おまいらが昭和天皇なら戦争をどう止めたのか発表
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即位した当時25歳の若造で、
即位翌年からいきなり昭和金融恐慌やら山東出兵といったディープな
事件が連発する歴史的背景を踏まえて語れ。
「神の一声で無理やり止めさせた」とかの歴史的背景や人間関係を考察しない
中学生のような書き込みは禁止、もしくはスルー。 >>69-71
おそらく大日本帝国憲法について基本的なことを理解していないと
思います。
大日本帝国憲法は制定時、ヨーロッパの最先端の憲法理論を取り入れて
作られたものです。
もっとも、戦後の日本の教育においては、現行憲法を賛美するあまりに
君主支配を確立するための形だけの憲法というような扱われ方をしているため
実態が不明となり、戦前の政治体制をより不鮮明にしてしまい、
ひどいものは天皇独裁国家だったというような、戦時中の敵国のプロパガンダ
をいまだにそのまま信じてしまっているような人たちがいるほどです。 >>69-71
大日本帝国憲法第55条
國務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス。
凡テ法律勅令其ノ他 國務ニ關ル詔勅ハ國務大臣ノ副署ヲ要ス。
天皇はすべての国務に関する権限に各大臣の副署を必要とし、
独裁的な権限はもたない。が、大臣(内閣)は天皇の署名を必要とし
その裁可を仰がなければならないし、天皇に対する責任を負わなばならない。
ゆえに国の重要事項については天皇の公然たる「御下問」があり、
各大臣は議会での説明責任とは別に、天皇に対する厳しい説明責任を負わ
ねばならなかった。
しかし、時代の変遷により内閣制や議会政治が発達して来ると、
天皇はいまでいう「民主」「民意」
を尊重し、その決定に異を唱えることはなくなっていったのである。
また、このことは全ての政治においてそうであるように
天皇個人の資質、政治力にも左右される面が多分にあった。 この一見、わかりにくい大日本帝国憲法の理論とシステムを理解するために
明治天皇はじつに33回もの講義をシュタインから憲法を学んだ
藤波侍従から受けて、自身の憲法上の地位と役割を自覚されるに至ったのです。
このことは、明治天皇がその憲法というものを理解したうえで大日本帝国の
君主をしていたということを表しており、巷の「天皇はお飾り」的な
不勉強からきた先入観のイメージとはまったく違うものであった
ことを証明しています。 天皇というのは一見、絶大な権力をもっているかのように
扱われながら、いざその(有形無形の)権力を使おうとすると
周囲からの強烈な反対が起こることは、日本の歴史の各時代に
見られることである。
最近では今上天皇陛下がご自身の進退の問題をあきらかにした際に
日ごろ天皇を敬っていると表明していたははずの保守陣営から
強烈な反対意見が起きた。
さらに、非公式に進めようとしていた女性宮家についてはとくに
保守陣営によって事実上潰されてしまったのだが、その後
保守陣営側から皇統を安定的に存続たらしめる他の案は今に
到るまでまったく出されてこない。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています