立つと思われた皮製盾を手にした。金属盾の方は、
ただ1回切りつけただけで切れてしまった。
 青銅の剣で切りつけてテストしてみると、複製盾は十分に耐えれることが分かった。
切りつけたり、刺突しても、皮の盾は軽くしなって、その衝撃を吸収してしまうのである。

428日本@名無史さん2014/10/21(火) 19:41:10.04
甲冑が衰退したのって銃の登場じゃなかったの?

429日本@名無史さん2014/10/21(火) 19:51:26.02
>>426
いや当時現存してた手紙とか日記とか引用してるからネポスは
それとポリス時代のギリシャ兵の装備については「アナバシス」の松平千秋先生の注釈でも読んでみたら?

430日本@名無史さん2014/10/21(火) 20:19:10.09
>>428
そうだよ。
鉄砲じゃ甲冑で防ぐのはほぼ不可能といっていいくらい難しい。
それでも防ぐなら動きを全く無視するくらいに分厚い装甲にしなくちゃならんがそれじゃ動けないのでw
なら最初から甲冑なしで動き重視でとなるのが自然の流れ。

431日本@名無史さん2014/10/21(火) 20:59:57.61
>>429
手紙も日記も引用して無い或は引用したと明示して無い
アナバシスでは青銅の兜と脛当に革の鎧
少しは歴史の本を読もうな、鈴木本やウリナラファンタジー書じゃなく

432日本@名無史さん2014/10/21(火) 21:18:46.50
>>427
その実験は片手で持てる様な非常に薄い一枚の金属板を使った実験
使えないのは当たり前

433日本@名無史さん2014/10/21(火) 23:19:46.88
>>432
片手で持てないような分厚くて重い盾だと、攻撃は防げても兵士が持ち歩けないのでは?
甲冑との関連で語っていると言うことは、バリケード的に並べる盾ではなく
白兵戦で敵の刀槍を受け止める道具でしょうし。

434日本@名無史さん2014/10/22(水) 00:07:05.56
>>430
江戸時代の鎧職人は、火縄銃で撃って貫通しないテストしてるけど。

幕末の新型銃には貫通されまくってるけどな<鎧

435日本@名無史さん2014/10/22(水) 00:14:39.28
歴史じゃなくて神話だけどイーリアスなんか読んでても青銅製の盾は
投槍とかで普通に貫通可能なものという感じに描写されてるな

436日本@名無史さん2014/10/22(水) 09:38:55.47
>>433
片手で20`保持し続けるのは不可能でも
20`を背負って活動出来無い虚弱兵は一人も居ない

437日本@名無史さん2014/10/22(水) 13:02:39.44
>>430
胸甲を知らないのか

438日本@名無史さん2014/10/22(水) 20:32:03.86
イーリアスだと牛革七枚の上を更に青銅で覆った盾が出てくるな
盾の中央に腕輪状の腕通しがあったりベルトをつけて体に固定したりできたらしい
http://www.mlahanas.de/Greeks/war/ArmorC.jpg

439日本@名無史さん2014/10/23(木) 00:25:34.65
森忠政が大坂の陣の後に徳守神社(津山市宮脇町)に奉納したと伝えられる鉄盾
http://www.tsuyama-kanko.jp/tsuyamajou/img/054/tate.jpg

440日本@名無史さん2014/10/23(木) 06:35:36.18
>>350
矢は長しと言えども遠く能わずってそういう意味なん?

441日本@名無史さん2014/10/23(木) 11:54:00.92
射程が短そうなのはわかるな

442日本@名無史さん2014/10/23(木) 19:18:19.23
むしろ、射程距離は長いけど命中精度は低い的な意味だと思ってたわ

443日本@名無史さん2014/10/23(木) 20:46:31.07
鈴木眞哉史観てのは
・日本の合戦は投石と弓が中心で日本刀なんて実戦で使われてないよ。
・日本に騎馬隊なんて無かった。地位の高い兵が騎乗してただけで、戦闘の時は下馬していた。
日本の馬はポニーサイズでつかいものにならない。

他に何かある?

444日本@名無史さん2014/10/24(金) 00:45:44.69
当時の漢語で矢が遠くまで飛ぶことを「長」で表現したりするんなら
そうなのかもな

445日本@名無史さん2014/10/24(金) 09:06:52.88
>>434
昔、gun誌で実際に撃ったレポートが載っていたが、あっさり貫通していた。

446日本@名無史さん2014/10/24(金) 12:34:07.37
現代で試し打ちしてるのって大抵口径の大きい銃でやってるんだな・・

447日本@名無史さん2014/10/24(金) 18:37:53.69
↑?

448日本@名無史さん2014/10/24(金) 18:51:33.48
>>440
矢は長いが遠くにまでは飛ばないってことだろ
確か籌海図編にも矢が重いので遠くにまでは飛ばせないっていう似たような記述があったはず

449日本@名無史さん2014/10/25(土) 05:12:21.87
むしろモンゴルの矢が飛びすぎだろう

450日本@名無史さん2014/10/25(土) 08:51:03.47
>>445
火縄銃で江戸時代の胴を撃つ実験をしたの?
本当なら文化財になんてことを、って感じだが。

451日本@名無史さん2014/10/25(土) 11:14:13.18
>>450
いかに丈夫な甲冑を作れるかって競うためじゃね

452日本@名無史さん2014/10/25(土) 13:32:39.87
>>450
日本の武器兵器というサイトにも載ってるから見て来いよ

453日本@名無史さん2014/10/25(土) 21:33:58.95
伊達の試し胴なら、仙台市博物館、塩釜神社博物館等で実物を見ることができるよ。

454日本@名無史さん2014/10/26(日) 17:59:36.61
よく日本刀はどの程度斬れるのかとか実験してる番組あるけど
ああいうのも大体安価な新刀や現代刀使ってるのかな?
だとしたら製法が違うから室町時代や戦国時代の刀の使用法や有効性の検証にはならんよね

455日本@名無史さん2014/10/26(日) 18:37:52.52
アメ公のテレビ番組は、進駐軍が掻っ攫っていった昔の日本刀を惜しみなく使って検証しとるぞ。

456日本@名無史さん2014/11/01(土) 19:24:39.47
なんで進駐軍が掻っ攫ったもんだとわかるの?
どちらにせよ古刀か新刀かは分からんし

457日本@名無史さん2014/11/01(土) 22:39:24.47
明治初期には日本人が手放した古物の欧米への流出が激しいしな。
必ずしも進駐軍が、とは限らんわな

458日本@名無史さん2014/11/01(土) 23:06:13.20
ほぼ確実に米占領軍が略奪、強制徴発した刀だろうな、数量的に

459日本@名無史さん2014/11/02(日) 07:46:34.30
スプリング刀も相当数混じってそう

460日本@名無史さん2014/11/02(日) 08:49:13.49
スプリング刀は波紋が無いから美術的価値が無いだけで
江戸期の新刀、新新刀より良く切れたらしい
重い荷物を運んで鍛えられてるからだそうだ

461日本@名無史さん2014/11/02(日) 10:31:03.72
>>460
んなわけがあるか、アホ。
刃付けもしてない、形だけ刀っぽくしてるだけだ。

462日本@名無史さん2014/11/02(日) 11:36:04.45
エン州虎徹と評判だったそうだからまあ切れたんだろう
おしなべて新刀・新々刀より切れるというのは贔屓の引き倒しだけどな

463日本@名無史さん2014/11/02(日) 17:04:51.48
>>461
歴史とか美術の視点から見たら無価値な鉄くずなんでしょうけど
武器としては、生産性やコストも性能と同等以上に大事です。
数が足りず、「手元に存在しない」名刀と、スプリング刀なら
スプリング刀の方がマシでしょうし。

464日本@名無史さん2014/11/02(日) 20:12:53.12
間違いなく日本刀史の一部なので、価値はあるんだけど、保存とか研究とかおなざりなんだろうな>スプリング刀

465日本@名無史さん2014/11/02(日) 21:32:14.90
あと、満鉄刀はレールの再使用じゃなく満州鉄道のレールを作った技術で作られた刀
極寒に耐え、玉鋼より腐食に強く、研磨修理が容易な対外戦争のための刀。

466日本@名無史さん2014/11/02(日) 21:35:52.43
>>463
いや、別に軍刀なんて指揮棒代わりなんだから、切れ味なんてどうでもいいだろ。
捕虜の首を切り落とすのが趣味、とかなら別だが。

467日本@名無史さん2014/11/03(月) 05:56:54.65
>>466
それ防軍刀サイトでも書いてたな。100人切り否定のためだけに鈴木説引用したうえで
ぐんとうはしきぼうだから〜
先ほどまでの実用云々(切れ味強度)を説いてたのにそれを否定とか

468日本@名無史さん2014/11/03(月) 08:51:44.01
>>467
俺、>>461だけど、軍刀の切れ味が大事、なんて全く書き込んでないが。
お前がスプリング刀が新刀より切れ味が上とかわけのわからないこと言ってるから突っ込んでるだけだが。
軍刀として使うなら、古刀だろうがスプリング刀だろうが変わらねえよ。
切れ味関係ねえもん。

469日本@名無史さん2014/11/03(月) 09:11:31.18
切れ味と言えば、そこまでこだわるのも考えてみれば変わってるな。
刺身を作るんじゃないんだし、人が殺せれば、死体の傷が荒かろうと関係ないだろうに。
切れ味を良くするために刃を薄く鋭くしていけば、刃こぼれしやすくもなるし手入れも大変だ。

470日本@名無史さん2014/11/03(月) 11:05:34.88
切れ味鋭い方がいいに決まってる、そう簡単に刃こぼれする物でも無いし

471日本@名無史さん2014/11/03(月) 12:31:09.02
>>466
小部隊の時の日本軍の戦法ってだいたいこんな感じだから
戦闘の流れによっては軍刀の出番もあり得るんだよ

敵火点発見

自軍機関銃で拘束

別働隊が地形に隠れながら近づき擲弾で制圧 →出来なかったら砲兵の支援を要請

まだ抵抗してたらさらに接近して手榴弾で制圧

まだ抵抗してたら白兵戦  ←軍刀の使用例でよく出てくるのがここ

472日本@名無史さん2014/11/03(月) 17:23:43.74
だいたい刃物って少しくらいの刃こぼれでは切れ味は極端に落ちないんだけどね
細かくキレイな仕事が要求される板前さんの包丁とは事情が違うのよ

473日本@名無史さん2014/11/03(月) 17:26:30.70
「日本刀の近代的研究」では新村田刀なんかは最初は切れ味がいいが
すぐに切れなくなったと上海事変の実戦使用の結果わかったと書かれているし
逆にいうと普通の日本刀はそうではなかったんだろうな

474日本@名無史さん2014/11/03(月) 17:36:15.05
黒田鉄山先生の祖父はむしろ刃こぼれが入ると引っかかりが出来て
斬りやすくなるなんて話もしてたそうだ

475日本@名無史さん2014/11/03(月) 19:41:01.88
>>468
別人と勘違いしてるが
おれは>>455に対して新刀か古刀か判別できないしスプリング刀も交じってそう
とは書いたが新刀よりスプリング刀の方が切れ味が上なんて書いてねえよ。

476日本@名無史さん2014/11/03(月) 20:07:32.68
youtubeで一時期話題になってた同重量の日本刀とブロードソードぶつけてみたら日本刀が折れた
っつー結果が出た海外番組だと日本刀もブロードソードも実験用に新しく作った刀を使って検証してたな

477日本@名無史さん2014/11/03(月) 21:56:36.43
>小部隊の時の日本軍の戦法ってだいたいこんな感じだから
「ボクの考えたサイキョウのセンジュツゥ〜」だろw

敵火点発見←最近のラノベだとこういう言い方をするのか?

自軍機関銃で拘束←小部隊に機関銃は配されていないし、日本軍は弾薬が潤沢であることで知られている軍隊ではない

別働隊が地形に隠れながら近づき擲弾で制圧←擲弾は面制圧兵器ではない
出来なかったら砲兵の支援を要請←そんな贅沢は許されない

まだ抵抗してたらさらに接近して手榴弾で制圧←手榴弾は制圧兵器ではない

まだ抵抗してたら白兵戦
軍刀の使用例でよく出てくるのがここ←そこで使われるのは、銃剣

478日本@名無史さん2014/11/03(月) 23:42:56.50
早く兵役に戻らないと

479日本@名無史さん2014/11/04(火) 00:06:31.10
>>477
詳しくないのに無理して反論しなくていいよ

480日本@名無史さん2014/11/04(火) 00:26:07.02
      /| | ̄ ̄ ̄ ̄| |\
     /  | | //     | |//\
  ∧_||// | | 彡⌒ ミ.| | //||_∧
 (´・ω||// | | (´・ω・`)| |   ||ω・`)      現実はいつも僕を傷つける
 ( .⊃ ||/ / |__彡⌒ ミ_| .\  ||⊂ )
 ⊂_)|/   (     )    \|(_⊃
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   (  ・ω.| | ∧_∧.| | (ω・`  )
   (  . ⊃.|∩(;;  ;; )∩| ⊂   )
   (_) __) |_(    )| |/( __(_)

481日本@名無史さん2014/11/05(水) 08:09:23.41
>>477
日本帝国陸軍の基本戦術は、機関銃や擲弾筒による火力制圧。銃剣突撃は最後に陣地を抑えるため。
日露戦争で体格にまさるロシア人に白兵戦で苦戦したことから、そうなった。
太平洋戦争末期の弾薬の補給が切れた状況は、本来想定していた状況ではない。

482日本@名無史さん2014/11/05(水) 18:25:39.71
>>481
>日本帝国陸軍の基本戦術は、機関銃や擲弾筒による火力制圧。銃剣突撃は最後に陣地を抑えるため。
>日露戦争で体格にまさるロシア人に白兵戦で苦戦したことから、そうなった。

え?
むしろ、当時はそれが世界標準だろ?

>太平洋戦争末期の弾薬の補給が切れた状況は、本来想定していた状況ではない。

日露戦争当時ですら弾薬切れ頻発だったのに、対戦中は補給が切れたというよりか補給が途絶えてたというべき状態だからなあ……
普通なら戦闘継続もできないはずの補給が途絶えた状態で、よく継戦したと言うべきだよな。

483日本@名無史さん2014/11/05(水) 19:05:52.92
下川潮の「剣道の発達」に日露戦争を視察したイギリス観戦武官の記録が載ってるけど
白兵戦では日本が圧倒していた模様
ロシア兵に劣っていたとか云々は鈴木が流した典拠のあやふやなデマに過ぎない

第二次世界大戦中の米兵の記録には日本兵の銃剣術の稚拙さが絶えず出てくるから
おそらくそれと勘違いしたんだろうな

484日本@名無史さん2014/11/05(水) 22:02:44.71
なんでそんなに劣化したんだろと思ったが、大戦中だと徴兵対象の拡大に次ぐ拡大で体格の劣る兵とか戦意の低い兵が多くなったり
出征前にろくな訓練を行う余裕すらなくなって促成栽培の未熟兵が増えたりしたからなんかなあ?

485日本@名無史さん2014/11/05(水) 22:10:38.23
単に銃剣術と剣術は別物ってことじゃない?

486日本@名無史さん2014/11/05(水) 22:16:40.47
剣であれ銃剣であれ、白兵戦技術の低下があったというのは興味深いですね。
話を戦国期に戻せば、白兵戦能力の重要性は20世紀より遙かに大きいでしょう。
そう考えると、農民を「誰でも良いから」と徴兵しても戦力になるのかという疑問が…

487日本@名無史さん2014/11/05(水) 22:17:40.90
旅順でロシア軍の陣地を奪取したら、逆襲されて失陥するってパターン多かったろ

488日本@名無史さん2014/11/05(水) 22:53:06.57
ちょっと一戦交えたら、陣を取ることはできても弾薬切れで継戦不能、みたいな、日常的な弾薬不足が原因じゃないの?

追撃して敵兵を減らしたいのに弾薬がなくて追撃もできないのが常だったのも、日露戦争の日常風景だし。

489日本@名無史さん2014/11/05(水) 23:09:49.52
>>486
足軽も軍役衆も百姓じゃ無いし

490日本@名無史さん2014/11/06(木) 08:07:53.03
>>482
日本軍の機関銃装備率は高いし、重擲弾筒はライフルグレネードより有効だよ?
客観的に見て、銃火器の装備率は平均以上。


>>483
いや、そもそも日本式銃剣術自体が日露戦争の反省を踏まえて編み出されたもの。

491日本@名無史さん2014/11/06(木) 18:38:54.22
日本陸軍編纂の剣術教範見る限りでは日露戦争の以前以後でさしたる変化はないが
ただ剣術は大分変化しててそれまでサーベルと日本剣術を折衷したような片手式だったのが
両手剣術になってる

492日本@名無史さん2014/11/06(木) 19:16:32.36
日本陸軍の部隊戦闘単位が大隊を基準にした火力運用から、大隊火器を各歩兵中隊に分派しての中隊を中心としたものへと移行した結果、大隊火器の中核を担ってきた重機関銃は、激しい運動をする中隊用機関銃へと変化を余儀なくされていくこととなった。
大隊には速射砲や歩兵砲にも対応した充実した行李があり、重機関銃中隊にも日本軍にしては非常に充実した弾薬小隊も付いていたため、従来は密度の高い後方支援が重機関銃に与えられていた。
ところが、歩兵中隊に小規模で分派すると、このような密度の高い支援体制は期待できなくなるのである。そこで、各中隊に最初から重機関銃を配備する構想が生じた。

新構想に応じた急速増産を考えた場合、既存の九二式重機関銃は、製造工程が他銃に比べ多く大量生産に向かない構造という問題があった。
各中隊での運用を考えると、運動性は九二式重機よりも更に高い必要があった。

生産と運用中隊運用を目的として開発された一式重機関銃であったが、実際には戦争拡大に伴う部隊増設に生産が間に合わず、また装備改編・訓練の時間的余裕も無く、歩兵中隊への配備は実施されなかった。
単に九二式の代用として重機関銃中隊で用いられるに終始した。

これは見事な、絵に描いた餅w

493日本@名無史さん2014/11/06(木) 22:53:26.01
>>491
むしろ伝統回帰してるんだな
ていうか鈴木眞哉って近代戦争にも言及してるのか

494日本@名無史さん2014/11/07(金) 09:08:19.76
>>486
信玄時代の武田の軍役定書に百姓や職人などを軍役の補として
連れて来ることが固く禁じられてる

史料が少ないところだから確定的なことは言えないけど織田豊臣以前には
兵農未分離だったとかの話は疑った方がよさそうだ

495日本@名無史さん2014/11/07(金) 20:56:37.36
固く禁じられているということほ、現実にそういうことが横行していたということだろ。

496日本@名無史さん2014/11/07(金) 22:39:16.46
固く禁じたのは統治者がそれを望ま無かったからな

497日本@名無史さん2014/11/08(土) 08:30:12.91
禁じられているなら、それは横行していたほかに、それでは不都合という条件が必要ですよね。
ということは百姓職人を連れてくるのは、人数が増えるメリットを上回るデメリットがあったことに。
そのデメリットが「足手まといだから」なのか「生産者を失いたくない」なのかは解りませんが、

498日本@名無史さん2014/11/08(土) 15:12:39.23
足で纏いだから連れて来るなと定書してるんだが。

499日本@名無史さん2014/11/08(土) 15:47:39.27
その、足手まといだという記述が本音なのか建て前なのかが分からんと言ってるんなら、筋が通らなくはない

500日本@名無史さん2014/11/09(日) 01:32:10.37
>>494
確か・・・当主や長男の動員を禁じていただけだったような・・・

501日本@名無史さん2014/11/09(日) 01:35:09.64
少なくとも南北朝以前は兵農未分離じゃなかったはずだしなあ……

502日本@名無史さん2014/11/09(日) 01:40:04.33
>>500
兵として役に立た無いから商人は連れて来るなと言ってるし
出来るだけ同じ人間を連れて来る様にお達ししてるけど

503日本@名無史さん2014/11/09(日) 02:40:02.04
>>500
それって明治の話でしょ
当時の百姓に「家督」とかないしな

504日本@名無史さん2014/11/09(日) 02:49:17.59
http://07494.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-97e6.html
>たとえば、戦国時代末期の天正八年に武田氏と北条氏とのあいだで戦われた沼津の千本松原の合戦場跡には、
>ほぼ当時のままの首塚が残されていた。
>この首塚に残された一〇五体ある戦死者の遺骨のうち、じつに三五体(三三・四パーセント)が女性のもの
>だったと分析されているのだ

女まで駆り出してるのに兵士の質を選別してる余裕があったとは思えないけど

505日本@名無史さん2014/11/09(日) 10:28:07.30
別にその女たちが兵士だったと確定したわけでもないだろ

506日本@名無史さん2014/11/09(日) 12:09:28.20
じゃあ何?慰安婦?それとも飯炊き女か?
いづれにしても軍中の三割って結構な数だけど一体どんな役割を果たしてたんだろうな

507日本@名無史さん2014/11/09(日) 12:48:21.52
陣夫、夫丸、常識だよな常識

508日本@名無史さん2014/11/10(月) 00:13:47.62
まさか、こういうスレで女武士を珍しがる流れというのも興味深い

509日本@名無史さん2014/11/14(金) 12:16:33.69
ぶっちゃけ個人の武力最高は巴
日本の呂布にあたるのは女武者

510日本@名無史さん2014/11/16(日) 03:29:14.00

511日本@名無史さん2014/11/16(日) 11:40:38.61
>>509
為朝や綱の方が上じゃね?

