>>815
丹波山国は、持明院統の光厳天皇陵があり藤原氏西園寺家とのつながり深い。
山林での材木切り出し作業を生業としているため、銃の扱いは得意であった。
戊辰戦争では鳥取藩士としての身分で参加し、明治期に士族となっている家もある。

彼らは鳥取藩の俸禄は得ていないが、西園寺公より山林地主としての権利を受け継ぎ
遠征費を材木伐採で補填した。
成功報酬として立木を貰ったが、参加したころは手弁当での参加なのが謎だ。