昆支は477年ごろに渡来した。
百済の都督権をめぐって争う倭国の大王位を取得し(日十大王、503年)倭国を無力化した。
倭国を百済の属国とした結果、中国への朝貢の必要はなかった。
600年のアマタリシヒコの隋への朝貢は百済に対する反旗であった。