512日本@名無史さん2014/11/16(日) 18:42:15.29
はい

513日本@名無史さん2014/11/16(日) 18:43:12.27
はい

514日本@名無史さん2014/11/16(日) 18:43:58.05
はい

515日本@名無史さん2014/11/16(日) 18:44:35.45
はい

516日本@名無史さん2014/11/16(日) 18:49:59.00
はい

517日本@名無史さん2014/11/16(日) 20:26:23.81
はいじゃないが

518日本@名無史さん2014/11/23(日) 20:41:01.69
1960〜70年代の研究が最新の研究になるとか凄い話しだよな。
いい加減おっさん呼ばれる歳だけど、俺が生まれる前の研究、学説だろw

519日本@名無史さん2014/11/23(日) 21:58:46.72
図書館で借りたり最近買ったりして、つい最近に読んだ話だからという理由で、
なぜか最新の学説だと勘違いしちゃう人って多いよな。

お前さんが読んだ日じゃなくてその本が書かれた日を見ろよって。


あと、昔の全集とかが文庫化されることがあるんだが、
最近文庫で出たばかりの話だからと、執筆時期を見ないで新しい説と思い込むのも多い。

中公文庫とか小学館ライブラリ、集英社文庫、講談社学術文庫あたりは要注意だ。
岩波ワイド文庫とかもか。

うっかりすると、1950年代1960年代あたりのものが新刊で出てきたりするからな。

520日本@名無史さん2014/11/24(月) 07:01:37.61
最新の研究?
どっから出てきた話だ?

521日本@名無史さん2014/11/24(月) 15:07:21.33
文系学問は新陳代謝遅いから最新といっても数十年前の研究ってのはザラにあるな
文化人類学とか未だに19世紀のルボンの著作が引用されまくってるし

522日本@名無史さん2014/11/25(火) 16:22:30.85
>>520
あれだろw
鈴木がよく使ってた枕詞じゃねえの?w
最新の研究ではカタナガーとかキバタイガーとか。

523日本@名無史さん2014/11/27(木) 19:28:12.25
>>377
鏃が焼き入れされて無くて抜けないって結論のやつもある
戦場跡から金属探知機で鏃探し出したうえで

524日本@名無史さん2014/11/27(木) 23:05:04.39
あれ出土した鏃は生鉄で硬度が足りないから鎧は抜けないけど
ボドキンなら鎧にも刺さるって結論だったろ

525日本@名無史さん2014/12/04(木) 05:36:58.33

526日本@名無史さん2015/01/04(日) 08:03:27.13
あけましておめでとうございます。

527日本@名無史さん2015/01/04(日) 08:22:54.90
おめで刀!

528日本@名無史さん2015/01/14(水) 00:27:58.58
艦これ弓道警察の件で色々見てたら、すげえ電波飛ばしてる自称軍ヲタがいたわ


https://twitter.com/KeisarSan/status/554172948584476672
@Hound_7 @tamaya8901 これ、近年生まれた射法
江戸時代までの馬は馬引きが動かすし馬体はポニー位の大きさ
去勢もしてないので気性が荒く手放しで乗れる物ではないそうです
本当の流鏑馬は馬引きの頭の影から現れる的を瞬時に見極めて射らねばならず的を見て射る事は出来ない

529日本@名無史さん2015/01/14(水) 22:23:50.39
なんだアニメアイコンか

530日本@名無史さん2015/01/14(水) 23:48:55.27
じゃあ鎌倉時代の騎射の絵に馬引きが描かれてないのはなんだっていう

531日本@名無史さん2015/01/15(木) 05:22:48.73
この手の奴は自分が興味を持たないことは
躊躇なく他人か自分の妄想で済ますからどうしようもない

532日本@名無史さん2015/01/15(木) 12:38:38.64
馬子が引かなきゃ動かない馬なんざ戦いじゃ邪魔なだけだろ
何のために戦で馬使ってたってんだよ

533日本@名無史さん2015/01/15(木) 20:07:55.45
ええと…鎧が重くて歩けなかった!

534日本@名無史さん2015/01/17(土) 13:53:06.53ID:Lyb2myTv
軍ヲタって戦術ドクトリンとか補給線とか近代に出来て概念を平気で過去にブチ込む
白痴ぞろいだから困るわ
プライドが高過ぎて会話のキャッチボールがまともにできないコミュ障が多いから尚更

535日本@名無史さん2015/01/18(日) 13:09:37.86
>>533
×鎧が重くて歩けなかった
○鐙が重くて人が引か無いと動け無かった

536日本@名無史さん2015/01/18(日) 15:40:16.67
>>535
荷物が重くて歩けない馬は、人が引っ張ろうが引っ張るまいが歩けねえよ。

537日本@名無史さん2015/01/18(日) 23:33:00.65ID:qMKdLoMm
>>536
鐙は重いからな、金属製だと300gくらいある

538日本@名無史さん2015/01/21(水) 10:24:41.31
ポニー(148p)

539日本@名無史さん2015/01/21(水) 11:09:08.03
ホース(151p)

540日本@名無史さん2015/01/26(月) 02:06:38.58
https://www.youtube.com/watch?v=PkekfGGtFLE

江戸時代までは感じなの?ねえ

541日本@名無史さん2015/01/27(火) 08:44:12.65
馬子が力で馬を引っ張っていたとは新説

542日本@名無史さん2015/01/27(火) 09:01:45.29
東洋馬はみんなポニーだが?

543日本@名無史さん2015/01/27(火) 09:02:53.57
西洋馬ってのはあれは品種改良を重ねてるからよ

544日本@名無史さん2015/01/27(火) 09:04:30.06
まあ向こうの人らの好みなんだろ〜

545日本@名無史さん2015/01/27(火) 09:06:53.16
その人のいう「本当の流鏑馬」ってのはどういう文献で確認できるんだろうかね
古文献からは「馬引き」が引いて行う騎射というのは逆に確認できないんだけど

546日本@名無史さん2015/01/27(火) 13:46:55.16
個体としてデカいのはそれ以前からいただろうが、平均的に大きくなったのは18〜19世紀みたいね。
無論、品種改良の結果。

科学、学問としての「遺伝」は19世紀後半からだけど、動植物の品種改良の歴史見てるとかなり昔からあった概念じゃないのかと思う。

547日本@名無史さん2015/01/27(火) 13:55:24.00
>>534
>プライドが高過ぎて会話のキャッチボールがまともにできないコミュ障が多いから

その手合いはソースを出せといわれて出せないとそこからますます思い込みに逃げたりして
本当に話にならんのだよな

基本的なことを知らない自分をまず認められないんだろうけど

548日本@名無史さん2015/01/27(火) 14:28:27.40
はいはい関係ない話になってきてるよ〜

549日本@名無史さん2015/01/27(火) 14:43:08.82
流れを見てると急に関係ない>>548が来たようにしか見えません

550日本@名無史さん2015/01/27(火) 16:00:58.88
リツイートしたりお気に入りに入れてるバカもいる
こういうソースのない駄法螺を拡散するには
ツイッターは格好のツールだね

551日本@名無史さん2015/01/27(火) 17:05:21.68
そりゃまあ米政府が破壊工作で使う為に開発した工作ツールだからな

552日本@名無史さん2015/01/27(火) 19:04:26.48
スレをおかしな流れにしたい人がいるのはわかる

553日本@名無史さん2015/01/28(水) 16:16:47.23
147 ポニー上限
142 イングランド王ヘンリー八世(一四九二〜一五四七年)布告、142センチ以下の雄のタネ残すな
136 現在の木曽馬の雄平均
130前後 蒙古馬、日本の馬も同系というかたぶん同じ
129.5 新田義貞の鎌倉攻め戦死者とともに出土した128頭の平均、大きいもので140cm
112-133 グスタフアドルフの騎兵(スウエーデン軍装備目録)
105 シェトランドポニー
80 ミニチュアホース

554日本@名無史さん2015/01/28(水) 19:23:56.42
400`c 在来馬
60`c 成人男子
30`c 大鎧
20`c 当世具足
900c  青銅鐙
300c  皮革鐙

555日本@名無史さん2015/03/03(火) 06:29:03.92
ヒマだねえ
新刊情報も無いのかな?

556日本@名無史さん2015/03/10(火) 15:32:45.09
従来の歴史観を否定し新説を作り上げるだけの歴史修正主義者

557日本@名無史さん2015/03/10(火) 17:18:13.33
それわ歴史学者の仕事、本業ww

558日本@名無史さん2015/03/11(水) 16:18:13.07
知ってる人は鈴木眞哉史観を列挙してくれよ

559日本@名無史さん2015/03/11(水) 21:31:23.31
>>557
そんな日本の歴史研究が世界からひんしゅくを買っている。

【韓国】米研究員「日本の歴史修正主義は米国を戦犯にする」=韓国ネット「日本人は地球村の敵」「永遠に治療が不可能な病気」[03/11]
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1426068508/l50

560日本@名無史さん2015/03/11(水) 23:28:22.77
>>559
知性が病気で衰えてる一部の韓人に顰蹙を買ってるだけだけどな。

世界から顰蹙を買ってるのは、その一部韓人の池沼ぶりのほうだろ

561日本@名無史さん2015/03/12(木) 02:40:16.75
>>559
早く墓酷へ却って善いんだぞ在チョン

562日本@名無史さん2015/03/12(木) 03:48:42.79
文盲にはこの文章が読めないようだなwww

>米ジョンズ・ホプキンス大学国際関係大学院のデニス・ハルピン研究員は、
>外交誌「ナショナル・インタレスト」に寄稿した文章の中で、

563日本@名無史さん2015/03/12(木) 06:44:45.02
歴史修正主義者と非難されるのは
だいたい近現代史の政治系統でそれ以外はあんま観た事ねぇな

564日本@名無史さん2015/03/12(木) 18:55:48.12
歴史修正主義者って・・・
鈴木氏の場合は教授でもないから実質作家に近いし、物書きなんだから既存の通説に疑問を投げかけるような形になるのは当たり前だろ・・・

565日本@名無史さん2015/03/12(木) 20:54:17.11
歴史を修正してるんだから歴史修正主義者だろ

566日本@名無史さん2015/03/13(金) 19:43:25.47
そりゃそうだけど、非難するような事ではないだろ

567日本@名無史さん2015/03/15(日) 05:20:01.41
誤歴史訂正主義者です(キリッ

5685632015/03/19(木) 10:58:39.74
>>566
別に鈴木先生にいっとるわけじゃなかったんだが

569日本@名無史さん2015/03/22(日) 22:20:22.79
修正主義とか大げさなもんでもなくて、単に目立ちたいだけだべ

570日本@名無史さん2015/03/24(火) 13:40:28.94
お仲間の藤本は平山にケンカ売ってるしなぁ。

571日本@名無史さん2015/03/27(金) 19:18:11.12
>>565
修正じゃ無く訂正な、そしてそれわ歴史学の本分
鈴木わ違うけど

572日本@名無史さん2015/03/27(金) 21:57:53.22
騎馬に乗れるのは指揮官だけ、というのは
まともに否定されてたなぁ、鈴木・・

573日本@名無史さん2015/03/28(土) 19:46:39.17
馬廻とか存在しませんでしたとか極論というよりは暴論だからなーw

574日本@名無史さん2015/03/28(土) 20:38:09.68
でも鉄砲とか騎馬に関しては第一人者
って感じなのかな。

575日本@名無史さん2015/04/01(水) 07:29:34.64
サファリラリーにF-1カーで出場すれば優勝間違い無しと言うくらいの第一人者ではある。

576日本@名無史さん2015/04/06(月) 20:31:47.91
修正主義ってレッテル張れば論破の必要もなくなる大勝利って風潮は嫌いだな
鈴木の勝敗とは無関係な話だが

577日本@名無史さん2015/04/09(木) 11:43:56.11
まあそもそも、論破して勝利宣言ができない無能がレッテル貼りして勝利宣言するわけで。

578日本@名無史さん2015/04/09(木) 21:44:36.75
鈴木に関しては、「また鈴木かw」「今更鈴木かよww」ってレッテルになってしまったな

579日本@名無史さん2015/04/24(金) 18:38:04.43
4月23日放送 BS日テレの実験
体高130cmの木曽馬に92キロの鎧武者(人間62キロ+甲冑・武器30キロ)を乗せ100m走のタイムを計った。
結果は12秒。かなり速い。
木曽馬とアメリカ馬との混血は11秒後半。それほど変わらない。
それとは別にアメリカ馬よりも小回りが利くという実験結果も得られました。

580日本@名無史さん2015/04/24(金) 20:50:07.52
BSは面白そうな番組やってるな
そろそろ契約するかな

581日本@名無史さん2015/05/10(日) 10:06:31.47
地上波でもスタジオのどうでもいいバカ芸人やら役者やらのド素人感想コーナー無しで
情報密度ひたすら上げた番組やって欲しい

スタジオトークになるたびにチャンネル変えて時間見て戻すのめんどい

582日本@名無史さん2015/05/10(日) 13:55:05.89
馬場で鎧武者乗せてタイム計っても全く意味がないだろう。
足軽の格好させた陸上選手を競技場で全力疾走させて「昔の足軽はこの速度で戦場を走り回っていました」なんて言ったら苦情殺到だろ。
畑や雑木林を走らせないと意味がない。

583日本@名無史さん2015/05/10(日) 17:10:29.67
畑や雑木林で騎兵隊を運用する馬鹿な日本人は居ないから

584日本@名無史さん2015/05/10(日) 20:12:43.42
なら、日本には騎兵隊は無かったという事か。

585日本@名無史さん2015/05/10(日) 21:25:48.87
お前は日本に原野がなかったとでも思ってるのか?

586日本@名無史さん2015/05/10(日) 21:28:44.14
お前は日本の原野は馬場みたいに綺麗な柔らかい砂地だったとでも思っているのか?

587日本@名無史さん2015/05/11(月) 01:30:10.28
少数精鋭の武田東国騎馬武者を警戒したビビリの大軍織田方が採った引き篭もり鉄砲戦術

588日本@名無史さん2015/05/11(月) 11:03:45.44
軍の指揮官は臆病で慎重な位で調度良い。

589日本@名無史さん2015/05/13(水) 14:30:47.19
>>582
落馬の危険があるからあんまり足場悪いところでは実験できまいて
しゃーない

590日本@名無史さん2015/05/17(日) 07:33:27.24
下手すりゃ死人も出るし、馬に何かあったら動物アイゴー団体がうるさいからな。
現代は色々面倒。
何十年か前のイギリスみたいに浮浪者捕まえて空母のカタバルトに椅子固定して「生身の人間は何Gまで耐えられるか?」とかの人体実験するわけにもいかない。

591日本@名無史さん2015/05/26(火) 11:02:05.14
農耕馬と軍用馬は全くの別物です。
現在の在来種は農耕馬の末裔で軍用馬は明治以降、見栄えや調教の
容易さから軍の方針で外来種に転換され、ほぼ絶滅したのは有名な話
です。

592日本@名無史さん2015/05/26(火) 11:12:26.98
在来和種の軍用馬が西洋の馬と比べて、劣っていたのか?
現在の競馬馬と比較するのはナンセンスです。
南部馬の盛号は、明治の競馬で西洋のアラブ馬をちぎって
優勝した名馬です。
現在でも北海道和種で流鏑馬をしてる方々がNHKのTV番組で
放送されました。
道産子でもスピードはピンキリ。訓練されてる馬は、かなりの
スピードで疾走していましたし、
流鏑馬初心者が騎乗して乗る馬は人間の小走りぐらいの速さが
せいぜい。
人間でも鈍足の人もいれば陸上部クラスの俊足まで様々、
戦場につれていく軍馬は、古来日本では猛獣並みの荒馬が
好まれていたと言います。
皆様が想像してる木曽馬とは別物と考えるべきです。

593日本@名無史さん2015/05/26(火) 11:19:41.49
上記TVで北海道和種が山の斜面を切り開いた場所を
縦横無尽に走り(斜面を斜めに登ったり下ったり)
廻っていたのは印象的です。
これこそ、蹄鉄を付けない在来場の得意技とも言うべき
特徴だと思います。
岬馬が岸壁に近い丘を疾走してる姿で想像がつくと思います。
訓練された軍馬なら人を乗せて山岳戦に利用するときこそ
強みが生じるのです。

594日本@名無史さん2015/05/26(火) 11:30:18.75
現代の一般人が在来和種農耕馬に跨って騎乗しているのを
連想して議論するのは、もう辞めにしましょう。
西洋場にはない良さを持った在来和種馬の訓練された軍馬に
戦を重ねた軍人(歴戦の武士)が
騎乗してることを前提に、騎馬運用の有用性を
議論考察するべきと思います。

595日本@名無史さん2015/05/26(火) 11:36:10.29
某番組で検証した
重装備の騎馬武者を乗せた木曽馬の実力で、
戦国時代の軍馬の実力を推測するのは
あまりにも。。。
『幻の南部馬を訪ねて』で検索してみてください。
上記の盛号のことや他の南部馬の名馬たちが紹介されています。

596日本@名無史さん2015/05/26(火) 21:00:40.53
せやな

597日本@名無史さん2015/05/28(木) 09:52:14.51
馬の実力の次に、当時の戦ですが
主な戦は局地的に機動部隊による遭遇戦であるということです。
野戦といえども現代人が映画やドラマ、ゲーム等で刷り込まれてる
見晴らしの良い草原で両軍が退治して、お互いの陣に突撃し合う
ような戦は幻想です。
1日で決着の付いた戦国稀な大戦でさえ、戦場は広大であり
高低差もあれば、草木が視界を遮り
各軍単位で、もっといえば備え単位での遭遇戦です。

598日本@名無史さん2015/05/28(木) 09:57:09.51
本陣が山の上に陣取り、自軍や敵の旗の動きで
戦況は掴むことは出来ても、前戦では数十m先の敵すら
物見を出さないと把握できないでしょう。
本陣から使い番が馬で到着する頃には戦況は刻々と変化します。
当然、各隊で大きな損害を出さないように遭遇しては小競り合いを
して、勝機が見いだせない状態では後退して陣容を整える
つまり、備え毎に進退の繰り返しになります。
もちろん単純な前後進だけではないですが。

599日本@名無史さん2015/05/28(木) 10:09:44.04
従って、鈴木氏の説のような騎馬隊否定どころか
騎馬武者の存在すら否定するのは笑うしかないですが。

前線の状況によって、通常数十騎程度の騎馬部隊を編成して
揺動、遊撃、追撃作戦を行うといった運用の仕方が
妥当なんじゃないかと思います。
備え間を超えた騎馬隊を編成して1千規模の騎馬軍団の
編成は戦の仕方や備えの守備力、兵站等様々な観点から
現実的ではないと思います。
その規模については、各家によって様々だと思いますので
今後の研究に期待したいところです。

600日本@名無史さん2015/05/28(木) 10:13:10.75
読み返すと誤字脱字が多いこと
恥ずかしく思います。
連投制限があるようですので
訂正は致しませんが文脈からご判断頂くよう
お詫びの上、お願い申し上げます。

601日本@名無史さん2015/05/28(木) 20:50:48.75
さすがに旗指物があるから敵の動きは100m単位で把握できると思うが
あとはおおむね同意

602日本@名無史さん2015/05/29(金) 14:33:33.60
ご指摘のように全てが視認に出来難いとは、言い過ぎたかも
しれません。
しかし、移動中に100m四方以上の視界が開けてるところといえば
田畑が主になると思います。特に田は戦地には向かず、その他でさえ
今の様に平野部で干拓や灌漑が行われ飛躍的に田畑が増えたのは
江戸中期以降です。戦国時代には関東の平野の多くは湿地帯。
小高い所は竹藪か雑木林が広がっていました。

603日本@名無史さん2015/05/29(金) 14:34:47.11
その他⇒その田圃でさえ

604日本@名無史さん2015/05/29(金) 14:38:14.27
視野が確保できるようなスペースはお互いの陣の間の
領域では限られていたでしょうし、そのようなスペースは
両軍が激突する決戦場です。
真正直にそこに行軍して相手を待ち、息を合わせて衝突
みたいなことは稀であったと思います。そのような場所に
自分の部隊を晒すことは非常に危険を伴いますから。

605日本@名無史さん2015/05/29(金) 14:43:19.83
1日で何らかの決着がついたような戦国稀な合戦
(例えば川中島・姉川・設楽ヶ原・関ケ原等)では
両軍が激突し熾烈な白兵戦が行われたようですので
例外にあたるのかもしれないですね。

606日本@名無史さん2015/05/29(金) 14:49:11.24
私がイメージする通常の合戦は『軍師官兵衛』で
若き日の官兵衛が山道?森?を抜けて、道の交差部なのか
少し開けたところで敵部隊と遭遇して小競り合いをする
といった場面がありました。
兵の編成こそ違和感はありましたが、そんな感じの遭遇戦
が主体であったのではないかと思います。

607日本@名無史さん2015/05/29(金) 22:07:33.42
当時、竹薮や雑木林がどこでも鬱蒼と繁っているということは無いですよ。
全国的にいちいちお触れを出して保護しないといけないレベルで樹木や竹が乱伐されていましたから
村落周辺や街道沿いの樹木は、現在の日本の山野よりかなり貧弱なものだったと思いますよ。

608日本@名無史さん2015/05/30(土) 01:34:50.58
中世地方領主の裁判記録から、財産として保護されていた件も
勝手に伐採した連中を村人が武装して追いかけて取り戻した文章も残っているのに

古代・中世から石材を搬出していたことで知られている地域のみを精査したら木が生い茂っていないと、したり顔w

そこに貝塚があると分かっているところを掘り返したら、「なんと貝がでてきました!」
「日本では地面を掘るとどこでも貝が出てくるんです」と言っているのと変わりない

609日本@名無史さん2015/05/30(土) 13:57:10.89
うむ、わからん

610日本@名無史さん2015/05/30(土) 14:44:59.70
>607さん
そのような御触れは江戸期の話ですか?
農村部で他人の土地で無断に伐採するなんて田舎閉鎖された
社会で考えにくいですが。。。
江戸期に農村部から城下に人が流入し、貧しい町民が城下周辺の
農村部で勝手に燃料や炊飯用の薪や、食料となる筍などを採取する
ことが増えたために各藩頭を悩ませたんじゃないですか??

