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5世紀頃までの国境と守備軍事的長ヒナモリ Part1.1

0001日本@名無史さん
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2024/02/08(木) 16:19:29.40
ヒナモリ(夷守)がいた場所は魏志倭人伝によると
対馬国・一支国・奴国・不弥国
他には各地に地名として残るヒナモリ(鄙守)がいたと思われる場所は
小林市・妙高市・上越市・岐阜市茜部本郷など
尚2023/11/下旬にScript攻撃に遭い前スレがDat落ちしたので立て
直しました。その際過長Errorに応じスレタイ文字数を短縮しました

前スレ
5世紀頃までの国境とそれを守備する軍事的長のヒナモリについて語るスレ [無断転載禁止]c2ch.net
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history/1481201402/
0384日本@名無史さん
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2024/04/23(火) 20:05:56.14
「後漢書 辰韓伝」
辰韓耆老自言 秦之亡人避苦役適韓国 馬韓割東界地與之 其名國為邦 弓為弧
 賊為寇 行酒為行觴 相呼為徒 有似秦語 故或名之為秦韓

「辰韓の耆老は自ら言ふ。秦の亡人にして、苦役を避け、韓国に適く。
馬韓は東界の地を割き、これに與ふと。
その名は、国を邦と為し、弓を弧と為し、賊を寇となし、行酒を行觴と為し、
相呼びて徒と為す。秦語に似たるあり。故、域いはこれを名づけて秦韓と為す。」

(その名は、国を「邦人」と為し、弓を「弧を描く」と為し、賊を「元寇」となし、)
(行酒を行觴「回し飲み」と為し、相呼びて「徒党」と為す。)まんま、今の日本語。

初朝鮮王準為衛満所破 乃将其餘衆數千人走入海攻馬韓破之自立為韓王
 準後絶滅 馬韓人復自立為辰王
「初め、朝鮮王準が衛満の破る所と為り、乃ち、その余衆数千人を将ひ、
走りて海に入り馬韓を攻む。これを破り、自立して韓王と為る。
準の後は絶滅す。馬韓人はまた自立して辰王と為る。」
0385日本@名無史さん
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2024/04/23(火) 23:48:18.59
 フィリピン ベトナム インドネシア 「日本人 - Wikipediaより」

D1a2a 0 .......0 .........0

O1b2 ..0 .... 2.9 ....... 8.0 (日本人25.1%)
(47z)
O1b2 ..0 .... 1.4 ....... 8.0 (朝鮮民族33.3%)
(L682)
 C2 .. 0 .... 4.3 ....... 0.0 (朝鮮民族9.3% 漢民族華南5.0%)

>これから見るとベトナム人とインドネシア人のO1b2(47z)は、戦前の日本兵関係ないな
あれば、同数くらい (D1a2a) も出て来るはず、という事は古代中国南部からの流れか?
中国南部浙江省あたりにO1b2(祖先型 O1b2a1a (F1204)がいた。
湖南省の中国型F940も納得。そしてO1b2(47zとL682)も誕生。47zが先に済州島へか。

ベトナムは韓国軍の影響が少しあるな、ライダイハンの影響か。
0386日本@名無史さん
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2024/04/24(水) 16:59:15.22
シュメールや古代バビロニアの三種の神器である
武神のシンボルの剣
日像鏡
月像の首飾り

日本の三種の神器
草薙の剣(くさなぎのつるぎ)(スサノオ)
八咫鏡(やたのかがみ)(天照大神)
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)(月読命)
(シュメール神話により勾玉は月像であり、月神シン(辰)を表してる事が解る。)


中東では「勾玉」のデザインが良く使われる
欧州「ペイズリー」ペルシャ「ボテ(Boteh)」インドでは「ブータ」「カルカ」など。
0387日本@名無史さん
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2024/04/24(水) 16:59:53.55
日本の神話には8つの首を持つヤマタノオロチを退治したときに、
草薙の剣を得たという話があります。

シュメールの神話にも、7つの首を持つ龍を退治して、剣を得たという話があります。
これらを関連付けると、
日本の三種の神器はシュメールの神から授かったものという見方もできます。

