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島津軍が七千で明・朝鮮軍が十万じゃの馬鹿げな大嘘兵力比較がまず破綻しとる。
明、朝鮮軍の戦死者も、自軍の島津軍の戦死者まで加えて、何倍も水増し敵兵戦死者と
して、島津軍の捏造戦果の敵兵死者数が増えるわけじゃし、特に泗川じゃ、
明、朝鮮軍が島津の迂回殲滅から退却し、島津勢は追撃して逃げ遅れた敵兵を島津
諸部隊が通過するたびに、敵兵戦死者が水増しに捏造されるわいのう。
ほいから、泗川の戦い自体、釣り野伏せりの延長の迂回包囲殲滅云う近代戦の
マニュアル通りじゃし、正面は火力鉄砲隊の時間稼ぎで、正面激突の敵も味方も苦しい
激戦でも無ぁし、迂回包囲殲滅方式で、兵力温存の為に敗走した明・朝鮮軍を追撃
しただけの猫騙し勝利に過ぎんよ。ほんまの激戦ガチンコ正面戦闘なら、疲弊して
敵さんを追尾出来る暇なんか無ぁわ。 
まあ九州将兵の戦闘のやり方は正面激戦避け、迂回殲滅の外へ広がる円形運動で、
オカマ堀りでケツ掻く姑息な手法しか出来んけぇのう。接近膠着戦となると
士気低下で安易で楽な玉砕選ぶ弱さじゃし、幕末戊辰の鹿児島の薩奸が如く九州人は
政治的にも、猫だましで陰湿な謀略ばっかしよのう。
島津軍の関ヶ原の正面の一角を開けての遁走劇もお笑いなんじゃが、徳川方が
側面挟み撃ち隊形で島津軍は迂回を阻まれたけぇ、逃げ道は、一角を開けるしか
無ぁし、遁走で追撃された失態例の癖に正面一角開け逃げを正面突破と
自慢する阿呆らがおるけぇのう。正面激突でお互いに死力を尽くし正面撃破した
わけでも無ぁ逃げ道敗走で、食い止め時間稼ぎの部隊、兵を見捨てて殿が逃げる
お粗末な戦闘に過ぎんのにのう。激戦戦闘に弱い九州将兵の戦さじゃのこの
程度なんよ。