611日本@名無史さん2015/05/30(土) 14:53:51.37
何れにせよ広い草原で、両軍睨み合いつつ
備えを前後進させるような合戦は、殆どなく。
各備えが機動しながら遭遇戦を展開させたような
合戦であったと思いますが。。。
その戦い方によって、騎馬の運用(通常編成や
適時の再編成等)・規模等に影響しますね。

612日本@名無史さん2015/05/30(土) 15:00:15.88
それから各家によって運用は違うのは当たり前だと
思いますが、古文書や資料に詳しい方がいらっしゃれば
質問ですが。
武田の陣容を表すとき 馬場美濃守200騎等と表記してたと
思いますが。これは甲陽軍鑑などの軍記物だからなのか?
それとも武田家特有で騎士の数で軍役を表してたのか?
どちらか分かる方教えてください。

613日本@名無史さん2015/06/14(日) 21:03:43.40
>>590
>何十年か前のイギリスみたいに浮浪者捕まえて空母のカタバルトに椅子固定して「生身の人間は何Gまで耐えられるか?」とかの人体実験するわけにもいかない。

ネトウヨ系の人にありがちなんだけどさぁ旧軍の悪行に関してはどんなに確証があるものでも必死こいて否定するくせに
他国軍の胡散臭い都市伝説はすぐ鵜呑みにする傾向があるよね

614日本@名無史さん2015/06/16(火) 08:06:30.98
ネトウヨよりは鈴木の方が信用できる

615日本@名無史さん2015/06/18(木) 06:14:00.93
片岡愛之助の解明!歴史捜査

2015年06月18日
21:00?22:00
戦国頂上決戦!長篠の合戦の真実! ※アンコール放送

体高130cmの木曽馬に92キロの鎧武者(人間62キロ+甲冑・武器30キロ)を乗せ100m走のタイムを計った。
結果は12秒。かなり速い。
木曽馬とアメリカ馬との混血は11秒後半。それほど変わらない。
それとは別にアメリカ馬よりも小回りが利くという実験結果も得られました。

616日本@名無史さん2015/06/18(木) 06:34:55.65
また『雑兵物語』などを例に東西における戦い方の違いについても指摘。
関東武士は馬上戦をよくし、関西武士は馬から降りて戦うそうな。

617日本@名無史さん2015/06/18(木) 10:55:34.27
応仁の乱以降、100年以上戦国時代は続いたわけで。
時代により戦闘も変化していった。
将校同士の騎射主流から、足軽らによる集団戦術へ移行。
防具の発達により、弓による有効性が低下。
武器の多様性を生み、騎馬戦術も発達していく。鉄砲の伝来や
城郭の近代化により籠城戦が増え、野戦の仕方も西の方から徐々に
変化。将校が騎馬に乗っていると鉄砲による格好の標的となり、
必然的に下馬して戦う者も出始める。しかし依然として関東や東北等
では騎馬文化は根強く伊達の騎馬鉄砲や真田幸村の馬上筒へと進化。
戦争が続けば、今も昔も技術は日進月歩です!

618日本@名無史さん2015/06/18(木) 20:18:59.25
みんな死にたくないから必死に考えるわな

619日本@名無史さん2015/06/19(金) 21:00:04.71
>>615
見たけど、騎馬軍団による騎馬突撃など無かったとの確信がますます強くなった。
騎馬武者が疾走できるのは道の上だけであり、行動が制限される。
さらに中世の道路は、余程の大街道でもなければ、騎馬武者が横に4、5騎も並べるような道幅は無い。

620日本@名無史さん2015/06/20(土) 09:52:50.80
逆でしょw
騎馬部隊(あくまでも部隊)を封じ込めるために地の利を活かして
梅雨時期にぬかるみであぜ道に進路が限定される場所に陣立てした
織田徳川連合軍が優位にたったということですよ。

621日本@名無史さん2015/06/20(土) 14:08:09.22
まーだ6000年前の日本で小麦作をしていた事も知らない馬鹿がいるの?
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。中国よりも先になwwww




縄文時代前期とされる岡山県灘崎町、彦崎貝塚の約6000年前の地層から、
稲の細胞化石「プラント・オパール」=写真=が出土したと、同町教委が18日、発表した。
同時期としては朝寝鼻貝塚(岡山市)に次いで2例目だが、今回は化石が大量で、
小麦などのプラント・オパールも見つかり、町教委は「縄文前期の本格的農耕生活が
初めて裏付けられる資料」としている。
http://inoues.net/science/wan.html
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり

622日本@名無史さん2015/06/20(土) 14:08:41.72
まーだ6000年前の日本で小麦作をしていた事も知らない馬鹿がいるの?
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。中国よりも先になwwww


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった

623日本@名無史さん2015/06/20(土) 14:11:57.52
>>619
日本に横並びで騎馬突撃できる所なんて極めて限られた特殊な地域だけだけど?

624日本@名無史さん2015/06/20(土) 14:35:01.05
そもそも、有利な地形に陣を敷くのは孫子以前から常識だろ。
日本の戦なんて、お互いに陣城築いて睨み合うのが定番なんだし。

625日本@名無史さん2015/06/20(土) 18:35:45.83
>>623
そうでもないべさ。
草刈りのための草原はあちこちにあるわけだし。
畑もあるし。
逆に、平地が全部街で埋め尽くされた今の日本ベースで考えて無いかい?

626日本@名無史さん2015/06/20(土) 20:52:09.23
>>625
休耕田見たことあるのか?
あっという間に葦やススキ、灌木で人でさえ走れない。
そういうのがむかしの日本の平地の当たり前の姿だよ。

627日本@名無史さん2015/06/20(土) 21:47:40.54
人でさえってのが間違いだろ。馬の方が足長いんだから、叢とかに強い。
つーかだな、元々野生の馬はそういういろんな草が生えた草原で暮らしてる生き物なんだから、強くて当然。
芝生みたいな原っぱでしか活動できない生き物なら、人類が家畜化する以前に絶滅してる。

628日本@名無史さん2015/06/21(日) 08:29:00.15
鈴木の鎧武者を乗せた馬がトコトコ説は完全に否定された。
農耕馬の系譜を継ぐ木曽馬で100m12.03秒だもの。
戦国時代の東北馬、関東馬、薩摩馬ならもっと速いよ。

629日本@名無史さん2015/06/21(日) 12:35:50.75
見通しが効かない荒地を重い人間載せながら疾走するなんてアホ?
馬が転倒したら人間も怪我するぞ。


馬場や道路で速く走れるから戦場でも速く走れるって池沼なの?
今の戦車でも、道路上は70km/hほどで走れるが、路外ではせいぜい30km/hほどしか走れない。
騎馬「軍団」で「疾走」できるのは道路上だけ。路外ではトコトコだよ。

630日本@名無史さん2015/06/21(日) 17:39:30.87
つうか遊牧民が暮らしている地域ってキルギスといいチベットといいタジクといい
基本は山ばかりの所だろ
近藤好和の著書に写真付きで載ってるけど訓練すれば馬は人乗せた状態で60度以上の斜面を普通に上り下りできるみたいだぞ

631日本@名無史さん2015/06/21(日) 23:20:09.67

632日本@名無史さん2015/06/22(月) 07:46:10.29
別に疾走しなくても、同じ条件を走る人間よりは確実に早い。
それだけで意味がある。
モンゴルの草原だって、芝生しか生えて無いわけじゃないぞ。

633日本@名無史さん2015/06/22(月) 22:38:58.85
どのくらいから疾走かがはっきりしないから、なんとも言い逃れできる

634日本@名無史さん2015/06/22(月) 23:27:24.94
ギャロップじゃね

635日本@名無史さん2015/06/22(月) 23:53:44.32
まーだ6000年前の日本で小麦作をしていた事も知らない馬鹿がいるの?
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。中国よりも先になwwww




縄文時代前期とされる岡山県灘崎町、彦崎貝塚の約6000年前の地層から、
稲の細胞化石「プラント・オパール」=写真=が出土したと、同町教委が18日、発表した。
同時期としては朝寝鼻貝塚(岡山市)に次いで2例目だが、今回は化石が大量で、
小麦などのプラント・オパールも見つかり、町教委は「縄文前期の本格的農耕生活が
初めて裏付けられる資料」としている。
http://inoues.net/science/wan.html
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり

636日本@名無史さん2015/06/22(月) 23:54:16.28
まーだ6000年前の日本で小麦作をしていた事も知らない馬鹿がいるの?
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。中国よりも先になwwww


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった

637日本@名無史さん2015/06/23(火) 17:29:22.16
在来和種馬の実力については
591〜595を読み直してください。
馬の能力については疑いようもないことです。

話は、騎馬武者の運用法ですよ。
集団戦術がどの程度の規模であったのか?
ということです。

地方や家ごとに相違はあるのは折り込み済みで
武田のように騎馬武者が恐れられた武家が
どのような運用方法をしていたのかということです.

甲信旧家蔵の文書を徹底的に調べれば分かりそうなことですが、
日本の歴史学者さんの調査不足ですね完全に。。。

638日本@名無史さん2015/06/24(水) 05:21:25.12
『甲陽軍鑑』
「品第四十一」
・先ツ関東の敵、馬上の戦よくして、馬を入レ乗きり

639日本@名無史さん2015/06/24(水) 11:21:15.95
具体的な運用方法ですよ
騎馬否定なんて程度の低い論議じゃありませんw
武田家の軍役や編成方法
また、他の武将と混合で再編して運用していたのかとか?
寄親寄子間の再編、備えとしての部隊編成等の
詳細についてです。

640日本@名無史さん2015/06/25(木) 01:52:38.88
木曽馬の能力、まとめ

短距離走力
一般的な乗馬で時速40km程度。完全武装の鎧武者が乗って100m12秒=時速30km。
よたよた、トコトコと走る程度という説は完全な事実誤認

中距離総力
鎧武者乗せて約3.5kmをノンストップで速歩、駈歩で問題なく走り続けられることが確認済み
それ以上もいけそうとのこと

サイズ
馬高130センチ前後。定義上はポニーだが、当時としては国際標準程度の馬格。
世界を席巻したモンゴル馬や西洋で突撃した騎兵の馬と優位な差は認められ無い

山岳走破性
非常に高い。一の谷の逆落としも架空の話とは言い難く、馬の能力的には十分再現性がある

経済性
胃腸が発達しており、濃厚飼料無しでも飼育が可能。
穀物など人間の食料と競合する資料を与える必要が少なく飼育費用は農村部なら大きくない
参考までに、明治期の東北や南九州では人口と馬の飼育頭数の比率が9対1程度である
現代の猫や犬の飼育数が人口比の12対1程度なので、馬の飼育が盛んな東日本や南九州では
現代の犬や猫以上に馬はありふれた存在だった

641日本@名無史さん2015/06/25(木) 16:08:23.45
コンビニに「戦国時代の大誤解」なる本があったけと
未だフル装備の武者を乗せたら小走り程度でしか走れないとか書いてあるな
もしくはすぐへばってしまうだろうとか
鈴木の流したデマの後遺症は大きいぜ
実際の実験ではフル装備の武者を乗せて
陸上短距離ランナーの全力疾走くらいの数字が出るのにな

642日本@名無史さん2015/06/25(木) 16:52:57.18
BS日テレ>天下のNHK

数十年前に行われたNHKの実験が杜撰だったんだろうな。
この実験に鈴木をはじめ一部のアホな歴史学者までもが騙された。

643日本@名無史さん2015/06/25(木) 18:15:41.11
>>642
逆を言えば、鈴木説が流布した反動から
日本在来馬の本来の能力を世間にアピールしなきゃ
って動機づけが和種馬の保護団体や飼育関係者に生まれたとも言えるんじゃね?

644日本@名無史さん2015/06/26(金) 00:12:47.97
https://www.youtube.com/watch?v=nVZyPl-PLTs

この動画も中々興味深い。少し古いけど。
本当に蹄鉄無しでも150〜200kgの荷を背負って山道を歩けるんだな・・・。
他、現役で働いてる馬の動画って珍しいと思う

645日本@名無史さん2015/06/26(金) 17:43:16.82
497 :日出づる処の名無し:03/02/13 13:04 ID:eC+gTlrT
里帰りの横綱、朝青龍、大雪原を馬で疾走
http://www.sankei.co.jp/news/030212/0212spo129.htm
出身地モンゴルに里帰りしている大相撲の新横綱、朝青龍(22)=本名ドルゴ
ルスレン・ダグワドルジ、高砂部屋=は12日、首都ウランバートル郊外の大雪原
で乗馬を楽しんだ。
 氷点下12度。切れるような寒さの中、朝青龍は伝統的な民族衣装姿で白馬に
またがると、手慣れた様子で手綱を引いて一気に疾走。一面銀世界の雪原に吸
い込まれるように見えなくなった。
 幼少時代から乗馬に慣れ親しんでいる朝青龍は「日本では乗る機会がない。
久しぶりに馬に乗ると元気が出るね」と上機嫌。
 自分が乗った白馬など2頭を地元ウランバートル・ナライハ区の区長らからプレ
ゼントされると「力強くていい馬。『龍』がつく名前がいいな」と喜んだ。
 雪原では、凱旋(がいせん)した朝青龍を歓迎する少年競馬が特別に催され、
朝青龍が授賞式に立ち会った。
 朝青龍は14日に日本へ戻る予定。(共同)

646日本@名無史さん2015/06/27(土) 18:10:15.95
木曽馬って遺伝的にはモンゴル馬とほぼ同馬種だそうだから
今度から大河ドラマはすべてサラブレッドじゃなくて木曽馬使ってほしい

647日本@名無史さん2015/06/28(日) 05:15:57.61
乗り手の平均身長が伸びてるからそれはそれでおかしなことになる

648日本@名無史さん2015/06/28(日) 10:56:14.42
戦国時代の平均身長を155センチ、現代人を170センチとすると約1割増
木曽馬の平均馬高を136センチとすると1割増で馬高約150センチか

比率的にはアラブ種使えばちょうどいい位だな

649日本@名無史さん2015/06/28(日) 12:12:03.88
身長170なら馬の体高140あれば充分
戦国時代は肩の高さくらいの馬が良しとされたから

650日本@名無史さん2015/06/28(日) 13:28:13.89
松風の役ができるような、中近世ヨーロッパ騎士を乗せてた巨大な馬って日本で飼われてるのかな?
ばんば競馬用の馬でサイズ的には大丈夫だろうけど。

651日本@名無史さん2015/06/29(月) 08:31:46.62
ヨーロッパ騎士がはたして本当に巨大な馬に乗っていたかどうか
ハンガリーのホルトバージ国立公園には当時の馬種が保存されているけど馬格は木曽馬と五十歩百歩

652日本@名無史さん2015/06/29(月) 09:42:40.93
サラブレッドの三大始祖(軍馬アリ)の経歴体格等々の記録をみればそれほど大きくも無いのがわかる。

653日本@名無史さん2015/06/29(月) 10:58:10.70
>>650
重種がでかくなったのも騎士の時代終わってからだよ

654日本@名無史さん2015/06/29(月) 21:38:14.20
>>653
いや、それは知ってるけど、スーツアーマー着てランスチャージする用の馬があるじゃん。
実践じゃ何の役にも立たなそうな。

655日本@名無史さん2015/06/30(火) 11:30:10.34
スーツアーマーって何かと思ってググったらこれか
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC&biw=1366&bih=620&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=qv6RVZqtNOS0mwWi2IKABA&ved=0CAYQ_AUoAQ

こんな近未来装備が中世にあるわけないだろ
ラノベオタの夢ぶち壊して悪いけど16世紀に入ってマクシミリアン式甲冑が出来るまでずっとブリキバケツみたいな兜と鎖帷子つけて戦ってたんだよ

656日本@名無史さん2015/06/30(火) 12:16:55.41
重種の原種の大きさってイマイチはっきりせん

657日本@名無史さん2015/06/30(火) 19:31:59.19
>>644にあるけど和種馬でも200kgかついで蹄鉄無しで山道歩けるよ
まぁ流石にその状態だと走れないだろうけど
走るのは荷重100kgあたりが限界かな

658日本@名無史さん2015/06/30(火) 21:31:43.71
>>655
アイアンマン多いな。もうちょっと宇宙刑事がんばれ。

659日本@名無史さん2015/07/01(水) 10:27:22.44
グリズリースーツだけはガチ

660日本@名無史さん2015/07/01(水) 20:35:06.89
千代の富士がばんえい競馬の馬に乗れば
花の慶次的な絵にはなると思うな
リアリティーは知らんが

661日本@名無史さん2015/07/01(水) 20:40:04.33
まーだ6000年前の日本で小麦作をしていた事も知らない馬鹿がいるの?
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。中国よりも先になwwww




縄文時代前期とされる岡山県灘崎町、彦崎貝塚の約6000年前の地層から、
稲の細胞化石「プラント・オパール」=写真=が出土したと、同町教委が18日、発表した。
同時期としては朝寝鼻貝塚(岡山市)に次いで2例目だが、今回は化石が大量で、
小麦などのプラント・オパールも見つかり、町教委は「縄文前期の本格的農耕生活が
初めて裏付けられる資料」としている。
http://inoues.net/science/wan.html
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり

662日本@名無史さん2015/07/01(水) 20:41:52.17
まーだ6000年前の日本で小麦作をしていた事も知らない馬鹿がいるの?
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。中国よりも先になwwww


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった

663日本@名無史さん2015/07/08(水) 20:57:51.11
>>626
中世末〜近世初期の日本じゃあ肥沃な土地わ開発されていたし
それ以外の土地はそんなにびっしり田畑で埋め尽くされてなど無いよ

664日本@名無史さん2015/07/08(水) 22:26:09.36
マルタイの女 裏テーマ ○○(団体名)←絶対に検索するな!
http://www.youtube.com/watch?v=O0M0xFSYIFA
http://www.youtube.com/watch?v=WdCVTEwP3dk


ちなみに劇中に登場する【真理の羊】は【オ○ム真理教】の事ではない。
監督が具体的にイメージしたのは別の団体である。

665日本@名無史さん2015/07/11(土) 12:16:24.47
平野まで水田が広がるようになったのは江戸時代中期頃
それまでは戦乱や治水技術の未熟さもあって山裾に作るのが普通だった
今も残る谷戸田はその名残

666日本@名無史さん2015/07/11(土) 15:04:21.49
緩い傾斜がある方が水路作りやすいせいかな
かと言って平野部で天井川は怖いし

667日本@名無史さん2015/07/19(日) 12:02:11.28
>>631
「鵯越の逆落としなんて実際に出来るわけない!」とは一体何だったのか

668日本@名無史さん2015/07/25(土) 23:40:43.51
>>665
戦国後期から江戸時代前期は日本の土木技術が飛躍した時代で
これ以降平野部の開発が可能になったんだよな
それ以前は大河川が毎年氾濫して平野部をグチャグチャにしちゃうから
そうした土地が開発できなかった
文字通り豊葦原、即ち葦の生い茂る原野が広がってたんだろう
調べてみると、中世までの豪族や守護大名の館って意外と内陸にあるんだよね
それが桃山時代から江戸時代の城下町は現代の都市部と一致する場所に築かれるようになる

669日本@名無史さん2015/07/26(日) 10:53:43.64
人口も田畑も希薄な平野や高原がむかしの日本にはたくさんあったんだよな
合戦の舞台になるのもそういう場所なんじゃないか

670日本@名無史さん2015/08/08(土) 18:56:34.18
中世ヨーロッパへの偏見 その3
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1304592170/816


まだだ、まだ終わらんよ

671日本@名無史さん2015/08/10(月) 21:11:02.53
相手にされとらんがなw

672日本@名無史さん2015/08/11(火) 05:36:03.57
だいたい、1960〜70年代の研究を「最新の研究」とか書くのやめろよw
お前んちはメキシコオリンピック(1968)観るために買ったテレビが最新の家電製品なのかよとw
地デジのチューナー付けられんの?