じゃあ、日本にシュメール神話を伝えた者たちが居た、中東出身説のある秦氏か???
古代バビロニアの楔形文字で書かれた粘土板の物語りを記憶してた民族て事か???
0388日本@名無史さん
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2024/04/25(木) 16:54:26.08
アメリカ人の意見
http://www.tapatalk.com/groups/man/o2b-clusters-t1526.html

中国由来は詳しい人からすると殆ど有り得ないらしい
あのEbizurが言ってんだから間違いないよ

しかも2023年に日本人のデータが増えたことで、現時点では日本からの可能性が高い。
今回の調査で見つかったものはO1b2だけでなくO1b2aのサブクレードでさえ
現時点で見つかっているどのD1a2aよりも古かったみたい。
O1b2a1a-F1290も今のところ日本だけ。中韓では見られない傾向を示している
0389日本@名無史さん
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2024/04/25(木) 17:03:47.75
また、Inoue and Sato 2023 が、
日本人の10人からO1b2a1a-F1290
(xO1b2a1a1-47z, O1b2a1a2-F2868, O1b2a1a3-F3821)
Y-DNAを発見し、O1b2全体の1.42%を占めていることも注目に値します。

これらの系統は、主に川崎(5/109=全O1b2の4.6%)の試料で観察されていますが、
大阪(1/41=全O1b2の2.4%)、金沢(3/158=全O1b2の1.9%)、
徳島(1/106=全O1b2の0.9%)の試料でも観察されています。

韓国や中国からのO1b2a1a-F1290(xO1b2a1a1-47z, O1b2a1a2-F2868,
O1b2a1a3-F3821)の症例は確認されていません。

TheYtreeは現在、O1b2a1a-F1204の直下に3つの韓国のサンプルを集計していますが、
これらのどれもO-F1204*に割り当てられておらず、
それらすべてに「CASEID」ラベルが付いています。
0390日本@名無史さん
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2024/04/25(木) 17:05:38.13
すべては遺伝子の中に アジア人のDNAの秘密解明
https://spap.jst.go.jp › experience › topic_et_05
2021/11/19 — 23MofangもGeseDNAtも
遺伝子検査分野における約100社のうちのひとつに過ぎない。
中国では、この分野で2022年までに約4億500万米ドルの売り上げが ...
0391日本@名無史さん
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2024/04/25(木) 17:12:10.13
23mofangには現在、O-F1204で集計された1814人のメンバーと、
O-CTS10687、O-47Z、およびO-K4で集計された合計1812人のメンバーがいます。

これにより、23mofangのデータベースにはO1b2a1a-F1290の2つの潜在的な
メンバー(xO1b2a1a1a1-47z、O1b2a1a2-F2868、O1b2a1a3-F3821)が残されますが、

これら2つの個体の正確な系統発生位置は不明であり、地理的起源も不明です
(23mofangの膨大なデータベースには日本起源の個体が何人かおり、
予想通り、彼らは特に日本特有のクレードのメンバーの大部分を占めているため、
私が知っている限りでは日本人である可能性があります)。 D-M55、C-M8、O-47zなど)。
0392日本@名無史さん
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2024/04/25(木) 17:15:40.19
したがって、現生人類の男性から得られた遺伝的証拠は、
祖先のジャポニック集団におけるハプログループO1b2
(数的に優勢なO1b2a1a亜クレードを含む)の起源を示す傾向があるが、

弥生・ムムン考古学文化の拡大と同時期に大規模な集団増加を示す傾向もある。
0393日本@名無史さん
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2024/04/25(木) 17:38:08.95
23mofangによると、
現在の中国の男性の約0.12%がO-F940に属しており、そのほとんどが漢民族である。
O-F940の特定のサブクレードは、湖南省北東部(湘潭、宜陽、長沙など)の
漢民族の姓であるZōu(周)の間で非常に一般的であるようです。

したがって、O-F940の祖先は、
同じ拡大していた初期のムムン/弥生集団から出現した可能性があります。

もしかしたら、彼は殷周革命時の東夷系家臣だったのかもしれません。
0394日本@名無史さん
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2024/04/25(木) 17:50:08.72
O1b2a1aのサブクレード(O1b2a1a1-47zは主に日本に分布しているが、
O1b2a1a2-F2868は韓国と中国で比較的一般的である)

