>>1の続き)

裁判が長期化すれば、韓国経済はなんらかの影響を避けられないだろう。このまさかの事態に、サムスン社内にもさすがに衝撃が走った。李在鎔氏の立場はどうなるのか。グループの司令塔が不在のままで、経営は回るのか。

サムスン社内の事情に詳しい関係者は、次のように語る。
「市民からいろいろと言われますからね、社員のモチベーションも落ちていますよね」

二代目会長の李健煕氏が14年5月に急性心筋梗塞で倒れてから、すでに3年がたつ。韓国の文化では、たとえ病床にあろうとも、親が生きているうちは子が親をさしおいて会長につくことは考えられないという。

「韓国では、親が亡くなったあと、3年で喪が明けます。そう考えると、そろそろ三代目が会長になっても、誰も何も言わないのではないかと思います」(消息筋)

財閥企業に向けられる不満の矛先

サムスンの危機はまだ続く。サムスン関係者と話をしていると、「韓国経済にとって、もっとも大きなリスクは政治リスクですよ」という言葉をしばしば聞く。三代目の逮捕についても、そのフレーズを聞いた。

韓国はこれまで、財閥企業の業績拡大をテコに経済成長してきた。その結果、韓国経済は、サムスン、現代、ロッテなどの財閥企業による寡占状態が続いた。中小企業の育成は進まず、大企業と中小企業の格差は広がるばかりだ。

なかでも、ひとり勝ちのようにして繁栄を続けるサムスンに対して、韓国社会からの反感が強い。そして、より深刻なのは、国民の格差の拡大だ。統計庁によると、労働者の33%は非正規職が占める。

非正規職のなかには低賃金で長時間の労働を強いられている人も少なくないといわれる。また、若年層の失業率は10%を超える。経済的に厳しい状況に置かれた彼らの不満の矛先は、自ずと恵まれた待遇の財閥企業に向けられる。

私は数年前、サムスンを取材するため、ソウルの江南駅に隣接した「サムスンタウン」を訪れたが、2時間にわたる取材中、街頭で行われていたシュプレヒコールが止むことはなかった。サムスン社員に尋ねると、「いつものことですよ。365日やっています」と苦笑していた。

サムスンにしてみれば、日常茶飯事だということらしいが、韓国国民のやるせない思いが、財閥企業に対する不信、不満、“反財閥”となって、韓国社会を引き裂いていることは確かだ。財閥に対する社会の反発は、想像以上に強いのだ。

オーナー社長の大決断

ところが、サムスンは不死鳥のごとく冒頭に触れたようによみがえったのだ。たとえば、サムスンは「ノート7」の生産、販売打ち切りからわずか半年後の17年4月21日、スマホ旗艦機種「ギャラクシーS8」を市場投入した。

サムスンは「ギャラクシーS8」の開発にあたり、製造と検査の体制を大幅に強化したほか、バッテリーの不具合に関しては不良率ゼロを目標に安全性検査を徹底した。結果、「ギャラクシーS8」は、発売後約3週間の出荷台数が1000万台にのぼった。

サムスンはどうして、かくも早くにスマホの業績を回復できたのか。ズバリ、サムスンのスマホ発火事故に対する動きは早く、しかも的確だった。16年10月11日、発火事故が相次いだ「ノート7」の生産、販売を思い切って打ち切った。この決断が大きかったのだ。

生産停止に踏み切らざるを得ないほど危機的状況であったのは確かにしても、世界中で「ノート7」の販売を全面的にストップさせた。思い切った決断といえる。簡単にできるものではない。

「そういう意思決定ができるのは、グループを事実上率いる創業家の三代目で、サムスン電子副会長の李在鎔氏以外にはいません」と、前出のサムスン関係者は語る。つまり、オーナー経営者だからこそできた決断だという。

いくら有能でも、雇われ経営者には、おいそれとそんな思い切った決断はできない。結果責任がとれないからだ。リスクを賭けた決断を避け、とたんに守りに入るのが普通だ。

実際、サムスンはこれまで、今回と同じように、ここぞというときにオーナー社長が大きな決断をしてきたのである。

李在鎔氏不在でも経営は揺るがない

李在鎔氏の逮捕も、予想されたほど経営には影響がなかった。なぜか。経営トップが不在でも、揺るがぬ経営体制が築かれているからだ。

実は二代目会長の李健煕氏は2000年以降、各グループ会社の社長に大幅に権限を委譲するなど、三代目へのバトンタッチの準備を進めた。大きな方向性だけを示し、具体的な戦略は各グループ会社の社長が決める仕組みを構築した。

その結果、グループ内の意思決定は格段に早くなったといわれている。

(続く)