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 このあたりは米国や日本の安全保障専門家の間では常識なのですが、文在寅大統領はそれを認めません。「自分が米国から信用されていない」と思われたくないのでしょう。

 韓国の「中立宣言」にはWSJがすかさず反応しました。「Seoul Warns U.S. Against Unilateral Military Action Against North Korea」(8月15日)で以下のように書いたのです。

Experts disagree on whether the U.S. would be legally obliged to seek Seoul’s approval before launching a military strike, particularly if the U.S. believed that its national security was at stake.

 「軍事攻撃の前に韓国に許諾を得る法的な義務があるかに関し、専門家の間で定説はない」です。在韓米軍基地からの攻撃か、それ以外からの攻撃かは区分していませんが、いずれにせよ「韓国に相談するとは限らない」ということです。

疑う韓国の記者たち

韓国メディアはどう反応しましたか。

鈴置:「中立宣言」の2日後の8月17日に、文在寅大統領の記者会見がありました。ここでWSJの指摘した「拒否権」の有無に関する質問が出ました。

 中央日報系のテレビ局、JTBCの「文在寅大統領就任100日記者会見」(8月17日、韓国語)で質疑を視聴できます。

 初めに質問に立った聯合ニュースの記者は「何があっても戦争は止める」との大統領の発言に関し「米国との協調はできているのか」と聞きました(開始14分36秒から)。

 これに対し大統領は「トランプ大統領はどんな選択をするにしろ、韓国と事前に十分に協議し、同意を得ると約束した」と答えました。

 しかしその答えは素直に受け止められませんでした。会見が終わりかけた頃、韓国のMBCのプロデューサーが再度、この点を突っ込みました。

 「北朝鮮のICBM(大陸間弾道弾)が米本土に届く可能性が出てきた。米国は韓国との協議なしで攻撃する権利がある。これをどう考えるか?」と聞いたのです(開始53分30秒から)。文在寅大統領は考えつつ、次のように答えました。

・北朝鮮の挑発に対し、米国が適切な措置をとることもあり得る。しかし、朝鮮半島での軍事活動に関しては韓国が決めることであり、韓国の同意が必要だ。
・米国が朝鮮半島の外から軍事活動する時も、南北関係を緊張させる憂慮がある時は、事前に韓国と協議すると確信している。それが韓米同盟の精神である。

「米兵の命が大事」と言うなら

「拒否権」を主張したうえ「韓国以外から攻撃する時も韓国の承認が要る」と言い出したのですね。

鈴置:ええ、主張をさらに強化しました。文在寅大統領の強気は止まりません。8月21日に訪韓した米上下両院の議員団には「米国の制限的な軍事行動でさえも、南北の衝突につながる。これは韓国人だけでなく韓国内の多くの外国人と在韓米軍人の生命も危険にさらす」と語りました。

 ハンギョレの「文大統領、『軍事衝突時は、在韓米軍人の生命も危険に』」(8月22日、日本語版)は以下のように解説しました。

・文大統領のこの発言は「大韓民国の同意なしで朝鮮半島での軍事行動を決めることは誰にもできない」という既存の立場を繰り返し確認し、米政界に北朝鮮に対する平和的・外交的解決法を強調したものと見られる。

 いずれにせよ、実に恩着せがましい発言です。在韓米軍の将兵がこれを聞いたら「そんなに我々の命を心配してくれるのなら、THAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)の増強を一刻も早く許可してくれ」と怒り出すと思います。

「裏切りは許さない」

米国は黙っているのですか?

鈴置:即座に反撃しました。米政府が運営するVOA(アメリカの声)の韓国語版は翌8月23日「<深層取材>『米軍、北朝鮮から攻撃された場合は韓国の承認なしで武力対応可能』」を載せました。

 VOAは歴代の在韓米軍司令官3人を含む専門家に意見を聞きました。ベル(Burwell Bell)元司令官の答えは以下でした。韓国語版ですが、将軍たちの発言の一部は英語でも引用されています。

・米本土が北朝鮮の攻撃の脅威にさらされ、北朝鮮に軍事的に対応する場合、在韓米軍の運用は米国と韓国双方の承認を得なければならない。そんな状況で韓国がこれに同意することを確信している。

 文在寅大統領と同じ「確信している」という言葉を使い「法的にはともかく、在韓米軍による攻撃を拒否したら承知しないぞ」と言っているわけです。法的な問題に関しては、次のようにも述べています。

(続く)