歴史の研究は新しければいいってもんでもないけどさ。

673日本@名無史さん2015/08/31(月) 12:59:36.29
信長は謀略で殺されたのか
は面白かったから、もういっぺん改訂版を刊行して
自称子孫本をこきおろしてほしい

674日本@名無史さん2015/09/05(土) 23:07:50.21
明智光秀の子孫(自称?)本もあるんだなw

675日本@名無史さん2015/09/23(水) 22:25:41.42
>>651
>>656
そうなん?
ペンシュロンとかシャイアーとかデストリアとか中世の頃から
体高が160cm超えてたみたいな感じの事書かれてるけど。
少なくともアンダルシアやアラブ馬は150cmだから日本在来馬より一回りデカいよな。

676日本@名無史さん2015/09/23(水) 23:39:02.19
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。
ヨーロッパ、アフリカ、中国よりも先になwwww


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった

677日本@名無史さん2015/09/23(水) 23:41:05.50
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。
ヨーロッパ、アフリカ、中国よりも先になwwww




縄文時代前期とされる岡山県灘崎町、彦崎貝塚の約6000年前の地層から、
稲の細胞化石「プラント・オパール」=写真=が出土したと、同町教委が18日、発表した。
同時期としては朝寝鼻貝塚(岡山市)に次いで2例目だが、今回は化石が大量で、
小麦などのプラント・オパールも見つかり、町教委は「縄文前期の本格的農耕生活が
初めて裏付けられる資料」としている。
http://inoues.net/science/wan.html
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり

678日本@名無史さん2015/09/24(木) 12:38:13.21
>>675
ペルシュロンは17世紀には150〜160cmくらいだったらしい
http://www.ansi.okstate.edu/breeds/horses/percheron/
Percheron

>By the 17th century horses produced in Le Perche had attained widespread notoriety and were in demand for many different uses.
>The Percheron of this time showed less scale and was probably more active. He stood from 15 to 16 hands high.

679日本@名無史さん2015/09/24(木) 16:52:47.42
>>678
となると南部馬と同じくらいか

680日本@名無史さん2015/09/24(木) 21:49:04.58
>>678
それでも日本の在来馬より一回りデカイな。
当時の日本の記録でも輸入馬は在来馬よりデカイとあったはず

681日本@名無史さん2015/09/25(金) 07:14:54.54
172 ヴィクトワールピサ  日本産で有名でデカイ種牡馬と言えばこれ
164 ディープインパクト  今一番勢いがある日本産種牡馬
162 ステイゴールド    小柄だが高さはそれなりにあった 脚長いのか
158 ドリームジャーニー  牝馬がでかいと種付けが大変になってくるらしい
150〜160 17世紀のペルシュロン
157.5 盛岡南部藩38代利済の栗毛馬の国一、5尺2寸5分(南部馬の5尺超えはちょくちょくいたらしい)
157 ノーザンダンサー  競馬史上最も成功した種牡馬、世界中どこでもノーザンダンサー系多すぎ
155 チチカステナンゴ  近年の種牡馬でたぶん最小だったが一昨年死んでた
153 ハイペリオン     これでもハイペリオン系を築き上げた超一流馬、飼い葉桶に首突っ込むのも苦労したとか

147 ポニー上限
142 イングランド王ヘンリー八世(一四九二〜一五四七年)布告、142センチ以下の雄のタネ残すな
136 現在の木曽馬の雄平均
130前後 蒙古馬、日本の馬も同系というかたぶん同じ
129.5 新田義貞の鎌倉攻め戦死者とともに出土した128頭の平均、大きいもので140cm
112-133 グスタフアドルフの騎兵(スウエーデン軍装備目録)
105 シェトランドポニー  武士の馬はポニーサイズと言われて連想するのはコレ、かわいい
80 ミニチュアホース

200 ラクダ
http://fphoto.livedoor.biz/0901/w_army_05.jpg
http://livedoor.2.blogimg.jp/himasoku123/imgs/3/0/307e0fc9.jpg
http://livedoor.2.blogimg.jp/himasoku123/imgs/c/5/c52d4986.jpg
http://livedoor.2.blogimg.jp/himasoku123/imgs/d/9/d960dd5c.jpg

682日本@名無史さん2015/09/28(月) 21:34:01.16
西国の馬は東国のに比べてひと回りもふた回りも小さかったみたいだから、輸入馬は余計に大きく見えたんじゃなかろうか。

683日本@名無史さん2015/09/28(月) 23:35:14.49
東国つてか南部馬な

684日本@名無史さん2015/09/30(水) 21:49:50.23
>142 イングランド王ヘンリー八世(一四九二〜一五四七年)布告、142センチ以下の雄のタネ残すな

馬格は母馬に大方依るんだが経験則からわからなかったのだろうか

685日本@名無史さん2015/10/01(木) 00:23:18.53
牝馬は切り捨てるには惜しいだろ
雄は優秀な一部だけ残せばいい

686日本@名無史さん2015/10/01(木) 03:46:54.88
ぶっちゃけた話、オスは一年に何頭ものメスを孕ませられるが、メスは一年で一頭しか産めないからな。
双子とかはたまにあるけど多数とは言えないし。

イヌとかネコとかブタみたいに一回のお産で何頭も産む哺乳類ならよかったのかもしれないが。

687日本@名無史さん2015/10/03(土) 03:07:28.57
縺ゅl繝倥Φ繝ェ繝シシ倅ク悶ョ豕穂サ、縺」縺ヲ142cm莉・荳九□縺」縺溘s縺九
菴輔°縺ョ髢馴&縺縺ァ134cm莉・荳九□縺ィ諤昴▲縺ヲ縺溘o

688日本@名無史さん2015/10/03(土) 03:10:11.07
ああまた文字化けしやがった。

ヘンリー8世の法令って142cmだったんか。何かの間違いでずっと134cmだと思ってたわ。

689日本@名無史さん2015/10/03(土) 18:48:31.70
>>685
切り捨てるって・・子孫のこさせないだけで潰してたわけじゃないぞ
ヨーロッパでは鋤は馬にひかせるので乗馬に向かない馬はそっちの方に回してた

690日本@名無史さん2015/11/07(土) 05:20:54.40
保守

691日本@名無史さん2015/11/07(土) 11:54:40.95
近世以前の馬の体格
東日本>西日本>朝鮮

近世以前の牛の体格
朝鮮>西日本>東日本

良馬の代表的産地
陸奥、出羽、常陸、下総、下野、上野、武蔵、甲斐、信濃、薩摩

良牛の代表的産地
伊勢、伊賀、大和、近江、但馬、丹波、播磨、筑紫、朝鮮南部

692日本@名無史さん2015/11/09(月) 09:24:32.19
スレちだけどこないだまとめブログ見て気になったんだが
カガヤンの戦いってどこまでホントだったんだろうか?
英語版のウィキぺ見ても要出典のオンパレードで相当怪しい感じがしたんだが

693日本@名無史さん2015/12/01(火) 09:59:27.41
みんなは新しく出た 「戦闘報告書」が語る日本中世の戦場 は読んだかい?

694日本@名無史さん2015/12/02(水) 23:55:34.19
読んでない
今度立ち読みするわ

695日本@名無史さん2015/12/06(日) 21:37:12.25
結局、老害の繰り言じゃねえかよw

696日本@名無史さん2015/12/07(月) 09:31:06.87
相手にされなくなった痴呆老人かよ

697日本@名無史さん2015/12/07(月) 11:04:03.08
戦国末になるにしたがって刀槍での負傷者が増える点はスルーして
全時代合計での平均値を出して遠戦志向とのたまってた

698日本@名無史さん2015/12/07(月) 19:56:10.19
死人に口無しいいことに、1960〜70年代の他人の研究パクってこれが私の研究の成果でござい〜とかなんなんだろうねw

699日本@名無史さん2016/01/05(火) 12:14:41.81
>>623
>日本に横並びで騎馬突撃できる所なんて極めて限られた特殊な地域だけだけど?

もう見てないだろうけどそんな窮屈な地形ばかりなら5.5メートル〜6.4メートルの
長柄を擁する槍足軽の集団なんて行軍することすら困難になるぞ

700日本@名無史さん2016/01/05(火) 21:25:50.15
騎兵よりするされがちだが長柄槍も槍衾も平地向けの戦術・武器なんだよな

701日本@名無史さん2016/01/06(水) 20:57:06.25
ギリシャがそれでローマにやられたとかなんとか
戦場を選べないと

702日本@名無史さん2016/01/12(火) 18:47:10.85
平安時代の国別・馬の価格(束)
http://www.city.takizawa.iwate.jp/contents/sonshi/img/part7/834.jpg
 産地     上  中  下
陸奥     600 500 300 青森、岩手ほか
常陸上野  500 400 350 茨城、群馬
信濃出羽  500 400 300 長野、秋田、山形
甲斐相模  400 350 300 山梨、神奈川ほか
薩摩日向  400 300 200 鹿児島、宮崎
三河遠江  350 300 250 愛知、静岡ほか
伊勢美濃  350 300 200 三重、岐阜
尾張出雲  350 250 200 愛知、島根
伊賀近江  300 250 200 三重、滋賀ほか
石見紀伊  300 200 150 島根、和歌山ほか
畿内     250 200 150 京都、大阪、奈良ほか

703日本@名無史さん2016/01/12(火) 20:45:42.89
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。
ヨーロッパ、アフリカ、中国よりも先になwwww




縄文時代前期とされる岡山県灘崎町、彦崎貝塚の約6000年前の地層から、
稲の細胞化石「プラント・オパール」=写真=が出土したと、同町教委が18日、発表した。
同時期としては朝寝鼻貝塚(岡山市)に次いで2例目だが、今回は化石が大量で、
小麦などのプラント・オパールも見つかり、町教委は「縄文前期の本格的農耕生活が
初めて裏付けられる資料」としている。
http://inoues.net/science/wan.html
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり

704日本@名無史さん2016/01/12(火) 20:46:18.07
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。
ヨーロッパ、アフリカ、中国よりも先になwwww


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった

705日本@名無史さん2016/01/12(火) 21:50:31.34
>>702
なぜ中央の馬はクソなのか
大消費地なんだから品質も上がっていきそうなもんだけど

706日本@名無史さん2016/01/12(火) 23:21:46.33
今でいえば東京大田区産のコシヒカリみたいなもんでしょ
どこの工場の裏で作ってんだ?的な

707日本@名無史さん2016/01/13(水) 02:10:21.06
この鈴木という人は、誰しもが思っていた昔の戦場の実像を「軍忠状」という視点で暴いて見せたまでは良かった

あとがいけない。

誰しもが思っていた以上の「妄想的イメージ」をふくらませて、
その幻想をあたかも批判すべき対象の実像のように定義して、いわば自作自演で歴史批判している

さきの大戦の「旧日本軍批判」までに事が及ぶや、もうダメだ、この人、と思った。
2chの凡庸な歴史批判と同レベル

708日本@名無史さん2016/01/13(水) 02:16:04.30
つまり、
「日本人は威風堂々、勇猛果敢、突撃第一で敵を蹴散らす」
のではないのですよ

と言いたいがための、なんつーのか、「日本人なんて戦争向きでないのが本質ですよ」
とみんなにいいふらしたいのが目的で、一生懸命資料集めしてまとめ文章を書く人。

時代の要請、そう書くと出版社やメディアに重宝がられてお目通りがかない、
糊口を凌げる、という下衆な想像をしてしまう。
そんな言説の一つで、「学問」「学術」とは思えません。

709日本@名無史さん2016/01/13(水) 13:04:24.02
まったくその通り
図書館で本見たけど読み通す価値ないから速攻で投げた
中学生並みの権威否定オナニー

710日本@名無史さん2016/01/13(水) 15:59:13.63
はい論破と

>長野県湯倉洞窟縄文早期人骨(mtDNA D4b2)、青森県尻労安部洞窟縄文中期人骨(mtDNA D4h2)、
>福島県三貫地貝塚縄文晩期人骨(mtDNA N9b&M7a2)出土の縄文人骨から抽出した核ゲノムを解析
>日本列島3集団(アイヌ,本土日本,琉球)と縄文人を用いた主成分分析の結果、
>縄文人と遺伝的に類似の集団は見られず、遺伝的に非常に特異な集団であることが明らかとなった。
http://ir.soken.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=4960&file_id=19&file_no=1

>全ゲノム解析法を用いた縄文人と渡来系弥生人の関係の解明
>縄文人の系統的な位置を確認するために,湯倉洞窟と尻労安部のSNPデータを用いて現代人との比較を行った。
>双方に共通するSNPは5万6千箇所あまりで,これを現代日本人と中国(北京)のデータと比較した。
>主成分分析を行ったところ,このSNPデータで琉球と本土日本の現代人,及び中国人集団は分離されたが,
>尻労安部と湯倉縄文人はいずれの集団とも離れたところに位置することが分かった。
>現代日本人の成立には,その後の大陸からの影響が大きかったことをうかがわせるものである。
http://www.kahaku.go.jp/disclosure/duties/imgs/h25houkoku.pdf

711日本@名無史さん2016/01/13(水) 19:11:11.39
馬かわいいよね
飼いたいって思ってもなかなか難しいけど


http://iup.2ch-library.com/i/i1581767-1452679730.jpg
http://iup.2ch-library.com/i/i1581768-1452679841.jpg

712日本@名無史さん2016/01/14(木) 19:57:57.29
結局こいつが世の中引っ掻き回してぐるっと一回りしただけか。
日本の合戦はやっぱりチャンバラで主武器は日本刀だし武田騎馬軍団も実在したということだ。

713日本@名無史さん2016/01/14(木) 20:08:53.67
>>707
軍忠状の使いかたの時点で既に間違ってるわけだが
更に自分で調べたわけでもない
全てにおいて無価値

714日本@名無史さん2016/01/14(木) 20:23:36.59
むしろ日本刀に武器の価値が無いというのなら
なぜあそこまで高価に取引されたのかそれを調べろっていう話だよ

715日本@名無史さん2016/01/14(木) 21:34:46.13
大河ドラマ真田丸では
普通に武田の騎馬衆って言ってたね

716日本@名無史さん2016/01/16(土) 20:08:40.71
センゴクスレにまた日本馬は貧弱厨が湧いてるよ

717日本@名無史さん2016/01/20(水) 15:53:11.68
何基準で貧弱になるんだろうね
アジアの草原馬という観点からはむしろ標準サイズとなるとのことですけど


近藤好和「弓矢と刀剣」

かかるわが国在来馬の特質(特にその小型であること)は、一見、特異なことのように
思われる。しかしそれは、競馬のために品質改良されたサラブレッドなどと比較するからである。
現在のモンゴルの馬をみればわかるように、実はわが国在来馬の特質は、アジアの草原馬全体の
特質であり、その中にあってわが国の在来馬はむしろ標準といえよう。古代中国でも
軍馬の条件は一三○センチ以上であり、有名な秦始皇帝の兵馬俑は実物大だが、
その馬俑の平均体高は一三二センチなのである。

718日本@名無史さん2016/01/20(水) 16:19:22.59
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719日本@名無史さん2016/01/20(水) 17:22:49.77
チンギスハーンの歴史とか知らんのだろな
まぁあの人らは騎乗しながら寝れるらしいから人間じゃないが

720日本@名無史さん2016/01/22(金) 01:10:03.31
戦闘の徒歩化ってのも戦術上の問題であって可能不可能とはまた別だからな
板金鎧全盛時代のイギリスの騎士だって戦闘は下馬して行っていた

テレンス・ワイズ「ばら戦争 装甲騎士の時代」
・騎士と従騎士だけでなく、多くの重装甲兵にいたるまで部隊の大半が
馬に乗っていた。「騎馬歩兵」の中には、馬で偵察や側面守備などに
趣く者もあったが、わずか100騎ほどの騎乗予備軍は別として、
馬はすべて荷物と共に後方へさげ、戦闘は徒歩で行われた。この措置は
主として使用する武器がそうさせるのと、馬に乗ったまま効率よく戦える
騎兵がほとんどいなかったという事情による。

721日本@名無史さん2016/01/22(金) 02:29:18.43
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。
ヨーロッパ、アフリカ、中国よりも先になwwww




縄文時代前期とされる岡山県灘崎町、彦崎貝塚の約6000年前の地層から、
稲の細胞化石「プラント・オパール」=写真=が出土したと、同町教委が18日、発表した。
同時期としては朝寝鼻貝塚(岡山市)に次いで2例目だが、今回は化石が大量で、
小麦などのプラント・オパールも見つかり、町教委は「縄文前期の本格的農耕生活が
初めて裏付けられる資料」としている。
http://inoues.net/science/wan.html
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、    小麦     などのプラント・オパールも見つかり

722日本@名無史さん2016/01/22(金) 02:29:45.36
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。
ヨーロッパ、アフリカ、中国よりも先になwwww


岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか     小麦     とハトムギのプラントオパールも見つかった

723日本@名無史さん2016/01/27(水) 19:26:52.73
>>720
>テレンス・ワイズ「ばら戦争 装甲騎士の時代」

これ読んだけど面白かったな
16世紀のイギリス王国軍の9割は弓兵はだったとか
下馬戦が多かったのは遠戦志向にも関わらず騎射の技術がなかったからだろうな

724日本@名無史さん2016/01/30(土) 10:19:47.45
弓矢も鉄砲も 馬を完全に停止させない限り 命中精度が極端に低下=射程距離が極端に短くなる のは当たり前の話。
馬を完全に停止させてから撃つのであれば、馬に乗っている利点はほとんどなく
馬が敵からの的になるだけだから、馬は後方につないでおくほうが理に適っている。

725日本@名無史さん2016/01/30(土) 14:00:02.41
そりゃあ、騎射できる兵は養成が大変なのは当たり前。
少数の武士が主役の鎌倉武士団だからできる。
弓兵の主体が自作農民のイギリス軍ではそこまで鍛錬できない。
長弓に熟練するだけでも当時の傭兵より訓練度が高かったぐらいなのに、
さらに騎射訓練までさせてたら農業する暇が無くなる。

726日本@名無史さん2016/02/11(木) 00:06:34.01
そもそもロングボウじゃ騎射できないし

727日本@名無史さん2016/02/12(金) 09:04:31.96
ロングボウの騎射はできるできないの話で言ったら十分可能だよ
絵画史料からも少数確認できるらしい
一般的ではなかっただろうけどね

Mounted Longbow Archer
https://www.youtube.com/watch?v=gcpHB-flwJQ

728日本@名無史さん2016/02/12(金) 11:34:20.48
100年も戦争が続いていた戦国時代を
現代の感覚で論じるのが間違ってる。

重機の発達した現代でセメント袋25kg担ぐのが
やっとな土木作業員が大半。

つい20年ほど前までは、60、70代の土木作業員が
40kgのセメント袋2袋余裕で担いでいた光景が
残っていた。(今は40kg重すぎで25kgになった。)
機械なしで人力で農作業していた人々、
さらにその中から選りすぐりの強者が実戦を繰り返していた
のだから。

729日本@名無史さん2016/02/12(金) 22:42:35.82
歩兵の装備重量は全時代通じて似たようなものだよ

730日本@名無史さん2016/02/13(土) 08:37:11.67
イギリスのリーズ大学で行われた全身板金鎧を着用した実験では
同じ重量を普通に運ぶのに比べて二倍のカロリーを消費することがわかったから
中世・近世初期の甲冑着用兵士と現代歩兵の全備重量が近いからといって
体にかかる負担が必ずしも同様とは言えないとは思う

731日本@名無史さん2016/02/13(土) 17:14:04.54
人間の基礎体力が昔と今では根本に
違うということです。
お伊勢参りに徒歩でいこうと思う時代の
人たちですからw

それに主力の足軽は必要最小限の
軽装備であったわけですし。
25kgで重たいと思う現代人と
力のある人は 80kg担がなきゃ仕事にならんと
考えた人たちでは比較になりませんよ

732日本@名無史さん2016/02/13(土) 20:54:00.03
あほらし

733日本@名無史さん2016/02/13(土) 20:55:12.08
北朝鮮とかは現代でも似たようなもんじゃね

734日本@名無史さん2016/02/14(日) 05:39:59.95
>>724
そんなことはない
ターゲットとなる武将の近くまで素早く移動できるし、馬上からなら視界も良く、どこに
ターゲットがいるか良くわかる。

735日本@名無史さん2016/02/14(日) 17:46:51.71
>>731
実際に見聞き体験した人間じゃないと理解できんかもよw
歴史板の住人にとってはつい最近、ほんの30〜40年前まではかなり重い背負子担いだ爺さん婆さんたちが魚市場や卸市場から荷物運んでいたんだけど、
男子高校生や会社員が真似して担ごうとしても無理だったとか信じて貰えないだろう。
普通に考えりゃ10代後半〜20代男子の方が60〜70歳の婆さんより重い物持てるはずだからねw
要はバランスの取り方なんだけど。

736日本@名無史さん2016/02/15(月) 07:52:36.29
で、今の歩兵はそういうの慣れてないのか

737日本@名無史さん2016/02/15(月) 22:16:24.05
逆に武士に現代歩兵装備もたせたらやっぱ動き辛いんじゃね

738日本@名無史さん2016/02/15(月) 23:14:57.66
現代歩兵はWWII型歩兵に比べて電子装備が増え、携行弾数が増えた分装備が重くなってるって言うな。

739日本@名無史さん2016/02/16(火) 15:21:38.19
うちの爺さんは40代の頃に片手で50kgの荷物を持てたと言ってたな
両手で100kg持って、周囲の者があんぐり口を開けたと愉快そうに語ってた
ちなみに爺さんの職業は中学校の教師

740日本@名無史さん2016/02/16(火) 22:23:45.09
昔の人すごいじゃなくて、今の一般人がしょぼすぎるという話だなこれ全部
まあ運動してないからしゃーないが

741日本@名無史さん2016/02/17(水) 07:30:34.25
朝から夕方まで休み休みだらだら歩いても三万歩から四万歩はいくけど、一万歩行くか行かないかで健康ガーとか言ってるんだからな。
やっぱ動かなすぎだろ。

742日本@名無史さん2016/02/21(日) 13:30:51.90
雑賀衆が徹底した反中央・反信長みたいなこと書いてたけど
孫一は本願寺と信長の和睦成立後は信長と組んで土橋派を攻めてるし
本能寺後は逆に土橋が雑賀衆を牛耳るようになったからそんな単純じゃないのでは

743日本@名無史さん2016/02/29(月) 16:36:33.64
>>730
あれ?アーマードバトルしてる人たち曰く
プレートアーマーは全身に荷重が分散されるから
着ている人には殆ど負担なくスタミナも消耗しにくいんじゃなかったのか?

