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大日本帝国統治下の朝鮮の農業
 朝鮮の農業は日本人農学者によって日本人向けにつくりかえられ、
 たとえば稲作も在来の朝鮮品種、栽培方法を否定されて、日本人向けの
 品種と、それに適した栽培方法に変更することを強制された。その結果、
 1912年を 100 とすれば、1928年の米の生産高は 150 と急速に増加した
 にもかかわず、日本への米の輸出額は 186、朝鮮人一人あたりの米の
 消費量はついに 69 と激減している。朝鮮人農家は、みずから生産した
 米は食べることができず、満州 (中国東北部) から輸入した高粱
 (こうりゃん) や粟 (あわ) や稗 (ひえ) を食べなければ
 ならなかったのである。
 高橋昇 「朝鮮の農民に学んだ農学者」
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/korea/1263031084/34-35