【THE LEGEND】シンボリルドルフ強すぎwwwwwwwwww【永遠なる皇帝】
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シンボリルドルフ (Symboli Rudolf) は、日本の競走馬である。
日本競馬史上4頭目の中央競馬クラシック三冠馬(無敗で三冠達成した初の馬)であり、
その他のGI競走を含めると史上初の七冠馬でもある。
1984年度優駿賞年度代表馬および最優秀4歳牡馬、1985年度同年度代表馬および最優秀5歳以上牡馬。
主戦騎手は岡部幸雄。
1987年、顕彰馬に選出された。
性別牡
毛色鹿毛
生誕1981年3月13日
死没2011年10月4日(30歳没)
登録日1983年4月13日
抹消日1986年12月17日
父パーソロン
母スイートルナ
母の父スピードシンボリ
生国日本(北海道門別町)
生産シンボリ牧場
馬主シンボリ牧場
調教師 野平祐二(美浦)[
調教助手藤沢和雄
厩務員 伊藤信夫
競走成績
生涯成績16戦13勝
(日本)15戦13勝
(アメリカ)1戦0勝
獲得賞金6億8482万4200円 85年、ジャパンカップ。
ある男が言った。「競馬に絶対はないが、”その馬”には絶対がある。」
勝利より、たった三度の敗北を語りたくなる馬。
シンボリルドルフ。永遠なる皇帝。
その秋、日本は世界に届いていた。
―2013年ジャパンカップCMより JRAの最強は
ディープでも
オルフェでも無く
これだろ
中央のG1七勝を
破らない限りこの馬を
越えた事にはならない >>1
まーた昭和競馬でしか比較できないジジイがスレ立て 岡部は当時ビゼンニシキと悩んだやろうな
だがこの馬を選んで正解だわ
12月に施行された有馬記念ではカツラギエース、シンボリルドルフ、ミスターシービーの3頭が単枠指定された
GT級レースにおける3頭の単枠指定は1978年の天皇賞(春)でグリーングラス、プレストウコウ、カシュウチカラの3頭が単枠指定されて以来6年ぶり2回目だった 当時は今のバシュー、机、津村レベルの岡部を一流ジョッキーに育ててあげた、人知をを超えた馬 JCのTHE LEGENDはカツラギエースでやって欲しかったわ 亡くなる直前までカッコ良い馬体を
見せつけてくれた
さすがは皇帝だわ
https://i.imgur.com/VVwKEZn.jpg 岡部は迷うことなくルドルフを選んだと手記にあった
競馬のけの字も知らなかったけど
テレビや新聞の報道でルドルフを知り、本や写真集も本屋にはあり、自然とルドルフに惹かれた おじちゃんたちがなんていおうとでぃーぷいんぱくとがいちばんつおいんだい! こんな超絶不人気馬が話題になるのだから時代は変わったww >>13
しかもテイオーを出した初年度の種付け数たったの45頭だからな
今みたいに100頭も200頭も付けられる時代じゃなかった
それで大物出したんだから大したもんだよ 米国遠征時の人間関係のゴタゴタは返す返すも残念
オーナー独断でサンルイレイSってなんなんだよ >>15
>こんな超絶不人気馬が話題になるのだから時代は変わったww
ミスターシービーを破ったんだが?