744日本@名無史さん2016/02/29(月) 17:58:27.39
見た目より動きやすいという話は聞くがスタミナ消耗しにくい説まであったのか
アーマーバトルの人たちは下の実験のように酸素消費量も測定しての結論なのかな?

http://dailynewsagency.com/2011/08/09/metal-armor-fail/

745日本@名無史さん2016/02/29(月) 17:59:56.94
むしろ全身に重さがかかるおかげでかえって疲れやすいという結果

>15世紀によく用いられたプレートアーマーは重さが30kgから50kgにもなりますが、
この重さが全身にかかるため腕や足が振りにくくなり、同じ重さの荷物を運ぶより2倍のカロリーを消費します。

また、肋骨にかかる重量によって深く息をすうのが難しくなるため、さらに疲労しやすいという結果も
実験によって明らかになりました。

746日本@名無史さん2016/03/01(火) 23:38:13.30
60キロの荷物背負うとする
荷物に動きが制限されるが、代わりに荷物の重心移動が最小になるから必要なエネルギーは抑えられる

鎧だと手足に分散されるから手足の動きトレースして動きが大きくなる
分散されてる分、部分部分は動かしやすいがそれが同時に仕事量を増大させてる

747日本@名無史さん2016/03/04(金) 22:57:28.15
この人は自分が見聞きした旧軍の美的イメージを破壊するために
この本、そして多数の著書を残した。
旧軍を否定的に描き、現代人の惰弱な日常に即した架空の歴史を描けば
「出版物」となり「文化人」となれた。テレビにも出演できた。
なので、
学術的分析というよりは、最初に結論を持ってきて、旧軍に対する
反美的イメージを修飾する作業にいそしんだ。
作文に関しては政治プロパガンダ手法に似ている。
この人の「分析」はその材料が180度逆の見方も出来るようなものばかりで、
帰納的な知的スリルはない。

748日本@名無史さん2016/03/04(金) 23:09:52.58
突然どうした?

749日本@名無史さん2016/03/06(日) 08:14:23.73
スレタイ通りのレスだと思うが

750日本@名無史さん2016/03/12(土) 17:03:58.06
旧軍の美的イメージを破壊するのにご熱心だったのは旧日本兵の生き残りたちだったわけだが
山本七平とか司馬遼太郎とか小松真一とか

で一方旧軍賛美にご熱心なのは自身の批判する戦後民主主義まっただ中で育った世代なのは皮肉

751日本@名無史さん2016/03/12(土) 21:55:15.61
ネトウヨがー

752日本@名無史さん2016/03/14(月) 05:31:52.30
日共とか司馬遼みたいに捏造嘘話で美的イメージを破壊云々とか言われても、嘘書かなきゃ下げられないようなものなの?って逆に思っちゃう。
旧軍なんぞは昭和の体育会体質を更に酷くした体罰イジメ自殺多発社会だったのに。


生田寿は妥当な批判だと思うが。

753日本@名無史さん2016/03/14(月) 22:18:14.25
今時、軍隊生活に憧れるって…北朝鮮の人?

現代でも第三世界ぐらいだろうね、軍隊社会を(衣食住が保障されているから)肯定できるのって
軍隊とはそういうもの、日本のことなら何でも否定すればいいっていう人種は
異なる世界に住んでいて、自らの幻想を現実より重要だと考えて、事実から目を背ける傾向が強いけど

754日本@名無史さん2016/03/14(月) 22:47:26.33

755日本@名無史さん2016/03/14(月) 23:18:42.41
旧軍は酷い人たちなんですぅ〜
現代の先進国の軍隊は虐めのない、僕ちゃんの理想郷なんですぅ〜

っていう可哀相な子供がいるねって話

756日本@名無史さん2016/03/14(月) 23:25:18.65
>>752
実在しない敵を作り上げて
非常にアホなそいつを論破すること
己が勝者のようにふるまうシステム

鈴木に限らずよく見る手法だね

757日本@名無史さん2016/03/15(火) 03:40:07.32
おまえらそれぐらいにしとけ

758日本@名無史さん2016/03/15(火) 11:58:33.41
>>756
それってパヨチンじゃ…

759日本@名無史さん2016/03/19(土) 05:25:38.57
パヨチンって何かと思ったら朝鮮語かよ

760日本@名無史さん2016/03/21(月) 17:09:37.93
「日本はなぜ敗れるのか 敗因21ヵ条 」 山本七平

そんなわけで身体の良い連中は増々肥り、いやらしい連中はこの親分の所へ自然と集っていった。
為に暴力団(親分)の勢力は日増しに増強され、次いでは演芸部もその勢力下に治めてしまった。

一般PWがこの暴力団の事、炊事、演芸等の事を少しでも悪ロをいうと忽ちリンチされてしまった。
各幕舎には一人位ずつ暴力団の関係者がいるのでうっかりした事はしゃべれず、全くの暗黒暴力政治時代を現出した。

彼等は米人におだてられるままに同胞を酷使して良い顔になっていた。

(中略)

それでこのストッケードの主な暴力勢力は一掃された。
しかし本部にほとんど人がいなくなったのでPW行政は行き詰まり新たにPWの組閣を行わねばならなくなった。

皆救われたような気がし一陽来復の感があった。

暴力団がいなくなるとすぐ、安心してか勝手な事を言い正当の指令にも服さん者が出てきた。

何んと日本人とは情けない民族だ。
暴力でなければ御しがたいのか

761日本@名無史さん2016/03/21(月) 17:16:38.84
「日本はなぜ敗れるのか 敗因21ヵ条 」 山本七平

Oさんはノートをかたわらに押しやると、われわれ「日本軍捕虜」の状態は、何といっても余りに情けないと嘆じた。

彼が収容した米英人は、絶対にこんな状態ではなかった。
彼らはすぐさま、自分たちの手で立派な自治組織をつくり、それを自分たちで運営した。

一体どうして、われわれにそれができないのであろう、と。

彼は緒戦当時、英語が上手なため徴用され、米英オランダの民間人を収容する収容所に勤務させられた。
そこも似たような状態であり、着のみ着のままの人が、ほぼ同じように柵内で生活し、彼らの好むままに秩序をつくらせた一種の自治であった。

彼らは、自己の伝統的文化様式通りの秩序をつくり、各人の「思想」すなわち自己規定でそれを支え、秩序整然としていたのだから。

小松氏が記している米軍による暴力団の一掃は、ほぼ全収容所で同時に行われたらしい。
というのは、戦犯容疑者収容所における暴力団も、同じようにMPによって一掃されたからである。
そしてそのあとの状態もまさに同じであった。

Oさんは、このときも嘆いていった。
米英オランダ人の収容所に対して、日本軍が、こういう措置をとらねばならなかった事例はなかった、と。

762日本@名無史さん2016/03/21(月) 21:32:30.31
二次大戦後にイタリアを占領した米軍はマフィアを重用して
次々と市長や町長につけたらしいけどな。

763日本@名無史さん2016/03/21(月) 21:41:36.58
この暴力団ってのは小松が横柄な連中を勝手にそう呼んでるだけでヤクザじゃないぞ
ヤクザというか前科者は兵役に着けなかった
関東尾津組とか東京空襲のまっただ中にも関わらず抗争してるし

764日本@名無史さん2016/03/21(月) 23:03:09.31
>>756
2chによくある工作員の手法だよね

765日本@名無史さん2016/03/22(火) 03:11:34.79
>>761
>暴力団(親分)の勢力は日増しに増強され、次いでは演芸部もその勢力下に治めてしまった。

PW状況下だけじゃなくて、今現在の世の中もそうだよね。

今だって日本社会が潤沢な福祉予算で警察、公共秩序を整えているから整然としているだけで。
タガがはずれると南北朝、室町時代の再来ですよ。倭寇の時代ですな。

暴力団というか、頭目をこしらえてしまう。
日本という国にとって近世、近代の強力な国家権力(暴力の一元化)は、
歴史の求めたヘーゲル的な最高の統治で、
「自由な市民社会」もつねに暴力、ヤクザといったものを内在している。
いまの「市民運動」などという看板の連中も、中身はヤクザ、暴力団、それに類するものがバックボーン、
あるいは背景として潜在している。

766日本@名無史さん2016/03/22(火) 17:55:51.11
山本七平が嘆いたのは旧日本軍批判している左翼連中ですら旧日本軍的思考回路から抜け出せないってことなんだよな
天皇制ガーファシストガーとかほざいてた日教組が一方で徹底した管理教育を推進して自身の権力拡大には余念がなかったり

767日本@名無史さん2016/03/24(木) 03:33:45.42
長谷堂合戦
http://samidare.jp/yoshiaki/box/hasedo-2.jpg
騎馬と徒歩が混在してる

768日本@名無史さん2016/03/24(木) 07:59:41.16
東武士は大方強敵どもなり
筑紫の奥は奥州衆により申候
上方の弓矢すえになりたる国ども、(中略)五畿内中国の町人に相似たる侍ども、(中略)弱敵の国ども
上方衆恩も存ぜず強き弱きの弁えもなく義理をも恥をも捨て候て
上方武士は、歩の頸を一つ取りは、侍の頸を十も取りたるやうに、針ほどの事を棒程に過言を申と、山本勘助が話を聞き候如くあるべきなり。
信州(武士)弓矢功者の事は、侍の事は申に及ばず、百姓まで勝負のすべをよく存じたる
信州弓箭つよき事、大形ならざるに付、忰者・中間まで武勇をたしなみ、にげおつる者さのみ無之して
関東の儀、昔より弓箭国と申は、まず武蔵は武の蔵とやらん承及候。(中略)よき武士あまた候て、(中略)弓矢巧者、手柄武士達際限なく御座候事、老若共に沢山なる儀は、積もられぬ程にて候
関東の敵馬上の戦ひよくして、馬を入乗きり、足軽上手なれば
三河は武篇の国なる故、五千あらば上方の二万にかけあひ申べく候。(中略)三方ヶ原御合戦に、討死の三河武者下々迄、勝負を仕らざるは一人もなく候。
三河国、日本六十余州にて、人のかぞゆる侍の、武篇かせぐ国なれば
たけき武篇の家、和朝に上杉謙信・徳川家康なり。
(『甲陽軍鑑』)

769日本@名無史さん2016/03/24(木) 13:15:08.81
うえの話、暴力団じゃなくて牢名主制度だな
日本の捕虜の秩序維持システム
西洋は囚人じゃなくて、一般社会のシステム持ってきてるのか

770日本@名無史さん2016/03/26(土) 15:32:06.85
>>766
そうね。
例えば、日本のいわゆる新左翼組織に「第四インターナショナル」というのが存在していた。
これはトロツキーが創設した国際組織の日本支部だったが、今はもうない。
解散せざるを得なかったのは、単に構成員が減ったからというわけではない。
組織の幹部が女性党員を好き放題やっていたのを突き上げられて、組織の存続が難しくなってしまったから。
「人権ガー」とか「性奴隷ガー」とかどの口が言ってんの?ってお話し。

まあ同じような問題抱えていたのはここだけじゃなかったみたいなんだけど、とりあえず残りは証拠不十分かなw

771日本@名無史さん2016/03/30(水) 13:18:07.18
鈴木眞哉氏は最新の著書で反対意見に日本刀信者ってレッテルを貼ってるらしいが誰のことなんだろう
反対意見を出してる歴史学者、歴史家、本、論文があるなら気になるので調べてみたい

772日本@名無史さん2016/03/30(水) 13:48:12.72
軍忠状では死因がわからない
刀槍は負傷者より死亡者が多い
ってよく言われるけどそれに対して鈴木眞哉氏が合戦の死亡者自体が少ないから死因について論じても無駄って言ってたな この辺どうなんだろう

773日本@名無史さん2016/03/30(水) 14:02:44.85
お友達でも時代考証やってた名和弓雄氏みたいに実際に鉄砲三段撃ちを再現してみたとか
そういう意味のあることをしてれば別なんだけどね 全部憶測でしょ

774日本@名無史さん2016/03/30(水) 15:03:06.30
図書館で立ち読みしただけだから詳しく覚えてないけど死因うんぬんについての鈴木氏の反論は
戦国時代の大誤解
に載ってた

記憶があいまいだから
戦国軍事史への挑戦 ~疑問だらけの戦国合戦像
謎とき日本合戦史―日本人はどう戦ってきたか
のどちらかかもしれないけど

775日本@名無史さん2016/03/30(水) 18:55:40.64
名和弓雄は習ったこともない天神真楊流や正木流を師範家を詐称したり信憑性に疑問のある人物だから当てにならない
三弾撃ちに関しては朝鮮出兵時の明側の史料にも明記されてるから信長の発明かはともかく否定のしようがないでしょ

776日本@名無史さん2016/04/06(水) 08:23:24.49
少ないも何も合戦の死亡者なんて基本的にろくに判明もしてないだけだろ

例えば長篠合戦だって武田側で合戦後の文書で討ち死にしたとして名前が出てくるのがろくにいないわけだけど
そこで判明しているのがすべてだというなら武田はろくに戦死者を出さなかったことになる

単に軍忠状や感状等では極めて断片的な情報しか得られないってだけなのに
それを認めちゃうと自説の前提が崩れるから見ないふりなのかな?

777日本@名無史さん2016/05/19(木) 12:58:17.59

778日本@名無史さん2016/05/19(木) 13:08:31.47
スマホで書き込んだらなぜか反映されない…

ガチ甲冑合戦でわかった実戦で最強の「日本武術」
って本によると槍より近い間合いは短刀を使う
打刀の出番は殆ど無いとの事らしいが
このガチ甲冑合戦ての本当にリアルなのかね?
人数少ない
槍の長さは3m
お貸し具足を着てるやつがいない

これじゃ打刀を使う”乱戦”にはならないよなと思った
おまけに本の著者は鈴木説鵜呑みにしてるし

779日本@名無史さん2016/05/19(木) 13:14:52.75
このスレには鈴木眞哉の
戦闘報告書が語る日本中世の戦場
を読んだ人がいるみたいだけど
鈴木は反対意見を日本刀信者と呼んでたらしいね
その反対意見が誰なのか教えてくれない?刀の説に反論してる人がいるなら
調べてみたい

金がたまったら鈴木の最新の本も買って読もうとは思ってるけど
金欠なので反対意見について教えてください

780日本@名無史さん2016/05/21(土) 16:00:44.26
「東アジア兵器交流史の研究 十五〜十七世紀における兵器の受容と伝播」
反論というわけではないけど朝鮮出兵時の豊臣軍は打ち刀と鉄砲による散兵戦術を主体としていて
それに苦戦した李朝側が降倭を通してそれらの戦術を受容していく過程が当時の一次史料をもとに描かれている

そもそも歴史≒政治文化史であって中世の合戦とかそんなニッチなのもまともな史学者は扱わない
一応日本にも軍事史を専門とした研究者はいるけどポスドククラスの人ばかりで発言力はないに等しいのでほとんど研究が進んでないというのが実情

781日本@名無史さん2016/05/22(日) 15:37:49.16
敗戦後のGHQによる指導、「大学で軍事研究はしない」は軍事史も含まれるからね。
防衛大学は流石にそうはいかんだろうが、如何せん研究者の数が少なずぎて研究も議論もあまり進まない。
そういう所で研究するもんでもないしね。

782日本@名無史さん2016/05/24(火) 22:47:29.73
そういうネトウヨ陰謀論はどうでもいいから
ヨーロッパでも軍事史研究何て一部のミリオタがやってたぐらいでジェフリー・パーカーが現れるまでまともな研究者は相手しなかった

783日本@名無史さん2016/05/26(木) 15:43:31.55
>>778
軍役状見ても武将の持槍は二間以上だし色々おかしそうだな
どういった文献に準拠しての再現なんだろうか?

784日本@名無史さん2016/05/26(木) 15:48:14.33
日本の長柄槍と同程度の槍を扱うヨーロッパのパイク兵にとっても剣は接近戦時の必須武器なんだけど
どうして日本だと使われないと考えるんだろう?

785日本@名無史さん2016/05/27(金) 16:51:24.32
使われた割合が弓>刀で別に何とも思わないけど
主力兵器しかいらない、他は役立たずと言うなら歴史以前に軍事わかってないよね
それを言っちゃあ、爆撃機の方が圧倒的に殺せるから小銃は飾りだって事になる
現代ですら結局最後は歩兵が制圧しなきゃ戦いは終わらない
という事を理解してるんだろうか

彼らにとっての合戦とはTVドラマや西洋映画みたいに
広くて見渡しのいい原っぱで互いに正面見据えて
突撃し合う物しか存在しないのだろうか?

当時の狭い城や日本家屋を見て、この中に弓と槍だけでなだれ込むのが
合理的だと本当に考えているのだろうか…?

