メジロマックイーン物語

ことは嵐山Sの最終追い切りで起こった。
 マックイーンの調教パートナーに、あのメジロライアンが選ばれていた。いや正確に言えば、ライアンの稽古相手としてマックイーン陣営に声がかかった。
 同じ週の土曜日に嵐山S、日曜日に京都新聞杯が行われることもあり、早めに栗東トレーニングセンターへと入厩していたライアンとマックイーンが併せ馬をすることになったのだ。

「ライアンの胸を借ります。お手柔らかに……」
 だが池江調教師の偽りなき本音をひっくり返す、意外な光景が目の前に広げられていた。
 押せど叩けどライアンがマックイーンを交わせない。結局、終始手応えが楽なままマックイーンがライアンをいなしてしまう。ライアンが休み明けで、しかも調教駆けをしないこともあり、競馬マスコミの多くがマックイーンを相手にすることはなかったが、ライアンの調教師である奥平真治は、この追い切りでかなりの警戒感を抱くようになる。
「菊花賞にマックイーンが出てきたら、やられるかもしれない」
 そしてマック陣営、とりわけこの秋からマックイーンの背に跨っていた池江厩舎所属の若手ジョッキー、内田浩一の胸には確信めいたものが沸いていた。
「この馬となら、ひょっとしたらGIを勝てるかも」

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マックイーンとライアンの併せ馬すら知らないマヌケ (大笑)