ミホシンザンも破ってんだが? 明らかに今の馬より強いな。
柔軟性とかバネのレベルが違う。 別に不人気だからって怒ることはないだろ
強すぎて人気がなかったんだから >>22
皇帝が三度負けたことを事件として
理解出来ない奴が多いんだわ
ディープの薬物凱旋門より重要な
ターニングポイントだよ >>10
クリスエスが二番人気なのがおかしいけどなファインモーション一番人気とかヤバイわ 今見たらたいしたことない。キタサンブラックレベルでしょな。ブライアンに勝てる要素がない >>26
南井がいないなら武でも12着だよ
ナリブはビワハヤヒデやウイニングチケットより
弱くね? >>17
異国の地に、しかも歓迎されざる陣営に1頭ポツーンと放り出されたら
いくら皇帝の精神力をもってしても、な
おまけにレースでいきなりダートを横切らされるし、で 3度目の敗北は語りたくなるどころかほぼ日本競馬史における黒歴史の一つ扱いなような ただ勝つだけではなく勝ち方に品があったな
人智を越えた空前絶後のスーパーホース 強すぎてGIの馬券売れなかったみたいねw
GIの売上ルドルフ時代だけ低いとか
まさに最強 >>29
>歓迎されざる陣営
野平厩舎スタッフ帯同してなかったとか
不調のルドルフを見かねた野平が岡部に回ってくるだけにしろと内緒で指示したとか
とにかく残念なエピソードがてんこ盛り 芝G1七勝馬は揃って人気ないよな
そこまで勝つと隙が無くてつまらんからだろうか シービーもブライアンもディープもオルフェも回避した3歳JCに出走した唯一の三冠牡馬
カッコいいわ 昭和の三大強くても人気なかったのは
北の湖
阪急ブレーブス
シンボリルドルフ つうか、JRAのCMはようラッタッタから
馬主体の奴にしろや
いちいちカッコいいCMでいいんだよ!! カツラギエースに完敗したり
JCも2着が地方の駄馬だったり
海外では全く通用しなかったり
種牡馬としても大失敗
言うほど強くはない
着差も大したことないし今なら劣化オペと叩かれてただろ 裕ちゃん
後にも先にもルドルフを越える馬は出ません。
人知を越えた馬です。 シンボリクリスエスみたいにシャダイスタリオンに繫養されていればなあ
後継馬にもめぐまれただろうに ディープ、オルフェ、ブライアンは主戦以外の騎手や調教師達が何人も最強馬にあげている
ルドルフ、オペ、エルコンは主戦と所属厩舎関係者以外誰も最強にあげない
つまりそう言うことなんだろう >>43
どうでもいいディープ産駒よりトウカイテイオー1頭で十分だろ シンボリルドルフの人気の無さには、鞍上が能面岡部幸雄というのと皐月賞でのダーティな
勝ち方に一因があるんじゃないかなぁ。
岡部が最後の直線真っすぐ走らせていれば、恐らく勝ったのはビゼンニシキ。 >>48
Wiki読んできた
簡単にまとめると
・デビューして2戦を圧勝レコード勝ち
・成績不振で渡米するも未出走で行方不明に
・アメリカの繁殖牝馬セールで吉田善哉が偶然発見、元馬主に連絡
・吉田が1000万円立て替えて落札、帰国して繁殖入り >>50
わざわざ有難う
読んできたけど思いも掛けずマリキータのドラマに触れてしまった 3歳有馬に出走した最初の三冠馬でもあるんだよなルドルフは
三冠牡馬が3歳有馬に出走する伝統を作ったのはルドルフと言っていい >>35
今のヌルローテと違い昔は菊が11月1周開催だしな
当然休養などの技術としても昔のが低い
その中で3歳JC挑戦は最強である証拠 >>5
悩まなかったって言ってたろ?確か
選ぶとか悩むとかのレベルになく、問題なくルドルフ
と言ってたはず でもあのJC参戦はその後尾を引いただろ
古馬になって跛行
休み明けぶっつけの秋天はギャロップダイナに
見事にやられた
まあ大きな怪我をして大変なことにならなかった
だけでも良かったのかな >>55
あの時って中1週でJCだったから、菊は11月2週じゃない? ルドルフの唯一評価されるところだよね、JC挑戦
「中一週でそっと調教しただけだった。しっかり調教していたら勝っていた」とか陣営が泣き言を言うんだよなw
その時点での日本最強馬がJC未出走ってのは本来あってはならないことだ
というわけで前年のJCのかっこいいお話があるのに忘れられている 強すぎて人気なかったとかシービーの方が人気あったとか散々言われてるけど当時から30年以上経ってもまだ語られるんだから結局結果残した奴が勝ちなんだなって
35年経ってまだ七冠が破られてないってのは凄まじいわ
素直に凄いしかっこいいリアルで見たかった あの時代から競馬始めたニワカは中1週が驚きなんだろうな
連闘で菊花賞勝った馬がいたり
トライアルが本番の2週前から中2週に変わった時期から何年も経ってないじゃん 3歳時(今の2歳)、JC当日のオープン特別を使って
日本にもこんな凄い馬がいることをアピール。
和田さんらしい。 馬鹿なヤツがいるもんだ
連闘で菊花賞勝ち?
