天平二年正月十三日、帥老の宅に萃(あつ)まりて宴会を申(の)ぶるなり。
時に初春令(よ)き月、気淑(よ)く風和(なご)み、梅は鏡の前の粉を披(ひら)き、
蘭は珮(おび)の後(しりへ)の香を薫らす。
しかのみにあらず、曙の嶺に雲移り、松羅(うすもの)を掛け、蓋(きぬがさ)を傾け、
夕べの岫(くき)に露を結び、鳥殻(となみ)に封められて林に迷ふ。
庭に新しき蝶舞ひ、空には故(もと)つ雁帰る。
ここに天に蓋をし地に座し、膝を促(ちかづ)け觴(さかづき)を飛ばす。
言を一室の裏に忘れ、衿を煙霞の外に開き、淡然として自ら放ち、快然として自ら足る。
若し翰苑に非ずば何を以て情を攄(の)べむ。
落梅の篇を紀(しる)さむを請ふ、古へと今と夫れ何ぞ異ならむ。
宜(う)べ園の梅を賦(よ)みて聊(いささ)か短詠を成すべし。