と同様に、O1b2(xO1b2a1a)の組成に関して、
日本と韓国と中国の間にはいくつかの違いがあるようである。
0395日本@名無史さん
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2024/04/26(金) 22:55:13.97
ハプログループNOの親タイプのK2aのパラグループK2a*は、シベリアのウスト・イシム人
(45,000年前)とen:Oase 1(37,000〜42,000年前)のみから見つかっている。

ハプログループNOのうちハプロググループOにもハプログループN1にも属さない
NO-M214(xN1-LLY22g, O-M175)が日本の徳島で5.7%、福岡で3.8%観察されている。
子系統 N (M231)、O (M175) 発生時期34.600±4.700 年前(別のソースによると
33,000 [30,900 ↔ 35,200]年前あるいは41,500 [37,400 ↔ 45,600]年前)
にハプログループK2から誕生した。推定発生地 東アジア北部

ハプログループO1 (Y染色体)(ハプログループO1 (Yせんしょくたい))は
ハプログループO (Y染色体)のサブグループであり、「F265/M1354, CTS2866,
F75/M1297, F429/M1415, F465/M1422」の変異で定義されるタイプである。
発生時期 今より約34,042 [95% CI 32,387 ↔ 35,708]年前 発生地 東アジア南部
0396日本@名無史さん
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2024/04/26(金) 22:55:46.69
ハプログループO-M268 (Y染色体)(ハプログループO-M268 (Yせんしょくたい)、
系統名称ハプログループO1b。 ハプログループO1b1とO1b2の親系統。
発生時期上限は33,181(95% CI 24,461-36,879)年前。 推定発生地東アジア

ハプログループO-M176 (Y染色体)(ハプログループO-M176 (P49)、
系統名称ハプログループO1b2 発生時期31,108(95% CI 22,844〜34,893)年前

O1b2a (F1942/O-F855) - 最近共通祖先 11,500 (99% CI 14,378 ↔ 9,047)年前。
O-F855の子孫はこれらの国の出身です 日本 71 大韓民国 31 中国 10 モンゴル国 1
O1b2a1 (CTS9259) - 最近共通祖先 10,492 (99% CI 13,140 ↔ 8,238)年前。

O1b2a1a (F1204,F3356,K10)最近共通祖先 7,436 (99% CI 9,395 ↔ 5,782)年前。

O1b2a1a1 (47z, K7) - 最近共通祖先 6,303(99% CI 8,140 ↔ 4,780)年前。
主に日本人(22.0%)及び韓国人(約8.5%)に見られ、中国(全国男性人口の約0.18%、
満洲族約0.78%、蒙古族約0.72%、回族約0.12%)等でも稀に見られる。
0397日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/27(土) 00:42:53.24
O-K10の最も近い共通祖先はKarmin氏等が2022年に発表した論文によると
約7,900 (95% CI 9,449 ↔ 5,624)年前に誕生したと考えられる。

現存するO-K10は三つの異なるサブクレード、
(O1b2a1a1-K7/O-47z)、(O1b2a1a2-K4)、及び(O1b2a1a3-CTS10687)に大別される。
O1b2a1a1にもO1b2a1a2にもO1b2a1a3にも属さない、所謂O1b2a1a*に分類される
O-K10/O-F1204のY-DNAは、日本(川崎市のサンプルでは全てのO1b2の4.6%を占め
比較的多いが、金沢市、大阪市、徳島市のサンプルでも同様のY-DNAが観察されている)

と韓国(大田133人のサンプル中1人)のサンプルの中から稀に検出されている。
0398日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/27(土) 21:50:55.54
 K2

K2a K2aのパラグループK2a*は、シベリアのウスト・イシム人(カザフ北部)
| (45,000年前)とen:Oase 1(37,000〜42,000年前)のみから見つかっている。