菊花賞の3千走ってから中1週で各国から集まった古馬相手のG1走る方がキツイわ >>39
菊から中1週でJC出走を考慮してない無能乙。お前無能だから競馬やめろ シンザン:菊花1着→有馬回避
シービー:菊花1着→JC回避→有馬回避
ルドルフ:菊花1着→(中1週)→JC3着→有馬1着
チケット:菊花3着→(中2週)→JC3着→有馬11着
スペ:菊花2着→(中2週)→JC3着→有馬回避
ジャンポケ:菊花4着→(中4週)→JC1着→有馬回避
つえーわルドルフ アドルフよりずっと後の どの馬も間隔詰めなくなった近代で
エリザベスで走って中1週のJCで連対したメス馬のエアグルーヴの方がよっぽどキツいけどな 2着だと伏兵に足元を救われたと見ることはできるけど、3着だからな…
せめて国内では負けるとしても2着までだろ JC回避した余裕ローテで3歳有馬負けるよりはマシやろ あの当時凄いなと思ったのは休み明けの日経賞。
調教みたいに手綱持ったまま逃げて楽勝 そのブライアンも4歳以降は自ら霞んでしまったな
たかがG2ごときで大差勝ちして故障とかしょーもなさすぎ
半分以上は鞍上が悪いけど >>49
映像観て言ってる?
直線ルドルフはビゼンが並んでくるまで追い出しを待ってビゼンが身体半分の所まで来た所で追い出し
そこでまずビゼンがルドルフに接触してルドルフが少し内に入って2頭の間がやや開く
ルドルフが体勢立て直して外のビゼンに併せに行って1馬身抜け出す
ここでもう決着はついてるのよ、マークしてた方が並びかけにいった方が突き放されてるんだから
ルドルフがその勢いのままビゼンの前をカットする形になったのはゴール前50m辺り
1馬身ビゼンの前に出てるからビゼンの前に入ってる
並んだ位置から抜け出した方が前に入っただけだから降着も無いし着順が入れ替わるはずもない
シービーのダービーで降着が無いのも同じ事
元々前にいた馬が伸びてきた馬をカットしたんじゃなくて同じ位置から抜け出した馬が前に入っただけだから だがしかし、ルドルフは昭和で一番アンチの多い馬でもあった。
老害からは、シンザンのほうが強いと揶揄されていたのは事実。
今のアンチディープと全く同じ。 >>70
日経賞後の
大橋巨泉の解説
岡部君は酷いことしますねえ
あ〜いう事するから嫌われるんですよ
何やったと思います
ウォークオーバーですよ
アメリカで時々あるんですけど
強い馬が出てくるとみんな回避しちゃって
一頭だけでコースまわって賞金もらうんですよ
だって今まで抜かれた事のない馬なんだから
世界のマジェスティーズプリンスでも抜けなかった馬が
日本の馬に抜かれるわけないんで
もうスタート直後でこのレースは終わってたんですよ
馬も憎たらしいけど騎手もちょっと憎たらしいね
ピンカイJr かなんかになったつもりなんだろうね >>6
岡部って若手の頃は目立つ存在じゃなかったの?
っていうかルドルフの頃はもうベテランで派閥の長じゃなかったの? >>77
ルドルフの前も既に全国でも2〜4位だったからバリバリだったよ
ルドルフ以降、オグリ以降はさらに数字を伸ばして91年〜97年がピークで勝率オール2割超えだな >>5
>岡部は当時ビゼンニシキと悩んだやろうな
こんな事言ってる時点でクソにわかじゃねーか
全く悩まなかったって有名なエピソードなのに >>74
映像観て言ってる?
