■「違反に厳罰」法改正で高まるリスク

 往年の二枚目俳優、長谷川一夫と、流暢(りゅうちょう)な中国語を操る李香蘭(山口淑子)が共演した1940(昭和15)年の映画「熱砂の誓ひ」(渡辺邦男監督)は、中国大陸を舞台にした「大陸3部作」の最終作だ。国策映画なのだが、3作とも長谷川と李の国境を越えたロマンスで観客を魅了した。「紅い睡蓮」など劇中歌の中国語版は、今も中華圏で歌い継がれるほどだ。

 この作品は、北京−西安間の全長1000キロに及ぶ道路建設がテーマだった。長谷川演じる主人公の杉山は土木技師であり、作中には測量シーンが何度も登場する。乾いた華北の大地で水平角や鉛直角を測る当時最新の測量機器が、実に存在感をもって描かれている。

 古い映画を思い出したのは、中国で3月下旬に日本人技師ら6人が身柄拘束された事件のためだ。中国企業からの受託業務で測量や地質調査をしていたという。

 技術的な話であり、スパイ活動を意味する「国家安全危害容疑」とは普通の感覚では解せない。国策映画に描かれたのは「防共ルート」という軍用道路の建設だったが、今回は中国で人気の温泉開発のためという。ますます分からない。

 今回も測量に絡んでの拘束だと仮定すれば、似た状況での邦人拘束は初めてではない。2002年あたりから、衛星利用測位システム(GPS)を利用して緯度経度を測定したとして、中国では邦人拘束が繰り返されてきた。過去の拘束を伝えた今年6月1日付の中国紙、中国青年報は「重要な水利施設と道路の座標データを収集した」「考古学研究の名目で勝手に測量活動を行った」などと報じた。GPS端末機を持ち込んだ日本人が「スパイ行為」をしたと言い立てる内容だ。

読めば読むほど言いがかりにしか思えない。だが地理情報の獲得を「国家安全」に結びつける論拠は、1992年に制定され2002年に第1次改正された測量法にあるようだ。

 この法律は、測量活動を国家管理に置き、地理・地質情報を統制するもので、違反には罰則が科される。中国では高精度の地図が市販されず、私製は禁じられるなど発想がまるで違う。

 測量法は今年4月に第2次改正が行われ、7月1日に施行されたばかりだ。デジタル化技術の普及を受けて、測量活動や情報統制を一段と強めている。罰金額も大幅に引き上げられた。難を避けるためには、中国で測量とみられる活動を控えるほかないということなのか。だが、それでは測量を必要とする企業活動が成り立たない。測量法の運用は、明らかに「チャイナ・リスク」の構成要因だ。

 冒頭の映画に戻ると、作中で測量を妨げるかたき役はゲリラ時代の中国共産党だった。測量をめぐる日本と中国の相性の悪さは、約80年を経ても変わっていないように思えてくる。(産経新聞編集委員兼論説委員 山本秀也)


http://www.sankeibiz.jp/macro/news/170724/mcb1707240608017-n1.htm
2017.7.24 06:08