NO NO-M214(xN1-LLY22g, O-M175)が日本の徳島で5.7%、福岡で3.8%
| 観察されている。また漢民族、プイ族、イ族、マレー人、モンゴル人、ダウール人
| エベンキ、朝鮮民族などでもごく低頻度ながら観察される。

|ーN:極北で見つかり、ヤクート、フィン・ウゴル系民族、サモエードで高頻度。
| 古代のサンプルでは仰韶文化、紅山文化、古代ハンガリー人支配層、匈奴、
| 古ヤクート、そして(O2と混合した形で)夏家店下層文化で観察される。

|ー O:東ユーラシア最大系統。O2はシナ・チベット系、龍山文化、ミャオ・ヤオ系、
| 大渓文化、(Nと混合した形で)夏家店下層文化から、
| O1aはオーストロネシア系民族,また良渚文化に多く,O1b1はオーストロアジア系。
| O1b2は日本及び朝鮮半島で比較的高頻度。
0399日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/27(土) 22:33:41.31
>>395

ハプログループ O1a/O-M119 (Y染色体) 系統名称。
O-M119系統は台湾先住民に66.3%[8]-89.6%[9]の高頻度で観察され、
東南アジアの半島、島嶼部(ニアス島で100%[9])、オセアニアにも高頻度であり、
オーストロネシア語族との関連が想定される。

O-M119は現代中国に於いては全国男性人口の約11.08%を占める[11]が、
その大半(中国全国男性人口の約5.97%)は今より約5,410年前[6]
または4,622(95% CI 5,597 - 3,809)年前[4]に一人の共通祖先をもち
良渚文化と関係があろうと推測されているO-F81というサブクレードに属している。
0400日本@名無史さん
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2024/04/29(月) 02:39:39.00
age
0401日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 03:44:31.38
またage
0402日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 03:54:42.50
ageる
0403日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 04:28:21.48
いち
0404日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 04:41:21.01
えー
0405日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 04:54:21.17
なみ
0406日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 05:42:50.78
あー
0407日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 06:58:40.54
0408日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 07:07:19.46
ひー
0409日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 07:22:50.55
うん、なんだがや
0410日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 15:47:16.56
0411日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 17:05:43.50
えー
0412日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/29(月) 20:52:11.54
おくら
0413日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/30(火) 16:44:28.35
なると
0414日本@名無史さん
垢版 |
2024/04/30(火) 22:15:08.42
ハプログループO (Y染色体)「M175」。ハプログループNOの子型。
 ↓
ハプログループO1 (Y染色体)。 O2・O-M122 主に漢族型の兄弟。
「F265/M1354, CTS2866, F75/M1297, F429/M1415, F465/M1422」
 ↓
ハプログループO1b。 O1a・O-M119 台湾型と兄弟。
「M268, L463, F167/L690, P31」の変異で定義づけられる系統である。
 ↓ 発生時期、上限は33,181〜31,108(95% CI 22,844-34,893)年前分岐。
 ↓
ハプログループO1b2・O-M176 (P49)。 O1b1・O-F2320 長江型の兄弟。
 ↓  共通祖先は、25,800 (95% CI 28,400〜23,300)年前分岐。
 ↓
3代省略、ひ孫系統
O1b2a1a (F1204,F3356,K10)(主に日本からしか発見されない)親型
0415日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/01(水) 00:04:12.22
かスクリプト対策
0416日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/01(水) 03:43:05.52
dスクリプト対策
0417日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/01(水) 18:20:46.99
柱ははしら
0418日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/01(水) 23:53:00.44
>>414
が全て満たされる場所は長江周辺しかあり得ない
その中からDNA上3代目子孫がO1b2a1a (F1204,F3356,K10)が日本列島へ
当時、黄海、東シナ海、は陸地化してて湿地帯だったんだろう。
0419日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/06(月) 01:46:30.69
魏志馬韓伝、にある国々で下の8か国はすでに卑弥呼時代(3世紀)には、
邪馬台国の軍事勢力圏に入ってたと考えられる。