皐月賞では4角でルドルフが早めに先頭に立ったところを直線に入り外からビゼンが猛然と被せてきた
脚色は明らかにビゼンの方が良く直線2度、3度と執拗に岡部が馬体をぶつけた
ビゼンは元々内に刺さる癖があったため大きく内に切れ込み十分に追えず脚を余して負けた
当時識者の間では不利がなければビゼンが差し切っていたという見解も少なくなかった ルドルフの全レースをリアルで見てた人ならわかるが、
ルドルフは府中では優秀なGT馬にすぎなかった。
カツラギに負けたJCも中1週の影響ではなく実力だったことが彼の後の
キャリアを振り返ればわかる。
ただ中山の2000〜2500ならクリスエスやオルフェとも勝ち負けできる。 >>74
映像観て言ってる? との事ですので当時の皐月賞動画をYouTube等で観てみましたが、
肝心のファストアタックのシーンはどの動画も最内の馬にズームされ外の両馬は画面
には映っていませんでした。
ダーティという言葉にカチンときたのかもしれませんが、勿論馬に対してではありません。
あそこは岡部騎手のダーティな騎乗と記すべきでした。
明白な着差については再三のアタックにより、あの馬の側を走ると危険と感じた
ビゼンニシキがセーブしたがゆえの事と思っています。
4コーナーを抜けて直線向く時の脚色はビゼンニシキの方が良かったので。
後段の部分は、末筆の私よりも以下のブログを是非ご覧になって下さい。
http://keibashokudo.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-14f7.html ここまで
菊から中1週の3歳JCで下痢してて体調最悪だった話なし
カツラギエースはJC10人気だったことで駄馬扱いされてるが実は宝塚を勝ってた強い馬だった話もなし ルドルフが強い言ってるのは岡部だけで当時の他の騎手は当然勝ちにいってる
ディープやブライアンの場合は周りの騎手も完全に諦めモードでモノが違うと素直に白旗を上げていた
負けず嫌いの武豊や安勝ですらだ
実績は大したもんだが実力に疑問符が付くのはこの辺が原因だろう >>85
そんなことは基本中の基本
わざわざ話すお前が基地外なだけ >>86
なるほど
ブライアンのころには日本人騎手の低レベル化が始まってたんだな
レースする前から戦意喪失するとかメンタル弱すぎ >>85
こいつどこのスレでも基地外扱いされてるな >>86
武は2000年に出版されたNumberムックの競馬本の中でナリタブライアンについて聞かれて
「テイオーやブルボンもそうだったんですけど、ああいう馬が一頭いるとクラシックに参加した気がしないんですよね」
と語ってる
ブライアンは誰もケンカ売らなかったけど、ディープは皐月賞の時にアンカツが蓋しに行って
武のブログで「カッとなった、熱くなった」と触れられてるが、それ以降はディープの邪魔しようとする陣営は皆無だったな
いっつも同じパターンで勝たれてて、出し抜けくらわそうとしたノリとルメール以外は何の工夫も見られなかった >>90
いつもの発作が始まったな
ディープの邪魔って具体的に何するの?
常に馬群から離れて一気に大外を上っていくディープにどんな邪魔すんの?
おまえ武のこととなるとなんでこんなに頭悪くなるの?
レスの内容から武よりも年上だろうに恥ずかしいわほんと >>89
>>91
朝からなに顔真っ赤にして粘着してんだ?このキチガイニートwww >>86
今外国人騎手に勝たれまくってるのも当然だな
ヌルいレースばっかやってたんだから仕方ないね >>49
弥生賞でビゼンニシキが内に切れ込んで、シンボリルドルフが外傷を負ったことへの意趣返しでしょ >>63
その日にビゼンニシキも別のレースで勝ってる >>79
馬よりも、オークスを勝ったご褒美でアメリカ行きをプレゼントしてくれた成宮のことは気にはなったらしい >>88
素直に強い者を強いと認める事が出来ないなんて
哀れな人生負け組の方ですね
勝負の世界に生きる騎手は普通どんなに勝ち目が無くとも一縷の勝ち筋を探して勝負するものです
がしかしそんな勝負師でもこれはもう無理と諦める位の怪物が希に現れる
日本競馬史上ではディープインパクトと3歳のナリタブライアンがそれ
あの漢藤田をしてディープなら誰が乗っても勝てると最高の賛辞をしてしまうほど
武豊をしてレース前に全く勝つイメージが湧かないと言わしめたナリタブライアン
こういう凄みがルドルフには無かったんだよな