786日本@名無史さん2016/05/27(金) 23:02:14.97
当時の軍役状みるとどの武将も弓兵が占める割合は一割に満たない
越後上杉のように弓兵自体が存在しなかったところもある

◇上杉氏(天正3年・1575年の軍役帳)
 馬上兵  10%
 槍歩兵  65%
 鉄砲歩兵  6%
 手明   12%
 (重装備の歩兵です。馬上兵についたり、少数の歩兵を指揮します。
  徒侍ですね。荷駄をひく兵隊と言われることもありますが、一方で
  身分が雑兵よりも少し高く、下士官のような存在であるとも言われます)
 大小旗(旗持ちの徒侍ですね。)7%

◇武田氏(永禄4年・1561年〜天正6年・1578年の着到状の集計)
 ※着到状…陣ぶれの催促を受けて所定の場所に到着した事を記し、上申する文書のこと。
      変事に際し軍事勤務をはたすという忠勤の証拠として論功行賞の際に提出するもの
 馬上兵 12%
 槍歩兵 58%
 鉄砲歩兵 7%
 弓歩兵 10%
 手明  7%
 大小旗  6%

◇後北条氏(天正5年・1577年の一門である岩付衆(太田家)の軍役)
 馬上兵 32.0%
 槍歩兵 38.5%
 鉄砲歩兵 2.6%
 弓歩兵  3.2%
 手明  16.0%
 大小旗  7.7%

787日本@名無史さん2016/05/28(土) 11:42:37.03
おおこれはおもしろい

788日本@名無史さん2016/05/28(土) 13:49:35.04
そもそも鈴木が根拠にあげている「軍忠状」がいかなる性質のものか考えないといけない
普通論功は挙げた首級の数で行われるが稀に戦傷の数をもって行っているものがあってこれを根拠にしているわけだが
恐らく白兵戦に及ぶ前の前哨戦である矢戦で終わってしまい首級が手に入らなかった場合に作成された者だろう

鈴木の説が正しいなら一割に満たない弓兵だけが戦っていて他大勢は何をしていたのかという事になる

789日本@名無史さん2016/05/29(日) 10:44:56.28
手明ってのは槍や弓を持たないという意味で「手明」というらしい

790日本@名無史さん2016/05/29(日) 22:52:47.97
射撃戦だけで済むなら、弭槍みたいなものは考えられもしなかっただろう。

791日本@名無史さん2016/06/04(土) 11:00:20.97
あとは軍役関係文書見ると野戦で投石が猛威を振るったってのがウソなのがよくわかる
投石兵なんかまるで出てこないから
あれはほとんどが城攻めのときに籠城側が上から落としてくる石による傷の統計だろ

792日本@名無史さん2016/06/04(土) 11:07:56.84
ちなみにスイス盟約者団で武器割り当て数が判明してるケースでも飛び道具は20%未満だな

チューリヒ邦の分遣隊 1443年
         クロスボウ ハンドガン パイク  ハルベルトおよび斧   合計

チューリヒ市 128(20%)  45(7%)  103(16%)    363(57%)      639(100%)
邦管轄区   345(16.3%)16(7%)   532(25%)   1,228(58%)     2,121(100%)
全邦      473(17%)  61(2.2%)  635(23%)1,591(57.8%)    2,760(100%)
(ダグラス・ミラー著 「戦場のスイス兵」P18より)

793日本@名無史さん2016/06/04(土) 11:11:07.37
おっと、邦管轄区のところのハンドガンは0.7%だな

794日本@名無史さん2016/06/04(土) 23:21:11.84
オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズの「ばら戦争 装甲騎士の時代」に載ってる軍役帳だと全部隊の9割が弓兵
徹底的に弓矢による弾幕をはって白兵戦になる前に敵を殲滅するのがイングランドの戦術ドクトリンだったらしい

795日本@名無史さん2016/06/05(日) 00:48:28.94
イングランドのロングボウアーチャーはそのためだけに戦闘訓練を続けて、装甲騎兵もクロスボウ傭兵も
ロングボウだけで殲滅できる特殊兵種。
社会的身分もそれなりにある連中で、なおかつ、腕の太さが左右で違うとか肉体的にも怪物。
日本の農民兵と一緒にしちゃいかん。日本で言えば、源平の頃の関東武士団みたいなもん。

796日本@名無史さん2016/06/05(日) 07:31:10.30
>>795
平安期の武士って、武芸に秀でて優秀なものは
北面の武士で京都・西国に居たわけだが

797日本@名無史さん2016/06/05(日) 10:24:18.06
>>796
いや、そういう話じゃなくて、鈴木説で飛び道具主体の戦争が云々言ってるのは戦国期の足軽(農民兵)主体の話だろ?
毎日戦闘訓練してる自作農(小地主)を主体としたイングランドロングボウアーチャーを足軽と一緒にするのはおかしくて、
小地主として自作農しながら毎日戦闘訓練してた関東武士団=坂東武者みたいなもんだよ、って話。

騎馬武者が徒歩の郎党4人連れて参戦するのが標準と考えると、軍隊の騎乗弓兵率が20%になっちゃうけど、
足軽主体の戦国時代にそんな馬鹿な話はないよね、って話。

798日本@名無史さん2016/06/05(日) 15:32:43.09
>>797
戦国期でも百姓は狩猟用弓は所持して使い慣れているんだが?
狩猟しないと獣害は起こり放題だぞ
(これは現代でも都市郊外で山に近いところだと、
獣害用の電気柵など普通に存在する)
それに狩猟用弓が戦で役に立たたない理屈はないだろ

799日本@名無史さん2016/06/05(日) 15:43:45.63
>>796
京武者は弱いよ。
鈴木と同類のアホ学者が持ち上げたけど実戦派の近藤好和に論破されて意気消沈して逃亡しました。
今から20年も前にね。

800日本@名無史さん2016/06/05(日) 16:53:36.80
>>799
平清盛も平忠盛も北面の武士だったわけだが
だいたい源頼朝だって都出身だよね

801日本@名無史さん2016/06/05(日) 17:19:11.47
>>800
忠盛は実戦経験に乏しいし清盛はヘロヘロ矢。
頼朝は伊豆で狩猟してたから。

802日本@名無史さん2016/06/05(日) 19:05:36.26
>>798
だから、ロングボウを日常的に仕える弓と一緒にすんなよ。

803日本@名無史さん2016/06/05(日) 22:09:04.04
強弓で有名な源為朝は西国出身だけどなあ


それと「ロングボウを日常的に仕える弓と一緒にすんな」という
意味不明な理屈にワロタw
矢はともかくとして弓はかなり狩猟用でも威力は重要だ

戦国期での足軽が使う弓の威力だと、
要求されるのが狩猟用で充分だ
威力よりも数をそろえる方が重視される

804日本@名無史さん2016/06/05(日) 22:16:40.69
馬鹿力の為朝は騎射が苦手。
九州武者の限界かな。

805日本@名無史さん2016/06/06(月) 08:36:26.52
>>794
17ページにある「射手と重装甲兵の割合」が書かれている表のことかな?

806日本@名無史さん2016/06/06(月) 08:52:49.89
オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズの「ばら戦争 装甲騎士の時代」には
ばら戦争の戦いに関して面白い論評が載ってるな

「ほとんどの戦いが弓矢の応酬で始まるため、両者ともロングボウの長所が相殺されてしまう。
続いて混乱した乱闘が徒歩で繰り広げられる」

両軍が飛び道具を多く保持しているからといって遠距離の矢戦だけで終わるわけではないということだね
むしろどちらにもアドバンテージがなくなって次の「乱闘」の段階が重要になってきそうだ

807日本@名無史さん2016/06/06(月) 15:18:22.25
>>801
ヘロヘロ矢の清盛に源義朝は敗れ頼朝は流罪になったんだw

808日本@名無史さん2016/06/06(月) 16:16:27.96
清盛と義朝が直接矢合わせしてたとか同時代史料で確認できるんだろうか

809日本@名無史さん2016/06/08(水) 19:46:05.10
この前ニコニコ動画にうpされてたよ

810日本@名無史さん2016/06/09(木) 23:25:52.00
Twitter見ると未だに鈴木信者って結構な勢力もってるよな
最近では地雷魚ってのが暴れてるようなので歴史クラスタで見かけたら叩きのめしておいてくれ

811日本@名無史さん2016/06/10(金) 09:53:54.41
ああいう連中は知識をアップデートしないしどんな根拠を出しても
先に植えつけられたほうを無批判に優先するから

812日本@名無史さん2016/06/10(金) 11:16:23.00
>>808
京武士は弱いと史料の上から確認できるんだろうか

清盛も頼朝も京武士なので両方とも弱かったって話?

813日本@名無史さん2016/06/10(金) 11:32:47.00
>>812
同時代史料だと難しいだろうがそちらが指定しなおしたように別に同時代とは限らない
「史料の上から」というなら、平家物語という文献史料で斎藤別当実盛が
富士川の合戦の前に東国武士が平家方に比べて相対的に勇猛であることは説いているね

814日本@名無史さん2016/06/10(金) 15:27:40.75
>>811
うちの爺さんも昭和四、五十年代に仕入れた司馬遼の小説の知識を「最新の研究」とか言ってるわw

815日本@名無史さん2016/06/10(金) 17:43:59.14
京都兵wwwww

『御堂関白記』
「斎王定まりて後、弓場始、其の儀常の如し。能射なる者、候せず。的を射る者無し。依りて的を打たしむと云々。射手の数少なく、三番奉仕す。猿楽の如しwwwww」

『山槐記』
「宿傍池鳥数万俄飛去、其羽音成雷、官兵皆疑軍兵之寄来夜中引退、上下競走wwwww」

『吉記』
「於子越宿館失火出来、扈従者中、坂東輩等放火云々、上下失魂之間、或棄甲冑、或不知乗馬逃帰了wwwww」

『吾妻鏡』
「所集于富士沼之水鳥等群立、其羽音偏成軍勢之粧、依之平氏等驚騒wwwww」

『愚管抄』
「宗盛ハ水練ヲスル者ニテ、ウキアガリウキアガリシテ、イカント思フ心ツキニケリ。サテイケドリニセラレヌwwwww」

『吉田定房奏状』
「戦士の勇、山東の民一にして千に当たる。あに皇畿近州の嬰児を以て、東関蛮夷の勇健に対せんやwwwww」

816日本@名無史さん2016/06/10(金) 22:32:31.85
出典元を明確に覚えているのなら大した記憶力だ
Twitterとかで見慣れない説を吹聴してるオタにソース元聞いても大抵返ってこない
エロ関係になると抜群の記憶力発揮するのにそれ以外は全然だめだアイツら

817日本@名無史さん2016/06/10(金) 23:29:27.94
たいして興味ないくせに自信満々に語る連中ってなんなんだろうね
正しい間違ってる関係なく、鈴木説自体についてもお前らの方が詳しいだろうし

818日本@名無史さん2016/06/11(土) 06:49:01.04
「ああ、ちょっと前にそういうの流行ったよねw
 あっちこっちから間違い指摘されてからはさっぱり見なくなったけどねw
 今時あんなの真に受けてる人いるわけないよなwww」

819日本@名無史さん2016/06/11(土) 12:15:14.08
通説や俗説をぶった切るボク
に酔ってるからって山本弘が言ってた
でもこれは山本自身にも当てはまっててコイツも鈴木本の受け売りだけでさも史学博士にでもなって気でリアルな戦国時代を語ったりしてるけどね

820日本@名無史さん2016/06/12(日) 19:10:04.27
何年も前に北面の武士を引退して出家している西行法師を
態々呼び止めて「武士とどういうものだ?」と質問している頼朝ワロタw

821日本@名無史さん2016/06/12(日) 19:28:59.05
家康17,000 vs 秀吉100,000
家康は秀吉軍を『上方の弱い軍勢』であると見下していた。
(「NHK英雄たちの選択/小牧長久手の戦い」磯田道史・岡山県出身の歴史学者)

822日本@名無史さん2016/06/12(日) 21:10:13.68
黒い!潰れた広鼻!ぶ厚い唇!土人!南方ヅラ!マニラ顔!


赤の遺伝子afb1b3。 南方モンゴロイド。


それはマニラのスラムに漂う腐った屎尿の臭い。
この世で最も不浄な臭くて汚らしい穢れた遺伝子。

台湾人、中国人、朝鮮人にもたっぷりと入っている。

赤の遺伝子afb1b3が入ると南方人になり、日本人種が穢れる。

gm遺伝子
http://www.geocities.jp/ikoh12/kennkyuuno_to/001Gmidensi_1/asiaandjp.gmidennshi.nobunnpu.jpg 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:64a812ccf8e4a0c33443d7cecf6a78f3)

823日本@名無史さん2016/06/12(日) 23:45:05.46
>>821
上方兵ってか主力は近江兵だろ
側近共は尾張で隣国

824日本@名無史さん2016/06/18(土) 20:16:23.41
近代軍みたいに兵士の名簿なんてない時代だからそんなことわからん
傭兵(足軽)雑兵(徴集された農民兵)がどれぐらいの比率でいたかすらわからん

825日本@名無史さん2016/06/19(日) 17:14:27.77
摂津国
惣而之風儀柔弱虚談之国風故武は用るに不足也(人国記)
和泉国
根本に実儀少なきが故に、譬へば剃刀の金の悪しきを見るが如くなり(人国記)
近江国
この国の風、金といえば結構のやうなれども、金にあらず、銀にあらず、ただ銅・鉛・錫の内なり(人国記)
紀伊国
欲深きこと日本にも双ぶ国あるまじきなり(人国記)

826日本@名無史さん2016/06/20(月) 22:56:47.20
何でこんなスレ下降してるの

827日本@名無史さん2016/07/09(土) 16:32:02.08
もう散々語りつくされたからまぁ、多少はね?

828日本@名無史さん2016/07/20(水) 07:43:40.13
大鎧は革鎧

829日本@名無史さん2016/07/20(水) 09:46:59.25
兜は鉄で胴鎧の小札が半分程度鉄のものもある
現存品は兜と胴のセットで25キロ程度のものがいくつか残ってるが
革だけではこの重さにはならん

830日本@名無史さん2016/07/20(水) 10:16:18.96
練革の中に鉄片が混ぜ込んであっても
補強的な意味合いが強ければ
革鎧であろ

831日本@名無史さん2016/07/25(月) 12:06:35.73
またブサヨが鈴木脳の反日プロパガンダやりやがったぞ

【歴史/軍事】日本刀が戦場で「主要な武器」になったことは一度もない  殺傷率は「投石」以下 知られざる意外な真実★4
http://daily.2ch.net/test/read.cgi/news plus/1469368759/

■佐々木小次郎「物干竿」のウソ
 天下泰平の世上は、日本刀のブームだという。とりわけ女子中高生が、ゲームの影響をうけて刀剣美術館に列をなしているとか。

 筆者はこれこそが、日本刀の正常な姿だ、と思う。日本刀はつまるところ、鑑賞のためにしか存在しないのだから。

 刀剣女子(? のみならず、日本刀愛好家の方々に尋ねたい。

 侍が腰に差した刀を、どうすれば抜けるか。これはかんたん、鞘走らせれば誰でも抜ける(腕の長さ、腰などチェックポイントはあるが)。

 では、どうやって鞘の中に本身(俗にいう真剣のこと)を納刀するのか。
鋒(刃物の先端)は切れる。鞘口(その形状から鯉口ともいう)をおそるおそるのぞき込みながら、右腕を前につき出すようにして、刀を納める時代劇などみたことがない。

 剣には残心というものがあり、敵を倒したとしても、注意力は前方にむけられていなければならなかった。鞘口をのぞき込んでいては、ふいに倒れた者に斬りつけられるかもしれない。


832日本@名無史さん2016/07/25(月) 12:14:08.50
>>831続き

 東軍流十七代宗家、タイ捨流の免許皆伝として古流剣術を稽古し、真剣を実際に扱い、歴史学の分野においても、
『日本武術・武道大事典』を編纂するなど、武術と刀剣との関わりを深く研究・理解してきた著者が、
刀剣のおこり・発達、武人・文人に関するさまざまなエピソードを披瀝する類書なき新書である。

 顔を正面にすえたまま、鞘口をみないで、鋒で手や指、腕を傷つけないように、どうすれば納刀できるのか。

 時代劇の場数をふんでいない役者の場合は、鞘に納める途中から映す。チャリン、と音をさせて。

 すこしキャリアの積んだ役者ならば、左手の親指と人差し指をつかって鋒を手挟み、棟=峰(刃の反対側の部分)が手前になるように、鞘口から刀身を入れていく。

 これならば、前を向いていてもできる。

 ただ、本当に修行した手練れは、刀身を汗のついた指でさわったりはしない。後の手入れが、日本刀は大変なのだ。

 指で挟まずに鞘口に峰の部分をあて、静かに感覚で中へ入れていくのだが、これができる使い手はきわめて少ない。

 つまり、剣豪・佐々木小次郎の「物干竿」と呼ばれる刀――あの長い刀を肩にしょって、抜くことはできないし、ましてや、納めることは不可能であった。

 いつも思う。日本伝来の古武術と日本刀は実によく似た宿命を負っている、と。

833日本@名無史さん2016/07/25(月) 12:15:25.04
>>832続き

■戦場でもほとんど役に立たない
 “一朝ことあるときのために”――武術は日々、鍛錬されるのだが、今の世の中にはまずもって、身辺に迫るあやうい事態など、そうそう出くわすものではない。

 実践のなかで技を使えば、逮捕され、相手の治療費を請求される。日本刀も同じだ。第一、腰に刀を差して歩けば、それだけでつかまってしまう。

 というよりも、この日本独特の武器=日本刀は、一度として戦場で主要の武器になったことはなかった。

 圧倒的殺傷性をもつのが弓(のちには鉄砲)で、これが戦場全体の60%となる。それに次いだのは薙刀(のち槍)で20%、では次にこそ刀が来るかと思えば、残念ながら3位は投石であった。

 日本刀の戦場における殺傷率は、10%にもとどいていない。切腹や斬首のイメージが強いから、よほど活躍したように思われてきたのだろうが……。

 江戸時代、弓や鉄砲はむろん、槍までもが往来を規制され、刀も定寸が定められた。つまり、泰平の時代の日本刀は、日本刀と対決するだけで良く、異種の武器を想定する必要がなくなってしまう。

 しかも、一度鞘走れば最後は、斬られなくとも切腹に追い込まれるのが、江戸時代の無言の合意であった(仇討ちは別)。
だから、普段は誰も、日本刀を抜かなかった。無礼討ち=斬り捨て御免、は絵空事でしかなかったのである。

 では、この日本刀に神が宿り、日本人の魂などという大それたイメージが定着したのはなぜ、であったのだろうか。すべては歴史の変遷の中に、具体的な答えがあった。

 その答えをうけて結論めかしていえば、日本刀は刀身の美しさを、もとの持ち主、刀匠をしのびつつ、時代を思い浮かべながら鑑賞するのが、一番無難で正しい接し方なのかもしれない。

文/加来耕三(歴史家・作家)

(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース 7月24日(日)11時31分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160724-00049214-gendaibiz-soci

834日本@名無史さん2016/07/25(月) 13:35:42.53
>>824
オマエが無知なだけ

835日本@名無史さん2016/07/25(月) 13:53:36.28
トーマス・コンラン氏まじ研究者

トーマス・コンラン『図説 戦国時代 武器・防具・戦術百科』
ttps://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4562049294

「戦国時代 武器・防具・戦術百科」 トマス・D・コンラン 著
ttp://m.webry.info/at/mirakudokuraku/201501/article_7.htm

836日本@名無史さん2016/07/25(月) 14:49:01.02
このスレ等で出たまとめ

何良臣・陣記「(要約)日本刀は強すぎて防げね〜」 電子書籍googlebooks
http://books.google.co.jp/books?id=qMcqAAAAYAAJ&hl=ja&pg=RA1-PA30#v=onepage&q&f=false
http://books.google.co.jp/books?id=qMcqAAAAYAAJ&printsec=frontcover&hl=ja&source=gbs_ge_summary_r&cad=0#v=onepage&q&f=false
巻二をしばらくめくって「軍中諸技惟刀剣法〜」
「不能禦」

837日本@名無史さん2016/07/25(月) 14:49:05.66
このスレ等で出たまとめ

何良臣・陣記「(要約)日本刀は強すぎて防げね〜」 電子書籍googlebooks
http://books.google.co.jp/books?id=qMcqAAAAYAAJ&hl=ja&pg=RA1-PA30#v=onepage&q&f=false
http://books.google.co.jp/books?id=qMcqAAAAYAAJ&printsec=frontcover&hl=ja&source=gbs_ge_summary_r&cad=0#v=onepage&q&f=false
巻二をしばらくめくって「軍中諸技惟刀剣法〜」
「不能禦」

838日本@名無史さん2016/07/25(月) 14:50:03.27
【日本刀>中国の刀槍】”紀効新書・長刀解”

此自倭犯中國始有之。彼以此跳舞、光閃而前、我兵已奪氣矣。
倭善躍、一迸足則丈餘、刀長五尺、則丈五尺矣。我兵短器難接、長器不捷、遭之者身多兩斷、縁器利而雙手使、用力重故也。
今如獨用則無衛、惟鳥銃手賊遠發銃、賊至近身再無他器可以攻刺、
如兼殺器則銃重藥子又多、勢所不能、惟此刀輕而且長、以備臨身棄銃用此。況有殺手當鋒、故用長刀備之耳。

戚継光 「紀効新書・長刀解」
此は倭が中国に攻めてきた時わかったことである。彼らは舞うような歩法を用い、前方への突進力は光が閃くようで我ら明の兵は気を奪われるのみだった。
倭はよく躍動し、一度動き出せば丈あまり、刀の長さは五尺なので一丈五尺の間合でも攻撃される。我が兵の剣では近づき難く、槍では遅すぎ、遭遇すればみな両断されて殺される。

839日本@名無史さん2016/07/25(月) 14:50:36.10
このスレ等で出たまとめ

【日本刀】対談 秘伝剣術極意刀術―日本剣術と中国刀剣術 その興亡と流伝の秘密を探る
ttps://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4894223279
内容(「BOOK」データベースより)----------
戦国時代 日本剣術は中国に輸出されていた!!素盞嗚尊が発見した天叢雲剣の驚くべき正体とは?
戦乱の中国大陸を暴れ回った倭人刀法の秘密とは?
一縷の細い糸で繋がり醸成した中国苗刀術の真実とは?歴史の奥底に秘されて来た驚愕の秘密をここに解き明かす。

内容(「MARC」データベースより)----------
古代世界における日中刀剣武術交流の裏の秘密を探求。中華に流伝した倭人の血脈を継ぐ中国刀剣術と、
その究極の結実とも言える中華苗刀術の謎を解明し、幻の戦場剣術・程家正宗明伝影流の実技を蘇らせる

【日本刀】神技の系譜 武術稀人列伝
ttps://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4817060107
【日本刀】日本武術神妙記 (角川ソフィア文庫)
ttps://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4044001413

【日本刀】気剣体一致の「改」〈新装改訂版〉 “常識”を捨てた瞬間に到達できる神速の剣術
ttps://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/486220922X

840日本@名無史さん2016/07/25(月) 17:12:42.45
お、さすがにこのスレの人たちは情報が早いね
ニュー速のスレも伸びてるよ

http://daily.2ch.net/test/read.cgi/
newsplus/1469430170/

841日本@名無史さん2016/07/25(月) 20:17:42.64
>では次にこそ刀が来るかと思えば、残念ながら3位は投石であった。

トーマス・コンランは軍忠状で投石で相手を打ち取ったor打ち取られたものがないことから
投石の殺傷能力はほぼゼロ%と結論してるけどな

842日本@名無史さん2016/07/25(月) 21:21:04.73
基本的に生存者が合戦後に自己申告する傷の種類の統計で
殺傷率云々を語るのは滑稽だよなあ

843日本@名無史さん2016/07/26(火) 02:19:27.07
◆なぜ稲作が長江江南ではありえないのか


日本に水田稲作が伝わった当時の長江江南の遺跡から出土するイネは
中粒種と短粒種が約半々の割合で混ざって出土してくる。
ところが、日本の最古水田から出土した炭化米は短粒種のみ。
しかも、当時の長江江南の主力農具だったはずの石スキが伝わっていない。
というか、最古水田にはスキという器種自体がないし、石刃の農具もない。
それどころか、当時の長江江南には無いエブリとクワといった農具が最初に
伝わってしまっている。
しかも、当時の長江江南の炊飯器だった鬲や鼎といった三足土器も
最古水田にはさっぱり伝わっていない。
日本稲作が長江江南から伝わったなんて2兆パーセントありえません。