これらは邪馬台国時代の軍事的長(卑奴母離)を(卑離)と記録者が省略化したのだと思う。
卑離(ヒリ)国
占離卑(センリヒ)国 ←(単に写し間違いと思われる)
監奚卑離(カンケイヒリ)国
内卑離(ダイヒリ)国
辟卑離(ヘキヒリ)国
牟盧卑離(ボウロヒリ)国
如来卑離(ジョライヒリ)国
楚山塗卑離(ショサントヒリ)国
0420日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/06(月) 01:47:20.20
ヒナモリ(卑奴母離、比奈毛里、鄙守、比奈守、夷守)は、

3世紀から4世紀頃の日本の邪馬台国の国境を守備する軍事的長の名称。
後に地名、駅名、神社名等に残る。
またヒナモリの「モリ (守) 肥後守ひごのかみ」などカバネとしても使われた。

邪馬台国時代の軍事的長。
『魏志倭人伝』は、邪馬台国に属する北九州の対馬国、一支国、奴国、
および不弥国の副官に「卑奴母離」(ヒナモリ)がいたことを伝えている。

これらの国々は邪馬台国の外国交易ルートに位置し、
外敵や賊に対する守りを固めるために置かれた男子の軍事的長の称号と考えらる。
0421日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/06(月) 01:48:48.52
4世紀は高句麗によって楽浪郡を滅ぼされ(313年)中原の支配から解放され
伯済國は百済へと斯盧國は新羅へと纏まって建国して行ったんだろう。

南部の倭人地域は混乱したが卑奴母離(ヒナモリ)などの
一定の軍事力は保持してただろうが、北部から高句麗勢の軍事力をバックに

南下政策をとった過程で倭国の勢力地域も侵され高句麗、百済、新羅、倭国の
四ツ巴、戦闘状態の天地が引っくり返る様な状態な時
0422日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/06(月) 01:50:20.72
そこで、登場したのが「神功皇后」で息長氏の先祖が新羅王アメノヒボコ。
おいっ、待てよ、新羅は我が先祖の領地だぞよと、
昔の三韓の領地を還せと、返還しないなら征伐だと、その過程が例の下の好太王碑文。

百済・新羅はもと高句麗に服属する民で、これまで高句麗に朝貢してきた。
ところが、倭が辛卯の年(391年)以来、海をこえて襲来し、
百済や新羅などを破り、臣民とした。百済とは七支刀を送り同盟関係が出来てた。

そこで好太王は、396年にみずから水軍をひきいて百済を討伐した。
0423日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/06(月) 01:51:25.29
この過程を表したのが例の、倭王武の上表文。

478年,中国南朝の宋に倭王武(雄略天皇)が送った上表文。
「宋書」倭国伝にみえる。武は上表で、東は毛人(えみし)55国を、
西は衆夷(しゅうい)66国を征服して国内を統一、

さらに海北の朝鮮半島南部95国を平定したと誇示したうえで、
475年に百済(くだら)の21代蓋鹵(がいろ)王を殺した高句麗に対抗するため、

「使持節、都督倭・百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七国諸軍事、
安東大将軍、倭国王」の称号を求めた。
が、すでに宋に朝貢している百済を除いた称号は認められた。
0424日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/06(月) 01:52:46.70
七支刀。
日本書紀等の史書では、百済が倭に対して複数回朝貢し人質を献上していたことが
記述されているが、この七支刀献上に関して、
日本書紀神功皇后摂政52年条に、百済と倭国の同盟を記念して神功皇后へ
「七子鏡」一枚とともに「七枝刀」一振りが献上されたとの記述がある。

紀年論によるとこの年が372年にあたり、
年代的に日本書紀と七支刀の対応および合致が認められている。
銘文の冒頭には「泰□四年」の文字が確認でき、「泰」は「太」と音通するため。
東晋の「太和四年」(369年)とする説(福山敏男、吉田晶、浜田耕策ら)。
0425日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/06(月) 01:54:54.35
>謎の4世紀とは、こんなもんか??
邪馬台国の女王卑弥呼が(ひみこ/ひめこ、生年不明 - 247年)ころ亡くなって
倭国騒動で女王豊トヨが共立され、
時期は10代崇神〜11代垂仁天皇(伊支馬イクメ・イリヒコ)(260年頃から〜)

