>>317
小西が籠城し明・朝鮮軍が包囲網を敷いてるという状況で
島津らが小西の後詰めに向かって起きた戦い
しかも小西はすでに敵との停戦交渉を達成してて後はそこからどう出るかという段階
今でも休戦協定の現場での維持は難しい。ここでも小西が無事に生還できるという根拠がなかったわけ
この戦は海域を支配するもんじゃねえから敗走てのがそもそも認識違い
小西が無事逃げた時点で島津らの戦闘目的は達成されてる

島津らが敵の背後をつこうとしたってのも後詰めなんだから形はそうなるってだけ
そして「背後」だったかわからない。ただ城がありそれを囲む敵がいてその外側に現れるってだけだからな
一方功囲側は後詰めが来るのを考慮して陣を敷くのが常識の常識
実際露梁では島津らを待ち伏せして攻撃し集団戦(乱戦)に持ち込んでるわけで