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「イジメ」の原因を法律家は考えられない。精神医学者も同様だ。なぜなら彼らは社会の使徒であるに過ぎないからだ。そんな者たちに身を委ねているのが君たちだ。
君たちが「本当に」生きようとするなら、まず自分自身が自由な精神に至り(これは困難<死ぬかもしれない>のだが)、無知と戦うしかないのである。戦うといっても、多勢に無勢である。
君にはもうその体力はあるまい。わたしは悲しく思う。私は今、泣いている。本当に。

したがってIQ重視の教育は直ちにやめるべきである。人間が誕生したのは、必然かもしれないが奇跡である、人間の人生からすれば。人間の意識は目は、宇宙自身の眼なのだ。
ちっぽけな社会の眼なのでは決してない。それがわかる人は、稀なのだ。何故稀なのか? それはほとんどすべての人間が、社会的に規定されるしかないからである。それを凡人というのだ。
そして君たち凡人の規定から少し外れるものは、「イジメ」の対象に選ばれやすい。なぜなら凡人にとって重要なことは、「現在の」自分たちの安寧以外ではないからである。だから厄介事は
には触れない。彼らには、全くといっていいほど血縁関係しかない。それが現在の、いや永久に続く現実なのだ。だから人間は、情操教育を決して忘れてはならない。感情とは無比の優れたものである。
まあ、悪くも働くけれどもそれは仕方がない。全ては諸刃の剣なのだ。

だはらイジメをなくそうとすれば、やはり個人を鍛錬するしかない。それは家庭でもそのほかでもということだ。鍛錬とは、危機に瀕しても「正義」を貫ける人格のことである。それができなければ
イジメはなくならない。そして経済至上主義も。