844日本@名無史さん2016/07/26(火) 04:48:16.62
>>831
この部分

>日本刀はつまるところ、鑑賞のためにしか存在しないのだから。

ギャグセンス高過ぎる

845日本@名無史さん2016/07/26(火) 20:39:06.10
出典を明記しない辺りホントに歴史家かって疑う

小和田哲夫先生もそういう傾向があるが

846日本@名無史さん2016/07/27(水) 05:35:38.77
「一度も無い」ってのはアタマ悪過ぎだろ。
悪魔の証明しなくちゃならない。

847日本@名無史さん2016/07/27(水) 13:52:55.13
こんな感じで定期的に鈴木説が掘り返されて鈴木説信者だけど鈴木は知らない奴が増えるんだろうな

848日本@名無史さん2016/07/28(木) 02:39:26.26
ゴキブリと同じで見かけたら叩いておいた方がいいよ
めんどうくさいからと言って放っておくともっとめんどうなことになる

849日本@名無史さん2016/07/28(木) 21:23:58.15
だね
中に悪意を持ってゴキブリを繁殖させてる幹ゴキブリも在るし

850日本@名無史さん2016/08/08(月) 12:25:35.55
戦争に観賞用の道具をもっていく日本人馬鹿すぎwwww
荷物軽くする努力しろよwwwwwううぇwwww

851日本@名無史さん2016/08/09(火) 18:59:25.56
ニュー速民に言え

852日本@名無史さん2016/08/10(水) 21:26:56.43
荷物軽くするどころか時代が下がるにつれて持ち歩く本数が増えていくんだよなw
ほんとナに昔の人は何考えてんだかw

明や朝鮮の兵士なんて飾り物の刀見せびらかすと蜘蛛の子散らすように逃げてくんだから、向こうも何考えてんだかわかんねえなw
支那人や朝鮮人ってやっぱわけわかんねえ奴等だなw

853日本@名無史さん2016/08/12(金) 16:09:06.25
フロイス「日本史」
・だが日本軍はきわめて計画的に進出し、鉄砲に加え、太刀の威力をもって散々に襲撃したので、
朝鮮軍は戦場を放棄し、足を翼(のよう)にして先を争って遁走した。


鑑賞用のものを相手に足を翼のようにして遁走する人たちの立場がないよね

854日本@名無史さん2016/08/14(日) 00:38:29.08
明治時代の西南戦争では、刀による被害が甚大だったと記録にあるな
政府は警視庁から剣術に優れた者を抜擢し、抜刀隊を結成して対抗した

855日本@名無史さん2016/08/14(日) 17:02:53.74
なぜ戦場にメインウェポンだけ引っさげて行くもんだと思ってるのか分からない

弓兵が弓しか持ってないとでも?
槍兵が槍しか持ってないとでも?
アサルトライフル持ってハンドガン忘れるバカがいるのか?

戦場と作戦によって武器兵装を換えるのは古今東西変わらないのに何故それを失念して一種の武器だけ持って行く前提で議論しているのか

856日本@名無史さん2016/08/14(日) 18:52:56.65
2000年以降のハイテク兵器がどんどん投入されている現代戦でも
イギリス軍が銃剣突撃を何度もやってる。

857日本@名無史さん2016/08/14(日) 19:05:02.86
>>854
とどめだろ

858日本@名無史さん2016/08/14(日) 22:58:34.78
>>855
ハンドガンは一般兵は所持しないことが多い。 使わないし。

>>857
西南戦争当時の小銃は連発銃が少なく、物陰から不意打ちを喰らうなどして戦闘距離が短かった場合、射殺される前に切り込めることが多々あった。
戊辰戦争当時の戦闘経験豊富な諸隊は解散され、できたばかりの国民軍が訓練不足で咄嗟の対応に不備があったことも理由である。

859日本@名無史さん2016/08/15(月) 14:30:36.09
>>857
とどめに使うだけなら戦国の武士たちがそうしたように短刀の類のほうが
遥かに邪魔にならないだろう
そうじゃないからある程度の長さが求められるわけで
実際戦国時代当時の文献にも集団で刀を抜いて敵に切り込むという例は見られる

フロイス『日本史』
・土佐の鉄砲隊は味方から全面的に期待をかけられていながら
鉄砲を発射する時間も場所もないほどであった。というのは、
薩摩軍は太刀をふりかざし弓をもって、猛烈な勢いで来襲し、
鉄砲など目にもくれなかったからである。

『信長公記』
・其の中、心ある者ども、はだかになり、伐刀ばかりにて、七八百ばかり切つて懸かり、伐ち崩し、
御一門を初め奉り、歴々数多討死。

860日本@名無史さん2016/08/17(水) 06:11:25.77
>>858
それ見て思ったんだが、ずいぶん前からある
槍=小銃、刀剣=ハンドガンって例えはある意味不適切だと思うわ。

だって、槍は小銃ほどあらゆるっ状況に対応できるわけでもないし
大概のひとはハンドガンのポジなんて知らんし。

例えは所詮例えとは書かれるが分かりにくかったり誤解されたりするのはダメだろ

861日本@名無史さん2016/08/17(水) 13:43:37.40
個人用兵器として手頃なサイズに収まっている小銃と
携帯性の悪い槍とではまったく異質なのにね

862日本@名無史さん2016/08/17(水) 14:45:35.15
銃剣で充分だろうよ

863日本@名無史さん2016/08/17(水) 15:21:20.12
>>861
てか元々、刀剣=拳銃って戦場でほぼ使わないってニュアンスで使い始めた例えじゃないすか。

864日本@名無史さん2016/08/17(水) 16:07:40.56
刀は拳銃と同じように平時も携帯できるという話でよく使われる印象
それ以外の面では色々と相違もあるのに同一の位置づけのように言われるのには
違和感があった

865日本@名無史さん2016/08/17(水) 18:06:40.81
無理矢理喩えるなら槍が単発銃、刀が擲弾

866日本@名無史さん2016/08/17(水) 19:21:36.64
BC3C末、徐福一行の故郷、華北では三足土器で炊飯していました。
粗製灰陶で出来ている鬲です。
灰陶を焼く穴窯も、炊飯器の鬲もさっぱり伝わっておりません。
秦王朝のシンボルでもあった鼎も土器にも青銅器にもさっぱり伝わっておりません。
中国青銅器の雷文や龍文はもちろん、龍信仰さえさっぱり伝わっておりません。
簫、磬、鐘、鐃、ロ于、鉦など、様々な古代中国の楽器もさっぱり伝わっておりません。
三足やラッパ型の様々な酒器もさっぱり伝わっておりません。
金銀細工や金銀メッキもさっぱり伝わっておりません。
龍などをモチーフにした様々な玉器もさっぱり伝わっておりません。
瓦や箸や傘もさっぱり伝わっておりません。
漢字の前身、篆書などを刻んだ遺物などもさっぱり出土しません。
瓦屋根の戸建てや木骨泥墻などの住居もさっぱり伝わっておりません。
帯の付いたローブ状の古代中国の服飾も靴もさっぱり伝わっておりません。
徐福どころか古代中国人なんて縄文から弥生を通して一切定着しておりません。
ただ、無知で、馬鹿で、低脳の、頭の弱い人間だけがダマされる創作デムパです。

867日本@名無史さん2016/08/17(水) 21:32:23.74
>>865
なぜ分かりにくい兵器分野に例えるのかね

868日本@名無史さん2016/08/20(土) 16:00:18.73
弓と槍刀なら小銃と拳銃ほどの射程の差はあろうが、槍と刀では一足の差だろう。
戦場では、そのコンマ何秒かの差が生死を分ける事になりうるんだろうがな。

869日本@名無史さん2016/08/22(月) 05:38:06.10
【大太刀・秩父がかう平】
三尺九寸(約182cm)
身巾四寸(約12.13cm)
畠山重忠が佩用した大太刀

これ再現して欲しいわあ

870日本@名無史さん2016/08/22(月) 16:34:25.25
>弓と槍刀なら小銃と拳銃ほどの射程の差はあろうが、
>戦場では、そのコンマ何秒かの差が生死を分ける事になりうるんだろうがな。

ただし矢は掻楯を前面に出した相手には有効ではない
槍も乱戦や接近戦では刀よりかえって攻撃しにくく後手にすらなってしまう
要は状況次第ということだろう

871日本@名無史さん2016/08/22(月) 20:23:56.23
森林に伏兵する時に槍なんて持って入れないし、
敵味方入り乱れた乱戦で槍を振るえるほどの広さなんて確保できないし、
市街戦や攻城戦からの屋内戦闘でも槍なんて使えないよね

872日本@名無史さん2016/08/22(月) 21:57:40.08
長槍はともかく、短鎗には屋内戦闘術があるぞ。

873日本@名無史さん2016/08/23(火) 09:10:51.18
池田屋事件でも島田魁が敵に槍の柄を切り折られたりしてるな

874日本@名無史さん2016/08/23(火) 13:10:15.99
もちろんあらゆる武器に使い道があるから使われるわけで
短槍で槍衾はしないし、長槍で乱戦なんてしない
組討になったら打刀でさえ長過ぎるものになるし
城壁を曲射できる弓、切れ味なんて気にしなくていい金棒、どこで打っても攻撃になる鉄杖

あらゆる状況で優位になれる武器なんてないもんね

875日本@名無史さん2016/08/25(木) 07:49:25.98
日本最強は剣術使い

これが全てっスなあ

876日本@名無史さん2016/08/25(木) 08:24:50.04
状況によって有効な武器が違うという話からなんで日本最強云々になってるんだろうか

877日本@名無史さん2016/08/25(木) 08:36:23.41
有効な武器は違うけど剣士最強という事で

878日本@名無史さん2016/08/25(木) 18:36:59.74
ただの荒らしだろうけど

879日本@名無史さん2016/08/25(木) 19:29:44.28
◆ペテン師・佐藤洋一郎がなぜダメなのか


経年変化や環境変化で短期間のうちに著しく頻度を変えてしまう遺伝子調査において、
佐藤洋一郎が調査に使ったイネの調査サンプルは、

日本のイネの調査サンプルは稲作が伝わってから800年以上も経ってしまった鍵・唐古遺跡の炭化米、
朝鮮半島のイネの調査サンプルにおいてはいつの時代のイネを使ったのかさえ全く公表していない。

このように調査サンプルから疑わしい、欠陥ありありの、お遊び程度でやったペテン調査での捏造である。

この場合、BC10Cの稲作開始時の最古水田である菜畑遺跡の炭化米とそれ以前の朝鮮の炭化米で
比較調査しない限り、まともな調査結果など得られるはずがない。

ちなみに佐藤洋一郎はこの件で京大考古学陣に全面否定されている。
日本稲作が江南から伝わったなんて言ってる頭のおかしな考古学者など一人もおりません。

880日本@名無史さん2016/08/25(木) 23:25:33.47
真柄直隆vs土屋昌恒

881日本@名無史さん2016/08/26(金) 08:11:57.34
>>876
日本刀最強って事だな、在チョン荒らしが必死に否定工作してるけど

882日本@名無史さん2016/08/26(金) 08:26:44.59
こういう極端なバカを演じて鈴木の言う「日本刀信者」ってことにしたいんだろうか

883日本@名無史さん2016/08/26(金) 09:27:19.99
日本人が日本刀信者で何か問題があるのだろうか
鈴木は反日本刀キチガイのスカスカ野郎だが

884日本@名無史さん2016/08/26(金) 10:15:42.70
日本人じゃ無い連中が必死に誹謗してるんだろうな

885日本@名無史さん2016/08/26(金) 10:17:21.50
鈴木本人より、
曲解、誇張する信者や引用者の方が遙かに問題だろ

886日本@名無史さん2016/08/26(金) 10:28:11.09
>>885
おまえはアホか
鈴木が与えた反日本刀プロパガンダの方が悪影響だ

ネットでも鈴木史観がウジャウジャいてマスゴミまで鈴木史観
どれだけ日本刀を貶めれば気が済むんだと

887日本@名無史さん2016/08/29(月) 12:32:06.38
鈴木よりも、むしろ司馬遼信者のジジイ共の方が安置な?日本刀なんだよな。
司馬遼の小説のどっかにそういう記述があるのかな?

昭和の時代に流行った映画テレビドラマのチャンバラ時代劇にリアリティは無いのは確かだろうが、そのデフォルメの否定の為に反対のベクトルのデフォルメを取り入れてしまったのも大きな間違いだったのではないかと思う。

888日本@名無史さん2016/09/09(金) 10:54:32.18
反日本軍の司馬はサヨクだからガッカリ

日本刀を過小評価しながら剣士最強という現実が見えない鈴木

889日本@名無史さん2016/09/09(金) 20:52:57.13
で、その司馬を否定していた朝日新聞の百目鬼はウヨなのか?

890日本@名無史さん2016/09/09(金) 22:45:18.36
イミフすぎる
ウヨサヨ二元論で世界観が成り立ってるのかオッサン

891日本@名無史さん2016/09/09(金) 23:37:15.03
日本軍を批判したらサヨなのが論理的帰結だと言い張れる
オコチャマ

892日本@名無史さん2016/09/10(土) 03:50:50.98
>>889
中核派は革マル派を批判してますが何か
内ゲバみたいなもん

893日本@名無史さん2016/09/10(土) 03:52:43.49
>>891
サヨと言い切れることを書いてるからだぞ
この前のNHK司馬特集で司馬ブサヨ史観をNHKが利用して荒れたんだよなあ

894日本@名無史さん2016/09/10(土) 03:58:35.82
司馬ブサヨプロパガンダは

>>750にもあるな

で、>>750がバカなのは

「 GHQのポチまたはアカ共産エセ日本軍人 」
「 GHQ洗脳政策 」と
「 戦後、日本肯定派のおじいちゃん達はテレビ局やGHQに弾圧されて、ほぼ出して貰えなかった 」

という歴史をスルーしている点

895日本@名無史さん2016/09/10(土) 03:59:02.40
NHK司馬プロパガンダ番組がこれ

NHKスペシャル 司馬遼太郎思索紀行 武士★3
http://nhk.2ch.net/test/read.cgi/livenhk/1455452804/

896日本@名無史さん2016/09/10(土) 04:00:12.76
あと

>>737等がスルーしている「NHK眞相はかうだ事件」や「WGIP工作」もね

GHQは日の丸すら規制していたのを知らないのかな

【反日NHKとGHQ】1945年『眞相はかうだ事件』とは
http://wpedia.goo.ne.jp/wiki/%E7%9C%9E%E7%9B%B8%E3%81%AF%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%A0

『眞相はかうだ』は、大東亜戦争(太平洋戦争)敗戦後の被占領期、
連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) の占領政策の一環として、
1945年(昭和20年)12月9日より10回にわたりNHKラジオ第1放送および第2放送で同時放送された宣伝番組。

毎週日曜夜8時からの30分番組で、その前後に当時人気の番組が配置、編成されていた。

再放送を含めほぼ毎日のように放送された。

登場人物は軍人とその親友である民主主義者の文筆家が主であった。

脚本はその中心をアメリカ人が占めたGHQの民間情報教育局 (CIE) ラジオ課が担当し、
満州事変から終戦に至るまで軍国主義者の犯罪や国民を裏切った人々を白日の下に、偽りない事実を、などという論評で、
叙情的な音楽や音響効果音を駆使しながら、ドキュメンタリー形式を装ったドラマ仕立てにされた番組であったという[2]。   ←←←←今のNHKの戦争反日サヨク番組と同じやり方ですね(´・ω・`;)
『眞相はかうだ』の元となったのは『Now It can be told (今だから話せる)』と題した第二次世界大戦中のイギリスの番組をGHQ上層部が民間情報教育局へ企画として持ち込み、日本の変革を進めるためとされる[3][4][5]。

番組の内容を巡って、これらはGHQ作成であることが隠されたためにNHKへ手紙、電話などが殺到した[2]。
しかし、それらが抗議や非難などの批判的な内容ばかりであることを知ったGHQは、その成果を取り入れてより巧妙にそれに続く番組を作成[2]、
1946年(昭和21年)2月以降『眞相箱』、『質問箱』などへ形を変えながら昭和23年(1948年)1月まで放送された。『眞相箱』は、疑問に答える(略

897日本@名無史さん2016/09/10(土) 04:00:34.59
>>896続き

【戦争】反日GHQ洗脳政策CIE工作員フランク正三馬場、死亡(戦後NHKやマスゴミの元凶の1匹
http://nhk2.2ch.net/test/read.cgi/nhk/1469098512/

フランク・正三・馬場さん死去 戦後NHK番組を指導

2008年01月17日

 フランク・正三・馬場さん(フランク・しょうぞう・ばば=元連合国軍総司令部〈GHQ〉民間情報教育局員)
16日午前(日本時間同日夜)、老衰のため米カリフォルニア州パサデナで死去、93歳。

 米国生まれの日系2世。
GHQ民間情報教育局(CIE)員として、戦後のNHKの番組制作を指導。民間放送局の立ち上げにも尽力した。
76年には放送文化基金賞の個人部門特別賞を受賞。
http://www.asahi.com/kansai/okuyami/OSK200801170037.html

日本を再敗北させたGHQ洗脳工作「WGIP」
http://ironna.jp/article/1818
【月刊正論】これが戦後の元凶だ! 米占領軍の日本洗脳工作「WGIP」文書、ついに発掘
http://www.sankei.com/life/news/150408/lif1504080003-n1.html

898日本@名無史さん2016/09/10(土) 04:02:28.38
戦前からアカ共産、社会主義バカサヨが工作して明治天皇暗殺未遂事件等を起こしてきたからな

ロシア革命等に騙されたバカ

そして朝日新聞ゾルゲ尾崎秀実共産敗戦革命事件を引き起こす

899日本@名無史さん2016/09/10(土) 04:17:23.22
>>896安価ミス

× >>737
○ >>750

900日本@名無史さん2016/09/10(土) 04:24:16.83
>>750
「GHQが打ち破った、いや捏造した」の間違い
GHQにビビッたまたは洗脳または徴兵前からゾルゲみたいなアカや社会主義者ってだけだな

戦後の愛国日本人はGHQに弾圧されて日の丸の武道も教育すら規制されてんだぞバーカ(´・ω・`)

901日本@名無史さん2016/09/10(土) 04:24:51.63
おっと誤字

902日本@名無史さん2016/09/10(土) 10:24:25.27
最早板違い

903日本@名無史さん2016/09/10(土) 10:49:29.02
そうだよな他でやれ

904日本@名無史さん2016/09/11(日) 15:03:13.62
最初から嫌がらせ目的だろうし

905日本@名無史さん2016/09/11(日) 19:08:42.18
これが統失の連合弛緩ってやつか
何を言いたいのかさっぱりわからねえ

906日本@名無史さん2016/09/11(日) 20:16:36.06
◆ペテン師・佐藤洋一郎がなぜダメなのか


経年変化や環境変化で短期間のうちに著しく頻度を変えてしまう遺伝子の調査において、
佐藤洋一郎が調査に使ったイネの調査サンプルは、

日本のイネの調査サンプルが稲作が伝わってから800年以上も経ってしまった鍵・唐古遺跡の炭化米、
朝鮮半島のイネの調査サンプルにおいてはいつの時代のイネを使ったのかさえ全く公表していない。

このように調査サンプルから疑わしい、欠陥ありありの、お遊び程度でやったペテン調査での捏造である。

この場合、BC10Cの稲作開始時の最古水田である菜畑遺跡の炭化米とそれ以前の朝鮮の炭化米で
比較調査しない限り、まともな調査結果など得られるはずがない。

ちなみに佐藤洋一郎はこの件で京大考古学陣に全面否定されている。
日本稲作が長江・江南から伝わったなんて言ってる頭のおかしな考古学者など一人もおりません。

907日本@名無史さん2016/09/12(月) 19:52:19.84
ここは、鈴木眞哉氏の説に対しあれこれ話すのが主旨じゃん
ずいぶん前にあった軍刀の話とか>>886-900の話とかは
他所で語るべきなのであって

本人へのレッテル張りや人格攻撃に関しては「電波・お花畑板でやれ」なんだよなあ

まあ話題は雑誌に鈴木氏のネタが乗っていましたー程度しかないんだけどさ

908日本@名無史さん2016/10/16(日) 16:46:01.87
この人の本、アマゾンだと割と点数高いのねw

909日本@名無史さん2016/10/16(日) 18:41:16.92
そりゃ、説はアレだけど文章は割と魅力的だからね
あくまで文章は

910日本@名無史さん2016/11/19(土) 13:31:06.63
鈴木の人格がパヨってなかったからこんな異常な主張はしないわな

911日本@名無史さん2016/11/20(日) 05:56:52.00
せやな、学者としてみれば書き方が異常
学者じゃないけど

912日本@名無史さん2017/01/01(日) 07:47:56.46
あけましておめでとう

913日本@名無史さん2017/01/05(木) 09:52:19.37
NHKが新年早々捏造したぞwww

【反日NHKまた捏造!】戦国のへ〜ほ〜 素朴な疑問を解決!「刀を使う時は敵の首をとる時ぐらい」「刀は有効な武器ではない」★3
http://nhk2.2ch.net/test/read.cgi/livenhk/1483453651/

あけおめ

914日本@名無史さん2017/01/05(木) 09:54:04.74
なんでこんなに論破されて刀が使われてる史料があるのにNHKは堂々と捏造するのかなー

実況板でもNHK信じたっぽいバカが沢山いるし

出遅れたから実況スレで論破するの間に合わなかったわ

915日本@名無史さん2017/01/10(火) 19:28:42.64
使い手の技量次第よっ

916日本@名無史さん2017/01/24(火) 06:43:08.56
>>778のガチ甲冑バトルってぶっちゃけ再現より参加者が楽しむのを重点に置いた競技なんじゃないの?