岡部が1人で吹いてるけど同意する騎手や調教師が皆無なのもまるでピエロ
テイエムオベラオー、スペシャルウィーク、エルコンドルパサー、オルフェーヴル、キタサンブラック、ジャスタウェイ…
ルドルフに負けず劣らずの実績がある馬達も同様
絶対的な存在とはなり得ないんだよね
何とかして負かしてやろうと思える馬とはなから勝負を諦めさせられる馬、周りの皆が強いと認める馬と騎乗騎手だけが強いと思ってる馬
どちらが本当の実力が有るかは言うまでもないと思うけどね僕は >>93
リスグラシューでG1勝てないからな日本人騎手は >>78
ありがとう 当時知らんから90年代の岡部は今の武くらいの感じだと思ってたけどむしろピークやったんか
「ルドルフに競馬を教えてもらった」って言う俺でも聞いた事ある言葉がひとり歩きして当時の岡部は実績の無い若手って思われてたんかな? >>101
うちの親父が言ってたけど、ルドルフ乗る前の岡部は、「一発屋岡部」なんて呼ばれて穴をよく持ってくる騎手だったみたいよ。
江田照男みたいな感じかね? >>102
穴騎手というよりテン乗りが上手かった
ケイキロクのオークスが印象に残っている エアグルーヴの母のダイナカールとか確かオークスは3勝してるはず
グレード制導入後は何故か未勝利だったが >>103
あ〜なるほど、テン乗りね〜
それで一発屋。ケイキロクの頃はまだ記憶にないや。岡部って若い頃は障害にも乗ってたんだよね。 >>97
でも大川慶次郎さんは、ルドルフを最強馬にあげているよ
もしディープを見たならどちらを
最強とするかは分からないが。 エルグラスペ世代を見たうえで最強馬にルドルフを挙げてたな晩年の大川は >>105
障害最終年が10戦8勝2着2回
バスター号事件がなければ根本の前に
ダービー+大障害優勝ジョッキーになっていたかも 競馬をやりだして初めて買った馬券がシンボリルドルフのダービーだった。 テイオーから競馬を見て来たがビデオで見たテイオーの親父が1番凄味があったしオペもブライアンも一時は超えるかと思ったが生涯通して最強だったのこの馬以外見ていない ルドルフって府中で優秀?
右回りは全勝で負けた2つはどれも府中なのに? >>111
秋の天皇賞:休み明け+余裕出し過ぎた。
JC:菊花賞の後、下痢ピーだった。
力負けじゃないよ。 ごく稀に負けることがあっても3着を外さない(国内)のは凄過ぎる もし、凱旋門賞行ってたら、勝ったかもしれないと思わせる馬。 >>112
府中で勝ったのはダービーとJCだけなのに? 調教師や騎手がルドルフに凄さ感じてなかったって本当の話?
誰かの勝手な考えじゃないの >>115
じゃあ、ダービーとJCのほかにどのレースで勝てば満足できるの? >>116
アンチをいちいち相手にしてもしょうがないからスルーしてるだけだと気付かないの? >>111
目の付け所がいいね
ルドルフは左回りがどちらかというと苦手だった >>100
薬物検出失格馬の言い訳よりはマシだと思うよ >>112
体調管理も立派な馬の実力です
陣営だって勝てると思ったから出した訳だし
ギャロップダイナやカツラガエースみたいな微妙な馬に完敗するのがルドルフの実力
きき >>121
カツラギエースはJCだけじゃなく宝塚記念も勝った馬だし
ギャロップダイナは翌年安田記念勝って海外遠征でディープより好成績を残して帰ってきた馬だぞ >>122
だから?その時点では条件に毛の生えた程度の実力だろ ルドルフ強い言ってんのはもう車でコンビニに突っ込む様なおじいちゃんだぞ
もう少し労ってやれ
当時の低レベルな日本海競馬の中では強かったんだよ
でも海外では全く通用しない程度の実力
同時の日本競馬は今の韓国競馬の少し上位のもんだし能力で比べたら現代競馬の馬とでは天と地の差があるけど
当時の日本では強かったで良いじゃない
今さらルドルフなんて貶めても誰も関心無いよ 最強馬かどうかはわからないが薬物検出失格馬よりは強いと思う 日本競馬史上もっともレースセンスが良く、美しいフォームで走るサラブレッド
https://www.youtube.com/watch?v=fzFzsRobbjk
こんなレースはブライアンでも、ましてやディープなどではとても出来ない芸当 宝塚記念と秋天にケチがついてしまった以上、テイエムオペラオーに比較されるまでに落ちぶれてしまったな。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています