0089日本@名無史さん
2015/04/11(土) 15:15:53.39だとしたら、北条氏では、当時の坂東武者の旗頭になりにくい。
先祖の平貞盛は、平将門を潰して坂東政権の夢を潰した張本人であり、
また、坂東八平氏の多くが、平将門と同盟関係にあった平良文の末裔たちであり、
平貞盛系は同族と言え、敵対関係にあったものだった。
貞盛の子孫である平直方と
平忠常(良文の後胤であり、母系では将門の子孫でもある)とも戦い、
源頼信が出てきたところで、忠常は降伏した。
これらのことからも、平直方の末裔であることは、坂東武者たちにとって
何の権威にもならなかったことが分かる。
平直方の末裔が唯一、自らの存在意義を高められるのは、河内源氏との婚姻関係であり、
直方の娘が頼義に嫁いで義家と義綱を生んだこと、
時政の娘が頼朝に嫁いで、頼家と実朝を生んだことである。