あと、その著者の弁では
「短刀に比べて刀は鞘走りせないために非常に鯉口が堅く片手では抜けないから短刀で組討ちした方がまし」とのこと
「組討ちするのに刀ジャマ」とも

917日本@名無史さん2017/01/24(火) 19:59:16.77
トランプの日本批判見てると「あー、爺さんはあの時代(1980年代?)で時間止まってるのねえw」って思ってしまう。
日本刀批判スキーな鈴木の爺さんは1960〜70年代のチャンバラ映画、テレビドラマ全盛期で時間が止まってるんだろうなあw

918日本@名無史さん2017/01/27(金) 02:17:02.85
モンゴル軍の馬 VS 日本軍の馬

タブン・トルゴイ遺跡、ツァガーン・チュルト遺跡から出土したモンゴル帝国時代の馬(9例)の推定体高
最小120.2cm 最大134.0cm 平均127.7cm

材木座遺跡から出土した鎌倉時代の馬(38例)の推定体高
最小109cm 最大140cm 平均129.5cm

919日本@名無史さん2017/02/01(水) 18:48:16.87
>>778
軍役状に見られる持槍って二間〜二間半が標準だし
3メートルって明らかにそれより扱いやすいの選んでるね

920日本@名無史さん2017/02/01(水) 20:12:25.20
扱いやすくない二間〜を使ったのはどういう事やの?

921日本@名無史さん2017/02/01(水) 20:36:07.85
長いのはかなり訓練しないと扱いきれないよ。
チャンバラなら軽いかもしれないけど、とりあえず家にある長い干し竿で突きの練習ちょっとやってみてねw
道三のお話しみたいに銅銭に当てられなくてもいいからw

922日本@名無史さん2017/02/01(水) 20:50:02.96
だからかなり訓練しないと扱いきれない長いのを何で戦で使ったの
かなり訓練したって事かい?

923日本@名無史さん2017/02/01(水) 21:52:11.25
長い槍はよく言う「叩き合い」に使うんだよ
訓練してない連中かき集めて戦力化する用。

軍役なんかでも規定があるけど
「槍の技が生かせる短い持ち槍使いたい」武士層と
「誰にでも持たせられる長槍が欲しい」領主側で
微妙に利害の対立がある

924日本@名無史さん2017/02/02(木) 07:39:13.71
それはそれとして、訓練してるのは当たり前。
槍衾するだけでも、戦場で横列組んで、敵から逃げずに槍を振り続けなきゃいけないんだから、集団行動の訓練は必須。

925日本@名無史さん2017/02/02(木) 07:59:14.58
竹があれば長槍は作れるし、便利なんだろうな

926日本@名無史さん2017/02/03(金) 10:03:32.99
>>925
武田の軍役状だと竹柄の槍でなく打柄の槍をちゃんと用意せよと書かれてるから
品質的には数段劣るんだろうな
竹柄ですらそれだから竹槍なんてのは論外だ

927日本@名無史さん2017/02/10(金) 19:34:53.31
まあ人間の身体は柔らかいけど鎧はそうじゃないからな。
長時間、振り回せる太さの竹なんてあっとういまに使い物に成らなくなりそう

振ってるだけで劣化していきそうだし。

928日本@名無史さん2017/02/11(土) 12:52:37.93
竹を束ねればいいんじゃない

929日本@名無史さん2017/03/26(日) 08:29:34.13
この手のスレもお役目終了かね?
消える時はひっそりと消えていくんだろう。

930日本@名無史さん2017/03/26(日) 10:45:56.92
もう新作は出ないのかな

931日本@名無史さん2017/04/12(水) 05:52:20.05
年が年だから出さないでしょ

932日本@名無史さん2017/04/17(月) 14:46:46.64
刀と首取りを読んで首を捻ったんだが、戦国合戦の虚実もこれまた変な記述なのかな?読む価値ない??

933日本@名無史さん2017/04/24(月) 22:21:24.06
なんというか、アンチアカデミズムな感じ。
昨今ブームの応仁の乱とかについては何も言ってないのかな。

934日本@名無史さん2017/05/10(水) 01:09:31.22
長篠の三段撃ちだけは否定したまま逃げ切れると思ってたんだろうね
平山優とのこだわりの差が出た感じ

>>932
別に読んでもいいよ。ただ思い付きを適当に書いてるだけだから洗脳されると危険
息抜きの立ち読み程度に。

935日本@名無史さん2017/05/16(火) 18:10:44.31
>>934
平山氏のはどういう説をとっているの?
ぐぐってみたけどようわからんw
まあ本読めばいいのかも知れんがw

936日本@名無史さん2017/05/16(火) 21:01:07.29
・三段撃ちじたいが実在した
・長篠合戦屏風でも二列斉射は描かれている
・三段撃ちの三段の意味は違うが実在した

かな?

937日本@名無史さん2017/05/16(火) 21:57:06.41
>>937
おお、ありがとうございます。
ちょいと本漁ってみますw

938日本@名無史さん2017/05/18(木) 09:26:31.34
アベマでやってた外国の番組で
鎌倉時代の骨の傷を調べて法医学を元に当時の戦いを再現してたけど
こういうの日本史の学者もやってるの?

馬上から頭の上を刀ですっぱり切られた骨とかあったな

939日本@名無史さん2017/05/18(木) 09:41:43.87
>>938
その番組今も見れる?

940日本@名無史さん2017/05/18(木) 10:49:50.50
材木座遺跡から出土したやつかな

941日本@名無史さん2017/05/18(木) 12:32:06.79
>>236
よく三段撃ちって信長公記を参考に否定されるけどその信長公記の今川攻めの時期に
鉄砲を取り換え取り換え撃たせたなんて記述あるしね

せいぜい公平に見て「なかった」ではなく長篠では鉄砲運用の詳細がわからないってだけ

942日本@名無史さん2017/05/18(木) 20:21:51.02
>>939
予定表では来週の水曜にまたやるっぽい

943日本@名無史さん2017/05/19(金) 05:26:31.21
西股総生氏の
戦国の軍隊の文庫版
が6月17日に発売されるけど
単行本版のあとがきに

旗指物と刀が実戦で果たした役割をもっと調べたかった。
次以降の課題にしたい。

という趣旨の文があったな。文庫版で何か加筆されたりはしないのかな。
鈴木氏の刀の説に対する反論とか。

遠戦志向だけなら平山優氏の
長篠合戦の本と

白峰旬氏の
関ヶ原合戦の本で反論はされてると聞くが。

944日本@名無史さん2017/05/25(木) 20:53:01.88
平山は平山で、藤本に論争挑まれたら尻尾巻いて逃げちゃったからなw
あんまり鵜呑みにしないほうがいいよ

945日本@名無史さん2017/06/03(土) 20:41:39.12
日本の学者さんたちは特にそうだけど、日本人は論争とかあんまり向いてないからね。
向き不向きというか、議論の術の訓練をやってないし。
持論の否定が人格の否定に取られちゃう。

昔、騎馬民族が来た来ないで江上先生と対談した人も遠慮しちゃってツッコミ入れないんだよね。
先生の先生みたいな相手だし、年寄りの頭に血のぽらせちゃマズいかなあって感じでw

946日本@名無史さん2017/06/05(月) 20:02:49.47
>>938
考古学上では鈴木尚を筆頭に半世紀前からやってる
素人でも読みやすいのではたとえばこういうのとか
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nihonkokogaku1994/11/18/11_18_37/_pdf

ただし日本の歴史学者は考古学を敵視するけいこうがあるから全然知識が共有されてないし
むしろ人類学や法医学の紀要読むとちょいちょい面白そうなのに出くわすことがある

947日本@名無史さん2017/06/06(火) 21:18:09.66
>鎌倉時代の骨の傷を調べて法医学を元に当時の戦いを再現してたけどこういうの日本史の学者もやってるの?

やってる、やってないで言えばやってる
比較的メジャーな例なら由比ヶ浜南遺跡かな

某作家が某小説で主人公に「人類の歴史は戦いの歴史だ」と繰り返し言わせているけど、それはその作家が歴史において戦争にしか興味がないからそう見えるにすぎない
研究者は「戦いの歴史」なんかには興味がないんだよ
法医学見地の歴史考というのは寧ろ専門外の人間が取り組むことが多い

まともに研究者になるのなら研究対象なんか自分じゃ選べないし
研究対象が固定されるとかなり狭い範囲の専門馬鹿になる
但し専門馬鹿の研究対象で克ち合うと数十年の論争が続けられるのは研究書を多数読めば散見できる
普通は当事者同士で気が済むまでやらせているが、時折第三者が介入することもあったりする

948日本@名無史さん2017/06/07(水) 23:56:02.21
鈴木尚氏は中世古戦場発掘の第一人者で由比ヶ浜南遺跡そのほかから
発掘された人骨をもとに中世の軍勢における年齢、性別比の推定とかかなり面白いことを60年代からやってたんだが
その研究内容を一般書で紹介したのって小和田哲男氏が最初じゃないかな

考古学の知識が史学に反映されるまで大分タイムラグがあるよね

949日本@名無史さん2017/06/09(金) 20:03:54.82
>>944
平山優といえば今年に入ってすぐのころ
無名の作家か何かにいきなり喧嘩を吹っかけて相手がその気になると

「私が相手してやると、この手の在野の輩に箔がつくだけ」
「平山と論争したという勲章を与えるだけなので無視します」
と一方的に宣言

あとは取り巻きファンネルたちを総動員してタコ殴りにさせるという
なんとも嫌な事件があったよね・・・

950日本@名無史さん2017/06/10(土) 08:47:14.67
>>944
どんな論争があったの?

951日本@名無史さん2017/06/12(月) 23:40:25.80
素人目には考古学も歴史学も同じジャンルに見えるんだが相性悪いのか?
手段何でもいいから歴史の謎を解明してくれー

952日本@名無史さん2017/08/03(木) 18:30:12.37
一応戦国モノのアニメの「信長の忍び」をニコ動で見てると「実戦では刀は〜」とかのコメントは全然無いなw
数年前までは戦国モノのアニメや動画だと必ずそういうコメントあったけど、今は昔の事って感じだなあ。

953日本@名無史さん2017/08/03(木) 19:55:32.19
鈴木史観もだいぶ批判に晒されてきたからね
このスレも役目を終えつつあるのかもしれない

954日本@名無史さん2017/08/03(木) 23:11:32.92
いま、下戸の逸話辞典っての読んでるけど面白いぞ この人はこのへんの面白おかしい逸話集までならいい作家だわ 彼の著書で初めて名作だと思う 俺は下戸の煙草呑みなんだけどね

955日本@名無史さん2017/08/04(金) 13:03:50.26
>>953
油断は禁物

956日本@名無史さん2017/08/15(火) 17:32:03.83
海外では
「日本で産出される鉄の質が悪いから日本刀も質が悪い。ヨーロッパの剣の方が上」
って論調が流行ってるね

957日本@名無史さん2017/08/16(水) 14:28:07.72
>>952
このすばで主人公が刀(命名ちゅんちゅん丸)発注した時はそういうコメントが流れたので油断は禁物

958日本@名無史さん2017/08/16(水) 22:56:14.14
もともと弓矢や投石での負傷率が〜という主張だったのが
最近ではそれを死亡率と誤解してるキッズが多い印象

959日本@名無史さん2017/08/17(木) 18:40:06.62
キッズじゃなくて歴史ウンチクで偉く見せたいおじちゃんたちでしょ

Twitter上で見かける鈴木残党って山本弘ほか歴史とは無縁な思想系の売文屋が多い
下手につつくとレッテル張りや信者をけしかけてくるから注意が必要だ

960日本@名無史さん2017/08/18(金) 08:17:01.62
死傷率って言い方が元々誤解を招いていたと思う
鈴木氏の場合は意図的にやってそうなんだけど

961日本@名無史さん2017/08/18(金) 18:48:41.46
昔読んだナポレオン戦争の本だと、鉄砲70%、大砲20%、白兵戦5%、不明その他5%とかだいたいそんな感じだった。

時代は前後するけど、銃剣出始めのスペイン継承戦争辺りで白兵戦の死傷率が30%超えに跳ね上がって「ナンジャコリャ」状態になったとかなんとか。

962日本@名無史さん2017/08/20(日) 12:35:40.14
日本の文書だと戦死は基本的に「討死」としか書かれないから
死因はほとんどが不明だわな

963日本@名無史さん2017/08/21(月) 15:01:45.70
外人の先生(トーマス氏)が軍忠状で負傷状況調べ始めたのも、日本と欧米のそういう違いからみたいだね。
「白兵戦理由が三割もある。すごく多いね。」
「なんだ。大半は弓矢か。白兵戦なんてほとんど無かったんだね。」
「は?話が通じない???」

964日本@名無史さん2017/08/21(月) 18:10:50.02
欧米や中東の人たちってイギリスや遊牧民以外は弓矢使う事ほどんないって感じなんですけど
カエサル戦記集読むと古代からそんな感じ

ここに古代イスラエル連合軍がカナンを殲滅した際の記録が読めるけどアイ攻略のとき投げやり使ってるぐらいで
ほんと剣しか使ってない
https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%A2%E8%A8%98(%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3)

965日本@名無史さん2017/08/21(月) 18:11:45.78
おっとリンクが切れてるな
じゃあこっち
http://www.yoyoue.jpn.org/bible/jos.htm

966日本@名無史さん2017/08/21(月) 18:14:03.72
そういう読み物を「記録」として持ってこられても
当時の信頼に足る負傷記録とかはないんですか?

967日本@名無史さん2017/08/21(月) 18:51:51.87
軍記物を平気で引用してる連中に比べればよっぽどマシだと思うがな
まぁ細部の信憑性はともかく古代イスラエル人には武器と言えば剣という認識があったのがわかる

カエサル戦記集の著者はとうの当事者であるカエサル本人だけど
読むと敵、味方とも剣で戦っていて飛び道具は据え置きの投石機か槍しかつかってない

968日本@名無史さん2017/08/21(月) 18:56:39.83
ちなみにローマ兵の使っていた槍ピルムは人でなく相手バリケードを破壊するためのもので
一度使うと敵に投げ返されないように壊れるようになっている
投石機も城壁破壊用で対人用ではないので決戦用武器は剣しかない

969日本@名無史さん2017/08/21(月) 20:28:00.56
いや、いつの時代の話だよ。
日本だと卑弥呼より前の時代だよ?
日本の戦国時代とカエサルの時代のローマを比較するなよ。

970日本@名無史さん2017/08/21(月) 23:04:19.10
まぁ卑弥呼より前の時代だけど日本の戦国時代よりよっぽど正確に記録が残っているので
ローマでは大規模な戦闘が終結した後、作戦参加者たちが公的記録を公刊する慣習があって
それで数々の「戦史」が残ってるけど、日本ではそういうことやるのって近代になってからだし

まぁというわけで日本よりも古代からある程度精密に当時の様子を復元できるわけだが
そこから垣間見える古代から中世ヨーロッパの軍隊はいづれも白兵戦主体なわけで
「弓矢取り」が武士の別名だった程の日本と比べて白兵戦が少なかったとは到底思えない

971日本@名無史さん2017/08/21(月) 23:17:54.71
ちなみに邦訳されている物を列挙すると
「アナバシス」「アレクサンドロス大王東征記」「ユダヤ戦記」「トゥキディデス戦史」
「 タキトゥス同時代史」「カエサル戦記集」「ポリュビオス歴史 」

図書館で見かけたら是非、手に取って読んでみてほしい
多分、ここのスレの住人なら絶対面白いと感じるはず
これ古代の人が書いたの?と思えるほど生々しく下手したら明治の日本人よりも現代人的な視点で書かれているので
日本と西欧の戦術観の違いを考察するには役立つはず

972日本@名無史さん2017/08/21(月) 23:31:43.17
古代の日本でも安斗智徳の日記とか戦闘日誌を残す風習があったけど
すぐに廃れた上に現存するものが一つもないよね

973日本@名無史さん2017/08/22(火) 07:51:23.77
時代違い過ぎるの例に出してるのは釣りなんかね?w

974日本@名無史さん2017/08/22(火) 08:59:31.27
というか西洋の戦記が面白いとか言われても何の話しに来てんだとしか言えんわ

975日本@名無史さん2017/08/22(火) 10:04:31.47
記録といったってどれも読み物程度なのは変わりないのにな
生々しいとか個人の感想は実にどうでもいい

976日本@名無史さん2017/08/22(火) 19:28:49.22
古代の記録も面白いは面白いんだが、その後の変化や進化を否定して何時までも古代の価値観で戦争してたのかよ?wっていう辺りがなんともw

変化と進化を貪欲に取り入れたからこそ、欧州が近代の世界の覇者になったのに。

977日本@名無史さん2017/08/23(水) 18:29:40.31
中世ヨーロッパが変化と進化に貪欲なイメージなんてないし
古代ローマに匹敵する組織戦が出来るようになったのってマウリッツ からだろ

「フランクの騎士たちは剣や槍を振りかざしてひたすら突撃することしか知らない。
偽装退却や伏兵を使うとい概念はない。」レオン6世

でこの状態がテルシオでるまでずっと続く

978日本@名無史さん2017/08/23(水) 23:59:46.63
中東もアフリカも東南アジアも北欧西欧東欧もインドも白兵戦主体なんだけど
なんで日本と東アジア、北アジアだけは弓矢が主力武器になり得たんだろ?

979日本@名無史さん2017/08/24(木) 14:12:10.06
イギリスも白兵戦主体だったのか

980日本@名無史さん2017/08/24(木) 14:13:06.89
というかその主力武器の定義って何なんだろうか

981日本@名無史さん2017/08/24(木) 14:21:45.18
スイス盟約者団やジェノバなどのクロスボウ兵は無視かな

982日本@名無史さん2017/08/24(木) 18:45:52.20
スイス盟約者団やジェノバとか数としてはごく少数で
大半は槍や剣振りまわすしか能がない騎士か農家の二男三男のインスタント傭兵だろうに

983日本@名無史さん2017/08/25(金) 13:10:48.83
どの国も基本的には人間相手の戦いは盾持って陣形組んでだから両手がふさがる弓矢は
必然的には主力武器にはしにくい
クレーシーの戦いでもイングランド中の射手が全員集結して5000程度で
日本みたいに遊牧民の国でもないのに誰でも弓を討てて万単位の弓矢隊を組織できる国は珍しい

984日本@名無史さん2017/08/25(金) 18:26:24.40
まず日本の地形が起伏に富んでるからな
高低差があったら、低い方も高い方も弓使いたくなるよ
川も多いし、白兵戦の状態になる前に与えられる損害が欧州やその他地域より多かったんでしょう

985日本@名無史さん2017/08/25(金) 20:26:05.69
日本で弓が発達してるのは、鎧のできがいいこともあるんじゃね?
ヨーロッパはかなり後期まで鎖帷子しかないし、それさえ兵士には支給できてないし。
盾に頼らざるを得ないから、盾ありきで方陣を組む発想になる。

986日本@名無史さん2017/08/25(金) 21:34:39.89
城の造りも違う
日本の攻城戦は火を付けるのが基本だから火矢が有効

あっちは石の城だから燃えないし、攻城兵器でぶっ壊さないといけなかった
無理なら、牛の死体や糞尿を投げ入れて伝染病を流行させるとかって感じ

987日本@名無史さん2017/08/25(金) 22:19:47.19
映画の話持ち出して悪いけどロードオブザリングとか見てると白兵戦主体の相手には弓矢隊が相当有利だよな
盾もそう簡単には射抜けないだろうけど、接近する前に相手の頭数をある程度減らせれるのはデカい

988日本@名無史さん2017/08/26(土) 01:04:20.94
マガジンに連載してた漫画で、プレートアーマーきた西洋人の兵士が盾を構えて密集陣形組んで戦国日本に攻めてくるのがあった。
日本の弓があいてじゃ、鎧もろともぶち抜かれて終わりだよな。

989日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:23:21.41

990日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:23:40.44

991日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:23:59.06

992日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:24:15.07

993日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:24:29.61

994日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:24:44.11

995日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:25:01.15

996日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:25:16.27

997日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:25:32.27

998日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:25:48.42

999日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:26:06.47

1000日本@名無史さん2017/09/24(日) 12:26:22.50
ありがとうごさいました。

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