>>61
まず、検索欄に「緯度経度を求める」と入力し、開いた画面の上から3番目の「googleマップで緯度経度を求める」を開いて、地図を拡大して北部九州のみやま市に移動する。
そして、北緯33度8分55秒、東経130度29分20秒の位置に東西南北を示す赤色の十文字印を置く。
さらに微調整し、国道443号と778号が交差する吉井信号から北へ約80mほどの国道443号の東側すぐの場所に十文字印を置く。
ここが中心点となる。卑弥呼の祭祀所があった場所と推定できる地点だ。
この地点が、纏向遺跡の大型建物Dの中心点、また伊勢遺跡の円周上の建物が向っている中心点と同じ役割を持った場所になる。

この地点から東西線や南北線に対して上下左右の5度の角度を1単位とすることは、纏向遺跡と伊勢遺跡の場合と同じ。
そして、中心点から特定の角度の軸線上に乗る対象物は、神社と山とする。
纏向遺跡の場合は、この対象物は大王級の墳墓であった。
伊勢遺跡の場合は、円周上の建物であった。
伊勢遺跡の東側の円周上の建物SB8が乗る中心点からの軸線をさらに延長すると、その軸線上に御上神社が乗っていて、
この軸線上に御上神社が建てられたことは建物SB8が意味した事象を実現するために建物が建てられたことを意味していると推測できた。
何らかの標識が中心点とSB8の建物跡に残されていて、御上神社が建てられた位置を示すことができたのではないかと考えられる。
その標識は、円周上の建物の場合、心柱と呼ばれる柱ではなかったかと考えることが可能だ。
そして、吉井の中心点からの特定の角度の軸線上に神社が乗っていることについても、同じ方式が用いられたと推測することができる。

さてここで、吉井の国道脇に想定した中心点からの軸線上に乗る対象物の角度と、この角度に重なる二十四節気の各節気を逐一挙げて行くことにする。

                                  続く