ソン監督は「2020年の東京オリンピックが東京ドームで行われる、この球場を経験した若い選手がほとんどいなかった」、「だからむしろWCより若い選手を連れて行って、東京ドームを経験する方がよいのではないか」と語った。結局ソン監督は、今回の大会にベテランを連れて行かなかった。みな24歳以下、もしくは3年以下の若い選手たちでエントリーを満たした。

事実ソン監督がこのような決定を下したのには、日本の影響も大きかった。中日で「名古屋の太陽」と呼ばれるほど、日本の事情に明るいソン監督は「日本はWCを使わないと言った」、「それでは、私たちがWCを連れて行く理由がない」と述べた。

しかし、実際WCがないチームは韓国だけだった。日本は投手に又吉克樹(27・中日)、捕手に甲斐拓也(25・ソフトバンク)、内野に山川穂高(26・西武)を選んだ。又吉は今年50試合8勝3敗21ホールド、防御率(ERA)2.13を記録し、甲斐は打率2割3分5厘、5本塁打だが、次世代捕手に選ばれた山川穂高は、今年78試合の出場でも打率2割9分8厘、23本塁打61打点を上げた。

日本のWCはこの日、勝敗に大きな影響を及ぼした。山川は1-4でリードされた6回に2点本塁打を放ち、追撃の足がかりを作った。勝負に仮定法は無意味であるが、日本のWCのホームランがなかったら、韓国が勝利する可能性が高かったことも事実である。

すでに過ぎ去った敗北の痛みを繰り返し言っても仕方がない。この日の敗北で、どのような意味と教訓を得るかが重要である。ク・チャンモ(NC)、キム・ユンドン(KIA)、ハム・ドクチュ(斗山)など、必勝組の失点は残念だが、どうせ一度は苦しまなければならない国際大会の経験である。代わりにジャン・ヒョンシク(NC)、キム・ハソン、イ・チョンフ(以上ネクセン)、ハ・ジュソク(ハンファ)、リュ・ジヒョク(斗山)などは日本野球の心臓で、日本人の胸をひやりとさせて自信を得た。

今回の大会は目標ではなく過程である。代表チームが本当に集中して眺めるのは、来年のアジア大会と2019年のプレミア12、2020年の東京オリンピックである。 WCなしで日本をこの程度に抑えただけでも、代表チームに与える効果は大きい。 「君たちはWCなしで勝つことができるのか?」という、心理的な優位性を得るに値する。特にプレミア12やオリンピックでは、この記憶は大きく作用することがある。

日本は当初、WCを選抜しないように見えたが、最終的には含まれていた。 2015年プレミア12当時、獲得したも同然のように思われた優勝を、韓国に奪われた痛みを想起したのだった。それでも韓国に敗北寸前まで行って起死回生した。 APBCで「サムライジャパン」の士気を鼓舞しようとした日本の意図は、開幕戦ではひとまず失敗したわけだ。

韓国野球に対する日本の恐怖は消えていない。日本は2年前のプレミア12の開幕戦でも韓国に勝ったが、準決勝で衝撃の大逆転負けを喫した。居間で韓国が優勝カップを持ち上げる姿を、苦々しく見つめなければならなかった。

ソン監督はこの日の試合後、「負けたが良い試合だった」と会心の笑みを浮かべた。日本はこの日勝ったが、勝ったのではなかった。敗北寸前で起死回生し、かろうじて胸をなでおろさなければならなかった。

韓国は負けたが、その敗北の裏では収穫が多かった。特にこの日の敗北は、選手たちに歯ぎしりする闘志を育ててくれたはず。 APBC開幕戦の真の勝者は、もしかしたら日本ではなく、ソン監督が率いる韓国野球かもしれない。