何故官僚たちが無能なのか。それは東大においては最も無能な学生に優をつけて官庁へと送り
込んでいるからである。単なる情報処理能力に長けた、頭脳の馬力だけはあるが目や耳の利か
ない勘が悪く方向音痴な人材、別の言い方をすればレポーター/下調べ役スタッフとしては優
秀でも、「リーダー」として求められる方向決定能力・未来予知力のない人材にこの馬鹿な
大学は優をつけてきた。戦後すぐまではそれでもかなりよい人材に優がついていたが、受験
社会が進むにつれて優がついた学生が真に優れた資質を持つ学生と乖離してきたのである。
問題察知能力・解決追求能力に欠け、単にそのときどきの時代においてこれが現在の最新の
知見とされているものをペラッと受け入れて馬力の大きな頭脳をもって鸚鵡のように繰り返
すだけのクローン型学生に優がついてきたのである。実に馬鹿馬鹿しい大学である。
何故そこまで「考えない」大学になったのか。それは敗戦以降米国の支配が綿々とつづいて
いるからであり米国が決めたことに日本政府は沿うだけだから「深く考えたり」「日本の自
立した国益を追求したり」する日本人は邪魔にされてきたのであろう。それゆえ日本の社会
構造と法律を中心とする制度には普通の原理原則的思考からはありえないような歪曲があち
こちに見られるのである。真に優秀な学生は若いうちからこのことに気づいている。
 米国支配下にあって歪曲された社会について「深く考えたり」「原理原則的思考を放棄し」
「自立した国益を追求したり」しないような教育をしてきた大学が海外からの留学生など期
待する方がどうかしているのである。一体外国人が何を学ぶというのであろうか? 「米国へ
のスマートな服従法を学びに来ました」という殊勝な外国人以外東大は用無しなのではない
のだろうか。このことを思うと涙の出るような苦笑しか浮かびはすまい。東大には秋入学を
うたって原発事故で地に落ちた世間の信頼と日本社会でのリーダーシップを取り戻そうとす
る発想よりも教育内容の見直しが先決なのだ。
官僚と大学による完全な人災である福島の原発事故巨大災禍のツケを国民に回し、自分たち
の責任は知らぬふりという消費税増税は決して許されるものではない。