「手当たり次第反日」という愚民化政策 - 中央日報 2019年05月10日

西洋の日本愛は過去形ではなく現在進行形だ。
文化から産業に、また欧州から米国に、むしろその領域を拡張している。
先週末ソウル聖水洞に長い列を作った「コーヒー業界のアップル」というブルーボトルとそのアップルの2社とも、米国人創業者が日本に魅了されて製品の中に日本の魂を溶かし込んだといっても過言ではない。

韓国人は「日本が単にお金で世界の人の歓心を買ってきたのだ!」と思い込もうと必死だが、真実の日本人は文化的な深さと驚異的な匠の精神で世界の人を魅了してきたということだ。
しかし韓国という色眼鏡を通した途端に日本は全く違う国になる。
いくら旧怨があるからと言っても、日本の実力から目を背けるどころか日本を貶すためなら事実を捻じ曲げることも、自らの指を食い千切る(比喩ではなく実際に集会で指を食い千切るパフォーマンスは頻繁に起こっている)ことも厭わない我々の姿勢は異常と言える。

実際に史料を見る勇気さえあれば、たちどころに歴史歪曲だと判明するようなことが事実であるかのようにまかり通り、事実を指摘されても訂正をするどころか謝罪もしない。
悲しいことにこういった現象は韓国において特に驚くようなことではない。
韓国で「手当たり次第反日」は常に免罪符なのだから。

事実を軽視した我々の「精神勝利」が、朝鮮建国以来、最悪の戦争につながった朝鮮通信使の誤った判断と何が違うのだろうか。
1592年、ファン・ユンギル正使は「外敵の侵犯に備えなければならない」と進言したが、全く同じものを見てきたはずのキム・ソンイル副使は「豊臣秀吉はネズミの目。恐れる必要はない」としてソンジョの判断を曇らせた。
この愚かな判断は皆が知っている通り、後に民が過酷な代償となって降りかかった。

「手当たり次第反日」は国内政治に利用しやすいのかもしれないが、国民を阿呆にして国を危機に陥れる。
壬辰倭乱、そして1997年外国為替危機の時にあれほど辛い思いをしたのに、私たちは事実ありのままの姿で見なければならないという当然の常識でさえ学ぶことができず、他人の助力に感謝も出来なかった。

我々に今本当に必要なのは事実を事実として受け止め、建設的な未来を目標として一歩ずつ前に進むという姿勢であるべきなのだ。

https://news.joins.com/article/23463310