(310年頃から?)
4世紀、この頃、高句麗と楽浪郡との攻防で半島は大混乱期
倭国は卑弥呼時代からの九州熊襲討伐、12代景行、ヤマトタケルで奮戦中。
西は衆夷(しゅうい)66国を征服して国内を統一を目指し中。

(360年頃かな?)
そして14代天皇仲哀天皇9年2月の崩御、遺志を継ぎ、
女豪族・田油津姫を討ち、熊襲の支援国新羅征伐へと方向転換し、
百済と倭国の同盟を記念して神功皇后へ「七子鏡」「七枝刀」372年。
三韓征伐へと向かう辛卯年(391年)の出来事。
0427ネトウヨボクメツ隊!
垢版 |
2024/05/11(土) 19:28:53.08
日本神話は印欧神話と偶然とはいえないレベルの類似点を示すことが分かっている
これが意味するところは日琉民族の神々の起源が大陸にあったという事である

ネトウヨは縄文文明などというが、実は日本人の神概念は縄文由来ではなく印欧系民族やウラル系民族との接触で培われたものなのである。
実は日琉のアイデンティティは遼河文明の偏堡文化人→韓半島の無文土器文化人→日本列島の弥生人→ヤマト王権の倭人→現代の日琉人という流れで繋がっているのである

日本人は縄文の精神文化を受け継いでいるのはアイヌの方々であると素直に認めなければならない
0428日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/25(土) 13:00:18.51
魏志倭人伝に記載されている「ヒナモリ(夷守)」って、実は対馬国、一支国、奴国、不弥国以外にもいた可能性があるんだって! 教科書には載ってないから、私もつい最近知ったんだけど、各地に「ヒナモリ」って地名が残ってる場所があるんだよ。例えば、宮崎県小林市や新潟県妙高市、上越市、岐阜市茜部本郷なんかがそうらしい。

もしかしたら、ヒナモリって単にひとつの場所じゃなくて、辺境を守る砦みたいな役割を担った場所の総称だったのかも? まだまだ謎が多いんだけど、古代日本の歴史って奥深いよね!いつかもっと詳しく調べてみたいな。
0429日本@名無史さん
垢版 |
2024/05/25(土) 16:06:00.67
ヒナモリ(卑奴母離、比奈毛里、鄙守、比奈守、夷守)は、
3世紀から4世紀頃の日本の邪馬台国、ヤマト王権の国境を守備する軍事的長の名称。

後に地名、駅名、神社名等に残る。
またヒナモリの「モリ (守)」はカバネとしても使われた[1]。
「肥後の守 ひごのかみ」「越前の守 えちぜんのかみ」などの「守 かみ」など。
魏志倭人伝の卑奴母離は、奈良時代以後の夷守(ヒナモリ)と同じ言葉と見られる。

[1] 歴史学の大家、太田亮『日本上代における社会組織の研究』1921年の中で。
0430日本@名無史さん
垢版 |
2024/06/04(火) 14:00:41.08
>>3
『魏志倭人伝』に記された官名続き
_____邪馬臺國   長官−伊支馬(いきま)·彌馬升(みます)·彌馬獲支(みまかき)·奴桂鞮(なかて)      副官−***
_____狗奴國    長官−狗古智卑狗(くこちひこ)      副官−***
0432日本@名無史さん
垢版 |
2024/06/04(火) 21:50:09.59
>>428
>各地に「ヒナモリ」って地名が残ってる場所があるんだよ。例えば、
>宮崎県小林市や新潟県妙高市、上越市、岐阜市茜部本郷・・・・・
倭人とは言語・習俗など文化の異なる(敵対するかもしれぬ)種族の日本列島の盤踞地との
境界地に置かれた守備・監視施設の名残りなのだろうか?
小林市は対熊襲・隼人族、妙高市・上越市>>1はAD640年代にヤマト王権が設けた「沼垂柵」同様に
北の対蝦夷と推測できるが濃尾平野只中の岐阜市付近に棲息していた異種族って何族なのだろう?
古代のある時期まで東隣の尾張西部or北隣の美濃北部にも蝦夷が盤踞していたのか?
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